プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド   作:ガチャM

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宇宙世紀0092年。アクシズ親衛隊の生き残りプルフォウは地球にいた。アフリカ戦線でエースパイロットになっていた彼女は、あるとき特殊任務を命じられた。それは地球で身を隠している要人を宇宙に脱出させるというものだった―。

■デザイン協力 
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro

■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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※Pixivにも投稿しています。


第3話「巨人が住む星」

     2

 

 

 

 巨人が地上を歩き回り、空を飛翔する。それは古代に生きた巨人ティターンズが、まだ地上に暮らしていた以来の光景だった。

 戦闘を目的として生み出された機械仕掛けの操り人形『モビルスーツ』が、瞬く間に戦闘機や戦車を駆逐してから十数年が過ぎ、その光景はすでに人間社会にとって見慣れたものとなっていた。

 地上、海、宇宙、スペースコロニー、アステロイドベルトなど、人間が活動するあらゆる領域で巨人が動き回っているので、仮にどこか別の惑星から訪問者がやってきたなら、その宇宙人はモビルスーツを地球の支配者と思うに違いない。

 

 ヨーロッパ中心部、旧ドイツと旧フランス国境に位置するアルザス地方。

 そのアルザスの外れにある農村では、牧歌的な時間が流れていた。人類にとっての大災厄『一年戦争』と呼ばれた十数年前の世界大戦は、人間社会の工業化、都市化を後退させ、少なからず人々を農業や漁業に回帰させていた。この農村で住民が行う作業といえば、農作物を育てたり、羊を追いまわしたりする程度で、あとは一日のほとんどを食事をしながらぼんやりと過ごすという感じだった。

 だから、突如鳴り響いた熱核ジェットエンジンの轟音は、住民にとっては晴天の霹靂だった。高速回転するファンブレードと核融合炉とが生みだす、周辺数キロメートルのあらゆる物を振動させる暴力的な音は、まるで天変地異が起こったかのようで、恐怖して家に閉じこもる者もいれば外に飛び出して大声をあげる者もいた。

 

「モビルスーツだ!」

「もう一機は……なんだありゃ? 凄くでけぇぞ……」

 

 興奮した若者が、危険なショーを見るかのように騒いだ。彼らが普段見慣れている『モビルスーツ』は、細いシルエットの地球連邦軍製の《ジム》だったから、異様なマシーンは化け物そのものに見えたのだ。

 ブドウ畑で農作業を行っていた老夫婦も、巨大な二つのシルエットが低空飛行するのを唖然として見つめていた。その日常生活から逸脱したスケールのメカニックには手足がついていて、顔は人間とは似ても似つかないが、それだけに神話の巨人のように思えて、老いた二人を驚愕させるのに十分な衝撃があったのだ。

 

 人外の巨人たちは、彼らの大きさに合わせて作られた空駆ける乗り物にまたがり、進行方向を幾度となく変えて、高速で木々すれすれを駆け抜けていく。

 巨人を構成するテクノロジーは理解できずとも、彼らの意図は老夫婦にも理解できた。そう、何かから逃げている―。人型であるだけに、それを操縦しているであろう人間の意思が透けて見えるのだ。畑を荒らす小動物の敏捷さにも似ていたが、ほどなくその動物を捕獲しようとする新手の巨人が後方から出現した。

 高速で飛び去る機体を目で追いながら、老夫婦はその争いが自分たちの土地に災厄をもたらさないことを祈るしかなかった。

 

    ※

 

 地球連邦軍ヨーロッパ方面軍第五十四モビルスーツ大隊所属のリカルド・マーティン中尉は、降って湧いた予想外の状況に興奮していた。

 目の前に狩るべき大きな獲物が現れたとなれば、殊勲をあげる機会を逃すわけにはいかない。ただ規定飛行時間を延ばすだけの、毎日繰り返される定時の偵察飛行と訓練飛行。変わり映えのしないその任務にあっては、厳しい選抜試験を勝ち残り、あれだけ切望したモビルスーツの操縦すらも退屈な作業に成り果てていた。

 

 だが、いま自分は偽りない戦闘状況下にいる。狩りの対象は仮想敵機ではない本物の敵モビルスーツだ。正確には所属不明機で、敵だと決まったわけではないが、この平穏な地域にあって秩序を乱すものは敵に間違いなかった。

 リカルド中尉は、自分の判断でそう断定した。

 

「ブラボー2からヴィラクブレー司令部へ。所属不明機は低空で飛行中。呼びかけに応答せず IFF(敵味方応答)トランスポンダーにも反応しない。こちらに従属する意思なし。早急に判断を求む……」

 

 リカルドは、ヘルメットを通した音声を聞いて、自分が興奮していることを認識した。

 軍人は戦果をあげなければ昇進できないが、この平時にあっては戦果をあげることなど、ほぼ不可能なのだ。オペレーションの改善による業務の効率化や装備のやりくりによるコストカット、そのような地味な成果がパイロットにも求められていた。リカルドはそうした面倒な仕事が大の苦手だった。

 

『リカルド中尉、そのエリアに飛行申請を出している連邦軍機や民間機は存在しない。だが念のため、もういちど不明機の機種を確認してくれ。確かにモビルスーツなんだろうな?』

 

 この緊急事態に、間違いを防ぐための確認手順と間延びした返事がもどかしい。いったいこの状況で何を見間違うというのか? コクピットに装備された三六〇度全周囲(オールビュー)モニターには、はっきりと二機の所属不明機が映し出されていて、全ての分析結果がその二機をただちに撃墜しろと訴えている。熱暴走でたまに頭が悪くなる機械人形(オートマトン)にも分かる簡単な問題なのだ。

 

「一機はモビルスーツに間違いない。所属不明機は、ベースジャバーに搭乗したモビルスーツ一機とモビルアーマーらしき中型航空機が一機。データベースの照合では、モビルスーツはネオ・ジオンのAMX-011《ザクⅢ》に該当している。だが、モビルアーマーは該当機種はない」

 

 空電ノイズが乗る通信電波は途切れ途切れで、基地に聞こえているのかいないのか良く分からなかった。この時代『ミノフスキー粒子』と呼ばれる電波障害を引き起こす物質が、自然環境に深刻な影響を及ぼしているからだ。

 

 トレノフ・Y・ミノフスキー博士が宇宙世紀〇〇六九年に発見し、彼自身の名前を冠したミノフスキー粒子は、簡単に言えば質量がゼロに近いふわふわした磁石のようなもので、空間に交互に整列しながら浮遊して、目に見えない格子上のフィールドを形成する性質を持つ。そして、そのフィールドが電磁波や赤外線、放射線を反射、吸収してしまうのである。

 このやっかいな粒子が、一年戦争時にレーダージャミングの目的でやたらとばら撒かれた結果、未だ大気中に残存した粒子が長距離通信や電子機器を常に妨害していた。軍用機、民間機とも電子機器に入念な電磁シールドを施さなければ満足に稼働せず、そこまでしても長距離通信には困難を伴うのである。

 

 リカルドは基地からの返事を待った。いらいらする十秒間が過ぎ、ようやく『了解、待機せよ。付近を飛行していたガルダ級に支援を頼んでいるところだ』との返事が返ってきた。

 

「ふざけるなよ! そんな余裕があるか! CGと現実の区別もつかない連中が!」

 

 大方、司令部のスクリーンに投影された、味方と敵の方位と速度を現わしたアイコンだけで状況を判断しようとしているのだろう。自分が目の前でみている生の映像よりも、四角や三角の記号の方が信用できるらしい。

 リカルドは我慢の限界に達していた。

 命令を無視して攻撃をしかけるか……。一年戦争の英雄アムロ・レイ大尉だって、民間人の立場ながら、勝手に開発中のモビルスーツRX-78《ガンダム》を盗んで手柄をあげたのだ。

 

 リカルドがそう思った矢先、突然に空中に閃光が走って、彼はリニアシートから飛び上がらんばかりに驚いた。

 強力なビームがコクピットのすぐそばを掠めたのである。追手を追い払おうと考えたのか、前方に位置していた敵機が攻撃をしかけてきたのだ。灼熱化した重金属粒子が機体表面をカンカンと打つ音が、まるで警告音のように聞こえた。

 機体に当たれば無事ではすまないほどの強力なメガ粒子砲だ。

 リカルドは間近に見るビーム兵器に肝を冷やした。

 

「司令部、聞こえるか! 攻撃されたっ!」

『こちらヴィラクブレー・アクチュアル。いまガルダから増援が発進した。 ETA(到着予定時刻)は十五分後だ。中尉、速やかに撤退しろ』

「ネガティブ。これより戦闘状態に移行する。リカルドアウト」

『リカルド中尉! 勝手なことはするなっ!』

 

 だから言ったのだと、リカルドは自分の正しさを証明するかのように乱暴に通信を切った。

 すぐさまマスターアームスイッチをオンして、愛機《ジムⅢ》が握るビームライフルを起動させた。これで敵機への攻撃が可能となる。攻撃されて初めて反撃できるのが今の連邦軍なのだ。

 

「クラフト、まず俺があのザク野郎を攻撃する。やつらの動きが止まったらお前は反対側から回り込んでとどめをさすんだ。いいなっ! あのでかいモビルアーマーにはかまうなよ。初動は鈍いはずだ!」

「了解!」

 

 リカルドは同僚を鼓舞して気炎をあげた。だがネオ・ジオン系のモビルスーツが異様な姿をしていることが、僅かに彼を竦ませる。敵のモビルスーツ《ザクⅢ》は、彼の愛機《ジムⅢ》より一回り大きく、もう一機のモビルアーマーにいたっては、巨大な怪物のような異様なシルエットなのだ。大きければ性能が高いわけではないが、機体の性能差は歴然としているように感じられた。

 だが、この瞬間のために連邦軍パイロットは厳しい訓練を積んでいるのであり、軍の給料が支払われている理由でもあるのだ。地球連邦軍は職業安定所と揶揄されることもあったが、決してそんなことはないことを証明したいと、リカルドは常日頃から夢想していた。

 それに、この《ジムⅢ》は大量生産モデルではあるが、あの伝説的な高性能モビルスーツ《ガンダム》の基本設計を受け継いだマシーンなのだ。性能は決して悪くないし信頼性も高い。ゲリラ野郎の、おそらくは碌に整備もされていない機体に負けるわけがない。

 

 リカルドは気を奮い立たせ、セオリー通りに自機を敵機の後ろ上方に位置させると、ビーム・ライフルを使うことを僚機に宣言して、目標のやや前方に向けてビームを斉射した。

 正確に狙撃するためには、相手より高い位置にいた方が狙いやすい。ビームは直進するので、敵機の移動距離を予測して未来位置に撃ち込めばかなりの確率で当たるのだ。

 

 ビーム・ライフルの発射プロセスは、おおよそ次のようなものだった。

 

 操縦桿の発射ボタンが押されると、それに呼応してモビルスーツのマニュピレーターがビーム・ライフルのトリガーを引く。するとトリガー入力信号を合図にして、核融合炉から取り出された莫大な熱エネルギーが、縮退して発射寸前の状態で保持されていたメガ粒子を刺激し、それを高熱のプラズマ奔流として前方に投射させるのだ。

 

 そのようにして敵を屠る必殺のビームが発射されたが、その一撃は目標をかすりもしなかった。

 ネオ・ジオンのモビルスーツは、まるで後ろに眼がついているかのようにスッと平行移動してビームを容易く避けてしまったのだ。そしてすぐさま反転すると、猛然と反撃してきたのである。それは《ジムⅢ》の戦術コンピュータの予測を超えた機動だった。

 

「なんだと!? 速い!」

 

 左後方に位置していたクラフト少尉の機体は、搭乗していた支援航空機ベースジャバーをたちどころに破壊されて、そのまま地面に落下していった。

 

 たいていのモビルスーツは空を飛べないのだ。

 バランスを崩してクルクルと回転しながら落ちて行った《ジムⅢ》は、すさまじい音を立てながら地面に激突し手足をもがれた。幸運なことに爆発はしなかったが、もはや戦力として期待できないことは明らかだった。

 

「クラフトーッ!」

 

 部下の名前を叫びながら、リカルドは突然不利な状況に陥ってパニックになった。

 このまま追撃するか撤退するか!?

 頭の中に一対二という単純な数字が浮かんだ。まず撤退するのが望ましいが、脳内で大量のアドレナリンが生成されているので、その数字は英雄的行為を正当化するものになっていた。

 

「テロリスト野郎が大きな顔をしやがって!」

 

 部下を撃破されたリカルドは怒りに燃えて、後方から高速ターンしてきた敵機に向けてビームライフルを連射した。コンピューターによる自動照準は、モビルアーマーの飛行予測を算出し、最も効果的な攻撃を目標に与えるのだ。

 そのうちの一射が、青い化け物モビルアーマーに当たったように見えた。モビルアーマーは爆発と共に煙を噴いた。

 やったのかっ!?

 だが勢いにのったリカルドがさらに攻撃を加えようとしたとき、いきなり眼前に《ザクⅢ》が迫った。モニターいっぱいにモノアイと呼ばれる単眼の光が恐ろしげに光り、中尉は恐怖で言葉にならぬ叫び声をあげた。

 しかしながら、直後に《ザクⅢ》の後方で大爆発が起こり、閃光がモニターを焼きつかせた。次の瞬間、彼の愛機は敵機に殴られて、ベースジャバーから叩き落とされてしまった。 

 

(ちくしょう!)

 

 制御系がいかれたのか、全てのコントロールが効かなかった。

 勇ましく英雄ぶってはみたが、英雄は早死にするというのは本当らしい。僚機が撃破された時点ですぐに撤退するべきだったのだ。もはや全てが遅い。戦闘能力を失った《ジムⅢ》のコクピットの中、マーティンは目を閉じコクピットが焼かれるのを待った。

 

「……?」

 

 だがいつまでたってもビームサーベルの光はコクピットを貫いてこなかった。目の前の閃光が消えさると、《ザクⅢ》と正体不明のモビルアーマーは姿を消していたのだ。引き際の良さはゲリラらしい戦術だった。

 だが今はそんなことはどうでも良い。モニターには全面に地面が広がっていたのだ。

 リカルドは両手で頭を抱えてうずくまり、耐ショック姿勢をとった。

 ベースジャバーから叩き落とされて、《ジムⅢ》はゴロゴロと地面を跳ねるように転がった。すさまじい衝撃と強烈な振動が全身を痛めつけたが、その痛みこそ命が助かった証拠だった。

 

 その夜、アルザスの農家の老夫婦は、モビルスーツの残骸から命からがら降りてきた地球連邦軍のパイロット二人を保護していた。

 夫婦はこれで戦いが終わって欲しいと心の底から思ったが、その願いは叶うことはなかった。

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