SPEC~内務省国家保安局 未詳事件特殊事件対応課事件簿~   作:やまかえる

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おさらい

・マリウス・キップ
誕生日:不明。
職業:占い師。占いを生業とし、"キップの館"という占いの館のようなものを営んでいる。よく当たるらしい。企業のトップや政治家、軍人などの大物まで出入りしているらしい。アフリカ系ドイツ移民でドレッドヘアーの黒人である。
スヴィナレンコに死の予言を出した張本人。


File 1-2:拘束された"予言者"

"未詳"の執務室での会話から1時間後。私とボブ、それにシモノフ大佐の三人はモスクワ郊外の森にほど近い洋館の前に立っていた。ドイツ風の洋館の玄関前には鉄のプレートがかけられており、"キップの館"という文字が見て取れる。ここが例の占い師の店というわけだ。

 

 

「......待たせますね。」

 

ここにきてからずっと直立不動のボブがそう呟く。キップの店に入った私達は彼の占いの順番を待っている他の客──どいつもみな小金持ちだ──と同じ待合室で、かれこれ40分は待たされていた。

私はボブのぼやきに答える。

 

「予約が1年先までびっちりみたいだものね。仕方ないわよ。」

 

ふと廊下で足音がしたかと思うと、スーツを着た老齢の男たちが館の奥から出てくるところだった。どこかで見たことのあるような顔だが......

 

「あっ」

 

と、先ほどから気まずそうに黙っていたシモノフ大佐が、男の顔を見て思い出したといったように口を開いた。

 

「今のはI.O.P.の社長だね......。今朝の新聞で見た。」

 

すると彼らに続くように、まるで中世の呪術師のような恰好をしたこの占いの館のスタッフが奥から現れた。

 

「お待たせいたしました──」

 

その声を聞くなり順番を待っていた他の金持ち連中がようやくか、といった様子で立ち上がろうとする。しかしそのスタッフはそれを手で静止させ、続けた。

 

「──いえ、こちらのお客様です。」

 

スタッフが私達に向かって手を向ける。その瞬間周りの客たちからは不満の声が漏れ始めた。

 

「何よぉ......!」

 

「もう何時間待ってると思ってるのよ」

 

「いやね、横入りじゃなくて仕事なもんですから......。すいません、すいませんどうも......」

 

そんな彼らにペコペコと弁明している大佐を後に、私達はスタッフに導かれるまま館の奥へと進んでいった。

 

 

館の最奥、森に面した庭園が見える部屋の奥に彼、マリウス・キップはいた。確かに写真で見たようなドレッドヘアーの黒人だ。部屋の中央に盛られた土山の向こうで椅子に座る彼は、修道士が着るような黒い服を着てニコニコとこちらを見つめていた。

そして彼はひとしきり私達を見ると口を開いた。

 

「──どうぞ。次の鑑定までに五分ほどしかありませんが。」

 

「お手間は取らせません。.......明日の"パーテー"で、スヴィナレンコ氏が殺されるということについてなんですが......」

 

大佐がそう切り出すと、キップは申し訳なさそうな顔をした。

 

「本当に残念です。スヴィナレンコさんに聞き入れていただけなくて──」

 

「──冗談なら今のうちに撤回した方が身のためですよ。」

 

キップが言い終わらぬうちにボブが淡々と告げた。しかしそれを聞いたキップは毅然とした態度で応える。

 

「私には未来が見える。未来は絶対なのです......!」

 

「はい」

 

そう言い切った彼に対し、私は挙手をして発言を求めた。

 

「......何か?」

 

「未来は絶対なんだったら、3億払っても何も変わらないんじゃないかしら?」

 

そう。これは最初にこの話を聞いた時からずっと考えていたことだ。3億払っても助からないのなら、結局予言自体が無意味なものになる。しかし彼の口調は変わらなかった。

 

「未来を知れば今の自分を変えられる。今の自分が変われば未来が変わる!──これ、必定。」

 

「──申し訳ありませんがお時間です。そろそろお引き取りを。」

 

と、ここで傍に控えていた彼のスタッフがそう告げる。それを聞いて大佐はすぐに席から立ち上がるが、私は最後に聞きたかった、もう一つのことについて尋ねることにした。

 

「すいません。」

 

「なんでしょう?」

 

「出来れば、私達の未来を予言してもらえないかしら?私と──」

 

私は隣で仏頂面を保ったまま座っているボブを手で指し示し、媚びた声を出す。

 

「この人♡」

 

その様子を見てキップと彼の助手は困惑した表情を浮かべ始めたが、私は続ける。

 

「例えば......今夜9時頃、何が起きているか。」

 

「......先生、無駄なことはなさらないでください次のお客様が──」

 

スタッフの男がキップの方を向きそう言おうとしたが、キップは勢いよく右手をスタッフに向け静止すると大声で告げた。

 

「分かりました!!!!!!」

 

 

彼はそう言うと、背後のボウルに山盛りにされたレモンの山からおもむろに一つ取り出し、ヘタの部分を噛み千切った。そして噛み千切ったヘタ部分を傍に置かれたツボの中に──すでにかなりの量のヘタが溜まっているようだ──吐き捨てると、そのまま右手でレモンを握って部屋の中央に盛られた土山の頂上に少し絞ると、果汁が滴っているそれにかぶりついて啜り始めた。

そしてひとしきり啜り終えると、目をつぶったまま彼は呟き始めた。

 

「ラミパスラミパス、ルルルルル......ラミパスラミパス、ルルルルル......むっ!!!!!」

 

「!!」

 

謎の詠唱を2回終えた直後、彼は突然目をかっ開いた。思わずつられて私も目を開ける。そして彼はスタッフからペンと紙を受け取ると、私の方を何度か見ながら何事かを書き記し始めた。あれが"予言"らしい。

私の番が終わり先ほどと同じことをボブの時にもやり終えると、スタッフが私に便箋に入った先ほどの予言の紙を二枚手渡してきた。

 

「夜の9時頃、開けてみてください。」

 

「当たってたら私、あなたのこと信じるわよ?」

 

私が予言を受け取りそういうと、キップは満足そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「AK-12くん、もう行くよ?」

 

「あ、待って。」

 

大佐に呼ばれ、私は席を立つと椅子の後ろに立てかけていたキャリーバッグを手に取り部屋を出ようとする。が、ここにきてから姿勢を崩さずにいたボブが突然口を開いた。

ボブはキップをまっすぐ見据え、キップの方も身じろぎせずに見つめ返している。

 

「確か──"未来が見える"、とか言ったな。.......じゃあこの後、俺が何をするかも分かってるよな。」

 

「......ええ。」

 

「話が早くて良かった。」

 

ボブはそう言うと席を立ち、ここに来るまでずっと持ってきていた茶色の紙袋の中に手を突っ込むと何かの紙を取り出した。

そして畳まれたその紙を開き、キップに向けて見えるように突き出すとこう告げた。

 

「──逮捕する。」

 

「どどど、どういう事?!」

 

大佐が驚いた様子で戻ってくる。

 

「容疑は恐喝。......逮捕状です。」

 

「いいいいつ取ったの?!──あ、僕のサインだ......!」

 

大佐は驚きつつ逮捕状に目を通し、そこで自分のサインを見つけたようだ。おおかた中身を読まずにサインでもしたのだろう。

ボブは続ける。

 

「霊感で人を脅して金を取るのは、この国じゃ違法なんだよ。」

 

「あ、そっか。それもそうね。」

 

思わず私はそう呟く。そういえばそうだった。

 

「自分の予言を実現させるために、アンタがスヴィナレンコの殺害を計画している可能性もある。」

 

「な.......なんなんですかあなた達は──?!」

 

ボブの言葉に思わずスタッフが口を挟む──が、キップが勢いよく立ち上がり手でそれを制止する。

 

「すべては私の想定内!私は自らの身の潔白のため、拘束されるのです。そしてスヴィナレンコ氏は──パーティで必ず"毒殺される"......。」

 

「どくさつぅ.....?」

 

ボブはキップの宣言を聞き終えると、慣れた手つきで彼の手にハンドカフをかけて拘束した。かくして、今回の件の重要参考人の一人、マリウス・キップは監視下に置かれることになった。

 

 

 

キップの館を後にしてしばらく後。私達は内務省内の留置所にキップをぶち込んだ。正確にはオリの中に入れたのはボブだが。

容疑者が着るジャージを着たキップは房内に入れられると、こちらを振り向かずに話し始めた。

 

「こんなことしても無駄ですよ。未来は絶対です。」

 

「下らん予言なんて俺が阻止する。あんたがインチキだってことを、世の中に証明してやるよ。」

 

ボブはそう言うと留置所の房のドアを勢いよく閉め、留置所を後にする。

 

「さっすがSOBR出身のシンカー君、やることが違うねぇ......。」

 

先頭を歩くボブの背中に向かって大佐が感心したように零す。ふと、私はそこでさっきキップからもらった予言のことを思い出した。私は小走りでボブの隣まで追いつくと、顔の前に紙を差し出した。

 

「はいこれ。ボブのよ。」

 

「下らん。」

 

「ああぁぁぁぁぁ......!」

 

しかしボブはそれを受け取るや否や、一瞥することもなくその紙を便箋ごとビリビリと破り捨てた。そして傍にあったゴミ箱に叩き捨ててしまったのだった。

 

 

 

午後。私達はスヴィナレンコの秘書に案内され、ボブと二人で会場となるホテルの下見に来ていた。警備部に警備が頼めなかった以上、些か人数に不安は残るが私達で警備をしなければならなくなった以上下見は欠かせない。ちなみに大佐は別件の用事があるとかで不在だ。

既に会場のホテルでは明日のパーティのための準備が慌ただしく行われており、ホテルスタッフや業者が忙しそうにしていた。

 

「こちらの会場です。」

 

しばらく歩き、ホテルの大広間の一つに通された。ここが会場らしい。私が少し遅れて中に入ると、準備を行うホテル従業員たちの他にも、スーツを着てイヤホンマイクを着けた集団もいた。ボブが整列した彼女達に何やら指示を出しているのが聞こえてくる。

 

「当日の招待客の入場はそこの入口だけを使う。他の出入り口は、すべて封鎖する。」

 

私はそれを横目に会場内を見渡しながら呟く。なかなか広いところだ。

 

「ここがパーティ会場ねぇ......。」

 

その間にもボブはスヴィナレンコの秘書のヤーシナと何やら相談を始めた。

 

「廊下は外から丸見えです。狙撃されたらひとたまりもない。」

 

「近隣のビルにはすべて警備を入れております。自立人形を主体にしている民間軍事会社、グリフィン&クルーガーの警備ですが.......。大丈夫でしょうか?」

 

なるほど、やたら女が多いと思ったら彼女たちも私と同じ人形だったのか。もしかしたら顔見知りもいるかもしれない。

ヤーシナとボブが話している間にも、その背後では彼女達は自発的に当日の警備体制について何やら相談をしていた。ボブは彼女たちの方を向き声をかけた。

 

「対象を逃がす導線を確認しておいてくれ。」

 

ボブがそう言うと、警備隊のリーダーらしきサングラスをかけフェドーラ帽を被った女が答えた。

 

「分かってるさ。.......みんな、"ボス"からのご指示だ。仕事に取り掛かるぞ。」

 

彼女が警備部隊にそう言うと、整列していた人形達は一斉に散会してそれぞれの仕事に取り掛かり始めた。

彼女たちと入れ替わるようにして、何やら書類を持ったホテルの女性スタッフがこちらに近づいてくる。と、彼女はヤーシナの顔を見るや否や驚いたように声をかけてきた。

 

「ヤーシナ"先生"!ご無沙汰しておりますぅ......!」

 

一方のヤーシナはニコニコとしている彼女とは反対に彼女の顔を怪訝そうな顔で見つめ、ようやく思い出したといった表所で答えた。

 

「......あぁ、えー......ミトロヒナさん。」

 

「はい!」

 

「お元気にされてますか。」

 

「おかげ様で!」

 

彼女──ミトロヒナ──はそう言うとそそくさとヤーシナの傍に移動し、持っていた書類を彼女に見せた。その様子を見ていたが、何か引っかかる。ボブも同じようで、私とボブは訝しむようにして二人のやり取りを眺めていた。

 

「......あの、これ、スヴィナレンコ議員のパーティ会場の見取り図なんですけれど......どなたに?」

 

「ああでは、私が預かります。どうもありがとうございます。」

 

ヤーシナはそう言って彼女から書類を受け取り、目を通し始めた。一方のミトロヒナはそんなヤーシナの顔をうっとりとした表情で見つめ続けている。ヤーシナも気が付いたのか、困惑したような表情を浮かべていた。

しばらくしてミトロヒナが離れた後、ヤーシナはボブに書類を渡し始めた。

 

「これが見取り図、これが明日の招待客のリストになります。」

 

ボブはリストを開いて目を通しながら、ヤーシナに質問する。

 

「この中にスヴィナレンコ議員に恨みを抱いている人物は?」

 

ボブの質問は尤もだ。恨みを抱いているがそれを隠してパーティに参加、そこで復讐を──なんてのはザラにある。しかしヤーシナはありえない、といった表情を浮かべた。

 

「まさか.......。」

 

そのやり取りを見ていた私は午前中にキップが話していた"予言"を思い出し、ヤーシナの傍に近づく。

 

「ちなみにキップの予言では、"毒殺される"ということらしいわ。」

 

それを聞いたヤーシナは驚いた表情を浮かべる。

 

「毒殺......?!」

 

「タダで聞いちゃったわ。プププ......」

 

「あ.......では、飲み物と食べ物のチェックを入念に行わないと......!」

 

「ガスクロマトグラフィーという分析装置があるわ。当日、スヴィナレンコさんの口に入るものはすべてそれでチェックするからご安心を。これで一安心ね。」

 

私がヤーシナにそう説明していると、いつの間に移動していたのかボブが背後から声をかけてきた。振り向くと、彼はなぜか椅子の上に立っていた。

 

「AK-12!インチキな予言に惑わされるな。毒殺という言葉に振り回されると、警備の本質を見失うぞ。」

 

「うーわ、上から目線?」

 

ボブはそれだけ言うと部屋を後にした。私は何やら電話を終えたヤーシナに、気になっていたことについて聞くことにした。

 

「そういえば、スヴィナレンコさんは何やってるの?」

 

「今日は、O2TVのニュース番組にコメンテーターとして出演されています。」

 

「ふーん......会社の社長とタレントと政治家って、いっぺんにできちゃうくらい甘いものなのね。」

 

「スヴィナレンコ"先生"は、睡眠を削って努力なされています。」

 

そう答えるヤーシナに、私は少し意地悪な質問をする。

 

「ヤーシナさんもいずれは、議員って事かしら?さっきの人も"先生"って言ってたけれど。ぶっちゃけ、満更でもないんじゃないの?」

 

私がそう言うとヤーシナは少し固まり、苦笑しながら答えた。

 

「いえいえ、人前で間違えられると、困りますわね。......秘書はあくまで、裏方ですから。」

 

「行くぞ!」

 

と、後ろから再びボブの声がきこえてくる。ここでやることはもう済んだ、と言わんばかりに入口で私を待っていた。

 

「おつかれ山です。」

 

私はヤーシナにそう言うと、ホテル会場を後にした。さて、あとは戻ってリストの人物を確認しなくちゃ。

 

 

 

 

SIDE story:アレクセイ・シモノフ

ボブとAK-12がパーティ会場のホテルの下見に向かっていた頃。アレクセイ・シモノフはファンシーな雰囲気漂うカフェで一人、ハート形になったストローが入れられたドリンクを前にして席に座っていた。普段の仕事着のスーツはお世辞にもこの場所にあっているとは言いがたい。他の席に目を向けると、ロリータファッションに身を包んだ女の子達や、デートに来ているカップルらしき若者ばかりだ。

 

シモノフが恐る恐るといった様子で見るからに甘そうなドリンクを一口すする。と、トイレに行っていたらしい誰かが戻ってきた。その人物とは内務省ビル内にいた時とは違い、制服から私服に着替えたソーコムだった。彼女はシモノフと同じ席に戻り彼の隣に座ると肩掛けのバッグを座席に置き、何にやらごそごそと探し始めた。

そんな彼女にシモノフは顔を寄せて楽しそうに話し始めた。

 

「サボって来ちゃった。ハハ......。いや就職したとは聞いていたけど、まさか内務省とはねぇ......。」

 

「で、いつになったら結婚するの?私達。」

 

しかしカバンを漁り終えたソーコムは笑顔で振り返ると、シモノフの話など関係ないといった様子で切り出した。

一方のシモノフは苦虫を噛み潰したような顔で気まずそうに答える。

 

「いや.......だからぁ.......離婚が進まなくてぇ.......ハハハ──」

 

「ハハハじゃねぇから。」

 

シモノフは誤魔化すように愛想笑いで誤魔化そうとするが、ソーコムはバッサリと切り捨てる。表情も険しくなった。シモノフは慌てたように話を変えにかかる。

 

「あ、ソーコムちゃん、ご飯は?」

 

「いらなーい。門限あるし。」

 

彼女はそう言うとシモノフの手からドリンクを奪い取り、そっぽを向いて一人で飲み始めるのだった。


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