プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro
いなり Twitter @inrtbg7
ヒスイ @m_hisui
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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12
ミーミスブルン学園
ミーミスブルン学園の教頭ステファン・コレスは、四年前にはアクシズにいた。彼は元ネオ・ジオンの文官で、経理業務を担当していたのだ。小惑星アクシズという浮き世離れした組織であっても、経理や財務といった現実的な仕事から逃れることはできない。
ステファンの仕事はかなり忙しかった。ザビ家復興を御旗に掲げたアクシズ、ネオ・ジオンに期待した人間は多く、一年戦争の恨みを晴らそうとするジオンシンパからは、企業、個人かかわらず、多額の資金援助が行われたからである。
ジオンを信奉したのは全てスペースノイドだったが、皆がスペースコロニーに住んでいると言い切れるほど世界は単純ではない。ジオン・ダイクンの支持者は地球にも大勢いて、サイド3から地球に降りた後、一年戦争開戦後も宇宙に上がらずに地上に留まった人間も多かったのだ。多様なバックグランドを持つ人々から、あらゆるルートを通して集まってくる金を管理するのは大変な作業だった。
その意味では、地球連邦政府の監視が緩かったのは幸いだった。
地球連邦政府は、旧ジオン公国の資源衛星アクシズを監視はしていたが、まさか軍備を整えていたとは思ってもみなかったのである。連邦高官たちは、小惑星に落ちのびた惨めな敗残者たちが糊口をしのぐために、隕石の資源を掘ってかろうじて生活しているとしか認識していなかったのだ。
事実アクシズの貿易収支は赤字で、バランスシートを見れば辺境の貧乏国にすぎなかった。だが裏取引や闇金融取引の流れを注意深く追ってゆけば、それがとんでもない間違いだということに気付いただろう。アクシズに流れ込む金は膨大で、調査の目を逃れるために鉱物資源貿易を隠れ蓑にして、ダイヤモンドや金などの現物に変えられて貯めこまれていたのだ。
経理担当の役目はそうした金を管理し、マネーロンダリングで『綺麗な』金に変えて、軍事計画に沿って様々な部門に予算を割り振ることだった。ステファンはかなりの権限を与えられていて、有能な文官だと自負していた彼は、いずれはネオ・ジオンの幹部に出世するつもりだった。
だがステファンは致命的な失敗をおかしてしまったのである。
ネオ・ジオンとエゥーゴとの戦争が佳境を迎えたとき、グレミー・トトという士官がハマーン・カーンに対して反乱を企てたのだが、ステファンはその反乱軍であるグレミー一派に、管理していた資金のほとんどを盗まれてしまったのだ。問題なのは、その資金奪取が、彼が密かに開設していた隠し口座を通して実行されたことだった。ようするにステファンは、自らの権限と立場を利用してネオ・ジオンの資金を継続的に横領していたのだが、反乱軍はそれに目を付けて利用したのだ。ほどなくステファンの不正行為も明らかとなり、結果的に二重の罪をおかすことになってしまった。
当然ながらネオ・ジオン軍を指揮するハマーン・カーンの激しい怒りを買い、彼の運命は風前の灯火となった。だが国家反逆罪の罪で処刑される寸前、グレミー軍蜂起の混乱に乗じて、家族共々辛くもアクシズを脱出することが出来た。そして一年戦争時代のサイド3とのコネを最大限利用して、ミーミスブルン学園の教頭の地位におさまったのだ。
ミーミスブルン学園は、ステファン・コレスにとっては身を隠すには最適の場所だった。その成り立ちからジオンと関係が深いミーミスブルン学園には、いまなお地球に潜伏するジオン・シンパの人間、企業が出資しているが、その理由は彼らが自らの家族を守るためだった。人類は、宇宙世紀になっても未だ差別や迫害を根絶できておらず、学園は出資者の子供達を守るセーフティ・ネット、安全基地として機能しているのだ。それは公然の秘密ではあったが、ジオンと関係がない生徒も入学させているため、少なくとも公には普通の寄宿生の学校と変わりはなかった。
いまステファンは、学園の執務室でもったいぶった態度で訪問者を迎え入れていた。執務室には、わたしは人生の成功者なのだと自分自身に暗示をかけるかのように、家族の写真や賞状、勲章などが飾られていた。
訪問者である地球連邦軍のパイロットは、その部屋の真ん中でヘルメットを脱ぎもせずに立っていた。
「お待ちしていた。わたしはステファン・コレス。ミーミスブルン学園の教頭だ」
ステファンは『教頭』という単語を強調しつつ、相手を見下ろしながら手をさしのべた。
「知っている。裏切り者でしょ?」
連邦軍パイロットは握手には応えずに言った。
ステファンは、その無礼な態度を腹立たしく思った。
いきなり挑発してくるのは、相手を動揺させて優位な状況を作り出そうとする作戦だろう。だが、自分に対してそうしたふざけた態度をとった奴は皆長生きしなかった。若さゆえの過ちで許されることではない。
それにしても兵士にしてはずいぶん小柄な女だ。女を寄越すのも自分という人間を見くびっているし、まるで子供のようにも見える。
大きなサングラスをかけているので顔が良く見えず、年齢を確認する手助けにはならない。確かにアクシズにも子供のパイロットはいたが、子供が戦いに参加するなど忌むべきことで、大人の世界に子供が首を突っ込むのは許しがたい。
本音を言えば、ハマーン・カーンに代表される、若輩ばかりが偉そうな態度をとっていたネオ・ジオンが気にくわなかったのだ。大人の論理で動いていたジオン公国時代こそが真のジオンであり、資金を横領していたのも、ジオン再興を考えて独自の組織を立ち上げようとしたからだ。それがグレミー・トトとかいう若輩の大馬鹿者のせいで全て台無しになってしまった。
まあいい。まだチャンスはある。この取引がその始まりとなる。
「裏切り者とは。これはまた手厳しいですな」
「嘘がつけない性格なのよ。わたしは地球連邦軍第24航空団第1大隊所属のプレサイス少佐。よろしくとは言わないわよ」
プレサイスのノーマルスーツは鮮やかなパープルで、右胸の部隊マークが目立っていた。
「プレサイス……『正確な』?」
「コールサイン。まあ、渾名みたいなものね」
「それにしても女性とは……。そしてかなりお若い」
「そう、私の所属する部隊は実力主義なの」
ステファンは自分の地位を揶揄するような言葉にむっとしたが、怒りを抑えて話を続けた。
「プレサイス少佐、突然の訪問で驚きましたよ。前もって連絡が欲しかったですな。しかしパイロットスーツで学園を訪れるのはやめて頂きたかった。生徒が不安がってしまう。まさか駐車場にモビルスーツを駐めてはいないでしょうな?」
ステファンは生徒のことを思う立派な教頭らしく振る舞いつつ、連邦軍人に高圧的な態度を改めるよう釘を刺した。
「わたしの機体ゼータプラスは垂直離着陸ができるから、確かに駐車場に駐めても良かったかもしれないわね」
プレサイスはそう言って肩をすくめた。
「ノーマルスーツが生徒達を驚かせたなら謝るわ。なるべく見られないように気をつけてはいる。それよりもあなたの情報の方が心配ね。間違いはないの?」
「当然です。そこは信用して頂きたいな」
「信用ですって? ふざけてるのかしら……。そんなこと無理に決まってるじゃないの。わたしは裏切り者は反吐が出るほど嫌いなのよ」
プレサイスの声からは、はっきりと分かる嫌悪感が感じられた。目の前の男はクズ以下の人間なのだと見下げ果てるようなイントネーションだった。
「わたしも教育者だ。この学園にたいして責任がある。今回の取引は生徒のためを思ってのことだ。学園の中は平和に保たなければならない。トラブルの火種は取り除かなければ」
「立派な考えだこと。それが私欲を隠すための方便でもね」
「ひとりの生徒のために大勢の生徒を危険にさらすわけにはいかないのだ! あなたも地球連邦軍の軍人なら理解できるはずだ」
ジオン出身のステファンは内心地球連邦軍を唾棄していたが、ここは媚びるのが得策だと考えて持ち上げてやろうと考えた。この取引を成立させられるなら安いものだ。
「ジオン出身のわりには民主主義に傾倒しているのね?」
「無節操な人間に見えますかな?」
「自分の利益ばかり考える、利己的な人間に見えるんじゃないかしら?」
「馬鹿な! しかし、それをいうなら民主主義、市場主義の本質は利益の追求だろう!」
「まあ、それについては同意するわ。せいぜい得たお金で、市場経済を賑わせなさい」
「報酬はわたしが犯すリスクと犠牲への当然の見返りだ。あなたも職業軍人だ。地球連邦軍から給料をもらっているはずだ」
その金こそがこの会談が行われている理由だった。
ステファンの復讐心と野望は、学園に所属している、とある重要人物を引き渡す取引を、密かに地球連邦軍と行うまでに膨れあがっていたのだ。その見返りとして、ステファン自身の身柄の保証と、彼の口座への莫大な金の支払いが行われることになっていた。もちろん口止め料の意味合いもある。
「尊い労働の対価と、インチキして稼いだ汚い金とは全然違うわよ」
「口の減らないお方だ……それで、いったいどういう御用件なのかな? 軽蔑する人間の顔をわざわざ確認しに来たとは言わないでしょうな。それとも儲かる投資先でも教えにきてくれたのですかな? 取引の手順はすでに伝えているはずだが」
「上層部はあなたを信用してないの。だからわたしがわざわざ監視しにやって来たというわけよ」
「では伝えて頂きたい。何の問題もないとな。わたしはこの学園の教頭なのだ。誰もがわたしの言うことを聞くし、話が外部に漏れることもない」
「本当に? それならジオン残党軍のスパイが潜り込んでいるのは、いったいどういうこと?」
「ジオン残党軍のスパイだと?」
「そう。ご自慢の『独自の情報ネットワーク』からは知らされてないのかしら?」
「まったくない。噂すらない……」
「なら、その情報網はクズよ。馬鹿な人。少しは我々の役に立つところを見せてもらいたいものね」
「ふざけるな! わたしの情報提供があったからこそ、貴様達は戦争犯罪人を逮捕出来るんだろうが!」
年齢が半分以下の生意気な女性パイロットに自らの存在価値を否定されたステファンは、ついに感情を露わにして怒鳴り声をあげた。
子供に馬鹿にされる筋合いはない! 自分はこの生意気なガキが生まれる前から地球圏の荒波に揉まれてきたのだ。自分に頭をさげて教えを請おうとする組織はいくらでもある。自分の価値を認めない奴は、ただの無能かボンクラだ。目の前の人物の価値すら判断できないものに、世の中の道理が分かるはずがないだろうが!
「犯罪者はあなたでしょ? それに、もうあなたの利用価値はなくなったということになるんじゃないの?」
「何だと? 間違いなく身柄は保証してくれるのだろうな」
「そう聞いている。でも覚えておきなさい。本来はあなたとは釣り合わない人物との交換取引なのよ。身内を裏切る卑しい人間とはね」
「卑しかろうと何だろうと、わたしの頭の中には値千金の機密が溢れるほど詰まっているのだ! 疎かには扱えないはずだ!」
「はははっ、笑わせないでよ! ゴミが詰まっているくせに!」
「貴様!」
「まあいいわ。またこちらから連絡する。それまでは普段通りにしていなさい。余計なことはしないようにね」
プレサイスは嘲るように言うと、一刻も早くこんな薄汚れた部屋からは離れたいというように、足早にドアへと足を向けた。
部屋に飾られたきらびやかな装飾品も、彼女にはまるで役に立たないようだ。若さ故の融通の利かない潔癖さなのだろう。くだらないことだ。だが数年後には世の中の現実を理解して、権力者に媚びることになる。このわたしに。
ステファンが苦々しくプレサイスを見送っていると、彼女はドアの近くに飾ってある陶磁器の壺の前で足を止めた。
「なに、これは?」
「ん? それはいいものだ。古代中国北宗時代の水瓶だよ。ジオン公国のマ・クベ大佐が所有していたという一品だ」
「そう……」
プレサイスはしばらく興味深そうに壺を眺めた。
生意気な女が感嘆している様子に、ステファンは壺の価値が彼自身の価値をひきあげたと感じた。そうだもっと驚くがいい。わたしはお前が知らない世界をたくさん見てきたのだ。
だがプレサイスは何か違和感を感じたようで、腰に取り付けていた携帯センサーを取り外すと壺にかざして調べ始めた。
「なんだ、何をしている?」
「ちょっと黙ってなさい」
「疑っているのか?」
「ふん、疑うも何も、まったくの偽物よ」
「なんだと!?」
「放射性アイソトープを計測したけど、古代中国の物じゃないわね。比較的近代に作られた物よ。おそらく土産物か何かのために作られた
「馬鹿なことをいうな! わたしがアクシズから持ってきたものなんだぞ!」
「泥棒じゃないのそれ? まあ、どうでもいいけど。とにかく炭素の放射性同位体C14の数でわかるのよ」
「なんだそれは? 意味が分からん!」
「騒がないでよ。まあ作りは悪くないから花でも生けておくといいわ。少しは部屋のセンスもよくなるでしょう。ひどいわよ、この部屋は」
そういうとプレサイスはさっさと部屋を出ていった。
あとには怒りの形相のステファンが取り残された。怒りで血が煮えたぎり、今にも内部から爆発しそうだった。
「くそっ、ふざけやがって!」
ステファンは壺を持ちあげると、部屋の反対側に走りながら思い切り床に叩き付けた。白い陶磁器が一瞬で砕け散り、ガシャンという透明感のある大きな音が部屋の内外に響き渡った。
執務室のドアをノックしようとしていた女生徒ナツメ・スワンソンは、ガラスが割れるような大きな音に驚いて立ちすくんでしまった。
スワンソンは教頭から呼び出しを受けていたのだが、ドアから急に紫色のスーツを着た女性が出てきたので、彼女と真正面からぶつかってしまった。
「きゃっ」
小柄なスワンソンは突き飛ばされて尻餅をついた。
「あら、ごめんさない! 大丈夫!?」
スーツの女性はすまなそうに謝罪して、スワンソンの手を取って助け起こしてくれた。背はそんなに高くないし、大人の声でもない。年齢はそれほど離れてないのだろう。
「あ、はい。大丈夫です」
「よく確認しないで出てきてしまって……。本当にごめんなさい」
「わたしがドアの前にいたのが悪いんです」
スワンソンは少し緊張した笑みを浮かべながら言った。
「まあ可愛らしい娘ね。学校は楽しい?」
「はい。勉強することが多くて大変ですけど楽しんでます」
「そう、良かった。これからいろいろあると思うけど、しっかりと頑張ってね。それじゃ、またね」
「さようなら」
スーツの女性は急いだ様子で廊下を歩いて行った。
『顔は見えなかったが優しそうな人だ』
スワンソンはそのスーツ姿の女性に好感を持った。でも、あのスーツは確か地球連邦軍のパイロットスーツではないだろうか? 以前同じ格好をした人間を見たことがある。もしかしたら先日の戦闘騒ぎに関係があるのかもしれない。
しばらくスーツの女性を見送っていたが、ここにやって来た目的に意識を戻した。そう、教頭に会わなければならないのだ。急に呼び出されるなんて。成績が悪いわけではないし、問題を起こしているわけではないのに。
スワンソンは不安な気持ちを抑えながら、開いたままのドアをノックした。