夢の地、星の雨が降る   作:口の端にほっぺが!

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思わぬ再会

「きさまぁああ!!」

 

銀色のヘルムをへこませた騎士が、目の前の少女に怒声を浴びせる。

ただの少女、さらに言えば道端をこそこそ過ぎる蟻のように見下していた獲物に顔を殴られたことが、彼の羞恥心に火をつけた。

少女───エンリは痛む右手をかばいながら、もう片方の手でネムを引っ張り踵を返す。

騎士が、煮えたぎるような怒りに精神を支配されている今がチャンスだ。

今のうちに少しでも遠くに逃げようとエンリは足を踏み出した。

 

───キン!!

 

「な、あっ!?」

「ヒッ...!!」

 

唐突にけたたましく金属音が鳴り響く。

同時に驚く騎士の声が耳に届き、盛大に足を引っかけたエンリは同じように転ぶ妹をかばいながら地面に転がった。

(いったい何が...)

無様にも狩人の前でうずくまってしまったのだ。

少女たちに残された行動は、歯を食いしばって自らに降りる死の影を迎え入れるだけ。

しかし、エンリはこの金属音に救いを予感する。

焦ったような騎士の声。地面に落ちた金属音。追いかけてきたもう一人の騎士が呆然と立ち止まる、土の音。

 

───そして、背中に現れた、大きな存在感。

 

それはとても暖かく、狼に襲われかけた時に助けてくれた自らの父のと同じような雰囲気をまとっていた。

 

恐る恐る振り返る。

 

 

 

少女たちを守るように銀色の騎士と対峙していたのは、真っ白な鎧をつけた一人の騎士だった。

 

 

 

---

 

 

 

鏡には、純白の騎士が唐突に二人の騎士の前に現れ、一瞬で剣を真っ二つに割り、その首元に剣先をつけているシーンが映し出された。

 

 

 

「たっちさん!!」

 

転移門をくぐったモモンガは、いの一番に懐かしい仲間の名を呼ぶ。

振り返ったたっち・みーは、驚きに動きを止めた。

 

「も、モモンガさん...?いえ、こちらは問題ないですから、その子たちに傷があるようなので、手当てをおねがいできますか」

 

「ええ。ですがその前に。───いつまで剣をわが友に向けている。心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

突き出された骨の右手が何かを握り締め、なおも欠けた刃をたっち・みーに向け続ける男は、ものも言わずに崩れ落ちた。

あたりに鮮血が広がる。

 

「さあ、お前も───」

 

「モモンガさん、待ってください!」

 

焦ったようなたっちの声に、モモンガは我に返る。

彼のほうを向けば、つらそうな面持ちで首を横に振っていた。

 

「───殺しは、よくありません」

 

「あ、あ...。その通りです。すみません」

 

かつての竹を割ったような熱い印象とは真逆の彼に違和感を覚えるが、それ以上に自分のしたことに驚愕する。

 

自分が何の躊躇もなく人を殺したこと。

それも、不快感という小さな感情に身を任せて。

そして、心のどこかでは焦燥や後悔を覚えているのに、それが姿を見せる度ただの情報として無感情に消えていくことに言いしれない恐怖を覚えた。

そんな感情も、数秒経たないうちに均された。

 

「───村を襲ってる騎士たちを無力化しましょう。中位アンデッド作成、死の騎士(デスナイト)

 

それ以上のことを考えることを止めて、死の騎士(デスナイト)を召喚する。

傍らの死体が真っ黒に濁り、形を変えて、おぞましい見た目をした真っ黒な戦士になる。

足元の草花が冬を迎えたように枯れ、澱んだ空気が溢れ出す。

 

「...死の騎士(デスナイト)よ。そいつと同じ鎧を着た者たちを武器破壊や死なない程度の攻撃を持って無力化し、村人への危害を止めさせろ」

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

地獄の底から響くような唸り声とともに、その騎士は村へと駆け出した。

 

「ええ、まじか...」

 

鬱蒼としげる森の中、脇目も振らず走り去る黒い影にモモンガは呆れたようにため息をこぼす。

ユグドラシルでは、召喚された死の騎士(デスナイト)は召喚者のそばでのタンク役を担う。そのため召喚者から離れるなんてことはなかった。

NPC同様、召喚したモンスターも色々と自由がきくらしい。

どうやら、魔法だけでなくモンスターの行動パターンなども調べておく必要がありそうだ、とモモンガは独り言ちる。

 

横を見やると、たっち・みーが首をがっくりと下げたまま突っ立っていた。

失望されてしまったか───。

(いや、タブラさんと同じような境遇でこの地に来たからかもしれない。)

様子のおかしいかつてのギルメンを心配しながらも、振り返りホシコによって娘二人が治療されていることを確認する。

タブラはまだ来ていないようだったが、漆黒の全身鎧をを装着したアルベドがホシコの傍に控えていた。

 

「───大した怪我はないようだな。ひとまず、たっちさんに色々と伺わなければならないが」

 

そこまで言い、顔を戻してもう1人の人間に目を向ける。

 

髑髏の赤い眼光に見据えられた騎士の男は、小さく悲鳴をあげて後ずさる。

微かにアンモニアの臭いがモモンガの鼻をかすめる。

目の前で同僚をおぞましいモンスターに変えられたのだ。

体は恐怖に支配され、もはや逃げるなどという選択肢も取れまい。

 

「まあ、逃げようとするなら捕まえるだけだがな」

 

そう言いつつ、右手をその男に向ける。

男は途端にガタガタと体を震わせ、腰が抜けたのかその場で座り込んだ。

 

「...モモンガさん」

 

「ええ、わかっていますよ」

 

たっちの不安げな声音に、モモンガは優しく応じる。

とはいえ、頭でも感情でも自分が少しもわかっていないことに気づき、酷く動揺する。

(この世界はゲームなんかじゃない。感情を持った生き物が暮らし、その分だけ営みが存在する世界なんだ───)

心の隅で縮こまる人間としての精神が強く言い聞かせても、その白磁の骨身には少しも染みていない感じがする。

 

人の命がなんだというのだ。

アンデッドの自分には、全く関係の無いことではないか。

 

自分のしたことに恐れおののき、崩れかけている人間の残滓のような何かが、冷酷な一部に訴えかける。

 

「───支配(ドミネイト)

 

モモンガの放った魔法は目の前で崩れる男に直撃し、その目の光を奪う。

首がかくっと下がったその騎士は、魂が抜けたかのように脱力した。

 

「まずは、情報収集からですね。...仲間のためですから」

 

そうつぶやくモモンガに、多少安堵したようなたっちは、小さく頷いた。

 

 

 

---

 

 

 

モモンガが飛び出していった転移門(ゲート)を、重装備のアルベドを連れてくぐる。

 

「たっち・みー様...」

 

鏡にあったように騎士と対峙する純白の騎士に、アルベドが思わず声を漏らす。

ホシコも久しぶりに見たその男に、懐かしさが溢れだした。

 

ギルドナンバーワンの実力者、たっち・みー。

真っ白な全身鎧(フルプレート)を着ている彼は、ギルドだけでなくユグドラシルの中でもトップの実力を誇る戦士系プレイヤーだ。

(たっちさんもログインしてた...?でも、タブラさんと似たような現れ方だし、もしかしたら...)

タブラもそうだったが、もしリアルで死んでこの世界に迷いこんだというのなら非常に彼の心情が心配だ。

たっちには奥さんも幼い娘もいる。

唐突な出来事に混乱しているようだし、たっちの精神状態が心配だ。

 

(まあ、あたしはあまり話したことなかったし、モモンガさんに任せればなんとかなるとは思うんだけど...)

その当のモモンガも、やはり記憶のタッチとは様子が違うのか少し困惑しているように見える。

まあ、一番混乱しているのは目の前で仲間が一人殺された騎士だろうが。

 

ホシコはしばらく三人の様子を見ていたが、ハッとして足元に目をやる。

見上げる少女と目が合った。

土で汚れた彼女に目立った外傷はなく、その腕の中で守られている妹らしき少女もこれといった怪我はない。

ただ、この状況然り先ほど殺されかけたこと然り、彼女たちはひどくおびえているようだった。

 

「もう大丈夫よ。ほら、これを飲んで」

 

自分よりも大きな少女たちの前に屈み、インベントリからポーションを取り出す。

真っ赤な液体で満たされた瓶は最下級のポーションで回復以外の効果を一切もたない。

が、この程度の傷ならたとえ彼女たちが100レベル以上の存在であっても回復できるはずだ。

 

「よ、妖精様。これって、ポーション、なんでしょうか」

 

姉のほうが、怖々と受け取った瓶を眺めて尋ねる。

見たことのあるポーションとは違うのか、飲むのを躊躇っている。

 

「温情によって薬を...」

 

「アルベド、待って」

 

「───かしこまりました」

 

飲もうとしない彼女たちにしびれを切らしたらしいアルベドを押さえ、もう一度笑顔を少女たちに向ける。

 

「それは治癒のポーション。あんまり効能は高くないかもしれないけど、飲んだらだいぶ良くなるはずだよ」

 

知らない人に与えられたものを飲む抵抗感や困惑を振り切るように、姉は首を一度降って半分ほどポーションを飲み干す。

すぐに効果を実感できたのか、腕の中から静かにホシコを見つめる妹にも瓶の中身を飲ませた。

 

「すごい...!!」

 

真っ赤な血でぬれ、白い骨すら飛び出していたはずの右手を掲げ、少女は感嘆の声を漏らす。

転んだ時に膝を擦りむいたらしい妹のほうも傷が癒えていくのを見て、わあ...と息を漏らしていた。

頭では理解できないながらも軌跡を体験しているかの如く瞳を輝かせ、目の前の事実を見逃すまいと目を大きく見開いている。

ホシコにとっては、ゲームの延長としての簡単な行為なのだが、この少女たちにとっては、間違いなく神の所業に等しい行為なのだろう。

 

「妖精さん、ありがとう!!」

 

妹のほうがホシコの顔を見上げ、にっこりとほほ笑む。

眦には涙を浮かべ、心底安堵したように姉に抱き着いた。

命の危険がすぐそばまで迫ってきていたのだ。

幼い子供からすれば、トラウマ必死の出来事のはず。

 

「ネム...」

 

抱き着かれた姉も感極まったのか、コアラのように引っ付くネムを、優しく抱擁する。

腕の中ではくぐもった鳴き声がこぼれ、姉も嗚咽をこらえているのが見て取れた。

目の前の姉妹愛に、思わずホシコも涙ぐむ。

 

この姿に変わってからというもの、だいぶ感情の起伏が激しくなってしまったらしい。

薄緑色の相貌を、こみ上げる涙で崩したホシコは、抱き合う二人をその上からさらに抱擁した。

 

「「「...!!」」」

 

「よく、頑張ったね...」

 

やさしく自分より少し大きな小さな少女たちをなで、いたわる。

腕の中で、涙を呑む音が聞こえ、後ろで右往左往していた足音もぴたりと途絶える。

 

喧騒が遠い森の中、そんな神秘的な光景は、一人の骸骨が困ったように突っ立っているのにホシコが気づくまで続くのだった。

 

 

 

「ホシコ様、それに───魔法詠唱者(マジックキャスター)様。助けていただいて本当にありがとうございます」

 

ゴブリンの角笛や防御魔法をモモンガさんにかけてもらった二人は、幾分か安心したように頭を下げる。

ただ、骸骨の見た目である彼に多少恐怖を覚えているようなのも見て取れた。

これはまあしかたのないことだろう。

 

「それと、騎士様───たっち・みー様にも助けていただき、ありがとうございますと伝えていただけると...」

 

「あ、うん。伝えておくね」

 

唐突に殺されかけたことに怯える彼女たちを慰めている間に、モモンガとたっちは何か話をつけたらしく、たっちは傀儡化した騎士を連れて一足先に村へと向かった。

それと同時にモモンガはホシコのそばにやってきたのだが、どうにも元気がないように見えた。

(まあ骸骨の見た目で表情なんて分からないんだけど───)

どこかを見つめ、時折首を振る彼を不思議に思う。

 

ともあれ手当も終わったので、挨拶もほどほどに村へと歩みを進めることにした。

鏡でも見たが、彼女───エンリたちの隣人が今なお騎士たちの魔の手にさらされているのだ。

彼らを助けるためにも一刻の時を争う。

 

「そ、それと...」

 

しかし、姉のほうが何か言いたげに口を開く。

 

「そ、その...。骸骨の方のおな、お名前は、なんと...」

 

その言葉に、モモンガたちはほうけたように顔を見合わせる。

そうして、ぷっと噴出した。

 

「そういえば、モモンガさんの名前教えるの忘れてた」

 

「はは。まあ、実際に助けたのはたっちさんですし、彼女たちの心の支えになれたのはホシコさんです。俺は何も貢献してないので仕方ないですよ」

 

冗談めかしてモモンガは笑い、さて、と困ったように顎に手を当てた。

その様子にホシコは首をかしげる。

 

「...?どうしたの?」

 

「ああ、いえ。すごくくだらないことなんですが、これからモモンガだと名乗っていくことにどうも恥ずかしさを覚えてしまって...」

 

「あはは!たしかにこの世界なら“モモンガ”も生きてるかもしれないね」

 

「こいつはなんで小動物の名前を名乗っているんだろう...なんて思われますよ。ゲーム内ならまだしもこの名前で生きていくのはなあ」

 

楽し気に腹を抱える二人の異形に、妹を抱えるエンリは戦々恐々と言ったように縮こまって見上げる。

彼女たちにとってみれば、名前を知り自分たちを癒してくれた妖精に比べて、骸骨は親の仇だったとはいえ人を殺した存在。

もともと抱いていた異形種への恐怖と相まって、未だに体の震えが止まらない。

(それでも、命の恩人なんだもの...)

自分を助けた人の名前も知らず、のうのうと生きていく気はさらさらない。

妹のネムも、頑張って顔を上げているのだ。

姉がお手本を見せないでどうする、と自らを奮い立たせ悩むようなそぶりを見せる骸骨の顔を見つめる。

 

一方のモモンガは、アカウント名をこれに決めた過去の自分を恨みつつ決意を決めたようにため息をついた。

 

「...まあ、この際俺の羞恥心なんて気にするべきではないですしね」

 

「───でも、その名前をこれから名乗っていくのが恥ずかしい気持ちはすごくわかる。ここは、生きてる世界だからね」

 

「ええ。ですが、うーーーん」

 

 

 

「───それなら、アインズ・ウール・ゴウン。そう名乗るのは、どうかな?」

 

「えっ」

 

決意も束の間、再び悩み始めたモモンガの耳に唐突に聞こえた男性の声に振り向けば、タブラが面白そうに転移門の傍に立っていた。

初老の男性の姿をした彼の背後にはルプスレギナ・ベータが控え、目を大きく開き驚いたような表情で三人の顔をうかがっている。

 

「タブラさん、その名前は」

 

「ええ。モモンガさんの言いたいことはよくわかる。けど、私はこうするメリットがかなり大きいとみているよ」

 

「...いえ、俺も考えなかったわけじゃないんです」

 

モモンガが、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る。

一介のプレイヤーがギルド名を冠するということ。

大げさに言えば、総理大臣が日本という名をわがものにするということ。

それはほかのギルドメンバーの思いや誇りをないがしろにする、あってはならない行為。

ユグドラシルであれば、行動に移すことも、そもそも思い浮かぶことすらなかった。

 

しかし、この世界に来てから。外の世界というものの存在を知ってから、モモンガの脳裏にはその案が何度も浮かんでは消えていた。

モモンガと名乗るのが恥ずかしさを消したいということもある。

自分たちと同じようにこの世界に来ている他プレイヤーとの接触で、不利に働くかもしれないというのも、簡単に思いつく。

 

しかし、この世界の果てに投げ出されたギルメンがいるかもしれないことを考えると、これが最善策の気がしてならないのだ。

 

覚えていないかもしれないギルド長の名前より、かけがえのない威光の証、『アインズ・ウール・ゴウン』。

タブラのように、不幸にもこの世界に来てしまった仲間やホシコと同じように配信終了直前にログインしていたかもしれない人たちにとってその名は唯一のよりどころになるはずだ。

唐突に世界が変わった彼らは、心細さを感じているかもしれない。

自分より強い相手に襲われているかもしれないし、精神的に参っている人もいるかもしれない。

 

この名前を世界中に轟かせ、彼らの助けになるのだ。

 

「まあ、このギルドにもう一度戻ってきてほしいっていう、一方的なわがままなんですがね...」

 

自虐的な響きに、ホシコとタブラは顔を見合わせる。

 

「そんなことないよ。あたしたちもおんなじ気持ち」

 

「ええ。それに交渉相手になめられない名前にすることは結構大事だし、何よりこの名前で活動することでわかりやすく仲間に存在を伝えられるから。何よりギルドのトップがギルドの名前を名乗ることで、敵対ギルドの油断を誘える可能性があるし、組織として活動していることを公にする必要もない」

 

確かに、タブラの言う通りアインズ・ウール・ゴウンを名乗ることにはまだまだ利点がある。

モモンガというアカウントネームは比較的使用人数がいて、モモンガ自体をまねしているのか骸骨種の見た目を選んでいるプレイヤーも多い。

それはほかのギルドメンバーの知るところであり、ただモモンガと名乗っただけでは警戒して近づいてこない可能性が高いだろう。

この危険性を取り除くには、組織の名前をギルド名にしたり、あるいはその一員の存在を多少明かす必要があり、外部に開示する情報の量が多くなってしまう。

それを、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗ることで、極端に減らせるのだ。

むろん、悪名だかいDQNギルドだったこの名を聞いて、敵対的行動に出るプレイヤーたちは、少なからずいるだろう。

しかし、間違った情報を与えるのがなお良い───ギルド長がギルド名を名乗っていることで、プレイヤーがその一人しかいないかプレイヤー内で順位付けが行われていると勘違いさせられる可能性が出てくる。

まああくまで可能性の範疇だが、大抵のギルドは多数決制を維持するために誰か一人がギルド名を名乗るなんてことはしないはずだ。

 

それに、目の前でモモンガの名前を伺う彼女たちの存在もそうだ。

彼女たちの存在、そして金属の全身鎧(フルプレート)を着た者たちが彼女らを襲っていたこと。

これらは、この先モモンガたちが確実に彼らの属する集合体、国家にぶつかることを明白にした。

 

ようは、彼らはどこかしらの国に属し、そしてこの地もどこかの領土である可能性が高いのだ。

 

その場合、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガがその交渉の場や公の場に姿をさらすこととなり、彼の名前も知れ渡るところになるだろう。

そういった時に、組織のリーダーが舐められないことは意外と大切なことなのだ。

 

これ以外にも、探せばおそらくメリットは出てくるだろう。

だが、モモンガはやはり首を縦に振ることができない。

 

どんな利点があろうとも、ギルドメンバーの思いをないがしろにするやり方はとるべきではない。

とりたくない。

 

「...ほかの仲間たちが、怒るかもしれないですよ」

 

「それは、確かに聞いてみないことにはわからないけど...」

 

それは、ここにいない彼らを慮っての考えに尽きる。

彼らはこの地を去れど、アインズ・ウール・ゴウンの大切な仲間の一人。

多数決でギルドのかじ取りを行ってきたモモンガからすれば、たった三人での決定をこんな大事な内容で通すわけにはいかない。

 

顎に手を当て、ひたすら迷った挙句、モモンガは切り出した。

 

「───やっぱり、俺には難しいですよ」

 

その言葉に、ホシコもタブラもゆっくり息を吐く。

二人とも、頭では効率を考えていようとも、結局心の中ではモモンガと同じ気持ちだったのだ。

ゆえに、安堵の意味がこもった息を吐く。

 

「...ご無礼を承知で、一つ申させてください」

 

「アルベド...」

 

時の止まりかけた空間で、命を持ったNPCがその針を動かす。

下を向いていた彼らは、驚いた表情で彼女を見上げた。

 

「最後までこの地にとどまり、我々をお守りになられたのは、ほかでもないモモンガ様です。

無論、この地を発展させ、我々NPCを創造なさり、りあるの世界で必死に戦われている至高の御方々には、山より高く、海より深い感謝と尊敬の念がございます」

 

そこで、アルベドは一度だけ息をつく。

彼女の斜め後ろに控えるルプスレギナは、この先の言葉を何か察したのか、目を見開いて少しばかり体を震わせている。

 

「それでも、最後までこの地に残ってくださったのは───モモンガ様、おひとりです。

最後まで我々の存在に目を傾け、共にいてくださりました。

モモンガ様を差し置いてほかの方々がその名を名乗るのであれば、多少思うところはあります。ですが、モモンガ様が名乗られるのなら、喜び以外何の感情を抱きましょうか」

 

黒い甲冑で全身を覆ったアルベドは、静かな声で言葉を紡ぐ。

遠くの悲鳴や金属音が描き消え、森には彼女の言葉の余韻だけが残った。

 

「...出過ぎたことを申しました。わずかにでも眉をしかめられましたなら、自害をお命じください」

 

静まり返る三人に、アルベドは頭を下げる。

多少声が震えているのは、モモンガたちが何よりも思っていたギルメンたちの思い出を穢したことを察し、そのことを失望される恐怖からか。

モモンガもうすうす気づいてはいたが、彼女らNPCはギルメンに対する思いがカンストしている。

第六階層のころからもそうだが、外に出ようとしたときも必死の形相でと目にかかった。

さながら狂信者のようだ、とも感想を覚えた。

(多少思うところはある、か...)

驚いたようにアルベドの顔を見続けるモモンガは、彼女の言葉を反芻する。

ギルメンを盲信しているように見える彼女たちNPCでも、彼らなりの思いを持っているのだ。

いままでプログラムに縛られていた彼女たちからは、想像できないような仕組み───。

 

(───当り前じゃないか)

 

彼らはプログラムではない。

れっきとしたヒトなのだ。

自分の頭で物を考え、自分の思いを口にすることのできる、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーなのだ。

 

もう、四十一人だけではない。

ナザリック地下大墳墓に生きるすべてのNPCたちも含めた、アインズ・ウール・ゴウンなのだ。

 

「モモンガさん...」

 

ホシコもタブラも、表情のない骸骨の顔をうかがう。

この場の決定権はすでにモモンガにあり、彼らはそれを尊重している。

 

膝をつき、首を差し出すようにうつむくアルベドも、その後ろでおびえたように震えるルプスレギナもモモンガの言葉を待っている。

 

モモンガは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「そうだな。未知数なことも多いが、このさき組織として活動する可能性があることも確かだ。その時に、俺がリーダーとして対応する場面は必ず来るだろう。大切な仲間を守るためには必要なことだ───もちろん、その中にはお前たちNPCもいる。今まで守ってきたナザリック地下大墳墓もだ」

 

顎に当てていた手でローブをばさりとはためかせる。

なんとなく、この仕草が魔王っぽいなと思ったのだ。

喉なんて存在しないが、精いっぱい厳かな声を作り、少女たちを向く。

 

「故に、俺はこう名乗ろう。アインズ・ウール・ゴウン、と」

 

 

 

---

 

 

 

至高の方々はきびすをかえし、たっち・みーが向かったとされる村の方へと歩みを進める。

話す内容は聞こえない。

おそらくモモンガの名前の変更におけるメリットデメリットのすり合わせか、この先に待ち受ける村の使用方法の打ち合わせだろうと推察する。

───不敬な発言を行ったアルベドの処罰という線も濃厚だ。

先程は何も言及されることはなかったが、おそらくこの緊急事態が収拾すれば、追って沙汰が下されることとなるだろう。

自害を命じられるのも覚悟の上での発言だった。そうなってもおかしくない発言だったとアルベドは理解している。

 

(けれど...)

自分の軽薄な発言を後悔している自分がいる。

かくあれかし、と定められた自分があろうとも、これでよかったのかと恐れる自分がいる。

 

(───失望されるのが怖い)

どのNPCもが持つ、共通の感覚。

 

御方々のために死ねるのなら本望。

己に授けられた役目を全うして死ねるのなら本望。

 

ただ一つ、失望されて死ぬのは、何よりも怖い。

 

アルベドは、漆黒のヘルムの下でわずかに唇をかむ。

その心の内の荒波を押し隠し、歩調を一切乱さない。

御方々に迫りつつある影もあるのだ。

死を宣告されるその日まで、職務を全うせずに、どうして守護者統括が名乗れようか。

 

「アルベド様」

 

深い思考の海に沈んでいると、斜め後ろからルプスレギナの声が耳に入る。

そうあれと定められた軽い口調はなく、困惑したような声音の中に、一つまみの寂しさと同時に怒りも感じた。

 

「何かしら。ルプスレギナ」

 

「その───」

 

問うているが、アルベドはうすうす悟っている。

彼女の創造主は獣王メコン川。

この地を去られ、未だ戻ってこられない至高の方々の一人だ。

対してアルベドの創造主はタブラ・スマラグディナ。

つい先日帰還した、至高の四十一人の一人。

 

二人には、創造主に対する感情に、差が出来てしまっているのだ。

喜びと寂しさという感情で。

 

「あなたの言うことはわかるわ、ルプー。その思いを言葉にできないわけも」

 

「アルベド様...」

 

「私もあなたの境遇であれば同じような思いを抱いたわ。あなたは創造主がご帰還なされているのに。自らの創造主を尊重するのが我々NPCの務めなのに。モモンガ様───アインズ様は渋っていなさったのに。」

 

「...もうしわけありません...」

 

「謝ることなんてないのよ。私のこれは、かくあれかしと定められたものでもあるから」

 

「...!!そうだったんスか...」

 

「ええ。タブラ・スマラグディナ様から賜ったその内容は難解なもので他人に伝えることは難しいのだけれど...。『モモンガが迷っているのであれば、すべからく良い方向に導く手助けをすべし。それが、そばで支えるものの務め』。そう、記されているわ」

 

「導く、手助け...」

 

「守護者ごときが至高なる御方々の崇高なる信念のお手伝いなど、不遜極まるところかもしれないわ。けれど、これは確かでしょ?

NPCは御方のお役に立ててこそ存在意義が成るというもの。手段は今までのように命令されたことだけを忠実に行うだけではないのよ」

 

確かにその通りっス。

そんな心の声をルプスレギナの内側から聞いたアルベドは言葉を切った。

おそらく、彼女の心の内は非常に不安定になっているところだろう。

 

そして、それは彼女だけでなく他の多くのNPCでもそうなっているはずだ。

 

理由は主に三つ。

一つはナザリック地下大墳墓の転移。

メイドであるホムンクルスや一部の領域守護者を除き、ほとんどのNPCはアインズ・ウール・ゴウン様からナザリックを囲む環境が大きく変わったことが知らされている。

二つ目はホシコとタブラ・スマラグディナ───そしてたっち・みー───の帰還。

後日正式に告知するとのことで、公式には知らされていないがすでにすべてのNPCが知る情報だ。

帰還なされた御方の手ずから創造されたNPCはもちろんのこと、そうでないNPCたちも涙を流して喜んだ。

だがその一方で、負の感情を抱いてしまったものも一部存在する。

これは咎めることができるものではなく、むしろ真っ当な思いだとアルベドは考えている。

 

───自分の創造主が帰還しないことの寂しさだ。

 

長らく一人でこの地を守ったモモンガのもとに、四十一もある柱の二柱が戻ってきたのだ。

寂しさだけでなく、そこに恐怖も───捨てられたのではないかという恐怖もわずかにあった分、彼らの喜びようと言ったらない。

───これが自分の創造主の帰還であれば、さらに良かっただろう。

そう思ってしまうのは、仕方のないことなのだ。

 

そんな負の感情に追い打ちをかけるのが三つ目の理由。

 

帰還したタブラが、一時倒れ伏せたのだ。

りあるからの帰還、否、生還のすぐ後の出来事。

ひどく憔悴した御方の様子に、モモンガもホシコもひどく慌てた様子を見せた。

当時の状況を知るアルベドは、ほかの誰よりも多くの感情を胸の内でくすぶらせている。

創造主への愛情。

帰還したことへの感謝。

もう一度姿を拝謁できたことの感動。

倒れたことへの心配。

未曽有の危機への困惑。

またいなくなってしまうのではという焦燥。

自分にできることがないことへの歯がゆさ。

自分に何かできたのではと覆う後悔。

リアルへの憎悪。

 

様々な感情に心を支配され、守護者統括の名にふさわしくないほど取り乱したあげく、モモンガに止められるなどという愚をおかしてしまった。

 

───二度とこのような愚を犯すまいと胸に誓うとともに、りあるなる世界を完膚なきまでに破壊しつくそうという衝動がアルベドに刻み込まれた。

 

円卓の間で壮健な人の姿を見せたタブラは、デミウルゴスを含めて執り行った話し合いののちにアルベドにもう心配いらない旨の言葉を授けた。

脆弱な種族である人の姿のままでいるのは、おそらく本来の姿に何らかの制約を呪いをかけられたからだろうとアルベドは推察するが、そんなそぶりを微塵も感じない。

気丈というよりも、子供を不安がらせないようにという優しさが前面に現れていた。

 

そんな御方にあだなす輩には、必ずや鉄槌を下さねばならない。

 

即座に外界のものを排除できる仕組みを構築したが、デミウルゴスを経由して、タブラ本人から性急すぎると説教を受けた。

前衛はいらないとアルベドを背後に下げた三人の方々が何やら話す様子を見るに、おそらく確実な下地を作り失敗の可能性を排除してから取り掛かろうことは容易に想像できた。

モモンガ───今はすでに尊き名前をその名に冠するアインズ・ウール・ゴウンがりあるという危機を見過ごすはずがないのをアルベドは知っている。

アルベドにはこれまで通り内政を執り行うようにという指示しか与えられていないが、アウラやデミウルゴスに与えられた指示を鑑みるに、アルベドのすべきことはおのずと定まってくるというものだ。

 

今、彼女に必要なことは感情をぐっとこらえ、御方々が必要な時に即座に提示できる量の情報をそろえておくこと。

そして、りあるを完全に打ち砕くビジョンを着実にセットしておくことだ。




お久しぶりです
おそらくこの文を読んでいる方は久しぶりでもなんでもないのでしょうが、自分はこの作品に手をつけたのが1ヶ月ぶりだったもので。悪しからず。
大学の準備やら遊びやらで忙しかったもので。

今下書きが12話まであるんですけど、なにぶん推敲に割く時間がとても長く。
それに原作の新刊が6月30日に出るそうで、書き直し必須な今後の展開を先に出していいものかと10秒ほど迷いました。

まあこの文を皆さんが読んでる時点でこの作品は投稿されているわけなんですね。
お預けの辛さは何度も味わってきているので仕上がったら順次投稿していきますよ!!
この先1章が終わるまでの部分は修正必須ですけどね!!

【捏造設定】
ビッチなアルベドの設定
タブラさんはアルベドがモモンガを慕うように既に設定していて、「モモンガを愛している」の文で二重に想いが重なったっていうどこかの作品の設定を拝借しました。

それと原作者様の「他のギルメンがいたらアインズは今のナザリックのやり方を180度変える」という趣旨の言葉を頼りに進めております。

ではまた

追記20220403
すんません大学の履修登録とかガイダンスめっちゃ忙しくてあまり筆が進んでいません。
どっかの研究結果に従って朝に書いていたのも、時間が取れず最近は夜に書いております。
これ以上クオリティを下げると見るも無惨な作品になってしまうので、次の投稿まで時間をかけることをお許しください。

次の投稿は4月21日です。
12話までの投稿予定になります。
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