プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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※Pixivにも投稿しています。
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二週間前 ヨーロッパ大陸
眼下に広がるグリーンの
「大尉、ベルグソンの調子はどうですか? ひさしぶりの長距離任務です」
「悪くはない。この速度域でも安定してる……良好さ」
その《ベルグソン》と呼ばれる機体は、ネオ・ジオンの本拠地であった小惑星基地『アクシズ』が開発・製造した試作マシーンであり、見るからに異様な姿をしていた。
まるで海から飛び出した特大のサメやシャチが高速で空を飛んでいるようで、見ようによってはユーモラスなのだが、その正体は人型の機動兵器『モビルスーツ』が変形した、いわゆる『モビルアーマー』と呼称される恐るべき戦闘兵器なのだ。
「自分は、その怪物みたいな形は好きではありません」
「そんなことを言っていいのか? モビルアーマーを評して『ジオンの精神が形になったようだ』って、どこかの士官が言ったらしいぞ」
「ジオンの精神?」
この時代、強力なモビルスーツやモビルアーマーは軍の象徴ともなっていた。その意味では、地球に反旗を翻したコロニー国家が、人外の力を借りようと考えたとしてもおかしくはない。
「強固な意志とか気合とか、そんな意味だろう。まあ、マーキングや音などで敵を驚かせる戦術が旧世紀からあるらしいね。あるいは、それに習ったのかもしれない」
「なるほど……」
ジオン北アフリカ方面軍所属のプルフォウ大尉。彼女はいま、とある極秘任務を実行するべく、部下であるエルマン・クレメンス中尉とともにヨーロッパ大陸を横断中だった。
「中尉、高度に気をつけろよ。このあたりの木は固いんだ。接触したら叩き落とされてしまうぞ」
「了解です」
機体が高速で木々を掠めると、凄まじい風圧で木の葉が舞い上がり、木々にとまっていた鳥たちが鳴き声をあげて飛び去っていった。
『まさか、殺してしまうことはないか』
プルフォウは、森に棲む生物の平穏を乱したことに少し心を痛めながら、
常識的に考えれば、アイスシェイクを飲んで気軽に飛行できる状況ではない。二機は地球連邦軍のレーダー網を避けるために、超低空飛行をしているからだ。巨大なモビルスーツは、秘密任務という目的には少々目立ちすぎるのである。地面から僅か数メートル上を飛行しているので、少しでも制御を誤れば地面に激突し、たちどころにバラバラになってしまうだろう。
その危険な飛行を可能にしているのは、光学センサーと地形追従レーダー、そして『サイコ・コミュニケーター』略してサイコミュと呼ばれる、操縦系統とリンクした脳波・機械語変換装置だった。そのテクノロジーの恩恵により、彼女は僅かな微調整をするだけでよいのだ。
「サイコミュの感度は良好。脳波と問題なくリンクしている」
コクピットに搭載されたサイコミュは、パイロットの思考を読み取って増幅し、凄まじい速さで操作に反映させる。究極的には考えるだけで機体が操作できるのだが、残念ながら誰にでも扱えるというわけではない。人間側にも特殊な能力が必要で、感応波を脳から継続的に出力できる、超能力的な技能が求められるのである。
それは容易なことではない。しかし、プルフォウ大尉にとっては通常のルーティンワークだった。
「燃料消費量にも注意するんだ。燃料が切れたら、野宿をしながら基地に歩いて帰ることになるぞ?」
「万が一のときには、大尉のアイスシェイクを分けてもらいますよ」
プルフォウの部下、エルマン中尉がモニターの向こうから冗談で応えた。
「中尉も欲しいのか? でも分けてはやらないよ。これは貴重品なんだから。空のパックをやるから、水でも詰めて飲んでくれ」
「……本気にしますよ」
「えっ? どういうことだ?」
「いえ、なんでもありません」
「わからない奴だな」
プルフォウは、若干一四歳ながらジオン残党軍のエースパイロットとして名を馳せていた。
《プルフォウ》という少々変わった名前はコードネームで、彼女は生まれた時からそう呼ばれている。
彼女は軍事機密そのものだった。最高機密を意味する
プルフォウは、そうした類いの人間を人為的に作り出すプロジェクトの成果だった。
着想のきっかけは、この宇宙世紀において自然発生した《ニュータイプ》と呼ばれる異能者の能力を人工的に模倣できないかというもので、遺伝子操作や肉体強化、精神的な操作といったサイバネティック技術を駆使して、そのような類人兵器が産み出されたのである。
だが強化された人間とはオブラートに包んだ言い方で、その実体は倫理的には到底許されない、言葉にするのも憚れる研究。決して公にはならないブラック・プロジェクトなのだ。
誰もが唾棄し、目を背ける後ろ暗い研究は実を結び、ちょうど今から四年前、地球を統べる地球連邦政府軍と宇宙の資源衛星を本拠地とするネオ・ジオン軍との戦闘の際に『プルシリーズ』と呼称された少女兵士が大勢戦場に投入された。
だが彼女たちの末路は、部隊の全滅という悲惨なものだった―。
『生き残ったわたしは、本当に運が良かったんだ』
都合良く勝手に産み出されて、使い捨てられるだけの人生など、それは人の生き方とは言えない。しかも、その人生に疑問すら持たないように記憶まで調整されたのだ。もちろん父親と母親の記憶などあるはずもなかった。
しかしプルフォウ自身も意外に思うのだが、巨大な人型マシーンの腹の中に収まっているとき、彼女はまるで母親の胎内にいるかのような安心を覚えることがあった。遺伝子操作で試験管ベビーとして生まれた人間にとっては、それはどこにも存在しないはずの情報だ。
はたしてどこからくるイメージなのか?
そこで彼女は想像をめぐらせた。
この自分が乗る巨大な機械生物は、自分の腹の中にいる子供を守っているのだ。高度な自律制御で機体を司っている人工知能は、丸い腹におさまるパイロットをサイコミュで認識し、自らの一部である尊い生命を守るために襲いかかる敵と戦っている。動物だって子供を守るために命をかける。つまり人工的に産み出されたわたしは、モビルスーツが守るべき子供なのだ。
『われながら馬鹿けた妄想だ』
強化人間の鋭敏な感性は、兵士としての能力を最高レベルまで引き上げるが、パイロットの意識を取り込むサイコミュは、人の意識をトレースするがゆえに、人とマシーンの境界線を曖昧なものにしていた。あたかもマシーンと一体化したような錯覚を生じさせるのである。それがサイコミュを搭載したサイコ・マシーンの利点でもあり欠点でもあった。
そんなプルフォウの思考は、部下であるエルマン中尉の緊張を含んだ声によって断ち切られた。
「再び敵を感知! あの機体、まだつけてきます」
「そうか。これは発見されたな」
実は三十分前からセンサーでモビルスーツを探知していたのだが、この動きで懸念が間違いないことが分かった。
地球連邦軍のパトロール部隊に見つかったのだ。
プルフォウはコンソールのいくつかのスイッチを押して、センサーが収集したデータをモニター上に表示させた。自機を中心として半径一・五キロの半円が表示されると、後方千二百メートル上空地点に二つのブリップが明滅していた。
「どうしますか?」
「対応するしかない。発見されてしまってはな」
プルフォウは飲み干したアイスシェイクのパックをダストボックスに放り込むと、暑苦しいので外してシート脇に引っかけていたヘルメットを、これから始まるであろう戦闘のためにかぶり直した。
ヘルメットをノーマルスーツ―慣例的にパイロットスーツをこう呼ぶ―のリングに固定し、酸素供給用のホースを背中のバックパックに接続すると、ひさしに付いた小さなレバーを操作して、遮光用に金が蒸着されたバイザーをひき降ろした。この一連の手順は何百回、何千回も繰り返してきたので目を閉じていてもできる。
「戦闘もやむを得ないさ」
そのプルフォウ大尉の熟練した動作を、エルマン中尉はコクピットの全周囲モニターの側面いっぱいに拡大して眺めていた。
彼女の素顔が見えなくなるのはとても残念だ。美しいオレンジの髪と青い瞳、シャープで整った顔―。
プルフォウ大尉はジオン残党軍の中でもずば抜けた技量を持っている。地球連邦軍にだって、彼女ほどのパイロットはめったにいないだろう。物量に勝る地球連邦軍に対して、戦力に乏しいジオン残党軍が効果的な反攻作戦を展開できているのは、多分に彼女の力が大きいのだ。
むろん女性兵士が増加した近年にあっては、女性のエースパイロットというのも珍しくはない。だが、彼女の年齢が十四歳だと聞くと決まって誰もが驚いてしまう。可憐な少女であるプルフォウ大尉が、地球連邦軍のモビルスーツを五十機以上撃墜してきた恐るべきエースパイロットだとは、にわかに信じることはできない。
だが、そんなプルフォウ大尉にとって今回の任務は少々特殊だ。モビルスーツ戦闘はあくまで前座で、本命はある施設への潜入任務なのである。パイロットと潜入任務、それは決して相容れるものではない。
それがエルマンには心配だった。
「大尉、連邦軍を振り切ったとして、その《ベルグソン》を隠せる場所があるんでしょうか? 穴を掘って地面に埋めて隠すというのも骨が折れます。発見されれば作戦そのものが失敗します」
「そうだな。モビルスーツで穴掘りをするのも大変だ。《アッグ》でも使えれば別なんだが」
「まあ、あのポンコツは穴を掘るしか能がありませんからね。ドリルが両腕に付いてるモビルスーツなんて、戦闘では見世物にもなりませんよ」
「ドリルも意外と接近戦では有用なんじゃないか? 武器として考えてみてもいいかもしれない」
「戦術研究班に言っておきますよ。でも、実際どうするのです?」
「メガ粒子砲で掘り返すのも手だろうな」
「目立ちませんか?」
「まあ、なんとかするさ……それより敵の様子は? 動きに変化はないか?」
「通信量が多くなっているようです。おそらく交戦して良いのか上官に問い合わせているんでしょう。積極的に攻撃出来ないのが今の連邦軍です」
「その臆病さが、わたしたちには有利に働くな」
「待ってください! 敵に動きあり。ベースジャバーが降下してきます」
「フン、我慢しきれずに動いたか!」
プルフォウは後方警戒モニターで敵機の拡大画像を確認した。
ベースジャバーの背に乗るモビルスーツは肩が盛り上がっている。その盛り上がった肩は、よくみるとミサイルポッドだということが分かる。
「ジムⅢだな。ミサイルポッドを装備してる。もう一機は……ビームキャノンを装備しているということは、中距離支援用の砲撃戦仕様か」
RGM-86R《ジムⅢ》は、一年戦争で大量に量産されたRGM-79《ジム》、あるいはマイナーチェンジ型のRGM-79R《ジムⅡ》をアップデートしたモデルで、基本フレームは同じだが、ジェネレーターやバックパック、センサーなどが更新されている。性能は標準的。とはいえオプション装備の大型高性能ミサイルの性能は侮れない。肩と腰のラッチには様々なオプション装備が取り付け可能で、数種類のバリエーションモデルがある。
「上から狙われるとやっかいだな……。対空監視を怠るなよ。エルマン中尉、頼りにしてるぞ」
「了解です大尉!」
その言葉にエルマンは大いに勇気づけられて、操縦桿―彼の機体は旧式なので球形のアームレイカーではなく棒状のスティック―を強く握りしめた。