もしもテニプリに女子テニス部があったなら〜交流編〜 作:ハネ太郎
ある日のこと。青春学園中等部の敷地内、校門から入って程ないところに、ひとりの少女が姿を見せた。何やら緊張したようで、それでいて期待に胸を膨らませたような表情で学校を見上げる。誰かを待っているのだろうか。
時は下校時。校舎からぞろぞろと生徒たちが出てくる。しかし少女のことは誰も気に留めない。少女は、生徒たちと年の頃はそれほど変わらないように見える。少なくともどこかの制服ではなさそうな服装。バックパックや旅行カバンとは別に、何やら長いものが収められていそうな袋を携える。短く切り揃えられた黒髪と和風なデザインの髪飾りが風に揺れる。
と、その時。またふたりの人影が出てきた。越前リョーマと竜崎桜乃だ! 今日は男子も女子も部活動が休みなので、一緒に帰るところなのだ。
「もし、つかぬことをお尋ねしますが・・・」
謎の少女が不意に、リョーマたちに話しかける。
「なんすか?」
「そのラケット・・・あなた、テニス部の人ですか?」
「はい、一応・・・」
次の瞬間、謎の少女の口から衝撃の発言が!
「テニス部の真田弦一郎という方を探しているのですが・・・今日は来ていないのでしょうか? 何かご存知ありませんか?」
「・・・・・・! そのヒト、知ってます。でも、うちにはいないっすよ・・・!」
面食らったリョーマ、顔を引きつらせながら答える。真田はかつて彼と激闘を繰り広げたライバルだ。
「ええと、ここ、弦一郎さんの学校ではないのでしょうか?」
「立海大付属中学は神奈川! ここは東京の青春学園っすよ・・・」
困惑の表情で訪ねる少女、呆れの色を浮かべつつ決然と答えるリョーマ。
「そんな・・・わざわざ九州から訪ねてきたのに、違うところに来てしまったなんて・・・!」
落胆した少女はその場で崩れ落ちる。
「アンタ、あの人のなんなのさ? ま、オレには関係ないけどね・・・」
傍で見ているリョーマ&桜乃、リアクションに困っている。やがて立ち去ろうとするふたりに・・・。
「・・・お待ちなさい! あなた、どこかで見た顔ですわね・・・!?」
「ええ、まあ、自分で言うのもなんですが、これでもけっこうな有名人なもんで」
不意に少女は立ち上がり、リョーマを呼び止める。
怪訝な顔をした少女、リョーマの顔をじ〜っと見つめ・・・。
「思い出しました! 越前リョーマ・・・弦一郎さんの仇!」
叫ぶなり少女は、袋から複数の棒状の何かを取り出し、慣れた手つきで繋げたそれは・・・薙刀! 本物ではなく木製なので木刀ならぬ木薙刀だ。
「覚悟!」
「なっ!?」
薙刀を構えて、少女はリョーマに襲いかかる! リョーマは驚きつつも咄嗟にラケットを抜いて応戦する。
彼女の薙刀捌きには無駄がなかった。間断なく繰り出される斬撃、もしくは打突、その一振りごとに風が唸る。空振りすることを「空を切る」と言うが、彼女の薙刀で文字通り空気が切り裂かれていた。その達人の技はいつぞやの玉川久助とは大違い、リョーマは回避するのが精一杯である。
「リョ、リョーマくん、どうしよう!?」
先ほどからの展開に置いてきぼりな桜乃はオロオロするばかり。
「・・・助けを呼べるなら呼んでくれ!」
薙刀をラケットで受け止めたリョーマが必死に叫ぶ。
「もしもし部長、リョーマくんがピンチです! 至急応援を!」
桜乃がスマホで呼んだ相手は?
「分かったわ、すぐ行くから! というか・・・今あなたの後ろにいるの」
「早っ!?」
背後の草むらからひょっこり顔を出す人影。
女子テニス部の部長、水島吉乃がログインしました。
「私のリョーくんになにをするの!」
「誰がアンタのだ・・・! でも、助かります」
自分を義弟扱いする吉乃に困惑しつつ礼を言うリョーマ。
今度は吉乃がラケットを構えて、謎の少女と対峙する。少女は勇躍、吉乃に挑みかかる!
「・・・
掛け声とともに吉乃は、ラケットを垂直に構え特別なオーラを展開した。そして汗ひとつかかず息も乱さず、謎の少女の斬撃のことごとくを受け止める。
「なっ!?」
「むう、さすがお姉さま・・・!」
「へえ、やるじゃん」
予想外の相手の力量に驚愕する薙刀少女、そして後ろから感嘆の声を漏らす桜乃とリョーマ。
「
相手がひるんだそのすきにボールを取り出し、吉乃は必殺技のひとつを繰り出した。野犬が獲物の喉笛に食らいつくがごとく、相手のラケットの手元に当たるように打ってミスを誘う技だ。そしてそれを応用すると・・・!
バシュウウウ! ガキーン!
「きゃっ!?」
ボールは見事、薙刀の刃とは反対側の石突き付近に命中。振り回す勢いをさらに加速させられる形になった謎の少女、ぐるりと回転してバランスを崩す。
「
さらに吉乃は、今度は長柄武器の刃の方に一撃! 獲物を追いかけ仕留める豹のごとき、高速で真っ直ぐなスマッシュが武器を吹き飛ばす!
バシュウウ! ガキーン!
「きゃっ! ・・・きゅう☆」
その勢いに持って行かれた少女も宙に舞い、地面に叩きつけられて昏倒した。
「・・・お姉さま、お見事です!」
「ふう、流石っすねおねーさん・・・」
かつてリョーマを手玉に取り、手塚と激闘を繰り広げた彼女の底知れぬ実力を目の当たりにし、ふたりは改めて舌を巻いた。
「リョーくん、桜乃、怪我はない?」
「あ、大丈夫っす」
「助かりました・・・」
ふたりを気遣う吉乃。あれだけの激闘のあとにもかかわらず、彼女は息の乱れひとつなかった。
ここは女子テニス部の部室。気絶した少女を運びこんだリョーマたちは、彼女の回復を待って尋問した。と言ってもあくまで友好的に、だが。部員のマメちゃんこと豆田優奈が紅茶とミルフィーユを差し出す。
少女の名は龍造寺時子。熊本県の名家出身で、真田弦一郎を訪ねてはるばるやってきたのだが、来るべき場所を間違えてしまったという。
「で、よーするに、オレが関東大会で真田さんを破った相手だというのを知ってて、仇討ちしようと襲いかかったと」
「はい。・・・申し訳ありません、つい、頭に血が上って・・・」
バツが悪そうにリョーマに頭を下げる時子。
「いかにもおしとやかな大和撫子という外見なのに、わからんもんだなぁ」
騒ぎを受けて駆けつけた大石がしみじみ語る。他の男子・女子テニス部のメンバーも、続々と集まる。
「ふむ・・・そうだ、彼女はそう言って・・・本当か!? なら、なるべく早く頼む・・・」
部屋の外で電話をしていた手塚が入ってきた。
「その真田が、迎えに来てくれるそうだぞ」
「お手数おかけします・・・」
知らせを受けてから十分もしないうちに・・・。
「時子! 勝手に家を抜け出した上に、騒ぎを起こすとはどういうことだ!」
噂の人、真田弦一郎がやってきた!
「早っ!? 神奈川からすっ飛んできたのか!!」
「たまたま近くにいたんだよ・・・。それより時子!」
「申し訳ありません、弦一郎さん。出過ぎた真似をしました」
真田に深々と頭を下げる時子。ふたりの力関係がよくわかる。
ふたりのやり取りを、呆気にとられて見ている青学メンバー&青学女子ナイツ。代表して、女子副部長の佐伯百合子が口を開く。
「あの、お二人は、どういうご関係で・・・?」
次の瞬間、真田の口から衝撃の告白が!
「許嫁だ。家同士が決めた、な・・・」
どがしゃ〜ん!!
目を逸らしつつカミングアウトした真田の前で、青学一同は派手に崩れ落ちた。
「い・・・い・・・い・・・許嫁〜!?」
「お前婚約していたのか〜!?」
困惑、混乱が収まる気配なしの男子と、
「手塚さんと同じく、いかにも堅物で、女を寄せ付けないタイプの真田さんにね・・・?」
「でも、なんかお似合いのふたりかも♡」
恋バナに盛り上がる女子。
「幼少期に婚約が決まって、直接会うのは年に数回。盆と正月ぐらいだ」
真田が説明を始めた。
「最近は電話もメールもくれなくて、それで・・・どうしても・・・会いたい気持ちを抑えきれなくなりまして・・・」
真っ直ぐな瞳で、真田を見つめる時子。
「・・・悪かった。全国大会だのなんだの忙しかったのでな。でも家出はやりすぎだろう、ご両親が心配してたぞ」
時子を叱る真田。あくまで口調は厳しいが・・・。
ふたりのやり取りを見ていた百合子が、
「・・・なんだかんだ言っても、婚約者さんにお優しいんですのね、真田さん♡」
と感心すると、
「別に、この程度、造作もないことだ・・・」
真田は照れ気味に答えた。
「わたし、弦一郎さんより、三歳年上なんですよ」
「まさかの姉さん女房!」
またしても驚愕する一同。二人は年齢差を感じさせない、と言うよりむしろ・・・。
「どう見ても真田のほうが年上・・・」
「・・・なんか言ったか!?」
「いえいえ・・・」
「せっかく来たんだから、どうすか? ここでひと勝負。許嫁さんの前でいいとこ見せないと」
「そう言って、恥の上塗りさせようという魂胆が見え見えだぞ・・・」
リョーマの提案をやんわり却下する真田。
「あるいは、ぜひ私とお手合わせ願いたいですわ!」
「ふむ・・・手塚を苦しめたその実力、確かに興味はあるな。だが生憎、今日は時間がないのだ。またの機会にさせてもらおう」
水島吉乃の提案も却下された。
「・・・そういや、俺たちも行くところがあったんだった!」
「ああ、スイーツショップの限定商品! もう間に合わないね・・・」
リョーマ&桜乃、学校帰りにデートする予定が、時子の襲撃でパァになった。
「本当にすまん! この借りはいつか必ず、何かの形で返す!」
「あ、いや、そんな、お気遣いなく・・・」
時子の首根っこを捕まえ、一緒に何度も頭を下げる真田。これまで見たこともないライバルの姿に、こっちが恐縮してしまうリョーマであった。
ちなみに真田の言う借りとやらは、後日時子の実家から熊本銘菓の菓子折り(男女テニス部のメンバー全員分)が届いたことで返された。
テニス部一同、真田らを校門まで見送る。
「ともあれ、こいつは連れて行く。迷惑かけたな」
「・・・この程度、騒動のうちにも入らん」
「もっとゆっくりお話ししたかったわ。また遊びにいらしてね」
「いいけど、もういきなりキレて襲うのはカンベンすよ」
青学を出たふたり、このまま真田の家まで直行&時子を実家に強制送還かと思いきや・・・。
「・・・このまま熊本まで帰るのもつまらんだろう。せっかく東京に来たんだ、見物したいところがあれば、付き合うぞ」
「・・・弦一郎さん! では・・・お言葉に甘えまして、まずは・・・浅草へ、お願いします・・・♡」
まだ日は高く、風も穏やか。若き許嫁たちは寄り添いあいながら歩みを進める。
つづく
夏だ! 海だ! 男女合同強化合宿という名のバカンスだ! しかしあっさり始められるはずもなく・・・!? 次回「海の合宿シリーズその1 砂浜に若い命が・・・」お楽しみに!