「……」
呆然。
今の玲さんの表情を表すのにこれ以上に適切な言葉はないだろう。
驚愕の事実は、あの日の後悔を打ち砕くのに十分な威力を持っていたらしい。
まだ目尻に涙が残っている、けれど悲しみはもう見当たらない。
俺が涙を指で拭ってようやく玲さんの意識は衝撃の向こう側から戻って来られたようでしかし、えっ、だとか、ふぇっ、だとかの意味を為さない言葉ばかりが口から漏れていて、冷静になるのにはまだしばらく掛かりそうで。
今のうちにもう少し思考誘導しておこうかな、と思った。
我ながら酷い事を考えるもんだ。
「嘘だと思う?」
「いえっ、そんな事は! ……私は、なにも知りませんでしたから」
「まぁ始原装備含めて出来の悪い悪夢みたいな出来事だったよなぁ」
悪夢は人に話して忘れちまえ。 抱え込むものじゃない。
「……姉は、大した事では無かったと、言っていました。 あの頃は私を慰めるためにそう振る舞っていたのだと思っていましたけれど……」
「『剣聖』『剣の勇者』サイガ-100か……聞くところによると業物の剣をインベントリに詰め込んで従剣劇で戦っていたとか。 それにアクセサリー、アイテムを含めると……それぞれの剣も持ち物も全部が全部、確かな役割を持っていたんじゃないか、って推測出来るんだよな」
半分は鉛筆からのリークだし、もう半分も鉛筆に教わった技術で補填したものだが……そう間違ってはいないはずだ。
「思い入れ、ってのは違うかもしれないけど、どれも『失くしていいもの』じゃなかった、と言えるんじゃないかと思う。 戦略を組み立てるのに必要なものは全部残っていただろうし……だとしたら、百さんにとっては、文字通り『大した事じゃなかった』んだろう」
何も失わなかった。 少なくとも被害と呼べるほどのものではなかった。 始原ユニークが暴れ出してからサイガ-100がどの時点でデスポーンしたのかは定かではないけれど、恐らくはあの惨状を知らなかったのだろう。 キャラロストに関しても説明などがきちんとなされたものだと思っていたに違いない。
結果として輪郭の曖昧な後悔の塊を抱えた玲さんが残された。
そういうことなんだろうな。
「だからあれは大事件ではあったけど、それぞれのプレイヤーにとっては大したことじゃなかったんだよ」
「……じゃあ、なんで楽郎さんはシャングリラ・フロンティアをやめてしまったのですか?」
おっと。
そこに興味を抱くのか。
俺があの事件を切っ掛けとして引退してしまったのは事実だけど、あんまりそれに責任を感じてほしくはないんだけどなぁ……
「あー……説明するとちょっと長くなるんだけど、」
「聞きたいです、聞かせてください」
「あっはい」
押しが、強い。
「俺のゲームの楽しみ方は、攻略だ。 クリアしたときの達成感を味わっていると言っていい。 クソゲーを好き好んでやってるのも、難しければ難しい程に達成感が大きいからでもある。 トランプタワーに例えるなら、カードの枚数が多いとか、大きさが不揃いであるとか。 完成はするけれどやたらと難易度が高い、そういう感じ」
「じゃあ俺にとってあの事件は何だったのかというと……作ってる途中のを壊されて挙げ句テキトーに直された、とか、そもそも作るべき形が全く違うって途中で教えられた、とかそういう、俺がやりきった、完成させたっていう達成感そのものに水を差された形になるわけだ」
しかも次も同じようなことが起きる可能性も捨てきれない。
やる気もなくなるってもんだよな。
これが世界観に興味があったなら、一緒に楽しむフレンドがいたならまだ結果は違ったのかもしれないけれど、俺はソロプレイみたいなもんだったし。
ああいったことが起こる世界な以上は遅かれ早かれ引退していたと思うよ。
「……分かりました。 ありがとうございます」
「どういたしまして」
なんで俺がゲームをするのか、何を求めていたのか。
あれは切っ掛けでしかなかったのだと念を押す俺は、玲さんにはどう見えているのか。
真剣に俺の目を見て話を聴いていた玲さんの表情は穏やかで、しかし感情は読めない。
表面上は落ち着いたように見えてはいるものの、実際のところどこまで納得してくれたものか……
あと手を握りっぱなしなのをどうにかしたい。
そろそろキャパオーバーでゲージ割れる気がしてる。
具体的にはなんかもう抱きしめたい。
ずっと一人で虚像の罪科を抱え込んでいた玲さんを労って、もうその心配はないんだと言い聞かせて――
「私、もう一度シャングリラ・フロンティアをやってみようと思うんです」
なんだって?
「それで、……こういう事を申し上げるのは私としても照れるのですけれど、えっと」
「私は、楽郎さんと一緒にやれたら、楽しいだろうなって思うんです」
……そこで頬を染めて、その内容は、反則だろうがよ