◇ ◇ ◇
魚沼市、横町通商店街。
通りの左右に様々な店舗が並ぶ光景はシャッター街などという形容からは程遠く、活気に溢れている。
一つ繋がりの屋根の下、歩道を歩いていた錠前サオリは、そんな町中の光景を目にして小さく口の端を吊り上げた。その鋭利で冷徹な美貌に普段からあまり感情を顔に出さないサオリにしては珍しく、柔和な表情を浮かべた彼女は驚くほどに穏やかな雰囲気を身にまとっていた。
バッグを肩に提げ、買い物メモを片手に商店街を歩く彼女の姿は、すらりと均整の取れた長身も相まって休日を楽しむトップモデルのようにすら見えた。魚沼シェルターの対ペルソナ事件対応部門であるアリウススクワッドを率いる身ではあるが、非番の日となればこんな一面を見せたりもする。
「ええと確か……まずもち米と、そして醤油に海苔、か。確か米屋はこの辺だった、か?」
手持ちのスマホからマップを確認し、周囲の風景と照らし合わせながら歩いていく。歩きスマホはマナー違反だが、画面を覗く時には足を止め、周囲を確認してからであれば危なくはないだろう、という判断。それで実際に事故が防げるかどうかは────。
「────サーオーリっ!」
「うわっ、と!?」
唐突に背後から抱き着かれて、思わず声を上げてしまう。手から滑り落ちそうになったスマホを何度かお手玉しながらも掴み直して、不意の襲撃者に振り返ったサオリは見知った顔に少しだけ目を見開いた。
可憐で、そして華やかな少女だ。肌から髪から色素が薄く、朗らかで天真爛漫な笑みはそれこそライトアップされたステージの上であっても違和感なく輝けるだろう。
その一方で、腰から広がるふんわりとした白い翼や、頭上で渦巻く星雲のようなヘイロー、肩から吊るしたランチェスター短機関銃と、とにかくファンタジックな特徴を晒して出歩けている辺りはまさしく終末後の時世といったところか。
「……ミカじゃないか。こんなところでどうしたんだ? 学校はいいのか、生徒会長なんだろう?」
「いいのいいの、大丈夫。今日は学校に大型悪魔が出たので、午後からは半日お休みなんだよ」
聖園ミカ────魚沼在住の学生であり、そして異能者。ガイア連合によって運営される鳥煮亭総合学園……通称“ガイア学園”にて生徒会長を務めている。ペルソナ使いでもあるため、サオリを始めとするアリウススクワッドとも協働する事が多い、そういう相手だ。
「大型悪魔!? それは大丈夫だったのか?」
「出現から三十分で鎮圧したから、人的被害は大した事はナイナイ。それより被害に遭った男子生徒のトラウマが深刻かなー……まあ、でも鎮圧に協力してくれた黒札の人のお陰で時間も被害も最小限で済んだからヨシ!」
校舎のトイレから出現した秘神カンバリが、校庭で穏やかな昼休みを楽しんでいた男子生徒達に「やらないか?」と誘惑して回ったらしい。
最終的には偶然静岡の方から訪れていた黒札の陰陽師によって鎮圧されたらしいが、被害に遭った男子生徒達は重篤なトラウマを負い、治療には長期的な療養が必要になる……かもしれない、との話だ。
「そ、それは大変だったな…………。それより、ミカは何をしに商店街へ?」
「あ、それ聞いちゃう? ふふーん、実はね、せっかく授業が半日で終わったんだから、愛しの旦那様にちょっと手の込んだ美味しいものを作ってあげようかと思って」
満面の笑みを花開かせて商店街を歩くミカは、その手に買い物籠をぶら下げて、淀みなく商店街を歩いていく。ガイア連合の建てたジュネスとも上手い事共存できているらしい魚沼市の商店街は、終末後の世界でも問題なく運営されているようだった。
「そういうサオリは、今日はどうしたの?」
「ああ、今日は私が買い物の当番でな。スクワッドの面々で餅つき大会をしようという話になったから、こうして買い出しにな」
「そっかそっか、楽しそうで何より。貴方達スクワッドの皆は私にとっても妹みたいなものだからね、元気そうで私も嬉しいよ」
商店街を並んで歩くサオリは、慣れた様子で品物を物色していくミカの姿に感嘆していた。淀みがなく、迷いがない。慣れている証拠だ。
八百屋で大根や白菜、人参を買い込んで、魚屋では氷を詰め込んだ発泡スチロールの上に並んだ魚を吟味する。身のハリや弾力を確認し、体表を観察して色艶や鱗の並びを調べて、それ以外にもエラの色合いや眼球の濁りなど色々を確認して、鮭を丸ごと一尾。それからイクラとホタテのパックもだ。
「……大したものだ。まるで主婦だな」
「それはもう、主婦だもん」
と自慢そうに小さく振ったその左手の薬指に輝くのは、飾り気のない銀色の指輪────結婚指輪だ。かつて行き倒れていた彼女を拾った黒札の青年とミカが結婚したのは、ちょうど終末が過ぎた辺りの話。今では立派な幼な妻である。
かつてメシア教会過激派によって開発されていた天使人間化技術の実験体であった子供は逃走し、中国の実験施設から日本まで密航し、そこで黒札の青年に拾われた。その朗らかな表情からは、そんな重苦しい来歴は伺えないが。
「あ、そうだサオリ。お餅を食べるんなら海苔と醤油以外にも色々と用意してみた方がいいよ。納豆とか、チーズとか、餡子とか。オーソドックスに海苔とお醤油もいいけど、そればっかりだと飽きちゃうかもだからね。バリエーションあった方が色々楽しめてお得だし」
「何と……そういうやり方もあるのか。もっと教えてくれ!」
暗い出自にも負けずに生き抜いた少女達は、しかしこの魚沼の地で紛れもなく一人の人間として生きて、幸福を手に入れたようだ。
◆ ◆ ◆
魚沼は自然に溢れた土地だ。
というか、終末前から総面積一千平方キロメートル近くに達し、旧新潟県の7.5%に及んでいた土地の約八割強が森林で、しかし土着の妖怪勢力との間に起こる摩擦を考えれば無思慮に山を切り開くわけには行かない、という苦しさがある。
そして残り一割半の人里は、まあ大抵が農地という田舎具合。ここを守るトップの黒札が田舎ニキを自称するのも、当然といえば当然か。
そんな具合だから、ぐるっと見回して風景を見渡せば、まあ緑も緑、一面が緑尽くしの土地柄だ。今は冬場の農閑期なので畑や田んぼは刈り取りが終わって褪せた褐色の地肌を晒しているが、それも数ヶ月もすれば元の緑っぷりを取り戻す事だろう。
「ま、御陰で食糧問題からは縁遠いのがいいところかね」
刈り取られた稲の株が積もった雪の合間から顔を出し、列を作っている冬の田園風景。終末前から変わらないそんな光景を前に、俺は被ったキャップの日除けを後ろに回して視界を確保すると、腰から吊るした球体型のCOMPを手に取って大きく振りかぶる。
「────ライジュウ、君に決めた!」
『ピッカァ!』
と奇妙な鳴き声を上げ、蒼白い稲妻とマグネタイト光を散らして現れるのは妖獣ライジュウ。雷の化身と呼ばれるコイツは、せいぜい電撃に特化しているくらいの、割とオーソドックスでそこまで珍しくもない悪魔だが、だからこその使い道がある。
「ライジュウ、【マハジオンガ】だ!」
『ピッカァ! ピーカーチュゥ~~~~~~~~!!』
ピカ……ではなくライジュウの頬袋から蒼白い放電が放たれ、農閑期の田んぼのあちらこちらへと着弾する。
雪が解けて泥が跳ね、稲の切り株が焼け焦げて結構えらい騒ぎなのだが、幸いにも雪が融けて泥だらけの地勢では火災に繋がる危険性はない。稲株に引火してちょっとした小火を引き起こす危険性があるから、こういう冬場、雪が積もった状態でやるのを推奨されている。
「もう一発、こんどはあっちだ! 【マハジオンガ】!」
『ピーカァチュ~~~~~~~~!』
アスファルトの道路を挟んで、今度は反対側の農地へと電撃が放たれる。一瞬の内に放射された鋭い電光が冬の田んぼを右から左に舐め、焼いていく。
やはりそこは悪魔の魔法、巻き添えが出れば人死にが出るくらいの威力はあるのだが、それはそれとして農地には誰もいないのを確認済みだ────人間も、そして悪魔も、もちろん敵も。そもそも戦闘じゃないから、敵がいる必要はない。
ライジュウは雷の化身だ。
そして古来の言い伝えに曰く────“雷が落ちた土地は豊作になる”。
根拠のない迷信というわけではなく、放電により空気中の窒素が酸化した窒素酸化物が雨と共に土中に流れ込み、微生物によって養分に変換される科学的な窒素固定作用なのだが、伝承には違いなく、だからこそ逆説的に、雷を司る悪魔の権能を用いて豊作を引き起こす『ライジュウ農法』が可能となる。
ライジュウ自体そこまで高位の悪魔ではなく、また日本全国どこにでも出現する代物であるからこそ、悪魔召喚プログラムさえあれば誰でも、どこでも豊作を実現できるのも、このライジュウ農法の利点だった。
そして駄目押しに。
「行くぞ、ペルソナぁ!」
蒼白いマグネタイト光がスポットライトのように溢れ、俺の背後に寄り添うように現れるのは俺のペルソナ『剛毅・バララーマ』だ。巨大な三叉槍……ではなく鋤を担いだペルソナ体は、俺の意志に応じて鋤を振り回す。インド神話における力と農耕の神であるバララーマのペルソナから豊穣神としての権能を引き出し、さらに農地へと祝福を与えていく。
「良し、それじゃ今日はこの辺を回るからな。雪が融けてない内に作業を終わらせるぞ!」
『ピッカァ! ピッピピッカァ!』
嫁さんがいるから、早いところ帰りたい。
そんな具合に、俺はライジュウを従えて農業地帯を走り回るのだった。
◆ ◆ ◆
■北条悟志《Lv.42》
ステータス:バランス重視支援型
耐性:氷結耐性・破魔無効
(スキル)
・アギ系:修行で習得したスキル。適性そこそこ。マハラギオンまで使える。
・ジオ系:修行で習得したスキル。適性やや高。マハジオンガ、ジオダインまで使える。
・マグ系:修行で習得したスキル。適性高。マハマグダインまで使える。また【大地の壁】にも派生する。
・ムド系:修行で習得したスキル。適性微妙。マハムドまで使える。
・ハマ系:修行で習得したスキル。適性微妙。マハンマまで使える。結界作成は割と得意。
・治癒系:修行で習得したスキル。適性それなり。ディア系はメディアラマまでと、状態回復は一通り。
・補助系:修行で習得したスキル。バフ系は適性高、デバフ系は適性それなりで、どちらも一通り使える。便利系もメジャーどころは一通り覚えている。
・植物改造:修行で習得したスキル。農業関連なら適性最高。農業が関係ない場合は微妙。農作物の品種改良、既存品種の別銘柄化、野生種の農作物化などは得意。
(パッシブ)
・ペルソナ使い《剛毅・バララーマ》
・地変ブースタ:地変属性攻撃のダメージ補正。
・二分の活泉:最大HPに補正中。
・二分の魔脈:最大MPに補正中。
・延長強化・大:カジャ・ンダ系の効果時間に補正大。
・食いしばり:戦闘中に1回だけHP1で踏みとどまる。
・勝利のチャクラ:戦闘勝利時にHP回復。
(仲魔リスト):シキガミ(半シキガミ現地民) 聖園ミカ、妖獣ライジュウ(元イヌガミ)、神獣ウカノミタマ(元クダ) 、鬼神クエビコ(元アガシオン)、龍王ザルテュス(元トウビョウ)、妖魔アマビエ
◆剛毅・バララーマ
ステータス:力・体重視物理型
耐性:物理耐性・地変吸収
(スキル)
・地獄突き:敵単体に物理属性ダメージ。また固い地盤でも問題なく耕す事ができる。
・アースクエイク:敵全体に物理属性ダメージ+眩暈。また広範囲を一気に耕す事ができる。
・牙折り:敵単体に物理属性小ダメージ+攻撃力低下。
・怪力乱神:敵単体に物理属性大ダメージ。
・雷龍撃:敵単体に電撃属性ダメージの物理攻撃。
・タルカジャオン:味方全体の攻撃力強化大。
・ラクカジャオン:味方全体の防御力強化大。
・デクンダ:味方全体の弱体効果解除。
・テトラコワース:テトラカーン解除。
・チャージ:次に行う物理攻撃・銃撃属性攻撃の威力倍加。
・会心の眼力:次に行う物理攻撃・銃撃を確定クリティカル。
(パッシブ)
・農具の心得:農具の扱いに長ける。分類が農具であれば初めて振るう武器であっても十全に扱える。単純に武器として振り回すだけでなく、普通に農具としての使い方も分かる。トラクターやコンバインのような複雑な器具でも扱える。
・剛力農法:農具の攻撃力・耐久力・速度に、自身の筋力・耐久・速度能力値に対応した補正を与える。また農耕に関わる仲魔に対しても補正を付与する。
・剛力怒涛の農耕神:物理攻撃の際、その対象に地変属性追加ダメージを与える。
・獣眼:命中率上昇。
・地変サバイバ:地変属性攻撃にダメージ補正。また戦闘中1回のみ食いしばり効果。
・地変ハイブースタ:地変属性攻撃のダメージ補正大。
・地変貫通:地変属性に貫通効果付与。
・ハイリストア:敵の弱点を突くかクリティカルを発生させた際、MPを回復する。
■聖園ミカ《Lv.45》
ステータス:筋・体特化型
耐性:物理耐性・破魔反射・呪殺弱点
(スキル)
・忠義の銃撃:敵一集団に銃撃属性ダメージ。忠誠度に応じて威力が向上する。
・ハッピートリガー:敵全体に銃撃属性ダメージ+幸福。
・鉄拳パンチ:敵複数体に物理属性ダメージ。
・アギ系:修行で習得したスキル。適性高。マハラギダインまで使えるが、基本的には射撃に火炎属性をエンチャントするために使う。
・ジオ系:修行で習得したスキル。適性高。マハジオダインまで使えるが、基本的には射撃に電撃属性をエンチャントするために使う。
・ハマ系:修行で習得したスキル。適性高。マハンマオンまで使えるが、基本的には射撃に破魔属性をエンチャントするために使う。
・治癒系:修行で習得したスキル。適性それなり。ディア系はメディアラマまでと、状態回復は一通り。
・補助系:修行で習得したスキル。バフ系は適性高、デバフ系は適性それなりで、どちらも一通り使える。便利系もメジャーどころは一通り覚えている。
(パッシブ)
・ペルソナ使い《剛毅・ゴーチフル》
・ヘイロー:物理耐性及び即死無効、筋・体・速能力値に補正。またペルソナ発動を補助。
・銃撃ギガプロレマ:銃撃属性の威力に補正大。
・三分の活泉:最大HPに補正大。
・三分の魔脈:最大MPに補正大。
・奈落のマスク:状態異常耐性に補正大。
・食いしばり:戦闘中に1回だけHP1で踏みとどまる。
・不屈の闘志:戦闘中に1回だけHP全快で踏みとどまる。
・勝利のチャクラ:戦闘勝利時にHP回復。
◆剛毅・ゴーチフル
ステータス:力・体特化型
耐性:呪殺・破魔無効、状態異常無効
(スキル)
・狙い撃ち:敵単体に銃撃属性小ダメージ。
・散弾撃ち:敵全体に銃撃属性小ダメージ。
・連射撃ち:敵複数体に銃撃属性ダメージ複数回。
・アステロイドボム:隕石召喚。敵全体に万能属性特大ダメージ。
・メテオクラッシュ:隕石召喚。敵全体に万能属性極大ダメージ。
(パッシブ)
・アステロイドボムオート:銃撃による攻撃を行った際、アステロイドボム効果を発動。
・龍の剛撃:銃撃・魔法攻撃のダメージに筋力による補正値を加算する。また通常では破壊できない認知異界の壁なども筋力が足りていれば破壊できる。
・龍の剛体:あらゆるダメージ数値を筋力補正分削減する。
・万能ギガプロレマ:万能属性の威力に補正大。
・タルカジャオート:戦闘開始時、タルカジャ効果。
・ラクカジャオート:戦闘開始時、ラクカジャ効果。
◆ ◆ ◆
そうやってしばらく走り回っていると。
「た、助けてくれぇ!」
叫び声をあげて、誰かが走ってくるのが見えた。見たところ中学生くらいに見える不良風の若い男だが、その両足で土煙を蹴立てて走る何者かは結構なスピードを出しているようで、未覚醒者であれば陸上選手だろうが絶対不可能なその速度は、覚醒者かさもなくば悪魔であるのは間違いないが。
「助けて! 助けてください!」
中学生モドキは必死の形相でこちらに走り寄ってくるなり、妙に素早い動きで田んぼ傍の用水路に飛び込むと、その中から顔を出し、自分がやってきた方角を伺っている。蒼褪めたその顔には色濃い怯えが刻まれており、引き攣った表情が妙に笑いを誘うものの。
ボール型のCOMPに保管されたアプリで確認してみたところ『夜魔ショッピングセンターレイプ lv9』。どうやら悪魔であるようだが、COMPから空間投影されたウィンドウには“指名手配済み有害個体・即殺推奨”というタグ付けと共に、ソイツがやらかした罪状がずらずらと表示されている。
「年齢十歳未満の幼女相手に誘拐・強姦未遂多数…………うーん、これはギルティ」
アウトだな。
とりあえず処すか。
「ライジュウ、十万ボルト……じゃなくて【マハジオンガ】……だとちょっと威力あり過ぎるから、普通に【放電】くらいで頼む」
『……ピッカァ』
面倒くさそうに声を上げたライジュウは、用水路の底で震える強姦夜魔に向かって電撃を放つべく、真っ赤な頬袋から紫電を散らし始めるが……それよりも速く上空から影が飛来する。その正体に気付いた俺はちょうど今まさに電撃を飛ばそうとしたライジュウに追加の指示を出した。
「あーライジュウ、やっぱストップ。獲物の横取りは良くないからな」
『ピカー……』
微妙そうな表情を浮かべたライジュウが【放電】を中止するのと、用水路の底から夜魔が悲鳴を上げたのはほぼ同時。飛来したのは猛禽の翼を持つ大型の獣────獰猛なグリフォンの上半身と駿馬の下半身を併せ持つ褐色の羽根の魔獣ヒポグリフだ。
そしてその背中に乗っている人影が二つ。
「おっ、農業ニキじゃん。オッスオッス」
「あ、すいませーん! すぐ駆除しちゃいますから、ちょっと離れて待っていてくださいね!」
ヒポグリフの背中で手綱を取るのは朗らかな笑顔を浮かべた可憐な少女……に見えるが実際には男の娘型のシキガミである『アストルフォ』で、その背中に抱き着くように同乗している黒髪の青年が、自称“底辺黒札”を名乗る通称“底辺ニキ”こと『利世管雄』。
「ひ、ひぇえええ! 助けてくれぇ! 俺はあんな風に死にたくないぃ!」
その姿を目にして悲鳴を上げた夜魔が引き攣った顔でこちらへと縋り付いてくる。普通に邪魔なので足で蹴って引き剥がそうとしていると、空中を駆けるヒポグリフの馬上で底辺ニキがおもむろに立ち上がり、太陽を背にして直立した。
不安定な馬上という足場を気にする事もなく、両足を揃えてわずかに屈み、両手をゆっくりとYの字に広げて掲げ、大きく胸を張り、そして。
それを見て経験上次に何が来るかを理解した俺は、足にまとわりつく強姦夜魔を蹴り飛ばして距離を取り、水の枯れた田んぼへと飛び込むと、即座に地面に手を突いて【大地の壁】を発動する。地面から噴き出した土砂がコンクリートのように凝結し、瞬間的に壁を構築。
本来は疾風属性への耐性を得るスキルだが、それを物理障壁として扱う変則的発動。それが遮蔽を作り出すのに一拍の間を置いて。
「たーいよぉーーーーーう!!」
底辺ニキが叫ぶと同時に発動する【ライトマ】。本来であれば暗闇を照らし出すだけの便利系補助スキルだが、彼が発動させるそれは一風異なる効果を発揮した。その輝きはまさしく太陽、それも寒気に巻かれてどこか力の無い冬のそれとは異なる、瑞々しく生命力に溢れた春の太陽。
枯れた田園風景に柔らかい春の陽光が溢れると共に、寒気が緩み、暖かな風が吹き、草木が萌え出し、冬眠していた獣や虫が顔を出し、そして人間や悪魔は。
つまり、遮蔽もなく巻き込まれた夜魔ショッピングセンターレイプは。
「あ、あぁあああああああああ! 体が! 体が勝手に!!」
悲鳴を上げつつも、本人の自己申告によれば操り人形のように勝手に動く体が一枚、また一枚とその身に纏う服を脱ぎ捨てていく。
「嫌だぁ~~~~! 変態になって死にたくないぃ~~~~~~! 強姦魔はいいけど露出狂は嫌だ~~~~~!」
局地的に環境を塗り替えて出現した春の陽気の中、全裸になって踊り出す彼の姿はどこからどう見ても単なる露出狂だ。
下手に巻き込まれたら自分もああなっていた、と思うと背筋に寒気が走るな。まあ同情はしないが。
「うーん、いつ見てもこれはひどい」
思わず口に出してしまうと、どうやら彼女……ではなく彼も、その辺は理解しているようで、馬上のアストルフォは何も言わずにそっと目をそらし、手綱を打ち振った。
「行くよヒポグリフ! 君の真の力を見せてみろ!」
「頑張れアストルフォ君!」
荒い息を吐きながらの底辺ニキの声援を背中に浴びつつ、アストルフォはヒポグリフを走らせた。その勢いに立っていられなくなったらしく底辺ニキはヒポグリフの背から転がり落ちるが、そこはまあ柔らかい田んぼの土の上だから気にする事もないだろう。
情けない悲鳴を上げながら全裸で逃げ出した夜魔の背中に向かって、アストルフォの手にした円錐型のランスが突き出される。対騎乗特攻が付与された大槍には夜魔をどうにかするような効果はなさそうだが、スキルの方は別だ。
未アナライズの敵と変質者に対しての特攻を付与するパッシブスキル【宵闇の怪異祓い】と、標的の露出度・性癖・興奮度に応じて威力を跳ね上げる物理攻撃【白尻処断】。元は宮城の御当地英傑のものであったらしい二つのスキルに加え、ヒポグリフの疾走の勢いをプラスした突撃は、全裸で逃げ出す変態の背中を抉り穿ち、問答無用で爆散させた。
◆ ◆ ◆
■利世管雄《Lv.12》
ステータス:バランス重視支援型
耐性:精神・破魔無効
(スキル)
・アギ系:修行で習得したスキル。適性割と高。マハラギまで使える。
・ムド系:修行で習得したスキル。適性低。ムドのみ使える。
・ハマ系:修行で習得したスキル。適性そこそこ。ハマのみ使える。
・治癒系:修行で習得したスキル。適性それなり。ディア系もメディアが使える。
・補助系:修行で習得したスキル。バフ系は適性高、デバフ系は適性低。
・ライトマ:暗闇を明るく照らし、ダークゾーンを無効化する。また範囲内の敵味方に対し無差別で強制脱衣効果を与える。この効果は相手の精神耐性を貫通して効果を与える。
(パッシブ)
・一分の活泉:最大HPに補正小。
・一分の魔脈:最大MPに補正小。
・食いしばり:戦闘中に1回だけHP1で踏みとどまる。
(仲魔リスト):シキガミ アストルフォ、魔獣ヒポグリフ(元アガシオン)
■シキガミ アストルフォ《Lv.12》
ステータス:耐久重視物理型
耐性:物理耐性、呪殺無効
(スキル)
・白尻処断:元は英傑ヨコヤマゲキノコの固有スキル。単体に物理属性ダメージを与える。対象の露出度・性癖・興奮度に応じて威力が最大で10倍以上にまで向上する。
・ツインスラッシュ:敵単体に物理属性小ダメージ2回。
・ヒートウェイブ:敵全体に物理属性ダメージ。
・夢見針:敵単体に飛具属性小ダメージ+睡眠。
・マハザン:敵全体に衝撃属性小ダメージ。
・ディア:味方単体のHPを小回復。
・パニックボイス:敵全体に精神属性小ダメージ+混乱。
・ルナトラップ:転移魔法や煙幕など、敵の逃走を無効化する。
・トラフーリ:短距離転移。戦闘から確実に離脱する。
(パッシブ)
・宵闇の怪異祓い:元は英傑ヨコヤマゲキノコの固有スキル。未アナライズの敵、及び変質者に対してダメージ特効。
・一分の活泉:最大HPに補正小。
・一分の魔脈:最大MPに補正小。
・食いしばり:戦闘中に1回だけHP1で踏みとどまる。
(汎用スキル):槍術、盾術、騎乗、騎乗戦闘、索敵、追跡、家事、会話、地域知識(魚沼周辺)、自動回収(衣服)、壷中天(衣装箱)、一般常識
◆ ◆ ◆
と、いうわけで。
底辺ニキはレベル低いけど変な固有効果付きの【ライトマ】が面倒臭く、そして露出狂に対して殺意全開の固有スキルを持つシキガミのアストルフォとの連携で異様なまでの殺傷力を発揮するのだ。はっきり言って格上も食える。
これで真面目にレベルを上げたら、結構強いはず……いや、下手にレベルを上げられると被害が拡大しそうなので、これでいいのかもしれん。
ともあれ。
夜魔ショッピングセンターレイプを轢殺したヒポグリフが、空中を大きく旋回してこちらへと戻ってくる。田んぼの真ん中に大の字で倒れていた底辺ニキは体を起こすと、そんなアストルフォに向かって手を振った。
「おーいマスター、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 大きな丈の夫だよ!」
とアストルフォに助け起こされると嬉しそうに跳ね起きる底辺ニキに、俺は気になっていた事を口に出した。
「ところで、底辺ニキは何で全裸なんだ?」
「いやぁ、アストルフォ君の背中に抱き着いていると思うとついつい興奮ゲージがアップアップしてきてね、こっちに飛んでくる最中につい脱いでしまったんだ。でも不適切な服装はしてないからヨシ!」
と、こっちに向かってぐっと親指を立ててサムズアップする爽やかスマイルの底辺ニキだが。
「いや、適切な服装をしようよ。外なんだから」
体表周囲の気候を春のそれにできるから風邪はひかないだろうが、それはそれとして普通に変質者なので。
「ほらマスター、服はちゃんと着よう。ほら、パンツ穿いて。マスターが変質者として捕まったら、ボクも嫌だよ」
「ごめんねアストルフォ君! 俺、今度からパンツ穿くよ! もうノーパンは卒業しゅりゅ!」
頭の軟度が高過ぎる会話を聞き流しつつ、俺はそっとその場を離脱する。その背中に、底辺ニキから声が掛けられた。
「農業ニキ、そういえば最近ここ一月ばかり、俺がいつも相手してるみたいな低レベル悪魔の出現が妙に続いてる気がするんだが、気のせいか?」
「そういえば、そんな話を聞く事が多いな。俺の嫁さんもよくそんな事を言ってたような……」
うーん、シェルターの結界に何か起こってるのかもしれないな。こう、結界機能が揺らぐみたいな、そんな事が。
「でもそれって、結構な大事だよな。シェルターの事務所に報告した方がいいんじゃないか?」
「もう報告は済ませてあるよ。レポートに纏めた。事務所の静さんも、調べてみるって言ってくれた」
「そか」
うーん……脱ぐ以外だと普通に真面目なんだよな、コイツ。
しかし本当に、何か起きてるんじゃないといいんだが。世の中何事も、平和が一番だと思うんだがな……。
◇ ◇ ◇
一通り買い物を終えたら、商店街の片隅にある公園で一休み。ミカとサオリの二人は並んでベンチに座ると、自動販売機で買ってきたペットボトルの蓋を開け、ついでに商店街の屋台で買ってきたタイ焼きを一口。
「終末でもこういう店って採算取れるものなんだね。不思議」
どこぞの令嬢のような服装には似合わず、たい焼きを当たり前に丸かじりしながらミカは呟いた。
「それもそうだな。材料など、どこからどうやって仕入れているのやら」
「電脳異界の農園からだって。あとクリームは日本ハムの工場で作ってるらしいよ」
「日本ハムか。あそこなら数日前にガイアミートに改名したぞ」
などと、取り留めのない雑談と共に、穏やかな空気が流れていく。
「……不思議だな」
「何が?」
「私達が、こうしてこんな時間を過ごせている事が」
ぽつり、どこか寂しげにサオリは呟いた。
「そうだね。私も、不思議。中国の……メシア教の施設から逃げ出して、旦那様に拾われて、ボロボロだった身体も治してもらって……だから時々、怖くなるんだ。本当に、こんな幸せでいていいのかな、って。もっと何か、他にやらなきゃいけない事があるんじゃないのか、なんてね」
「本当に、な。私達にはただ、その日その日で自分の務めを果たす以上の力しか持ち合わせていないというのに、な」
ぼんやりと空を見上げれば、早朝に積もった大雪も今は降り止んで曇り一つなく晴れており、青い空にわずかに掛かった白い雲がアクセントのように、冬空を染めている。
「うん、まあ、でも本当は、私の一番の仕事は旦那様を幸せにする事なんですが!」
「全く……まあ、ミカはそれでいいか」
わざとらしく肩をすくめると、ミカとサオリは二人して笑い出す。
そうして。
「ねえサオリ、アズサちゃんは元気?」
サオリの家族でもあるアリウススクワッドの、今はここにいない“五人目”。少し離れた宮城にいて、簡単には連絡も取れない彼女は来歴からして、ミカにとっても妹のような存在だったが。
「ああ。この間も宮城から絵葉書が届いたよ。今度見せてやろう」
「ありがと! そっかー元気なら、うん、嬉しいな。……でもハガキなんてこんなご時世でよく届いたね」
「ターミナル経由だからな」
「その手があったかー!」
そうやって笑い合っていると、ふとミカはポケットの中のスマホの振動から、メッセージアプリの着信に気付いて顔を上げる。終末前とほとんど変わらず作動するスマホの画面を確認すれば、そこにあるのはよく知った友人の名前。
「あれ、セイアちゃんからだ。何だろ、えっと何々…………ロボ部を頼れ? よく分かんないや」
「百合園セイアといえば……確かミカの学校の予知能力者だったな。なら何かしら無視できない意味があるのではないか?」
顔を見合わせた二人は、ふと覚えのある何かの気配を感じて反射的に振り向いた。背筋を這う予感のような奇妙な感覚に導かれたように視線が向かうのは、公園の中央、花壇で飾り付けられた噴水の傍に座り込み、茫洋と空を見上げている少女────見覚えがあると思ったのは、その服装だ。
肩口で切り揃えられた淡い色合いのライトブラウンのボブカット。
どこか無機的な印象を漂わせた白い軍用コートと、それを飾る髑髏と薔薇の腕章。
ベルトから提げた機械式のゴーグルと黒いガスマスク。
抱えているのは小柄な体躯に見合わないダネルMGLグレネードランチャー。
「……本来なら、グレネードのような重火器を抱えているだけでも、スクワッドとしては職質対象なんだが、な」
少女に向かって歩み寄ったサオリは、しかしどう話し掛けたものかとわずかに首を捻り、しかし一歩先に出たミカが先に声を掛けた。
「えーっと、ばにたす・ばにとぅむ?」
「…………et omnia vanitas.」
所在なく振り返った少女は、無機質な人形を思わせる表情の希薄な顔にわずかに不審な色を浮かべ、答える。淀みなく口に出されたその答えは、思わず息を呑んだミカとサオリがかつて知っていた組織の合言葉。
「貴方達は何者ですか? この合言葉を知っているのは、メシア教会でも限られた人間だけのはずです。もしかして、貴方達がミサカ達の新しい指揮官なのでしょうか、とミサカは藁にも縋る気持ちで問い掛けます」
Vanitas vanitatum. Et omnia vanitas.
そのラテン語を和訳すれば「空の空、一切は空」────もっと分かり易く表現すると「何と虚しい事か! 全ては虚しい!」となる。サオリとミカの二人にとってはメシア教会の実験場で、かつて耳が苦しくなる程に聞かされ続けて育った言葉。
どうする、と視線を交わした二人は、しかしそれだけで意思疎通を終わらせる。
「ああ、そうだ。これからは我々アリウススクワッドが、君の上官となる。君の所属と氏名、それから現状を報告してくれ」
サオリがそう告げると同時に、少し離れた場所へと移動したミカはスマホを起動して黒札である夫へと助けを求める。繋ぎを取るべきはガイア連合魚沼支部と、そして親友の一人が道を示したガイア連合ロボ部の魚沼工場だ。
今、魚沼で何かが起きている。
その事件が本格化するのは、これからの事。
◇ ◇ ◇
魚沼市、郊外。
ガイア連合魚沼支部の支部長室にて、現在は他シェルターへの救援に当たっており不在の支部長の代理業務をこなしていた九重静は、一人の客人を迎えていた。
「ええ……そちらの多忙ぶりはかねがね。しかしこちらの案件も少々厄介なことになっておりまして、ええ。ですがこれは間違いなくこの魚沼シェルター……いえ、ガイア連合の危機であると断言できますよ静さん」
などと眼鏡を光らせて宣うのは、見た目高級そうなスーツを着た痩身の男性『武田観柳』である。目付きの悪い切れ長の目と細い眼鏡の組み合わせは端的に言って悪人顔であり、本人が意識しているかは別として芝居がかった口調もあって、いっそ厭味ったらしく聞こえてしまう。
何を大袈裟な、と不審にすら思った静ではあったが。
「この資料を御覧ください。こちら、我が社の工場設備を利用して確認した結果でありますが」
武田は、数日前に晴れて改名し『ガイアミート』となった旧日本ハムの魚沼工場を統括する工場長だ。魚沼に社屋を置きながらも、佐渡に本社を持つ日本生類創研の系列企業であるガイアミートに所属する黒札、という微妙な立場の彼に対しては、静の立場からすれば果たして手放しで信用していいものか、やや微妙なものではあるのだが。
「既に御存じかもしれませんが、我が社ガイアミートでは数週間前から新潟県内における畜産用デモノイド肉の急激な売り上げ低下への調査を行っていました」
「ええ、知っています。需要の競合する、もっと安価な肉が売りに出された、とかいう」
さらりと聞き流すように言う静だが、内心ではその異常性に気付いていた。この終末環境下においてガイアミート……旧日本ハムの親会社である佐渡の日本生類創研が扱うデモノイド肉以上に、安価に作り出せる食肉が、そうそう存在するものか。
いかに畜産に特化した豊穣神とて、生体マグネタイト以外の飼料を必要としない畜産用デモノイド以上の費用対効果で肉の生産を行うのは困難だろう……専門家ではない静だが、その程度の理屈は承知している。
だが問題は、それがガイアミートだけの問題に終わらず、魚沼シェルターやガイア連合全体に関わってくるという理屈だ。
どうせロクでもない事実なのだろう、と覚悟しながら話の先を促した静は、しかし予想通りに全力で後悔する羽目になった。
「まず問題の肉、科学的な手法で分析した結果、鹿とヒトのDNAが検出されました」
「…………それは、また」
まずワンアウト。
初っ端から厄ネタをトばしてくる武田の勢いに、静は思わず頭を押さえた。
どうして鹿なのかも気になるが、それ以前に倫理的・常識的に考えて人肉はアウト。もちろん鹿肉が混ざっているからセーフだなどという言い訳が通用するような世界で無し、“おおむね、ヒト”の時点で完全アウトだ。
「そして魔術的に解析したところ、肉の正体は邪神ラフムの泥を一神教系列……より正確にいえばメシア教会系の技術を利用して加工したものと判別されました」
ツーアウト。
肉の原料の出どころは、少し前に色々とやらかしたラフムシェルターだった。
神代の泥から肉を作り出す技術は既に佐渡の日本生類創研で実用化されているからして不思議でも何でもない。そもそも聖書からして、神が土から人間を作ったと創世記に記述されている以上、メシア教会がその手の加工技術を実用化できても不思議ではない。
おそらく、本来は鹿肉を作りたかったのだろう、と武田は推測を述べる。創世記において泥を捏ねて作り出された生命は人間だけだからして、聖書由来の術式を使えば作り出されるのは必ず人肉であり、その術式を歪める事で無理矢理鹿肉を作り出そうとした結果がコレだ、と。
だが。
ついこの間一騒動起こしたラフムシェルターと、そしてメシア教会という二つの危険勢力との繋がり。あるいは……過激派メシアンそのものが動いている可能性もある、か。どうやら、想像以上に黒幕勢力の存在は根深いようだ、が。
「そして、イーリャン型デモノイド二体を動員し、さらに深度を上げて【アナライズ】を試したところ、この疑似鹿肉から天香具山命の霊基が観測されました」
スリーアウト。
ありとあらゆる意味でブラック過ぎる。脳内パンク状態に至った静は、何も言わず顔面から事務机の上に突っ伏した。
「………………そういえば一年ほど前、弥彦神社の鹿園から鹿一頭が盗まれた、なんて事件がありましたね」
「おそらく、その鹿でしょうなぁ」
いっそ呑気に呟いた武田の言葉に、もはや殺意すら覚えた。
洒落にならない。厄ネタのスリーアウト、まさに特級呪物だ。
「天香具山命の霊格を鹿肉に宿し、それを広く売り捌いて人々に食べさせる事で神格を冒涜し、零落させる……デミナンディの本来の使い方は、メシア教会による構想でしたなぁ」
「…………これは、ひどい」
天香具山命────新潟県最大の神社であり、魚沼シェルターの要所である弥彦神社の祭神だ。とりわけ、かの神格において深刻なのが、“石油”に関わる権能を持ち合わせており、重要資源である化石燃料の産出に直で関わっているという一点。
加えて弥彦神社は魚沼市を覆うシェルターの結界を支える基点の一つでもあるのだ。おそらく、最近発生していたシェルター結界の揺らぎも、弥彦神社の天香具山命の霊格の揺らぎに呼応したものだろう。
「そんなわけで現在、当該シェルターにはサーシェスニキと流石兄弟に依頼して偵察を行ってもらっております。後は三人からの連絡があり次第────」
「ええ、早急に対処をしましょう。まずはアリウススクワッドに連絡を……え!?」
関係各所へと連絡を入れようとしたその時、サオリとミカ、そしてガイア連合ロボ部から送られてきた連絡に静は顔を引き攣らせた。どうやら事態は、想像以上に面倒で深刻なものだったらしい。
◇ ◇ ◇
同刻、新潟県の県境近く。
以前、邪神ラフムによって建てられたシェルターとも程近い位置にあるこのシェルターは、群馬県との往来に多用される三国峠のような要衝からは微妙に外れた位置にあり、注目されない場所に存在した。霊道化された主要な道路からは山一つほど隔てて見えない位置にあり、場所としても目立たない立地だったという事も大きいかもしれない。
だが。
ガイア系に属さないメシア教会系統のシェルターとしては上位に位置する規模を持っており、特に防衛力と生産能力に関しては同じメシア系シェルターの中でも頭一つ抜いて非常に優れたものがあった。
だから狙われた。
このシェルターが過激派に乗っ取られたのが三ヶ月ほど前の話。メシア教系のシェルターに使われている結界は土地と地脈を安定させる事はできても、天使の召喚や侵入を拒めるように出来てはいない。一斉召喚された過激派天使達によって、制圧は迅速に行われた。
外部との連絡が断たれると同時、教会の人員と一般市民はシェルター内に広域展開された聖歌の洗脳効果によって制圧され、それに抵抗できた少数のメシアン系異能者も一般市民を人質にされた事で数時間も経たず投降し、決着がついた。
そうして過激派の支配下に入ったシェルター、その中枢。市民体育館を改装した聖堂にて。
『────この戦いは、神の御前に捧げられる聖戦である。伝統を軽んじ、神の土地を荒らす不信仰者共に我々が鉄槌を下すのだ。不信仰者共に屈服してはならない』
聖堂に並べられた長椅子の列の間に規則正しく整列したメシアン達は、聖歌に思考を染め上げられた者、脳髄に羽根を突き刺した者、そして元より魂すら売り渡している者も等しく、敬虔な表情を浮かべて祭壇に立つ男の演説に聞き入っていた。中には歓喜の涙を流している者すら見受けられる。
『我々は戦って死す事によって、神の御許に導かれるだろう。この戦いは、神の御前に捧げられる聖戦である』
その様子を、女は歪んだ笑みを浮かべて見守っていた。
異様な、そして異形の女だ。
身に纏っているのはいっそ花嫁のそれにも似た純白のドレスだが、その装いが通常示すような清廉な印象など欠片もない。鮮血で塗り潰したかのように赤く染まった肌から、同じ色合いがドレスの上半身を侵食しており、さながら悪趣味な殺人鬼だ。
その顔面を兜のように覆っているのは無数の翼であり、翼の表面に開いた無数の眼が、血走った視線で前後左右を隙間なく睨み据えている。
「ゲイリーは、よくやっているようですね」
大天使メタトロンに成り上がった天使が佐渡で起こした騒乱を隠れ蓑に行われた長距離転移にて、戦力を大陸から輸送する事には成功した。そのまとめ役であるのは、今ちょうど演壇に立っている男────メシア系傭兵派遣組織『PMCトラスト』から派遣された傭兵『ゲイリー・ビアッジ』は、想像以上によく働いてくれているようだ。兵士達を上手く取りまとめてくれている。
異形の女────メシア教会過激派の大司教にして大天使の霊基を取り込んだ天使化人間である『ベアトリーチェ』にとっても、十分以上に満足の行く出来だった。
ラフムシェルターが早期に攻め落とされたせいで、兵士の素材にするはずの神代の泥の供給が滞ったのは想定外だったが、あれならその失点を十分に補ってくれるだろう。
「さあ……決行まで残り三日。この地が我らのものとなる日は、近い」
満足げな口調と共に、耳元まで裂けた異形の口が三日月型の笑みを形作った。
エデン条約編をプレイして、普通に幸せになるミカァが見たくなった。それだけ。
それはそれとして、今回は魚沼市で普通に生活している黒札や異能者達がメイン。
ロボ部の一般技術者なんかも出したいところ。
魚沼市の日常なんかがしっかり書けていればいいのだが、どうか。
~割とどうでもいい設定集~
・錠前サオリ
名無しのレイ様『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』より。
魚沼シェルターの対ペルソナ事件対応部門アリウススクワッドのリーダー。現地民ペルソナ使い。
元はメシア教会過激派&神取グループプロデュースの合同計画『アリウス計画』によって生み出された実験体の一人。
・聖園ミカ
元ネタは『ブルーアーカイブ』。最強談議に度々名前が出てくる闇堕ちゴリラ。
農業ニキのシキガミ、という扱いのシキガミ改造現地民。おそらくは運命力マシマシの主人公補正持ち。
元はメシア教会の実験体。天使人間製造技術のプロトタイプ。中国の施設から脱走し、日本まで密航した後、農業ニキに拾われた。
要するにタマヤ与太郎様『【カオ転三次】TS^2ようじょの終末対策』に登場したアズサのプロトタイプ。プロトタイプゆえの完成度の低さは、シキガミ改造で補填した。
現在は農業ニキと正式に結婚して幸せ絶頂気味な新妻であり、そのついでにガイア学園に通って生徒会長をやっている。無論生徒会長の方がついでである。闇堕ちの気配すら存在しないつよつよメンタル。
ステータス的にはゴリゴリのパワータイプであり、銃撃と同時に隕石召喚で敵を薙ぎ払う爆撃兵。
普段から異界巡りをしてレベルを上げ、生体マグを稼いでは旦那に貢いでいる。
・鳥煮亭総合学園
とりにてい総合学園。名前の元ネタは『ブルーアーカイブ』。
原作と違い、そこまで高級なお嬢様学園というわけでもないし、そもそも女子校でもなく共学。
終末時、魚沼市と近隣の市街との往来が困難になり、また一部では終末被害により学校経営者を含む多数の職員が死亡・行方不明にまでなっている事態を受け、魚沼市に存在していた公立・私立を問わない複数の学校をまとめて再編成された学校。
メインとなる校舎の所在地をとって“鳥煮亭総合学園”と呼ばれる他、運営がガイア連合魚沼支部であるため端的にガイア学園などと呼ばれたりもする。
このため、現状では学校内に存在する複数校の生徒会出身者が合議制で生徒会を運営していたりしており、生徒会長が複数存在する。特に有力なのが『聖園ミカ』『百合園セイア』『桐藤ナギサ』の三名。
・北条悟志
ビジュアルは『ひぐらしのなく頃に』。
ガイア連合農業部に所属する、戦闘よりも農作スローライフに熱を入れる農業系俺ら。通称“農業ニキ”。魚沼シェルター繁栄の頼れる味方。
実は魚沼シェルター郊外で農園を経営し、結構な金を稼いでは嫁に貢いでいる。
実のところ普通の農民というよりは農学者に近く、キクリ米を始めとする現行の作物の改良や、ライジュウ農法など低レベルでも実用可能なオカルト農法の開発、探求ネキ製トリコ原作再現食材の作物化など、割と功績も多くガイア連合に対する貢献度も高い。
現地民素体シキガミである嫁を遠征に出してはレベルを稼いでくれているのでレベルは高く、休日には嫁と一緒に異界に潜ってそれなりに戦闘経験も積んでいるのでそれなりに戦えるが、それはそれとしてレベル程の戦闘能力はない。
戦闘では地変系魔法とペルソナ依存の物理攻撃を得意とするが、ペルソナは戦闘・農耕の二つを両立させたタイプで、仲魔もガチガチの戦闘用ではなくむしろ農業適性を重視したもの。
・ライジュウ農法
文字通り妖獣ライジュウを使った農法。
雷の化身であるライジュウを使い、「田んぼに雷が落ちると豊作になる」という民間信仰を本当に再現する事で豊作を実現する。
ライジュウ自体は日本中どこにでも出現するし、そこまでレベルも高くないので、黒札を始めとする強力な、あるいは特殊な異能者が存在しなくてもCOMP一つあれば実現可能、いう意味で優秀。
ライジュウを使えるレベルとなるとDLv45とかになってくるので、おそらく現地民基準ではそれなりに強力な異能者が必要だが、大きなシェルターであれば絶対にいないという程ではないと思われるので、割とどこでも再現が可能。
なお落雷による窒素固定効果自体は科学的に証明されているので、どんな悪魔でも単純に【マハジオ】一発畑に撃ち込めば相応の効果はあるが、伝承再現そのものにはライジュウを始めとする“自然の雷に関わる悪魔”が必要になる。
別にライジュウにこだわる必要はなく、雷に関わる悪魔であれば普通に同じ事ができるが、単純に【ジオ】が使えるだけでなく、実際に雷に関わる権能を持つ上で「誰でも使える」「どこでも手に入る」となるとライジュウが最適となる。
・夜魔ショッピングセンターレイプ
都市伝説系の悪魔。
ショッピングセンターで小学生が集団レイプに遭った、という内容の都市伝説。被害者女児は子宮破裂の重体、犯人は中学生の集団とされる。
ある種の群体悪魔であり、単体では弱い。【エストマ】によるステルスが可能なため、戦闘ではそこまで強くないものの発見するまでが厄介。
・利世管雄
元ネタは『マンガで分かるFGO』。リヨぐだ夫。
通称“底辺ニキ”。また“底辺黒札”のコテハンでスレに出没する。
ゼンラー。TS魔人ニキの同類。基本的に自分のシキガミ大好きなため、放っておけば全裸以上の被害は出さないタイプ。
適当に修行勢。レベルは低いが格上が食えるタイプ。
霊能の根幹はイソップ寓話における「北風と太陽」の太陽。このため、太陽の力を基に、耐性貫通効果を持つ強制脱衣効果付き【ライトマ】を使う。
もっとレベルを上げれば普通にどっかの太陽神の権能を使い出すと思われる。
・アストルフォ
元ネタは『Fate』シリーズ。
底辺ニキのシキガミ。
能力的には近接物理型であり、ヒポグリフに騎乗しての空中戦に長ける他、戦闘以外では底辺ニキの社会面における介護を担当するため、ビジュアルがアストルフォにもかかわらずマスターよりも理性を保っている……まんわかでもそんな具合だし仕方ない。
【白尻処断】【宵闇の怪異祓い】という対変態特効のスキルを持ち、強制脱衣能力持ちの底辺ニキとは殺意全開のシナジーを発揮する。
・英傑ヨコヤマゲキノコ
横山外記の子。
宮城県の「大手の白けつ」において、白けつを殺害した武士。
英傑としては最低限にして最底辺くらいの戦闘力。まあ突如現れた妖怪にビビッて斬り掛かったら単なる変態でした、という話なので致し方なし。
ただしその分、変態・露出狂特効の殺意溢れる固有スキルを持っており、かつて宮城に地方遠征に来ていた底辺ニキと激闘を繰り広げた。
・ミサカ
元ネタは『とある魔術の禁書目録』。
詳細不明。
服装は『ブルーアーカイブ』のアリウス分校モブ生徒。
・九重静
名無しのレイ様『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』より。
魚沼シェルターの実務担当。また魚沼周辺の霊能名家を取り仕切る役目を負っている。二重の苦労人であり重要人物。
・武田観柳
元ネタは『るろうに剣心』。ガトリング斎。
旧日本ハム、現ガイアミートの魚沼工場・工場長を務める黒札。魚沼在住だが佐渡の日本生類創研と繋がっており、立場上はガンマの部下となる。
黒札の中では割と珍しい、悪寄りの性格を持つ。その一方でガイア連合への帰属意識は高く、黒札は基本的に身内扱いする。他はまあ、それなり。
その一方で、悪人であるが『違法よりも脱法』な主義の上、そもそも違法行為とは縁遠い食肉工場勤めであるため、あまり悪事を働く機会もない。特に終末後は法律=ガイア連合のルールのような状態になってしまったため、そもそも法律は破ってもいいがガイア連合のルールは守るタイプの悪人であったせいか、逆に遵法精神を獲得してしまったような、微妙な具合に収まっている。
・流石兄弟
ボンコッツ様『霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である。』より。
情報収集を得意とする黒札の兄弟。
どうやって情報を集めてきているかは不明だが占術を得意とするくそみそニキがわざわざ情報収集の依頼をしている辺り、その辺のカルトマジックなどによるものではなさそうで、おそらく偵察兵と潜入工作員の性能を併せ持つ隠密系ユニットと思われる。
・ベアトリーチェ
元ネタは『ブルーアーカイブ』。BBA。
メシア教会過激派に属する司教。大天使の霊基を取り込んだ天使人間であり、かつてアリウススクワッドやミカが関わった『アリウス計画』の推進者。