ヴィラン殺し   作:どろどろ

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原作突入
そして、至天堂灯守は独りぼっち①


 しばらくの間、灯守の通う中学校は休校となった。

 受験生にとっては痛手の筈だが、彼は全科目、既に卒業までの分野を完璧に予習していたため、むしろ授業がなくなったことを好都合に感じている。自習の時間が増えてラッキーだ。

 

 灯守は最寄りの本屋に売り出されている市販の参考書や問題集も、全てを暗記するレベルで網羅していた。そういう訳で、灯守は今、少し離れた街の本屋にまで新しい参考書を求めて来ていた訳だが、

 

「同じような質のものばかりだな」

 

 表紙を見ただけで欠伸が出る。彼は中学範囲の学力を逸していた。

 

「無駄足だったか」

 

 灯守は肩を落としながら店を出た。

 すると、

 

「向こうでヴィランが暴れてるらしい!」

「行ってみようぜ!」

 

「……ん?」

 

 商店街を覆い隠すばかりの勢いで広がっていく火の手が見えた。

 手前には、はしゃぐ野次馬とそれを諫める複数のヒーローの姿がある。

 断続的に響く爆発音は、子供の悪戯なんていう領域を超えている。下手をすれば人死にが出かねない状況の中、民衆はどこか楽しそうに騒いでいた。

 

「すげー、何アレ大物ヴィランじゃね!?」

「頑張れヒーロー」

 

 ……その光景が、至天堂灯守にはどうしようもなく癪に障る。

 犯罪者が公然と他人を損なうというのがどういう意味なのか、何を引き起こすのか、誰も真剣に理解しようとしない。

 心の底で容認しているのだ。

 ヴィランとヒーローの戦いを、日常に潜むエンタメと考えているのだろう。  

 

「どいつも、こいつも……!」

 

 至天堂灯守はそんな社会を許さない。逸脱者がヴィランとなり、罪を犯してヒーローに倒されるまでの流れを、ショーとして楽しむ社会を許さない。それを是とするヒーロー社会を許さない。

 

 だからこそ、確固たる決意でナンバーワンヒーローを志すのだから。 

 そして、そんな彼が今ここで、動かない理由がある筈もなかった。

 

 

「──『ビーストナンバー』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──緑谷出久はその日、二つの生ける伝説と出会う。

 

 最初の邂逅は本当に偶然だった。

 進路に悩んで呆けていたのもあるが、不用心に人気のない道を進み、泥のようなヴィランに襲われた。そんな命の危機だとさえ思った出久の窮地を救ったのが、通りすがりのナンバーワンヒーロー・オールマイトだったのだ。

 

 命を救われたこと以上に、純粋に憧れのヒーローに会えたことで出久は感激だった。

 多忙を極める身の上だろうに、オールマイトの対応は柔らかい。サインにも応じてくれたし、強引にしがみつく出久を厳しく怒鳴りつけて叱責することもなかった。

 

 出久がオールマイトにしがみついて離れなかったというのは、是が非でも彼に尋ねたいことがあったからだ。

 

「個性のない人間でも、あなたみたいになれますか?」

 

 出久は、無個性だからという理由で、ヒーローという夢を嗤われたばかりだった。

 可能性を捨てきれない彼も、ナンバーワンに答えを貰えれば決心出来る。恐らく、諦める決心をだが。

 

「──プロはいつだって命懸けだよ。個性がなくとも成り立つ、とはとてもじゃないがぁ……口に出来ないね」

 

 ナンバーワンは少年に自分の実感として在る現実を突きつけた。

 これが、少年にとって一つ目の伝説との出会いである。

 

 

 

 そしてもう一つは──。

 

 

「かっちゃん!」

「デク! 何で! てめェが!!」

「足が、勝手に!! 何でって……分からないけど!!」

 

 自分のせいでオールマイトが取り逃がしたヴィランが、学友である爆豪勝己を人質に暴れていた。

 勝己は掴みようのない流動体の化物に憑りつかれ、“爆破”の個性で抵抗していたため、ヒーローも無暗に助けに向かえない状況だった。

 

 ──きっと、すぐに相性の良い誰かが来るさ。

 ──あの子には悪いが、もう少し耐えてもらおう。

 

 プロですら手をこまねいてたと言うのに、出久は自分でも気づかぬ間に飛び出していたのだ。 

 理由なんて、本人にも分からない。ただその時は──

 

「──君が、助けを求める顔してた」

 

 

 緑谷出久は自分が誇らしかった。何が出来るかを考えるより先に、何かを成そうと飛び出た自分は間違っていないと、その時だけは一寸の疑いもなかった。

 爆豪勝己は屈辱だった。道端の雑草同然に思っていた無個性の幼馴染に、自分が最も弱っていた場面を見られたのだから。

 オールマイトは忸怩たる気分だった。偉そうに少年を諭しておきながら、活動限界だなんて理由でヒーローの責務を放棄し、傍観者を決め込んでいただなんて。

 

 そんな中、至天堂灯守(アストラル)は、ただ静かに舞い降りる。

 

 

 

 

「 子供を盾に? 」 

「ッ! お前は!?」

 

 

 

 少年に憑り付いたヴィランの表情が恐怖に歪む。

 死の香りをまき散らしながら、正義を語る殺戮者は冷淡に言った。

 

「下郎」

 

 繰り出されたのは、目にも映らない連打。

 アストラルに肉を抉られ、穿たれ、潰され、引き裂かれるヴィランは、自分の状況すら分からぬまま死に直行していく。一瞬の出来事だった。視認出来た者は何人いただろうか。

 瞬きにも満たない時間の切れ目に台風のような風が吹き荒れ、アストラルの攻撃は数百発にも及んでいる。

 

「え゛……お、れ゛……死んで、る……?」

 

 ヴィランが言い残したのは、その一言のみ。

 あとは、一斉に押し寄せてくる激痛の波に揉まれ、絶叫しながら萎んでいった。

 

「二人とも怪我はないか」

「あなた、は」

「……無事そうだね」

 

 いつから現れたのか、何をしたのか、はっきりと認識した者はいない。

 ただ、アストラルがヴィランを殺したのだと、数拍遅れて純然な事実が突き付けられる。

 しかし、出久は警戒の構えをすることすらなかった。目の前の殺人鬼をどう見ても、勝己を襲ったヴィランのような悪党と同じには思えなかったからだ。

 

「個性の相性や、個人の向き不向きもあるだろう。だけど、指を加えて見ているだけってのはどうなんだ? プロとして、大人として」

 

 憤った口調でアストラルは続ける。

 

「貴方たちは何も出来ないからといって何もしないのか。すぐ傍にいるにもかかわらず、助けて貰えなかった彼らがどれだけ不安だったか」

 

 その怒りが自分たちの為に使われているのだと感じて、出久は安心に酔いしれてしまった。陶酔と言っても良いかもしれない。父に守られる息子のように、アストラルの背中から目が離せない。

 悪名高いヴィラン殺しが、しかし一部の民衆の間で人気を博している理由が、感覚で理解できた。

 

 これはオールマイトと全く真逆のカリスマだ。

 

 アストラルには、後ろ姿からしか伝わってこない甘美な印象がある。 

 

「殺人鬼が講釈を垂れるな!」

「なるほど良い反論だ。それは耳が痛い」

 

 正面から対立するヒーローたちは、アストラルを殺人鬼だと言い捨てる。アストラルもそれを否定しない。

 そこでようやく出久も目が覚めた。

 どんな理由があれ彼は、たった今ここで殺人を犯したのだ。魅入るなんて絶対にどうかしている。 

 

「アストラルだな」

「っ」

 

 そして、野次馬を振り切るようにしてようやく現れる。流石のアストラルも、その相手を見て顔を強張らせた。

 

「オールマイト」

 

 山のような巨躯。国を代表する平和の象徴は、やはり一つ圧が違う。アストラルが音もなく牙を隠す悪霊なら、オールマイトは眠れる怪獣のようだった。格が違うというより、部類の違う傑物が相対したような空気の重さがある。

 あまり褒められたことではないが、間近で目撃している出久は戦慄と興奮を自覚してしまう。

 

(どう、なる……?)

 

 沈黙を最初に破ったのはオールマイトだった。

 

「……私の代わりに子供たちを助けてくれたことは感謝する。だが、君は犯人をどうした」

「僕は彼を殺すべきと即断した。だからそうした」

「……そうか」

 

 泥のように定型のない身体をしたヴィランだった。しかし、アストラルは間違いなく死んでいると断言した。長年の経験から、絶命の感触を確信しているのだろう。

 苦い沈黙を挟むと、オールマイトは笑みを崩さず、申し訳なさそうに問う。

 

「大人しく、捕まってくれるかい?」

 

 それを聞いて、観衆が沸き立った。

 

「まさか、アストラルとオールマイトが!?」

「ついに戦うのかよ!!」

「マジか! 見てぇ! 退いてくれ!」

「み、皆さん落ち着いて!!」

 

 警察やヒーローの制止も空しく、野次馬は喚き続ける。騒ぎを聞きつけて、新しく見学に来る者も増えている。

 オールマイトは焦っていた。個性も不明な相手に対し、限界の近い自分で勝てるのかと。

 アストラルは辟易していた。見世物にされているような気がして、苛立っていた。

 

「……面倒な」

 

 アストラルからすれば、逃げるにしてもオールマイトを撒くだけでなく、自分に注目する観衆の視界からも逃げる必要が発生した訳だ。二重の意味で面倒である。

 

「流石に平和の象徴が相手だと骨が折れそうだ。逃げてもいいか?」

「馬鹿を言え。当然──刑務所にぶち込む!」

「そうか。……じゃあ戦おう」

 

 戦闘宣言に、歓声が上がった。数秒前に人が死んだ現場とはとても思えないが、そんなことを気にする余裕はアストラルにない。

 殺人鬼は慢心も油断もない、決定打足り得る最初の一手を仕掛ける。指を張り、姿勢を伸ばし、大声で叫んだ。 

 

「ッ、ま、待てオールマイト! 大変なことが起こっている! 一時休戦だ!」 

「?」

「後ろを見ろ! 貴方の後ろの建物で、女性が飛び降り自殺をしようとしているんだ!!」

「なっ、何だってーーっ!?」

 

 たまらず背後を振り返るオールマイト。周囲の者もそれにつられてアストラルから視線を外した。

 冷静に考えれば馬鹿な冗談だと気付ける筈だが、緊迫の雰囲気を醸し出すアストラルが冗談を言うなんて、誰が分かるものか。実に間抜けな集団真理である。

 

 勿論だが――飛び降りようとしている女性なんて、影も形もない。

 

「……ハッ!?」

 

 騙された。

 そう気付いてオールマイトは相手と向き直る。

 そこには、アストラルが背にしていた筈の出久と勝己が呆けるようにして座り込んでいた。

 

 アストラルの代わりに在ったのは、嘲笑するような冷たい風だけ。

 

 

「「「に、逃げたぁぁぁぁぁ!!」」」

 

(姑息……!)

 

 まさか揃いも揃って『あっ、UFO!』と同じレベルの嘘に騙されてしまうとは。

 気が抜いたオールマイトは、ついマッスルフォームを解いてしまいそうだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「しっかしあんな逃げ方をするとは……」

「見損なったわ」

「やっぱ犯罪者は所詮犯罪者よね」

 

 勝手にアストラルの株が暴落する中、オールマイトは思惟に頭を悩ませる。

 

(あの時の彼……)

 

 思い返しているのは、ヴィランを殺した時のアストラルの動きである。

 オールマイトの視力でさえ、動きを捉えることが出来なかった。認識した瞬間には、もう殺人が終わっていたのだ。

 

(まるで、“時を止めた”かのような早業だった)

 

 しかし、アストラルが連打を繰り出した瞬間に発生した烈風は、高速で動いた際に発生する風圧によるものだ。アストラルの個性は“時間停止”のような突拍子もない能力でなく、純粋な高速移動を可能のする増強系である。

 単純であるからこそ攻略法があるとはいえ、アストラルに関して、とにかく一つ断言できる。

 

(間違いなく、()()()()()()()

 

 思い返すのはかつて対峙した巨悪。

 個性の強度は成長していくものである。接してみた感じ、アストラルは若かった。伸び代があると考えて間違いないだろう。

 世間では広く“ヴィラン擬き”“ヴィラン殺し”と言った風に、ダークヒーローじみた称され方をするアストラルも、冷静に考えれば独善的な殺人犯に過ぎない。もしも、彼が成長を続け、更に人道から外れるような事になれば──

 

(──極力、敵とは考えたくないな)

 

 だからといって味方というのもあり得ないが。

 オールマイトは、彼の掲げる異色な独善がどうかこの社会の在り方に沿うものであるようにと、切に思った。

 

「おっと、そういえばあの少年は!? こうしてはいられないんだった!」

 

 本来の目的を思い出したオールマイトは、報道陣のインタビューを振り切り、緑谷出久を追った。

 

 

 

 

 

 

「ごふっ」

 

 地上からの視界に入らない高層ビルの屋上で、アストラルは血を噴いた。大した出血量ではないが、胴体に鈍痛が駆け巡っている。

 

「三秒動いただけで、これか」

 

 輝く金髪はその場に座り込んだ。

 

 アストラルの個性である『ビーストナンバー』は、肉体に由来するあらゆる能力を666倍にするというものだ。彼は個性発動時に限り、思考力・記憶力・視力・聴力・脚力・腕力といった全ての身体的技能が飛躍する。

 

 しかし、その分反動は計り知れない。

 

 アストラルが個性を使って全力で動けるのは、一日に五分が限度といったところだろう。それ以上の個性使用には身体が耐え切れず、五臓六腑が捻じ曲がって死に至ってしまう。

 個性に身体が適してない、といった簡単な問題ではない。知覚できる世界の全てが666倍に拡張され、肉体への負担も666倍に増幅し、ようやく身体能力が666倍になるのだ。

 

 言わば、ビーストナンバーは『666』という数字に呪われているようなもの。

 その数を下げることも、増やすことも出来ないのだから。

 

 

「『インフィニットメイビー』」

 

 

 黄金が黒く染まっていく。

 アストラルの受けた疲労を引き継いだ至天堂灯守は、口の中に広がる血の味を噛み締めた。

『ビーストナンバー』のリスクもそうだが、『インフィニットメイビー』を使った時の違和感は、いつまで経っても慣れそうにない。

 

「やっぱり気持ち悪い感じだな。遺伝子の可能性にまで遡るのは」

 

 灯守のそこに笑みはなかった。

 

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