プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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三週間前 北アフリカ
北アフリカ西部に位置するモーリタニア、その旧首都ヌアクショット近郊にジオン残党軍の基地があった。
この砂漠に埋もれるように偽装されたジオン・アフリカ方面軍第七基地は、地下施設も備えた中規模の施設で、一年戦争の遺産ともいえた。北アフリカは地中海に面しているために兵站的にも有利で、ジオン公国はこの地域に、地球侵攻作戦の補給と兵站をつかさどる中継基地を数多く建設したのだ。
一年戦争が終結した後、ヨーロッパやアジア各地に設けられたジオン前線基地のほとんどは地球連邦軍に制圧、接収されてしまったが、アフリカ大陸では旧世紀から民族独立紛争が続いていて、地球連邦軍がこの地域の管理を半ば諦めていたことが第七基地には幸いした。
基地の所在はほとんど忘れさられ、軍の戦略マップにも掲載されずに、ジャンク屋の旧式パーツ程度の扱いで放置されたのである。地球においてはヨーロッパやアメリカ大陸の復興こそが急務であり、価値の低いアフリカ大陸の優先順位は限りなく低く設定されたのだ。
いま第七基地、通称ヌアクショット基地の簡易シェルターでは、いつものようにモビルスーツの整備が行われていた。
アフリカ大陸特有の気候による高温と乾燥と埃、そして機体不足による過剰な稼働時間が、精密機械であるモビルスーツを消耗させる。補給もままならない貧乏所帯のジオン残党軍においては、パイロットとメカニックマンの努力と熱意と綿密な作業が、巨大な人型兵器の稼働率をかろうじて保ち続けているのだ。
シェルター中央の整備ハンガーには、基地のフラッグシップ機、試作重モビルスーツAMX-021X《ベルグソン》が固定されていた。
この《ベルグソン》は、ネオ・ジオン軍の次期主力MSコンペティションにおいて、AMX-014《ドーベン・ウルフ》に敗北したAMX-011《ザクⅢ》開発チームが試作した機体だ。《ザクⅢ》は名機MS-06《ザク》の名を冠したものの、汎用性を高くしたばかりに性能不足だとネオ・ジオン上層部に判断され、対抗馬の、より大型で大火力を有する《ドーベン・ウルフ》が正式採用されたのだ。
だが、その短絡的で近視眼的な判断に怒り狂った《ザクⅢ》開発チームは、《ザクⅢ》をベースとして高性能サイコミュ・マシーンを作ることにした。技術の全てを注ぎ込み、自分たちが開発したモビルスーツのポテンシャルを証明しようと考えたのである。
プロジェクトには気鋭の若手モビルスーツ技術者も参加し、そのアイデアと開発チームの執念が結実した結果、《ベルグソン》は、高性能機として完成した。
ベース機と比較してフレームと装甲が強化され、固定武装もメガ粒子砲、ビーム・キャノン、マシン・キャノンと充実化が図られた。さらに姿勢制御用スタビレーターと兵器コンテナを兼ねたアクティブ・バインダーを肩にマウントし、重力下飛行用に補助ジェットエンジンを装備したことによって機動性も飛躍的に向上した。加えて操縦インターフェイスとしてサイコミュも搭載され、必要ならば遠隔攻撃端末であるファンネルを搭載することも可能だった。
機体が大型化したことから。やや操縦は難しくなったが、もとよりスキルの高い強化人間用なのでそれは大きな問題とはならなかった。《ベルグソン》はこれ以上ないほど強力なモビルスーツに仕上がり、開発チームは間違いなく正式採用されると信じて疑わなかった―。
しかしながら完成が遅すぎたのである。ネオ・ジオン軍が地球連邦軍に敗北してしまった結果、《ベルグソン》は正式採用される機会を永久に失ってしまった。けっきょく二機が試作製造されただけにとどまったのである。
いまヌアクショット基地に配備されているのは、アクシズが陥落した際に混乱に乗じて地球に持ち込まれた一機だった。
「このところ左腕のレスポンスが悪いんだ」
整備車両のバスケットに立つ少女が、《ベルグソン》左腕のメンテナンス・ハッチに身体を差し込みながら、傍に立つメカニックマンに話しかけた。
彼女は若干14歳ながら《ベルグソン》のメインパイロットを務める大尉で、この《ベルグソン》の開発にも関わったモビルスーツエンジニアでもあった。
「ああ、やはり思った通りだ。テスターの数値では、アームレイカーの入力からの反応時間が〇・二秒遅れているな」
「プルフォウ大尉、光ファイバーセンサーには、フレームの歪みは検知されていませんでした」
「そうか……。リニアシートが壊れてきたかな?」
プルフォウは、シャツで汗をぬぐいながら言った。この簡易シェルターにはクーラーが設置されていないので、彼女は上半身シャツ一枚という姿だった。その豊かな胸が強調された姿に。メカニックマンは目のやり場に困まっていた。
「データログをみると、リニアシートからの信号に遅延はありません」
「だとすると、原因はフィールドモーター?」
フィールドモーターとは、モビルスーツの駆動部に組み込まれた超電動技術を応用したモーターのこと。通常のモーターや油圧シリンダーと比較してレスポンスが非常に速く、人を模したモビルスーツには欠かせない部品だ。
「その可能性は高いですね。いまチェックしてみたんですが、肘関節のフィールドモーターの磁界が弱まってます。まだ許容範囲ですが、大尉の反応速度だと気になる遅れかもしれません。……交換しますか?」
「予備はあるのか?」
「はい。このサイズのフィールドモーターは、あと三基ストックしてます。分解整備する必要がありますが、一時間もかければ終わりますよ」
「しかし、まだ動くからな……。電圧を上げてみようか? 負荷がかかって寿命は短くなるが、どうせ交換するんだったら」
「良いアイデアだと思いますが、他の電子機器に影響がでるかもしれません」
「まずいかな」
「電磁シールドを二重化すれば大丈夫でしょう」
「よし、頼めるか? わたしはサブプログラムのパラメータを変更する」
機体修理の方針に満足すると、プルフォウは高所作業車のバスケットを降下させた。
「まったく、こいつは手間がかかるよ。自分も開発に関わっていたから言えたことじゃないが、もう少し互換性を持たせるべきだったな」
ミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉を動力とし、人間と似通った動作を可能とする可動骨格ムーバブルフレームから構成されたモビルスーツは、恐ろしく精密なメカニックの集合体だ。にもかかわらず、白兵戦用の兵器だから、至近距離から銃で撃ち合ったり両腕で殴り合ったりと、とうてい上品に扱われることはない。
動作機構は二重三重のバックアップ経路を備えているため、細かな故障がすぐに動作不良に繋がるわけではないが、それでも常日頃のメンテナンスが大切なのだ。しかも、同じタイプが大量生産される地球連邦軍とは違って、ジオン系のモビルスーツは少数しか生産されないモデルが多い。
だから、そんなカスタム機に近い機体を維持するのは、主に部品の少なさによって困難が伴うのだ。工場からロールアウトしたばかりのまっさらな機体と修復を繰り返した機体とでは、内部の部品がそっくり異なっていることも珍しくはない。
「せめて、もう少し予備パーツがあれば整備も楽なんだが……」
プルフォウは基地の補給事情を嘆いた。
地球連邦軍に敗北したジオン公国軍と、一年戦争後、ジオン公国の思想を受け継ぐ者たちが立ち上げたネオ・ジオン軍。両者とも地球連邦軍に敗北したが、かろうじて生き残った残党たちは、寄り合って宇宙と地上で抵抗運動を続けている。出資者やスポンサーは少なく、当然ながら潤沢な補給は望めない。だからこんなオイルまみれで苦労をしているのだ。
プルフォウは、アクシズ時代からモビルスーツの開発・製造に関わっていたので、その構造には詳しかった。なにしろ、この《ベルグソン》も自ら基礎設計に関わったくらいなのだ。
だから、自分のスキルを活かしてモビルワーカーやモビルスーツを修理する商売を始めたら、けっこう稼げるのではないかと彼女は思ってしまった。ダミー会社を設立すれば活動資金の足しにもなる……。
馬鹿だな、それじゃまるでマッチポンプじゃないか。
プルフォウは馬鹿げた自らの考えに自嘲しつつ、電算機室に向かうためにバスケットを降りた。コクピットでも作業はできるのだが、いいかげんに暑いので、涼しい電算機室のワークステーションでプログラムをコーディングしようと考えたのだ。
(そのまえに食堂でアイスクリームでも食べるか)
オイルで汚れた手を拭いて、暑さと喉の渇きを一掃する好物を頭に思い描いたとき、プルフォウは部下のエルマン中尉が走りながらやってきたことに気が付いた。
「プルフォウ大尉ーっ! ゲオルク少佐がお呼びです!」
エルマン・クレメンス中尉が、息を切らせながら、ただそれだけを伝えてくるために走ってくる。その姿は、まるで子供の使いのようだった。
「中尉。わざわざ来なくても内線で呼んでくれればいいよ」
プルフォウは、人手が足りない基地でただの使い走りをしてしまう部下を叱責した。
それにしても上官に呼びつけられるとは……。そういうときは、大抵ろくなことがないものだ。
普遍的な法則は、宇宙世紀にあっても変わらなかった。
「大尉を内線で呼びつけるなんて失礼です。エレカに乗ってきましたからね、お送りしますよ大尉」
「そうか。お前にしては気が利くな」
叱りはしたが、その申し出にはプルフォウも思わず笑みがこぼれた。中規模な基地とはいっても、滑走路を挟んだモビルスーツデッキから司令室がある建物まではかなり距離があるから、歩くと意外に体力を消耗するのだ。
「お安いご用ですよ。自分はエレカの運転が得意なんです。モビルスーツよりね」
「ははは、そうだろうね。中尉がエレカを運転している姿は、本当に楽しそうだ」
「わかりますか?」
「ああ、一目でね。そうだ、リニアシートの操縦桿をハンドルに交換したら、お前もモビルスーツの操縦がもっと上手くなるんじゃないか?」
プルフォウの半分本気の言葉に、エルマン中尉は苦笑しつつエレカを始動させた。
中尉はプルフォウが助手席に座ってシートベルトを締めるのを確認すると、アクセルペダルを踏み込んで短いドライブを開始した。
エルマン中尉はプルフォウより十歳年上で、そんな彼が上官を助手席に乗せて走る姿は、妹を迎えにきた年の離れた兄という感じだった。それを冷やかす視線もあったが、エルマンは気にせずエレカを走らせた。基地で運用する小型エレカは少々窮屈なので、並んで座るとお互いの身体がくっついてしまうのだが、彼にとってはそれが何よりの楽しみなのだ。
大尉はシャツだけしか着ていないので、エレカが揺れて身体が動くたびに彼女の胸元が露わになる。その光景を横目で覗き見ながら、エルマンはその無防備さに心を乱された。視線に気付かない横顔も美しい。
エルマンはプルフォウに見惚れた。
任務中にそんなことを考えてしまうのは若さゆえで、軍人として褒められたことではないのだが、彼のジオン軍人としての信念は確かに本物だった。
エルマン・クレメンスはサイド3のジオン共和国に住んでいたが、まともな職がなく、抑圧されて惨めな暮らしを続けていた父親を間近に見て育った。エルマンはアルバイトで家計を助けながら、いつか自分が偉くなって家族を養ってやろうと心に決めていた。
そんなある日、父は日雇いのコロニー建設作業であっけなく命を落としてしまった。ろくな安全対策すらされない危険な仕事だったが、残された家族には何の保障もされなかった。
そのときエルマンは、不幸の原因は地球がスペースコロニーを顧みないことなのだと気が付いたのだ。だからスペースノイドの解放という理想を胸にネオ・ジオン軍に入隊したのである。彼はパイロットとしての技倆とセンスはそれほど高くなかったが、それでも第二次ネオ・ジオン戦争を生き延び、アクシズが陥落した後は地球に逃げ落ちて、未だ戦いを継続しているジオン・アフリカ方面軍に参加したのだった。
プルフォウと出会ったのは二年前、彼女がこの基地に配属されてからすぐのことだ。最初は誰かの娘が訪ねてきたのかと勘違いして「お嬢さん、パパを訪ねてきたのかい?」とうかつにも尋ねてしまった。そのとたん彼女に投げ飛ばされて、何が起こったのか分からぬまま、衝撃とともに床に仰向けに倒れた。
しばらく呆然としていると、その少女に腕を掴まれて助け起こされた。「見かけで相手を判断すると死ぬことなるよ。気をつけな」と叱責されながら。
その鮮烈な姿は、ずっとエルマンの目に焼き付いた。そして彼女の美しさと強さがあれば、ジオンの理想もかなうのではないかと思ったのだ。
エルマンはプルフォウと一緒に戦い続けて、その思いは間違いではなかったと確信していた。彼女と一緒にいれば、どんなことでも実現可能な気がするのだ。
「大尉、少佐の用事って、何なのでしょうか?」
「ん?」
エルマンは上官を横目で見ながら言った。運転しながらよそ見するのは危ないのだが、どうしても惹きつけられてしまう。
「このところ戦局は落ち着いているからな。あるいは異動かもしれない」
「えっ!?」
「他の基地に転属とか……。この基地に配属されて二年経つから、可能性はあるだろう」
「そんな、俺は断じて反対です! 大尉がいるからこの基地は持っているようなものです。異動だなんて」
「わたしが抜けたらお前が昇進するさ。いつまでもわたしの部下じゃ不満だろ?」
「とんでもない! 大尉の部下で不満など一切ありません!」
「そ、そうか。満足してくれているのは嬉しいが……。まあ、シャワーを浴びてから少佐に会って話を聞いてみるよ」
「すぐに知らせてください」
「わかったよ。それにしてもハンガーは暑いな。アイスクリームを常備して欲しいところだね」
「それについては、自分がなんとかします」
アイスクリームがプルフォウ大尉の大好物だということは、第七基地の誰もが知っているトリビアだ。上官がシャツの胸元を引っ張りながらあおぐ姿に視線を引きつけられつつ、エルマンは彼女の期待に応えることを約束した。