造花に命を吹き込む魔法   作:赤鱶

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袋小路

「……眠れん」

 

原因は明白だ。 状態も明確だ。

 

普段何があっても頬を染めない玲さんが運動直後とはいえ、頬を染めて俺に笑いかけた()()()見えて心臓撃ち抜かれたのが原因だし、俺を蝕むこの症状は言うなれば状態異常:魅了ってのが分かりやすいだろう。

 

もっと簡単に表現できる言葉があるだろ?

 

「一目惚れ、ってこういう事か……」

 

まったく、なんてこった。

 

こんなに脳内を占拠するモンだって誰も教えてくれなかったし、何とか普段通りの俺を演じ切って一日を終了出来たのが奇跡のようだ。

 

気を抜けば玲さんの笑顔がフラッシュバックするし、気を抜かないでもその一挙一動に囚われる。

最近よく笑うようになった玲さんの表情の変化にありもしない感情を読み取って思考が空回りしているのが分かる。

ちょっとした言葉の裏を無限に考える。

 

たった半日で脳味噌が茹で上がってしまっている。

 

 

……夏目氏はずっとこんなのと戦ってきたのか。

 

そして俺は相談されても適当に返してた。 いやまぁ慧にも関わる事だったからそれなりに考えてはいたけど……どうせ俺の恋愛経験なんてカスみたいなものだし、今でもロクに何か言える訳でもないが……言わんとしている事を正確に把握し、また適正な答えが返せただろうと今になって思う。

少なくとも押せ押せは言い過ぎた。 ごめんな夏目氏、だいぶ追い詰めたよな……明日にでもお菓子買って謝ろう。

 

んで相談に乗ってもらおう。 偉大な先達に頼るのも後進の権利だろう……

 

 

いま分からない事は二つある。

 

一つ目、玲さんにとっての幸せとは何か?

 

そもそもからして対外的には婚約者という事になっている俺と玲さんの関係性は、発端からして俺のワガママが多分に含まれているとも言える。

俺含め陽務家は各々が好きなものを持ち、それに全力で打ち込んでいるからこそ充実していて、かつ幸せになっている。

それは俺の幸福観の根幹を成す概念であり、だからこそ玲さんにも好きなものを見付けて欲しいと願っている訳だが……これが普通の感覚なら陽務家は児童相談所呼ばれてないんだよ。

普通の人は寝食や家族とのやりとりを疎かにするレベルで趣味に打ち込んだりしないし、それに人生を懸けるのなんて一握りだ。

本当にそれが玲さんの幸福なのか、という部分がハッキリしていない以上は、俺としても現状の趣味探しをどうすべきか、という部分の答えが出せない。

本人に訊いてみても分からないってのが余計に問題をややこしくしている気もするな。 そこに関しては玲さんは自分の意見を持たない上に、なんだかんだその時間を楽しんでいる節もある……棚上げするしかないんだろうか。

 

 

もう一つ、なんで今まで気にしてこなかったのか疑問だが、玲さんは俺をどう思っているのか。

 

最近よく笑うようになってきたから、俺といる事自体は悪く思っちゃいないんだろうけど……それ以上は?

 

中学高校時代を思い出してみれば、玲さんは高嶺の花だと言われてはいた、どこか遠巻きにされていた所もあったけれど、その反面結構な回数告白されてもいた。

けれどそのうち誰とも付き合ったという話は聞かなかったし、婚約に先立ってその辺を訊いてみて返ってきた答えは、恋をした事がない、というものだった。

そういう家なんです、と苦笑する玲さんに、はて俺はなんて返したんだったか……

恋してないのはお互い様だから都合が良い、とか言ったんだったっけ?

 

いまさら都合が悪くなった。 これは……苦しいな。

このままでも多分、そう遠くないうちに俺と玲さんは夫婦になるだろうが、それはつまりこのままだと俺は一生この片想いを抱えていかなくちゃいけなくなるって事で……

 

 

「どうしたもんかね……」

 

 

「……何か、お悩みですか?」

 

「ぇあっ」

 

いや玲さん! なぜ居るんです!?

 

 

 

驚かせてしまいました、と恐縮する玲さんを宥め、聞いてみれば来たのはほんの少し前とのこと。 歩法を習得しているから静かに歩ける、なるほど言ってる事は理解できたが実際に音もなく動かれるとだいぶ心臓に悪い。 いやまぁそうでなくても今日は心臓が普段以上に大忙しなんだが。

 

「寝てない俺が言うのもなんだけど、玲さんが眠れないのって初めてじゃない? なんかあった?」

 

「ええと……、眠れはしたのですが……」

 

やけに口籠る玲さんの顔色がいつになく悪い、でもだけじゃないこの表情どこかで――

 

「悪い夢を、見まして」

 

 

――始原色災禍(モノクローム・カタストロフィ)……!

 

 

「あの日の事は、よく覚えています。 力任せに叩き潰すように暴れ回った事も、規模と威力の上がっていく魔法が全てを壊していく様も」

 

それは玲さんのせいじゃない、と口から出掛かった言葉を飲み下す。 紛糾する脳内会議から今は遮るべきじゃないと誰かが叫んでいる。

 

「予兆はありました。 けれどフレーバーテキストだと流してしまっていて、対策を考えるでもなく使い続けたのは私です」

 

俯く玲さんの表情はもう窺い知れない。

けれど震える肩が、絞り出すような声が、どれだけの感情がその小さな身体の内側で渦巻いているのかをありありと伝えていて

 

「だから、誰が悪いかと問われれば、悪いのは私なんです」

 

あの事件の後、ネットは荒れに荒れた。

天下のビッグタイトル、その世界観が薄氷の上に砂で城を建てたようなモノだったのもある。

たった一人のプレイヤーによってトップクラスのプレイヤーもNPCもモンスターも、全てが為す術もなく蹂躪されてしまったゲームバランスの酷さもある。

だが一番糾弾されたのは、やはり運営の匙加減で左右されてしまった物の大きさだろう。

 

クソゲーの異常性に慣れた俺が言うのもなんだが、ゲームオーバーには必須の要素というものがある。

その内の一つが、プレイヤーの納得だ。

ゲームオーバーとは理不尽なものだが、あくまでもそれは理由のある理不尽でなければならない。

敵が強い、アイテムが足りない。

罠に嵌まった、道を間違えた。

そういう回避可能なゲームオーバーを回避して適切な手段を用いればクリア出来るからこそゲームは面白いのだ。

プレイヤーの行動に関係なく訪れるゲームオーバーなど、ともすれば現実以上の理不尽であろう。

そしてそれは、大多数のプレイヤーからすれば許容できるものではなかったのだ。

 

世界観に忠実なのも考えものだ。 少なくとも当時の俺はそう独り言ちた記憶がある。

 

静かにあの日の出来事を吐き出していく玲さんは、懺悔をする罪人か、地に墜ちた鳥のようだった。

 

俺は沢山のゲームをクリアしてきたし、ゲーム内で出会う理不尽に関して一家言ある。 クソゲーハンターだからな。 それがなくちゃ始まらない。

けれどそれは、今の玲さんにとっては意味のない話だ。

人生初のゲームで押しも押されぬトップ層から大戦犯に転がり落ちた、その衝撃を俺は知らない。

どれだけの苦しさを隠していたのか、それを推し量れるような経験はしてこなかった。

 

でもまぁ……

 

 

震える玲さんの手をそっと握った。

確かに俺は何も分からないけど、これくらいは良いだろう。

 

 

 

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