プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア X @amania_orz
おにまる X @onimal7802
かにばさみ X @kanibasami_ta
ねむのと X @noto999
田舎太郎 X @jegotaro
いなり X @inrtbg7
ヒスイ X @m_hisui
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
【挿絵表示】
ジェシカ(デザイン:ねむのと)
【挿絵表示】
エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
【挿絵表示】
オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
【挿絵表示】
※Pixivにも投稿しています。
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『それではティプレ・アンさんとマリーベル・リプルさんとの四百メートル水泳対決を始めます!』
いつのまにか会場は水泳大会の様相を呈し始め、放送部の司会にプールサイドからは大きな拍手が沸き起こっていた。
「まずはティプレ・アンさんの入場! みなさんご存じ、ミーミスブルン学園副生徒会長を努める九年生の彼女は、スペイン生まれのフランス育ち。ティプレという名前は、世の中に高く鳴り響く女性になるようにと、お父さまがスペイン語の『
「素敵なエピソードよね~」「彼女を表しているよな、あの名前」
性格を揶揄するような笑い声が聞こえてアンは少し機嫌を損ねたようだったが、かまわずに水着姿を見せつけるように歩く。アンはいつも強気なのだ。注目すべきは自分の泳ぎだけだと宣言して、ヒロインは自分だというように。
「所属部はフェンシング部。フェンシング世界大会準優勝の記録を持っています」
さらに歓声が大きくなった。男子生徒の一部からも声援があがる。
「ティプレさんってなんでも出来るよな。ちょっと性格きつそうだけどさ!」「自爆したくなかったらやめとけって。相手にもされねえよ。上級生の彼氏がいるっていう噂だぜ?」
アンは男子生徒の憧れだったが、自分を安売りするようなことはしないというのが口癖だった。そして自らの価値を高めるために、すべての勝負に勝利しなければ気が済まないとも公言していた。
そうした演技めいた態度が彼女の人気とカリスマ性を高めているのだが、いまもプルフォウがアンに敗北するしかない雰囲気が醸成されつつあった。
「まったく、いつまで待たせるんだ……。しかし、この勝負はすべて彼女のためにお膳立てされているようだな。つまりわたしは噛ませ犬ってわけか」
外で待たされていたプルフォウは、茶番めいたイベントに呆れた。
水泳対決は、ティプレ・アンのせいで大袈裟なイベントに発展していたが、プルフォウを大勢の前に引っ張り出して、完膚なきまでに倒す意図があるに違いなかった。刺激的なストーリーを作れば、あとは勝手に広まってくれる。彼女のような人間にとっては優位性は何よりも重要で、立場を脅かすものがいれば早めに芽を摘む必要があると考えたのだろう。
能天気なことだ。軍隊では、このような無意味な行為はしない。
『次は挑戦者のマリーベル・リプルさんの入場です!』
出番がきた。
圧倒的な不利な状況のなか、プルフォウは思い切って堂々とした様子で入場した。
アンに負けるわけにはいかないのだ。ネオ・ジオン兵士のプライドを見せてやる!
だが、意気込んだ矢先にプルフォウは何かにつまずいて転んでしまった。お尻を突き出してプールサイドに倒れた姿に、ギャラリーからは笑い声があがった。
「な、なに!?」
「ハロ、ハロ。マリーベル、ゲンキカ?」
プルフォウは、自分が転んだ原因が、目の前で跳ねる緑色の球体ロボットだということを理解した。
「誰!? 危ないじゃない!」
起き上がってあたりを見回すとみな笑っていたが、アンもニヤニヤと笑っていることに気が付いた。
「アン! あなたね!」
「ずいぶん不注意ねえ、マリーベルさん。そんなことでわたしに勝てるのかしら?」
「卑怯な!」
プルフォウは球体ロボットを人がいないほうへ放り投げると、努めて冷静に歩くのを再開した。
「プルっち頑張れ~!」
クラスメイトのジェシカが、ひときわ大きい声を張り上げてプルフォウを鼓舞した。
プルフォウは正直恥ずかしかったが、彼女の声援に応えて手を振った。
プールサイドを歩き終えると、プルフォウはアンと向き合った。
『マリーベルさんは、二週間前に転校してきたばかりの九年生! サイド3出身。彼女は十二姉妹の四番目だそうです』
「ずいぶん子沢山の家庭ーっ! いまどき十二人って聞いたことないよね」「お父さんがどこかの富豪で、奥さんがたくさんいたとか?」「やだ~!」
ギャラリーから驚きの声があがった。
「(ど、どうしてそんなことがばれてるんだ!? エミリー軍曹め、余計な情報を!)」
プルフォウは子沢山という言葉がなんとも決まりが悪くてうつむいてしまった。まるで貧乏子沢山みたいなのだ。でも確かにジオンアフリカ方面軍は、慢性的に予算不足ではあった。
「十二姉妹って……この宇宙世紀に驚きますわね。親御さん、さぞかしお盛んだったのかしら? ジュウシマツじゃあるまいし……。破廉恥だわ」
アンが呆れ果てたように肩をすくめて言った。一人っ子のアンにとっては姉妹が十二人もいるなど、想像もできない浅はかなことなのだ。
自分の唯一の肉親である姉妹を馬鹿にされて、プルフォウはさすがに怒りを覚える。
「ちょっと! 言っていい事と悪い事があるわよ!」
「別に悪いとは言っていませんのよ? ただ生まれた境遇に縛られるのは嫌だと思っただけよ」
「確かにあなたには無縁なのでしょうね。生まれた境遇というものは」
「……」
「……?」
「まあ、とにかく勝負を始めましょう」
「望むところよ!」
プールのスタート台に立った二人はギャラリーからひときわ大きな声援を受ける。そして二人がクラウチングスタートの体勢をとると一転して静寂が訪れた。
そして息をのむ一瞬後、パンッと音だけがなる電子銃が鳴り響き、二人は同時に水中へと飛び込んだ―。
***
「マリーベル・リプル! この地球はスペースコロニーと地続きでないってことが、なぜあなたには理解できないの!」
ざばっとプールから飛び出るなり、アンはプルフォウに詰め寄った。勝負は決したのだが、アンは納得できないのだ。
「それ、どういう意味!?」
「不正な勝利が嬉しいのかしら!?」
「それはこっちのセリフよ! 途中で手を出したり妨害してきたのはそっちじゃないの!」
「宇宙ではどうだかわからないけど、ずっと潜って泳ぐのはレギュレーション違反なの。お分かり!?」
「え……? だって潜ってる方が速いでしょ……」
「それがズルなのよ! 泳いでないじゃないの! こんな卑怯な手で負けるなんて納得できませんわ!」
アンは感情のままにプルフォウの水着を思い切り掴んだ。伸びた水着の隙間から中身が見えそうになって、見ていた男子生徒が思わず息を飲んだ。
「や、やめて! 水着が脱げる!」
「フン、ならいっそのこと脱がしてあげますわ! 不正の罰として恥をかきなさい! この学園にいられなくしてあげる!」
アンは容赦なくプルフォウの水着を引きはがしにかかる。
「ほら男子たち! マリーベルさんの全てをさらしてあげるわ!」
「ふざけないでよ! 変態!」
水着を半分脱がされかかったプルフォウは、怒りにまかせてアンの髪の毛を掴んで思い切り引っ張った。
「痛たたた! やめなさい!」
二人は腕を絡ませながら、ついに取っ組み合いの喧嘩を始めた。その見世物のような喧嘩を周りの生徒たちがはやし立て、キャットファイトを一目見ようと、もはや屋内プールは収拾のつかないカオスと化していた。その混乱はもはや危険なほどだ。
「なんの騒ぎなのですか!」
突然、騒然とした雰囲気を断ち切るように屋内プールに張りのある声が響き渡った。
その押さえた威厳ある声に、生徒たちが一斉に声の主の方を向き、プルフォウとアンも驚いて動きを止める。屋内プールの入り口に教頭と教師数人に囲まれて、シックなスーツに身を包んだ婦人が立っていた。
「学園長だよ……」
ひそめた声が、彼女がミーミスブルン学園で最も力のある人物であることを説明する。
「騒ぎを起こした生徒は前に出なさい!」
有無を言わさぬ命令に、プルフォウとアンは仕方なくおずおずと学園長の前に進み出る。
髪も乱れているので、まるで処刑人の前に引き出された罪人のようにも思えた。なんという屈辱。プライドが高いアンも、怒りを双眸に湛えているのが分かった。
「申し訳ありません……。わたしたちです」
「あなたとはね、ティプレ・アン。副生徒会長のあなたがこのような品がない騒ぎを引き起こすなどと、その資質を疑いますね。風紀を乱すようなことは許しません。なんです、その恰好は」
「マザー、申し訳ありませんでした!学園の生徒にふさわしくない、軽率ではしたない行為でした」
アンは両腕をぴったりと体につけて深々と頭を下げて謝罪した。その態度は軍人を思わせるほどだ。プルフォウはその替わりように驚いてしまった。
「副生徒会長としての自覚が足りませんね。あとで反省文を提出しなさい」
「はい、すぐに提出致します」
学園長は、こんどはプルフォウの方へ向き直った。
「あなたは?」
「九年生のマリーベル・リプルです」
プルフォウはうつむいたままで応える。大勢の前で叱られる悔しさに、まともに目をあわすことが出来ない。
なぜ、わたしがこんな目にあうんだ! 挑発されて勝負に付き合ったあげく、こんな間抜けな姿を晒すなんて。有能なパイロットである彼女は上官に謝罪したことなどほとんどない。
「顔をあげて、わたしの顔を見なさい!」
プルフォウは次の瞬間バシッと頬を強く叩かれた。頭が横を向くほどの勢いに、きゃっ!と周囲から悲鳴が上がった。
プルフォウは頬を押さえながら、僅かに涙が浮かんだ眼で学園長の顔を見る。
そのとき、彼女は一瞬この女性に会ったことがある錯覚を覚えた。
なんだ……? 前に会ったことがあるのか? アクシズで……? ありえない。
「どうしたのです?謝る気はないというのですか?」
「も、申し訳ありません……」
「お互いの力量を比較し合うのは良い。でも、そのやり方が問題なのです。暴力行為に走るなど論外です。恥を知りなさい」
「わ、わたしはそんなつもりは……相手の挑発にのってしまったのは悪いとは思いますが」
「言い訳などみっともない!」また叩かれる。「転校生だと聞きましたが、どこから転校してきたのです?」
「……サイド3です」
「ジオン共和国出身なら、もっと自分を律しているはずです。その甘えた精神を直しなさい!」
「わかりました……」
「今日のところは許しましょう。自己研鑽に励みなさい。さあ、他の生徒たちも解散してよろしい。水泳部以外の生徒はここにいる必要はないはずです」
生徒たちは、最高潮に達していたイベントが突如圧力で終了したので、まったく白けた様子で屋内プールからぞろぞろと出ていった。クライマックスの最中に突然映画が終わってしまったといった感じだった。あとには意気消沈したプルフォウだけが取り残された。
大勢の前で叱責された。まるで失敗ばかりの新兵みたいに。
プルフォウはアクシズでの訓練時代を思い出していた。
アンが如才ない対応を披露して、上手く叱責から逃れたのも悔しかった。抜け目のない女。まるで悪いのは全てわたしだというように、トラブルの責任を押しつけられてしまったのだ。
だが自分も傲慢だったのかもしれない。未熟な学生しかいない学園では、好きなようにやれると考えてしまったのだ。挑発されて頭に血が上ったのもいけないが、ヌアクショット基地でエミリー軍曹に習ったことをすっかり忘れていた。姫様を宇宙に上げるという任務も台無しになるところだったのだ。二度とこんな失敗を繰り返してはならない。
プルフォウはとりあえず着替えるために更衣室に向かった。沈んだ感情を振り払いたくて、個人用ソニックシャワーを使って熱いシャワーを浴びた。
それにしても無意識にあの学園長を認識したことが気にかかった。自分の強化人間のセンスを信じるならば、過去にあった可能性は高い。
「あの学園長……誰だ? アクシズの関係者なのか? わたしの意識下に何か情報があるというのか?」
いくら考えても思い出せない。作戦には重要ではないかもしれないが調査する必要はある。
タオルで身体を拭きながら、あとでエミリー軍曹に調べてもらおうと考えてシャワー室を出た。
更衣室で水着を脱ぎ下着を身につけていると、ジェシカが心配そうな顔で横に立っていることに気が付いた。
「ジェシカ」
「プルっち、酷いめにあっちゃったね……。学園長が出てくるなんてさ。運が悪すぎだよ」
「恥ずかしい姿を見せちゃったわね。ほんと馬鹿みたい。アンの挑発にのったわたしが軽率だったわ」
「ようこそミーミスブルン学園へ! この学園では誰もマザーには逆らえないんだよ?」
「……らしいわね。あの横にいた先生は誰?」
「ステファン教頭だね。マザーに忠実な堅物。かなり信頼されていて、学園の経理とか運営をまかされてるんだって」
「なんだか笠に着て威張っているわね。アンに対してもずいぶん偉そうにしてたけど」
「真面目で理想が高い先生だって評判だけどね。いきすぎて体罰とかもあったとは聞いたことあるよ」
「想像できるわね」
「なんだか軍隊ぽいよね! 軍って上官が絶対なんでしょ? 逆らったら殴られたり蹴られたりさ。わたしたちには想像できない世界だよ」
「あはは……」
軍隊にどっぷりと浸かっていたプルフォウは思わず苦笑する。軍隊とは理不尽な組織なんだよ。そうジェシカに教えたかったが、正体を明かすわけにはゆかない。
それにしても優秀なパイロットだと自負する自分が、癇癪を起してクラスメイトと喧嘩をし、あまつさえ教師から叱られたことが内心恥ずかしかった。
気晴らしにアイスクリームでも食べたい気分だ。服を着てバッグを背負うと、ジェシカと一緒に屋内プールの出口に向かった。
「でもさ、あのティプレさんと取っ組み合いの喧嘩なんて勇気あるよ! プライド見せられたじゃん。舐められっぱなしじゃ悔しいもんね」
「大人げない子供の喧嘩よ」
「まあ、そうだけどさ。これでティプレさんもプルっちのことを見直したでしょ……それに男子たちもね」
「それ、どういうこと?」
「プルっちはもう人気者だよ。みんな、あなたのこと狙ってるから! あ、ほら見てよ。あの男子たち、話しかける機会を狙ってるね~。気を付けなさいって」
出口のあたりを見ると、確かに複数の男子グループが集まってこっちを見ていた。プルフォウと目が合うとお互いに小突きあったりしている。
「そういうの困るな……」
プルフォウは、そうした類の軟弱な話が苦手だった。ストイックに生きてきた彼女は、感情や本能のままに動くことは、何か敗北感のような感情を覚えてしまう。
プルフォウは面倒くさそうに溜息をついた。