プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド   作:ガチャM

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宇宙世紀0092年。アクシズ親衛隊の生き残りプルフォウは地球にいた。アフリカ戦線でエースパイロットになっていた彼女は、あるとき特殊任務を命じられた。それは地球で身を隠している要人を宇宙に脱出させるというものだった―。

■デザイン協力 
アマニア X @amania_orz
おにまる X @onimal7802
かにばさみ X @kanibasami_ta
ねむのと X @noto999
田舎太郎 X @jegotaro
いなり X @inrtbg7
ヒスイ X @m_hisui

■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
【挿絵表示】

ジェシカ(デザイン:ねむのと)
【挿絵表示】

エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
【挿絵表示】

オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
【挿絵表示】


※Pixivにも投稿しています。


第21話「学園生活」

      20

 

 

 

「先週のテスト結果を知らせる。各自のパッドを確認するように」

 

 数学教師のヘルムートが、教室に入ってくるなり生徒達をどん底に突き落とした。

 

 ミーミスブルン学園の教育レベルは高く、他の学校より高度なカリキュラムが組まれていて、テストも非常に多かった。その教育方針の裏には、サイド3のために優秀な人間を育成しようという創立当初からの意図があった。ありていにいえば将来のジオン共和国のエリート養成機関なのだ。

 

「わざわざ目の前で知らせなくていいよ~」「テストやたらと難しかったよな。あんなの習ってねえよ」

 

 ヘルムートの数学テストはとりわけ難しく、ただの計算問題ではなく記述式で、背理法、数学的帰納法やらを使わせる面倒くさい内容だったので、生徒の大部分から嫌われていた。

 

「ジェシカ・ローズくん」

「はい。……うわ~っ……」

 

 ジェシカは転送されたテスト結果を見て呻き声をあげた。

 

「今回のテスト、ちょっと難しすぎですよ~」

「君の勉強不足だぞジェシカくん。わたしはテスト範囲も教えていたはずだ」

「え、嘘! そんなのずるい」

「ジェシカさん、あなたは寝ていたのでしょ?」

 

 ティプレ・アンが黙ったままの教師を代弁して言った。

 

「えへへ……」

「ふん、またうちのクラスの平均点が下がってしまうわね」

 

 律儀に生徒ひとりひとりに順番にテスト結果が転送されていったが、ほとんどの生徒は落胆し、打ちひしがれた顔で頭を抱えた。

 プルフォウはその様子を興味深そうに眺めていた。

 なるほど、どこでも同じなのだな。アクシズでも教育担当官に評価されるのは嫌な気持ちだったことを思い出した。

 

「マリーベルくん。……マリーベル・リプルくん。マリーベルくんいないのかな?」

「プルっち、呼ばれてるよっ」

 

 ジェシカが小声で注意する。

 

「えっ? あ、はい! すみません!」

 

 考え事をしていたプルフォウは、慌てて返事を返した。  

 

「マリーベルくん、おめでとう、満点だよ。今回のテストでは学年でひとりだけだ。模範的な解答だった。わたしも教え甲斐がある」

 

 おぉ~っとクラスメイトから歓声があがった。

 

「マリーベルさんすごーい! あんなの大学レベルじゃないの?」「プルっち天才!」

 

 クラスメイトが褒めそやす声が次々と耳に入ってくる。プルフォウは恥ずかしさと決まり悪さで顔を真っ赤にしつつも、喜びを露わにしてにやけてしまった。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 クラスメイトから拍手が沸き起こった。

 ふん、悪い気分ではない。こんな簡単なテストで褒められるなんて。

 

 プルフォウはモビルスーツ戦闘では感じたことのない満足感を味わった。教室を見回すと、みなが尊敬の目で見ていて、まるで英雄のような扱いだ。……ただ一人ティプレ・アンを除いては。

 

 アンだけがプルフォウをぶすっとした不満げな顔で睨んでいた。そう、プルフォウだけが満点ということは、アンはそうではなかったということだ。またライバル心を刺激してしまったようだ。

 やっかいな状況を作ってしまったな。

 

 プルフォウはそうは思いつつも、とてもいい気分だった。

 

 

 数学の授業で一日の全ての授業が終わり、プルフォウは浮かれた気持ちで寄宿舎への帰路についた。

 

 学生になって授業を受けるというのも、なかなか面白いものだ。数学や物理学などは彼女の基準からすればレベルが低いが、それゆえ優越感を感じられたし、たまにシンプルではあるが奥の深い問題について教師と議論したりするのは新鮮な体験だった。知的好奇心を満足させてくれるのだ。アカデミックなことを探求するために、何かを研究しているのも面白いかもしれない。

 

『まあ、そんなことは夢だろうな』

 

 プルフォウは自分の立場を思い直して現実に引き戻されたが、様々な可能性がある生徒達が羨ましかった。

 運動場の傍を歩いていると、バスケットコートやサッカーグラウンド、テニスコートで、大勢の生徒がそれぞれのスポーツを楽しんでいるのが見える。

 

 そうだ、部活動でスポーツをしてみてもいいかもしれない。昨日の水泳対決で披露したパフォーマンスのせいで、水泳部からは熱烈な勧誘を受けている。他のスポーツだって自信はある。

 

 ……いや、やはりだめだ。普通の人間とは身体能力が違いすぎる。目立ってしまって、普通の人間ではないとばれてしまうのは必至だ。残念だが諦めるしかない。

 水泳部の勧誘も、恥ずかしい思いをしたから、しばらく泳ぐのは忘れたいなどと理由をつけて、なんとか断ったくらいなのだ。

 

『普通の生徒として振る舞うのも難しいものだ……』

 

 部活動が制限されるのは残念なことだとがっかりしていると、ふと運動場の片隅で人が集まり、何かのメカニックをいじっているのが目に止まった。

 

「なんだろう?」

 

 プルフォウは気になって近づいてみた。

 そのメカニックの大きさは人間の約一・五倍ほどで、不恰好だが手足がついている。ようするにミニサイズのモビルスーツといった感じなのだが、頭はついておらず、上半身の上が大きく開口されていて、そこにコクピットが据え付けられていた。

 

「ああ、ジュニア・モビルスーツか」

 

 ジュニア・モビルスーツとは、土木工事や建設作業などのために製造された小型モビルスーツのことだ。もともと戦闘兵器であるモビルスーツは作業用ワーカーから発展・大型化したものなので、こちらのほうが元祖だといえた。

 

『でもあまり出来はよくないな。なによりバランスが悪い。わたしが手伝ってやってもいいが、それだと勉強にはならないだろう』

 

 おそらく学園のモビルスーツ部に違いない。

 ジュニア・モビルスーツの製作は、学生の部活動として人気があり、たいていの学校で行われている。世間では学生が製作したジュニア・モビルスーツを競わせるコンテストも開催されているほどなのだ。

 

 だがプルフォウから見れば、学生が製作したほとんどのものはレベルが低く思えた。

 エリート兵としてアクシズで幼いころから英才教育を受けてきた彼女は、ジュニア・モビルスーツ程度なら独力でハードウェア、ソフトウェアの設計、開発が出来る能力を持っていた。

 

 プルフォウは士官学校時代にオリジナルの機体『アッティス』を独力で設計して、アクシズの学生MS大会で優勝したこともある。その自信が、彼女に少々傲慢とも思える言葉をつぶやかせていた。

 

 プルフォウが立ち止まって眺めていると、フレームが剥き出しのジュニア・モビルスーツの電源がオンになり、各部のセンサーが光ってブブッと機体が震えた。

 

 機体の隣に立つ、背が少し低めのメガネをかけた生徒がハンドコンピューターからテストコマンドを送信すると、ジュニア・モビルスーツのセンサーがキラッと光り、ギギギッと不快な音を発して両腕が真上に上がった。

 

「やった! 成功だ!」「すげえーっ」

 

 ちょっと腕が動いたくらいで、学生たちはもう大騒ぎだ。その様子にプルフォウは笑いを堪えるのに必死だった。

 

『プッ、あんなレベルが低い完成度で喜んでるのか……哀れだよ。アクシズだったら教官から殴られるところだ』

 

 アクシズではスパルタ教育が当たり前だったのだ。

 

 そんな出来そこないのガラクタを小馬鹿にする気持ちを、顔を歪ませて必死に抑えている彼女の表情は、遠目からはにこやかに笑う仕草に見えていた。

 自作ジュニア・モビルスーツの起動成功に喜ぶモビルスーツ部の生徒たちは、美少女が遠くから興味深そうに眺めていることに気付いて、いっそう誇らしくなっていた。

 

「あの女の子さっきから見てるよな? すごい美人だけど誰かの彼女?」

「あんな可愛い娘を彼女にしてる奴なんか、この中にいねえって! でも今がチャンスかもな? 誰か声をかけてこいよ」

「お前がいけよ!」

 

 浮かれた気分のモビルスーツ部の男子生徒達は、その勢いで美人の彼女まで手に入れようとするつもりだった。まだジュニア・モビルスーツを操縦してもいないうちから、世界大会で優勝して、彼女にキスしてもらうところまでを妄想していた。

 

「プチモビをさ」

「ジュニア・モビルスーツだろ?」

「プチモビを、あの女の子のところまで歩かせたら、誘うきっかけが掴めるかもよ」

 

 メガネをかけた男子生徒が、自信ありげに提案した。他の部員たちは、普段はモビルスーツにしか興味が無い彼が積極的な提案をしてきたことに少々驚いた。

 

「なんだよ、お前も彼女を誘いたいのか? 無理すんなよ。お前なんか相手にされねえから」

「身の程をしれよ」

「そんなんじゃないよ」

 

 だが、モビルスーツ部の技術開発担当であるオリバーは、確かに遠くで眺めている少女に心を奪われていた。なにしろ、いつもテレビ番組やグラビアで見ている様な、すらっとした理想的な美少女なのだ。しかも細い体に似合わず胸も大きくて、モデルみたいにスタイルが抜群だった。

 

「まあ、確かにきっかけにはなるかもな。おまえさ、ジュニア・モビルスーツを彼女の近くまで歩かせてから、わざと襲わせろよ」

「え、襲わせるって……」

「演技だよ、演技。彼女が驚いて怖がったところで、俺が助けに入るって格好良いストーリーだよ」

「くだらねえ! 陳腐な芝居だな」

「うるせえな! オリバー、できるよな?」

 

 オリバーは、そんなくだらないことを考える奴らを心底軽蔑した。最高傑作のロボットを悪役にしてチープなヒーローになろうなんて。他の連中は部室で騒いでいるだけで、頭を使わなくて良い作業だけを担当している。そのくせ目立つように声高に学園中に宣伝だけはしていて、手柄を独り占めしようと考えている図々しい奴らなのだ。そんな脳みそが筋肉で出来ているような無能な馬鹿どもと自分は断じて違う。

 

「いやだよ」

「逆らうのかよ? お前のガラクタも少しは役に立ってみせろよ! やれって!」

「わ、わかったよ」

 

 副部長に脅されて、オリバーは嫌々ながらハンドコンピューターで歩行プログラムを呼び出して、それをジュニア・モビルスーツのメモリにアップロードした。するとギクシャクと上下に揺れながら、よたよたとジュニア・モビルスーツは歩行し始めた。

 

『なんだい、あのジュアッグみたいな歩き方は? 酷いよ! あんな変な動き、作れといってもつくれないぞ!』

 

 ガラクタみたいなジュニアMSの間抜けでコミカルな動きに、プルフォウは口に手をあてて吹き出すのを必死にこらえた。

 

「よし、その調子。彼女驚いてるぜ。あとは分かるな? 悪役ロボットを演じろよ」

 

 そのときジュニア・モビルスーツからビーッと大きな音が鳴り響いた。全員が何事かと驚いた瞬間、ジュニア・モビルスーツが突如猛スピードでプルフォウの方へとダッシュした。

 

「な、なんだよ!? 早えよ! 焦るんじゃねえって!」

 

 配線を誤って組み込まれた電源ユニットがショートし、直結された回路がモーターに過電流を流し、急激なパワーが生まれて暴走したのだ。基本的なミスである。

 

「危ない!」

「早く止めろ馬鹿野郎!」

 

 女の子に一直線に突き進むジュニア・モビルスーツに面食らって、オリバーは慌ててハンドコンピューターを操作してコマンドをキャンセルしようとしたが、もはや彼にできることはないと分かっていた。

 

『なんだ制御できないのか!?』

 

 プルフォウは、ジュニアMSが衝突コースで突進してくることを瞬時に認識した。

 周りの景色がモノクロになり、ジュニア・モビルスーツの動きがスローモーションになる。危機に際して交感神経が緊張し、彼女の脳にアドレナリンが流れ込んで認識能力が倍加したのだ。

 

 強化人間であるプルフォウは、空間的、時間的認識能力に優れていて、驚異対象がどのように動くのか予測することが出来る。ジュニア・モビルスーツのスピードは予想以上に速く、素早くよけなければ激突して地面に叩きつけられてしまうことは必至だった。

 

 だからプルフォウは素早く横に飛び退いた。避けるのには十分な距離だろう。

 だが、その高い身体能力のせいで勢いが付き過ぎて、スカートが捲れてしまったのは計算外だった。

 

『まずい、下着が……!』

 

 反射的にスカートを片手で抑えてしまったことは失敗だった。大きくバランスを崩してしまったのだ。

 

 この制服はデザイナーの趣味なのか、やたらとスカートが短い。しかも今日はレギンスを履いてくることを忘れてしまった。さらにいえば、こんなときに限ってキャラクターものの下着を履いていたのだ。猫の絵柄の。間違いなくエミリー軍曹が用意した物だ。

 

 絶対に見られてたまるか!

 

 プルフォウは安全に着地するどころか、頭から真っ逆さまに地面に落下しようとしていた。彼女は咄嗟に両手で頭を抱えて衝撃に身構えた。

 

 だが次の瞬間、プルフォウはガシッと誰かに抱きとめられた。体格からそれが男性だと分かった。

 そのまま二人は一緒にドスンと地面に倒れこんだ。

 身を挺して助けてくれた男子生徒の胸に顔が押し付けられて、プルフォウは厚い胸板と汗の匂いを感じた。

 

「あっ……」

「大丈夫? 怪我はない?」

 

 見上げると、知らない男子生徒の顔があった。どうやら上級生のようで、その笑顔にプルフォウは一瞬見とれてしまった。

 強化人間である彼女は、薄い空気でも全身に血液を送り込めるように心臓や血管が強化されているが、必要以上に血液が全身に送り込まれて、まるで体が爆発するかと錯覚した。

 

「さ、触らないで!」

 

 このままでは身体が危険な状態になると考えたプルフォウは慌てて立ち上がり、バッグをひったくるようにしてその場を離れた。

 

「君、ちょっとまって!」

 

 プルフォウは池にかかった橋と遊歩道を全速力で駆け抜けて校門をでると、飛び込むようにして寄宿舎に帰還した。

 階段を駆け上がり、自室に入るとバッグを投げ捨ててベッドに倒れ込む。

 

「馴れ馴れしい奴め!」

 

 怒りを鎮めるために、制服と下着を乱暴に剥ぎ取ってシャワールームに入ると、蛇口を思い切りひねった。冷たい水で体を冷やしていると、ようやく心が落ち着いてくる。

 

 プルフォウは大勢の前で恥をかかされたと感じていた。

 自分はパイロットで、モビルスーツに搭乗するのが仕事だ。馬鹿げた演技で笑いものになるのが仕事ではない。

 

『一刻も早くシャトルを用意させなければ! ミネバ様をお連れして、こんな場所からはさっさと脱出だ!』

 

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