プルフォウ・ストーリー0092 失われたエメラルド 作:ガチャM
■デザイン協力
アマニア twitter @amania_orz
おにまる twitter @onimal7802
かにばさみ twitter @kanibasami_ta
ねむのと twitter @noto999
田舎太郎 twitter @jegotaro
■設定資料
ティプレ・アン(デザイン:おにまる)
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ジェシカ(デザイン:ねむのと)
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エミリー・バルド軍曹(デザイン:アマニア)
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オスカー・ウィルフォード大尉(デザイン:田舎太郎)
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※Pixivにも投稿しています。
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「……にこやかに笑っていれば、なにかトラブルが発生しても大抵は切り抜けられます。それが可愛いらしい女性なら、なおさらのことです。好感を持たれますから。大事なのは、演出の力で自分からそういった雰囲気を作り出すことなんです」
「なるほど。切羽詰まった状況でも笑っているなんて、よほど演技に自信がないとダメだろうな。スパイというのも大変だ」
エミリー軍曹の演技指導は丸々七日間続き、正直なところプルフォウも飽き始めていた。
エミリーは自らの経歴からのこだわりからか、生徒を演じるための演技論には力を入れていた。スタニスラフスキー・システムやらメソッド演技やら、初めて聞くような理論を即席とはいえ叩き込まれたが、うっかり同じ間違いを繰り返したときはエミリー軍曹に容赦なく怒鳴られた。
ベテランの兵士であるプルフォウが恐怖を感じたほど、その指導は鬼気迫るものだった。
「そうなんです。人間が相手ですからね、ごまかしは効きません。でも、これまでのことを応用すればいいんです」
「そうか……いや良く理解できたよ。ありがとう軍曹、感謝する」
プルフォウはふうっと息をつき、コンピューター・パッドのテキストを閉じた。これで、ようやく退屈で長ったらしい講義から解放されるのだ。
「こちらこそ、いろいろと失礼しました。でも大尉、わたしがこれまで教えた生徒の中で抜群にセンスがありますよ? 綺麗で魅力的だし、俳優としても十分にデビューできますね」
「冗談だろう? さんざん怒ってたじゃないか、全然ダメだって」
「素養があるから本気で指導できるんですよ? 素人が演技すると、たいていギクシャクとしてわざとらしくなってしまうんですが、センスのある人は最初から自然さを出せるんです。セリフはちょっと固くてもね。自分を客観的に見ることが出来る人は、立ち位置が分かるということです」
「そんなものかな……」
「戦場で敵の感覚を捉えることができる大尉は、周囲の『空気』を読むのが上手いんじゃないですか?」
「ああ、言われてみればそうかもしれないな。こんなことに役に立つとは思わなかったが……。空気を読むと言えば、地球連邦軍のデータによると、接客業で頭角を現わした子供を調査したところ、ニュータイプの素養があった事例があるそうだ」
「確かに、接客業は演技をするようなものですからね」
「まあ、わたしは嫌だけどな。嫌な客は殴ってしまいそうだから。それはともかく、能力が高いニュータイプは人の心の中を覗くことも出来るらしい」
「そんなことが可能だなんて驚きですね。大尉にもそういう御経験が?」
「いや、わたしはそこまでの経験はないな。心が理解できたと言えるなら、それは姉妹くらいだ」
「でも、ちょっと嫌ですね。相手の心を知ったら、まともに戦えなくなっちゃうんじゃないですか?」
「確かに。そういう場合は感情をシャットダウンするしかないだろう。でないと、心が壊れて人でなくなってしまう」
二人は演技論とニュータイプ論を重ね合わせていた。人類全体が地球圏を舞台として壮大な劇を演じているが、確かに人類全体がニュータイプに進化したら、地球圏から争いはなくなるのかもしれないのだ。
「その話、またの機会にお話を聞かせてください。ニュータイプという概念には、とても興味があるんです。でも、今は任務に集中することが大事ですから」
「そうだな。わたしも部屋に戻って任務の準備をしないと」
愛機《ベルグソン》の発進準備も整えなければならず、時間を少しも無駄には出来ないので、プルフォウは服を着替えるために立ち上がった。
「あ、待ってください大尉! 最後に仕上げのテストがありますから!」
「えっ? テストって?」
不吉な言葉に、プルフォウは顔を強ばらせた。
「エミリー演劇学校の卒業テストです」
「いったい何をさせようっていうんだ」
「その女学生の恰好で、基地内を一通り回ってきてください。違和感なく、女学生になりきって回ってくることができたら合格です。不安なく学園に潜入できることをわたしが保証します」
ようやく解放されたと安堵していたプルフォウは、覚えた知識と能力をすぐに発揮して見せろというスパルタ式の教育に、アクシズ時代を思い出さざるを得なかった。
「そ、そんなテストに意味があるのか!? だって全然状況が違うじゃないか。知った顔ばかりで、最初からばれてるよ!」
プルフォウの必死の抗議に、エミリーはふーっと溜息をついた。
「困ります大尉。本当にわたしの講義を聞いていたんですか? 演出が大事だって教えましたよね? 分かりきってはいても、本当は大尉はミーミスブルン学園の生徒だったんじゃないかと、演技と演出で信じ込ませるんですよ。それに敵を騙すには、まず味方からっていうじゃないですか。味方くらい騙せないと、任務達成は到底無理です」
「確かに一理あるが……」
「もちろんズルをしちゃ駄目ですよ? 監視カメラとレコーダーで、わたしが大尉の全てをチェックしてますから」
「わかった、わかった。この恰好で歩き回ればいいんだろ! あとで他の連中に謝るのは軍曹の役目だぞっ!」
「大丈夫です、ご安心を。……あ、忘れてました。大尉の生徒としての偽名はマリーベル・リプルです」
「マリーベル? いかにも女の子という感じだな」
「マリーベル・リプルの父親フレデリクは商社を経営、仕事の都合でサイド3から地球に降りてきました。母親とは先の戦争で死別しています」
「シリアスなカバーストーリーだ」
「地球連邦政府の中央データベースからデータを拝借して改ざんしたんです。ばれることは、まずありえません」
「軍曹の仕事は信頼している。で、マリーベルはどんな性格なんだ?」
「名前の通り、清楚な女の子ですよ。大尉とは性格が正反対かも知れません。そうプロファイルに設定しました……大尉の演技が楽しみです」
「清楚な……軍曹、わざとやってないだろうな?」
「まさか! 潜入には目立たない性格が一番。派手なスパイというのは、映画の中だけの話なんですよ?」
「な、なるほど……目立たないようにか」
「はい」
「そういえば、軍曹の出演していた映画にもスパイ映画があったな。たしか旧世紀のスパイ、ニンジャが出てきた内容だったか……」
「あれですか。まあ出来はあんまり良くなかったですけどね。でも映画みたいに今回の作戦が成功することを祈ってます」
「それには、まずテストをクリアしないとな?」
プルフォウは鏡を見て自身の姿をチェックすると、部屋を出て居住区の方へと向かった。
***
エルマン中尉はプルフォウ大尉の格好が信じられなかった。なにしろ普段からノーマルスーツか軍服しか着たことがない大尉が女学生のような制服を着ているのだ。
リボンがついたブレザーとスカートを身に付けた彼女の姿は、率直に言って可愛らしかった。伸ばした後ろ髪を白いリボンで結んでいて、眼もまつ毛が長くてぱっちりとしている。
「大尉、その恰好はいったい……?」
エルマン中尉の慌てふためいた言葉に、プルフォウは意外そうに首をかしげる。
「学園の生徒が制服を着るのはあたりまえでしょう? そんなにおかしい?」
そういうと、プルフォウはスカートの端を手で掴んでくるっと一回転した。
目の前の可憐な美少女に、エルマンはまるで降臨した天使を見るかのように惚けてしまった。そして、プルフォウ大尉の性格までが変わっていることにびっくりした。普段なら、そんなくだらないことを聞くな! と怒られるに違いないのだ。
声色も優しげで声のトーンも高い。年頃の女の子のような―確かにプルフォウ大尉は年頃の女の子ではあるのだが―服装と、いかにも女の子らしい仕草がエルマン中尉に与えた衝撃は大きかった。まるで至近距離から連邦軍のハイパーバズーカを喰らったようなインパクトだ。
「……あ、いえ、可笑しいどころか、とても似合っております大尉! むしろ普段から着て頂きたいくらいでして……とても可愛らしいと思います」
エルマン中尉は顔を真っ赤にしながら、改めてプルフォウの制服姿を上から下までじろじろと眺めた。
上は赤に黄色のラインが入ったパフスリーブのジャケットに、胸元に白いふんわりとしたリボンを付けていて、下は短めのプリーツスカートに革のベルト、黒のレギンス、ローファーを身に付けている。
普段の精悍な感じの大尉も良いが、こんなストレートな可愛さもたまらない。なんでいま自分はカメラを持っていないんだ! この可憐な美少女を自分だけのものにしたい。エルマンの心はプルフォウのことでいっぱいになっていた。
「ありがとう中尉……」
満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べつつも、プルフォウは内心はらわたが煮えくりかえっていた。
バカ! これが演技だって早く気が付け! 少しは空気を読めっ。わたしが理由もなくこんな格好をするわけがないだろ! 何年わたしの部下をやっているんだお前は……呆れるね。さっさと向こうへ行くんだ!
「ですがプルフォウ大尉。学園の生徒というのは……?」
「プルフォウ……それは偽りの名前。わたしの本名はマリーベル、マリーベル・リプル。これからは普通の女の子として生きてゆこうと思うの。アルザスのミーミスブルン学園に転校するつもりよ。……あなたに黙っていてごめんなさい」
プルフォウは自分の口から発せられる、あまりに青臭い言葉に、制服を脱ぎ捨てて大声で叫び出したかった。
だがこの瞬間にも、エミリー軍曹は彼女のしぐさや振る舞い、言葉づかいを詳細にモニターしてチェックしているのだ。軍曹の厳しい審査に合格しなければ、またあの退屈極まりなく、屈辱的な演技指導が繰り返される。それは絶対に避けなければならないことだった。
「転校!? 異動になるかもしれないと仰ってましたが、その話と関係あるのでしょうか? まさか軍を退役なさるんですか!?」
「中尉と別れるのは辛いけれど、これも運命なの。でも、別れというのは新たな出会いの始まりでもあるわ」
「そんな……大尉が行ってしまうなんて」
「中尉は、本当にわたしによくしてくれました。地球に降りてきてから不安だったから……感謝しています」
「嘘ですよね大尉……」
「あなたに素晴らしい出会いがありますように」
「あ、大尉! 待ってください!」
狼狽するエルマン中尉を振り切るように、プルフォウは涙すら流して走り去った。
自分の演技に涙するとは―。
その後一時間が経過し、基地の大勢の人間に衝撃を与えた後、プルフォウはようやく訓練部屋に戻ってきた。ドアを乱暴に開け放って部屋に入ると彼女はエミリー軍曹に詰め寄った。
「どうだ! 合格か!? もう気が済んだろ軍曹!」
「う~ん……」
「何が不満なんだっ。みんなわたしを見て驚いていた。学園の生徒になりきっていたという確かな証拠じゃないか!」
「それはただ、とても大尉だとは思えないショッキングな格好と態度に、皆が驚いただけです。見知らぬ女生徒が紛れ込んできた、くらいの演技をして頂かないと……。泣き出してしまうとか、いかがですか?」
軍曹は少し笑いを堪えているような感じで言った。
「からかってるのか!?」
「大尉、相手の思考を読めば、もっと自然に振る舞えるんじゃないですか?」
「まさか、そんなの無理だよ! さっきも言ったが、目の前の相手の思考を読むなんて、ニュータイプ能力は、そんな都合の良いものではないんだ」
「えっと……じゃあ、いまわたしが何を考えているか分からない?」
「それが分かれば、こんな楽しくもない訓練をする必要はないだろう」
「そうなんですか。安心しました、ばれちゃうかと思って……」
「何のことだ?」
「告白すると……さっき着替えているところを隠しカメラで録画していたんです」
「おいおい冗談はやめてくれ……」
「本当です。あとでじっくりと見させて頂きますね。これも演技指導のためなんですから」
「軍曹っ! ふざけるのもいい加減にしろっ!」
プルフォウはドンッと机を折らんばかりに叩いた。彼女は着替えているとき、エミリーに裸にされた屈辱感を思い出していた。
もう限界だ! 軍法会議にかけられてもいい。こんな任務は放棄してやる!
怒りに身を震わせるプルフォウは、今まさに少佐のオフィスに怒鳴り込まんと部屋から出ていこうとした。
それをみた軍曹は「ふふふ、合格ですよ大尉!」とにっこり笑いながら言った。
「えっ?」
「年頃の女の子は感情的ですからね。あまりすましているのもかえって疑われます。清楚な女の子とは言いましたけど、もう少し感情的に行動してもいいと思いますよ? まあ潜入任務なので、不自然に目立ってしまっても問題ですけど」
「騙すとは人が悪いな……。じゃあ隠し撮りというのは嘘なんだな?」
「ええ、まあ……」
「安心したよ。まあ演技なんて人を騙すテクニックみたいなものだが。でも、自然に感情的にか。難しいな。メソッド演技法を発揮しないとな?」
「まだ知らない自身の内面を出してみてください。なかなか魅力的な女の子ですよ、マリーベルさん?」
「もうヤケだよ、なんでもするよ……」
そうは答えたが、あえて感情的になれとは酷い話だ……自分の姉じゃあるまいし、とプルフォウは思う。
第二次ネオジオン戦争で戦死してしまったが、プルフォウの姉ともいえる少女エルピー・プルは、かなり奔放な性格だったらしい。上官であるグレミー・トト閣下のいうことも聞かず、命令違反を繰り返したあげく、けっきょく敵のパイロットになついて裏切ってしまったのだ。安っぽい言い方をすれば、仕事よりも恋愛を優先したというところだろうか。
エルピー・プル、彼女はネオ・ジオンの恥だ。あんな勝手な性格だからプルツー姉さんは身内を殺すことになってしまったんだ……。
失敗作と判断された強化人間エルピー・プルに続くプルシリーズは、すでに活動を開始していたプルツー以外、ニュータイプ部隊計画が頓挫するのをリカバリするべく遺伝子レベルで再設計され、遺伝子組換えベクターを導入された。さらには記憶もオリジナルから修正されて、年齢以上に大人びた性格に再調整されたのである。
コンピューターの画面上で手軽にコピー&ペーストすることで加工された記憶。そうやって無理矢理に成長させられた。
それが今度は子供に戻れというのだ。
軍隊の命令とは理不尽なものだが、簡単に了承できるものではない。プルフォウは自分を納得させる言葉を見付けようと思ったが、それを引き受けてくれる言葉は何も思いつかなかった。