逆効果だったのだろうか?
少しは落ち着くだろうか、心の支えになるだろうか、そういう考えで手を握ったのだが……いや止まらない。 立て板に水どころか溢れた罪悪感がそのまま噴き出て滝を作る勢いで玲さんは懺悔のようにあの日の事を話し続ける。
いやあの日だけではない、シャングリラ・フロンティアというゲームをしていた間ずっと、それ自体に違和感を感じながら続けていたのだと語っていた。
無味乾燥な心のままに主体なく力を振るった、その在り方こそが全ての元凶だったのだと。
理由なく続けていたのは自分で、続けていたからこそ起きるべくして起きてしまったのだから、その罪は全て自分が負うべきものだと。
本来は、ゲームなど「したい人が」するものだ。
では、果たしてそこに自分の意志はあったのか?
「いやそれは――」
俺が言った事だ。
お見合いの日に俺が言った事が、それからずっと言い続けてきた事が、玲さんの中で燻っていたあの日の疑問に答えという形を与えてしまった。
『思い入れなんてなかったんだろう?』
それが悪いことだったとは思わない。
遊び方なんて千差万別だし、もし運営が本当にそういう理由であんな仕打ちをしたんだとすれば、玲さんはむしろ被害者に思える。
でも、彼女にとってはそうではなかった。
きっとあの惨劇の全てを、衝撃を以て心に刻まれてしまったそれを、今ようやく自らの罪として背負っていく覚悟に昇華しようとしている……
あくまでもそれはゲームの中の事で、やったのは運営で、でもそんな言葉が今の玲さんに届く気がしなかった。
それは、自ら十字に架けられる聖人のような。
それが、見ていることしか出来なかったあの日の自分に対する、何よりの救済だったのか。
……遣り切れない。
俺には分からない。
こんなに責任に対して真摯になれるひとが、なんでこんなに苦しまなきゃいけないのかが分からない。
その感覚は俺には無いもので、だからこそ口を挟む事が躊躇われる。
或いは。
俺が玲さんと『出逢った』のは。
俺がこれを聴いていたのは。
ただあの日の事を、正しく伝える為だったとしたら。
それもまた、運命だと云うのだろうか。
「私が
「いやちょい待て、なんか絶対勘違いしてる!」
そう。
考えてみればおかしな点はあったんだ。
いくらなんでも玲さんの話では「被害が大き過ぎる」
俺たちはあの日、確かにほぼ全てを失って、けれど思い入れのあったものだけは返ってきた。
便宜上はロールバックということになっちゃいる、けれどもっとファジーでいいかげんでご都合主義的なやっつけ仕事のようなそれを……玲さんは、知らなかった。
そりゃあそうだ。
部屋から追い出されたひとが、その後に中で何があったか、なんて知れるはずがない。
きっとそれこそが、いちユーザーに向けるには余りにも大きい、運営の悪意だったのだろう。
……吟遊は久し振り過ぎてブランクが怖いぜ。
でも演るしかねぇ。
マイナスは人生にずっと残る。 いま玲さんのそれをプラスの域まで引き上げられるのは俺しか居ないんだ。
「あの日何があったか、俺は詳しい事は何も知らない。 けど話せる事はあって、伝えられる事もあって」
繋ぎっぱなしだった手に力を込める。
少し痛いくらいに握り締めて、言葉が届くように祈って、涙に濡れた瞳を覗き込んで、俺は静かに語りだした
「始原獣の殺意は確かに全てをぶち壊していった。
けれど、何も残らなかった訳じゃない。
玲さんが知らないあの日の「その後」、その顛末を、語っていこうと思う」
あれはクターニッドが、続いてリュカオーンとジークヴルムが倒されて、ワールドクエストの進行にシャンフロ全体が湧き立っていた日の事だった。
ついに開放された新大陸で思い思いに世界を拓くプレイヤーたち、その歩みを止めた存在を、玲さんはよく知っていると思う。
そう、始原装備、始原獣の殺意。
全ての元凶、
大剣が振るわれた。
抗おうとした多くの命が喪われた。
魔法が放たれた。
プレイ時間の結晶、前線拠点が砕け散った。
嵐のように激しく、悪魔のように悪辣な、破壊の権化と言っていい暴虐が新大陸を襲い、全ては灰燼に帰そうとしていた。
撒き散らされる破壊の中から征服人形たちが空へと昇っていった。 そうして大陸を揺るがす程の大魔法が行使され…それでもクレーターの底で、劫火を物ともせずに奴は立っていた。
NPCを、プレイヤーを、ユニークモンスターすらをもその歯牙に掛けたその異形を、誰もが止められないのだと悟ったその瞬間――
そいつは違うんじゃあ、ねぇのかい?
――風が吹いた。
そして、あまりにも呆気なくサイガ-0は、始原の亡霊はポリゴンになって消えた。
アバターがロストしたのはこのタイミングじゃねぇかな、と思う。
ここからが本題だ。
それは、そう大きなものではなかった。
しかし、目を逸らさせない異様な存在感があった。
今の今まで何もなかった俺の眼前にいきなり現れたそいつは、その場の全ての視線を集めてなお、それがどうしたと言わんばかりに辺りを睥睨してみせた。
抜き放っていた刀を鞘に納め、挑発的な笑みを浮かべる。
そいつは、俺の背丈を超える程の隻眼の大兎だった。
「おめぇらはよう……
有象無象を見る目だった。
俺たちは余りにもモブだった。
この兎にとって、始原の亡霊にとって、あの場の俺たちは何の価値もなかったんだろう。
故に、その後に続けられた言葉は、理解に苦しむものだった。
「だからよぉ、気張れや、
その背中は主人公だった。
遅れてやってきたヒーローだった。
全てを平らげておいて、なのに奴は溜め息を吐いて、俺たちに立てと言ったんだ。
それだけが脳裏に刻まれて……
全てが暗転して、メンテナンスがあって、終わったときには世界は中途半端に巻き戻っていた。
『シャングリラ・フロンティアをプレイされている全てのプレイヤーの皆様にお知らせ致します』
『今回アップデートをもちまして、ユニークモンスター「不滅のヴァイスアッシュ」および関連シナリオをロックします』
『皆様に於かれましては、どうか
破壊の痕は薄く、しかし確かに何かが違っていた。
建物の造り、NPCの名前、モンスターの習性すらも。
まるで誰かが憶えている限りに復元したような歪んだ世界は、けれどそれ自体の整合性はとれていたから、すぐに馴染んでいった。
インベントリの中身は、メイン武器くらいしか残らなかった。
フレンドリストは歯抜けになって、そこに登録されていたのは誰だったのやら。
結局、俺が進めていたシナリオのキーNPCはひょっこり現れた。
目の前で真っ二つになったっていうのにな。
仮にもユニークモンスターがプレイヤーみたいに復活したのも意味が分からなかったし、じゃあ征服人形はっていうと同型機が派遣されてきた。
失われたもの、戻ってきたもの、代わりを宛てがわれたもの、どれも規則性が分からない。
けれど一つだけ言えることがあるなら……
「
だから、気に病むことはないのさ
締め括りは、こんな所だろう。