ヴィラン殺し   作:どろどろ

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拳藤一佳は恋をした②

「さっきはありがとうな。拳藤」

「え、何が」

 

 帰路について数分。一佳は灯守から寄せられた感謝に困惑した。

 

「君が冷静だったおかげで、最悪な事態にならず済んだ。……自分に失望したよ。ヒーロー志望が、聞いて呆れる」

「深刻に考えすぎでしょ」

 

 むしろ少女からすれば、自分の正しいと感じた主張を堂々と宣言できる少年の方が、格好いいと映っていた。それがどうも、灯守視点では真逆に感じるらしい。

 

「悪い奴を倒すだけがヒーローじゃない。一番大事なことを忘れていた」

「でもさ、柄の悪い奴にちゃんと注意出来るのって、凄いと思うけどな。私ってたまにそういうの遠ざけちゃうからさ」

「だが結果として、諍いを穏便に終わらせたのは君だ。ヒーローの性質っていうのは、そういう意図しない所で現れるものだと思っている」

 

 灯守は中学三年生にしてはえらく哲学的な奴だ。彼の言葉は、小難しく理屈をこねて物事を迂遠にしているようにも捉えられるし、見方を変えれば、存外本質のようなものを掴んでいる気もする。

 拳藤一佳がヒーローを志した理由、それは――憧れたからだ。格好いいと、美しいと、そう感じて憧れたから、そうなりたいと思った。

 であれば、至天堂灯守は。

 

「至天堂はさ、好きなヒーローとかいるの?」

「……別に。特にいないな。興味もない」

「は、はぁ!? でもヒーローにはなりたいんだろ!? 矛盾してないか!?」

 

 同じ将来を渇望するように見える灯守と一佳だが、二人の原点は致命的に異なっていた。

 至天堂灯守の望む将来が、拳藤一佳の望むそれと違うからだ。

 少女は直感する。ヒーローになりたい自分と違い、この少年はヒーローになった先の展望を持っていると。

 

「特段好きなヒーローはいないが、目標ならある。オールマイトだ。僕には絶対に叶えたい夢があるから、その為に、ナンバーワンになる必要があるんだ」

「……ヒーローになることが、ゴールじゃないのか?」

「ああ。きっと、昔のオールマイトだって僕と同じだったさ。成し遂げたい夢があったらこそ、ナンバーワンになれたんだ。だから――僕はナンバーワンになる。頂点になる資格がある」

 

 惜しげもなく語られた少年の野心を、一佳は微笑を浮かべて受け止めた。

 

「ナンバーワンとは大きく出たね。流石、『罪と罰』とか読んでる奴は言う事違うわ」

「……褒められた?」

「ううん。馬鹿にした」

「酷い」

「でも、お前と話してると偏差値上がった気分になるなぁ。お前は将来、大物になりそうだ」

 

 世辞ではない。本音だった。

 するといい気になったのか、灯守は自信を湛えた笑みで頬を緩める。

 

「今のうちにサイン書いてやろうか?」

「調子に乗るな」

「ぁ痛っ」

 

 灯守の脳天に、一佳の特大チョップが炸裂した。

 悪戯に成功した子供のように微笑む一佳に、頭を抑える灯守。

 そんな平和な青春の一幕に、その時、一抹の不穏な気配が割り入る。それは、二人が通りかかった家電屋で陳列されていた、一台のテレビから。

 

 

『――〇×市内で、血狂いマスキュラ―の目撃情報が多数寄せられています。市民の皆さんは、十分に警戒し、不用意な外出を避けるように――』

 

「……!」

 

 一瞬だが確かに、その報道を耳にして、灯守は足を止めた。

 

「どうした、至天堂?」

「……いや、別に」

 

 すぐに何事も無かったかのように、灯守は歩みを戻す。

 少女は、少年が瞳に灯した殺意に、その時気付いていなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

『二度と僕の友達を侮辱するな』

 

 帰宅し、自主学習を進めていた一佳の脳裏に、唐突に蘇る声。

 灯守の言葉は、少女の胸を今現在も強く叩いていた。

 

「友達、か。ああいう所は素直なんだよなぁ」

 

 というか、いつから友達になれたのだろう。正直言って、一佳からすれば自信がなかった。受験仲間とはいえ、友達と呼称していいものかと悩んでいた。そんな懊悩を、あの堅物をいとも容易く打ち砕いたのだ。

 

 身近で接してみて、灯守には新しい発見が多く見られた。

 想像以上にフランクな奴だったし、肝も据わっている。良い奴なのか嫌な奴なのか分からなくなることもあるが、彼は自分の中で物事の善悪を明確に決めていて、他人の行動から自分を顧みる正直さも持っている。

 それに、何より。

 

『──僕はナンバーワンになる』

 

 周りがどう思うかなんて関係ない、という風だった。

 自分の夢に誇りを持っていて、一切の迷いがなかった。

 

(負けたくない)

 

 ヒーローの素質の何たるかなんて、中学生の少女には考えも及ばない。ただ、他人に正直であり、自分にも正直な人間は、拳藤一佳の目指す所でもあった。

 

 自分はあの少年に負けない。

 自分の夢も、憧れと一緒に胸に秘めているものも、彼に負けないくらいの誇りがある。

 

 それを証明するには、彼以上に努力しなければ。

 彼以上に、偉大なヒーローになってみせなかればならない。

 

(あんな大口叩けるんだ。アイツは、見えない所で努力できる奴だなんだろう。こうしてる今だって、きっと――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、同市内某所の路上。

 月の無い暗然とした夜の街で、血濡れの金髪男――アストラルが、犯罪者(マスキュラ―)の遺骸を冷たく見下ろしていた。

 

「お前みたいなゴミが、人の言葉を使うな」

 

 アストラルの右腕にはべっとりと血が付着していて、転がる遺体には腹部に大きな穴が開いている。返り血などではない。アストラルの腕が、相手の身体を貫き絶命させたのは明白だった。

 

「今日は災難だったな。最悪の日でもあり、最高の日もあった。なぁ、マスキュラ―(Mr.ゴミクズ)。僕は君を殺せて嬉しいよ」

 

 男は空を仰ぎ見る。星も出ていない、闇を飾っただけの空だった。

 

「父さん、母さん、見ててくれた? 今日も悪を殺したよ」

 

 ――でも、まだ終わらない。

 ――夢を完遂するその日まで、至天堂灯守はアストラルであり続けるのだ。

 

「き、貴様……! そこで何をしている……!?」

「うん?」

 

 突如背後から聞こえた声に、アストラルは振り返る。

 和風の装束を着て忍者然とした男だった。コスチュームを着たヒーローだ。確か、若手として最近になって名を挙げてきた新人だ。名はエッジショットだったと覚えている。

 

 まさか、近づいてくる第三者の気配に気付けないとは。

 アストラルは重い息を吐いた。復讐の余韻に酔って、注意力が散漫になっていたようだ。 

 

「やっぱり厄日だな。チンピラとヴィランの相手をして、ヒーローにも絡まれるなんて」

「何をしていると聞いたんだ!!」

「正確には何をしている、ではなく何をした、かだ。見て分からないようだから教えてやる。

 ――この“アストラル”が、悪をまた一つ殺したんだ」

 

 殺人鬼は宣教師のように滔々と、魔法使いのように饒舌に、そして、ヒーローのように悠然と言った。 

 

「そしてこれからも、殺し続ける」

 

 一方的にそう言うと、アストラルの姿は陽炎のように揺らめいて、消えた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 翌日、いつもより少し遅れて教室に入った灯守は、室内中に充溢する異様な熱気と喧噪に目を見張った。

 

「何かあったのか?」

 

 近くにいた一佳に問い質す。

 

「お前ニュース見てないの? ヴィラン殺しだよ。アストラルに“血狂い”が倒されたんだ」

 

 聞いて、灯守は納得した。今朝は昨晩の疲れもあり少々寝坊したため、朝のニュースを見る時間が取れなかったのだが、聞くところによると、アストラル関連の話が広く出回っているとのこと。誰も彼もが、その話で騒ぎ立てている。

 

 アストラル。通称・ヴィラン殺し。凶悪なヴィランのみを標的とする殺人鬼だ。

 人は彼をヴィランと呼び、イリーガルヒーロー、或いはヴィジランテとも呼ぶ。

 

「こう言っちゃアレだけど、ちょっと好きなんだよな~、アストラル」

「分かるぞ。奴からは信念を感じる」

「アストラルに助けられたって人もいるらしいよ」

「何かさ、怖いとか通り越してカッコいいんだよ。だって良い奴にとっては無害なんだろ?」

 

 アストラルについて各々の考えを述べていくクラスメイトの前で、灯守は不吉に目を窄めた。

 

「拳藤はどう思っているんだ? アストラルについて」

「ん~別に何も。怖くないのはそうだけど、会いたくはないよね。結局は殺人鬼な訳だし、私の住む市内に出たってだけでも嫌な感じ」

「……そうか」

 

 灯守に表情はない。

 そこからは、いつも以上に感情が伺えない。

 妙な予感を感じ取ったのか、今度は一佳が灯守に疑問を振る。

 

「そういうお前は、どう思って――」

 

 その時だった。

 少女の言葉を遮った男性教師の叫び声が、廊下から校舎に響き渡った。

 

 

「全員逃げろ!! 火事だ!!」

 

 

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