鳴り響く目覚まし時計のアラームに、意識を強制的に浮上させられ私は目を覚ました。
少し乱暴に目覚まし時計を叩くと、ベットから飛び起き支度を始める。
憂鬱だ。誰だって朝起きるのは辛いが、私が学生の身分である以上、それは避けられないことだ。
仕度を終わらせた後、立ち鏡で自分の姿を見る。いい加減、メイクとか覚えた方が良いだろうか?
いや、まだ覚えなくてもいいはずだ。そう自分に言い聞かせ部屋を出る。
キッチンで素早く食事を済ませ、家を出ると一人の少女が視界に入ってきた。
「おっはよー、友希那」
「.......おはよう」
玄関前で私を待っていた少女の名は今井リサ、私の唯一の知り合いで友達だ。
余程のことが無い限り、リサは毎日玄関前で待っていてくれる。
今でこそ慣れたが、昔は一緒に登校するのはかなり私の精神にくるものがあった。リサといると罪悪感が湯水のようにどんどん湧き出てくるのだ。
何故、罪悪感を感じてしまうのか。それは私が本当の湊友希那ではないという、たった1つの事に集約されるだろう。
今の”私”ができたのは7歳頃の事だ。それは本当に唐突で、ある日目覚めると私は湊友希那に憑依していた。
憑依した当初、とにかく私は苦労した。まず、当然だが周りの子達と精神年齢が合わない。
ある日突然、小学一年生になり小学校へ通い授業を受ける生活を過ごすのだ。はっきり言って、たまったもんじゃない。
私には幼児の無邪気さや突発的な行動に付き合えきれる程の大人な精神は持ち合わせていなかった。
その為休み時間は毎日、図書室に行き本を読んでいた。しかし、そんな事をしていると友達が出来ないのは当然の帰結だった。友人はただ一人、幼馴染のリサだけ。
つまるところ、私の小中学生時代はリサ以外友達のいないとても空虚な物になってしまった。
ここまでは良いだろう。原作の湊友希那もリサ以外に友達が居るような映写は無いし、さしたる問題では無い。
しかし、ここからが最大の問題。
湊友希那は高い技術力を持つバンドユニット、Roseliaのリーダーである。担当パートはボーカルだ。
よく知っているとも。私はRoseliaが好きだ、特に曲。Roseliaがいなければ、このバンドリという世界にも目を向けることはなかっただろう。それぐらい私はRoseliaが好きだ。
話を戻そう。ボーカルとはバンドの歌い手だ。そう、歌うのだ。
はっきり言おう、人前で歌うなんて無理だ。
憑依前の”私”は一般的な大学生だった。オタク趣味を持ち合わせていて、陰キャでコミュ障である事を除けば。そんな私が大勢の前で歌うなんて無理だ。
カラオケさえまともに行った事がなく、見知らぬ人との会話で頭が真っ白になってしまうのにライブで、しかも大勢の前で歌う。そんなの無理だ。
この世界がバチバチのバトル物だったり、セカイ系だったならば私は否応がなく動いたかもしれない。しかし、この世界にそういう危険が潜んでいないのを知っている。私一人が原作通り動かなくたって世界が危機を迎えたりしないし、歌で世界を救うという展開も無い。
何度でも言おう、私はコミュ障で陰キャなのだ。ボーカルなんて無理。
あぁ、なぜ私は湊友希那に憑依してしまったんだろう。どうせこの世界に来るなら転生という形で二度目の生を受け、密かにRoseliaの追っかけをしたかったのに。
ただ、ひたすらに辛い。
リサと共に学校へ向かう。時折、あたりを見渡すと楽器ケースを抱える女子学生をちらほら見かける。
当然といえば当然、世はすでにガールズバンド時代。そして現在、私は高校二年生、季節は秋。葉っぱが赤く染まりつつある時期だ。
バンドリーマーの諸氏ならわかるだろう。既にアニメ一期にあたる時期は既に終わっている。
そう、私は、何もしていないのである。二期はまだ始まってはいないものの、だらだらと毎日を過ごし、憑依前は大学生でそこそこの学力はあったため羽丘は余裕で合格。現在、学業には苦労するどころか学校ではリサ以外友達を作らないというか、作る気がない事を除けば、成績優秀な優等生だ。
因みにバンド活動はバの字もやっていない。
「最近、楽器ケース抱えてる子増えたよねー」
「......そうね」
リサが話しかけてくるが、私はそれを起点に次の話題につなげることなく、一言で会話を終わらせてしまう。
すぐさま心の中で反省はするが、それが次に生かされることはないだろう。唯一の友達のリサでさえこの始末な私にはバンドなんて夢のまた夢なのだ。
そうこうしている内に学校についた。
「リサ、おはよー」
「おはよー」
校舎に入るとリサに見知らぬ生徒が挨拶してきた。
リサは私とは違い、コミュ力が高いので原作キャラのみならず、モブですら仲良くなれる。
心の中で、私は密かにため息を吐く。羨ましさと、諦めにも似た感情の両方が心の中で渦巻く。
私も誰とでも話せるコミュ力が欲しい。そう思わずにはいられない。まぁ、そう簡単に手に入ったら人類皆、キャピキャピの陽キャリア充になるのだが。
「ふぅ.....疲れた.....」
時間は飛び、学校から帰宅して現在、部屋で床に放置されていたペットボトルのお茶を飲み干し一服。
私の部屋はとてもじゃないが整理整頓されているのは言い難く、床には様々なゴミが散乱している。
ペットボトル、お菓子の袋、プリント、鞄、漫画etc.....
辛うじて、整頓されているのはクローゼットとパソコン周りのみだ。
そろそろ片付けないといけないかもしれない。不定期だがリサが私の部屋にやってくるのだ。今の部屋の惨状をリサに見られると説教一時間コースは確実だ。
リサのお叱りは私の心に一番来るものがある。まず単純に耳が痛いのと、私が本物でない事から生まれる罪悪感が合わさり私の心を深く抉ってくる。
そろそろ、掃除をするべきか?そう思いながら私は床を一瞥すると、唐突に私に邪な考えが浮かんだ。
明日でもいいよね?
幸い明日は休日だ。それに今日は学校の課題かいくつか出された為、それを先にやったほうがいいだろう。よし、そうしよう。
そうと決まれば私の行動は早い。私はすぐさま、課題を始める。
数十分ほどで課題を終わらせた私は夕食を食べ、お風呂に入った後、寝間着に着替えた。
ベットの上で私は"ブロンズ色の丸眼鏡"をを外し、外した際の定位置においた。
そう、眼鏡だ。本来、湊友希那は眼鏡をかけていないが私がオタクで、憑依してもオタク趣味をやめなかった為、結果的に視力が悪化し眼鏡をかけることになったのだ。
自分が言うのも何だが、個人的には普通に似合ってると思う。いや、そもそも元の素材自体がいいから何をかけようと、着ようと似合う。
その所為で時々、リサに着せ替え人形の如く連れまわされて街のブティックを巡ることもある。私自身、お洒落に対する関心が年相応にない為もあるのだが。
そんな事を思い出しているとそれだけで疲れてきて、あくびが出てくる。そろそろ寝た方が良いかもしれない。
明日は掃除しよう。そう、思いながら私は眼を閉じた。
その日、夢を見た。
眼前に広がる、無数の人々。喧騒が満ちるこの空間で人々はすし詰め状態になりながらこちらを見ている。
自分の姿を見る、黒を基調にしたドレス、とでも言えば良いのだろうか?私はこの衣装に見覚えがあった。
前を向くとスタンドマイクが目の前にある。そして気付く、眼鏡が無い。しかし見える、眼鏡が無くてもはっきりと見える。困惑しながら右を向くと、そこにはベースを持つリサとキーボードの鍵盤に指を添えて俯く、黒髪ロングの少女が。
黒髪の少女が誰かわかるからこそ、私は左側には誰が居るか分かってしまう。
左側を見るのが怖い。何故だろう?誰が居て、どんな光景かなんて分かり切っているのに。
金縛りのような感覚が全身を襲う。だが、錆切った金属の歯車を無理やり回していくように、私の体は左へ動く。体がいうことを聞かない。体を制御できない、目を閉じようとしても閉じれない。
やがて、黒を基調とした視界に水色髪の少女と紫色の髪のツインドリルの少女が見えた。
二人の姿が完全に視界に入ると、今までの錆びついた動きが嘘だったかのように、体が動いた。
しかし、体は自分の思う通りに動かない。私の体は正面を再び向くと軽く息を吸い、マイクに向かって何かを喋り始めた。
聞こえない。何かを喋っているのは分かるが全く聞こえない。
少しして、喋るのが終わったのか口の動きは止まった。しかし、それも一瞬の出来事で今度は大きく息を吸い、何かを発した。
次の瞬間、美しい音色が聞こえた。そして私を口は再び、何かを発した。
違う、おそらくだが歌い始めた。そう思った直後、目の前に煌々と輝く光が現れ、私の意識は暗転した。
目が覚める。反射的に時計を見た。時刻は午前9時半を過ぎた辺り。
何だったのだろう。あの夢は。内容は分かり切っている。ライブだ、Roseliaの。
だが何故、見たのだろう?湊友希那という人間を遵守しきれない事への未練?
分からない。ベットの上をゴロゴロしながら考える。幾つもの予想が頭の中に浮かぶが、どれも確信に至るまでの根拠が無い。
いつまでも考えても仕方ない。そう思い、気分を変えようとスマホを手に取り、通知を確認する。
すると、リサから一件メッセージがあった。
『ごめーん。今日の学校の課題で分からないとこあるから、明日、教えてくれない?出来立てじゃないけどお菓子も持っていくからさ!ついでに友希那の部屋の抜き打ちテェックも兼ねて!!いくら部屋に私以外まともに入らないからといって、掃除しないのはよくないぞ!
時間は10時過ぎ位に行くね。』
「ああぁぁぁ......」
声にならない声を上げ、震える手でスマホの画面を見詰める。このメッセージは昨日の夜に送られている。そして私がベットの上でゴロゴロしている内に時刻は既に10時を過ぎている。
何故だ、昨日の私。何故寝る前にメッセージを確認しなかったのだ。
直後、インターホンが鳴った。
私は全てを諦めた。