ヴィラン殺し   作:どろどろ

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前日譚
アストラル:オリジン


 少年の名は至天堂(してんどう)灯守(ともり)

 

 彼の父は裁判官で、母はヒーロー業を営んでいた。ヒーローである母は昔から色好きな女で、灯守が産まれるより以前、父との痴情のもつれは日常茶飯事だったらしい。しかし、夫婦仲が険悪という訳では決してなく、灯守が物心つく頃には、誰もが羨む円満な家庭が完成していた。

 

 ところで、灯守には突然変異型の個性がある。

 名は『インフィニットメイビー』――あらゆる「IF(可能性)」を具現化するという能力だ。

 

 例えば、もしもあの時、あるいは別の決断をしていたのなら。

 灯守はそのような後悔と縁の遠い人間だった。

 

 インフィニットメイビーを強個性と信じてやまなかった母は、灯守にヒーローの道を勧めた。灯守を他の子より経験値に富んだ少年に仕立てるべく、習い事を増やし、主体性を育むと同時に規律を叩き込んだ。

 

 しかし意外なことに、少年にとって、規則正しく束縛される毎日は、窮屈であっても不快ではなかった。母が自分に向ける熱量が、愛故のものであると確信していたからである。

 そして、だからこそ、緘黙して自分の世界に従事する父の知的な背中は、灯守にとってより眩いものに見えていた。

 

 表舞台で活躍する演者よりも裏方の技術者に憧れるように。

 華々しく活躍するヒーローの母よりも、世の為人の為に身を焦がし他人に奉仕できる父が、何よりの誇りだったのだ。

 

 

 母には将来ヒーローになると口約束を躱しつつも、灯守の胸の内にあるものはいつも一つ。

 『父のような人間になりたい』、と。少年は密かに裁判官を志していた。

 

 

 

 灯守は母の期待に応えたいという反面、自分の望む将来をひた隠し、悶々とした日々を送る。

 そんなある日、少年がちょうど四歳に上がった頃のことだ。

 

 

 人生の目標であり、心から敬慕する父が死んだ。

 

 ヴィランに、殺されたのだ。

 

 

 

「何も悪いことしてないのに、お父さんがどうしてこんな死に方しなくちゃならないんだ!!」

 

 純朴な少年は、理不尽というものにもっぱら耐性が付いていなかった。

 元々、根が優秀すぎたからだろうか。親を奪われた喪失感を突き抜けて、彼の中で渦巻いていたのは途方もない憎悪だった。

 四歳の子供にとって、父はこの世界の半分も同然のものだ。

 そして、失ったものは二度と戻らない。

 

 彼は聡明だった。

 

「お母さん、犯人を殺して! ヒーローなんでしょ!」

 

 失ったものを取り戻せないのなら、その分を相手から奪えばいい。

 目には目を、歯には歯を。誰でも知ってるハンムラビ法典の報復律だ。

 

 弱くない少年にとって、愚かでない少年にとって、それはこの上ない真理だった。

 しかし、母は首を横に振った。

 

「──灯守。何があっても、相手を殺すなんて軽率に言っては駄目。ヒーローにそれは許されないの」

 

 

 ああ、そんな甘いことを言っているから。

 

 

 愚にもつかない理想論を他人に求める馬鹿を演じたばかりに。

 

 

 

 

 

 ──学校から帰宅した直後の灯守に、犯人の捜査に乗り出した母が、返り討ちにあったと知らせがあった。

 

 

 検視の結果、生きたまま内臓を抉られ、十五分以上苦しんで死んだと判明した。

 

 

 

 冷めていく。

 覚めていく。

 あるいは、初めから熱なんてなかったのだ。

 

 

 父と母を殺したヴィランの名はマスキュラ―といった。

 

 

 

 それから、灯守は夢を持つようになった。

 

 ヒーローになるのより、裁判官になるのより、もっと重大な夢が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()から何人殺した?」

 

 燃えるような紅蓮の双眸があった。

 幽霊のように色白な肌を彩るように、黄金の髪が闇夜に煌めく。

 

 いつも通りの“狩り”をしていたマスキュラ―の目の前に現れたのは、吸血鬼を思わせる優男だった。十代にも見えるし、二十代にも見える。アジア圏の顔立ちには思えなかったが、だからといって外国人のようにも思えず、まるでファンタジーから飛び出た悪魔のようだった。

 

 しかし、マスキュラ―の腹部から滴る水滴の温度が、これを現実だと強く訴える。

 

「ボクの父さんと母さんを殺してから、何人殺した?」

「あぁ!? 覚えてねぇな!」

 

 実際、そうだ。

 これまで何十件と殺人を繰り返してきたが、こんな外見をした人間には見覚えがない。ここまで突き抜けて奇抜な男の家族なら、印象くらい覚えていてもおかしくない筈だが。

 

「ちっく、ショウ……! この俺が、お前みたいな野郎に……!」

 

 不意打ちだった。

 金髪の少年の腕が、マスキュラ―の鳩尾を正面から貫通した。

 しかし、気付けなかった。

 

 気付いた時にはもう、腹に風穴がある状態だったのだ。

 

 

 まるで、少年以外の時が止まっていたかのように。

 

 

「ゴフ……ッ。な、何を、しやがった……!?」 

 

「疑問形かい? やっぱり、脳みそまで筋肉で出来てる輩とは気が合わないな。先に質問したのはボクなんだぞ」

 

 形の掴めない音調にマスキュラ―の頭の線がぷつりと切れた。

 

「アァあああぁああ……! いいね、いいぞ、いいなァ! クソが! ぶっ殺してやる! ガキ!!」

 

 憤りというよりも、歓喜に近い狂乱だった。

 何処までも人間性を捨てている殺人狂に、殺人鬼は辟易する。

 

「 気持ち悪い 」

 

 そして、()()()()()()の『アストラル』は、物言わぬ死体となった巨漢を、侮蔑の眼差しで見下ろすのだ。

 

「お前みたいなゴミが、人の言葉を使うなよ」

 

 

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