プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア X @amania_orz
おにまる X @onimal7802
かにばさみ X @kanibasami_ta
ねむのと X @noto999
田舎太郎 X @jegotaro
いなり X @inrtbg7
ヒスイ X @m_hisui
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
【挿絵表示】
ジェシカ(デザイン:ねむのと)
【挿絵表示】
エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
【挿絵表示】
オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
【挿絵表示】
※Pixivにも投稿しています。
17
学園の屋内プールは、飛び込み台や監視員が座る椅子、見学用の椅子など一通りの施設がそろっていた。これならば、ちょっとした水泳大会も開催出来そうだ。
「プルっち、さっきも言ったけど、みんなが転校生の泳ぎを見ようと思ってるから気をつけなよ?」
「恥をかかないように、真面目に泳がないとね」
マリーベル・リプルは学園でちょっとした注目の的となっているとジェシカが忠告してくれた。
「それに水着もセクシーだし……。すごいよね、その水着。スペースコロニーだと、そんなのが普通なの?」
「あ、そ、そうなの。スペースコロニーは重力が安定してないから水着も軽くしないとね」
「ふ~ん」
「(エミリーの奴、帰還したら文句を言ってやる!)」
適当な嘘を言ってごまかしたが、こんな水着を選択したのは自分ではない。エミリー軍曹が用意した水着は、布地が少なくて不必要に素肌が露出するデザインだった。ジェシカのワンピース水着に比べると、非常に無防備感のある不安なシロモノだ。
「(だが、これしか持ち合わせがないから仕方ない……。ええい、ままよ!)」
プルフォウは、学園に潜入してから生徒として振舞うことで溜めこまれたストレスを発散するために、思い切り泳いでやろうと考えていたが、大勢に注目されていてはストレス解消どころではなく、逆にストレスが溜まってしまう。
だったら、いっそのこと泳げないふりをして水泳用ビート板を使ってバタ足で泳いでみたらどうだろうか?
そんなみっともないことができるか!
プルフォウはもう周りの目を気にせずに四〇〇メートルを泳ぐことにした。
強化人間であるプルフォウは、激しい戦闘や極限状況でも意識を保てるように、肺や心臓、筋肉などの身体機能が遺伝子的に強化されている。それゆえ高々度の薄い酸素環境においても呼吸ができ、高G状況下においても全身に血液を循環させることができるし、走りや泳ぎも情人離れしているのだ。
当然、本気を出して泳ぐことは出来ない。オリンピック級の記録を出してしまったら、ただの人間ではないことが即座にばれるだろう。
だからプルフォウはかなり抑えて泳ぐことを心がけたのだが、それでも軽々と学園トップのタイムを叩き出してしまった。
「凄いタイムだな! すげーっ! 天才だよマリーベルさん!」「なんなのあれ? ずるくない? 綺麗で泳ぎも得意だなんて!」
転校生の泳ぐ姿を眺めていた生徒達は、プルフォウの速さと美しさに圧倒された。
ただ一人を除いては。
副生徒会長で、ミス・ミーミスブルン学園でもあるティプレ・アンが、そんなプルフォウ中心の雰囲気を断ち切るかのごとく、いきなり自らの水着姿を見せびらかしながらプールサイドを歩いてくる。
アンの水着は、黒のアゲハ蝶柄をベースに白と紫が配色された、大きく胸元が開いた刺激的なワンピースだった。彼女は薄紫の長い髪を揺らしつつ、
「何を騒いでいるのかしら……。あの程度の泳ぎ、地球圏では珍しいことではありませんわ」
アンは小馬鹿にした表情でプルフォウの泳ぎを評した。まるで田舎の学校の冴えない記録にすぎないとでもいうように。
だが、その言葉は人の心を動かさなかった。いかんせん彼女への注目度が低いのだ―。
「副生徒会長、ライバルの出現に嫉妬してるよね」「スタイルはマリーベルさんのほうがいいよね」
プライドを傷つけられたアンは、あからさまにイライラした態度でプルフォウの方へと歩み寄った。
「フン、マリーベルさん、あなた泳ぎが得意なようね?」
四〇〇メートルを泳ぎ切ってプールからあがってきたプルフォウに、アンはタオルを渡しながら話しかけた。
「あ、どうもありがとう」
アンにタオルを手渡されて、プルフォウはにっこりと笑うと、濡れた身体を丁寧にタオルで拭いた。そうした細やかな工夫が、女生徒らしさを演出するためには大切なのだとエミリーから教えられていたので実践しているのだ。
「泳ぐのは好きよ。なんていうのかしら、自分を解放できる感じがするでしょ?」
「自分を解放って……あなた日常に不満でもあるのかしら? いかにも抑圧されているというように聞こえるわ」
「別にそんなつもりじゃ」
「いいこと? 水泳の本質は、心を解放するのではなく、精神を鍛えて収斂させるものよ。思春期の子供特有の稚拙な感情を満たすものではないの」
「な、何を言ってるの?」
「まあ、あなたの仰りたいことは分かるわ。泳ぐことを楽しもうとか、癒やしだとか、軽い趣味として捉えている人は皆そういうわね」
「……」
軽く応えただけなのに、アンは徹底的に論破するつもりのようだ。話し方に少々敵意が感じられる。
「とはいえ、あなたの泳ぎは称賛に値しますわ。荒削りだけど、かなりの速さを持っている。実戦的な泳ぎとでも表現しましょうか。小賢しいテクニックは練習で習得できるけど、速さというのは練習でどうこうなるものではないのだから」
「ど、どうも……」
非難したと思いきや、一転今度は称賛して批評、分析を始めてくる。
プルフォウは逆にアンを分析する。
このティプレ・アンという女の態度は高飛車で鼻につく。つまり自分は何かも分かっていて、他の人間は予測された行動をとるだけの、愚かものにすぎないと考えているのだ。
頭が飛びぬけて良いと考えている人間が陥りやすい思考パターンだ。
「でも、その天性のギフトは素晴らしい物だけど、ときに中途半端な才能は自らを滅ぼすものよ。それをわたしがわからせてあげる。……マリーベル・リプル、あなたに対して戦いを挑むことを皆の前で宣言します。わたしと泳ぎで勝負しなさい!」
「えっ? 勝負!?」
一方的に挑戦されたプルフォウは大いに困惑した。
しかしライバル心が分からないわけではない。クローンである彼女には大勢の姉妹がいたが、姉妹たちに負けたくないという思いは自分にもあった。
「そう勝負よ!わたしとあなたとで、どちらが水泳の女神に祝福されているのか明確にしようというわけ。自信がおありになるようだから」
「そんな自信だなんて。わたしは普通に泳いでいただけで……」
「普通にですって? わたしの眼が節穴だとでも? 馬鹿にしないでくださらない! わたしほどのスペシャリストになると、泳ぎのポテンシャルというものが分かるの。あなた少し抑えて泳いでいたようね? 最初に言っておくけどわたしの実力は世界大会レベル。手加減しなくてよいですわよ」
その言葉から、アンが相当泳ぎに自信があることが伺える。なにしろ自分が手を抜いて泳いでいたことをすぐに見抜いたのだから。おそらく泳ぎのフォームから判断したのだろうが、そうした手足の動作や筋肉の動きに気付くことからも、アンの熟練度が分かった。しかし、強化人間である自分が本気を出せば彼女に負けるはずもないのだ。
これは面倒なことになるなとプルフォウは内心うんざりしたが、だからといってあからさまな挑戦から逃げるのも癪だった。傲慢な子供には少しお仕置きが必要だ。
「またティプレさんのライバルつぶしが始まったよ……ほんと意地悪だよなあ。マリーベルさん困ってるよ」「可哀想……!」
ギャラリーのざわめきに、ティプレ・アンは意地悪げにプルフォウの反応を待っている。
「……わかったわ。勝負しましょう」
プルフォウの決然たる返答にギャラリーからどよめきがおこった。
心配して、ジェシカが慌てて駆け寄ってくる。
「プルっち無理しないでいいんだよ。ティプレさん強すぎるんだから! 先月も彼女と対決した水泳部の娘が完璧に負けて、水泳やめちゃったんだよ。将来有望だったのにさ……。思い詰めて水着をハサミで細切れにしたらしいよ」
その悲惨なエピソードにプルフォウは心を痛めてしまう。
どうやらアンは、ライバルを徹底的に叩きのめして再起不能にするのがお好きなようだな。なんて奴だ。気にくわないね。
「大丈夫よ。わたし負けないから」
「プルっち……!」
ここで引けばジオンのエースパイロットの名がすたる。生徒を演じてはいても、根底にあるパイロットの性質は容易に変わるものではない。パイロット気質というものがあるのだ。負けず嫌いのプルフォウは、それがたとえ中学生の水泳対決でも引き下がるつもりはなかった。
「それでこそわたしのライバルよ! マリーベル・リプル!」
マリーベル・リプルが勝負を受けたことに、ティプレ・アンの眼が満足げに光る。
「顔に似合わぬ度胸は認めてあげる。まあ泣きべそかかなければ良いですけど?」
「ほめて頂いてお礼をいうわ」
いちいち挑発してくるアンだったが、プルフォウは気にしないように努めた。
戦いにおいては冷静さを乱した方が敗北する。アンはそのセオリーをしっていてわざと挑発していているのだ。スポーツで戦いに慣れているようだな。ふん、賢しいっ!
「マリーベルさん得意な泳ぎは何かしら? 好きなスタイルでよろしくてよ」
「わたしはなんでもけっこうよ」
「そう……向こう見ずなこと」
ふふっと笑いながらプルフォウの頬を軽くなでる。
「じゃあ私は競技用の水着に着替えてきますわ。今のうちに準備体操でもしてなさいな」
もはやプルフォウの負けは決まっていて、準備体操で胸やお尻を突き出して男子生徒を喜ばせるくらいしか見せ場はないのだというように、アンは自信たっぷりに更衣室へと歩いていった。
「ティプレさん自信たっぷりだよ……。でもプルっち意外と負けず嫌いなんだね? 気合十分って目つきしてるよ」
「アンをみてるとね、燃えてくるのよ」
「熱いじゃん。泳ぎが上手なのは、水泳部だったから?」
「ううん。水泳部には所属してなかったわ。……演劇部だったし」
「演劇部?! 全然役に立たないよ、それ! ああ、いまのは演技ってわけ? まあ強そうな雰囲気は出せてたけどさ。負けたら何をさせられるか……」
「スポーツはけっこう得意だから心配しないで。アンもそれがわかったから、わたしに勝負を挑んできたのでしょ?」
考えてみれば、転校してきてから彼女は何かにつけて自分に絡んでくる。アンはこの勝負でわたしをさんざんに叩きのめして、学園内での優位性を確保するつもりなのだと分かる。
モビルスーツの空中戦と同じだ。初期に空中を支配することが、その後の戦闘の勝敗を決定づけるのだ。
ちょうど体が鈍っていたところだ。体慣らしにはちょうどいい―。
***
ミネバ・ザビと侍女のクラーラは寄宿舎に帰る途中、騒がしい生徒たちの歓声を聞いた。注意して辺りを見回すと、屋内プールに生徒が集まっているのがわかった。何かのイベントでも開催されているのだろうか?
「いったい何の騒ぎなのだ?」
ミネバはその歓声の品のなさに少し呆れつつも興味を魅かれた。彼女も活気があるのは嫌いではない。
「人が多くて良く見えませんが、聞いていると、どうやら生徒同士が水泳で勝負するようです」
「水泳で勝負? それだけでこれほどの人間が集まるものなのか?」
「おそらくは当事者たちが只者ではないのでしょうが……まあ! プルフォウ大尉です!」
クラーラはプルフォウの姿をみとめて驚いている。彼女は、トラブルの原因が、あの冷静沈着なプルフォウ大尉だとは信じられないという感じだ。
「プルフォウ大尉が? なんということだ。困ったものだな……転校早々に騒ぎを起こすとは」
「トラブルに巻き込まれたのでしょうか」
「だとしても、それは大尉の不注意だ。目立ってしまえば作戦にも支障が出るだろう。どうやらわたしは大尉を買いかぶりすぎていたようだ」
ミネバは、その後先を考えないうかつな行為に、プルフォウのジオン士官としての資質を疑い、またプルフォウを信頼してしまった自分にも腹を立てた。
「はい。確かに愚かしい行為ではあります……ただ相手は副生徒会長のようなのです」
「副生徒会長?」
「ティプレ・アンという学園一の才媛だと評判の女生徒です。優秀な生徒ですが、彼女はこういう類の話が多いと聞きます。自信過剰と傲慢さとが、多くのトラブルを招いているとか……」
「ティプレ・アンか……わたしも話には聞いたことがある。半年前に転校してきて、すぐに副生徒会長に就任したそうだな? 短期間で人心を掌握したのだ。カリスマ性と実力を兼ね備えているのだろう」
ミネバは、それではまるでハマーンのようだなと、アクシズでの自分の後見人であり保護者でもあった女傑ハマーン・カーンのことを考えずにはいられなかった。
「そのとおりです。そんな人間がプルフォウ大尉と勝負している。これには何か意図があるに違いありません」
「なるほど……。確かにプルフォウ大尉も普通の人間ではない。もちろん本来の姿を上手く隠しているから、まさかティプレ・アンが彼女の正体を知ったわけではないだろうが……」
「それは、ありえないでしょう」
「うむ。ティプレ・アンは大尉から何かを感じたのかもしれぬな? 能力あるものからはオーラのようなものが感じられるという」
「まさかニュータイプ的な感覚を持っていると? でもティプレ・アンは一般人です」
「ニュータイプだからといって兵士だとは限らないぞ? 人類の革新が進めば、普通の学園にニュータイプがいても不思議ではない……」
「人類の革新が地球でも起こりうる、ということなのでしょうか」
「シャア大佐は認めないだろうがな。あの有名なニュータイプであるアムロ・レイも地球で生まれ育ったという。とはいえ、今のところ、あのティプレ・アンからは特別なものは感じぬが……」
ミネバはジオンの姫として戦場にいたとき、ニュータイプと言われる人間と何人も出会っている。その経験と彼女自身の感覚がそう言わせていた。
「そうですか……意外とただの嫉妬かもしれませんね? プルフォウ大尉はお綺麗ですから」
「これはまた矮小な話になったものだ」ミネバは思わず笑った。「だが現実はそうかもしれぬ。人の嫉妬や嫉みという感情は恐ろしいものだからな?」
ミネバは身近にそういう人間がいたので、そういう話が良く理解できた。彼女は繊細な子供だったから、気付いてはいても大人に配慮して知らぬふりをするのに腐心していたのだ。
「嫉妬が戦いを生むのであれば、争いを根絶するには感情を失くして、人としての営みを止めるしかないだろう」