もしもテニプリに女子テニス部があったなら〜交流編〜 作:ハネ太郎
どんな理由だか知らないが、桜乃はリョーマと仲違いした。「あの素晴らしい愛をもう一度!」と気を揉む仲間たちの心配をよそに、破局寸前まで行ってしまった。
その心の闇に付け込む悪魔がいた。高校生ながら稀代のナンパ師にして被害者数30人以上のドメスティックバイオレンス男、玉川久助。
奴がジェントルマンの仮面を脱ぎ捨て、彼女に暴力の洗礼を浴びせたその時・・・救いの神が登場だ! それは・・・お互いに口もききたくないほど嫌っていたはずの・・・越前リョーマ!
「誰だてめえ!?」
「アンタに名乗る名前なんてありゃしないよ。ま、敢えて言うなら・・・『テニスの王子様』とでも呼んで貰いましょうか」
怒りに燃える悪魔に対し、王子様は、いつもの不敵な笑みで答えた。
「なにが王子様だ、スカシてんじゃねー! このクソチビがぁー!」
この慇懃無礼で傍若無人な乱入者に対し、怒りにまかせて獣のごとく襲いかかる玉川久助。先程の打球の直撃で数メートルふっ飛ばされたはずなのに、何事もなかったかのように猛ダッシュ! 凶悪なるその拳を、叩き込まんとしたその時! リョーマは慌てず騒がず、涼しい顔で回避!
「もっとよく狙えよ、このヘナチョコ」
「う、うるせー!」
暴力男がどれだけいきり立って攻撃しても、ことごとく紙一重でかわされる。少年の表情に、恐怖や焦りの色は一切見えない。あるのはふたつ、眼前のDQNに対する冷ややかな軽蔑の視線と、奴の攻撃を見切るための真剣な眼差し。
その光景を固唾を呑んで見守る桜乃。大事なラケットを彼女に預けた今のリョーマは丸腰。どうやってこの状況を乗り切るつもりなのか、まるで見当がつかない。不安の色を隠せないでいた。
「て、てめえ、逃げるな、こら!」
「いや、逃げなきゃ痛いしw」
久助の攻撃から軽やかに逃げ回るリョーマ。彼には格闘技や武術の心得はない。今日のような殴り合いを伴う喧嘩の経験も、恐らくないだろう。彼にあるのは、幼少期からずっとやってきたテニスで培われた運動神経と動体視力。そして数多くのライバルたちとの命がけの試合で培われた、死地にあっても物怖じしない勝負度胸。それらはこの喧嘩の場においても遺憾なく発揮された。
この公園はいくつかある広場と広場の間を雑木林と遊歩道で繋いでいる。その遊歩道を全力で追いかけっこしているうちに、別の広場に出た。中央にそびえ立つ巨木が彼の行く手を阻む。思わず立ち止まるリョーマの後ろから・・・!
「しまった!」
「バカめ、もらった! 死ねぇ!」
久助はここぞとばかりに右の拳を振りあげ、憎しみのこもった一撃をリョーマに叩き込む!
ドゴォン!
「ぐああおあぁ、ああ〜!?」
次の瞬間、悲鳴をあげて倒れ、右手を押さえてのたうち回るは玉川久助の方だった。インパクトのその刹那、リョーマはプロボクサーを思わせる精密な動きで、ギリギリのラインで拳を回避。久助は巨木のほうを殴ってしまったのだ。
「あ〜あ、だからちゃんと狙えって言ったのに。硬いもの殴ると手ってホントに腫れるんだな。マンガみたいだw」
倒れ叫ぶ眼前の愚か者を見下ろし、王子様は冷ややかな嘲りの言葉を投げかけた。
「こ・・・殺してやる〜!!」
痛みと屈辱にますます怒りと憎しみをブーストさせ、久助は立ち上がりリョーマに襲いかかる。
一目散に逃げるリョーマ、追いかける久助。雑木林を切り拓くように設けられた石畳の道を、走る、走る、ひたすら走る。
そうこうしているうちに、また別の広場に出た。中央にそびえるは、岩石とコンクリートで構成された変なオブジェ。またも行く手を阻まれるリョーマ。彼の背後から、久助の左ストレートが飛んできた!
ごすっ! ぐぎぃっ!
「あぎゃああ!? おああぁ! あおおお・・・」
先程と同じように、リョーマは久助の攻撃を寸前で回避。走ってきた勢いそのままに、拳どころか体全体で突っ込んできた久助は、左パンチで思いっきりオブジェを殴ってしまった。そんなことをすれば当然・・・。
「うわ〜、いますげぇ嫌な音した、それ絶対折れたよね、骨?」
「ぐえぇ、え、う、うるせぇ・・・!」
「なにアンタ、女は殴れても男はロクに殴れないの? もっとも、その拳じゃもう、誰も殴れないよね」
またしてもうずくまり、苦しみ悶える久助。先の右拳の比ではない、左拳は激しく骨折し、赤黒く腫れ上がっている。さらに勢い余ってつんのめり、オブジェに頭から激突したため、当然顔面血だらけである。
「・・・ごああああ!」
「げっ、まだやるの!?」
気合い一発、再度立ち上がりリョーマに襲いかかる久助。またしても追いかけっこだ。
「無駄に根性あるねアンタ! なんかスポーツやんなよ、そのほうが絶対モテるから!」
これ程の傷を負いながらなおも諦めない敵に対し、必死で逃げながら叫ぶリョーマ。テニスをやろうと言わないのがポイントである。
と、ここで不意に遊歩道から雑木林に飛び込むリョーマ。それを追って久助も飛び込み・・・道と林の境界線を表すロープに足を取られ、木の幹と思いきりキスをした!
「・・・・!」
もはや言葉も出ない。鼻は潰れ、歯も折れて顔面はさらに血だらけ。そこそこイケメンだった顔はもはや見る影もない。
「はあ、はあ、が、学習能力ねえな、アンタ・・・?」
まさか三回も同じ手が通じるとは思わなかった。さしものリョーマも呆れて彼を見下ろすのみ。あと流石に疲れてきた。
「よ、よくも、やりやがった、な・・・!」
「いや、俺なんもやってねーし。ただパンチよけて逃げ回っただけだし。なあ桜乃?」
「う、うん・・・」
仰向けに倒れ、なおも吠え続ける暴力男をあしらい、いつの間にか傍らに立っている彼女に話しかける。口もききたくないほどケンカしてたことなど、もはやお互い忘却の彼方である。ちなみに桜乃が二人を追いかけて来たのではなく、二人が追いかけっこしているうちに公園をぐるっと一周して戻ってきたのだ。
実際、これまでのやり取りを読んでいた読者諸氏ならご存知だろう。リョーマは一切、手も足も出していない。桜乃を傷つけた玉川久助を一発ぐらい殴ってやりたい気持ちはもちろんあるし、自慢のスーパーショットを何発も叩き込めばもっと楽に奴を倒せただろう。しかし、それでは「喧嘩」になってしまう。他校性と喧嘩沙汰になったとあれば、理由はどうあれ世間の印象は良くない。警察やマスコミが押しかけて来たりして、テニス部の仲間たちにも迷惑がかかってしまうかも知れない。自分から手を出していない今ならまだ、「暴漢に襲われ、逃げ回るうちに相手が自滅した」と弁解することもできるのだ。
「今更だけど、コイツ、どこが良かったの?」
玉川久助のナンパに引っかかった桜乃に、素朴な疑問をぶつけるリョーマ。
「あ・・・この人の話を聞いてると、頭がボーッとして夢見心地になって、フラフラと付いて行きたくなるの・・・」
「ベルベル先輩から聞いた通りだ。つまりはナンパスキルだけチートなやつを備えていたわけだ・・・」
こんな危険な奴にそんなものを与えたのは、気まぐれな神か悪魔か。もっともそんなことにはリョーマはまるで関心がなかったのだが。
「がああああ!」
「えっ、まだやるの!?」
その目にもうほとんど理性は無く、ただ怒りと憎しみのみ。執念深い久助はまたまた立ち上がり、もう誰も殴れないはずの両手を伸ばしてリョーマを捕らえんとする。ほとんどゾンビだ。
もう何回目になるのか、追いかけっこはもう飽きたと思いつつ逃げ回るリョーマ。今度は先程とは反対方向に走ると、最初に三人が対面した広場が見えてきた。中央に鎮座するものは噴水、気がついたリョーマはそれに向かって全力疾走。久助も負けじとスピードをあげる。
「・・・頭を冷やせ!」
叫びつつリョーマは、走ってきた勢いで大ジャンプ。なんと、噴水を飛び越えて反対側へ見事な着地! しかし久助にそんなことはできるはずもなく、見事に頭から水に飛び込む。
「ごば! あばあば、ふびゃがば!」
改めて断って置くが、季節は冬である。リョーマの狙い通りに寒中水泳する羽目になった久助、溺れてもがき続ける。着込んでいたセーターやコートも冷たい水を吸い、枷となって彼を責めさいなむ。
「・・・うわ〜、これ流石に死ぬかな? 死ぬよね?」
「さ、さあ・・・?」
自分でやっておきながら、他人事のように醜態を見つめるリョーマ、傍らの桜乃と会話。ジャンバーを脱ぐ。走りでほてった体に北風が心地よい。
「・・・おがあ! ごは、ごは!」
やっと噴水から脱出した久助、もう這いつくばるのみ。北風がさらに彼を責め苛む。顔や両手の傷は冷水でますます痛みを増し、もはや感覚も無いだろう。
「ちょっといい? 聞きたいことあるんだけど」
それどころじゃないだろうと誰かに突っ込まれるのを承知で、KYな質問をするリョーマ。しゃがみ込んで奴の顔を覗き込む。
「一度に5人の女と付き合うとか、どんな気分なわけ? ひとりでいいじゃん。俺そういう感覚わからないんで、ちょっと教えてくんない?」
「5人!?」
傍らの桜乃が驚愕する。これ程のナンパ師で女たらしとは想像もつかなかった。
「お、お、お、俺はなぁ、史上最高の色男なんだ〜。世界中の女はみんな、俺のモンなんだ〜!」
歯の根の合わない、ヘロヘロな声で律儀に返答する久助。寒中水泳で少しばかり頭が冷えたようだ。
「・・・あ〜、すんません、やっぱ分かんねーや」
困惑の色を浮かべ、リョーマは再び立ち上がる。
「でもまあ、色男うんぬんを語るなら・・・ひとことだけ言わせて貰いますと」
自称・色男を見下ろしつつ、次の瞬間、リョーマはドヤ顔で言い放った。
「この界隈で、俺よりいい男はいねーから!」
※あくまで個人の見解です、反論は受け付けます。
「あはは・・・そうだよね、本当に・・・」
桜乃はその言葉をしみじみと噛み締めた。
(ここに朋花がいたら大騒ぎだろうな、キャ〜! そのとおりでございます〜! って)
自分を心配してくれたのに冷たい対応をした、親友に思いを馳せる。
(私、馬鹿だな。こんないい男と別れようとしてたなんて。好きになったこと、後悔するなんて・・・)
後悔に目頭が、思わず熱くなる。
「・・・桜乃!」
「は、はい?」
不意にリョーマに声をかけられ、上ずった返事の桜乃。
「お互い、言いたいことはたくさんあるよな」
「う、うん・・・」
「でも、まずは帰ろうな。すっかり遅くなっちまった」
「・・・うん♡」
二人、手を繋ぎ、おでこ同士をくっつける。そしてごく自然に抱きしめあい、謝罪替わりのキス。もう恋人たちにわだかまりはなかった。
リョーマの右手と桜乃の左手。手に手を取り合い、公園から帰路につかんとする二人。
しばらく歩いたその時、背後から影が。二人は気づかない。不意に、その影が襲いかかった! 気づいたリョーマ、右にいた桜乃を突き飛ばした!
「きゃー!!」
つづく
見事桜乃のピンチを救い、和解したリョーマの身に何が起きたか。次回「破局の危機・・・!? その3 雪降って地固まる」お楽しみに!