むかしむかし、私たちが住んでいる世界と、もうひとつ別の世界があったそうな。
その世界には、“魔術”という不思議な術が存在し、それを発動させる“魔力”という力がそこの人間にはあった。
その中でも、とりわけ高い魔力を内に秘めた少女が、とある街に住んでいたーーーー
***
ある月の綺麗な夜のことだった。
「お休み、リリィ」
「お休みなさい、お母様」
リリィと呼ばれた少女は思う。
-リリィside-
毎日毎日、同じことの繰り返し。
朝起きたら、屋敷の皆におはよう、と挨拶をし、食堂でお父様とお母様と朝ごはんを食べる。
それから、部屋で本を読んだり、ピアノを弾いたりして遊んで、運が良ければお庭で遊ぶ。
そして、お昼ごはんを食べて、召使いに勉強を教わる。
その後、夕ごはんを食べて、お風呂に入って、寝る。その繰り返しだ。
…私は外で思いきり遊んだことがない。
特に体が不自由な訳でも、病気を持っている訳でもない。
なのに、お父様もお母様も、私は屋敷にいないとだめだと言う。
…やっぱり、私が“普通じゃない”からかな?
この前、お父様とお母様が話していたけれど、私は「魔力」が強いらしい。
勉強を教えてくれる召使いがよく言っていた。「魔力が強いとその魔力を狙って悪い“マモノ”が寄ってくる」と。
そして、「“マモノ”に捕まったら、魔力と一緒に“正気”もとられて、死んでしまう」とも。
ーーーでも、少なくとも私は今までそんなもの見たこともないし、それで人が死んだという話も聞いたことがなかった。
だけど、魔力が強い人ほど狙われやすいという。だから私は屋敷から出してもらえないと言うの?
…そんなの嫌だ。もうこんな毎日、飽きたよ。
ふと外を見る。そこには間抜けなほど丸い月がぽっかりと浮かんでいた。
と、突然、私はここから抜け出したい、月明かりの中で野原を駆け回りたいという衝動に駆られた。
だが、ここは二階。玄関から出る…ということはまず不可能だろう。召使いやお父様たちに会うかもしれないし、玄関の先の門を開ける時に、防犯対策なのかかなり大きな音が鳴るのだ。
…考えに考えた末、私は窓から脱出することにした。
二階からどうやって出るのか、という人もいるだろう。確かに、結構な高さなので、飛び降りれば命に関わるだろうし、ロープを使うにしても、そんなものはないし、ロープ代わりになりそうなものもない。
じゃあどうやって出るのかって?…………“魔術”を使うのだ。
魔術の練習はこっそり何回もしているし、簡単な術ならいくつか使える。
今回は、その中の“風術(ふうじゅつ)”という術を使う。
この術は、文字通り風を操る。これを使って、地面に激突する前に下方向に風を起こし、衝撃を緩和するというわけだ。
だがもし失敗したら……
…慌ててそんな不吉な考えを隅に押しやる。
「…そんなの、やってみなきゃわかんないよね……!」
決心を決めた私は、窓を開け、身を乗り出す。
下を見ると、冷たい風がビュウと吹いていく。
「…思った以上に高いなぁ……」
だが、ここで尻込みする訳にはいかない。
目をつぶり、心の中で大丈夫と自己暗示をかけると、私は空中に身を任せた。
「きゃっ!!……じ、術をかけ………!!」
ーーー術が……発動しない…………!?
あぁ、駄目だと思ったところで、私の体が浮く訳でもない。
やっぱり、外には出ちゃいけなかったんだ。
お父様、お母様、ごめんなさい。私は馬鹿な子でした。さよなら…ーーー
ーーーーそう心で詫びた瞬間、ガクンと体に衝撃が走り、私は意識を手放した。