「それで、見せたいものっていったい何なんですか?」
「それがね、絶対2人も驚くものだよ」
「それは楽しみだね。復活のようなことになったとはいえ、私も一度リアルで死んでるから。いい刺激になると───。いや、もしかしたらこれがすべて夢の可能性も」
「タブラさん?戻ってきて!いいものあるから!!」
バッドトリップしかけたタブラを引き戻しながら、3人のプレイヤーは霊廟の地下を、その先に待ち受けるものを期待しながら歩く。
自分たちと同じくらいの強さを誇る守護者たちとの謁見という最大の難関を乗り越え、モモンガたちは第六階層から転移した後はひたすら体の力を抜いていた。
これがユグドラシルⅡでないとはまだ言えないため、しばらくして現実世界に戻る可能性もある。
しかし、それと同時にこの世界で一生支配者として肩ひじ張って生きていかなければならない可能性だってある。
なにせ、
そんなことを覚悟して、そして彼らの憧れと敬愛を多分に含んだまなざしを見てしまえば途端に疲労が押し寄せてきてしまった。
リアルの時とは違い、体に疲れがたまっている感じはしなかったが、これは精神的な疲れだ。
おそらく、これもこの姿になった影響だろう。
結局、第十階層にセバスが戻ってきたことで休憩は切り上げられ、3人は現在第一階層にいる。
(あまり興奮しないホシコさんがすごいって言ってるくらいだし、さぞすごいものがあるんだろうな)
と、モモンガはただ漠然と思う。
ああいった喜びようは、自慢の絵が広告に使われたり、それぞれのNPCが完成した時にしか見たことはなかった。
そう思えば、彼女にとっての一番の思い出は、ナザリック地下大墳墓を設計した、あの頃だったのかも知れない。
(仕事もうまくいってるようだし、リアルに戻りたいって言うんだろうな)
家族のいないモモンガに、話に聞く限り自分の命すらないというタブラ。モモンガもタブラも元の世界に戻りたいと思わないかもしれないが、ホシコのためにも、元の世界に戻れる手段は見つけておいたほうがいいだろう。
うきうきと弾むホシコを先頭に、霊廟の広い階段を上る。
「お、月明かりですね」
霊廟の入り口から漏れ出ているのは、アーコロジー内では時たま見れるという月の明かり。
石畳はうす藍色に光を反射し、どこからか入ってきたのか小さな虫も飛んでいる。
「ほら、もうすぐですよ!」
嬉しそうなホシコは───霊廟の門をくぐると、ぴたりと動きを止めた。
(敵か!?まずいっ)
とっさにモモンガは体を霊廟のわずかに開かれた門へと滑り込ませ、ホシコの前へと出る。どちらも後衛職なので、防御力のやや高いモモンガが身代わりになったのは効果として微妙なところではあるが...。
アイテムボックスから取り出した真っ黒な杖を霊廟の先の墓地に向けると、そこには巨大な悪魔が三体並んでいた。
果たしてこれがナザリックの存在なのか、はたまた我々を監視していた他ギルドの所業なのか───。
次に起こす行動を迷っていると、その後ろから、真っ赤なスーツを身に包み、真っ赤なネクタイを巻いた、さながらどこかの敏腕執事のような男が現れる。
銀色の大きなしっぽに、眼鏡の奥の宝石のような眼球。
その名も───
「デミウルゴス、か」
「おや、モモンガ様。それにタブラ様、ホシコ様。お伝えいただけましたならば、すぐに挨拶にむかったものを」
階段を駆け寄り、モモンガたちの前でデミウルゴスはひざまずく。
彼に召喚されたらしい悪魔たちも、急いで階段を降り、同じようにひざまずいた。
「して、近衛も連れずにここまでいらっしゃるとは、いったい何事でしょうか」
顔を上げた眼鏡の悪魔は、いぶかしげな顔をする。
それもそのはず。
九階層から転移して第一階層に来ようとしたとき、メイドのホムンクルスたちから、『近衛をお連れしてください』と必死にお願いされた。
もちろんそんなものは必要ないし、せっかくホシコが見つけた何かを、3人の間で共有したかった。
しかし、
(ここにデミウルゴスがいるのは聞いてない...)
確か、ウルベルト・アレイン・オードルによって製作されたこの悪魔は、かなりの知者とされていたはず。
「極秘の任務だ」と言い訳を使ったメイドたちとは違い、モモンガのつたない嘘を暴き何が何でもついて来ようとするだろう。
「地表部に出て、ホシコさんの望んだものを見に行きたいのだ。すぐ戻るゆえ、供はいらん」
「お待ちください。供の一人もつけずに外に出るなど危険でございます。すぐにでも同行する群を編成いたします。なにとぞお時間を...」
泣きそうな顔で地獄の守護者は懇願する。わかりきっていたことではあるが、はっきりと感じてしまう。
(め、めんどくさい...)
背後のホシコも困ったようにタブラに顔を向ける。
ふう、とため息を一つ吐き、タブラはモモンガに提案した。
「仕方ないですから、デミウルゴスだけでも連れていこうか」
「───そうしましょうか。デミウルゴスよ、お前の不安もよくわかる。だが、情報の乏しい今こそ完全な隠密を必要とする。だが、そうであっても拠点のそばくらいは確認せねばならない...。わかるよな?」
何を説明するかあやふやになり、言葉尻がテキトーになった
しかし、それを聞いたデミウルゴスは嬉しそうに顔を上げる。
「私のわがままを聞いていただき感謝いたします、モモンガ様、タブラ様、ホシコ様」
「よい。では、先に行くぞ」
「承知いたしました。では、お前たちよ───」
魔将たちに命令を下すデミウルゴスの脇をすり抜け、墳墓の外へと出る。
さながら小学生のような大きさのホシコが行く先を見送る。
ホシコはその体躯に対して大きな幾枚もの羽を羽ばたかせ、空を飛んだ。
その姿は、背景の星空と相まって、ひどく幻想的に───。
「ほら、これ見てよ!!」
いつもよりはしゃいで、月明かりに青くかがやく妖精は、星空のもと宙に浮かぶ。
モモンガも、タブラも、言葉を忘れて思わず空を見つめる。
「素晴らしい」
一面に広がる空には、今まで見たこともないくらい多くの星が、燦然と光り輝いていた。
ブルー・プラネットが作った第六階層の夜空とも、比べ物にならないほどの満天の星空。
モモンガは、
地平線が見えそうなほどに高く上がった2人は、ただじっとその星空を眺める。
リアルでは絶対に見られないだろう、何物にも犯されたことのないような、処女の空。
かつてありのままの自然を標榜した仲間が作った最高傑作ですら、見劣ってしまうほどに、その景色は綺麗だった。
「はあぁ...」
形態を変えたデミウルゴスが昇ってくる前で、ホシコは万感の思いのこもったため息をつく。
(一体、この景色を見たホシコさんは、どんな顔をしてるんだろう)
彼女も、ブルー・プラネットとともに第六階層のビジュアルを担当した一人だ。
何よりも風景画を描くことが好きだったホシコは、これを見て何を思っているのだろう。
ふと、気になって、横を見てしまった。
「っ...」
月の光で美しい青に染まったその横顔は、彼女の流す涙によって濡れていた。
そんな、今まで見たことない涙と見たことないくらいにきれいな笑顔は、思わずその雰囲気と相まって、モモンガにひとつの歴史を作らせる。
「本当に綺麗...」
「ええ...。ブループラネットさんが見たら、いったいなんて言うんでしょうね...」
タブラは昇ってこないようだったが、おそらく地上でゆっくり見ているはずだ。
オーバーロードの身で精神が沈静されやすいことはこれまででわかったが、じわじわとモモンガの心に広がる温かな感慨は、いい塩梅でモモンガに残る。
「あたし、決めた」
月から舞い降りた精霊かの如き美しさをまとう彼女は、何か決意を持ったような表情でモモンガのほうを向く。
精霊の真っ青な目を見つめ、次の言葉を待つ。
「あたしは、この空を守りたい。いつかくるかもしれないほかの仲間にもこれを見せてあげて、一生、この澄み切った夜空を見ていたい」
その言葉を聞いて、モモンガは地面を見下ろす。見渡す限りでは、大きな動物も何かの建造物の姿も見えない。
自分たちと同じようにプレイヤーも来ているだろうという不安も心に広がるが、それ以上に普段強い感情を見せない彼女の言葉に惹かれた。
この世界に棲む生物や、仮想世界よりも美しい世界が見られるのではないかという期待が、モモンガの口を動かさせた。
「ええ。見せてあげましょう。3人もいるんです」
視線を上げ、もう一度星空を見て、光る雫を流す精霊を目に移す。
「この世界を手に入れて、この箱庭を宝石箱のように丁寧に、丁寧に守れますよ」
それを聞いた背後の悪魔が、形態変化によってカエルのようになった顔を驚きから喜びに変える一連の流れは、モモンガにもホシコにも見えない。
ただひたすらに、言葉には表せないほどの美しさを静かに堪能した。
---
「しまったなあ...」
赤くならない骸骨の顔にモモンガは感謝しながら空中を滑る。
あれからしばらく夜空を眺めていたが、はたとタブラが昇ってこないことに気づき、なんとも申し訳ないような気持ちで地表へと降りる。
それと同時に(あれ、今俺黒歴史作らなかったか?)と途端に羞恥心がほかの感情に勝り、表情を変えないまま悶えた。
「た、タブラさん、見えませんね...」
そういいながら一足先に降りたホシコは、あたりを見渡す。
モモンガも同様にあたりを見渡すが、タブラの姿は見当たらない。
「───まさか」
思わずモモンガがつぶやくと、ホシコも同じことを思ったようで、再び
「デミウルゴス!タブラさんがこの付近にいないか探せ!」
「かしこまりました」
(そんな。まさか。まさか、まさか、まさか、まさか!)
再び飛行を使い、地表を探す。
ナザリック地下大墳墓を囲うように地表が波打っている。墓地の外壁の上でマーレがそれを行っているのを見つけ、タブラを見ていないか尋ねるため、そばに急降下する。
いくら見渡しても膨れた水死体はおらず、空を飛ぶデミウルゴスにホシコ、霊廟から出てきたアルベドに見知らぬ老人しか確認できない。
仕事をねぎらうついでに、タブラのことを聞こうと着地し...。
(待てよ?見知らぬ老人だと?)
遅れて違和感に気づき、ハッと霊廟を振り返る。
そこには、上から見た時のようにアルベドと並んで、背の高い白髪の老人が立っていた。
同じタイミングで気づいたホシコとデミウルゴスが地表につく。
(この老人はいったい...。いや、それよりもタブラさんは、このおじいさんと何かあったのか...)
一気に焦りが募り、精神抑制が何度も働く。
一方アルベドの隣に立つ老人は、長いひげや髪をひもで結び真っ白な白衣を着ていて、それを撫でつけながら何かうれしいことがあったように微笑んでいた。
ひとまずその男を問い詰めようとモモンガが一歩前に出ると、それよりも先に、デミウルゴスが飛び出し───
老人の前で膝をついた。
「は、え?」
「タブラ・スマラグディナ様。りあるよりご帰還なされる際に人としてのお姿を手に入れなされたのですね!」
「やっぱり、ナザリックのNPCにはわかるもんなんだね」
「もちろんでございます。至高の御方々の気配を悟ることのできない愚物など、ナザリック地下大墳墓のしもべには存在しておりません」
そこまで言って顔を上げたデミウルゴスは、感極まったような嬉しそうな表情をしていた。
唐突な展開に、ホシコと顔を見合わせるモモンガは、一度咳払いをして心を落ち着かせると、目の前で微笑む老人に尋ねた。
「タブラさん?」
「なんだい。モモンガさん」
はい。来ました人化。
おどろおどろしい奴らを美少女にするのは日本人のお家芸ですね。
まあ、彼らはそうはなりませんが。
<捏造設定>
モモンガのセリフが、原作と少し違いますね。
今回は少し短めでした。
ロマンチックな場面を描きなれてない作者のせいでしょう。
精進あるのみでやんす。