ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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気付けば一ヶ月以上オーバー……遅筆で申し訳ない……。


アルカトラズ・レポート 後編-2

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 佐渡島南部、小佐渡山地。その山中、天狗塚公園。

 

 その展望台に佇んでいるのは、山伏装束を身に纏った赤ら顔の長鼻男────非常にオーソドックスかつ古典的な格好の天狗である。その顔立ちは、すぐ傍らに積み上げられた石垣の台座に安置された天狗の銅像ともよく似通っている。

 それと向かい合っているのは団三郎狸、展望台に置かれたベンチに腰掛け、のんびりと遠くを見下ろしている。佐渡の海を見渡す展望台は、天気が良ければ遠く対岸の新潟まで見える。

 

「天狗殿よ。道場、また始めるのかの?」

「当然よ。ガイア連合の御陰で、金毘羅権現殿と共に讃岐の御方様も解放された。そして世は終末じゃ、大手を振って神秘がまかり通る時代じゃぁ、なら天狗道もまた必要になるであろう」

 

 佐渡の天狗塚。群馬の迦葉山から飛来した天狗が降り立ち、道場を開いて人々の間から弟子を取り、術を教え小天狗へと鍛え上げたと言われる伝承が残っている。そんな伝承通り、彼も再び道場を開設しようとしていた。

 

「ま、修行はいつの時代も無駄にはならんでな。狸殿よ、お主もここで一挺、鍛えてみぬかよ?」

「ああ、いらんいらん。ワシはこれでも商人じゃからな、この終末の稼ぎ時、商いを放り出すわけにはいかんよ」

 

 天狗塚の天狗道場。ガイア連合佐渡島支部にもその存在は認識されており、既にある程度の援助がなされている。支援は金銭や資材面だけでなく広報面にも手厚く、修行者の募集に関しても佐渡の役所や各地区における自治会により回覧板を通じてのビラの配布や、DDSの公式サイトや掲示板への告知、また近隣のガイア連合支部への通達などが行われている。

 

「ワシも商売を立ち上げるのに、随分と援助をしてもらったからのう……全く、借りを返す時が怖いものじゃ」

 

 団三郎狸が真っ先に立ち上げた商売は『レンタル子狸派遣サービス』だった。代金と引き換えに配下の覚醒タヌキや珍獣マメダヌキを仲魔や従業員として派遣する名前通りの派遣会社であり、見た目は愛らしい仔狸達だが、自然に生きる獣として佐渡の山岳地帯の地勢に詳しい者、狸らしく人を化かす事に長けた者、人に混じって金勘定ができる者、戦闘用のスキルや魔法に長じた者など個体に応じて異なる得意分野を生かし、申請された業務に応じ、それに合った能力を持つ狸を派遣する。

 可愛らしくも知能の高い狸達には既にある程度のリピーターも付いており、商業展開は順調。終末だというのに随分順調、商売繁盛で何よりだ、と団三郎狸は嬉しそうに笑い……そうして、その表情を一転して、見目麗しいシキガミ体の少女の顔に憂いを浮かべる。

 

「とはいえ、一波乱起きそうな気はするんじゃよな。しかも今晩中くらいに」

「……そうか? 狸殿が言うなら根拠がないわけでもないとは思うが、少々性急過ぎやせんかの?」

「いやー、どうにも嫌な予感というか気配がするんじゃよ。まるで、あの忌々しいメシアン共が佐渡に土足で踏み込んできたときのような、のう……いやはや、怖い怖い」

 

 団三郎狸は皮肉気に笑うと大きく肩をすくめた。

 

「余裕そうじゃのう、狸殿。そういえば狸殿はメシアン共の大粛清も乗り切っておったな、流石の貫禄じゃよ」

「乗り切ったなどと……あんなもの、ただ何もかも放り出して逃げただけじゃて。あやつら、信仰に狂っとるせいで頭が回らんでな、少し化かしてやっただけで、その辺の信楽焼を本物の御神体と勘違いして実に大仰な封印まで仕掛けて行きおったよ! 代わりに自慢の千畳敷は焼かれてしまったがの……」

「あー…………それで今はそんな女子の姿になっとるのか…………メシアンとはかくも残酷な………………」

「言うな」

 

 ほろり、天狗の目から涙がこぼれる。人として……否、狸として大切なものを喪った狸の背中は、実に哀愁に満ちていた。

 

「……ま、だが大丈夫じゃろ」

「そうか? 相手がメシア教会だとすると、事じゃぞ」

「いやはや、それはそうじゃがの。向こうが仮にメシア教だとしても、こちらはガイア連合じゃよ」

「あー……なるほど。なら大丈夫かの」

 

 深刻な表情を浮かべた天狗に、狸は事も無げに再び肩をすくめた。その表情にそこまでの危機感はなく、そして天狗もそれに納得して頷いて、そうして二体の悪魔は顔を見合わせて笑い合う。

 

「それじゃ、ワシも出るとしようかの、狸殿。人里の者達に天狗の姿を見せておくのも、悪くはあるまい」

「無論、ワシも行くぞ天狗殿。戦いの趨勢は変わらんとしても、ガイア連合とは今後もいい取引を続けていきたいからの、少しでもいい印象を与えておくに限る」

 

 団三郎狸が指笛を一吹き、眷属の狸達を招集する。天狗は錫杖を手に、背の翼を大きく広げた。いまだ人里に危急の様子はなく、しかし迫る戦いの気配に、二体の妖怪も参戦するべく各々地を蹴った。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 佐渡島金山異界、表側の主である金毘羅権現=ユーミルは、金毘羅権現という“正体不明の神”の本性を、一説である『金山彦神』と仮定した上で、それと同一視される金屋子神という神格として顕現させた存在だ。

 

 そんな彼女が屍鬼ワーカホリックを使役できるのは、金屋子神自体がいわゆる“黒不浄”────蹈鞴炉の周囲に死体を吊るして良質の鉄をもたらす程に死者の穢れと近しい存在であるのと同時に、金山彦神の出生にも由来する。

 地母神にして冥界神であるイザナミが火神ヒノカグツチにその胎を焼かれながらもヒノカグツチを産み落とした後、その火傷に苦しむイザナミが吐いた嘔吐物から生まれたのが金山彦神だ。言わば彼は、死にゆく冥府の女王が吐き落とした穢れの塊から生み出された黒不浄の塊から生まれたのだ。

 

 古代の神話において植物や鉱物といった“大地の恵み”は、冥府・冥界と同じく地の底からもたらされるものであり、たとえば冥界神であり豊穣の実りをもたらすエジプトのオシリス神などに代表される冥府を司る神などのように、地の恵みと冥府の権能を兼ね備えている神格は数多い。

 死に穢れから生み出された鉱山神である金山彦神が、死の穢れに親しい鍛冶神たる金屋子神と習合する事で、その性質はより一層強くなった。

 

 ユーミルが屍鬼ワーカホリックと共に労働者達を管理し、その性質をワーカホリックに近付くよう調整しているのも、そんな権能あってこそ。

 

 そしてイザナミは同時に認知異界マヨナカテレビの支配者でもあり、そのため認知異界としての性質を持たせた佐渡島金山の表側の管理を任せるには都合が良かった、という側面もある。

 

 そんな彼女を先頭に、オネイロイ三柱を伴って、薄暗い洞窟のような地下道を降りていく。岩肌が剥き出しになった左右の壁面には等間隔で蒼白い炎を灯したランプが燃えており、ゆらゆらと揺らぐ薄暗い光を床に投げ落としていた。床には二本の線路が平行に伸び、トロッコを走らせることができるようになっていた。

 

 認知異界『メメントス・ハレル』────東京地下に広がる認知異界メメントスの構造をベースに作り出した人工認知異界。

 

 「考えて苦しむ自由」を放棄して「選ばなくてもいい自由」が欲しいという、無責任な一般大衆が普遍的に抱く欲望を異界として具現化させた空間。その通路を深く潜っていけば通路の左右には鉄格子によって隔てられた牢獄があり、それぞれその中に奇妙に存在感の薄い人の姿が拘束され揺れているのが見える。

 精神の牢獄に収監されているのは佐渡島金山異界に収容され、日々苦しい労働を強要されている労働者達────魚沼や浦野牧を追放されたマーベルヒトモドキ達の成れの果てだ。こうして認知の側から彼らの精神を拘束する事により行動を律し、暴動や反逆行為を起こさせないように意識を矯正する。

 ユーミル=金屋子神が管理する“表側”による肉体と魂への魔術的な拘束と対を成し、オネイロイ三柱の権能により精神を拘束するのがこの“裏側”たる『メメントス・ハレル』だ。己で考えて行動する事を放棄して、責任を他者に押し付けて怠惰に耽った連中であるからこそ脱出不可能な、魂の監獄だ。

 

「オネイロイ……市役所前で起きた暴動の話は聞いているか?」

「ええ、DDSに動画も上がっておりましたから、大雑把な流れくらいは把握しておりますわ。御活躍だったようですね、御主人様」

 

 ガタゴトと音を立てて進むトロッコを動かしているのは、オネイロイ達の配下である幽鬼グールだ。クトゥルー神話におけるグールはベースとなった中東の伝承のように屍を喰らう怪物であるが、同時に人と交渉可能な知性体にして人間の亜種、そして何より地下の洞穴を通じて現実世界と幻夢境を行き来する特異な性質を持つ。

 これにより認知異界でも活動可能な数少ない悪魔であり、同時に地下洞穴という形を取ったメメントス・ハレルの中を迷わず行き来できるという特性をも持ち合わせていた。

 

「あそこで暴れたのは……悪魔召喚をやらかしたのは、マーベルヒトモドキだったかどうかも定かではない一般市民達だ。もし彼らがあれ以上の事件を起こす可能性があるのなら、佐渡金山の労働者共だけに限定していたメメントス・ハレルの有効範囲を、佐渡島全域に拡大する事も考えている」

「御主人様のなされる事であれば、それで十分でしょう。元よりここは御身の領地であり領国、御主人様の決断以上に正しき事由などありはしません」

「そう、か……」

 

 そういった丸投げが一番キッツいんだけどな。まあそれを分かってて言ってるのが丸分かりなんだが、この神は。

 そんな意味合いを込めた視線を送ってやると、夢の神は嬉しそうにくすくすと笑みを溢す。

 

 そうして、やがていくつかの分岐を抜けて通路を走るトロッコは、車輪とレールが噛み合う耳障りな金属音を挙げて停車する。行く先には小さな広場が広がっており、通路の中では平坦に伸びていたレールが立体的に絡まり合って奇妙な幾何学文様を形作り、その中央では奇怪な空間の歪みが渦を巻いている。

 

 パレス────認知異界の一種にして、強く歪んだ精神の持ち主が認知世界に形成する、歪んだ認知の具体像。歪んだ欲望を持つ人間が心中に孕む歪んだ認知が、集合無意識の認知世界すらも歪曲し、自分だけのテリトリーを形成したもの。

 集合無意識の水底から偶発的に、あるいはある種の神格によって恣意的に、現実という水面上に浮かび上がる悪夢の泡。所有者が執着している場所を、認知を通して悪夢的に歪曲し、変貌させて己が主として君臨する。

 

 その入り口が、あの渦だ。

 

「あれが、問題の場所か」

「ええ。本来なら発生するはずのない不可解な“パレス”。その入り口です」

「……ふむ」

 

 モルフェウスの言葉に、手元のPDAを操作してパレスの主のデータを表示する。ガイア連合のデータベースに記録されたデータと魚沼から送られてきた名簿を照らし合わせたところによれば、そいつの名は『天之河光輝』。あまり詳しくはないものの、ある程度の来歴が記載されており、その中でも一定の注意を要すると但し書きが付けられた人物でもある。

 

「終末本番直前の月詠学院で起きた終末案件の関係者────ほんの一時とはいえメノラーを手にし、洪水の権能に指を掛けた男、か」

 

 かつてはガイア連合が直営する学校法人『月詠学院』の異能者専用学級に在籍しており、シルバーカード持ちのそれなりに秀でたペルソナ使いとして精力的に活動していたものの、件の事件にてペルソナを喪失し、レベル1の雑魚異能者に落伍して、失意のうちに月詠学院を去ったそうだ。

 

「一部の例外を除いてペルソナ使いはパレスを持てない……ってのは知ってるけど、元ペルソナ使いの場合はどうなんだろうな。実例が目の前に存在しているといえばそうだけど、その実例が例外に属するのか、そうでないのか。さっぱり分からんな」

 

 まあ、どうでもいい話だが。

 

 ともあれ。

 

「行こう。パレスの攻略と行こうじゃないか」

 

 仲魔を引き連れ、異界へと踏み込んでいく。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 小奇麗な外観とは裏腹に、市議会議員である小手川唯の事務所の中身は質素なものだ。最低限殺風景にならない程度の観葉植物程度は置いてあるものの、それ以外の調度といえば小さな事務所の隅に置かれた応接セットくらいのもので、後は色気もへったくれもない事務机が部屋の中央を占拠している。

 事務所の主の性格を反映しているかのように清掃は行き届いており床に埃の一つも落ちていないが、机上に並んだファイルの束は几帳面に分類されきっちり並んでいるものの、分類数も多くて見づらく、数が多いせいで棚の内側を圧迫しており、その中身を完全に把握し切れているかどうかは微妙なところだ。

 

 そんな事務所で数枚の書類に細かく目を通して、別のファイルに収められた書類と照らし合わせて数字をチェックしてはサインして、を繰り返す仕事中の唯だった。

 同時進行でノートPCには表計算ソフトでまとめられた様々な統計が表示されているし、また卓上に固定されたスマホからは動画サイトのニュースが流されており、その内容も逐一チェックしては頭に入れていく。

 正直、きつい。頭が割れそうなのを愛用の栄養ドリンクで誤魔化し……そのラベルの隅にこれまたガイア連合の系列企業のシンボルマークが入っているのに気付き、いい加減辟易して頭を抱えた。もう一生、あのガイア連合とかいう集団から逃れられる気がしない。

 

 この仕事を始めた時には知らなかった事だが、市議会議員の仕事は想像以上に多い。絶対にやらなければならない仕事はそこまで多くもないが、反面やっておいた方がいい仕事はその辺にいくらでも湧いてくるから、仕事をやろうという意識があればやるべき事は無限に増えていく。

 ふんぞり返って賄賂やらリベートやらもらっているだけの楽な仕事など、どこにもない。そういう真似をしようと思ってこの仕事を始めたわけではないから別にいいのだが、それはそれとして、そういう気楽な真似ができているフィクションの政治家が恨めしくなってくるのも、また事実。

 

 忙しく書類を片付け、ようやく仕事を一段落させた時には、もう結構な時間が過ぎていた。窓の外から差し込む西日も、もうかなり薄暗く頼りないものになっている。できる事をすべてやり切ったというには少しばかり不満が残るが、それでも時間は時間。

 

「ふぅ、ようやく終わり、か……」

 

 壁の隅に掛かった時計の表示を確認するが、やはりそれなりに遅い時間になっていた。この後も予定がある、そろそろ仕事も切り上げなければならない時間だ。事務所の中を軽く一巡りしてドアや窓に鍵を掛けて回り、最後に入り口のロックを確認したら、後は事務所前の軒先に止めてあった自転車に乗り、道を急ぐ。

 本来は資産の身の丈に合った軽自動車を使っていたのだが、終末以来キーを回してもエンジンが掛からなくなってしまった。ガイア連合から配布されたプリントによると『終末の影響により物理法則が崩壊したから』などと空恐ろしい説明がされていたが、解説が異次元の向こう側過ぎて脳が理解を拒絶した。

 だから今は学生時代に使っていた古い自転車を物置から引っ張り出して使っている。幸いにも、複雑な機械構造を持たない自転車であれば、ペダルを漕げば普通に動いてくれるようだった。

 

 そうやって自転車を漕いで移動する。町中の一等地などというハイソな立地とは縁が遠く、佐渡市内の片隅にある小さな事務所からペダルを漕いで自転車を走らせること十数分。普段は自動車で通っていた道が想像以上に遠い。

 学生時代の記憶と比べても明らかにペダルが重いのは運動不足が祟ったか、それとも考えたくはないが年齢の問題か。そろそろ二十代も終わりという年齢問題から目を逸らし、アスファルトの路上に自転車を走らせる。

 

「……やっぱり、車がないのは辛いわね」

 

 ガイア連合からは『悪魔召喚プログラムをインストールすれば動くようになる』と説明されており、最低限必要な家電の類はそれでどうにかしているが、それはそれとして“悪魔召喚プログラム”なる代物も唯にとっては理解の外で、そんなものをインストールしろと言われても『目に見えない得体の知れない怪物が現れて普段使っている道具や家具に憑依する』などという不気味な光景を思い浮かべてしまい、どうにも抵抗がある。

 

 だが、やはりそうやって意地を張っていても限界がある。佐渡島全域を包括する佐渡市という都市は、佐渡島に存在した複数の行政区分を統一した事で出来た市であり、それを示すようにこの佐渡市は、その面積の多くを山と自然に覆われた佐渡島の上にいくつか存在する集落をアスファルトの道路で繋げたような構造になっている。

 電車も存在せず、また終末という事もありバスの運行すら止まっているこの状況で、車が使えないというのは想像以上に不便なものだ。

 

「覚醒してレベルを上げれば体力も付くっていうけど……何よレベルって。経験値とかRPGのゲームじゃないんだから……」

 

 ぶちぶちと文句を言いながらペダルを漕いで走っていく。早くも息が上がってきているが、このままのペースを維持できればあと数分で目的地に着ける目算だ。視界の先で森が途切れ、現代文明で作られた瓦の家並みが見えてくる。

 

「よしっ……!」

 

 気合を一つ、唯はペダルを漕ぐ足に力を入れた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 踏み込んだパレスの中は、御伽話の城塞都市のように見えた。

 

 石畳に覆われた中世風の町並みはヨーロッパのどこかというよりは、何か適当にそれっぽいファンタジーの舞台を象っているようにも見えてくる。オンラインRPGによくある、プレイヤーが集い冒険に繰り出す拠点となる、そんな場所。それを証明するかのように、町中にはどこからともなくBGMすら流れてくる。

 頭上を見上げれば青くベタ塗りされた書き割りの空と、天井から吊るされた作り物の太陽。天井を埋め尽くして均等に並ぶ照明装置は、主が舞台の町のどこにいてもスポットライトを浴びせられる、そんな機能だろうか。

 

「まるで出来の悪い演劇のセットですわね。このパレスの主……一体どういう形で現実を認識していたのでしょうか」

「想像したくもないが、分析すれば随分と気持ち悪くなりそうじゃな」

 

 オネイロイ達もユーミルも共に肩をすくめて呆れの表情を見せる。こうして何も考えずに歩いている分には普通にファンタジーのセットにしか見えないが、考察するとパレスの主の内面が見えてきて割と気持ち悪い。考えないようにしながら先を急ごうとすると、頭上から飛び出してくるのは天使の群れだ。

 白い翼で滑空しながら魔法を放ち、武器を手に襲い掛かってくる。最下位の天使エンジェルが数体に、それより一つ上の天使アークエンジェルが一体。

 

 モルフェウス=エウリュアレが手にした小弓から【連続撃ち】を放って足止め、そこにパンタソス=ステンノが発動した【ドルミナー】を放ち、意識を失って地上に落ちた何体かに向かってユーミル=金屋子神が大戦斧を振り下ろして始末。

 上空に残った天使共に向かってイケロス=メデューサ・ランサーが鎖を放って何体かを拘束し、その脳天にパンタソス=ステンノが放った【ザンマ】が直撃、頭を吹き飛ばされた天使は白い羽根を血のように散らして消滅した。後は残りをMP節約して【マハラギ】一発、敵は全滅、消し炭だ。

 

「後は……と」

 

 既にガイバー・アプトムは装着済み。そしてもう一つ、追加武装が一本────黒い刀身を持つ片刃の長剣『ラウズマカジャリバー』。半終末以前にガイア連合ホビー部で製作され、量産された原作再現ライダー霊装の一振りだ。

 鍔元の装填口から金色に輝くマッカを叩き込んで【アギラオ】を乗せ一振り、三日月型の光刃が撃ち出されて追加で飛来した天使と妖鳥を切り裂き、その断面から火を噴いて爆散させる。その傷口から飛び散ったマッカを専用の吸着ユニットで回収しつつ、納刀。

 

「それじゃ、まずはどこに向かうべきやら」

 

 やはり、都市型パレスの中央で悪趣味な金ぴかに光っているあの城みたいな建物、か?

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 佐渡島メシア教会。

 

 佐渡島金山異界の一角、購買部のテントが設置されているすぐ隣に建設された、小さな教会だ。

 

 白く塗装された鉄筋コンクリートの貧相な建物だが、その屋根上に掲げられた十字架のシンボルは無味乾燥で殺風景な金山異界周辺においては非常に珍しく、周囲に植えられた白い芥子の花が咲いた花壇と合わせ、どこか神聖な雰囲気を放っているようにも見える。

 

 その聖堂に並べられた長椅子に座って、仕事を終えた三好は祭壇に向かって手を合わせていた。周囲には同じように手を合わせて祈っている労働者達の姿もあり、三好の姿も決して悪目立ちするようなものではない。

 

「どうか、どうかお願いします神様、俺にもツキが回ってきますように!」

 

 自分で何一つ努力をしていない薄っぺらな神頼み、と言ってしまえばそれまでだが、三好にしてみればそれなりに真剣だ。苦しい部分は頼れる相手に可能な限り押し付けて、押し付けきれなかったら腹を立てて泣き叫ぶ……佐渡金山で働かされている労働者達はそんな人間の集まりであって、それは三好も例外ではなく、だからこそ彼らにできる努力といえば、それはこうして虚空に手を合わせて神頼みする事くらいだ。

 

 だが。

 

「祈りましょう。そうすれば神は聞き届けてくださいます」

 

 と自らも手を合わせる老神父の声に導かれるように、三好も他の労働者達も手を合わせていた。祈った程度で現実が好転するはずがない事は現代日本人の常識として三好も心得ていたが、それでもいつの間にか、気が付けば三好達は手を合わせ、真剣に祈りを捧げている。

 

「日々の労苦と祈りを神に捧げましょう。己の罪を包み隠さず告白し、日々迷う事無く祈りを捧げるのは天に富を積む事です。そうすればいずれは天の国へと召される事ができるでしょう……」

「ああ、神様お願いします! 俺、何にも悪い事はしてないんです! ただちょっとだけ日々の潤いが欲しかっただけで、誰かに迷惑を掛ける事なんてした事もありません! そりゃちょっとは悪い事もしましたけど、そこまでひどい目に合うような事はやってないはずです!」

「ちょっとだけ待遇をよくして欲しかっただけなんです。デモにだって参加しましたが、それだって悪気はなかったんです! ただ場の雰囲気に合わせただけで、俺ばっかりが悪いわけじゃないんです!」

「いい思いしてるヤツがいるんだから、少しくらい助けてくれたっていいと思っただけじゃ! 盗んだなんて言われる筋合いはない!」

「何が強姦未遂だ、あの女が誘ったんだよ!」

 

 三好と同様、他の労働者達も一心不乱に祈りを捧げている。もし今すぐ隣に導火線に火をつけた爆弾を転がしたところで気付かないだろう、そう思わせるほどに真剣に。

 

 そんな熱心な労働者達に背を向けて、老神父は裏口から聖堂を出て、併設された小さな家屋の応接室へと入る。そこに待っていたのは黒髪の美女……七陰の一人である経済担当のガンマだった。

 

「お待たせしました、ガンマ様。本来の姿に戻っても?」

「ええ、構わないわ。ここで姿を偽る必要はないのだから、楽にしてちょうだい」

「では、遠慮なく」

 

 教会を管理する老神父は、その顔面を引き剥がすように姿を変える。神父の映像を剥ぎ取るように現れたのは、黒いドレスを纏った白髪の少女の姿────少なくとも同タイプのシキガミが十数体以上存在するらしいイリヤスフィール型のボディに擬態機能を仕込んだシキガミ体に霊基を宿した彼女の名は『死神サンタ・ムエルテ』。

 

 “死の聖母”を意味する彼女は、スペインの侵略以前から中南米に存在した死の神に対する信仰と、スペインが持ち込んだローマ系一神教の信仰が融合して生まれた一種の土着信仰の神だ。それが刑務所や麻薬カルテルを通じてメキシコを一気に席巻したのは現代の話。

 常に「死」が喉元に迫る生き方をせざるを得ない犯罪者達が死を司る存在の庇護を求めたのだ。信仰において道徳や倫理を求めず、崇拝者達に正道、清廉を求めないサンタ・ムエルテは、犯罪者や、罪を犯さねば生きていけない業を背負って生きる貧民に支持された。

 

「やはり本来の姿はいいですね。あちらの姿も効率よく信仰を搾り取れるから悪くないのですが、どうにもね」

「それは仕方ないわね。仕事だもの」

 

 サンタ・ムエルテの仕事は、佐渡島金山異界に設置されたメシア教会の管理である、が。

 

 正式な一神教においては異端として扱われ、その総本山であるローマからは神を冒涜する偽宗教とまで呼ばれて否定されながら、しかしその一神教の組織を苗床として寄生種のように増殖し、一神教との掛け持ちを含めて信徒数は300万人を越えると推定される程の一大宗教運動となったのがサンタ・ムエルテの信仰だ。

 だからこそ彼女が持つ異端としての権能は、教会から信仰や崇拝によって得られる生体マグネタイトを収奪する事。例えば発電所から供給された電力を盗電して不正利用するように、信仰によって一神教の神や天使が得るはずの生体マグネタイトを横取りする事ができるのだ。

 だからこそ、このメシア教会の管理という仕事が彼女に委任されている。

 

「気にならないのかしら? 曲がりなりにも衆生を救う神としての属性を持つ貴方が、氏子を虐げる側に加担するなんて」

「特に、何も。あれらは己が罪を自覚しない、単なる“罪のない民衆”に過ぎませんから。そういうものを救うなら、もっと適した神々がいくらでもいるでしょう? 釈迦とか、キリストとか」

 

 皮肉じみたガンマの言葉に、サンタ・ムエルテはさらに皮肉を上乗せして返す。

 

 つまるところ、サンタ・ムエルテは罪人を救う神だ。悪の味を知り、罪を犯さねば生きられず、自らの罪を自覚してなお罪を重ねてまで生きようとする者達を、善に昇華させるでもなく悪性を抱えたまま赦し受け入れ、祝福して生かし、最後には死という形で自らの下に受け入れる神。

 対し、正義や正論、とりわけ数の暴力という免罪符を振りかざして己の利を誘導しようとし、己の正しさに一切疑義を持たない“罪なき人々”の行き着いた先である佐渡金山異界の労働者達に、慈悲など感じるはずもなし。

 

「分不相応な要求のために故郷を干上がらせ、それにも飽き足らず受け入れ先で暴動を起こして追い出された彼らを無罪と呼ぶのも皮肉が効いている話ね」

「私が救うのは、私が救うべき人々ですよ。はっきり言って私の知る限り、そこに当て嵌まるのは……ええ、蝶野様くらいのものですわね。皮肉な話ですが……」

 

 サンタ・ムエルテは紅茶の茶葉を入れたポットを火にかけ、冷蔵庫を開けて適当な茶菓子を探す。終末でも最低限の物流を保っている佐渡島だから、ケーキもクッキーも問題なく手に入る。そうして淹れた紅茶を二人分のカップに注ぐと、ガンマとサンタ・ムエルテは密やかなティータイムを始める事にした。

 

「それで、どう? 候補者は見つかった?」

 

 サンタ・ムエルテの仕事は一つだけではなく、教会の管理以外にも労働者達の監視も含まれている。労働者達が捧げる信仰の生体マグネタイトから内包される感情を読み、あるいはその祈りから思考を読み取る事により、異能者として覚醒した人間や、あるいは更生の可能性を持つ人間を精査する。

 

 覚醒して異能者となったなら、対象者は異能者用の監獄がある十勝支部へと移送する。

 更生の可能性があるなら、そちらはそちらの方面に秀でた地獄湯支部へと搬送される。

 

 どちらも、この地獄のような佐渡島金山から抜け出す道だ。

 

 だが。

 

「いえ、全く。一人もおりません。予想通りといえばそれまでですが、問題外ですね」

「まだ金山が稼働し始めて間もないわ。どうせゆっくり時間を掛けて運営する施設だもの、問題はないわよ」

 

 そんな風にガンマは結論付けた。

 

「他の支部でも“難民様”の処遇は問題になっているみたい。迷惑難民受け入れの打診が色々なところから来ているわ。そしてガイア連合全体の為にも、佐渡島支部はそれらを受け入れていく方針よ。第一陣は京都からね。来週には京都から新しい労働者が移送されてくる予定だし、貴方の仕事も増えるでしょう」

「ええ、腕が鳴ります。これでもまだまだ余裕はありますもの」

「手が足りなくなったら申告してね、増やすから。そうなれば、貴方の権限も増えるでしょうね」

「ふふ、私は現状に満足していますけど……ええ、でもできる事が増えるのはいい事ですわ」

 

 美女二人、顔を見合わせ笑みを浮かべる。二人とも、実を言えばそれほど裏や他意があるわけでもないのだが、傍から見ていれば実に怪しげな、黒幕同士の会話に見えた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 パレス内界にて。

 

 ラウズマカジャリバーの後端を回すように開き、ターンテーブルに装填されたカードを三枚纏めて引き抜いては、刀身半ばに備わったリーダーのスリットに押し込んだ。カードは『ケツァルカトル』『ケルベロス』『マダ』、全て火炎属性を操る悪魔の霊基を封じたもの。

 

《FIRE》

《FIRE》

《FIRE》

 

 無機質な電子音声と共に俺の背後に三枚並んで浮かんだ幻像のカードの内側で、三体の悪魔が炎を噴き上げる。同時に俺が全身に纏うガイバー・アプトム・フルブラストの全身に展開した生体熱線砲から放たれる閃光にケツァルカトルの【アステカの鼓動】、ケルベロスの【ヘルブレイズ】、マダの【紅蓮の狂宴】、三つのスキルを一点収束して上乗せし、強烈極まりない火炎の属性が迫り来る悪魔を一斉に焼き払った。

 

 門を守る大型天使は一瞬で蒸発し、合わせてその背後にあった城門も爆発に耐え切れず吹き飛んで、エントランスの大広間へと通路が解放される。

 

「……随分とあっさり開いたな。基本的に、余程の例外でも持ち合わせていない限り、パレスってのは主に“宝を奪われる”事を意識させないと開かないはずなんだが」

「もしかしたら、佐渡に来る前にどこかで“奪われる”事を意識させられてしまっていたのかもしれませんわ。ほらこのパレス、周囲に分厚い城壁を巡らせていて、まるで要塞のよう」

 

 砕けた扉の残骸を踏みながら、俺達は広間へと踏み込んだ。そこに整列しているのは、まるでオモチャの兵隊のような鎧を身に纏った天使の群れ。

 

「……この天使共、普通の悪魔じゃないな。シャドウの霊基に天使って殻を着せて無理矢理兵隊に仕立て上げたヤツか。こんな事をできるのは……まあ、メシアン製の天使召喚プログラムだろうな」

「つまり本命の敵がこの奥で待っているという事じゃろ。さっさと薙ぎ払って前に進むぞ」

 

 鼻を鳴らした金毘羅権現が前に出て、巨大な斧を振るう。その圧力に耐え切れず、整然と並んでいた天使共の隊列は吹き散らされるように崩壊し、そこにパンタソス=ステンノの放った【子守唄】とイケロス=メデューサの【永眠の誘い】────集団誘眠に加えて睡眠状態の敵を確定即死させる確殺コンボの成立により一気に数が減っていく。

 息が詰まる程の密度だった敵の数が減り、しかし減った分を無理矢理注ぎ足すように、広間左右の出入り口から新しい天使が湧き出してくる。こちらも全身に展開した生体熱線砲で薙ぎ払い、それでも生き残っては突っ込んできた敵をあるいはイケロス=メデューサの振るった大鎌が次々と両断していく。あるいは懐に飛び込んできては後衛のモルフェウスやパンタソスを狙ったところを、金屋子神=ユーミルの巨大な斧が叩き潰すように振り下ろされ、天使共を粉砕しては無惨な残骸を飛び散らせる。

 

「これは……少し面倒だな」

「どうなさいます? いっそ、御主人様と足の速いイケロスの二人だけで敵中突破を図る手もありますが?」

「いや、まずは数を減らす」

 

 モルフェウス=エウリュアレの提案はリスクが高過ぎる。だから代わりに、と、ラウズマカジャリバーのスリットに『アモン』『モレク』のカードを通し、その力を乗せた生体ミサイルで薙ぎ払う。それに合わせてモルフェウス=エウリュアレやパンタソス=ステンノも一斉に矢や魔法を投射した。

 広間のそれなりに広かった空間が一気に燃え上がり、そこに群れていた天使がまとめて炎に包まれる。そして同時に敵が湧き出してくる出入り口を【炎の壁】で蓋をするように封じ込め、後は敵の燃え殻を踏みながら悠々と広間を抜けていくだけだ。

 

「……想像以上に消耗が多いな。敵も同じだとは思うが」

 

 さすがに俺のテリトリーである佐渡島で、そう好き放題にマグネタイトの補給が得られるとも思えない。問題は、敵が外部からどれだけのマグネタイトを持ち込んでいるか、だが。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 佐渡市。

 

 両津港に程近いとある集落の公民館。

 

 そこに二十数人程度の人の姿があった。

 

 集まっているのは全員、集落の住人。

 若くて二十代、歳がいっていれば五十代、全員集落の住人であり、そして女性だ。

 

 さほど大きくもない集落の住人、それも特定の年齢層ばかりが集中して集まったと考えれば、結構な数だ。集落で暮らす主婦の一人が声を掛けて集まった地元の女性達だというのだから、井戸端ネットワークも侮れない。

 

 そんな集団の中に、小手川唯も混じっていた。曲がりなりにも市議会議員の末席にいる身、何かにつけてイベントがあれば、それにかこつけて地域の有権者とは可能な限りコミュニケーションを取っておくのは政治活動の基本中の基本だ。

 市民からの印象を良くして、顔を売っておくだけでなく、有権者の声を聞いて地域のニーズを理解する事にも繋がるし、時には思わぬ情報を仕入れられる事もある……というのは、唯の知り合いである先輩議員の言葉だ。もっとも議員としては経験の浅い若手である唯にとって“思わぬ情報”などというケースに遭遇した経験はまだ、ない。

 

 の、だが。

 

 そんな中、部屋の隅から話の流れを見守る唯の額に、冷たい汗が一筋流れた。

 

「そうよね、言ってる事が随分と大げさだと思ったわ」

「悪魔って言っても警察の仕事でしょ」

「今の時代にそんな話を持って来られてもね、神様なんて拝んでも……」

 

 話の流れは、かなり否定的なものであるようだ。

 

 この辺りはガイア連合の結界に程近く、そのため終末当日の悪魔出現による被害も少なかった。だから現実感がないのだろう。

 

「────このままだと私達もまずい、と思うのよ。ガイア連合って、要するに会社でしょ。一つの会社が政治から何まで支配するのは、どう考えても問題でしょ?」

「ですよね!」

「やっぱり私達も抗議しなきゃいけないと思うのよ。来週の朝から、役所の前で集まって、集団でね」

 

 話の輪の中心にいる主婦がそんな事を言えば、思わず嫌な寒気を感じて、唯は思わず小さく身を震わせた。嫌な予感がする。話の流れが、少しまずい、かもしれない。これ、ひょっとして前の役所前の暴動と同じ流れじゃないのか、と。

 

「それでね、それでも、もし向こうがこっちの話を聞いてくれなかった時のために、とっておきのアイテムを用意してあるのよ。……これよ」

 

 その不安は、的中した。懐を探ってその主婦が取り出したスマホの画面には十字架と翼をあしらったアイコンが浮かんでおり、彼女の指がそれをタップすると『Angel Summon Program/Ver. Right』とタイトルロゴが表示される。

 

「…………」

 

 背筋に冷たいものが走った。

 

 間違いない。悪魔召喚プログラム────否、蝶野光爵とのやり取りでその存在だけ聞いた事がある、メシア教会製の粗製プログラム。

 

 思わず顔を引き攣らせた唯の視界が、不意に奇妙に歪んだ。反射的に目をこすると、話している主婦の肩の上に奇妙な存在────白く薄っすらと浮かぶ煙の塊のようなものが少しずつ見えてくる。煙の塊をデフォルメして人型らしく手足の体裁を整えた大まかな輪郭の背中に、小さく一対の白い翼がある事に気付いた唯は、周囲に気付かれないように集まりを抜け出すと、公民館を後にする。

 

「はぁ……終末って、つまりこういう事、か」

 

 悪魔が人をそそのかし、有り得ない事件を起こす世界。

 

 頭を抱えた唯は、そのまま自転車に飛び乗って走り出す。どこにでもあるような家とアパートが立ち並ぶ住宅街を抜ければ、その先は起伏の多い山道だ。体力作りになるかと思って電動自転車を使わないようにしたのが悔やまれるが、それも後の祭り。

 道の左右は深い森で、時間が遅く既に日も沈んでいる事もあって道は暗く、こんな状況でもなければ通りたくもない。

 

 一介の市議会議員に、こんな事件はオーバースペックもいいところだ。自分のできる事には限界があるのは社会に出てから散々に思い知らされてきたが、だからといって正直、これはない。こういうのはもっと、こう、少年漫画の主人公のような人間が相対するようなものだ。

 こんな状況に対応してくれるのは……警察、と最初に思い付くが、無理だろう。暴動の時に見た戦いの光景を思い出す。白亜の機械巨人と青銅の巨大天使とがぶつかり合い、戦術兵器の分を越えた巨大な爆炎を一個人が自在に操るという異常な状況。あれを見て、まだ警察に太刀打ちできると考える方がどうかしている。

 

 肩を落とした唯は、しばらく走り続けた末にその場に自転車を止めた。ある程度の距離を稼いだから、それで十分だ。むしろ重要なのは時間……ガイア連合の業務時間がいつまで続くかは分からないが、それもそろそろ不安な時間だ、連絡するなら急がなければ。

 手持ちのスマホを手早く起動すると、交換済みの電話番号をタップしていく。宛先は彼女の古い知り合いである蝶野光爵────には一度電話して通じなかったので、その補佐役であるシキガミ、アルファの方だ。

 

 手早く事情を説明すると、即座に部隊を派遣すると確約を受ける。部隊……などという言葉が出てくる辺り、内部に私兵集団のようなものも抱えているのだろう。その規模や戦力など唯には想像も付かないが、単なる企業の分際を軽く越えている事は想像がついた。

 連絡を終えて通話を切った唯は、思わず溜息を吐いて背後を振り返った。

 

 その視線の先には、ここまで唯を追い掛けてきたのだろう、集落の住人達数十人の姿があった。誰も彼も、そのまま寝ているところをベッドから抜け出してきたような姿だが、その割に全員が手に手に角材や包丁のような凶器を携えており、中には猟銃を手にしている者まで混じっている。

 全員、正気や意志が抜け落ちたかのような虚ろな眼でこちらを睨んだまま武器を構え、唯に向かって詰め寄ってくる。襲われたら生きては帰れないだろうし、意志を感じられない目付きの人々だが、手にした凶器からはあからさまにこちらを傷つける害意が伝わってくる。

 

 学生時代にはそれなりに格闘技の心得もある唯だが、これは、それでどうにかなる次元を明らかに越えている。警察であっても無理……最低ラインは自衛隊、といったところか。

 

「後悔してももう遅い、か。間違った事はしていないつもり……なんだけど、そんな甘い状況じゃ、ないよね」

 

 正しい事をするなら、報われる事を諦めなさい。

 

 若輩とはいえ政治家になった時、先輩から言われた言葉だ。その言葉の重さは今これ以上なく実感する羽目になっているが、その先輩とて、こんな状況をどれだけ想定していた事か。息を大きく吸い込んで覚悟を決めた、その瞬間に。

 

「伏せぇ! そのまま頭下げておれ!」

 

 頭上から降り落ちてきたその声に、何も考えず反射的に路上に身を投げ出し、両手で抱えるようにして頭を庇う。途端、唐突に発生した暴力的なまでの突風が襲い掛かってきた暴徒たちを吹き飛ばし、薙ぎ払うように倒していく。

 暴風が収まると共に顔を上げた唯の視界に映るのは、暴徒と睨み合うように立つ二人の女性と、彼女を守るように周囲を取り囲んだ獣の群れ。

 

「……狸?」

「うむ、狸じゃよ。佐渡の団三郎狸、有名じゃろ」

 

 唖然として見つめる唯の視界の中で、無数の狸が地面を蹴り、枝の上を飛び跳ね、夜闇の中をピンボールのように跳ね回りながら居並ぶ人間たちを蹴り倒していく。そんな非現実的な光景を見て、つくづく終末というものの理不尽さを理解させられる唯だった。

 

「やれやれ、何が起きたか知らんが、お前さんも面倒な目に遭ったようじゃなあ……ま、ガイア連合の助けも来たようじゃし、後はそちらに頼れば十分じゃろ。というか、このタイミングからしてワシの助けがなくともお前さんがもう少し足掻けば、あ奴ら普通に間に合っておったぞ」

「あっ……」

 

 肩をすくめる団三郎狸の背後から重々しいエンジン音が幾重にも重なって響く。山道を抜けてくるのは鈍い銀色に塗装されたフルサイズバンの車列、その背面に搭載された大型投光器から放たれる照明が、唯と団三郎狸を中心に一帯を煌々と照らし出す。

 照明を向けられて、唯は自身を追い掛けてきた人の群れが想像以上に少ない事に気が付いて息を呑んだ。せいぜい十人かそこらだろうか、夕闇に塞がれた視界と焦燥、そして何より無力感が、想像以上に脅威の数を大きく見せていた。

 

 同時、スピードを落としもしない走行中のバンの側面ドアが開かれ、車内から一斉に飛び降りてくるのは強殖細胞の装甲で全身を覆ったアマゾンシグマの一部隊だ。狸達の動きによってほとんど取り押さえられた人間達に向かって【バインドボイス】の一斉投射による緊縛で完全に無力化してしまう。

 さらにその背後からやってくるのはパトカーと護送車による車列だ。そこから現れた人造警官ハイデッカーの集団が、身動き取れず呻き声を上げる人間達に手際よく手錠を嵌めては手早く身体検査を済ませ、一通りの手順を終わらせたら即座に護送車へと放り込んでいく。

 その中の何人かは先程公民館で分かれたばかりの主婦達であり、終末という環境下で人間の理性がどれだけ不確かなものかを思い知って、唯は頭を抱えた。

 

「昼間の暴動に続いて、今度も世話になったね、団三郎狸」

「いやいや何の、ワシはいい商売がしたいだけじゃよ。そのためにもこの島には、平和でいてもらわんとのう」

 

 狸の棟梁に声を掛けたのは、七陰の中でも諜報を担当するゼータだ。その姿を見て、ようやく唯は、今回の事件における自分の出番が終わったという事を理解し、その場にへたり込んだ。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 メメントス・ハレル最下層。

 

 佐渡島金山に収監された労働者達の集合無意識と接続したメメントス・ハレルは、彼らの精神を幽閉するための牢獄であると同時に、そこから恐怖や絶望、不満、苛立ちといった様々な感情を生体マグネタイトとして搾取し集積するための巨大な蒐集装置でもある。

 そうやって絞り出したマグネタイトの行き先が、この地底湖だ。

 

 生物の気配一つ存在しない円形の地底湖は深緑色の燐光を放つ培養液で満たされている。それを掌に一掬い拾い上げただけでも、異能者や悪魔の感覚であれば大量の生体マグネタイトが含まれている事がそのまま肌へと伝わってくるほどだ。

 

 そんな地下世界を象った異界の奥底にて、湖面を照らす大型投光器が白熱灯の輝きで空間を照らし出す中で、作業を一段落させた“七陰”の技術担当イータは、額を袖口で乱雑に拭いて、浮かんだ汗を乱雑に払う。

 

 培養液に満たされて波打つ湖面を取り囲むように、注連縄を巻かれた巨岩と、その上に築かれた石造りの台座が七基。ただしその内の五つは空であり、残り二つの片方には刃渡り数十メートルほどもある白亜の巨剣────ダン・オブ・サーズデイが刀剣形態で突き立っていた。

 

 この地底湖そのものがガイア連合佐渡島支部の保有する巨大兵器を維持管理するドックであり、またその動力となる生体マグネタイトを貯蔵する燃料貯蔵庫だ。

 

 そして刀剣形態のダンが突き立つその隣の台座には、ダンと同様の意匠が伺える、しかし未完成の巨人が膝を突いた姿勢で静止しており、周囲に群がっている整備員仕様のクローンヤクザ達の手によって現在進行形で急ピッチの整備が進められている。

 

 その姿を見上げて、溜まった疲労を吐息として排出するようにイータは大きく背中を伸ばし、深々と息を吐き出した。

 

「……やっとこれで、一応って感じ、かな」

 

 骨格を組み上げ、人工筋肉を取り付けて、その上から一応の装甲を装着した仮設仕様────胴体と手足とセンサーが揃い、一応稼働できるだけの機体。全身に装着されるべき機動補助や姿勢制御のためのスラスターもないから身体駆動は人工筋肉頼み。

 

「それでやっとなのです? こんな時間まで掛かって、そろそろ夜なのですよ?」

「これでも全力。私は仕事が多い。培養中だった先行量産型のブレンパワードも急遽ロールアウトさせたし、それ以外にも奥の機体の整備もあった。全部半日でやり切った上で、仮設装備でも間に合っただけ奇跡の部類」

 

 それが分からない阿呆は黙っていろ、という意味を込めて、イータは横で勝手な事をほざくデルタを横目で睨むが、デルタは我関せずと言わんばかりに仮設機体の周囲で目を輝かせながら走り回っている。そんな単純馬鹿の背中に送る苛立ちを込めた視線は、何の痛痒もデルタにはもたらさないらしい。

 小さく溜息を吐くと、地底湖の中心に半身を沈めている巨大な鋼の塊を見て気を取り直す。半身を地底湖の水面下に沈めているにもかかわらず機体頭部のある高さは、柄を上にして台座に突き刺さっている刀剣状態のダン・オブ・サーズデイに匹敵し、質量に至っては運動性を重視した細身のダンに比べても圧倒的に上回る。

 

「……馬鹿は気にしないでおこう」

 

 デルタを放置したイータは地底湖の上を延びる金属製の足場の上を歩いていく。向かう先は、黒と赤に塗装された分厚い装甲で全身を覆う巨体の頭部。イータが近づくとその頭部装甲が大きく展開し、内部に備えられたシートに着座したエセルドレーダが姿を見せた。

 拘束具のようなシートベルトと無数の有機コードによって物理的な有線接続を保ったまま、エセルドレーダは自らの妹に対して控え目な笑顔を浮かべた。

 

「エセルドレーダ姉様、調子はどう?」

「上々よ。いつでも出られるわ。マスターの呼び出しがあり次第、私も、そしてこの子も。貴方のお陰ね、イータ」

 

 

 

 その言葉を肯定するかのように機体の胸腔で稼働を続けていた竜血炉が心臓の鼓動にも似て一際大きく唸りを上げ、展開した頭部装甲の下に普段は隠されている生体パーツの両眼が赫々と燃えるように輝き、そこからヒト型とは骨格からして根本的に異なる鋼の全身へと、装甲の合間を伝って赫々と燃えるようなマグネタイト光が拡散していく。

 

「ほら、この子もありがとうって言っているわ」

「子供みたいですね、それ」

「そうね。実際問題、この子は私達とマスターの間に生まれた子供みたいなものだもの」

 

 そう言ってエセルドレーダは小さな手のひらでシートのコンソールをそっと撫でる。終末が訪れて物理法則が崩壊し、主とシキガミの間にも既に子供が産まれるようになっている世界だが、それでも“我が子”は特別であるようだった。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 城内の通路はわざとらしいほど豪華な装飾で飾り立てられており、いっそ成金趣味にすら見える程だ。ペースを落とさずその中を進んでいく。宿主の心象世界を具象化したこの認知異界、余程に自己主張か自己評価のどちらかが発達した人間だったのかもしれないが関係ない。

 天使を象ったシャドウが横道から次々と飛び出してくるが関係ない。行く先に炎を撒いて焼き払いトラップを排除、邪魔する悪魔は蹴り倒して片端から排除し、バリケードの類は通り抜けられるだけの穴を焼き抉って直進していく。

 

 前に飛び出した金屋子神が斧を振るって防壁を破壊、その中にモルフェウス=エウリュアレの弓が連射されて周辺の悪魔を牽制。その隙に防壁の割れ目へと飛び込んだイケロス=メデューサが大鎌を振るって周囲の雑兵を斬り倒して侵入口を確保。

 中に踏み込むと同時に、小ホールの中央に展開した召喚人から出現するのは一際巨体の天使、まるで翼を生やした白鎧のゴリラだが、あれでもれっきとした天使の一翼。

 

「天使ヴァーチャー、レベル42! 少しだけ大物ですわ!」

「暴動の時のヤツと同じくらいか……よし、少しだけギアを上げる!」

 

 俺は手にしたラウズマカジャリバーのホルダーから抜き取ったカードを二枚、スロットに通し。

 

《FUSION JACK》

《ABSORB QUEEN》

 

 カードに封じられた『堕天使アドラメレク』『地母神ペレ』の霊基を閉じ込めたカードの幻像が背後に浮かび、俺の全身を覆う強殖装甲へと取り込まれていく。ガイバー・アプトム・フルブラストの全身に赤々と滾る溶岩にも似た色合いに燃えるラインが走り、背中から孔雀のそれを模した刃金の翼が展開する。

 

 

 ────ガイバー・アプトム・ジャックフォーム。

 

 

 火炎属性の破壊力を純粋に増幅する強化形態。空中での機動力も上昇し、戦闘力は飛躍的に跳ね上がる。背中に広がる孔雀の翼は飾りではなく、堕天使アドラメレクの【太陽神の威厳】スキルにより火炎属性の威力を増大させ、また敵の魔力回復に伴って味方全体に各種強化を展開できる。

 脚部を中心に展開された生体推進器の噴射炎もその出力が増幅され、その反動で加速し、そのまま一気に間合いを詰める。

 

 迎撃しようと拳を振り上げた天使だが、イケロス=メデューサが伸ばした鎖にその腕を絡め捕られて動きを硬直させる。そのままパンタソス=ステンノの魔法支援で動きを止めている間に俺が振るった【火竜撃】が顔面に直撃、そこから爆ぜる【地獄の焼きごて】の業火に【フレイダイン】を上乗せして溢れた爆炎でその全身を粉砕され、後背の大扉ごと衝撃波に飲まれて焼き捨てられる。

 

 ほとんど時間を稼ぐ事もできずに消し飛んだ天使には目もくれず、俺達は先へと進んでいく。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 手にしたスタミナドリンクを喉に流し込んだ。甘いが、それ以上に薬臭い。あえて薬用という事実を全面に押し出した味はそこまで美味いものでもないのだが、それはそれとして“薬効ありそうな気がする味”という事で薬品としてはそれなりに人気であるらしい。

 

 はぁ、と一つ溜息を吐いて “七陰”の一人ベータは、空になったドリンクの瓶をゴミ箱へと放り込んだ。

 

「そろそろ時間ですね」

 

 佐渡島支部のデモノイド占術班が予知した、佐渡島支部を襲う予定の凶事。複数回の占術と演算を重ねた事で、厄災の正体は天使によるテロ行為でほぼ確定しており、発生予定の日時すら大まかに特定されている。そこまでやっても未確定の部分があるのは痛いところだが、その辺りは仕方ない、と既に割り切り済みだ。

 

 佐渡島、妙見山レーダーサイト。その司令室の中心に陣取った自分の席に座り、ベータは司令室のモニターをじっと睨みつけていた。

 

「下級天使を介して扇動した一般市民の蜂起は、もうゼータちゃんが手勢を引き連れて潰しに回ってる。それでも何件かは逃すだろうけど、それもアルファ様がダン・オブ・サーズデイをいつでも出せるように待機中だから問題なし。最大の問題は────」

 

 その最大の問題こそ、外界から飛来する脅威。つまりは自分の受け持ちだ。

 

 

 旧自衛隊・佐渡分屯基地────現在はガイア連合佐渡島支部の麾下に入った佐渡島防空局に管轄する施設であり、ガイア連合の各種オカルト技術により結界敷設を始めとする様々な補強がなされているが、内実はあまり変わっていない。

 そこで働く兵士や工員の半分以上が量産型デモノイドに取って代わった今もそれは変わらず────そして現在、基地の内部は緊迫感に包まれていた。

 

「皆、レーダーの調子はどう?」

「「「いずれも万全です。全て問題ありません」」」

 

 機械で揃えたかのように同じタイミング、無機質な声で答えるのは三人の少年────日本生類創研によって製造された情報収集・管制特化型デモノイド『イーリャン』だ。それぞれのこめかみから伸びた有機ケーブルをコンソールに繋ぎ、佐渡分屯基地のレーダーシステムと直結。

 現在、佐渡分屯基地で九体が稼働し、スリーマンセルの交代制で日本海上空を常時監視下に置いている。

 

 そのシステムの中核ともいえるのが妙見山、標高1042mの山頂に設置された日本最大のレーダー『FPS5』。高さ35m、土台込みなら42mのビルのごとき三角柱型の主塔、そのそれぞれの側面に亀甲模様の丸盾のような円形のレーダー、合計三基を稼働させる────通称“ガメラレーダー”。

 日本海から大陸方面へと睨みを利かせる防空の目として建造され、終末以前は主に半島から射出されるミサイルへの対応を主とし、また中国やロシアから飛来する領空侵犯機などの感知を担っていた。

 

 現在はガイア連合の手により主塔の中心に北斗妙見菩薩を祀る拝殿を組み込まれ、また三方の面で稼働する亀甲型のレーダーそれぞれに妙見菩薩の騎獣である聖獣ゲンブを憑依させた事により、その性能は大きく拡張され、また妙見菩薩の持つ千里眼の権能を引き出し遠隔でのオカルト的な知覚すら可能とし、未だ収集が付かない中華戦線から飛来する過激派天使の侵攻に備えている。

 

 そのレーダーが、数日前からある事象を観測していた。妙見菩薩の千里眼────天眼通による未来視と占術の合わせ技によって危機があらかじめ観測されており、その予定時刻にあらかじめ備えていたが。

 

「どうせこれも、暴動とかその辺の絡みなんでしょうね……真犯人が潜んでいるのはおそらく光爵様が突入しているパレスって話だったけれど……私達はそちらの方には構っていられないわね」

 

 気を取り直して、ベータは自身の情報共有のリンクをイーリャン達に接続させ、送信されるデータを基に情報演算を開始。量産型のイーリャン達とは隔絶した規模の演算領域によるバックアップによって一気に知覚精度とその領域が拡大していく。

 

 その知覚が、飛来する何かを捕捉した。

 

「待機中の佐渡島防空局及び関連各所に緊急通達! 北京近辺、メシア教会過激派残党が管理するミサイルサイロから弾道弾の発射を確認! 速やかに迎撃態勢に移られたし!」

 

 途端に緊迫した声を上げるベータの指示に従って、イーリャン達が各所に連絡を飛ばしていく。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 この城の中枢、異様に飾り立てられた天守閣へと突入する。その中心にある玉座に着座しているのは異様に痩せ細った人間のミイラ、おそらくはこのパレスの本来の主であり、その周囲にはペルソナの残骸と思しき砕けたマネキンのようなものが散乱している。

 

 その玉座の隣に立つようにして、悠然と立っていた天使が一体。ヘレニズム様式の神像に似て人を象った鋼の彫像にも見え、しかしアレは確実に、そんな優雅な代物ではない。肌を通じて感じ取れるその力は、暴動の時の巨大天使よりも明らかに一回り程上だ。

 こちらに視線を向けた天使は、まるでこちらを歓迎するかのように大きく手を広げた。

 

「ようこそ、この地の僭主よ。何用でここまで訪れた?」

 

 天使の顔に浮かぶのは冷たく、機械的な嘲笑。顔ではこちらを見下し嘲っているというのに、ぞっとするほどに感情が籠っていない。他者を見下す人間の醜悪さを何も考えず機械的に模倣したかのような、そんな不気味な冷たさがそこにある。

 

 だが。

 

「領地の奥深くにパレスなんて無駄なものをおっ建ててくれた害虫を駆除しにだよ。それ以外の言葉があるとでも?」

「禅定、というのだろう。神の法を正しいと理解できる資格を持つ正しきヒトであれば、その場に伏して跪き、自ずから王冠と玉座を差し出すであろう」

 

 その言葉に、こちらから出るのは失笑だけだ。

 

「馬鹿が。本当にオマエらの法と秩序が正しいなら、オマエ達は今すぐこの場で自分を裁いてその首を刎ねているだろうよ。その程度も自覚できない時点で、オマエは邪悪としてすら三流なんだよ」

「邪悪。……我を邪悪と呼ぶか。我が法が間違っていると断ずるか。……つまり僭主よ、貴様は資格なき者という事だ」

 

 天使の怒りの琴線に触れたか。天使の背中に畳まれていた二枚の翼が大きく広がると共に、パレス自体に蓄えられた生体マグネタイトを吸い上げる事で霊格が膨れ上がり、ソイツが放つプレッシャーは幾何級数的に増大していく。

 

「【アナライズ】結果────天使ドミニオン、レベル51……いえ、まだ上がっていきますわ! 大天使メタトロンへと霊基変動……いいえ、回帰します!」

「生体マグネタイトを過剰燃焼させる事で本来の規格を越えた霊基規模を得る……結構前に幼女ネキが会得したとかいう技と同質のアレか。さすがに霊基それ自体が変動する例は初めて見たが、まあ例がないわけじゃない、か」

 

 単なるレベルやステータスのブーストくらいなら、ガイア連合の中にも何人か使い手がいる。その中には自分自身ではなく仲魔を強化し、より強大な別側面の悪魔として顕現させるような技の使い手も存在するし、おそらくはそれに近い現象だろう。

 だが別に俺も似たような事ができないわけじゃない。その位の機能はユニット・ガイバーに初めから搭載してあるし、それに大天使によるマグネタイトの吸い上げが大天使を強化していくに伴って、アドラメレクの【太陽神の威厳】もまた俺と仲魔達の力を増幅させていく。

 

 そして。

 

《FIRE》

《FIRE》

《FIRE》

 

 わざわざ強化変身を待ってやる義理もなくラウズマカジャリバーのスロットにカードを叩き込み、邪神マダの【紅蓮の狂宴】、魔王アモンの【アビスフレイム】、魔王モロクの【慄く炎】を一点収束させ、アドラメレクの持つ太陽の権能と合わせて一点収束させ、【アギバリオン】で叩き込む。

 白熱する炎を鋭利な槍のように収束させ、生体熱線砲にて射出。メタトロンの鋼色の胸板へと突き刺さった業火の槍はその体表を融解させながら抉り穿ち、中で弾けて傷口から爆炎を噴き上げる。

 

 苦鳴を上げて胸を押さえ膝を突いたメタトロンの掌を、傷口から噴き出した炎が焼いた。

 

「っ……治癒進行度停滞……僭主め、一体何をした!?」

「答える義理はないな。んな暇があるならさっさと死ね!」

 

 ギリシャ系の魔術によるヘラクレスのヒドラ退治の故事の再現。傷の焼却による治癒阻害を魔術・概念的にも引き起こし、マグネタイトによる治癒を阻害する。加えて地母神ペレの火山の権能を上乗せし、傷口それ自体を火山化させ、体内から火を噴き上げる傷という有り得ないものを作り出し、敵の身体を内部から焼き焦がしながら生体マグネタイトを炎に変えて消費させ、加えて大天使の金属質の体組織に対して“火が金を剋する”という五行に基づく概念魔術も加算して相手の防御力と抵抗力も削ぎ落し。

 

「行くぞ、一斉攻撃!」

 

 金屋子神の斧が撃ち下ろされ、モルフェウスの弓が弦音を鳴らし、パンタソスの魔法が放たれ、イケロスの大鎌が振るわれる。合わせて俺自身もありったけの火炎魔法を叩き込んでいた。初手から敵は既に重傷、しかしそれでもタダで終わる相手ではない事ははっきりしているから、可能な限り確実に殺させてもらう。

 反撃など許さぬとばかりに矢に抉られた天使の鋼の体表に亀裂が走り、炎に炙られて金属細工の羽根が弾け、真っ正面から斧刃を受け止めた顔面が歪み、大鎌を掴み止めた手指が斬り飛ばされて。

 

 それでも。

 

「ただでは終わらぬ。まだ、まだ我が導く民の旅路の先に、何としてでも楽園を生み出すために────!」

 

 自らの体内から鮮血のように噴き出す炎に捲かれ、最初の神々しい姿も無惨に焼け落ちたメタトロンが、炎の中でまだ立ち上がる。その身に流れ込んでいく膨大なマグネタイト、その源はこのパレスそのもの────認知によって形作られたこの異界それ自体を大量の生体マグネタイトへと変換し、自らの裡へと取り込んでいく。

 それに合わせ、翼を広げた大天使の頭上で、異界の空へと巨大な亀裂が走った。空間の亀裂は一つ、二つと数を増やし、それに合わせてパレスの構造そのものに激震が走る。異界それ自体がマグネタイトへと変換されるのに伴って、異界の構造が崩壊していく。

 

「まだ死なぬ……僭主よ、貴様が鉱山へと閉じ込めた、我が導く民を返してもらうぞ!」

「我が導く……? 鉱山に? あー……────まさかあのマーベルヒトモドキ共!?」

 

 微妙に納得した。

 

 いや割と本気で、おかしいと思ってはいたのだ。

 

 元々所属していたシェルターを崩壊させ、その足で月架手町シェルターまで歩いていき、そこを追い払われて浦野牧まで行ったら、さらにそこでも追い出され、そこからさらに魚沼に。大半が覚醒者ですらない単なる一般人、というかそもそも覚醒していたとしても自分で戦おうともせず他人の上前を撥ねる事だけは一丁前の御荷物連中が、この終末環境下で、何度も何度もあちらこちらのシェルターを行ったり来たりできるとか、常識的に考えて有り得ない。

 なら、常識的でない何かしらの要素が介在していたという事。

 

 大天使メタトロン────旧約聖書の出エジプト記において、ファラオの軍勢を退けてエジプトを脱出したイスラエルの民を導き、荒野での四十年間の放浪の後、約束の地まで導いた大天使だ。その権能を持つコイツが陰ながら庇護していたと考えれば、そりゃ好き放題に放浪してあっちゃこっちゃのシェルターに迷惑を掛け倒す事ができたのも無理はない。

 

「そうかそうか、なるほどなー……その時から既に、このパレスに潜んでいたわけだ。そりゃ見つからないわ」

 

 とはいえ四文字鳩の言葉を伝えられた最上位の天使は、それに従って下々の雑魚天使の引き起こす騒乱とは距離を置いているらしいとは聞いているが……その割にメタトロンなんて最上位に近い大天使が何でこんなみみっちい真似をしているのか分からんという。

 

 ……あるいは、そもそもコイツメタトロンの権能こそ持っていたけど本来メタトロンじゃない、とか?

 

 謎は残るが、ともあれ。

 

 半ば砕けた体躯が再構成され、翼は再びその形を取り戻し、それでも消えない体内の業火にその身を焼かれながらも立ち上がったメタトロンは、再構成された翼を大きく広げ、空中へと浮かび上がった。異界をマグネタイトに変換して貪り喰らう事で拡大変容を続けていくその姿は、既に当初のメタトロンとしての形態すら遥かに上回りながら、砕けつつある異界を卵殻のように内側から砕いて外界へと浮上していく。

 強化変身など許したくはないのだが、そもそもこの状況を放置しておくとメメントス・ハレルの方に影響が出かねないし、それよりも先にパレスを切り離す必要があるから手が出せない。

 

「まだだ、まだ終わらない、私の民を取り戻す時まで……!」

「うーん、どう考えてもこっちが悪役なセリフな……」

 

 まあその民ってマーベルヒトモドキの集団なんだけどネ!

 

 そんな連中に好き勝手されたら佐渡がどうなるかちょっと想像もしたくないから、全力で妨害させてもらう。マグネタイトへと変換されていく異界へと積極的に炎を放ち、引き起こした大火災にモルフェウス達三神が三柱がかりで呪詛を仕込み、金屋子神がそれをさらに増幅させていく。

 取り込まれている異界に毒を仕込んで弱体化させる仕様だが、そこにどれだけ効果があるか。それに気付いているのかどうか、メタトロンが勝ち誇った声を上げる。

 

「何をしようと無駄だ僭主! 間もなくこの地に天より裁きの鉄槌が降り注ぐ! この地は滅ぶ! その焼け跡に我が民が真なる神の都を作り上げるであろう!」

 

 大袈裟に言ったところで単なるミサイルだろうに。知ってるよそれくらい、割といつでも対処している。

 

 

 

 ただ、これだけは言える────俺の佐渡島を舐めるなよ?

 

 




 そしてまだ終わらないという……。

 最初は一話くらいで終わるつもりだったのが、三話構成に伸び、そこからさらに後編が伸びに伸び……。





~割とどうでもいい設定集~

・メメントス・ハレル
 佐渡島金山異界の“裏側”。
 その実体は佐渡島金山限定で認知異界メメントスを再現した魂の牢獄。そもそも自由になる意思がない労働者を厳選して収監しているようなものなので、逃げられない。
 労働者からのマグネタイト搾取機構を兼ねている。
 最深層には機密区画があり、搾取した生体マグネタイトの集積地点と、ダン・オブ・サーズデイを始めとする各種ロボット兵器の格納庫兼整備場。
 機密区画を除き、基本的にはオネイロイ三柱が管理している。

・天狗道場
 佐渡の天狗が運営している天狗道の道場。
 覚醒者向けに天狗の技を教えるコースと、未覚醒者向けのかなり緩い部類の覚醒修行コースがあるが、霊地の格やバックアップ体制、修行のキツさなど様々な要因から、星霊神社の黒札向け修行と比べれば効率とトラウマ発生率は劣る。
 金刀比羅神社に分祀されている讃岐の崇徳天皇の傘下に属しているが、繋がりは緩い。
 基本的には佐渡在住の現地民向けサービスだが、別に佐渡民限定というわけでも、現地民限定というわけでもなく、黒札でも割と簡単に教えてもらえる。

・ラウズマカジャリバー
 えくり屋様『【カオ転三次】がんばれシフター ギラギラ転生記 ~僕がライダーになった理由~(仮)』より。
 仮面ライダーオーズのメダジャリバーをマッカ対応にして、ラウズカード用のリーダーを付けた感じの剣。
 普通に剣として攻撃すると【もうかりマッカ】の効果でマッカが落ちる。
 またセルメダルの要領でマッカを装填する事でオーズバッシュモドキの大威力斬撃ができる。ただしさすがに空間までは切れないし、攻撃対象の識別なんかも無理。
 悪魔を封印してカード化し、リーダーに通す事でカードの能力を使える。割と初期の時点でキングフォームも実装されていた模様だが、何も考えずにカード化しているとゾンビスライムガキスダマ13身合体クソ雑魚キングフォームとか訳分からんことになる。
 なおデュエルディスクなどとも規格統一がされているため、遊戯王カードでも読み込んでくれる。デュエルディスクより読込・召喚・発動の処理が速いとか。
 元作品中で何本か量産されており、主人公が使っているのもその内の一本。内蔵するカードは大半火炎属性魔法強化で揃えられている。

・サンタ・ムエルテ
 メキシコのカトリック教会を中心に広がるキリスト教内部の異端信仰。
 死の女神。キリスト教の異端信仰として、教会において捧げられる信仰のマグネタイトを盗電して自分のものにしてしまう権能を持つ。
 佐渡島金山異界における施設の一つである、佐渡島メシア教会という名の、これっぽっちもメシア教会という組織に関わりのない施設の管理を行いつつ、労働者達を監視し、更生の可能性を持つ者や異能に覚醒する者がいないか秘密裏に監視している。
 本来は割とオーソドックスというか生産数が多いイリヤスフィール型のシキガミボディに宿っているが、普段はその姿をメシア教会の老神父へと変えて姿を偽装している。

・レンタル子狸派遣サービス
 団三郎狸が立ち上げた会社。
 異能に目覚めた覚醒タヌキや珍獣マメダヌキなどタヌキ系の悪魔を仲魔や従業員として派遣するタヌキの派遣会社。
 既にそれなりのリピーターが付く程度には繁盛しており、売れ行きは比較的順調。
 ガイア連合から様々な形で援助を受けている。
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