夢の地、星の雨が降る   作:口の端にほっぺが!

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「アーコロジー内で爆発だと!?」

 

「いったい何が起きたっていうんだ!」

 

「どこだ、どこのアーコロジーなんだ」

 

「こんな事件聞いたことがないぞ!?」

 

タッチスクリーンの浮かぶ室内には、大勢の怒号と悲鳴が響き渡っていた。

かつてないほどの混迷した状況に、誰もかれもがその心の内の感情を振りまく。

もはや、二等アーコロジーの警察署本部とは到底思えないほどのありさまだった。

 

そんな中、周りの喧騒が聞こえていないかのように黙ったまま見つめあう者が二人。

 

否、片方はそれが聞こえたうえで自分の立場を自覚し、ふがいない部下たちの様子に歯噛みしているところであった。

その整ったまゆをひそめ、普段通りのりりしい態度を保てずに、半ば目の前の男に食って掛かるように前のめりに立っている。

対するもう一人の男は、必要以上に肥えた肉体を可動式ベッドに押し込み、もはや仕事着とは思えないほどに緩め切ったスーツ姿で、だらりと寝そべっていた。

机の上に重い足を投げ出し、騒ぐ部下をうっとうしげに見やりながら、袖で脂ぎった顔をふく。

 

睨む男を怒っていると表現するのなら、太った男は開き直っているというよりも心に留めていないといったように見えるだろう。

そして事実───二人の間ではそんな問答が起こり、太った男がのらりくらりとかわす。そんな構造が出来上がっていた。

 

「だって、一等でしょ?爆発。うちら関係ないでしょ」

 

肥え過ぎた豚は、億劫そうに目の前の男を睨めつける。

 

「アーコロジー内の爆破事件は30年前に一回。プガッ。うちらが何しようがしまいが、後30年は安心ってことだよお」

 

「ですから...そうはならないんですよ、小枝部長...!!」

 

やる気のない返答に、吹きあがりそうな感情を抑え込んで精悍な男性は詰め寄る。

 

「いいですか!?一等では爆破中心部から瓦礫が飛び出して、一般市民にも人死にがでたんです!我々もセキュリティ面の対策や調整をしなければ、同じことが起きる可能性があるんですよ!」

 

「はあ?だーかーら、統計的にみればあと30年は起きない───」

 

「そんな少ないデータ量じゃ統計は取れないし、現に民衆の不安がる声があるんです!」

 

普段は優しく溌剌とした先輩として有名な彼の大声に、一部の部下たちは我に返って二人を見る。

だんだんと静かになっていく部屋の中で、豚男の大きなため息が響いた。

 

「はあー---」

 

「部長...」

 

どこかあきらめたような雰囲気に、ついに小枝が折れてくれたのかと男は息をのむ。

豚男は、細い目で睨むように目の前の青年を見据え、ここぞというタイミングで盛大に毒を吐いた。

 

「君さあ、スキルが足りないんじゃいの?プゲッ。こないだのアーコロジー外治安維持活動だって何人も獲物逃しちゃうし、今度はたったこれだけの事件で慌てちゃって。───現場も司令塔もだめならさあ」

 

ひじ掛けのボタンを押し、ベッドの背もたれをあげ、その勢いで机に上半身を乗っける。

汗が青年の服にかかり、机にたたきつけられた手がべちゃりと音を立てた。

至近距離で男性をにらみつける豚男に、彼の部下たちはいつか見た光景を思い出し、ひゅっと息を飲む。

 

「君は、何ができると思って、警察官なんてやってんのさあ」

 

 

 

---

 

 

 

「おかえりなさい」

 

「───ただいま」

 

10年たっても変わらないかわいらしい笑顔で、妻が夫を迎える。

室内用ロボットが彼に近づき、スーツを受け取った。

玄関先で消毒殺菌をすまして居間に入ると、食卓に手料理を用意した彼女が、心配そうな顔で彼を見つめる。

 

「やっぱり、こないだの事件かなり問題になってる感じよね...」

 

「───ああ。問題になるはずだし、問題にして対策を立てなきゃいけないはずだよ」

 

いつもよりも固い声で返事をしてしまったことに目頭を押さえて気を落ちつかせる。

ふたりで「いただきます」と手を合わせ、一緒にご飯に手を付けた。

 

「───は、もう寝ているのかい?」

 

「ええ。明日は社会科見学だって張り切っちゃって」

 

もうじき12歳になる娘の話をすれば、彼の心の荒波も燦燦と照らされて海の底まで透き通るようだった。

やはり家族はいいものだとかみしめながら、年を経るにつれおいしくなっていく妻の料理をかみしめる。

 

 

 

正義は悪に鉄槌を下すことだ。

 

そんな簡単な言葉ではないことなど、とうの昔にわかっている。

悪者にも複雑に絡む思いがあるし、正義にも薄汚い思惑や策略だって存在する。

そんなことをいちいち紐解いて正義を定義しようとするのなら、あっという間に八方塞がりだ。

 

けれど、うれしいことに人の世には正義に似た職業があった。

 

僕はそれを警察官に見出したし、実際に凶悪な犯行に及ぼうとしている現場を阻止できたことだってある。

そのときは感動もしたし、うれしくもあったし、自分の正義がはっきり存在していると知った。そんな全能感が心の奥底であふれだした。

助けた人は僕の行動に感謝して、僕の正義に似た何かに憧れた

 

けれど、それだけだった。

多くの犯罪者を見て、自分の中の正義をなんども疑った。

 

人さらいの犯人は、何重にも間接的に命令を出された、子供を人質にされた父親だった。

病院で暴行事件を起こしたのは、治療可能性の最大化といわれて肺炎の子供から別のこどもにマスクを移されて死んだ子供、その母親だった。

任務中の警察官に殴りかかったのは、巨大企業に親を使いつぶされた、何も知らない子供たちだった。

 

上は、それらを捕まえろという。逮捕、連行しろという。

ただ必死に押さえつけることを強いてくる。

 

正義とは、なんだ。

 

真っ黒な悪意から十人を救ったときの高鳴る思いは何だった。

これが正義だと追っかけた、警察官の父の背中は何だった。

PKされそうになっていた人を救った時の感慨は、何だった。

 

僕の正義は、どこに行った。

 

 

 

---

 

 

 

目が覚める。

妻がカーテンを開けてくれたのか、顔に光が差し込む。

常にスモッグで日光を遮られているはずなのに、今日はやけに日が強い。

 

(しかし、気分がいい。)

彼は、ゆっくり深呼吸をした。

嗅ぎなれない土や植物の臭いに脳が安らぐ。

 

「はっ!?」

 

しかし、途端にその違和感に意識が覚醒した。

体を起こし、あたりを見渡す。

 

「───」

 

彼は言葉を失った。

見慣れない景色に頭を振る。

 

「どこなんだここは...。いや、ああ───」

 

その穏やかな雰囲気と心地よい風に気持ちが落ち着いた彼は、これは夢なんだと自覚する。

あまりにもリアルな感覚に戸惑いはしたが、彼の最後の記憶はベッドに潜ったことだった。

(不思議な夢だ...)

まさに夢見心地といったように、彼は空を見上げる。

 

晴れ渡る空が、見たこともないほどに生い茂る木々に隠され、木漏れ日を落としていた。

 

あたりには木々が散在し、枝の裏側にはアーコロジー内では見たことのないほどに大きな蜘蛛が巣を作っている。

風が吹けば嗅いだことのないほどにさわやかな自然の香りが彼の鼻をかすめる。

さわさわと心地いい音が鳴った。

 

「疲れてるんだろうな」

 

自分の体を見下ろした彼は、可笑しそうに笑う。

何度も見たことのある純白の鎧が、木漏れ日をまぶしいほどに反射する。

思えば、ここ数日は不穏な動きを見せる外の集団の動きに目を光らせていて、ずっと神経を張り詰めてしまっていた。

現実世界にはあるはずのないこんな景色を、もはや存在するものかのごとく夢で見てしまうのもそのせいだろう。

 

「モモンガさん...」

 

ぽつりと、今でも信頼しているギルドマスターの名前をつぶやく。

 

今の彼の格好は、数年ほど前まで人生の半分をつぎ込んできたゲーム、ユグドラシルのたっち・みーというアバターだ。

ちなみに、もう半分は、今では人生のすべてになった家族とのふれあい。

 

ゆっくりと立ち上がって、腰に下げていた一本の剣を抜き、一振り。

警察道場で週二回剣道を続けてはいるが、自分の手にこれ以上ないほどフィットする剣は、かつての記憶を彼に思い出させる。

 

「モモンガさんなら、最後まで拠点を守ってくれてたんだろうね...」

 

4日ほど前に、最後に開いてから久しいゲーム用のメアドにモモンガさんからのメールが来た。

内容は、ユグドラシル最後の時を、みんなで一緒に向かえませんか、というもの。

 

行きたかった。

 

昇格するにつれ忙しくなり、最低限のログインをする時間すら取れなくなってやめた、あのゲーム。

自らの正義を何の気負いもなく発揮できた、自由なゲーム。

たまに衝突しながらも、そのほとんどが輝かしい思い出となった、あのギルドがある仮想世界。

 

仕事が増えさえしなければ、絶対に行きたかった。

 

積もる感情をゆっくり吐き出すように、目の前の巨木に、その剣を一振り。

神器級(ゴッズ)のその剣───ワールドチャンピオン・オブ・アルフヘイム───は、まるで豆腐でも斬るかの如く、すんなりと大木を切り倒した。

 

そうして、もう一度地面に寝転がる。

ここでリラックスして、寝る前の悶々とした悩みに決着をつける算段だ。

腐った現場で濁った心に透き通るような緑の風は、ひどく心地よかった。

(ああ...)

心の洗濯とは、まさにこのことだ。

透き通っていく心の内に、かつて何度も見た骸骨顔や山羊顔が浮かび上がる。

かつてのギルドマスターであるモモンガと、ギルド内で何度も衝突したウルベルト・アレイン・オードルだ。

 

「...はは」

 

ウルベルトに見られたら、間違いなく笑い飛ばされるだろう。

片方は正義に、片方は悪に人一倍強い思い入れがあったというのに、現実世界に戻ればこのざまだ。

 

勝ち誇ったようにあざ笑うウルベルトが目に浮かぶ。

 

それを、困ったように仲裁するモモンガもまた、目に見えた。

 

「本当に、迷惑かけっぱなしでしたね」

 

彼に迷惑をかけたことなど数えきれないほどにある。

一部、ウルベルトが絡んできたから...とも言い訳したいこともあるが、あれも今となってはいい思い出だ。

 

「懐かしいな...」

 

ああ、そうだ。

俺は、あの世界のことが心に残って仕方がない。

 

素敵な仲間たちも。

輝かしい戦歴も。

憧れを詰めたアインズ・ウール・ゴウンも。

何度も衝突した戦友も。

自分の正義が生きるきっかけをくれたギルド長も。

 

何の悩みもなく正義君臨できたユグドラシルも。

 

全部が、心に残って仕方ない。

 

 

 

思えば、あの世界の始まりも、こんな森から最初の街に行ったんだったか。

 

胸元の、サファイヤ色に光る宝石に手を当てる。

彼があの世界で残した、輝かしい記録の一部だ。

日光にまばゆく反射するその宝石の前で、何かに宣誓するように手を握り締める。

 

ああ、どうか。

 

「僕にまた、正義を教えてください」

 

 

 

---

 

 

 

誰かの叫び声で目が覚めた。

最高品質のセキュリティをかいくぐれるやつがいるのか、という驚愕と、別の部屋で眠る愛娘の身を案じて焦る心から、跳ね起きて部屋のドアを開こうと---。

 

「...夢の中でも眠るって、どういうことですか...」

 

目の前に広がるのは、相変わらずの森だった。

 

万が一の事態が起こっていないことにほっとして───まだ悲鳴が聞こえることに困惑する。

 

「何が...」

 

(いや、そんな場合ではないか)

 

頭を振って、眠気を一気に吹き飛ばす。

 

悲鳴は森の中で反射して響き、どこから聞こえてくるのかあまり聞き取れない。

どうしたものかと一瞬迷い、そのまま目の前の木を駆け上った。

 

「よっ。やっ」

 

人間の体の何倍も身体能力の高いこの体に慌てつつ、たっち・みーは木のてっぺんまで登り、一気にジャンプする。

真っ青な空に飛び出したたっちは、眼下の雄大な自然に息を飲む。

下から見上げていた時は異様なほど大きく見えた大木が、それこそ数え切れないほどに広がっていた。

 

しかし、今はそれどころではない。

喧騒の元を探ろうと、辺りを見渡す。

 

種族柄滞空できるため、魔法やアイテムにかけられる制限時間はない。

だが、数が減っていく悲鳴に、刻限は迫りつつあることを感じる。

さっさと見つけてしまいたいところではあるが───。

 

「!」

 

遠くに、煙が昇る箇所が見えた。

間違いない。

悲鳴はあそこからだ。

 

「とう!」

 

掛け声とともに、空気へ蹴りを一発。

すさまじい勢いでたっちは空を飛び、あっという間に村の近くまでたどり着いた。

 

発煙場所を見下ろす。

村の端の家から、黒煙がもうもうと上っている。

村の中心を見やれば、何人もの騎士風の男が、村人を広場の真ん中へと追いやっていた。

それ以外のところでは流れる鮮血も見え、たっち・みーの真下では、たった今一人の男が無残にも切り殺された。

 

「落ち着け。早急な対処が必要なのは...」

 

目の端に、森の中へと逃げ込む二人の少女と、それを追う二人の騎士が映った。

人の時よりも数倍もよく見える彼の目には、騎士が血濡れの剣を抜き身で持っているのも分かった。

 

村の中へと集められた人々は、おそらくまとめて殺される。

そして、未だ村のあちこちに散らばる村人を集めるのには、まだ時間がかかる。

 

(あの少女たちを助けるのが先だ)

 

愛しい娘と同じくらいの年齢の妹をかばう姉のもとへ、たっち・みーは勢いよく飛び出した。




<捏造設定>
たっち・みーのリアルの状況。
たっちさんの装備はweb版を参考にしています。
ナインズ・ウール・ゴウンのこともありますが、時間は思いを選択します。
彼にとって、それは一応消化しきったこととなっていますね。

名前の分からない九人目は、本作品にはかかわらないつもりです。



小枝部長は、ジャバザハットをイメージしてもらえると読みやすいと思われます。

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