プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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※Pixivにも投稿しています。
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いま、部屋には二人の人間がいて、ひとりは椅子に座り、ひとりは演台に立っていた。
「プルフォウ大尉、おつかれさまです。自分が今回の作戦についての必須情報をレクチャーさせて頂きます」
「なんだ。講師ってエミリー軍曹か」
「おかしいですか? これでも自分は駆け出しの俳優だったんですよ。だから『演じる』ことについては詳しいんです」
「ああ、そういえばそうだったな」
二人が向かい合っている様子はまるで学校の授業のようで、およそ軍事基地には似合わない光景だった。
エミリー・バルドは二十九歳の女性兵士で、ジオン・アフリカ方面軍の兵站を担当する下士官だ。彼女は物資を各基地に効率的に輸送、分配するロジスティクス能力に長けていて、さらに地球連邦軍の監視の目をかいくぐる輸送計画を立案する必要性から、連邦軍の部隊や内情にも詳しかった。エミリーなしではネオ・ジオン残党軍は崩壊すると、冗談で言われるほどの有能な人材なのだ。
そんな彼女がサイド3で女優を生業としていたという話は有名で、テレビドラマや映画の脇役で彼女の顔を知っている兵士も多かった。ショートカットの黒髪と切れ長の瞳、形の良い唇は、確かに俳優といってもおかしくない風貌だ。
「民間の演技学校から講師を呼ぶことも考えましたが、作戦上の秘密保全が面倒なのです。ですから私が担当させて頂きました。知る限りの知識を大尉に伝えることが自分の任務です」
「期待している。……それにしても、私が生徒になるなんてな」
「おそらく年齢で選ばれたのでしょうね。だって大尉は十四歳ですから」
「脳天気な作戦だよ本当に」
気乗りはしなかったが、任務に忠実なプルフォウは、とにかく七日間で準備を万事整えるつもりだった。女生徒が軍人のふりをするよりは、軍人が女生徒のふりをする方が簡単だ。そう考えて納得することにしたのだ。
元俳優であるエミリー軍曹の持つ知識を全て吸収すれば、自分にも演技の真似事が出来るかもしれない。学習能力には自信があるのだ。とはいえ、このような、ある意味芸術的な分野で自らの学習能力を試してみたことは一度もない。アクシズ時代に、血迷って音楽や絵画にチャレンジしたこともあったのだが、そのひどい記憶は固く封印されて、頭の中から消えさっていた。
「大尉は、まずそのムスっとした表情をなんとかする必要がありますね」
エミリーは、不機嫌な顔をしているプルフォウを見て言った。
「いってくれるじゃないか」
「あ、すみません。悪気はないんです」
「わかっているよ、気にするな軍曹。実際その通りだからな。つまり、いつも笑ってればいいんだろ?」
「では、いま笑ってみて頂けますか?」
「……えっ?」
「いつも愛想よく笑っているというのは、なかなか難しいことなんです」
確かに意識して笑うと、どうしても不自然になってしまう。
「こ、こんな感じか?」
プルフォウは無理やり軍曹に笑いかけてみたが、それはひきつったような顔にしか見えず、笑っているというよりは怒っている顔にしか見えなかった。
「申し訳ないですが、全然ダメですね。これじゃミネバ様も驚いて逃げてしまいます」
「そうはいっても、わたしには無理だ。急に性格を変えるなんてさ」
「難しく考えなくて良いんですよ。ただ相手に合わせればいいんです。鏡を見て練習するのが一番効果的ですよ」
「鏡で?」
「自分を客観的に捉えることが出来ますからね」
「フン、私だって鏡を見ることはあるぞ?」
「ふふふ、大尉はお綺麗ですから。あ、その堅苦しい軍服もいけないかもしれませんね」
「軍服が? それはどういう意味だ?」
「ちょっとこちらに来て頂けませんか?」
「あ、ああ。わかった」
言葉にしたがってプルフォウが歩いてくるなり、エミリーは彼女の軍服に手をかけ脱がし始めた。
「わっ、な、何するんだ!?」
「大尉、女生徒らしい服装に着替えて頂きます」
「やめてくれ! 自分で出来るっ!」
「でも学校の制服、着方が分からないでしょう?」
「た、確かにそうだが、ここで着替えるのか!? 更衣室で着替えさせてくれ!」
「制服の着方も講義内容のひとつなんです」
「……どうしても必要なのか?」
「はい、どうしても。大丈夫ですよ。ここには、わたしたち二人しかいないんですから。さあ!」
「わ、わかったよ……」
エミリー軍曹は僅かに上気した顔で上官の衣服を脱がし始めた。背丈の違いから妹の着替えを手伝う姉のようにも見えるのだが、プルフォウの肢体を見つめる軍曹の熱を帯びた視線には尋常ならざるものがあった。
上官をすっかり下着だけの姿にすると、軍曹は新しい下着を袋から取り出した。
プルフォウは、部下の前で下着姿をさらしている屈辱から、自分の顔が赤くなるのを自覚した。
「下着は、これをつけて頂きます。よろしいですか?」
「よろしいって、するしかないんだろ……」
それはいかにも年頃の女の子が身に付けていそうな、ひらひらしたフリルが付いたもので、およそプルフォウの好みとはかけ離れていた。彼女は動きやすい下着が好みで、いまはシンプルな黒のタンクトップとハーフタイツを身に付けている。そのコーディネートを脱がそうと、エミリーは手をかけてきた。
「自分でやるからっ。頼むから、少しの間見ないでくれ」
「はい、わかりました。でも、お手伝いが必要なときは仰ってくださいね?」
エミリーは、ため息をついていかにも残念そうに応えるとプルフォウに背を向けた。
が、彼女がそそくさと下着を身につけている間、エミリーは横目でそれを盗み見ながらほくそ笑んでいた。
……ぬかりはない。ちょうど大尉を真正面にとらえるように隠しカメラを設置しているのだ。いま大尉の着替えを見れなくても気に病むことは無い。あとでじっくりと鑑賞すればよい―。エミリーは、その至福の時間を想像して興奮を抑えることができなかった。
実のところエミリー軍曹は、この任務に率先して志願していたのである。
「それでは制服を着てみますか?」
エミリー軍曹は嬉しそうにシャツ、ブレザー、スカートをコーディネートし、それを手慣れた手付きでプルフォウに着せていった。ときたま軍曹の手がプルフォウの滑らかな肌を優しく触り、そのたびに彼女はぞくっと体を震わせた。
少々密着しすぎのようにも感じたが、プルフォウは我慢して軍曹の言いなりになった。
「はい出来ました。鏡を見てみませんか? 可愛らしい女生徒がそこにいますよ」
エミリーが仕上げにキュッと胸元のリボンを結ぶと、女性兵士に替わってミーミスブルン学園の女生徒が部屋に現れた。確かにそこには女生徒がいた。まるで自分ではないような、人形みたいな少女がそこに立っていた。
これがわたしなのか?
正直なところ信じられなかった。同じ顔なのに別人のようで、その奇妙な感覚に自分の姉妹を思い出して、感傷的になってしまった。
そして、すぐさま恥ずかしさがこみ上げてきた。この基地に赴任してからずっと、こんな女性らしさを演出するような、着飾るような格好をしたことがなかったからだ。
なんとも気恥ずかしいファッションショーだとプルフォウは感じた。
「あのな、これじゃ道化だよ……」
「とんでもない! 凄く綺麗ですよ大尉!」
「気休めはよしてくれ。このブレザーは飾りが多くて動きにくいし、ドムみたいに下半身がスカスカに空いてるのが落ち着かない。涼しいのはいいんだが、これじゃ下から見ると下着が丸見えなんじゃないか?」
「まあ、スカートですから。見えるでしょうね」
「それにこのリボン! 甘ったるくてわたしは嫌いだ。いらないよ恥ずかしいっ」
エミリー軍曹に、文字取り人形のように一方的に制服を着させられて、プルフォウは屈辱感を味わっていた。
自分は上官なのだ。軍曹に止めろと命令する権利だってあるのだと、プルフォウは頬を膨らませながら思った
「そんなことありません、恥ずかしがるなんて! こんなに綺麗な生徒はいませんよ」
「からかわないでくれっ!」
「転校したとたんに学園のアイドルでしょうね。う~ん、ちょっと可愛すぎて目立ってしまうのは、潜入作戦上まずいかなあ……。あ、もしかしたらミネバ様も学園のアイドルになっているかもしれませんね。だったら、接触するには好都合かも」
「アイドル、アイドルって……。言葉の定義を教えてくれ」
「言葉の定義ですか。アイドルというのは、まあ簡単にいえば、ある特定のコミュニティで一番人気がある人物のことです。ジオンで言えばミネバ・ザビ殿下やシャア・アズナブル大佐、あるいはファンネリア・ファンネル、マリー・ファンネル姉妹などでしょう」
「ファンネリア? 誰だそれ?」
「ジオン共和国のアイドルですよ。年齢は大尉と同じくらいで、かなり人気がありますね。今はネオ・ハリウッドで女優をしています」
「ネオ・ハリウッド……たしかアメリカ大陸にある、映画産業が盛んな街だな」
「これを読んでみてください、大尉」
エミリー軍曹から手渡されたファッション雑誌には、ハリウッド女優ファンネリア・ファンネルの特集記事が組まれていた。プルフォウはこの数年間北アフリカの荒涼な砂漠地帯でパイロットをやっているが、そんな自分とは縁遠い世界が珍しく興味をひかれた。
ファンネリア・ファンネルは、以前はジオン共和国で活動していて、当時からかなりの人気を誇っていたのだが、四年前に一切を捨て、身一つで地球のアメリカ大陸に渡ったのだ。そして努力の末、ネオ・ハリウッドで女優として活躍するという夢を叶えたのである。
「なるほど、アメリカン・ドリームというわけか……。素晴らしい話だね」
プルフォウは、ファンネリアを綺麗な女性だと思ったが、なんとなく自分に似ているとも感じた。
「妹たちが生きていたら、どんな人生を歩んでいたんだろうな……」
プルフォウの姉妹は、四年前のアクシズの内乱でみな戦死してしまった。いつも夢の中では、妹たちが次々と撃墜されていく悪夢のような場面が繰り返し再生されている。
彼女は、暗く沈んだ気持ちを切り替えるためにページをめくった。
次のページには、宝飾品やバッグ、衣服を扱う総合ファッションブランド『チェルシー・テン』の特集記事があった。
『チェルシー・テン』は復興したニューヤークに本店があって、新進気鋭の女性デザイナー、チェルシー・テンが代表を努める人気ブランドだ。当初は小さなアクセサリー・ショップだったのだが、ファンネリアが身に着けたことで評判を呼び、一躍注目のブランドとなったのである。
ゆったりとした服に身を包んだチェルシーの前髪は左目を覆うほどに豊かで、メガネをかけた顔は、著名なデザイナーには似つかわしくないほど可愛らしかった。
特集では、女優のファンネリアのためにデザインしたアクセサリーを手にインタビューを受けていたが、どうやら二人は知りあいらしく、会話が盛り上がっているのが文章からもわかった。
「なるほど。これは、文字通り私とは世界が違う人間だね」
プルフォウはコンピューター・パッドを操作して雑誌を閉じた。
「そうです。大尉は、これから違う世界に飛び込むのですよ」
「学園がこんな虚飾だらけの世界なら願い下げだ」
「あなたらしい言葉ですね。仕事に飾りは不用だというわけですか?」
「軍隊が飾りを作ることに専念すれば、張子の虎になってしまうからな」
それはプルフォウの実体験に基づく真理だった。
「ですが大尉、軍事における情報戦や心理戦は、ある意味ファッションやプロパガンダみたいなものですから。今回の任務にも求められることだと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「だって身分を偽るのでしょう? そのためには内面、外面を飾ることに専念するしかないんです」
「そういうとらえ方もあるか……」
「アクシズを統率されていたハマーン閣下も、自らを飾ることにご熱心だったと思いますが」
「思い出してみると、ハマーン閣下は随分派手な格好をしていたな」
「聞くところによると、本来の性格はもっと穏やかだったそうなんです。それが、あんな仮面まで身に着けていた。つまりハマーン閣下は心理的効果を狙って、自分を飾ることで世間に異なるイメージを植え付けたのです」
「なるほどな……。しかし、テレビや映画に出演していた軍曹なら、そういう類のことは得意だろうな?」
「わたしの話ですか? わたしも当時少しは人気があったので、いろいろやってはみましたね。自分を売り込むことが重要なんです。グラビアだって出しました」
「グラビア?」
「はい。ホログラフィック写真集のことなんですが、カメラの前で男性が喜びそうな恰好で媚びたポーズをしたり、ちょっと切なげな表情をしたり……あとは裸に近い恰好の水着や下着で、思い切りはしゃいじゃったりするんです」
「酷いな……。そんなのわたしならとうてい耐えられないぞ」
「まだ十代でしたけど、お小遣い稼ぎには良かったですね。自分では青臭い、子供っぽい写真集だと思ったんですけど、そういうのが好きな男性は意外に多いんです」
「まったく理解しがたいことだ」
「大尉もグラビアを出したら売れると思いますよ?」
「ははは、冗談はよしてくれ! 誰も買わないよそんなの!」
「ふふふ……」
エミリー軍曹は思わせぶりに笑った。
これはプルフォウ以外、基地の全員が知っている話なのだが、実はエミリーは、盗み撮りしたプルフォウの生写真をジオン残党軍の兵士達に密かに売っていたのだ。
飲み物を飲んだり、颯爽と歩いていたり、休息していたりする、プルフォウの日常の一瞬を切り取った写真は、男性兵士に絶大な人気があった。たまに笑っている写真があると、それこそプレミアが付くほどだった。一番の常連客はエルマン中尉で、かなりの金額を費やして生写真を買い揃えていた。
エミリーはうまく商売をやっていて、五枚セットや十枚セットで売りさばき、袋の中身が分からないので複数セットを購入しないと全種類が揃わないという、阿漕な商売をしていたのだ。
エルマン中尉はコクピットにもプルフォウ大尉の写真を貼っているとの噂だった。ついさっき撮影した、大尉の着替え中の写真を買わないかと密かに持ちかけたら、全財産をつぎ込んで購入するのではないだろうか。その売上げ額を期待して、エミリー軍曹は身体を震わせた―。
「……おい、エミリー軍曹!」
「あっ?」
「どうしたんだ?」
「す、すみません、ちょっと昔のことを思い出してしまいまして」
「まあ芸能人というのも大変だろうな。演技なんてわたしには到底無理な話だよ」
「そんな弱気にならないでください。わたしにまかせて頂ければ大丈夫です」
「わかったよ。……しかし、これでは何をやっているのかわからなくなるな?」
「本当に」
プルフォウとエミリーは顔を見合わせると、こらえきれずに吹き出してしまった。