ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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きっかり半年以上も放置していて本当ごめんなさい……

今回も無惨様はお休み。

半終末後の、時間軸は結構後の話で、アリス君ちゃんが主人公。


番外編~永久凍土探索してない行~

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 春。

 

 駅から一直線に伸びる大通りを抜け、ゆったりと歩いていく。コンクリートとアスファルトに覆われた都市の風景は、しかし定期的に配置された街路樹が適度に景観を和らげてくれるため、大都市と聞いて誰もが思い浮かべる灰色のディストピアという印象とは一線を画している。

 その辺りはむしろ、人の手が一切入っていないロシアの雪と氷に閉ざされた永久凍土の方がよほどに殺風景に思えるほどだ。

 

 桜並木の下を歩けば、頭上から舞い散るのは薄っすらと色づいた桜の花弁。

 

 ピンクというよりは純白に近い桜の色合いは雪と大差ないはずなのに、掌を広げると舞い落ちてくる花弁は穏やかでどこか暖かい。頭上を見上げると、満開の桜の枝を透かして青く晴れ渡った空が見えた。

 

「うん、今日もいい天気だ」

 

 普段通り、と言えるほどに慣れ親しんだ道じゃない。これでも高校生活が始まってまだ二週間程度、それもロシア探索の仕事との兼ね合いもあって、週に二日か三日くらいしか学校に行ってないのだ。

 

 で、今日は学校に行く日。

 

「それでもこの国が平和だってのは理解できる」

 

 何せこの国は害しか撒き散らさない天使とかいう有害非生物共が概ね駆除されている素晴らしき社会だ。まあ不本意ながら穏健派とかいう連中の存在はさて置くとしても、この国では羽根付きモヒカン共が過去の存在になっているというのは紛れもない事実。

 その辺は、同じガイア連合の転生者である僕の先輩達が頑張った結果だそうだ。その辺、結局のところ平和というものは対話や理念なんて絵空事じゃなくて、誰かが実際に血を流して戦って暴力を振るって殺し合って初めて手に入るものなんだろう。

 

 何せ連中、言葉が通じないからな。

 

「つまり、やはり暴力こそ正義……」

『いや、何でこの光景見てその結論に行くの?』

 

 思わず口を突いて出た一言に、霊体化して着いてきていた背後霊モードのシトナイからツッコミが入る。

 そこでちょうど行く手の信号が赤になったので、横断歩道の手前で足を止めると、目の前の通りを数台の自動車が行き交っていく。

 元は結構な山奥の街だったのが、学園都市ができた事でそこそこ都会化してきているという話だ。

 

 スマホを弄りながら掲示板を覗いてみる。いつものスレでは顔見知りであるイナバニキ先輩が、以前世話になった事があるハムネキさんに追い回されてはあちらこちら逃げ回っているらしく、彼の行き先を通報するスレ民と、それを嗜める良識派とでスレが真っ二つに分かれている……なお積極的に助けてくれるスレ民はいないようだ。

 イナバニキは僕もまあ時折、物資の補給なんかで顔を合わせる人だが、こうやって僕の知らない人間関係が構築されているのを見ると少し不思議な感じがする。

 

 そうやってスマホを見て笑っていると、ややあって信号が青になったので僕も歩き出す。そうしてほんの数分歩いた先にあるのが、僕の通っている学校────『月詠学院』。

 その実体は幼等部から大学部まで合わせて生徒総数五万人を越える超マンモス校だ。

 

 ガイア連合のグループ企業を経営母体とするこの学校は、本来は別々に存在していた複数の学校法人が合併して出来た超大型の学校施設であり、各所に複数のキャンパスを有しており、僕が通っているのもその内の一つ。

 元々はガイア連合に企業を参入させた金持ち転生者の何人かが「リアル学園ものやってみようぜ」などと言い出した挙句、結構な数の“俺ら”が同調して暴走し、その果てに出来上がった学園都市モドキの箱庭、通称を『ガイア学園』。

 未だに慣れない高校生活、出席日数が少ない事もあって教室での人間関係にも馴染めていないが、特に不都合を感じた事はなく、こうして平和な時間を満喫している。

 

 確かに何かとネタに走ってそのまま暴走しがちな“俺ら”であるが、それはそれとして別に、決して真面目な理由がないわけではない。

 とりわけ一番この学校を作りたがったのが、 “俺ら”の中でも子持ちの面子だった、らしい。

 

 「学校の七不思議」なんてものが存在しているように、とかく学校というものは異能者としての視点から見れば怪異の巣窟だ。

 子供時代からそれを身に染みて理解している大人の“俺ら”は少しでも霊的防衛の体勢が整った学校の建設を望み、こぞって出資してこの学園を作り上げた。

 

 

 で、ちょうど山梨県と東京都の県境にある奥多摩に置かれているのが、月詠学院奥多摩キャンパス。

 山梨にあるガイア連合の支部という名の本部へのアクセスも気軽にできて、東京都にも電車一本で行ける立地に置かれているこの場所が、月詠学院の中核になっていた。

 

 東京都と山梨県、ついでに割とどうでもいいが埼玉県が肩を寄せ合った県境に存在する奥多摩町、素のままの自然が生い茂った山々にその巨体を半ば埋めるようにして佇む巨大な敷地の中には、学校施設だけでなく多数の公共施設や店舗が点在しており、また学生向けのアパートなども多数存在していて、学校自体がさながら一つの都市を形成している。

 

 

 とうに登校時間は過ぎているせいで通学路に人の姿は少ないが、遅刻に早退、バイトにサボリ等々、色々な理由から登下校の時間がずれる事がないでもないので、表通りから学生の姿が完全に絶えるという事はあまりなく、事実歩道にはちらほらと学生達の姿が見える。

 

 

 基本的には同じく月詠学園の系列学校に所属する生徒達だが、制服のバリエーションは非常に多い。

 この学校、たとえば学ランにブレザー、セーラーがそれぞれ複数パターンに下半身にもズボンやスカート各種、さらには色違いなども取り揃えて様々に用意されたパーツの中からいくつか組み合わせて制服を選べるシステムになっており、ついでに制服改造は一人何点まで、とかいうどこぞのファミレスみたいな制度もあるので、制服のバリエーションは非常に多く、パッと見た限りで同じ制服の学生の姿は見られない。

 

 

 そんな街中を横切るように、駅から一直線に大通りが伸びている。

 

 

 通りに沿って桜並木が植えられているため、上空から観察すれば満開の桜の花弁によって引かれた薄紅色の一線が見えるはずだ。

 そして無数の白い花弁が散らばったアスファルトを踏んで、その桜並木の下を歩く美少女が一人────僕こと『立花アリス』の事である。

 実際の性別は男のはずだが、端的に言って可憐な女の子にしか見えない。

 

 ……自慢ではなく、ただ端的かつ客観的に言って、そうとしか言えないからどうしようもないので。

 時折、自分でも疑問に思ったりするので仕方ない。

 

 顔にはショタオジ謹製の魔貌殺しのメガネ。

 後頭部に薄青色のリボンを結び、上半身は白いシャツの上からセーラー襟付きの紺色ブレザーを羽織って、下は赤チェックのスカートにニーソとかいうスタイル。

 その中でも僕は完全に女子制服スタイルだが、今の御時世、少し前に同じ転生者でもある星川リリィが男の娘アイドルとして活躍した影響で、男の娘が女子制服を着て学校に通っていても何も言われない世界だから問題なし。

 

 ちなみに制服選びはシトナイのチョイスだ。

 

 桜並木の下をのんびりと歩きながら、スマホの時刻表示を確認。とっくの昔に登校時間は過ぎているが、ガイア連合で長期の仕事を請け負っている高位異能者かつブラックカード持ちの転生者という立場もあって、ガイア連合を母体とする月詠学院なら大した問題じゃない。

 異能者という括りの中で語るなら、僕と似たような事情で僕よりも学校に顔を出していない生徒なんていくらでもいるし、それを可能とするシステムに最初からなっているから、本当に何一つ問題じゃない。

 

 というか、むしろ僕の場合は普通に登校する方が問題だ。

 傾国傾城にして最悪最美、見ただけでも正気度を削ぎ落す────実際問題、精神耐性がなければヤバいほどの美貌。専用の魔貌殺しのメガネに加えて、存在感を誤魔化す系の霊薬を仕込んだ化粧品を突っ込まなければ、日常生活にすら支障が出る。

 

 そして、そこまでやってもまだ、見た目だけでモテる。

 

 しかも、男から。

 

 月に二回は告白されるので、断るのが大変で本当に面倒臭い。

 だからこうやって、他の生徒にはあまり関わらないような生活を送っているわけだが、どうしてもゼロというわけにはいかないのが難点だ。

 

『でも、マスターには私がいるものね?』

「だよねえ……肉体が女性化しているとはいえ、恋愛対象までは変わらなかったのはアイデンティティ的に考えて本当にありがたいよね」

 

 シトナイと話しながら登校中。

 

 桜並木の下の道を通り、大きなグラウンドや体育館と一緒に塀で囲われた月詠学院高等部の正門へと向かう道の途中で雑木林の中を通る脇道に逸れ、その途中にある急勾配の石段を昇っていく。

 別に寄り道ではなく、こっちが正式な道だというだけの話。

 

 高さ三十メートルほどの石段を昇っていくと、やがて見えてくるのは高等部の本校舎と比べるとやや薄汚れており小さいが、しかしそれでも十分な規模を持った小校舎────通称『E組校舎』だ。

 中等部から高等部までの全学年における“E組”、正式には特別強化クラスの教室が存在するこの校舎は、同じ学校に属しながらも本校舎からは半ば隔離された状態に置かれている。

 

 

 様々な事情や問題を抱えた生徒を一ヶ所に集めた、という名目になっているこの校舎は、要は異能者やそれに準ずる生徒を集めた一種の隔離施設。どこぞの暗殺する教室のような扱いだが、そっちとは異なり別に冷遇されているというわけではなく、学食もきっちり本校舎と変わらないものが出てくるし、何なら冷暖房やその他各種設備もそれなりに整っている。

 

 要は、異能を持った子供、あるいは将来的に持つ可能性が高い子供が暴れないように一ヶ所に集めて管理しているわけだ。

 それを差別というかどうかは人によって異なると思うけど、それはそれとしてもし常人を三秒でミンチにできるヒグマ並みのパワーを持つ子供が暴力沙汰を起こしたら、学校側はその被害に責任を取れるのか。

 

 まあ、そういう感じの、どうしようもなく出てくるしかない差別ではない区別、というしかない扱いに不満があるわけでもなく、のんびりと平和な生活を満喫できるので、不都合がないわけではないが文句を言うほどではなく、まったりと生活していた。少なくともポストアポカリプスよりは万倍マシだ。

 

 

 何故かハニワ顔をした不思議な二宮金次郎像の脇を通り、誰もおらず静まり返った昇降口を抜けると、僕はそのまま教室に向かわず、廊下を曲がって別方向へと向かう。

 教室が置かれた北棟と特別教室が集められた南棟の二つの校舎によって挟まれた中央棟には、職員室や生徒会室を始めとした学校運営に関わる設備が集約されている。

 

 

 そして、その中の一室。

 

 

「うぇえええええ!? 何、怪我したの!? ここは空き部屋だぞ、僕のサボリ場だぞ! 誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」

 

 鍵が掛かっていないドアをガラリと開けると、机の上でのんびりとコーヒーを啜っていた青年が椅子を鳴らして慌てて立ち上がる。

 

「仕事場でしょ! ここは保健室! 貴方は養護教諭! 仕事を、しなさい、ロマン!」

「あべし!」

 

 アホな事を言った赤毛ポニテの男性養護教諭の背中に、背後から飛んできたドロップキックが突き刺さった。

 きりもみ回転しながら吹っ飛んで転がった彼の名前は『路間尼 秋満』、フリガナを振るなら「ロマニ・アキミツ」となる。通称はロマニキ。この月詠学院E組校舎の保健室に勤務する養護教諭、いわゆる保健の先生である。

 

 ついでに、ここの学校に所属する生徒や教員、その他用務員とかの学校従業員のためにガイア連合職員としての受付業務を担当するのも彼の仕事だ。

 ちなみに彼もガイア連合所属、元医療チーム出身の転生者であり、背後から彼を蹴り転がした銀髪の少女が彼を補佐するシキガミ『オルガマリー』であるのだが。

 

「はいはい、それじゃサボリ馬鹿のロマンは放っといて、貴方は検診ね。ほら、こっち来なさい」

「はーい」

 

 自身の主に対してやたらと容赦がないオルガマリーに背中を押されて、保健室のベッドに腰掛けると、そのままオルガマリーはロマンの視線を遮断するようにベッドのカーテンを引いた。

 クトゥルフ神話の邪神に、貪欲界の女王、そして正体不明の魔人。その三者から代行者レベルの加護を突っ込まれている僕の身体は案外微妙なバランスの上で稼働しており、何かあればいつ異常が出ても不思議ではない。

 だからこうして、定期的な検診を義務付けられている。

 

 問診して身長や体重を測定し、血圧を測り、胸に聴診器を当て、喉の奥を確認して触診し、心電図まで取って、と一通り身体測定でやる事を済ませて、呪詛や霊障がない事を軽く検査して、体内マグネタイトの流動を確認し、とオカルト関連の測定も一通りを終わらせて、身体的にも霊的にも異常がない事を確認して完了。

 

「よし、今日も異常なし。ばっちり健康体よ。シトナイの管理が行き届いている御陰かしらね」

 

 ちなみに確認したのはロマニキではなく、看護服装備なオルガマリーの方。僕の身体は“ほぼ少女”なのでその辺はそうなる仕組みだ。

 というか正気度を削るレベルの美少女になりつつある僕の身体を男に触らせる事自体、精神汚染の危険があるから普通に考えてやるべきじゃない。

 

 制服を着直してベッド周りのカーテンを開け、そこで一つ思い出したので、取り出したブツをロマニキに向かって投げ渡す。

 

「ロマニキ、これお願いします」

「え!? これ、魂回収用の形代じゃないか! まさか誰か死んだのかい?」

 

 市町村指定のゴミ袋の上から何重にも巻かれたガムテープを裂いてロマニキが包みを開けると、中に入っていたのは掌サイズの藁人形。

 セドナの持つ冥界神の権能で保護された表面には薄っすらと霜が降りている。ガイア連合が対メシア過激派用に普通に売っている、魂回収用の形代だ。

 

 メシア過激派との戦闘で死んだ後で天使に魂を回収されると、一番マトモなので罪人として一神教の地獄に連れていかれるか、さもなければ無理矢理蘇生されて洗脳だとか、実験材料や素材だとか死ぬ方が余程にマシな仕打ちが待っている。

 それをできるだけ防ぐため、死亡者の魂を確実に持ち帰るためのアイテムがこの怪しげな藁人形だ。

 

 これに魂を回収して持ち帰り埋葬、または場合によっては後でシキガミボディに突っ込んで蘇生だとか、そういう事の為に使うアイテムが、これだ。本来の用途なら、だが。

 

「メシア過激派の上級司祭です。ロシアで町襲ってたけど、十字軍がどうとか意味深な事言ってたから、ネクロマか何かで尋問してロシア支部との情報共有お願いします」

 

 先日の戦闘でロシアから持ち帰ってきたのがコレだ。

 

 本来はガイア連合の仲間を無事に連れ帰るために使う道具を、脳味噌の芯まで腐った人類の裏切り者のために使うとか最悪だと自分でも思うのだが、他に持ち帰る方法もないので仕方ない。

 中身がメシアの司祭とかいうだけで僕にとっては呪いのアイテムみたいなものだから、ようやく手放せてほっとしている。

 

 戦地だとこういう使い方は割とよくされているらしいが、割と実戦向けというか、ルール無用の実戦でなけりゃ絶対に使われない、いわゆる“汚い使い方”ってヤツだから、平和な日本の月詠学院に所属する異能者で同じ事をするヤツはいないだろうな、って感じ。

 まあ、僕は月詠学院に通っていても実態は戦地勤務の異能者なので、戦地らしい正統派な使い方だといえるか。

 

「あー……うん。でもこの装備、そういう事するために使うヤツじゃないからね。今度から装備は普通に使おうね」

「考えときます。探査記録はこっち、今送信しますね」

 

 ちなみに、こうして持ち帰った敵の魂は色々と情報を引き出した後は研究班に回され、実験台やら生贄やら様々な用途に使われた後、用がなくなったらショタオジが契約している死神タイザンフクンの手で仏法に則って正当な裁きを受けて六道輪廻にボッシュートされるのだとか。

 つまり死後だろうがメシアルールは通じないって事。ざまぁ。

 

「はいはい、その返事だと絶対に行動改める気はないよね。……まあ仕方ないか。で、記録は、っと…………うわぁ、また派手にやってるねえ。あ、オルガマリー、検証するにもちょっと時間が掛かるし、アリス君とシトナイにもコーヒー出してあげて」

 

 と、スマホを通じて先日までの探索行と、村を襲っていたメシア過激派を横殴りした時のデータを送信する。データを受け取ったロマニキは、そこに映し出された戦闘の様子に溜息を吐いた。

 

「もうやってるわよ。ついでに冷蔵庫の奥に隠してあったチョコパウンドケーキも出しておいたから」

「ああっ、それは僕が大事に取っておいた秘蔵の……!」

 

 背景で悲鳴を上げるロマニキを放置して、シトナイと二人、オルガマリーが出してくれたチョコパウンドケーキを食べる。

 なるほど、秘蔵というだけあって中々美味しい。さすがはスイーツ好きのロマニキだ、甘いものに関しては中々いい趣味をしているようだ。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 検診を終えた僕は、一時限目の授業の終わりを告げるチャイムに合わせて保健室を出た。

 休み時間という事で軽い喧騒が聞こえる廊下を歩き、教室へ。無造作に教室のドアを開けて中に入り、自分の席に向かう。

 今年度が始まって既に二週間、教室内の人間関係はほぼ定まっているが、僕の顔が忘れられる程の期間でもなく。

 

「平野、有田、材木座、おはようさん」

 

 と、近くの席の男子生徒三人に声を掛けると、背後の方から波のような気配が押し寄せて通り過ぎていく。

 殺気と呼ぶには生温過ぎるその感覚を不愉快に感じて振り返ると、そこにいた男子生徒達の一部が気まずそうに視線を逸らす。

 

 見た目だけは美少女だからな、僕は。

 

 でも、だからといって僕が話し掛けた相手に嫉妬をぶつけてくるのは本気でやめて欲しい。

 友達を選ぶ権利くらいは、誰にだってあると思う。僕にも。

 

「ああ、おはようさん立花。相変わらずだな」

「うん、いつも悪いね三人とも」

「別に立花のせいじゃないだろ。あんなん、本物の悪魔共の殺気に比べたら大した事ないしな」

 

 こんな状態でも友達を続けてくれる彼らは、本当にいい友人だと思う。

 

 僕が視線を戻すと、再び三人に向かって言葉よりも雄弁な負の思念が籠った視線が集中する。さっさとどうにかして欲しいが、どうすればいいとか思いつかないから頭が痛い。

 

 ここで溜息を吐くと後ろの連中の脳内では、三人が僕に迷惑を掛けているっていう風に脳内変換されるんだろう。

 だから地味に殺意を押さえつつ荷物を机のサイドに引っ掛け、椅子を引いて黙って席に座る。

 

「今日も元気そうだね。遅かったけど。寝坊したの?」

「どうせ夜更かしでもしてたんでござろう? 拙者達にとってはいつもの事ですがな、デュフフ」

 

 肩をすくめる旧友三人、全員小太りのピザ体型。それでも全員それぞれに特徴があり、微妙に目付きの悪いのが『平野コータ』、マスコットのように小柄な子豚っぽいのが『有田春雪』、なんかやたらと老け顔で学生のコスプレした中年サラリーマンみたいな顔しているのが『材木座義輝』の計三人。

 中学の頃からのオタ友達であると同時に、同じくガイア連合に所属する転生者だったりする。黒札持ち転生者だってバレるとハニトラや勧誘、媚売りその他色々が山程で面倒臭くて敵わないので、周りにブラックカードを見せびらかすようなアホな真似はしていないのだが。

 

「しゃーなし。ようつべに霊視ニキの戦闘動画MADの新しいのがアップされてたからね。ついつい何度かリピートしてたら、いつの間にか遅くなってた」

「あー……立花殿は霊視ニキの大ファンですからな!」

 

 一番カッコよかったのが、最後に立ち去ろうとしたところで一旦足を止め、振り返りざまにメシア教会の建物を拳一発で粉砕するシーンだ。

 それ以外にも、右から左から襲い掛かってくる大量の天使を次から次に殴り潰していくシーンとか。命乞いする神父と天使を二匹まとめて握り潰したシーンとか。背後から壁をブチ抜いて手を伸ばし横並びになった天使の頭を握り潰してから、壁を突き破って登場するシーンとか。

 

「既存の映像を編集しただけの奴じゃなくて、新規のクリップがたくさん入ってて。バックの曲も映像に合ってて、コミカルでアップテンポな曲を合わせてもシュールになって笑えるけど、ああいう派手な戦闘シーンにはやっぱりストレートに格好いい曲が一番似合うよね」

「あはは……そうだ、立花くん、これ、昨日のプリント」

「お、サンキュ。助かる有田」

 

 熱弁していると苦笑いする有田からA4サイズの藁半紙を受け取って中身を確認する。

 ガイア連合でよく使われている呪術契約書とか、そういう物騒なヤツじゃない、割とごく一般的な連絡書類。要するにただの紙だ。中身は、部活動について。

 

 数日後までに、希望する部活動を書いて提出しろ、と。

 色々と事情がある生徒も多い学校なので別に帰宅部でもいいが、それはそれとして提出だけはしろ、と。

 

 そんな具合の内容だ。

 

「部活か。三人はどうするんだ?」

「もう決まってるよ。僕はゲーム部。コータはサバゲー部で、ヨシテルは文芸部。立花くんは?」

 

 見事にバラけている。だからどうした、という話だが。

 

「僕も帰宅部で確定かな。最低でも運動部はナシだね。練習とか大会とか時間を取られるのはノーセンキューだ」

 

 そんな事する時間があるなら、ロシアの探索を少しでも進めたい。アリスワールド建設計画も、アリスの居所が分かってアリス本人が頷けば即刻動き出すところまで話が進んでしまっているのだし。

 そういうわけで、入部申込書に帰宅部と一言書き込んで机の中へと突っ込んだ。後で出しておこう。

 

 この学校に生徒として所属している異能者の中には、学校生活とは別に異能者として何かしらの仕事なり制約なりを持っている場合もあるので、そういうのを優先する必要がある事を見越して、部活入部は強制じゃない。

 

「ま、拙者はその前に少しだけ、そう少しだけ剣道部を覗いてみるつもりですがな」

「あー……材木座はガチの剣術系だもんな。そういうのもアリか」

 

 こう見えても彼は厨二病ロードを一直線に走った挙句、ショタオジ主催のレベリング一週間ハードコースに突撃して見事トラウマを作ってきたガチの剣術系異能者。

 一週間の詰め込み修行とはいえ、これでも天狗の弟子なので、純粋な剣術でも下手な全国大会経験者よりも強い、らしい。

 

 その辺は実際に戦わせてみた訳じゃないから分からんが、曲がりなりにも妖魔クラマテング、英雄の育成という偉業を権能として持つ高位悪魔に仕込まれた兵法者が弱いわけがないし、何よりショタオジの評価なので多分正しい。

 

「ま、あくまでも興味本位ですからな。ちょっと覗くだけで御座るよ。ここは同じレベリングハードコース卒業生の仲、いっそのこと立花殿も一緒にどうですかな?」

「うーん……まあ、それもアリかもな。見るだけならアリかも」

 

 そんな風に軽く盛り上がっているところに、話し掛けてきたのが約一名。

 

「あの……」

「はい?」

 

 振り返ると、話し掛けてきたのはクラスメイトの一人。日本人にはまずいない天然物の金髪碧眼、確か名前をナントカ・ナントカ、とかそんな感じの名前の、イギリス出身の生徒だったはずだ。

 つまりクラスにそんな感じのがいたな、くらいで全然覚えていないが。

 

「セシリア・オルコットです。セシリアで結構ですわ」

「………………そう。それで、オルコットは何か用?」

 

 見た目から明らかに分かりやすいお嬢様育ちの少女。

 

 イギリスの名家の出であるらしいが、半終末に際してメシア過激派による世界各地への核攻撃が行われる直前の頃になって日本に留学、というか避難してきたとかいう経歴の持ち主だ。

 

 半終末になって故郷に帰れなくなっている時点で苦労を知らない温室育ち、などと揶揄するわけにはいかない状況だし、御嬢様という立場相応にそれなりの苦労もしているはずだが、僕の関わる義理はないし、何より。

 

「いえ、立花さんの部活がまだ決まっていないという話だったので、ボランティア部はどうでしょうか? 活動内容は地域のゴミ拾いなど地域交流の延長みたいな事が主体で、作業は大変ですが社会貢献にもなりますし、達成感も大きいですよ。部活仲間同士の繋がりを深めるにも悪くない環境ですし、立花さんも一度いらっしゃいませんか?」

「ボランティア部……確か、完全にメシア教の紐付きだろ。却下だ却下。他を当たれ」

 

 

 ────この女、メシア教徒だ。

 

 

「あの、それなら見学だけでも!」

「無理。天使とメシア教は生理的に無理。学校で殺し合いまでやりたくないから、帰ってくれ」

 

 日本メシア教会が存在し、ガイア連合と同盟を組んでいる以上、この学校にも当然メシア教徒の学生は存在する。オルコットもその一人、らしい。

 見た感じロシアによく生えてくる強姦魔軍団と違って日頃の行動も真っ当なようだし、そもそも過激派とは繋がりのない穏健派のメシア教徒なのは分かるが、それでもメシアはメシア。

 個人の人格とか行動とかそういうのとは完全に無関係に、近くに来られると不愉快で仕方ない。具体的には視界の隅を低速で這いずるゴキブリと同程度。

 

 叩いて潰せないというそれだけでストレスが溜まるが、さすがにここは法治国家の日本だから正当防衛が成り立ちでもしない限り殺人は許されない。

 ……せめて、唐突に発狂して襲い掛かって来てくれでもすれば殺していい理由もできるし助かるんだが。

 

「あの……」

「無理。帰れ」

 

 しばらく睨み合っていると、オルコットは気圧されたように後ずさる。これで終わり、と思って僕はオルコットから視線を切った。

 次の授業は数学だから、教科書とノートを取り出して机の上に並べておき、そしてそこで終わってくれればよかったんだが。

 

「────ちょっと待て。セシリアがこんなに言ってるんだ、一度くらい行ってあげてもいいんじゃないか」

 

 横から口を挟んでくる余計なのが約一名、『天之河光輝』なる男子生徒。

 

 シャンプーか清涼飲料のCMにでも出てきそうな色素の薄いサラッサラの天然茶髪に、横並びしたアイドルグループの端っこから数えて三列目くらいにはいそうな感じの爽やか系の整った顔立ち、身長は百八十センチを越える長身という三拍子揃ったいかにもなイケメン。

 

 転生者ではないが一応ガイア連合に所属する異能者であるらしく、数日前にシルバーランクのカードを見せびらかしているのを見た事があるから、現地人異能者としては結構な高ランクなのだろう。

 

 でもって学業の成績もよく、スポーツも万能で、覚醒する前から剣道では全国大会の常連だったらしく、生来のカリスマ性もあって剣道部では主将をやっている。

 加えて誰に対しても人当たり良いとなれば、クラスの内外問わず女の子にはモテモテ、惚れている女子がダース単位でいるとかいないとか。

 まさにクラスのカーストトップを独走しているような、実に面倒臭い男である。

 

「行かない。無理。たとえ無理じゃなくても絶対に嫌。それでも無理矢理連れてくとかするなら、もう穏健派がどうとか知らんし近場のメシア教会全部に放火してでも抵抗する。むしろ全員殺す。手っ取り早いから」

 

 脅しでは、ない。

 

 というか、我慢してもどうせ途中で耐え切れなくなるのが目に見えているから、むしろ余計な時間を短縮できて合理的ですらある。

 ……いや、よくよく考えれば殺すとか言ってる時点で合理的でも何でもないか。それでも我慢はできないと思うけど。

 

「それじゃ駄目だろ。アリスがメシア教の人の事を苦手に思っているのは分かるけど、いつまでも苦手なものを苦手なままにしておくのは良くない。苦手は努力して克服するべきものだ」

「一生近付かないから、克服する必要もない。そして何より、苦手なんじゃなくて殺したいんだ、僕は。あと立花、だ。名前で呼ぶな気持ち悪い」

 

 達磨にされて輪姦された経験もない癖によく言えるものだ。

 

 さっさと話を切り上げたいけど、コイツ自分が正しいことを言ってるつもりで、自分の正しさが通るまでいつまでも粘着されそうだ。話すだけ無駄。

 メシアン相手なら殺せば手っ取り早く片が付くロシアが懐かしい。

 

 本当に、何で平和な日本にいるっていうのに、こうもストレス抱えなきゃならないんだろう。舌打ちをこらえて立ち上がると、椅子が床と擦れて不快な音が教室全体に響いた。

 

「……帰る」

 

 こういう時は、さっさと逃げるに限る。机の横に引っ掛けてあったカバンを掴んで、さっさと教室から退散しようとした、ところで。

 

「あ、待ってくれアリス────」

「だから名前で……っ、触るな!」

 

 追い縋ってきた天之河に腕を掴まれた。

 

 反射的に振り払い後ずさってから、全身の表面が泡立つような不愉快な感覚と共に喉元からこみ上げてくる気持ち悪さに口元を押さえた。

 さぁっと手足から熱が抜けていくような感覚、体中に鳥肌が立っている。

 

 フラッシュバックという単語が示すように脳裏に光が弾けるようにして、自分ではない誰かが経験した忌まわしい記憶が流れていく。

 降臨する天使、拉致、凌辱、手足を切り落とされ目を抉られて苗床となって延々と呪われた子供を産み続ける地獄の光景。

 

「アリス────!」

 

 振り払っても追い掛けてくる天之河に向かって、反射的に体が動いた。

 伸ばしてくる腕を掴み返して引き寄せ、胸元に掌底を叩き入れる。

 腕を押さえているから衝撃に逃げ場はなく、のけ反った顎を肘で突き上げ、さらに一歩踏み込んでその腹に足を────。

 

「ストップストップ、やり過ぎで御座るよ!」

「やめろ、これ以上は死ぬって!」

「そうだよ、本当にマズいから!!」

 

 内臓を破裂させる踏み下ろしの震脚を落としてトドメを刺そうとしたところで、制止される。

 材木座、平野、有田の三人。トラウマを刺激しないように、肩から掛けたカバンを押さえて間接的に止めてくれていた。

 

「…………悪い。頭冷やしてくる」

 

 頭が冷えた。

 

 ようやくこちらが落ち着いたのを理解してくれたのだろう、そこで三人は離れてくれる。

 それだけ確認すると、僕は半ば走るような足取りでその場を後にした。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 水道の蛇口を全開に捻り、蛇口から溢れ出す水をざばざばと手に掛けていく。

 

 水勢が強過ぎるせいで撥ねた飛沫が身体に掛かって制服に濡れ染みを付けるが、それも気にならない。液体石鹸のボトルの蓋のポンプ部分を何度も押して掌に洗剤を落として、ごしごしと泡を立てて擦ってから、水流に手を突っ込んで洗う。

 そうして数秒手を流したら、次はまた大量に石鹸を付けて手を擦り、水を流して、そんな単純な手順を何度も何度も繰り返す。

 

 気持ち悪い気持ち悪い、本当に気持ち悪い。

 

 さっき天之河に掴まれた部分が汚れているようで、どうしようもなく気持ち悪い。理性では大した事もないと理解しているが、それでも収まらないくらいに気持ちが悪い。

 

『……マスター』

「うん分かってるシトナイ。そろそろ終わりにする」

 

 そんな事を、もう二度も三度も言いながら機械的に同じルーチンを続けている。汚れているとかそういう以前に、どうしても気持ち悪さが消えない。

 

 呪いのような記憶が脳内でぐるぐるリフレインして止まらない。きたない。きもちわるい。

 

 

 ────きれいにしなきゃ。

 

 

「っ、もう、マスター! 聞いて!」

「っ!?」

 

 背後から手を引っ張られて、我に返る。

 

 どれだけ水を流していたのやら、気が付いたら袖口には肘の辺りまで水が染みているし、足元に放り出してあったカバンも飛び散った水飛沫でぐっしょりと濡れてしまっている。

 自分が馬鹿な事をやっていた自覚はあったが、それでもどれだけ間抜けな事をしていたか自覚して、あらためて頭が痛くなる。

 

 ……トラウマの再発、か。それもこんな簡単に、こんな下らない事で発生するとか。

 

 昔なら、吐いて座り込んで震えるだけで何もできなくなっていた。それをどうにか反撃できるくらいに仕上げてくれた辺り前よりは大分マシになってるから、ショタオジの修行には感謝しなきゃだが。

 

 それはそれとしてもう少し匙加減が狂っていたら、あそこで天之河を殺していたかもしれない。というか、普通に殺し掛けたか。

 いくら命の値段が安く、死人なんてリカームすれば一発でカタが着く世界とはいえ、殺人は殺人。いくら何でもタガが緩み過ぎだ。

 

「仕方ないわよマスター。ほら水を止めて、移動するわよ」

「うん。……でも、どっちに?」

 

 言われるままに蛇口を締めて水を止め、濡れたカバンを背負ってその場を離れて移動。

 とっくに次の授業が始まっている時間帯、無人の廊下に人の姿はなく、しかし授業を続ける教師の声、黒板を叩くチョークの音、教科書をめくって紙が擦れる音、そういった学校に特有の音が薄い壁越しに伝わってくる。

 

 完全に静寂といえない癖に妙な孤独感を掻き立てるそんな廊下を、シトナイに手を引かれて僕は黙々と歩いていった。

 

「そうね、とりあえず保健室。あんなことがあった直後で教室に戻るのもなんだし、ベッド借りて休みましょ」

「……うん、そうする」

 

 自分でも大概幼児退行している事は分かるが、その辺は仕方ない。現実感もなく酩酊したようにフワフワした頭のままシトナイの後に着いて歩いていく。

 保健室のドアを開けると、相変わらず保健室でのんびりしていたロマニキが素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ、立花くんお帰り。また戻ってきたの……って、びしょ濡れじゃないか! 何があったのさ!?」

「どっかの馬鹿が地雷踏んでマスターのトラウマ再発させたのよ。ドクター、ベッドと洗濯機借してもらうわよ。それからタオルお願い」

 

 そこから一通り大雑把に状況説明を済ませながら、シトナイは並んだベッドの一つに僕を座らせてベッド周りのカーテンを引いた。

 それから僕のブレザーとその下のワイシャツと、ついでにこっちも垂れた水を吸って濡れていたスカートまで脱がせてオルガマリーに渡し、オルガマリーがそれを保健室に備え付けの洗濯機に放り込んだ。

 

 ほとんどシトナイにされるがまま、子供のように下着を残して全身剥かれながら、ベッドに腰掛けたままぼんやりと成り行きを見守っている。

 カーテンを隔てた向こうでは洗濯機が回っているが、無駄に技術が発達したガイア連合関連企業製のそれはほとんど稼働音を立てず、保健室は相変わらず静かなものだ。

 

「……この学校だと、たまにあるんだよ、この手の事。大抵は海外出身の生徒なんだけどね、海外から亡命してきた過激派メシアンの被害者と、国内出身の穏健派メシアンの生徒がトラブル起こすの。それと、仲裁に入ろうとした他の生徒まで巻き込んでね」

 

 自殺未遂にまで及んだこともある、らしい。

 

 なるほど、自分が直接被害を受けた訳でもない単なる追体験ですらあんな様を晒していた、さっきまでの僕の狂態を思い出せば、その程度起きても不思議じゃないし、むしろ未遂だけで本格的な自殺者が出ていない事の方が奇跡的か。

 今後深刻なトラブルの一つも起きないと言い張る方が、むしろ楽観的に過ぎるだろう。

 

「だいたい呪術契約が効いているから被害者が直接的な復讐に走る事はなくて、殺し合いに発展する事は滅多にないけど、呪術契約にPTSDの再発を止める力はないからね。意図的な攻撃じゃない異能の暴発なんかはどうしようもないし、復讐できない事を苦にして自殺とか、もうどうしようもない……本当に大変なんだよ。僕達もどうにかしたいとは思ってるんだけど、今の情勢じゃどうにもね……」

 

 カーテンの向こうでそんな事を言って、重苦しい溜息を吐いたロマニキは手にしたコーヒーカップを机に置いた。

 陶器のカップが机に降りる堅い音が、いやに空々しく保健室に響く。

 

 問題、問題、問題ばかりだ。

 

 とりわけ日本国内では情報封鎖が効いている分、海外出身の生徒と純日本人との意識の差は激しい。

 

 大半の日本人は海外で何が起きているか知りもしないし、何なら、日本政府の公式発表からして国外では戦争なんて起こっていない事になっているくらいだ。

 それが表向きの話に過ぎないと誰もが薄々気付いてはいるのかもしれないが、だからといって仮初の平和という幸せな薄皮を引き剥がした向こう側の実情がどの程度、などといった情報は一切入らない。

 

 そういう意味では、この平和な世界の中では、むしろさっきの天之河の対応の方が常識的、というか一般的な日本人の対応なんだろう。

 

 だからといって向こうに合わせてやるつもりは一欠片もないけれど。

 

「大丈夫です。すぐに楽になります」

「ああ、落ち着くまでゆっくりしてくれて構わないよ。無理はしないで、ちゃんと休んで。ボランティア部の唐洲先生には、外野が無理矢理な勧誘活動をしているって、僕から話を通しておく」

 

 なら安心かな、と、僕は力を抜いて、飾り気のない真っ白なベッドの上に、身体を投げ出すように倒れ込んだ。

 とりあえず、気分も感覚も日本での生活向けにリセットし直して良さそうだ。

 

「…………了解」

 

 ロマニキの気遣いに気のない返事だけ短く返して、身体の力を抜いて目を閉じる。その隣に、シトナイがするりと身体を潜り込ませてきた。

 

「ほら、マスター。眠るまで抱っこしててあげる」

「ん。ありがと」

 

 ぎゅっと抱き締められてシトナイの胸に顔を埋めたまま目を閉じれば、身体から自然と力が抜けていく。

 魔人アリスから加護を受けた影響もあって小学校を卒業してからマトモに身長が伸びていない僕よりも、シトナイは目線一つ分だけ身長が高い。だから、こうやって抱き締められるには割とちょうどいい、らしい。

 

「ほーら、落ち着く?」

「うん。だからもうちょっとだけ、お願い」

「ちょっとと言わず、お姉ちゃんが好きなだけぎゅってしてあげる。こうしていれば、怖くも寂しくもないでしょ」

 

 柔らかく、暖かい。

 

 普段から同じものを食べていて、一緒に生活しているはずなのに、寄り添うようにベッドに横たわったシトナイの身体からは、僕のものとははっきり異なる、ミルクのような匂いがした。

 

「肉付きも骨格も、完璧に女の子の身体よね。なのに、大事な部分だけ男の子……不思議な身体よね」

 

 邪神と妖獣と魔人の加護────三重の呪いによって変容が進む僕の身体にそっと手を這わせながら、シトナイが呟いた。

 それはこのまま安定するのか、それとも完全に女の子の体になるのか……少なくとも元には戻れない、って事だけは分かる。

 

「大丈夫よ、マスター。どんな身体でもマスターは私の可愛いマスターだもの。それにほら、今だってこんなに可愛くて、綺麗────」

「そんな……シトナイほどじゃないよ」

 

 思わず苦笑いして見上げると、僕に寄り添うシキガミは想像していたよりもずっと、驚く程に真剣な顔をしていた。

 

「綺麗よ、マスターは。私よりも、他の誰よりも綺麗」

「……シトナイ」

 

 そうやって抱き締められていると、唐突にカーテンの向こうから声が飛んでくる。ロマニキのシキガミであるオルガマリーの声だ。

 

「アンタ達、保健室でナニするのは禁止よ。たまに自分のシキガミと盛るヤツがいるけど、あれ事後の換気とかシーツの洗濯とか、本当に大変なんだからね!」

 

 反射的に跳ね起きて、その内容に思わずシトナイと顔を見合わせて苦笑い。その辺は僕達にも思い当たる話だったので。

 

「ああ、確かに。狭いところでアレすると後始末が大変なのよね。シートとかにも染みるし、換気も気楽にできないから臭いも籠るし」

「あっちこっちに汁が飛び散るからね。狭いところで二人っきりだと、ついつい盛り上がっちゃって」

 

 何って、ロシアでの話である。

 

 多脚戦車の、決して広いとはいえない操縦席。居住性を重視してそれなりにスペースを取った設計になっているものの、部屋として考えれば決して広いわけではなく、そんな状態で恋人同士でもあるマスターとシキガミが二人きり。

 

 当たり前だが何もないわけがなく、後始末は地獄である。

 

 異能者同士のカップルだと割とよくある話らしいが、だいたい毎回盛り上がったら最後、異能者特有の持久力でいつまでたっても精力が尽きず、半日くらいぶっ通しでナニし続けるのがデフォなので。

 

「やっぱり掃除専門の悪魔とか、契約した方がいいかな? ブラウニーとか、シルキーみたいな。でも寒冷環境対応の悪魔で、となると……」

「アペフチのお婆様はちょっと意味合いが違うものね。カムイにそんなのいたかしら? やっぱり、そういうのが得意なのは妖精かしらね。それかいっそのこと、そっち専用の量産型シキガミの購入を考えてもいいかもしれないわね。お金には案外余裕あるし」

 

 もしかしたら外道スライムあたりも掃除道具替わりには有効かもしれないが、ともかく。

 

「……全然こっちの話聞いてないわね。これだから、カップルは嫌なのよ」

 

 話に置いてけぼりにされたオルガマリーのそんな嘆息は、まるで気にならなかった。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 で、放課後。

 

「……いや、あんな騒ぎ起こされて本当に部活見学するで御座るか?」

「そりゃね。まあ約束したしね」

 

 と、いうわけで剣道場にやって来ている。

 

 月詠学院のメイン校舎とは離れた立地に建てられたE組校舎だが、小さな体育館くらいは存在する一方で、柔道や剣道なんかの訓練で使われる畳敷きの剣道場はそちらには置かれておらず、その辺の設備はE組の校舎から離れた本校舎に併設されており、月詠学院剣道部の活動の場も当然そちら。

 

 本校舎の体育館に併設された剣道場ではちょうど、道着の上から防具を着けた剣道部の部員たちが熱心に稽古の真っ最中だ。

 鋭い掛け声と、時折響く竹刀を打ち合わせる音……どの部員も、随分と熱心かつ真剣に稽古に打ち込んでいるようだ。

 

 まあ、本気で殺して喰うつもりで襲い掛かってくる悪魔の気迫とどっちが上か、と聞かれたらノーコメントを返さざるを得ないのだが、ともあれ。

 

 剣道場の壁に背中を預けて畳の上に胡坐をかき、剣道部見学組の僕と材木座はそんな様子を眺めていた、のだが。

 

「立花殿、どう思うで御座るか?」

「うん、まあ、そりゃあ、ね…………頑張ってるなあ、っていうのはまあ、伝わってくるけど……あれは」

 

 一瞬言葉を濁し、しかしその次ではっきりと「駄目だね」と断定する。

 

 別に、剣道部そのものの体質や、剣道部員たちの性質や、あるいは剣道というスポーツそれ自体に問題があるわけじゃない。

 しかし、それらは僕達が求めているものにはどうしようもなく足りなかった。

 

 ……完全に、ジャンルが違う。

 

「で、御座るな。ぶっちゃけルールの存在自体ツッコミどころだらけで御座るよ。そもそもの始まりからして、真っ正面から向かい合って頭下げて礼とかやってるくらいなら、目の前で頭下げてるヤツから殴れよとしか言えんで御座るし」

「攻撃が正面から面胴籠手の三択オンリーとか本気であり得ないしね。敵が防具着けてるのが前提なんだからさ、もっと防具の隙間とか足とか、マトモにダメージになりそうな場所狙えよって感じ」

 

 アハハ、と笑い合って、再び溜息。

 

 別に、そこで練習を続けている剣道部員の彼らが間違っている訳ではないのだ。むしろ彼らはルールと作法に沿ってきっちりと真面目に“剣道というスポーツ”をやっている。

 そういう意味では、軽々しく文句をつける僕らの方が間違っているのだろう……少なくとも、この平和な日本社会においては。

 

 だから、ジャンルが違うのだ。

 

 僕達が必要としているのは、悪魔やメシアンと殺し合って生き残るための純粋な戦闘技術なので。

 

「スポーツやって爽やかな汗をかきたい、とかそういう願望はないからなー……柔らかい竹の棒でペチンペチンするスポーツで、遊んでる余裕はない」

「残当。剣道部は、ナシで御座るなあ」

 

 と、いう話になったのだが……ちょうどそのタイミング。運が悪く、間が悪く、タイミングも悪く、それら全てが最低に悪かった。

 

 ちょうど近くで打ち込み稽古をしていた剣道部員が、稽古を一段落して小休止の為に面を外し、そしてこちらに気付いてこっちを見る。

 あ、ヤバい、と直感して身をすくませたが大して意味もなく、その剣道部員……天之河光輝は嬉しそうにこちらに向かってくる。

 

「アリス、会いに来てくれたのか!?」

 

 小走りでやってきた天之河が満面の笑顔を浮かべると同時に、こちらに向かって剣道場のあちらこちらから嫉妬の視線が突き刺さってきて、割と本気で気持ち悪い。

 まあ天之河の取り巻きというかハーレムメンバーの女生徒達だろうが、僕は天之河なんぞに興味はないので、僕をオマエらの仲間扱いしないで欲しい。

 

「単なる見学、仮入部未満の。オマエに会いに来たとか自意識過剰にも程があるし本気で気持ち悪い。それから名前で呼ぶな、不愉快。剣道部に関しての興味も今見ただけで失せたから、これから帰るところ。じゃあな」

「あ、待てよアリス! 一緒に帰ろう!」

 

 さっさと帰ろうとすると、手を伸ばして引き留めてくる。

 

 朝方殴り倒されたのに何一つ学習していないらしい。避けるとさらに手を伸ばしてくるので本気で反撃しようとしたちょうどそのタイミングで、しかしそれを材木座が遮った。

 

「ハイハイそこまでで御座るよアマノナントカ殿。いくら見た目が美少女だからといって誰も彼もオマエのハーレムに入るとか思ってたら、それは現実と二次元を混同し過ぎで御座るよ」

 

 思わず、吹き出してしまった。

 

「なっ!? 君は…………ええと知ってるよ、木材屋君、だっけ? いつもアリスに付きまとっているオタク三人組の一人だろ。前からずっと言おうと思ってたけど、アリスは君達に付き纏われて迷惑しているんだ。もう少し現実を見た方がいい」

「…………………………いや迷惑されてるの明らかに天之河の方だよね」

 

 材木座、口調。地が出てるぞ。

 

 鈍感系主人公って、こんなのだっけ? 材木座の名前を憶えていなかったのはまあ、同じクラスだからと言って必ずしも人の名前を憶えなきゃならないとかそういう法律もないし仕方ないとは思うけど、話の内容が前後で全く繋がっておらずメシア教徒の自己肯定発言並みに意味不明で、割と真剣に困惑する。

 それは材木座も同じだったらしく周囲を見回すが、天之河の取り巻き女子共は僕と材木座に敵でも見るような目をこちらに向けているし、剣道場で練習していたあまり関係ない剣道部員や柔道部員の方も困惑した様子でこちらを見てこそいるものの、助けに入る様子もない。

 

「あー、えーと……フッ、我が名は材木座義輝────剣豪将軍の名を継ぐもの也!」

 

 リアクションに困って唐突に変なポーズをキメた材木座だが、周囲には変な沈黙が落ちるばかりで一発ネタとしても完全に滑っている。

 だが完全に意味が無かったわけでもなく、天之河も困惑の表情をその顔に浮かべ、謎の天之河節ペラ回しがストップしている。

 

 完全な上から目線で溜息を吐いた天之河は、やはり相も変わらず完璧な見下し口調で肩をすくめた。

 

「はあ、剣豪将軍って、いくら何でも剣道場でそういう冗談は良くないと思うよ。そうだ、君もここにいるって事は剣道部の見学に来たんだろう、本物の剣道というものがどういうものか教えてあげるよ。────部長、ちょっと僕達で試合させてください! いいですよね!」

「まあ、いいけど……そっちの木材屋君? は剣道未経験でしょう? 怪我させてもしっかり責任取るのよ」

「はい、任せてください!」

 

 おいおい、これ、いいのか……?

 

 勝手に話を進めた天之河によって、天之河vs材木座のエキジビションマッチが開催される運びになっているようだ。

 未経験、という事になっている材木座を、剣道経験者らしき天之河と試合させるとか頭悪そうな真似が、これから始まるらしい。

 

 天之河の取り巻き女子共が上げる黄色い声が心底不愉快だ。人を馬鹿にできるチャンスが到来したのが、そんなに嬉しいか。

 

 人が幸せそうにしている様が本気で許せないと感じたのは……割といつもの事だな。

 ただメシアン以外に対してそんな事を考えるのは割と久々かもしれない。

 

「あー……立花殿、これって逃げていいんで御座ろうか?」

「いや、無理だろ。逃げたら卒業するまでリア充グループ共の晒しものだよ、コレ。…………本当にゴメン」

 

 コイツは僕を庇ってくれたのに、そのせいでこのザマだ。

 ……これで連中が材木座を笑いものにしようとするなら、天之河を二度と剣道出来ない体にしてやろう。呪殺は得意なんだ。

 

「ま、立花殿が気にする必要はないで御座るよ! ……ぶっちゃけ、ちょっと俺TUEEE!するだけで終わりで御座るからな!」

「最低限の加減はしてやれよ……本当にごめん」

 

 こういう時、本当にどうすればいいのだろう? ファミレスで一食おごれば許されるだろうか。

 

 そんな僕の困惑にも関わらず、話はトントン拍子で進んでいく。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 そうして。

 

 

 天之河と材木座は剣道場で向かい合っていた。

 

 折り目正しくきっちりと防具を着けた天之河はおそらく剣道の礼法通りなのだろう竹刀を携え、体育用の学校指定のジャージ一枚の材木座も同じく竹刀を片手に持っているが、彼の竹刀は行儀悪く肩に担がれている。

 

「防具を着てこなかったのか?」

 

 材木座の格好を一目見て、天之河は眉をひそめた。

 

「ああ、必要ないで御座るよ。ああいう類の防具は着慣れておらぬし、何より動きにくくなるだけの話。……まあ貴公がどうしても! ハンデが欲しい! と泣いて頼み込むのなら、ハンデとして着けてやらんでもないで御座るがな!」

「……それで怪我をしても、自己責任だからな」

 

 リア充だけに、普段から煽られ慣れていないのだろう。普段から周りにキラキラエフェクトを散らしているような爽やか系アイドルスマイルの天之河には珍しく、不愉快そうに顔をしかめている。

 

「どうせ拙者、剣道のルールなんて知らないし、これから関わる事もなさそうだから拙者達のルールでやらせてもらうで御座るよ! 立花殿、審判を頼むで御座る!」

「オッケー、つまりウチのルールだな。それくらいは引き受ける」

 

 僕と材木座のやり取りに天之河が浮かべた意外そうな表情を完全に無視して、僕は剣道場の畳の上に踏み込んだ。

 

「アリスが審判をするのか? ……まあ、いいか。それならアリス、俺の勝つところ、見ていてくれよな!」

「立花だ。お前に名前で呼ばれるのは本当に不愉快だからやめろ。じゃあ始め!」

 

 天之河がこちらを向いて気持ち悪いアピールをかました瞬間をワザと狙って、開始の合図代わりに手拍子を一つ。

 その瞬間に動いた材木座の竹刀の先が、天之河の面から垂れた布部分で覆われた首筋を軽く叩いていた。

 

「一本、面あり!」

「なっ、今のは反則だ!」

 

 声を上げる天之河に、外野の天之河ハーレムや、それどころか剣道場にいた運動部の部員たちからも賛同の声が上がるが。

 

「今のが真剣なら、後ろからだろうが不意打ちだろうがオマエは首を斬られて死んでいた。だから一本」

「……それは、そうだけど」

「悔しかったら勝ってから言え。そういう話だよ」

 

 ギャラリーから無責任なブーイングが上がるが、知った事か。

 

 真剣を使っていれば相手が死ぬような攻撃を打てれば一本。一本取れれば、反則は取らない。

 それがショタオジのところで鍛えられた時のルールなので、今回もそれでやらせてもらう。

 

 清く正しいスポーツ界には絶対に適合しないルールだが、知った事か。

 

「はい、それじゃこれで終わりにするか? まだ続けるなら、それでもいいけど」

「当然だ、今度こそちゃんと試合をさせてもらう!」

 

 今度はしっかりと材木座に向き直った天之河は、材木座に向かって真っ直ぐに竹刀を向ける。スポーツ剣道らしい、堅実で隙のないオーソドックスな正眼の構え。

 

 対する材木座は相変わらず竹刀の背を肩に乗せ、眠そうにアクビを噛み殺している……フリをしている。どうやら、今回は全開で煽っていくスタイルらしい。

 まあ実際、ああいうリア充って近くにいると雰囲気悪くなる原因だから仕方ないね、僕達みたいな陰キャ寄りの人間からすれば。

 

「行くぞ、めぇええええええええん!」

 

 フェイントを織り交ぜてから踏み込みと共に放たれる一直線の面打ちは、なるほどスポーツ剣道の剣戟としては大したもので、なるほど結構な迫力だ。

 竹刀が打ち合う音が剣道場に響き、弾かれた竹刀が回転しながら宙を舞って畳の上に落下する。

 

 見ていた誰もが、天之河の勝利を確信しただろう。それほどの気迫だった。

 

 僕に対する態度はクソだが、天之河にそれ相応の才能があって、それ相応の努力をして技術を磨き剣道に打ち込んでいた、それは事実だろう。

 

「でも、これが現実」

 

 しん、と剣道場が静まり返る。

 

 見物していた誰もが、困惑して剣道場の畳の上に視線を集中させている。弾き飛ばされたのは天之河の竹刀の方だ。

 自分の太刀を失った天之河は、存在しない剣を振り抜いた残心の姿勢のまま、竹刀を弾かれて空っぽになった自分の両手を呆然と見ていた。

 

 対して、無造作に片手で剣を振った材木座は竹刀を自分の肩に戻し、術理も何もないラフな姿勢のまま。

 

「そんな……打たれた感触も何もなかったのに……」

「ま、普通に武道やってればたまにそんな事も起きるで御座るよ。まあ、普通はよっぽど実力に差がないと起きない事で御座るがな! 普通は」

 

 天之河が竹刀を振り上げ、その先端が真上を向いた瞬間を狙って材木座の切っ先が、天之河の握った竹刀の柄の先を突いたのだ。

 結果として天之河の竹刀は籠手のグリップを外れ、竹刀自体が持っていた遠心力も相まって手からすっぽ抜け、真上に弾かれて落ちてきた、というわけだ。

 

 ただ単純に竹刀を打ち合わせて弾いたわけじゃない。それ以上の動体視力と技量を必要とする、小手先というにも巧みに過ぎる、そういう領域の技。

 

 天之河がそれすら理解しているかも怪しいし、ましてや周囲から見れば普通に天之河の竹刀が弾かれた程度にしか見えていないし、ともすれば適当に竹刀を振っただけの単なるマグレ当たりにすら見えていたかもしれないが、しかし。

 

「で、どうするで御座るか? もう今ので実力差は分かったで御座ろう、諦めるなら怪我してない今の内で御座るよ」

「ふざけるな! これからだ!」

 

 籠手あり、は取らない。

 

 人間、手足の一本や二本失った程度じゃ死にはしないし普通に戦闘を続けられるので。

 

 だから竹刀を失った天之河に追撃しなかった時点で、材木座に一本はあげられない。普通に仕切り直しだ。

 

 だが。

 

「一本目は卑怯な不意打ち。二回目は単なるまぐれ。……傍からはそういう風に見えてるみたいだけど」

 

 三回目は、そうはならなかった。

 

「めぇええええええん!」

「どぉおおおおおおおお!」

「めぇえええん!」

「はぁああああああああ!」

「めぇええええん!」

「やぁあああああ!」

「まだ、まだだぁあああああああ!」

 

 ここからは、音声だけで御送りしています。

 

 天之河が打ち込む竹刀を、材木座が最小限の動きで回避しているだけなんだが、いちいち解説するのが面倒くさいからね。

 でもまあ、これで見ていた連中にも、どっちが強いか一目で分かるだろう。

 

 ぶっちゃけどこからどう見ても、強い側が圧倒的格下を嬲るための手加減プレイだ。

 

 一直線に突き込まれた現代剣道では禁じ手の突き技を、材木座は真上に跳躍して回避、あろう事か突き出された竹刀の切っ先に直立するとかいう曲芸じみた回避技を披露して、さらに煽っている。

 こと、ここに至っては天之河が格上で、天之河が勝つ事が当然と思っていた外野の連中も、彼我の実力差を完全に理解できてしまっている。

 

 曲がりなりにもこの材木座義輝、英傑ヨシテルをガーディアンに持つ剣豪将軍の後継(ガチ)なので。

 見た目単なるネタキャラにしか見えないブサメンでも、剣技では相当に強いのだ。

 

「まだやるで御座るか~。いい加減拙者、飽きてきたで御座るよ」

「まだだ! まだ諦めない!」

 

 あっそ。

 

 まあ別にいいけどね。

 

「うぉおおおおおおおおおおおっ!」

「おっと、今のは危なかったで御座るよ、多分」

「はぁああああああああ!」

「危ない危ない、いやー惜しかったで御座るなあ剣先が後5ミリズレてたら危なかった」

「いやああああああああああっ!」

「ほらほら、もうちょっともうちょっと。頑張れ頑張れもっと熱くなれよ!」

 

 さて。

 

 ショタオジが契約している仲魔であるクラマテング先生が言うに、現代剣道という“流派”は、とにかく覚醒するにも、覚醒者が振るうにも向いていないのだそうだ。

 

「せやぁああああああああ!」

「おっ、今の掛け声は初めてで御座るな!」

 

 その辺は、北辰一刀流の開祖であり現代剣道にも多大な影響を与えたという幕末期の剣豪『千葉周作』の功罪が大きい、らしい。

 

 元来、武道・武術というものは流派や使い手個人によってある程度の方向性の差はあれ、その最終的な完成形は武神、仙人、仏、あるいは修羅鬼神などといった覚醒者としての高みを理想とするものだが……彼は自流である北辰一刀流を創設するにあたって徹底的な合理化・簡略化を行い、剣の教えから「刀身に念を込める」みたいな、そういった神秘要素、ファンタジー要素を抜いていったのだそうだ。

 

「うおおおおおおお!」

「そらそら、もう少しで御座るよ! 後ちょっと、後ちょっと頑張れ頑張れ、まだ行けるまだ行ける!」

「やぁああああ!」

「もう少しもう少し、やる気があれば何でもできる! もっと熱くなれよ!」

 

 それは決して間違っている事ではない。

 

 どの道、修行の果てに覚醒者に至る人間なんてそれこそショタオジの修行でもなければ数が限られているのだし、そういう不可能要素を排除して徹底的な合理化を行った“誰にでも修得できる技術”としての剣術を体系化したのは十分以上に功績と誇っていい。

 

 事実、結果的に北辰一刀流は黒船やら何やらで色々と忙しない時代の流れに適応し、新興の流派ながら幕末における江戸三大道場の一つに数えられる隆盛を誇るに至り、坂本龍馬を筆頭に、山南敬助や藤堂平助、伊東甲子太郎に山岡鉄舟などといった幕末史をある程度齧った人間ならならどこかしらで聞いた事があるような高名な剣客を何人も輩出している。

 

「まだまだぁああああああ!」

「はいハズレ。さっきからまだ一発も当たってないで御座るよ。やる気あるの?」

「とぉおおおおお!」

「ほらほら足震えてるで御座るよ、しっかり立って!」

 

 合理的な術理に、神秘性は必要ない。

 合理的だから、短期間で簡単に誰でも強くなれる。

 

 とてもシンプルで分かりやすい理屈だ。

 

 だが、だからこそ“異能者に至る”“異能として剣を振るう”には徹底的に向いていないのだ。

 覚醒できないし、覚醒しても覚醒者の剣としては全然使えない。

 

 ただひたすら竹刀を振って道場で試合するだけの剣。

 

 まあ、それで覚醒に至る人間が全くいないか、といえばまあ人間にも色々いるし完全にゼロってわけじゃないのだが、それができるような超絶一握りの天才は、そもそも剣道とかやってなくても関係なしに覚醒してしまう、らしい。

 

 まあ納得の理屈では、ある。

 

「やぁあああああ!」

「まだ行けるまだ行ける! もう出来ないはやる気がないだけの言葉で御座るよ! 諦めない!」

「たぁああああああああ!」

「もっと本気出して本気だよ本気、動けないのはまだ本気出してないだけ、本気になれば何でもできる! オヌシの本気はこの程度ではないはずだ! はい次頑張れ頑張れ!」

 

 うーん……飽きてきた。

 

 見れば、天之河の状態も疲労困憊、手も足も震えているし、挙動も最初の頃と比べれば随分と雑になっている。

 格上を相手に諦めずに何度でも立ち上がって戦い続ける……なんていう格好いいものじゃなく、時折周囲の外野にチラチラと視線を送っている辺り、ただ単にまだ負けてないと周りにアピールしているだけだな。

 

 というか、材木座もそろそろ言ってる事が修造じゃなくてブラック企業のスローガンみたいな感じになってきているし、止めた方がいいかもしれん。

 外野から天之河に飛んでくる声援も枯れ気味だし、このつまらない見世物も看板にする頃合いだろう。

 

「おーい材木座、いい加減ダレて来てるから終わらせて。というか、飽きた」

「オッケー合点承知で御座るよ。……ほい」

 

 相変わらずそれだけは達者な気合を上げて突っ込んでくる天之河の懐に、気の抜ける返事をした材木座が逆にするりと踏み込んでいた。

 あまりにも自然で気配がない踏み込みに天之河は何一つ対応できず────無造作に振った胴打ちが、天之河のガラ開きの胴に向かって撃ち込まれていた。

 

「胴あり!」

 

 衝撃じみた轟音を上げて直撃を喰らった天之河が、真横に吹っ飛んで壁に激突する。

 わざわざ外野の隙間を抜けて誰もいない場所に飛んでいくように計算して打たれた一撃だ、巻き添えは誰も出ていない辺りが随分と芸達者だな。

 それでいて、どこからどう見てもストレートに天之河の敗北だと、文句のつけようもなくはっきり分かる。

 

 二本先取で、材木座の完全勝利だ。

 

 

 

 さて。

 

 

 

 これで終わったので。

 

 

「んじゃ帰りますか。後始末は敗者の仕事って事で」

「ですな。それじゃ解散解散で御座るよ」

 

 僕も材木座もこのままここにいても何一ついい事なさそうだし、揃ってその場から立ち去る事にする。

 さっきの勝負を見て何かしら思うところがあったのか、剣道場で見ていたギャラリーも何も言ってこない。勝者である材木座に勧誘の一つでも来るかとも思っていたが、それもない。

 

 まあ、それは好都合ではある、が。

 

 

 ……材木座には、悪い事したな。

 

 

 僕を庇ったせいで、派手に目立って注目される羽目になった。色々と言われるだろうし、評判が広がって騒ぎにもなるだろう。

 それが材木座に有利な方向に動くならまだマシだが、彼は天之河みたいに何をしてもその場の雰囲気で軽く許してもらえるような顔面イケメンじゃないからな。

 

 …………帰り道で、材木座には何か適当に奢ろう。少なくとも自動販売機のジュースよりも高いヤツ。

 

 

 そうして剣道場の入り口を抜けてさっさと帰ろうとしたタイミングで。

 

「────待ちなさいよ!」

 

 急に背後から呼び止められた。

 

 振り向くと、そこに立っていたのは金髪に染めたロングヘアを微妙にロールさせたギャル風の女生徒。確か、ナントカって感じの名前だったと思う。

 名前覚えてないが、天之河の取り巻き女子グループのトップやってるみたいな人だった、はず。自信ないけど、多分。

 

 キツい目でこちらを睨んでいるから、僕達に友好的な話ではないだろう。まあ大して中身のある話でもなさそうだし、無視して帰ってもいいのだが。

 

「何?」

「天之河君はアンタの為に戦ったのよ。それを、何もなしでそのまま帰る気!?」

 

 

 ────その一言で、何もしない気が失せた。

 

 

「ちょっ…………立花殿!?」

 

 材木座が何か言ってるが聞こえない。

 

 尚も何か言ってくるナントカを横に押しのけ、周りの女生徒達に助け起こされている最中の天之河に向かって歩み寄ると、僕は無言のままその顔面に拳を叩き込んだ。

 

「あっ、アリス! 俺は────」

「黙れ」

 

 胸倉を掴み上げて、反対側の頬にもう一発。当たり前だが、グーだ。

 

「勝手に人の気持ちを捏造して、人の友達に冤罪押し付けてんじゃない、このストーカー野郎が!!」

 

 そして最後にもう一発、相手の骨が折れない程度に手加減しつつ、しかし躊躇なく殴り飛ばす。

 再び剣道場の壁に叩きつけられて気絶した天之河に背を向けて、呆然とこちらを見るナントカへと一言。

 

「次やったらこんな程度じゃ済まさない。僕が直接始末をつける。覚えとけ。…………んじゃ材木座、行くよ」

 

 言うべき事だけ簡潔に伝えると、今度こそ本当に剣道場から離脱する。もういい加減、この手の騒ぎに巻き込まれるのは御免こうむりたいところだな。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 そういえばこの騒動の後で、天之河は結局剣道部には入らず、ハーレムメンバーを引き連れて剣術研究会とかいう同好会を始めたらしい。

 剣道部に入らなかったのは意外だが、敗北に何かしら思うところがあったのか、それとも単純に材木座に対抗心を燃やしているのか。

 

 まあ割とどうでもいいし好きにしてくれ、って感じだが。

 

 




 と、いうわけでとりあえず久しぶりに一話。

 本家様のスレを見ていたらようやくモチベが回復してきて投稿です。




~割とどうでもいい設定集~

・月詠学院
 名無しの土師さんの『カオスなメガテン世界で頑張る土師さん』で初出した設定。それ以外にも古井京魚堂(琵琶湖くじら)さんの『メガテン三次創作(カオス転生二次)』で登場したガイア学園のイメージも入っている。
 『土師さん』で登場したハニワ顔の二宮金次郎像も健在。

 ただし時間軸が半終末以降の未来の話なので、『土師さん』の頃に比べてさらにマンモス化が進んでいる。
 奥多摩の奥とかいうド田舎系立地にある割に、ガイア連合山梨支部にも首都東京にも電車一本でアクセスできる地の利の良さが売り。

 主な資金源は企業系“俺ら”の投資。
 投資者達の中には、愛娘を通わせるための学校に巨額の投資をしたにもかかわらず、タイミング悪く旅行先で半終末を迎える羽目になった挙句、娘がアーサー王に覚醒してイギリスから帰るに帰れなくなってしまい、これまでの投資がほぼパーになってしまった社長系“俺ら”もいるとかいないとか。

・材木座義輝
 元ネタは『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。』。
 立花アリスの中学校時代からの友人。ピザ体型三人組の中でも、老け顔の厨二病患者。
 ガイア連合に所属する転生者の一人。英傑ヨシテルをガーディアンに持つ、ガチの剣豪将軍の後継者。剣士であり、ガッチガチの物理系異能者。
 顔がそっくりなだけの転生者なので、口調やキャラは微妙に違っている。転生者本人も「確かこんな感じだったっけ? どうかな?」とか割とうろ覚えなので仕方ない。

・平野コータ
・有田春雪
 元ネタはそれぞれ『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』『アクセル・ワールド』。
 同じくガイア連合に所属する転生者であり、アリスの中学生時代からの友人で、剣豪将軍と合わせてピザ体型三人組。
 目付きが悪くて危険人物っぽいのが平野コータ、小柄でマスコット枠でも通じる見た目なのが有田春雪。

・路間尼秋満
 元ネタはFGOのソロモンことロマニ・アーキマン。
 通称はロマニキ。
 ガイア連合に所属する転生者。
 月詠学院にて養護教諭と、学院付きのガイア連合受付担当をやっている。
 治癒系の異能者であり、またバフデバフもできる完全後衛型の異能者だが、本人戦闘とかあまりやらずレベル上げも程々なので、転生者にしてはレベル低い。
 専属シキガミはオルガマリー。

・天之河光輝
 元ネタは『ありふれた職業で世界最強』。二次創作界隈では非道を働く黒幕や三流チンピラを差し置いて誰よりもアンチされる役だったり、かと思うと原作では外伝の主人公を務めていたりと、ある意味誰よりも愛されている(?)キャラ。

 今回のやらかし枠であり今週の怪人枠。アリス編の日本サイドでは割と出ずっぱりになる幹部級怪人ポジション。
 行動と言動が明らかにアレだが、ぶっちゃけ原作でも確かこんな感じだった気がする。現実を見ていない、というか、現実から必死に目をそらしているというか。
 ガイア連合に所属する異能者ではあるが非転生者。ガイアカードはシルバーランクだが、まあ学生の身だと思えば相応、むしろ立派なレベルだろう。
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