プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド   作:ガチャM

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宇宙世紀0092年。アクシズ親衛隊の生き残りプルフォウは地球にいた。アフリカ戦線でエースパイロットになっていた彼女は、あるとき特殊任務を命じられた。それは地球で身を隠している要人を宇宙に脱出させるというものだった―。

■デザイン協力 
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro

■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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※Pixivにも投稿しています。


第4話「ドッグファイト」

     3

 

 

 

「中尉、このあたりでいい。あとは一人で大丈夫。おまえは帰投するんだ」

「いえ、もう少しお供させてください」

「ベースジャバーの燃料だって余裕がないだろう? また戻るときに迎えに来てくれればいいさ」

 

 戦闘を終えた《ベルグソン》と《ザクⅢ》の二機は、再び低空を飛行していた。

 プルフォウとエルマンは、連邦軍の追跡者を追い払い、さらに爆薬と煙幕を用いてあたかも機体が被弾したように欺瞞してみせたのだ。これで機体を隠す時間が稼げるはずだった。

 

「……わかりました。もうこのあたりに連邦軍はいないと思いますが、十分に気をつけてください」

「ずいぶん心配してくれるんだな? まったく不愉快な任務さ」

「でもジオンにとってこの任務は……」

「どうだろうな? 本物かどうかだって分からないんだ。だから、それを確認するために身分を隠して近づこうっていうんだろ」

「ああ、それで」

 

 プルフォウは基地で任務の準備をしているときに、エルマン中尉に仮装(コスプレ)した姿を見られたことを思い出し、お尻をずらしてシートに座り直した。なんとも気まずい体験で、彼の目は大きく見開かれていた。文字通り道化みたいに見えたことだろう。

 

「馬鹿げた演技をするんだからな。わたしはパイロットだけをやっていたいんだ!」

「でも似合ってましたよ」

「気休めはよしてくれないか?」

「ご褒美に美味しいアイスクリームを用意しておきますよ」

「なんだよ、それは?」

 

 プルフォウは、エルマンの妹を慰めるような言い方が嫌いだった。年上だからと、たまに子供扱いしてくるのだ。

 だからはっきりと叱ってやるかと考えて、上官に対して無礼だぞと言いかけた次の瞬間、彼女の脳裏に危機を知らせるイメージが突然に突き刺さった。

 

「なにっ!?」

 

 それは漠然とした、プレッシャーが形となったような塊だった。

 戦闘で散布されたミノフスキー粒子によって警戒レーダーは著しく能力が低下していて、光学センサーも遠距離の敵にはあまり役には立たない。プルフォウはそういう状況で敵機を感知したのだ。

 モビルスーツのサイコミュが教えてくれたと表現してもよく、まさにそれこそが強化人間の能力なのだが、それでも高々度から高速接近してくる敵機への対応時間は、わずか二十秒程度しか残されていなかった。

 

「六時方向に敵機だ! 上昇しろっ!」

 

 言うや否や、プルフォウはフットペダルを思い切り踏み込み、同時にアームレイカーを手前に引いて《ベルグソン》を急上昇させた。

 

「大尉! センサーには何も!?」

「死にたくなければわたしの勘を信じろっ!」

 

《ベルグソン》と《ザクⅢ》は、爆発的な加速力で瞬く間に上空へと飛翔する。

 プルフォウが即座に急上昇したのは、空中戦を行うための位置エネルギーを稼ぐためだった。

 攻撃のために向きを変えたり、防御のために旋回すると、機体は少しずつ速度や高度を失っていく。そしてついには全てを失って機動出来なくなってしまうのだが、それゆえ格闘戦を行う前には、なるべく速度と高度を確保しておくことが重要なのだ。

 

 これは『エネルギー機動性理論』という、旧世紀の戦闘機同士が行った近接戦闘(ドッグファイト)の経験則から生まれたものだが、犬同士がじゃれ合う姿の例えから生まれたその理論は、戦闘機よりは人型のモビルスーツにふさわしかった。

 

「間に合うか……!」

 

 まったく迂闊だった。この距離まで敵機が接近していたことに気付かないとは! ニュータイプ能力が鈍っているのか?

 プルフォウは自分の能力に疑いを持ったが、そんな自省が役に立つほど戦場は甘くはない。

 フットペダルを踏み込み続けると、《ベルグソン》の両肩に備え付けられた熱核ターボファン・エンジンの回転数が爆発的に上昇し、推進力が一気に増大した。

 

 熱核ターボファン・エンジンは、混合した燃料と空気を多段式タービンで急激に圧縮し、それを核融合炉の熱で膨張させて推進力を得る。酸化剤がいらないので燃費の良いシステムではあるのだが、レスポンスが少々悪いのが欠点だ。ただし燃料を湯水のように使い、消費量のことなど考えなくてよいというなら、ノズルに燃料を直接吹き付けて爆発的な加速を得る『アフターバーナー』を用いることも可能だった。

 

 敵はそのアフターバーナーを盛大に焚いて加速しているはずだ。おそらく基地か母艦が近いのだろう。つまり燃料消費量を気にしなくて良いということだ。

 

「ちっ、やっかいな奴に絡まれた!」

 

 急上昇を続ける《ベルグソン》は高度二千メートルに達した。

 だが、如何せん遅すぎるのだ。

 優位なポジションをとろうとするプルフォウの意図を察した敵機は、そうはさせまいと猛然と加速して突進してくる。ドッグファイトに移る前に、一撃離脱攻撃で仕留めるつもりなのだ。その速度はまさしく目を見張るもので、追いつかれるのは時間の問題だった。

 

「なんて速さだ!」

 

 プルフォウは敵機の性能に驚愕する。

 彼女が駆る重モビルスーツAMX-021X《ベルグソン》も、ネオ・ジオンが技術力の粋を集めて開発したマシーンである。なまじの機体ではない。

 

 両肩に大型の多目的アクティブ・バインダーを装備し、胴体には強力なビーム兵器『メガ粒子砲』を三門、両腕にビーム・キャノン二門を固定装備として備える。さらには、万能兵器として考えつくあらゆる機能を盛り込むべく、サポートマシンであるベースジャバーと合体することで、高速飛行形態であるモビルアーマーに変形することも可能なのだ。

 しかしモビルアーマーに変形して、恐ろしげで強そうな格好にはなるが、機動性が劇的に変化するわけではないのが問題だった。

 敵地深くに単独で侵攻するべく、空気抵抗を減じて巡航性能を高めることがトランスフォームする目的なのであり、ようするにドッグファイトにはあまり役に立たない―。

 

 僚機の《ザクⅢ》は加速に手間取りはるか低空にいて、敵機は急速に接近している。

 状況は決定的に不利だと、戦術コンピューターに教えてくれなくても明らかだった。

 

「馬鹿みたいに突っ込んでくる! 何を考えてるんだ」

 

 プルフォウは後方警戒モニターを確認しながら、文字通りロケットのように突っ込んでくる敵機に驚きを隠せなかった。機体性能を最大限生かすための機動なのか、あるいはパイロットの性格なのか、欺瞞行動もせずに最短距離をとってくる。

 敵機はラフなCGで表現されてはいたものの、グレーの機体色に逆三角形の形状、機体上面に二つのエンジンポッドがレイアウトされている構造が見て取れた。おそらく地球連邦軍の可変MSだ。

 

「フン、小細工せずに戦おうってのかい? 面白い、相手になってやる!」

 

 突進してくる敵機を回避するために、プルフォウは即座に三六〇度ループを開始した。

 そして、その素早い判断が彼女の命を救った。直後に強力なビーム斉射が、直進していれば機体が位置していただろう一帯を薙ぎ払ったのだ。あと一秒遅れれば直撃を喰らうところだった。

 震える手をアドレナリンによる高揚感で抑え、加速を殺さずに機体に滑らかなループを描かせるべく、精密にアームレイカーを操作する。

 地平線がググッと下に消えて、機体が高速ループに入った。

 

「ちっ、手が滑ったっ!」

 

 球形操縦桿(アームレイカー)は操作性は良いのだが、激しく動かしたときに握った手が外れやすいのが欠点なのだ。

 戦闘時に手からすっぽ抜けたらたまらない。操縦桿としては致命的な欠陥のように思えるが、新型リニアシートには操縦桿カバーが付いているので、スペース的にスティック型には交換できないのだ。仕方がないので、プルフォウはノーマルスーツのグローブに滑り止めを塗布して対処していた。

 

「こんな操縦桿、帰還したら今度こそ交換してやる!」

 

 強烈なGで体が押し付けられる不快感に、思わず悪態をつく。

 Gに耐えながら繊細な操作を行うのは、強化人間であるプルフォウにとっても至難の業なのだ。リニアシートは超電導で僅かミリオーダーの間隔で浮いていて、加速度を検知してそれを相殺してくれはするが、急激な機動にはその機能が追いつかないのである。

 

「ぐっ……!」

 

 身体に重力加速度がかかって四肢が拘束されるように重くなり、プルフォウの口から呻き声が漏れた。

 強化された筋肉を持ってはいても、重力加速度は等しく肉体にダメージを与える。ジェットコースターのような激しい機動に全身が押しつぶされそうになる。歯を食いしばって耐え、ずっしりとしたヘルメットの重さを感じながらも、プルフォウは左右に忙しく首を振って敵機の位置を確認しようと試みた。鋭敏な感覚でぼんやりと敵機の位置は判別できるが、本能が目視での確認を欲求するのだ。

 敵機は盛大に白煙を吹きあげながら追撃してきている。

 

「そうさ、ついてきな! 機動性に自信があるのが命取りなんだよっ!」

 

 プルフォウはGに苦しみながらも強がりを言って自らを鼓舞した。

 

「エルマン、聞こえるかっ!?」

「は、はいっ!」

「わたしが奴をひきつけて迎え撃つ。おまえは後ろから挟み込め!」

「了解!」

「やるぞ!」

 

 遠大なループの中間点に達したとき、プルフォウは反撃に移るべく変形レバーを引いた。

 ガクンッとロックが外れる金属音と同時に、ベースジャバーが《ベルグソン》本体から分離して、緩やかな弧を描いて離れていった。そしてベースジャバーと分離するや否や、《ベルグソン》は瞬時にモビルアーマー形態からモビルスーツ形態へと変形した。

 可動内骨格(ムーバブルフレーム)と大出力モーター、高性能アクチュエーターの組み合わせにより、《ベルグソン》は一秒以内にその形態を変化させるのだ。

 頭部カバーとバインダーで本体を覆い、まるで水棲生物に擬態したかのような姿をしていたマシーンは一瞬でそれらを広げると、縮こまっていた四肢を伸ばして、単眼センサー(モノアイ)をギラッと光らせた。

 

 太陽をバックにして、空中に羽を生やした巨人が現出した。

 凄まじい速度で変形したために、空気抵抗と慣性の法則によって機体が軋んだ。高速移動中の変形は確実に機体寿命を縮めてしまうのだ。

 さらにプルフォウの三半規管も、急激な反転による強大なGで異常を訴え、空間識失調(バーティゴ)に陥りそうになった。だが彼女はそれに構わずに、機体各部の姿勢制御バーニアを正確に作動させると、空中で機体を制御した。

 一方、可変MSは速度にまかせて上昇し、高空で減速したあと旋回して追尾してきた。いわゆるハイスピード・ヨーヨーと呼ばれる機動をとることで、上方から狙い撃ちするつもりなのだ。

 

「セオリー通りの動きをする! 自信過剰な奴!」

 

 プルフォウは、《ベルグソン》の右腕に持たせた『MMP-78ザク・マシンガン』の狙いを敵機に定めた。

 ザク・マシンガンは、秒速二千メートルもの初速をもって弾丸を発射するが、弾丸は管制コンピューターによる予測射撃によって最適な有効打撃範囲に収束する。加えて近接信管によって、直撃せずとも目標に近づいただけで炸裂して、破片によるダメージを与えられるのだ。

 

 つまり、ある程度コンピューターまかせにしても目標に命中するのだが、とはいっても、そんな売り文句を技術者の額面通りに受け取るわけにはいかない。相手が新米パイロットならともかく、熟練パイロットはコンピューターの予測射撃を回避するテクニックを持っているからだ。

 だからプルフォウは、照準システムをオーバーライドしてマニュアル操作に切り替えた。

 

「そこだ!」

 

 彼女がトリガーを引くと、マシンガンの薬室に弾丸が装填され、電気雷管による点火、発射。ガス圧によるボルトの後退、弾の再装填という射撃サイクルを繰り返しながら、銃口から毎分九百発もの猛烈な速度で弾丸が前方に発射された。

 耳を劈くような派手な音と振動が発生し、火薬カートリッジに押し出された炸裂弾が空中を駆ける。

 

 120mm口径のマシンガンは一年戦争の時代から使われている武装で、ビーム兵器が主流となったいま、二戦級の武器に成り下がったというのが大方の評価だ。そのような武器を装備しているのは、高価なビーム兵器を贅沢に使用できない懐事情もあるのだが、広範囲に弾丸をばらまくことが可能なザク・マシンガンは制圧射撃に最適であるというのが、ジオン・アフリカ方面軍戦術研究班の結論だった。

 制圧射撃とは、連続した射撃によって敵の行動を制限し、容易には移動できない状況を作り出す戦術なのだが、簡単に言えば大量の弾で敵を怯ませて動けなくしてしまうのである。

 

「行き止まりだな! さあ、どう動くつもりだ!?」

 

 プルフォウはアームレイカーを握りしめながら、感覚を研ぎ澄まさせた。

 速度が落ちているから、回避するためには降下、反転して逃げるだろう。問題は左右どちらに逃げるかだ。こちらが"右腕"に武器を持っているから、向かって右に動くのがセオリーだ。しかし当然相手も同じ思考だと考えなくてはいけない。

 

 裏の裏をかく騙し合い。このゲームに賭けるのは己の命だ。戦闘で生き残るパイロットなら、ギャンブラーになっても間違いなく食べていける。

 そして予想通り、敵機は右に動いた。

 セオリー通りに直進してきた人間ならば、やはりストレートに反応するということか。

 攻撃を避けるために、主翼からベイパーを発生させつつ急速ターンで回避行動をとっているが、それはかなりの高機動で、敵パイロットは相当のGを感じているに違いなかった。

 モビルスーツ形態の利点は任意の方向に攻撃出来ることだ。対して戦闘機形態の敵機はこちらを攻撃出来ない―。

 

「墜ちろっ!」

 

 敵機が回避行動に移った一瞬の隙を逃さずに、プルフォウは間髪入れず《ベルグソン》の左腕に内蔵されたビーム・キャノンを発射した。

 

 発射タイミングと角度は申し分ない。

 収束率の高い、細長いビームが一直線に目標へと向かった。ビームは大気中で煌めきながら尾を引いて、今まさに敵に確実な死をもたらそうとしていた。

 プルフォウの脳裏に機体が爆発するイメージが浮かんだ―。

 

 だが、ビームが直撃するはずだった決定的瞬間の一秒前、プルフォウの予測はキャンセルされた。グレーの敵機は瞬時に形態を変化させたのだ。変形に〇・五秒を費やし、次の〇・五秒でシールドを展開する。戦闘機形態からモビルスーツ形態への変形(トランスフォーム)。耐ビームコーティングが施されたシールドは、たちまちビームを弾いて反らしてしまう。

 

「なにっ、防御しただと!?」

 

 プルフォウが驚いたのは、可変モビルスーツのパイロットが回避機動と変形、防御を同時にやってのけたことだった。並の反射神経ではない。彼女は地球に降りてきてから、自分以外にそれが出来るパイロットを見たことがなかった。

 

「なんて奴だっ!」

 

 その困惑がプルフォウの反応を一瞬遅らせてしまう。

 可変モビルスーツは姿勢制御バーニアを吹かして姿勢を安定させると、シールド裏から大型のビーム・スナイパーライフルを取り出した。そしてコッキングレバーを引いてエネルギー・カートリッジを薬室(チャンバー)に送り込むと、素早く狙いを定めてビームを発射した。

 

「大尉! 避けてっ!」

 

 虚を突かれたプルフォウは、エルマンの叫び声で我に返った。

 

「対空防御っ!」

 

 プルフォウはアームレイカーを素早く操作してコマンドを入力した。

 《ベルグソン》の両肩に装備されたバインダーを前方に展開して防御態勢をとらせると、フットペダルを底が抜けるほどに思い切り蹴り飛ばし、バーニア・スラスターを全開にして急速後退した。さらに僅かでもビームの威力を減衰させるべく、バインダーの小型ハッチからアルミコーティングされたダミーを申し訳程度に前方に放出させた。

 

 ドンッという音がして、周囲の空気が衝撃波で震えると同時に、強力なビームが襲いかかった。コクピット内では、強烈な光からパイロットの眼を守るために防眩スクリーンが降りた。

 スナイパーライフルのビームは精度と威力が桁違いで、あわや直撃するかと思われた。だが必死の回避行動によって、バインダーの装甲の一部を溶かしながらもギリギリでビームを反らすことに成功した。

 それでも高出力ビームによって機体の装甲の一部が融解、気化して、高温と衝撃波が機体を激しく揺らした。

 

「うぅっ!」

 

《ベルグソン》のコクピットにリニアシートでも吸収できない激震が走り、プルフォウはたまらず呻き声をあげた。

 

「大尉!」

 

 上官の危機に激高したエルマンは、ようやく戦闘宙域にたどり着くと、《ザクⅢ》の腰装甲に内蔵されたビーム・キャノンを敵モビルスーツに向けて連射した。

 それは精度は低いが気迫に満ちた攻撃だ。

 不意を突かれた可変モビルスーツは、体勢を整えるために逆噴射をかける。敵機は一瞬たじろいだようにも見え、相手を圧倒した勢いのまま、エルマンはとどめを刺そうと勢いよく突進した。

 

「もらった!」

 

 勝利を確信したエルマンは、敵機のコクピットを狙ってビーム・キャノンの狙いを定めた―。

 

「馬鹿、罠だ! 深追いするんじゃないっ!」

 

 可変モビルスーツの意図を察してプルフォウが叫んだ。

 そう、敵はわざと誘ったのだ。

 グレーの可変モビルスーツは、難なく《ザクⅢ》の射線から身をかわすと、空中を爆発的に突進し、最小の動作でコクピットを刺し貫くべく、接近戦用の必殺兵器ビーム・サーベルを腰から引き抜いてフェンシングのように突きを繰り出した。

 

『ビーム・サーベル!』

 

 エルマンとプルフォウは、その敵機の素早い動作に、同時に驚きの声をあげた。可変モビルスーツは光剣をかまえて目にも止まらぬ速度で《ザクⅢ》に迫る。エルマン中尉はもはや避けようのない致命的な攻撃に悲鳴をあげた。

 

「うわあぁっ!」

 

 だが恐怖で動けないエルマンの眼前に、最大出力で駆けつけた《ベルグソン》の巨大なシルエットが広がった。

 

「やらせるかっ!」

 

 プルフォウは《ベルグソン》を急反転させて二機の間に飛び込ませると、可変モビルスーツの鋭い打突を、二刀流のビーム・サーベルで受け流させた。

 二つのビーム・サーベルが合わさりはじけ、刃を形成する《Iフィールド》と呼ばれる力場が干渉した結果、周囲に凄まじい光と音が発生した。

 

「大尉!」

「お前は離脱しろ! こいつは強いっ!」

 

 そのまま二機は激しい動きで切り結んだ。

 

 可変モビルスーツがコクピットを狙った必殺の突きを放つと、プルフォウはその攻撃を《ベルグソン》を横回転させることで避け、そのままの勢いで機体を一回転させると、ビーム・サーベルを横なぎに払った。

 対して可変モビルスーツは、その斬撃を急激なひねり込みで回避してみせ、向き直ると再び鋭い突きを放った。

 またもやビーム・サーベル同士がスパークする激しい火花が散り、数秒間つばぜり合いをした後、二機はばっとお互いから飛び退いた。

 

「あれがモビルスーツの動きなのかっ!?」

 

 エルマンは、眼前で繰り広げられている熟練同士の戦いに圧倒されて動けなかった。それはエースパイロット同士の一瞬のミスも許されない極限の戦いで、常人には機体の動きは目で追えず、ブレて見えるほどの速さだった。決闘に介入することは許されないと感じた。その無駄がない一流の舞踏は、あたかも伝統芸能のような崇高なものに思えたのだ。

 

 巨人同士の激しい格闘戦は死力を尽くして続けられたが、いまや二機の高度はかなり下がってきていた。重力が二機を地面へと誘い込んでいるのだ。激突死しないためには急いでバーニア・スラスターを噴射するか、モビルスーツ形態から航空機形態に変形しなければならない―。

 

「こい、ベースジャバー!」

 

 プルフォウは状況を素早く判断して、ベルグソンと分離させて滞空させていたベースジャバーを上手く利用した。サイコミュによる遠隔操作によって、タイミングを合わせてベルグソンの落下位置にベースジャバーを誘導したのだ。

 敵機とドッグファイトを繰り広げつつ、精密なタイミングでベースジャバーとドッキングする。それはセンスと熟練の賜物だった。

 

「この戦い、もう少し続けたいところだが……終わりだな!」

 

 プルフォウは《ベルグソン》をベースジャバーの背に降り立たせると、その優位なポジションから胸部に装備されたメガ粒子砲を発射した。

 メガ粒子砲は、メインエンジンと直結した強力なビーム兵器である。三門の砲口から強力なビームの奔流が流れ出すと、敵機を囲むように拡散ビームが広がっていった。

 

「墜とすには惜しいパイロットだが、戦いは非情なんだ!」

 

 メガ粒子砲は、直撃すれば巡洋艦ですら撃沈する威力がある。もはや可変モビルスーツの運命は決定した。強化人間であるわたしにかなうパイロットなど、いるわけがない。

 プルフォウは勝利を確信した。

 だが、あと僅かでメガ粒子砲が直撃すると思われたとき、可変モビルスーツはまるで跳ねるように方向を変えて攻撃を回避したのだ。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 起こるはずがない出来事が眼前に展開して、プルフォウは驚愕した。

 高熱のメガ粒子がモビルスーツ形態時の両脚―ウェイブライダー形態時のエンジンポッド―の一部を焼きはしたが、それは致命傷にはなり得なかった。

 彼女の予想を超えて、逃れることが不可能な必殺の攻撃すら、敵パイロットは避けてみせたのだ。

 それはつまり―

 

「あのパイロット、強化人間、いやニュータイプか!」

 

 可変モビルスーツは、そのまま瞬時に機体を航空機形態に変形させると、バーニア全開で再びロケットのように後方に飛び去っていった。

 

「撤退した……?」

 

 プルフォウは鮮やかに撤退した相手の手際の良さに感心する。同時に戦闘が終了したことに安堵し、自身の強化されている肺からほとんど消費されてしまった酸素を補充するべく息を継いだ。

 離れたところで戦いを見守っていた《ザクⅢ》が、《ベルグソン》に近づいて肩に触れてきた。それは接触回線を開くためだったが、まるで仲間を気遣う人間の動きにもみえた。

 

「プルフォウ大尉、大丈夫ですか!?」

「わたしは大丈夫……だが、あいつは恐ろしい奴だ」

 

 プルフォウはふうっと息を吐くと、眼に入りそうになっている汗を拭うためにバイザーを開けた。手で汗を拭うと、ディスプレイにデータベースの照合結果が表示されていることに気付く。そこには『該当機種MSZ-006D《ゼータプラス》照合率90%』と表示されていた。

《ゼータプラス》。可変モビルスーツ。安物の量産型とは違うやっかいな敵だ。だが本当に恐るべきはあの機体ではない……。

 

「敵機はガンダムタイプでした。だとすれば、やはり相手はエース級のパイロット……?」

「間違いなくそうだろうな。わたしをこれだけ苦戦させたんだ」

 

 プルフォウは手が震えるのを自覚した。

 地球連邦軍のモビルスーツの代名詞、一年戦争においてジオンを敗北に導いた悪魔のマシーン《ガンダム》という単語を認識したことがきっかけだ。

 伝聞や流言が理由ではない。彼女は人を惑わせる言葉には動じない。特定の単語をキーワードとした、深層心理への刷り込み操作による心理的圧力が生じたのである。それは例えて言うならトラウマのようなもので、恐怖体験は遺伝子を通じて子孫に受け継がれるという理論を応用した、強化人間に施された心理的強化策だった。

 

 問題はアドレナリンの過剰な放出だ。プリセットされた特定の単語が神経パターンとして検知されると、それをきっかけとして交感神経の緊張が促進され、彼女の血中には大量のアドレナリンが流れ込む。つまり人為的に興奮状態を作り出し、爆発的な戦闘能力を生み出そうというのである。

 軍人と科学者が考えだした、人体への影響を顧みない非情な所作は、一種の自家中毒を生じさせて後遺症を引き起こしてしまう危険を無視して実行された。

 プルフォウは恒常的にアドレナリン中毒による身体の震えに悩まされている。そして、いまも精神安定剤を飲みたい衝動を何とかこらえていた。

 

「エルマン中尉、基地に帰ったら戦術研究班の連中と今の戦いを分析してくれないか? どの部隊のモビルスーツかも知りたい」

「分かりました。あのガンダム野郎の対策を考えます。次は好きなようにもさせませんよ」

「あのパイロットは相当な腕さ。わたしが倒せなかったんだぞ? 間違いなく強化人間かニュータイプだ。あんな奴にこの辺りを彷徨かれたら作戦の支障になる」

「大尉にそこまで言わせるパイロット。まさかアムロ・レイとかいうエースでしょうか?」

「さあな。ずいぶん敵意が剥き出しだったから、そんな有名人じゃないだろう」

「……」

「少し疲れたよ。早く撤退した方が良さそうだ」

 

 すでに日が暮れ始めていた。

 夜になれば視認される心配はなくなるし、ミノフスキー粒子のおかげでレーダーには捉えられる心配もなくなる。だが迷って目的地にたどり着けなくなるのは避けたかった。

 

「これから急いでベルグソンを隠す場所を見付けるよ。……幸運を祈っててくれよ、中尉」

「大尉お気を付けて」

 

 モニター越しに二人は敬礼すると、機体を別々の方角に向かわせる。夕焼けが二機を赤色に染めていたが、その夕日を背にしたシルエットは別れを惜しむ人間そのものに思えた。

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