そのウマ娘は彗星の如く現れた。
去年の始めにいきなり現れて当時無敗だったミホノブルボンから三冠という栄誉を奪った。
皆狐につままれたような感覚だった。
そのあり得ない事実を受け入れられない人たちからブーイングさえ飛んだ。
だが彼女はそれを乗り越え今年の天皇賞春であのメジロマックイーンの三連覇を阻んだ。
テイオーがマックイーンが負けるなんてと喚いていたのを覚えている。
ダークホース
彼女を表すのにこれ以上の言葉はない。
それはいきなり現れ颯爽と勝利を奪ってゆく。
名はライスシャワー
トレーナー「探したよテイオー、ネイチャ。」
トウカイテイオー「な、なんでライスがここにいるのさ?」
声が強張っている。
それもその筈だ、自分以外のウマ娘がトレーナーとイチャイチャしているところなど初めて見ただろうから。
私はさんざん見せつけられてきた。
「実はな、ライスシャワーが俺たちのチームに入ることになったんだ。」
衝撃の展開にテイオーは固まってしまって動けない。
レースではどんな道でも切り開いていくテイオーだがトレーナーの前ではそうではないらしい。
代わりにに私が戦わないといけない。今さっきテイオーを応援すると決めたばかりだ。
ナイスネイチャ「トレーナーさん、ちょいと突然すぎじゃあありません?」
歓迎ムードではないことを察したのかライスシャワーがトレーナーの腕を自分の方に引き寄せる。
それを見て胸の奥がキュッとなる。
嫌でもただのチームメイト以上の関係が見て取れる。
ねぇライスシャワー、何がしたいの?
あの時ヒールと言われブーイングを受けるあなたを見て私はそれは違うと思った。
誰もが勝利のために走る。ウマ娘はそのために生きている。
そこには忖度なんてない、一人一人が主人公だから。そこに物語があるから。
誰が勝ったっておかしくない、批判を受けるいわれなんて無い。
私はあのときあなたの味方だった。
批判を乗り越え天皇賞春に出場しヒールと呼ばれようとも一生懸命に走る姿は私にとってヒーローのようだった。
あなたのそんな姿を見て私なんかでもテイオーに勝てるかもって思えた。
ずっと私のヒーローでいて欲しかったよ。
でも今は違う。
今のあなたは敵、私たちにとってのヒール。
ハッピーエンドに立ち塞がる悪役だ。
トレーナーと結ばれるのはテイオーでないといけない。
じゃないとなんのために身を引いたのか分からなくなる。
そうなったら私壊れてしまう気がするから。
「私は認めないよトレーナーさん。チームシリウスは私とテイオーの二人で十分でしょ。」
「頼むネイチャ、この通りだ!」
トレーナーが頭を下げる。
辞めて、そんな姿見たくない。
諦めたって好きなことには変わりないから。
「辞めてよ、トレーナーさん。」
「いや認めてもらうまで辞めない。どうしてもライスをこのチームに入れてやりたいんだ!」
「お願いだから、辞めてってば....。」
こんな状況私に耐えられるわけない。
ズルいよライスシャワー。トレーナーにばっか任せてないで何か言ったらどうなの。
胸が苦しくなってライスシャワーの方を見ると向こうも見ていたのか目が合う。
笑ってる?
その顔は口角は上がっているが目が笑っていなかった。
その笑顔はさながら悪魔のようだった。
「もう大丈夫だよお兄様。ライス不幸を呼んじゃう駄目な子だもん。仕方ないよ。」
「ライスが全部悪かったから今まで通りの関係でもライスは良いよ?」
「いや、そんなことないぞ。ライスは立派だよ。」
トレーナーが頭を上げ慌てて否定する。
怒りで両拳を握る。そうやってトレーナーを誑かしたのか。
「えへへ、そう?じゃあお兄様にライスの頭撫でて欲しいな。」
「おう、そんなこといくらでもしてやる。」
トレーナーがライスシャワーの注文通りに頭を撫で出してしまう。
あのトレーナーが自分からウマ娘に触れにいくなんて考えられないことだった。
どれだけ私たち二人はそれを求めてきたことか。
そしてどれだけ叶わなかったか。
ライスシャワーがこちらを向きまた笑う。疑いようのない嘲笑だった。
この状況を完全に楽しんでいる。
「トレーナー、ボクもう帰るね....」
テイオーがトボトボと背を向けて歩き出してしまう。完全に生気を失っていた。
すぐさま追いかけて肩を掴む。
「待ってテイオー、告白はどうするの!」
「こんな状況でどうやってするっていうのさ!?」
振り向いたテイオーからは大粒の涙が溢れ出していた。
その姿に何も言うことができず手を離してしまう。
そのまま小さくなっていく背中になにも声をかけることが出来なかった。
このままじゃ駄目だ。ライスシャワーを引き剥がさないと。
そもそもいつそんな関係になったというのか。
あれ?そういえばライスシャワーのトレーナーって誰だっけ。
そうだ思い出した。ライスシャワーにトレーナーは居なかったんだ。
トレーナー無しでG1制覇なんて前代未聞だ。
それでさらに世間の注目が集まったっけ。
ああ、全て分かってしまった。さっきの今まで通りの関係というのはそういうことか。
天皇賞春が終わったあとの世間の評価は見事なほどの手のひら返しだった。
一人で全てを乗り越えて戻ってきた。
そう大きく新聞の見出しに載っていた。
でも本当は違った。私たちの知らないところで勝手に二人で乗り越えてたんだ。
トレーナーは優しいから。一人ぼっちだったライスシャワーをほっとけなかったんだろう。
ライスシャワーの幻のトレーナーは私たちのトレーナーだった。
気付いていなかっただけでずっと前から奪われていた。
それなら、あの関係にも納得できる。
あれだけの批判を受けたんだ。世の中の全部が敵に見えてもおかしくない。
そうして慰め合っているうちに自分の味方はこの人だけだと、こいつを助けられるのは俺だけだと錯覚し合ってしまう。
そして二人とも恋に落ちる。
テイオー。残念だけど、私たちもう終わってたみたい。
「トレーナー、私も帰るから。」
「待ってくれネイチャ、本当に駄目か?」
うるさい、もう黙っててよ。
私の気持ちも知らないくせに。
いくら諦めたからってこの仕打ちは酷すぎるよ神様。
私ずっと我慢してた。テイオーのために、何より自分のために。
でももう感情を抑えるのは限界。この気持ちを叫びたくてたまらないよ。
「じゃあねトレーナー。ライスシャワーのことは好きにしなよ。」
「本来なら私がどうこういえる権利なんて無いしね。」
背を向けて早足で歩く。
危なかった。もう少しでこの涙を見られるところだった。
トレーナーにこんな情け無い姿見せられない。
これ以上自分を惨めにしたくない。
トレセンを後にして帰りの夜道を一人で歩く。
ぶつかってくる向かい風がいつもよりも痛かった。