SPEC~内務省国家保安局 未詳事件特殊事件対応課事件簿~ 作:やまかえる
新ソ連、モスクワ。
かつてはロシア連邦の首都として栄え、いまでもその栄華を色濃く残す街の中心部にある、内務省の本部ビルの地下。そこでは制服に身を包んだ軍の高官により、ある男の聴聞会が執り行われていた。テーブルに置かれたボイスレコーダーにより録音されているそれは、液晶に移る記録時間の表示では既に2時間が経過していた。通常、このような地下室では聴聞会は執り行われず、また高官数名のみが参加することもほぼない。それだけでも異例ではあったが、尋問を受けている男がスキンヘッドのひげ面の黒人であるというのも、ここ新ソ連ではかなりの異例であった。
高官たちの座る座席から対面で5mほど離れた位置にあるマジックミラーの窓のつけられたパーテーションの内側、中から外の様子を伺うことはできないが、質問を浴びせてくる高官の連中の嫌疑の視線と重い空気は十分に感じられた。そして先ほどの質問から少し間を開けた後、高官の一人がゆっくりと口を開いた。
「......これが最後のチャンスだ。」
高官はそう言うとこちらの反応を伺うように一呼吸置き、再び口を開いた。
「正直に答えるんだ。あの日あった事をな。」
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モスクワ郊外の駅にほど近い倉庫群。普段は作業を行う作業者たちの声や機械の音などが響く区画だが、その日は違った。
けたたましい銃声と怒号が響き渡り、何人もの男たちが走る足音が物々しい雰囲気を醸し出していた。
「クソックソックソッ!!!」
「政府の犬どもが!!死ね!!」
「急げ!!」
そう怒鳴りながら逃げる男達。彼らは国内外から集まっていた武装犯罪者グループだった。
第3次大戦後、政府の崩壊や崩壊液の流出は多くの難民を生み、そしてそれはスラム街を形成しそこから彼らのような犯罪者や、多くのテロリストを生んでいたのだ。
逃げ惑う彼らを追うようにして、レンジャーグリーンの制服に黒の装備で統一され、ガスマスクをつけヘルメットを被った重装備の兵士たちが倉庫の角から姿を現した。そんな彼らに向けて犯罪者たちは半ば乱射するように銃を発砲したため、その部隊──ワッペンやボディーアーマーに
「
銃撃が止んだタイミングで男がそう叫ぶと、隊員たちは一斉に前進を再開した。シールドを構えながら先頭の隊員たちは全力で走り、後続の隊員たちはそれをカバーするようにぴったりと着いていく。
しばらくして犯罪者グループが倉庫の一つの中に逃げ込むと、部隊はシールドを小脇に持ち替え歩調を速めた。
「
部隊は倉庫の入口手前で一度足を止め壁に張り付くと、シールドを持った隊員が中を伺っている間に先ほどの発砲で使用したマガジンを交換し始め、先ほど前進指示を出した男が口を開いた。
「慌てるな。」
男は慣れた手つきでマガジンを交換し、マガジンポーチに弾が半分ほど残ったマガジンを放り込みながら続けた。
「いいか、俺が威嚇射撃する。合図を出したら突入だ。」
「「「「「「了解」」」」」」
隊員が一斉に答える。そんな彼らの中には自立人形も混じっていた。
その中の一人が緊張からか、ゆっくりと壁にもたれながら脱力し始め、座り込む。彼はこの部隊の中で一番の新人であり、今回が初の実戦だった。
「ニコライ、復唱しろ。」
彼に発破をかけるように部隊長がそう声をかける。彼は大きく深呼吸をすると、ガスマスクの下に汗をにじませながらゆっくりと答え始めた。
「ボブ隊長の威嚇射撃後、合図で突入します......」
「よしニコライ。終わったら何が食いたい?奢ってやる。」
「モクドナルドの......ポテナゲ大が食いたいです......!!」
ニコライがそう答えるとチーム内の緊張が幾分か解け、頬が緩み始めた。張り詰めた緊張感を解くことができたようだ。
「じゃあとっととこの仕事を終わらせて、モクドに行くぞ!」
「「「「「「応ッ!!」」」」」」
隊員の返事に合わせ隊長が威嚇射撃を行い始め、シールドを先頭に内部に踏み込む。
階段を駆け上がり犯人たちが逃げ込んだと思われる物置部屋に踏み込むと、部隊は左右に散会し物陰に隠れた。
シールドを持った隊員が前衛を、後衛に一般隊員が付き、隊長の後続にはニコライが待機していた。
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「私は手順に従い......突入しました。」
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「
隊長の合図でシールドを先頭に前進を再開する。そして先ほどよりも前方にある遮蔽物にまで部下たちが移動したことを確認し、自分も移動するために後ろのニコライを振り返ると──そこには先ほどまでいたはずのニコライの姿はなく、音もなく忽然と消えていた。
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「ところが、つい先ほどまでいたはずの部下の姿が消えていました。そして私が前進し始めた瞬間......急に目の前から飛び出してきたんです。」
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目の前に男が急に飛び出してきたため、隊長はすかさず膝をつき射撃体勢に入る。が、飛び出してきたのが先ほどまで自分の後ろにいたはずの部下だと気づくと、銃口を下ろし驚いた表情で顔を上げた。
「ニコライ......?!」
飛び出してきた彼はなぜか先ほどまで着ていたはずのボディーアーマーやヘルメット、ガスマスクを全て脱いでいた。その表情は焦燥感にあふれており、玉のような汗を顔に浮かべながら体を震わせ、銃口をゆっくりとこちらに向け始めていた。
そして覚悟を決めたような顔をしたかと思うと、突如叫び出しトリガーを引き絞った。
「うああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「撃つな!!!!!!!!!!」
その瞬間銃声が室内に鳴り響き、ニコライの持っていたAK-12はフルオートで5.45x39mmを吐き出し始めた。
だがその弾丸は隊長に届くことはなく──ニコライがすべての弾丸を受け、うめき声をあげて仰向けに倒れたのだった。まるで、|空中で弾丸の軌道が逆転させられたかのように《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
「ニコライ......?ニコライ!?」
目の前で自分に向けて発砲したはずの部下が倒れたのを見て、隊長はヘルメットとガスマスクを外し慌てて駆け寄っていく。近くにあったものには血しぶきが飛び、床には流れ出た血によって血だまりができていた。そして憔悴しきった顔でニコライを見ると、彼は10発もの弾丸をその身に受け既に虫の息だった。
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「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
高官の一人が激高する。
「部隊長である君ともあろうものが.....どうしてそんな見え透いた嘘を......。君の部下は今、命を落としかけているんだぞ!!」
そんな高官に対して、彼はゆっくりと答える。
「しかし......ニコライが、我々を......撃ってきたのです。」
「じゃあなんだ?ニコライは自分が撃った弾に自分で撃たれたとでも言うのか!!」
「......はい。」
彼がそう答えると、別の高官が吐き捨てた。
「馬鹿馬鹿しい。お前がニコライを撃った後、銃をすり変えたんだろう?」
「私は......事実だけを述べています。」
彼が変わらずそう答えると、高官達は黙りこくってしまった。
そして、その様子を後方からじっと眺めるサングラスをかけた男には誰一人、気がついていなかった。
聴聞会から2日後の内務省ビル。俺は勤続している緊急対応特殊課の上官の部屋に呼び出されていた。俺が部屋に入り、上官であるキリロフ少将のデスクの前で待機して1分ほどしてから、ようやく彼は口を開いた。
「聴聞会の結果、突入は適切だったとの判断が出た。」
彼は椅子から立ち上がるとデスクを回り込み、俺の目の前に移動してくる。そしてデスクに腰を下ろすと、口調を変えずに続けた。
「突然だが......君は本日付けで、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課に異動することになった。」
「未詳──?」
俺が驚きのあまり思わず呟く。対応が適切だったという判断なのになぜ異動を?まして降格や減給等の罰則ならまだしも、なぜ未詳などに──?だが、呟いた俺を遮るようにキリロフは話し始めた。
「国家保安局からの強い要請だ.....。」
「し、しかし、私はこの手で、ニコライが撃たれた原因を──」
俺が話し終える前にキリロフは俺の胸に手を置き、遮った。
「──無論、それは我々が引き続き調査する。」
そして彼はデスクから立ち上がり、こちらの目をまっすぐ見据えて淡々と告げた。
「私物を纏めたまえ。」
所変わってモスクワ市街。街並みにひっそりと隠れるように建っている一軒の日本料理屋。元々大手PMCで働いていた、62式と呼ばれる自立人形が経営しているその店の看板には【お食事処 大江戸飯店】と漢字で書かれている。モスクワで漢字で店名を書くとは、なかなか攻めた店のようだ。
古き良き日本の個人経営の定食屋のような、いい意味で少しさびれた風貌の店内には客はほとんどおらず、注文した料理を待っているのだろうか、美しい長い銀髪をポニーテールにまとめたスーツ姿の女性が目を閉じているにもかかわらず、何やらスマートフォンを操作しているだけだった。黒いスーツに赤のシャツ、白いネクタイをした彼女は一見するとマフィアのようにも見える。
「大日本帝国ゥ、味付きいなり寿司ィ」
「ハァイー」
「大日本帝国ゥ、もち米いなり寿司ィ」
「ハァイー」
そんなやたらと癖の強い日本訛りのロシア語が聞こえてきたかと思うと、左目に眼帯をつけセーラー服に身を包んだ自立人形がその女性の元に大皿に山盛りになったいなり寿司を運んできた。一方銀髪の女性はというと、餃子が運ばれる直前に各テーブルに置かれた小皿を1枚取ると同時におもむろに醤油瓶を手に取り、皿の中に注いでいた。
「はーいお待たせしましたぁ......。」
皿を運んできた人形の表情が怪訝なものになり、段々と声が尻すぼみになっていったことを全く意に介さず、銀髪の女性は慣れた手つきで箸を使っていなり寿司(味付き)を掴むと、醤油をたっぷりとつけてから口の中に放り込んだ。まだ目を閉じたまま。
「~~~~~......。」
よほど口に合う美味しさだったのだろう。声には出さなかったものの体を感嘆に震わせると、彼女は咀嚼しながら再びスマートフォンの画面に目を落とした。そしてネット記事を見ながら、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。
「ドイツ民主共和国で環境保護活動家が崩壊液を採取しようとしたとか......ウケるわね。」
「何て言ったんだ?」
「さんざん崩壊液は危険だって言われてるのに、いつの世にも現実に目を向けることのできない馬鹿はいるのね。ましてこんな形で他人に迷惑までかけて......」
「アラータ、あいつ見といてね」
「アイ」
その様子を厨房にいるもう一人の人形──スペイン人風だ──と見ていた62式はそう言うと厨房を出て店内の奥側の客席に移動していった。その席のテーブルの上には組み上げている途中のジグゾーパズルが、そしてパズルの額の外側にははめ終えていないピースが散乱していた。要は客が来ない間の暇つぶしだ。
「さてこのピースは......」
62式が席に着きピースを手に取りハマりそうな場所を探し始めると、ふと視界の隅に先ほどいなり寿司を注文していた女性が机上をじっと眺めていることに気が付き、驚いて顔を上げる。彼女が店に入ってきたときから一度も目を開いたところを見なかったが、今の彼女は無表情ながらも目を開いて
「1ピース足りないわよ。」
「......はぁ?!」
それだけ言うと、再び山盛りのいなり寿司をパクつき始めた彼女の背中を62式とアラータは訝しむ様な目で眺めることしかできなかった。
場所は戻って再び内務省。
その地下にある部署ごとに分けられた部屋が立ち並ぶ廊下で、年若い男と、白髪の中年の二人の男が立ち話をしていた。二人とも組織犯罪・テロ対策部に所属するエージェントであり、広義的に見ればボブと同じ部署にいた同僚になる。そして彼らもまたキリロフ少将の部下であった。
「現場からのたたき上げで評価されてたボブさんが未詳行きなんて、こりゃ飛ばされたんじゃないっスか?」
「ううん......。あっおい!」
中年の方が視線を向けた先には渦中の人、ボブ中佐が私物を詰めた段ボールを抱えながら廊下を歩いてきているところだった。その様子を見て年若い男は慌てて壁際に退き、道を開けた。ボブの表情は険しかったものの、彼らにはその真意を読み取ることはできなかった。
ボブはそのままフロアの端にあるコンクリートが打ちっぱなしの設備室のような部屋に入っていった。部屋に入った彼の目に映ったのは、いつの時代から使われているのかもわからないような古いリフトエレベーター──下手をすると冷戦期だろうか──と、コンクリートの壁に貼られたA4の紙に手書きで書かれた↑未詳特殊事件対応課の文字だった。
矢印に従って視線を上に向けるとなるほど、コンクリートの天井の一角がリフトのサイズ分だけ開いており、中二階のような形でフロアがあるのが見えた。
「......。」
彼がリフトに乗り上を見上げながらリフトのコントローラのボタンを押すと、リフトは金属のきしむ音をたてながらゆっくりと上昇を始めた。そして次第に、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課と書かれた部署を示すプレート──これは手書きではないきちんとしたもののようだ──が見えてきた。どうやらこんな冗談みたいな場所は本当に次の配属先のオフィスのようだ。
リフトが7割ほど上がりきったところで視線を感じ、天井から視線を下ろしていくと、ジェリービーンズの入った大きな瓶を抱えた、スーツ姿の老人がこちらを不安そうな目で見つめてきていた。歳は60歳を超えているだろうか?穏やかそうな顔とは裏腹に、肩幅の広さからはかつては相当体格が良かったであろうことが伺える。だがやはりその顔は内務省よりも、郊外のダーチャで農作業でもしている方が似合うだろう。
そしてリフトが完全に上がり切り、ガシャンという音を立てて停止すると、老人は恐る恐るといった様子で尋ねた。
「......どちら様?」
ボブは答える前に軍隊式のきれいな敬礼をすると、老人もかなり崩してはいたものの敬礼で応える。そしてお互いが腕を下ろすと、ようやくボブは口を開いた。
「本日付けで、内務省緊急対応特殊課より転属を命じられました。ボブ・シンカー中佐であります。」
「おぉ、君が!」
ボブが名乗ると老人は合点がいったといった表情で頬を綻ばせた。そしてゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「内務省、内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課大佐のアレクセイ・シモノフです。......あっ、グミ食べます?」
階級も年齢もボブよりも上だというのに、彼は丁寧な物腰で挨拶をしてきた。近年では珍しいタイプの人間だ。
「......結構です。」
しかしボブはグミの申し出を断った。慣れ合うつもりなど、毛頭なかったからだ。ボブにそうきっぱりと断られショックを受けたような顔を置浮かべたシモノフ大佐は、気まずそうな顔を浮かべた。
「えぇと......あぁそうだ、デスクはここを使ってもらえればいいから。」
彼はそう言うと、空いたデスクの一つを指しながら部屋の奥へと進んでいく。ボブがリフトの床に置いた段ボールを持ち直そうとする間にも、彼は穏やかな口調を崩さずに続けた。
「まぁご存じだとは思うけれど、うちの部署は例えば超能力で人を殺したなんていうような、科学では解明できないような......つまり警察も起訴のしようがないというか......立件のしようのない事件とか、そういうのを主に取り扱って──」
「要するに。」
シモノフ大佐がそう話している間に辺りを見渡していたボブは、とうとう口を挟んだ。
「頭がおかしいとしか思えないような相談とか、クレーマーからの苦情がたらいまわしにされて来て、それをのらりくらりとかわすだけでそれ以外には何もすることのないってことでしょう。」
「............ま、見方によっちゃそういうことだネ。」
ボブの言葉に対し、シモノフ大佐はへへっと愛想笑いで誤魔化した。図星のようだ。
「で、この部署は大佐だけですか。」
「あ、いやいや!もう一人、AK-12くんという自立人形のギャルが居てねぇ。これがなかなか──」
「ひどいわね、食い逃げなんて。」
「どう見たって怪しいから、内務省のエージェントだって言われても信用できないんだよ!!!!」
二人の自立人形がそう口論している様子を、シモノフ大佐はジト目で見ていた。食い逃げを疑われた方の人形は、銀髪を掴まれうんざりといった表情を浮かべている。掴んでいるのは先ほどの店の主、62式だ。ちなみにボブは自席に座って黙っている。
「たかが財布を忘れただけでしょう?」
銀髪の人形が目を閉じたまま、髪を掴んでいる手を振り払いそう反論した瞬間──
ガァン!!!!
と突然大きな音が鳴り響いた。しびれを切らしたボブが机の脚を蹴ったのだ。
「......おいくらになるんですか」
「7200飛んで2ルーブルです!」
「よく食べるんだよこの子......」
大佐はやれやれといった様子でそう言うと、おもむろに財布を取り出し代金を62式に手渡した。
「どうも、ご迷惑をおかけしました。」
「ツケにしなさいよ。」
「お前公務員だろ!」
「......ごめんなさい。」
その一連の流れを若干引いた様子で眺めていた62式は我に返ると、代金のお釣りを取り出し始めた。そして大佐にお釣りを渡すと、脅すような口調で銀髪の人形に話しかけた。
「......今度財布忘れたら、揚げるよ。」
「?!」
それを聞いて思わず目を開けた彼女を一瞥すると62式は帰っていった。
62式が出て行ったあと、ぎこちない動きで大佐に向けて彼女は頭を下げた。
「......すみませんでした。」
「メンタルモデルの更新に行ったんじゃなかったの?」
「......多分、部屋を出るときにすれ違った人形にスられたんだと思うわ......。」
「それは何だ」
「え──?」
大佐とのやり取りを見ていたボブが口を挟む。彼の視線の先、スーツの左胸ポケットに目を向けるとそこにはいなり寿司のストラップが。
「あーーーーーー!!」
彼女はそれを見るや否やストラップを引っ張ると、胸ポケットから薄型の財布が出てきた。
「こんなとこに入れた覚え無いのに──さっきのお金、返すわ。」
「あー慌てない、慌てない......!それより、こちらボブ・シンカー君。」
大佐はそう言いボブを紹介する。そして逆にボブに対しても彼女を紹介し始めた。
「ボブ君。こちら、AK-12君。」
AK-12はけだるそうに敬礼をしたかと思うと、急に目を開いてボブの方へと歩み寄っていった。
「この人が例の不思議な事件の......?!」
そして彼のすぐそばまで行くと、ガンを飛ばすようなレベルで顔を覗き込み始めた。
「AK-12よ。お会いできて光栄だわ。」
だがその一切にボブが無反応を貫くと、彼女は数秒で離れていった。
「以外に普通の人間ね。面白黒人枠じゃなさそうで残念......」
すっかり興味を失い荷物を取りに離れた彼女に変わり、大佐が間を取り持つように彼女の紹介を始める。
「こう見えて、I.O.P.の最新鋭の軍用自立人形でね......」
「だから何ですか」
「う......やりづらいな......。」
その後ろでAK-12はフロッピーディスクを端末に差し込み、何やら映像の再生を始めた。
「AK-12くん、それは?」
「合気道の達人らしいわ。何か見つかるかもしれないわよ。」
やがて映像の再生が始まった。どこかの道場で、合気道の達人の師範が門下生を手を使わずに倒していくという......よくあるインチキ動画のように見える。その映像を真剣に見る二人の様子を見て、ボブはあきれた様子で吐き捨てた。
「馬鹿馬鹿しい。こんなインチキ動画を見るのが仕事か......?」
そんなボブの言葉を聞き、AK-12は睨みつけるようにボブに視線を向けた。
「人間の脳は、通常10%しか使われてないらしいわ。残り90パーセントがなぜ存在して、どんな能力が秘められてるのか。それはまだ分かっていないのよ。」
AK-12はボブの反応を伺うように淡々と続ける。その瞳はいつの間にか開かれており、先ほどまでのふざけた態度はどこかへ消えていた。
「世の中には100以上の物の数を一瞬で記憶できたり、異常なまでの記憶力を持つ人間がいた記録が残っているわ。それらはサヴァン症候群って言って、実際に存在する人間の能力よ。......残念ながらこのフロッピーは眉唾物だけどね。」
「......。」
「通常の人間の能力や常識では計り知れない特殊なスペックを持った人間が、この世界には既にいると、私は思っているわ。尤も、人間に限った話じゃないかもしれないけれど。」
「超能力者だとか霊能力者って事か......馬鹿馬鹿しい。」
「私は会った事があるわ。身をもってその恐ろしさを知った。あの記憶は、メンタルモデルに焼き付いて離れない。」
AK-12はボブの横顔をじっと見つめた。
「──あなたもそうよね?」
AK-12がそう言うとボブは怒りを滲ませた顔でAK-12を睨みつけた。
「分かったような口を聞くな......!」
「ま、まあまあ二人とも落ち着いて.....。ラブ&ピース......なんつって」
大佐が二人に流れる険悪なムードに耐え切れず、仲裁に入る。ふと、その背後でここに入るためのリフトが動いている音が聞こえ始めた。ボブがリフトに顔を向けると同時に、若い女の声が聞こえてきた。
「入りまーーす」
「げ、ソーコムちゃん......!」
大佐はなぜかその声を聴くや否や、慌てて薬指の婚約指輪を外してリフトに小走りで向かって行った。その顔は困惑と驚きが入り混じった表情だ。
「な、何しに来たの???」
ソーコムと呼ばれた内務省の制服を纏ったその女の子──いや、目の色や猫のしっぽらしきものを見るに人形だ──はリフトのコントローラをぱっと手放すと、溌剌とした声で話し始めた。
「内務省 内務省国家保安局 未詳特殊事件対応課にお客様が。それでは、張り切ってどうぞ!!」
彼女がそう言いリフトから降りると、同じリフトに乗っていた男女はノリが飲み込めずに困惑した顔を浮かべた。
「仕事か......よかった......」
「初めてのお客様だわ。......いらっしゃいませ。」