なんとあっけないことだろうか。
あふれだすものをせき止めようと、男は腹をおさえる。夜闇に紛れるために着たはずの真っ黒な白衣は、膨大な熱によって体に張り付き、袖のあたりは炎に包まれていた。
「...ぶっ」
思わずおかしくなって、笑いと同時に喉元からせりあがる重たい塊を吐き出す。
この日のために、わざわざアーコロジー内の親戚に頼み、成功した後の趣味のためにも2着そろえた漆黒の白衣。
今まで笑うことなどなかった、そんなしょうもない矛盾に思わず男の口角が上がる。
(彼は、うまくやったのだろうかね)
煙で目の前が真っ黒に染まりゆく中、横たわる男は、数刻前に別れた若い男を思い出した。
(無様な最期ではあるけど、ちゃんと仕事は果たせたよ...)
浅い呼吸を繰り返す。
男は何度もせき込み、肺に流れ込む液体を必死に外に出す。
その合間に、必死に酸素を吸い込む。
爆発の衝撃で破裂した酸素マスクは散り散りに砕け、いくつかの破片は男の顔に埋まっている。
すでに嗅覚は失われ、吹き飛ばされたときに背中を打ち付けたのか、四肢はまともに動かない。
しばらくすれば、男の中の血液も、すべて失われるだろう。
(モモンガさん...)
ふいに、仕事前に一瞬だけ見た、とあるメールを思い出す。
───ユグドラシル最後の日を、ナザリック地下大墳墓で一緒に向かえませんか───
男の目からすでに生気は失われている。
首都アーコロジー内で最も大きな建物の空間制御室の中で、5つにちぎれとんだ男は、静かに息を引き取った。
後日、アーコロジーの外にある、主人の死と同時に爆破されていた男の家からは小さな遺書が発見された。
誰の名前も記されず、ただ自分の死にざまを嗤ったその文章には、自嘲と達成感がこもっていたらしい。
空いた口からとめどなく真っ赤な涙を流す男の顔は、後悔と懺悔にひどく歪んでいた。
---
「またどこかでお会いしましょう」
「今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解できますが、せっかくですから最後まで残っていかれませんか───」
数秒前の会話の余韻が跡形もなくかき消えた、静かな部屋にぽつりと寂しげな男の声が響く。
黒曜石の円卓の上には、男の片手がそっと置かれている。
その真っ白な骨の手はゆっくりと握りしめられた。
男───
男の心の底で、ふつふつと真っ赤な何かが沸き上がってくるのがわかる。
「どこかでお会いしましょう......か」
かつては真っ黒な円卓を全員で───41人で埋めていたその部屋に、骸骨はただ1人で座る。
それは、さながら死した国に1人残された王の亡霊の姿にも見えた。
「どこで、いつあうのだろうね───」
モモンガの肩が大きく揺れる。
静かに醸成された怒りは、当然のごとく怒声とともに吐き出され───。
『ホシコ がログインしました』
視界の端にその文字をとらえたモモンガは、ハッと顔を上げる。
煮えたぎっていた怒りはあっという間に鎮静され、モモンガは彼女を迎えようと立ち上がる。
「こんにちわー。あ、モモンガさん」
「ホシコさん!!お久しぶりです!」
振り返り、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち出そうか一瞬迷っていると、円卓の間のドアが開き、緑色の小さな生物が入ってくる。
小学生低学年ほどの体躯をした精霊は宙に浮かび、「やっほー」のスタンプを送ってきた。
引退前と何ら変わらない挨拶に、モモンガは思わず笑う。
「2年ぶり...くらいだよね。義手の保証期限がこないだ切れちゃったし」
そう言うホシコは、動かない右腕を左手で軽く叩く。
彼女のあっけらかんとした物言いの中に、少しの自虐が混ざった。
「ああ...それは大変でしたね...。ともあれ、今日は来てくださってありがとうございます」
モモンガの律儀なお礼に、ホシコは微笑む。
「いーえ。義手の調整で仕事もストップしなきゃいけなかったし、モモンガさんに呼ばれたわけだもの」
「本当、ありがたい限りですよ」
ホシコは昔から決められていた自分の席ではなく、空いているモモンガの席の隣に座る。
片腕が使えず、全ての操作を右腕で行える設定にしたホシコの動きはぎこちない。
そうして、二人はわずかな時間の間、思い出話を咲かせることにした。
体感型RPGゲーム、DMMO-RPGのひとつであり、その代表的な作品のひとつ。
広大なワールドに、無数の職業、種族、魔法───。
ほかの追随を許さないほどの自由度を誇るそのゲームは、一時期国内において爆発的な人気を引き起こした。
ビジュアル創作やシステム構築なども自由度が高く、就職試験で自らのスキルを示すのに使われたことがあるほどだ。
そんな超人気ゲームは───その12年間の歴史に、今日幕を閉じる。
全盛期の人気は見る影もなく、最終日の今日は各ワールドにせいぜい数百人程度。
これでも、ここ半年の中ではいちばん大きい数だ。
過去に栄光を手にした巨大ギルドですら、一桁で集まって細々と盛り上がっているところが大半。
そんなギルドのひとつに、アインス・ウール・ゴウンがある。
最大人数は41人とほかのギルドに比べて少なく、最後の日まで欠かさずインしていたプレイヤーもたったの一人。
しかし、彼らがたてた記録は、ほかのトップギルドに比べても目を見張るものがある。
バランスブレイカーと有名な「ワールドアイテム」を11個と、2番目のギルドの4倍近くの数を所持し、1500人ものプレイヤーのギルド拠点大侵攻を全滅させるなどの伝説もうちたてた。
対アインズ・ウール・ゴウンwikiが作られるほどに有名なギルドだ。
そのギルド長についているのが、着飾った骸骨───
見た目よりも圧倒的に頑丈な骸骨に、藍色の入った黒いアカデミックガウンをまとっている。
骨ばったというか骨そのままの指には、9個の豪華な指輪がつけられ、肋骨の内側には「モモンガ玉」と称される彼専用のワールドアイテムが装備されていた。
そして、その横に座り、楽しげに会話をする、小さな緑色。
彼女は、
ギルド拠点───ナザリック地下大墳墓攻略よりも後に入ってきた彼女は、一応100レベルに到達しており、精神系魔法詠唱者としては上の下ほどに食い込むことはできるものの、ガチビルドには程遠い───強さは全く高くない。
彼女がユグドラシルで力を入れたのは、デザイン。
彼女は、本業のイラストレーターを活かし、ナザリック地下大墳墓の設計に携わった一人だ。
身に纏う緑色のドレスは、
ドレスがなければバッタの羽のような十数枚の半透明な羽は、ドレスの裾も相まって幾重にも布が重ねられているがごとく、煌びやかな色を放つ。
背中からなびくように後ろに伸びる4枚の羽根も、頭を一周回るようについている
高額で、課金者すら手に出しづらい異業種用のアバターチェンジも行い、薄緑色の容貌はさながらどこかの国のお姫様のようであった。
モモンガともそこそこ交流があり、ホシコのレベルアップを手伝ってもらったり、第六階層の景色をブルー・プラネットと3人で話し合ったりするほどの仲だった。
彼女は、およそ2年前不慮の事故で利き腕を失い、それと同時にユグドラシルを辞めている。
しかし、自分の努力の結晶であるそのデータを───重課金の結晶ともいうが───なかなか捨てられず、ついに最後の日まで残していたわけだ。
「よかったですね、仕事が戻ってきて」
「義手に慣れるまで時間はかかったけど、どうも上の人たちに作品が気に入れられてたみたいで。───ふふ、何とか食いつなげたんだ」
そう笑うホシコは、ぎこちなくあたりを見渡す。
「懐かしい...。本当に、最後までここを守ってくださって、ありがとうございました」
「いえ、ギルマスの役目ですから」
かしこまるホシコに、寂しそうにモモンガがつぶやく。
どこか遠くを見ている骸骨に、ホシコはことさら明るく言った。
「そういえば、
「ええ。俺も使ってないですし、ホシコさんのも多分部屋にありますよ」
「じゃあ取りに行こう!」
「いいですね!せっかくですし、強欲と無欲持ってきて4レベル分消費しちゃいましょうか」
ホシコの、「名案!!」といったような勢いに、意図を悟ったモモンガは、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移魔法を使い宝物殿へと向かう。
その指輪も部屋に残されているホシコは自分の部屋に行き、
大量のユグドラシル通貨によって金色に輝く第一の部屋を抜け、第二の部屋へ行く。
しばらくぶりだったために、うろ覚えなパスワードを入力するのに多少時間がかかった。
「あと10分か。まあ、間に合うだろう」
第二の部屋への入り口を抜け、第三の部屋の入り口にモモンガの作ったNPC、パンドラズ・アクターが待機していることを確認し───。
その手前の床に、見覚えのある水死体のようなものが転がっていた。
(───あれは...)
その不気味な見た目に、古い記憶が刺激され───。
「っ!?タブラさん!?」
モモンガは転がるように駆け寄った。
宝物殿に転がっていたのは、かつてのギルドメンバー、タブラ・スマラグディナだったのだ。
「タブラさん?なんでこんなところで蘇生待ち状態になってるんですか」
近づきながら
しかし、黙ったまま倒れ伏すタブラはピクリともせず、杖の魔法が消費された表示も出ない。
(ここで何があった?自滅魔法?それとも復帰アカウントは死んだ状態から始まるのか?)
急な出来事に頭が混乱し始める。
蘇生は効かないようなため、とりあえず短杖をしまい、タッチモーションを選択する。
「───グ...」
「っ!タブラさん!」
様子のおかしい仲間を抱き上げようとするが、画面には、瀕死の仲間を運ぶ選択肢が浮かんでこない。
(体の不調か?ニューロンナノインターフェースの不具合か───)
不安に思ってモモンガがタブラを覗いていると、むくりと起き上がったぶよぶよの水死体が、ぼうっとした様子でモモンガを見上げる。
その様子に、ほかに感じた小さな違和感を塗りつぶすほど大きな不安が広がる。
(何かあったのかもしれない)
とりあえず状況をホシコに伝え、ギルドメンバーでも冷静な判断ができるほうだった彼女に問題を共有しようと空を叩く。
伝言の魔法を使う寸前。
「モモンガさん...?」
いやに弱弱しい声で、目の前の
「タブラさん!大丈夫ですか?具合が悪いならすぐにゲーム落として───」
「モモンガさん...」
「タブラさん?」
呆然としたタブラは、ぼんやりと同じ言葉を繰り返すのみ。
見たことのない仲間の変調に、モモンガは焦る。
「タブラさん。とりあえずゲーム落ちましょう。最後の日に来てくださったのは、ほんとに感謝してます。無理をされて来てくれたことはうれしいですけど、まずは───」
「いい、夢だ...」
「は?」
ぼうっとしていたのから、唐突にうれしそうな声を上げたタブラに、モモンガはもう一度困惑する。
(いや、やっぱりおかしい。とりあえずホシコさんを───)
もう一度伝言をかけようとすると、今度はタブラがすっくと立ちあがった。
「えっ!?タブラさん?」
「モモンガさん、ここで何を───。ああ、ワールドアイテムだね。取りに行こうか!」
途端にテンションの上がったタブラを慌てて追従する。
さっきとは打って変わって鼻歌すら歌いだしたタブラは、所持していたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを脇のパンドラズ・アクターに渡し、ずんずん奥に進む。
『ほ、ホシコさん!?ホシコさーん!!』
『あ、モモンガさん。王座の間についたけど、どうしたの───』
『タブラさんもインしてます!!』
『え、本当!?あたしもそっちに向かうね。───あ、でもタブラさんのログイン表示されてないよ?』
自分のNPCに指輪を預け、画面右下のギルドチャットを見る。
『本当ですね。最後の通知がホシコさんのログインてなってます』
『だよね?もしかしたら結構前から───』
「さて、最後に使うワールドアイテムには、どれを選ぶのかい?」
『あ、すみません。ホシコさん、王座の間に直接転移するんで、そこで』
「タブラさん...。いえ。強欲と無欲ですよ」
最後に見た時よりも桁違いに明るいギルメンに心配もあるが、まずモモンガの心はあたたまる。
無理をしてでも最後の10分でも、タブラはゲームにインし、モモンガたちとアインズ・ウール・ゴウンの最後の時間を楽しく過ごしたいと思ってくれたのだ。
こうしている今も終わりの時間は迫ってきている。
(タブラさんも無理しているかもしれない。けど、最後の時間なんだ。急ごう)
「おお!ということは願いの魔法を最後にパーッとやりたいわけだ!」
「その通りです。タブラさん、ホシコさんも待ってます。急ぎましょう!」
寂しげな王の背中はどこへやら。
重々しく開いた大きな両扉の向こうに広がるのは、数百人入ってもなお余裕がありそうなほどに広く、アーコロジー内の小学校であればすっぽり入ってしまうだろう程に高い広間。
王座の間だ。
ワールドアイテムである諸王の王座の後ろ側を除いた3辺の壁には、ギルドメンバー41人分の旗が掲げられ、王座の後ろには大きなギルドの旗が掲げられる。
天井には巨大で精緻な造りのクリスタルに、王座の反対側には世界的宗教絵画を真似て彫られた悪魔と天使の扉。
ユグドラシル屈指の装飾が施されたその空間には、人が立ち入ってはいけないような神秘的な空気が漂っている。
レッドカーペットを真っ直ぐに、圧倒的な威圧感を放つ王座のすぐそばに立った2人は、あたりを見渡す。
ここで待っているはずのホシコはおらず、代わりに真っ白なドレスを着た女性と、真っ白なひげを蓄えた執事、それに六人のメイドだけが広い空間に残されていた。
(あれ?執事たちは王座の間にはおいてなかったような───)
「あ、モモンガさん。お待たせ!」
お香のようにわずかに昇った疑問は、駆け寄ってくる緑の精霊によって立ち消える。
彼女の手には、円卓の間に飾られていたギルドの象徴、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが握られていた。
「タブラさん!久しぶり!」
「ええ、ホシコさん。しばらくぶりだね」
王座のもとまでたどり着いたホシコは、若干申し訳なさそうに武器をモモンガに手渡す。
「せっかくなんで、10階層のNPCたち全員集めちゃいました」
(ああ、道理で)
怪しげな黒い光を基調として、様々な色の光を放つスタッフを握りしめ、改めてあたりを見渡す。
さながら一振りの剣のような黒スーツの執事はたっち・みーの作ったNPCだ。
そして、手甲と足甲を身につけ、金や銀、黒といった色のマンガに出てきそうなメイド服を身に纏う戦闘メイドたち。
シニョンの髪形は、源次郎のだ。
ストレートはガーネット。
ポニーテールは弐式炎雷。
三つ編みは獣王メコン川。
ロールヘアはヘロヘロ。
夜会巻きはやまいこ。
王座の間の前で一列に並ぶ彼らは、それぞれギルメンの作成したNPC。
いわば、子供たちだ。
(なんて、NPCに人格なんてないしな)
おもわず苦笑する。
両隣を見れば、二人も何かを思い出すように、目を細めてNPCをみていた。
そんなタブラの視線の先。
アルベドと名付けられ、創造者のタブラによって守護者統括という設定を与えられたNPCが───。
「あれ?これって、ワールドアイテムじゃない?」
「本当ですね。
アルベドの手にあるのは、見覚えのあるワールドアイテム。
王座の間にはあまり来なかったために確認してなかったが、このNPCにワールドアイテムを持たせるという話はなかったはず。
「タブラさん...」
「ふふ、バレたね」
「全く...。まあ、最後の日ですし、許しますけど」
悪びれない様子で穏やかな声をだすタブラに、しょうがないな、と振り返る。
「時間もないですし、最後にとんでもないお願いでも糞運営にしてやりましょうか」
「何がいいかな?」
「課金した分全額返金とかどうだろう」
「はは、タブラさんも廃課金でしたもんね」
「そういえば、私たち設計班とデータ量でもめた時もあったね」
「なんせ、ギルドデータ総量の3割はタブラさんですから」
懐かしい話に、3人でひとしきり笑う。
(ああ、こんな時間がまだ続けばいいのに)
モモンガは、心の底からこの空気を惜しむ。
残り時間は三分あるかないか。
もう、時間だ。
「それよりも、その恰好のままでいいのかい?」
そういってタブラが指さしたのは、モモンガとホシコの装備。
ホシコはともかく、モモンガはあまり見栄えのしないサブ装備をつけていた。
なるほど、とモモンガはアイテムボックスから
先ほどのよりもいっそう深い漆黒に包まれたモモンガから漂うのは、さながら死神のオーラだった。
「あたしは今持ってないから、このままでいいよ」
ホシコは緑色のドレスのままくるっとターンする。
デザイン班なだけあって、細部までしっかりと凝ったそれはリアルに持ち込めたら国宝級と言えるだろう。
「ああ、みなさんのは宝物殿のアヴァターラに飾ってありますよ」
ふと、タブラを見てみると、種族柄装着できる装備の少ない脳食いは、頭を覆うわっかなどが引退前にモモンガに預けたメイン武器になっている。
「あれ、いつの間に武器とったんですね」
「まあ、これで最期だから」
どこかかみ合わない言葉を交わしつつ、まあいいかとタブラから小手を受け取る。
片方は悪魔のごとく真っ黒でとげとげした見た目、もう片方は赤子のごとき陶器のような見た目の小手。
その名も、強欲と無欲。
無尽蔵に経験値を貯められるワールドアイテムで、経験値を消費して行われる様々を肩代わりさせることができる。
「じゃあ、はい」
そうしてホシコが取り出したのは、3つの流れ星がきらめく指輪、
3回まで運営にお願いをすることができ、4レベル分まで経験値消費を増やすことで、その選択可能性は広がる。
ボーナス時期を狙って500円ガチャに現れたその指輪は超希少アイテムと知られているが、なんだかんだ3人とも手にしていた。
「いえ、俺も持ってます」
モモンガも、アイテムボックスから指輪を取り出す。
見ればタブラも空中から取り出していた。
「タブラさんも持ってたんですね」
「まあ、モモンガさんほど苦しみはしなかったけどね」
その言葉に、二人は笑う。
「あの時は、お気の毒さま」
「ほんとですよー」
当時の苦しみが蘇ってくるようだ。
数ヶ月分のボーナスをつぎ込んだ指輪を、思わずそっとなでる。
(あの時に比べたら、今この瞬間は、とんでもなく幸せなはずだ)
3人でユグドラシルの終わりを迎えることができるのだ。
もう、思い残すことはないかもしれない。
「それ、どんくらいたまってる?」
タブラに問われ、受け取った小手を装着する。
「あー、10レベル分ですね。全然足りないです」
「じゃあ、4,3,3で3回お願いしましょうよ。できません、みたいなお返事も来ないように、終わる瞬間に!」
「いいですね!そうしましょう!」
モモンガは二人に勧められて王座に座り、右にタブラが、左にホシコが、さながら護衛のように正面を向いて直立する。
「じゃあ、何にしよっか」
先手のホシコが、モモンガから受け取った小手をつけて2人に問う。
「どうしましょう...」
「いざ聞かれると本当に迷うね」
時間がない中、いい案が浮かばずにうんうん唸る。
すると、あっとホシコが小さく声を上げ、名案だとばかりに手包みを打つ。
「なにか浮かびました?」
ホシコは、うれしそうに笑い、もったいぶって指輪に願う。
「I wish───アインズ・ウール・ゴウンのみんなの中に、ずうっと、アインズ・ウール・ゴウンがありますように」
(ああ...)
その願いを聞いて、モモンガは思わず泣きそうになる。
中には嫌な思い出だと忘れたい人がいるかもしれない。
責任を感じて、もう二度と戻るまいと言った人が実際にいたのをモモンガは知っている。
(けれど、けれど...)
傲慢で、ひとりよがりで、身勝手かもしれない。
それでも、最後までずっと守ってきたナザリック地下大墳墓が全員の思い出に残るなら、自分のしてきたことがすべて報われたような気がした。
「私も、死んでも覚えてるよ」
「---ありがとうございます。ホシコさん、タブラさん」
「ギルドマスターも、最後までここを守ってくださって、本当にありがとうございました」
思わず、涙があふれた気がした。
(ああ、そうだ、最後はこうでなくちゃ)
「じゃあ、次は私だね」
厳かに、小手を受け取った脳食いは頭を震わせる。
「モモンガさんが脱童貞をして、子供がすくすく育つように。とかどうかな?」
「雰囲気ぶち壊しですよタブラさん!!」
そういって、三人で思いっきり笑った。
いつもは女性メンバーの前では下ネタの話など───ペロロンチーノを除き───絶対にしないが、ホシコもモモンガもタブラも、みんなで笑った。
「冗談だよ。I wish───アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが、子孫を作れるようになって───その血は決して何物にも脅かされないように」
「言い方変わっただけ...。それ、何の神話ですか?」
「...いや、私の言葉だね」
いつになく神妙な言葉に、ふと横を見る。
どことなく、うれしそうで、それでいて寂しそうな顔にも見えた。
「こんなんじゃ、運営もかなえてくれないかも」
「ふふ。限度を知らない運営なら、なんてことないかもね」
「ははは!これで俺にも子供が出来たら、運営様様ですね」
「まあ、まずは子供じゃなくて、彼女からかな」
「ええ」
残り1分を切った。
改めて、王座の間を見上げる。
ギルメン一人一人の旗を見上げれば、彼らがどんなアバターをしていたか、どんな境遇だったか。そして、最後に何と言って引退したかが、昨日のことのように鮮明に思い出される。
「モモンガさん。最後のお願いをしよう」
「ほら、モモンガさん」
タブラから、強欲と無欲を受け取る。
装着してみれば、残りの経験値は4レベル分残っていた。
「最後に言うことは、決まってますよ」
その言葉に、隣の二人も笑う。
「ええ、あたしも」
「もちろん私もだよ」
残り30秒。
「二人とも本当にありがとうございました」
「いえいえ。あたしもユグドラシルには楽しい思い出ばっか残ってるから」
「私も、いい夢を見させてもらったよ。本当に」
全員が、走馬灯のように駆け巡る思い出を脳内に焼き付け、かみしめるように言葉を吐いた。
この先モモンガがほかのゲームをするかわからないし、リアルでは仕事に明け暮れているモモンガが二人に合うことはないだろう。
残り10秒。
強欲と無欲を発動させ、
ふと、アルベドが目に入った。
(願わくば、ナザリック地下大墳墓で幸せに暮らすことを)
そう考えて、静かに笑った。
残り5秒。
「───I wish」
モモンガは、静かに口を開く。
長い間一緒にやってきた二人の仲間も、同じタイミングで息を吸ったのがわかった。
(長い長い12年間に、たくさんの感謝を込めて)
「「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」」
そして、長きにわたりDMMO-RPGのタイトルを思うままにしていたゲーム、ユグドラシルは、その歴史に幕を下ろした。
---
「「「「「「「栄光あれ!!」」」」」」」
3人の願いが余韻を残して消えないうちに、聞き覚えのない7人の声が王座の間に響いたのがわかった。
「あれっ?」
隣のホシコが、困惑したように声を上げる。
反対のタブラも呆然としているのが見て取れた。
そして、モモンガも、目の前の光景に目がとらわれて動けない。
それもそのはずだ。
「おかえりなさいませ。ホシコ様、そして我が創造主たるタブラ・スマラグディナ様!!我々は御方々のご帰還を心よりお待ちしておりました」
目の前の、人格を持たないはずだった乙女は、まるで命をある人のごとく言葉を発し深々ときれいな礼をする。
(どう、いう。どういうことなんだ...?)
突然の出来事に、モモンガは銅像のように止まるほかない。
頭を上げたアルベドは、微笑みを感謝と愛情でさらに深め、一歩前に出て片膝をつく。
「そして、我らが至高の御方々をまとめあげるモモンガ様!!御方々のご帰還までこの地に残ってくださったことに、感謝の思いを禁じえません!!」
端に直立していた一人の執事と6人のメイドたちも、片膝をつき、首を垂れる。
「慈悲深きモモンガ様に、さらなる忠義を!!」
ユグドラシルは終わりを迎えた。
しかし、新たな世界もまた、一つの終焉とともに始まったのだ。
初めまして、柊楓です。
作品紹介にある通り、とある作品に感化されて筆を執るに至りました。
三カ月で20万文字をめどに書いていくつもりです。
ので、四月二十日くらいまでは毎日投稿となるでしょう。
それ以降は知りません。この文を書いているのが二月の中盤なのでストックはあると思いますけど。
かなり長めのシリーズになりますが、ぜひお付き合いよろしくお願いします。
というわけで
<捏造設定>
ギルドの女性が一人増えました。
リアルにおけるすべての出来事は作者の妄想です。
明らかになっていない設定や原作で全く出番のない精神系魔法は、作者の捏造だったり他作品から拝借したものだったりします。
まあ、その都度簡単に説明は入れますけどね。