拳藤一佳にとって、至天堂灯守は内向的でこれと言った特徴もない同級生である。
しかし、どうやら一佳は彼と見えない縁で繋がっているようで、中学では一貫して同じクラスだった。だからといって、特別仲良くなったりはしなかったが。
灯守はいつも一人だった。友人との付き合いは控えめで、休み時間は読書に耽ることが多い。中一の頃からずっとこうなのだ。
中三に上がり、中学生活もあと一年を切った。それと同時に、一佳はどうしても孤独に見える灯守を放っておけず、一佳は意を決して声をかけてみることにした。
すると、
「至天堂~、何読んでんの~? ラノベ?」
「罪と罰」
あ、なるほど。どうりで。
コイツ、痛い奴だ。
窓際の席でクールに難しい本を読んでいる自分をカッコいいと思っている手合いだろう。いや、本気で面白いと思っている可能性も無きにしも非ずだが、少なくとも一佳にはその趣向を理解できない。
「お、面白い?」
しかしこんなことで折れる女ではない。何しろ、拳藤一佳はヒーローを目指しているのだから。たった一人の同級生の心一つ開けないで、ヒーローになれるものか。
「独善的な面白さだね。人間性が刺激される、というか」
「へ、へぇ~、そっか。じゃあ、またな」
「ああ」
拳藤一佳十五歳。コミュニケーションの限界を知る。それは敗北の味だった。
──いや、待て! まだ諦めるには早すぎる!
戦争とは情報戦である。人間のコミュニケーションも同じことが言えるのではないだろうか。
一佳に足りなかったもの。それは情報であり、灯守を攻略する為の武器である。好きなアニメは何なのか? お気に入りの漫画は? よく聞くアーティストは? 知識の武装が足りなかったのだ!
拳藤一佳は情報収集を開始する。
「至天堂ってどんな奴なんだろ」
「突然なに」
まずは彼女の属する女子グループに聞き込みを行った。
「ん~至天堂か~、……何か地味な奴だよね」
「不良って程刺々しくはないし、ぼっちって言う程陰気ではないし。かと言って陽の民では断じてなく」
「ユーチューバーとかしてそう」
「あ、言えてる~。登録者五十人くらいのさ~。ぽくない?」
「ぽいな」
実にぽい。
しかし憶測に過ぎなかった。
得た情報は無し。女子の情報網を以てしても引っかからないとは、中々の難敵らしい。
続いては男子への聞き込み調査だ。
「なぁなぁ男子、聞きたいことあるんだけど」
「え、至天堂の趣味? ……何だろ」
「言われてみれば、特徴の薄い奴だな。一緒にカラオケ行ったことあるけど、誰でも知ってるメジャー曲しか歌わねぇし……。いや、良いんだけどな? それで」
「サッカー部の助っ人頼んだことあるんだけど、ほんっと守護神なんだよアイツ。キーパーさせたら絶対止めるんだよな」
「そういや、恋人が一見いないようで実はいるようで普通にいないとか何とか」
「良い奴だよ。教科書忘れた時とか普通に貸してくれるし。あー、でも、宿題見せてって言ったら怒られたことあるな。妙な所で頑固な所がたまにキズだ、ウン」
意外や意外。男子間ではかなり社交的らしい。人並に友達はいそうだと思っていたが、思った以上に全体の好感度が高い。クラスの中心的人物のほぼ大半が、灯守ことを良く思っていることが判明した。
(性根はちゃんとしてるってことか)
一佳には、灯守が寂しがっているんじゃないかと心配した自分が馬鹿みたいに思えた。
それでも、彼女はやはり、クラス全員と仲良くしたいという想いを捨てきれず、理由を見つけては灯守に声をかけるという毎日を続けた。
拳藤一佳の青春とは、誰一人欠けてはならないのだ。全員が笑顔でないと気が済まない女が、彼女だった。
そんな日々が何か月か続くと、
「至天堂は高校どこ受けるんだ?」
きっかけは、なんの気なしに口をついた質問。
灯守は恥じらいもなく、むしろ誇るように答えた。
「雄英ヒーロー科」
国立雄英高等学校。言わずと知れた名門であり、併設しているヒーロー科は偏差値79にして倍率300倍という魔窟だ。あのオールマイトの出身ということで、ヒーロー志望生の間では根強い人気がある。
そして、何を隠そうこの一佳も、
「マジ!? 私も! 私も雄英だよ!! ヒーロー科の!! お前も雄英だったの!?」
「……何?」
灯守は一瞬バツの悪そうな顔をする。
「そうか……僕のせいで定員が一枠減るが、悪く思わないでくれ」
ヒーロー志望の同級生は世の中に大勢いるだろうが、同じ中学に雄英志望がいてくれて、一佳は嬉しかったのだ。それをこの少年は、申し訳なく感じているらしい。
難関校に挑むのを若干不安に思っていた少女にとって、あまりに突飛な物言いだった。
「ぷっ、あはははは! もう受かった気でいるの強気すぎだろ!! 私だって自信ないんだぞ!?」
「嫌な奴だと思われてるなら心外だな。僕はただ、自己評価が正確なだけだよ」
「別に嫌な奴だなんて思ってないって!」
いつの間にか、一佳は灯守の手を無理矢理引き寄せ、両手で握手するような形を作っていた。
「一緒に頑張ろうな!」
「ああ」
その日から、拳藤一佳と至天堂灯守は受験対策という名目で、共に行動することが多くなった。
「至天堂! マックで勉強会だ! 行くぞ!」
「えっ、今からか? 今日はちょっと……」
「いいから行くよ! 一日だって無駄に出来ないんだからな!!」
そんな光景を見た第三者が、二人が付き合っているとかいないとか、ありもしない噂を流布するのだが、それはまた別のお話である。
◇◆◇
「今更だけど、雄英の受験内容ってどんなだろうな」
バニラシェイクを啜りながら、一佳が問う。
対する灯守は参考書に目を落としながら、淡々と答えた。
「筆記は大して捻るとは思えないけど、実技は一筋縄じゃいかないだろうな。ただし、単純に個性の運用法を見るってより、有事の際にどう動けるかを試すような内容になると思う」
「……って言うと?」
「例えば、ヴィランの捜索を見立てた鬼ごっこ、とか。安直すぎるとは思うけどな」
「ふぅん。でもやっぱ、個性は使うんだろうなぁ」
同意するように灯守は首肯した。ヒーローと言えば、この国では公の場で個性を使える唯一の役職だ。にも関わらず、それを無視したような試験はあり得ない。
「てか、至天堂の個性って、何?」
クラスの中心的人物である一佳の個性は周知のものだ。彼女の『大拳』を知らない者はいない。事実、灯守の方から彼女に個性を訪ねるようなことはないのだから。
しかし、至天堂灯守の場合はどうか。
一佳は、彼の個性にまつわる話を、一度として耳にしたことがなかった。彼はあまり自分を衒うタイプではないのだ。
「『インフィニットメイビー』複数の可能性を同時に辿って、望んだ一つの現実を具現化する個性だ」
「?」
割とあっさり教えてくれたものの、思った以上に難解な表現だった。
「ええと、それ、何が出来るの?」
「僕の個性を知った奴は、大抵そう聞く」
難しい個性だと自覚しているのか、灯守は苦笑する。
「例えばだね。三つの道があるとする。目的地までの最短ルートがどれかは分からない。普通の奴はどう進むべきか迷うだろう。ただし僕の場合は、三つの道を同時に進むことが出来る。そして最終的に、目的地までの所要時間が最も短かったルートを、僕が現実に進んだルートとして確定できるんだ」
「……要するに、分身するってこと?」
同時に三つの道を進むというのは現実的に不可能だ。それを成立させるには灯守を三人に増やす必要があるだろう。
漠然とした説明から一佳が導き出した解釈は、至極正確だった。頷く灯守に、一佳は嘆息する。
「すごいじゃん!」
「何だか誤解されてる気がするぞ。この個性で物事の効率が上がったりはしないんだ。あくまで、僕に可能な行動のうち、最良の結果を導き出せるってだけなんだよ」
「う~ん。……すごいじゃん?」
「君今、自分の感想に疑問を持ったな?」
実際、『インフィニットメイビー』は個性を鍛えていけばほとんど無敵に仕上がる。一度に出せる可能性の数が増えれば、自分が失敗する確率が相対的に減るからだ。
現在の灯守が作り出せる可能性は一度に五つのみである。最強には程遠い。しかし、それでも随所随所で適切な判断を下せれば、ほとんど無敵に近いだろうという自負が、彼にはあったが。
「オイ! いつまで待たせるんだ!? この店は!!」
突然響いた汚い蛮声。灯守と一佳は声の方向を見やる。そこでは、レジで店員に難癖付ける男子学生の姿があった。二人と同じ制服だ。
「申し訳ありません! あと少々お待ちを!」
「さっさとしろよ! こっちは客だぞ!!」
珍しいくらい高圧的な学生の態度に、灯守は義憤で顔を顰めた。
「ああいうのは見てて嫌気がさすな。注意してくる」
「ちょ、やめときな! アイツ、隣のクラスの武闘万世だよ! ほら、無個性の」
武闘万世。一佳たちの通う中学の中では、絵にかいたような不良として悪名高い奴である。しかし灯守は男子学生の名前より、一佳の言い方の方が気になったようで、猜疑心を隠そうともしない眼差しを少女へと向けた。
「……無個性? どうして強調した? 差別か?」
「いやっ! 違うよ!! バカ! 無個性なのに不良ってことで、ちょっと珍しい奴なんだよ!!」
「そうか。……いやすまない、誤解して」
噂に流れているように、根は良い奴だが妙な所で頑固。まさにその通りだった。灯守は、差別だとか理不尽に神経質すぎる人種なのだ。しかし、だからこそ性根の善良さが分かるというものだが。
「オイ、そこの! 何見てんだ!? ああ!?」
「やべ。目ェ付けられた」
そうこうしているうちに、万世が二人の席に歩み寄った。万世は一佳の顔を確認すると、
「テメェ、拳藤一佳……。雄英志望の優等生じゃねぇか。男連れで勉強会とは良いご身分だな」
「いやぁ、ははは」
値踏みするような眼差しから一転、万世は視線の裏に侮蔑の念を隠そうともしない。
人間的に出来の悪い奴が、努力出来る奴を卑しめる。その根幹にあるものは概して嫉妬だ。言葉を濁して苦笑する一佳だったが、灯守が物怖じすることはなかった。
「僕も雄英志望なんだ。一緒に対策して何が悪い」
「あ?」
「二度と僕の友達を侮辱するな」
友達、と。
そう呼ばれて、少女は胸に埋火のような熱を感じた。
「それに、店員さんにはもっと敬意を持て。働く全ての人は等しく偉大なんだ。それが分からず、他人を敬えない奴は誰からも敬われないぞ」
「テメェは! 俺の! 教師かよ!!」
万世が机を蹴りつける。零れたジュースが灯守のズボンに飛んだ。
「テメェらみたいに良い子ぶってる奴を見てるとムカつくんだよ! とっとと俺の視界から消えろ!」
「先にいたのは僕らなんだから、君が去るのが筋だろう」
「何を……!」
一触即発の空気に、耐えかねた一佳が割り入る。
「はいはい、そこまで。二人とも熱くなるなって。至天堂、ここは抑えろ。私らが出て行きゃいいんだろ、なぁ武闘? じゃそうするよ」
堅物なのは時折頼もしいが、いざという時に融通が利かないのは考え物だ。一佳は灯守と違って、話の通じない相手と論理合戦をする気など毛頭なかった。
「どうして僕らが」
「いいから! 来な!」
早く立ち去りたい一心で、灯守の耳を掴む。灯守は「痛い痛い。耳を引っ張るな」と涙目になりながら、渋々席を立ち、飼い犬のように少女に連れられて店を後にした。
残った武闘万世は、無気力に独言する。
「……どうして、アイツらだけ」
──羨ましい。
そう感じている自分が気持ち悪い。
「クソッ!!」
万世は再び机を蹴りつけた。
もう少年は、暴力でしか感情と向き合う手段を知らなかったのだ。