うす暗い部屋の中で目を覚ます。
カーテンの隙間から旭光が漏れだし、布団の上に差し込んでいた。
目の前の目覚まし時計が今が朝の八時ちょうどだということを告げている。
ただそんな事実はなんの意味もない。今が何時だったとしてもこのベッドの上を離れることは無いのだから。
一体今日は何曜日なのだろうか。ずっと寝ているせいか曜日の感覚が無い。
まあ今となってはどうでもいいけど。
壁の方を向いたままピクリとも動かず、起きたことを悟られないようにしながら横で寝ていたルームメイトが学校の支度をしている音を聞き流していた。
もうずいぶんと長い間学校には行っていない。
これが新しい日常なのだ。
これがボクが選んだ紛うこと無き新しい現実なのだ。
マヤノトップガン「それじゃあ、行ってくるね。テイオー」
「学校で....待ってるから......」
誰にも届くことのないかぼそき声が一つ部屋に残されていく。
最初の頃とは違いもうその声に心を痛めることも無くなっていた。
一人になり静寂のときが訪れる。
耐えきれずにそのまま目を閉じて再び眠りの世界に入る。
それだけがこの現実から逃げ出せるたった一つの方法だった。
ガンガンと扉を叩く音と、ボクを呼ぶ声に再び目を覚ます。
メジロマックイーン「テイオー!テイオー!起きてください!!」
「わたくしと一緒に学校へ参りましょう!今ならまだ間に合いますから!」
目の前の時計は十時二十分を指していた。
またかとうんざりし、布団で顔を覆い音を遮断する。
そのまま無反応を決め込み、しばらくの間放置していたが今日はいつまでも諦めないようで、未だに声は止まない。
布団の隙間を通って入ってくる耳障りな音が邪魔をして現実からの逃避が出来ないでいる。
そうなると嫌でもトレーナーとライスシャワーのことを考えてしまう。
トレーナーとライスシャワーが手を繋いで帰るシーン、ご飯を食べさせあうシーン、トレーナーがつきっきりで練習に付き合うシーン、膝枕をしているシーン、お風呂で洗い合っているシーン、共に朝を迎えるシーン、二人の結婚式のシーン、
想像が止まらない、様々な情景が実際に見たかのように鮮明に頭に浮かび上がってくる。
頭を掻きむしるが考えることを辞められない。必死に保って来た心の安静が崩れていくのを感じる。
終わらない、あの日から始まった悪夢がいつまでたっても終わらない。
心や頭の中、今までの自分、その全てを染めきるまで終わらない。
いつのまにか自分でも知らないうちに扉を開いていた。
目の前に久しぶりに見る顔があった。
部屋と部屋とを繋ぐ廊下の明かりが眩しく光に拒絶されているように感じる。
どうして開けてしまったのか自分でも分からない。
こうしてボクの意思に反して体が動く現象があの日からたびたび起こっている。
起こりすぎて、どっちが本当のボクなのかもう分からない。
マックイーンが扉の奥から見える部屋の中の惨状に気がつく。
部屋はグチャグチャに荒れていて三冠のトロフィーでさえも粉々になってそこら中に破片が飛び散っている。
いつからこうなっていたのか、あの日なのか、はたまたその数日後なのか記憶が無く分からない。
恐らくルームメイトであるマヤノも怖くて片付けられ無かったんだろう。
びっくりして固まったまま動かないマックイーンの襟を掴んで軽く持ち上げる。
「黙って帰って。」
心配して来てくれた親友に対して冷酷にそう言い放った。
首がしまり、呼吸が出来ないのかマックイーンの目にうっすらと涙が浮かんでいる。
呼吸の音が変になってきたところで気がついて、慌てて離す。
あれ?今ボク何して、、
目の前のマックイーンがその場に座り込み、涙を流しながら咳き込み続けている。
「ほら、早く帰って。ボクはもう部屋に戻るよ。」
違う、そんな言葉を掛けたいんじゃない。
大丈夫?そう言いたかったのに。
「待ってくださいテイオー、まだ話は終わっていません。」
後ろからかすれた声が聞こえる。
その言葉にまたイライラが募る。
「どうして、構うのさ!?ほっといてよこんなボクなんか....
気がつけば立ち上がったマックイーンに抱きしめられていた。
「お願い、戻って来てテイオー。」
久しぶりに人肌に触れ、その暖かさに触れ、全身に寒気が襲いかかる。
あれだけ心地良かった温もりが受け付けられない。今はもう触れ合うことすら出来なくなってしまったらしい。
耐えきれず、気持ち悪いと突き放した。
マックイーンの華奢な体が吹っ飛んで倒れる。
背中を強打したマックイーンは顔を手で覆いながら、返して、本当のテイオーを返してとうめき続けていた。
この瞬間ボクの中の何かが弾け飛んだ気がした。
それを見下ろしながら廊下を後にし部屋のドアを閉める。
心がどうにかなってしまったようで、かけがえのない親友の傷ついた姿を見ても何も感じなかった。
もう一度ベッドに戻ろうとしたとき別の誰かの足音がこちらに近づいて来ているのがドア越しに分かった。
ゴールドシップ「どうした、マックちゃん!!」
どうやらゴールドシップが駆けつけて来たようだ。
マックイーンは半ば放心状態なのかボクの名前を呼ぶことを辞めはしない。
状況を察したのか、ボクに対する非難の声が次々にとんでくる。
次第にそれは抑えようのない怒りへと発展したようだ。
「もう許せねぇ。私の大事なマックちゃんを傷つけやがって。」
「覚悟しろよトウカイテイオォォォォォオ!!」
咆哮が寮中にこだまする。
ドアをとてつもない力で蹴り続けているらしい。金属の凹んでいく音が不愉快だ。
ウマ娘の脚力に耐えられるドアではない、簡単に蹴破られてしまった。
真っ暗な部屋に光が差し込む。
光を背景にゴールドシップの巨体が映える。
そういえばこいつは暴れたら手がつけられないことで有名だったな。
近くにあった果物ナイフを手に取る。
これをやってしまったらいよいよ学校には居られなくなるし、それこそ刑務所にでも入ることになるだろう。
でも辞めるなんてそんなこと出来ない。
興奮して冷静な判断なんてしようがない。
レースなんかでは味わえない、かつて感じたことのない高揚感がボクを襲う。
こんなどうしようもない戦いに身を置けることが史上の喜びのように感じてしまっている。
そしてすでに気づいている、戦いの中ではあのことを考えないでいられることに。
現実からの逃避を促す別の選択肢が生まれた瞬間だった。
コインの表には裏が存在するように、勝者には敗者が付き纏うように、
光には闇が付き物だ。
今まで皆を照らしていた天真爛漫なボクが太陽のような光だとすれば、
今のこの瞬間が、この気持ちこそが闇のボクなのだ。
いいじゃないかこんなボクがいたって。
それを否定するなんてことは誰にだって出来ない筈だ。
それでもこのボクに消えてほしいっていうならどうなっても知らないよ?
「てめぇは絶対許せねぇ!!」
ゴールドシップの鍛え上げられた素早い蹴りが顔面のすぐそばまで迫る。
それを持ち前の柔らかさでブリッジをするような姿勢で難なく避ける。
次に拳が腹に飛んで来たがこれもお得意のテイオーステップでひらりとかわす。
まさかこんなところで使うなんてねっ☆
簡単に背後を取る、激昂しているやつは思考が単純で分かりやすい。
駄目だよ、この戦いをもっと楽しまなきゃ。
手のナイフが反射して光っている。
背中が無防備だ、やるなら今しかない。
ボルテージは最高潮まで達していた。
もう、戻れない。
「何をそんなに泣いてるのさマックイーン。」
「だってゴルシさんがぁ、ゴルシさんがぁ。」
「だから大丈夫だって言ってるじゃん。刺してなんかないってば。」
あのとき消えかけのもう一人のボクに止められたようで寸前で手が止まった。
カランと音を立てて床に落ちるナイフを見て自分のしようとしていたことにゾッとした。
ただそれはボクではないボクが感じたことで、ボクは残念だなぁぐらいにしか思っていなかった。
涙でぐしゃぐしゃの顔を手で拭ってやる。
「だからほら泣いてないで、ゴールドシップの仇とろう?」
なんとか煽ろうとするが戦意が全く感じられない。
いつのまにか意識を失っていたようだ。
股の間から黄色い液体が漏れ出していて一気に興味が失せてしまった。
ふと、まだ破れていない制服があったかと思考を巡らせる。
「学校ならもっと楽しめそうだなぁ。」
ついに見つけた。こんな現実でも生きていく方法を。
サトノダイヤモンド「ねぇ、キタちゃん。もう学校に入ろうよ絶対来ないってば。」
キタサンブラック「来るもん!テイオーさんは絶対に来るもん!!」
「昨日マックイーンさんにお願いだってしたんだから。」
「それにテイオーさんのために編んだこのマフラーを渡すまで毎日ここに立ってるって決めたもん。」
「キタちゃん...........あっ!あれっ!テイオーさんじゃない?」
「えっどこどこ?」
「ほら、あそこ!」
「本当だ!テイオーさーん!!」
無垢な二人の少女達の視線の先にはいつまでも憧れの先輩が映っている。
人は自分の信じたい物を信じたとき盲目になる。
何もかも変わってしまった彼女はいつまでも変わらないものは無い、その現実を叩き付けるためやって来た。
ボロボロの制服を見に纏うそれを見た時少女達は何を思うのだろうか。
今回はやりすぎてしまったかもしれません。書いてる内にこんな方向にいってしまうのなんで?