◇ ◇ ◇
地下数千メートル。マントル層にすら触れ得る地殻の最下限近くに、その異界は存在した。
異様な世界だ。
樹齢一万年を優に超える大樹が立ち並ぶ神話の森────豊かな葉を生い茂らせたそれら全て、幹から枝の先に至るまで、その全てが生命としての特性を維持しながら、金属の性質を持つ異形の森は、遠く霞んで見える地平線を越え、遥か先まで続いている。
そんな広大な樹林の中に、巨大な地鳴りが響く。地震にも等しい衝撃が断続的に地を揺らし、震源は少しずつ大きくなっていく。
途方もない質量が大地を行進する事で生み出されるその地揺れが近づいてくるにつれ、森に住まう無数の獣が怯え、その場から走り、あるいは飛んで、各々に許された移動手段で戦う事も考えず一目散に逃げ散っていく。
そうして地平線の向こうから現れたのは、まさしく自然そのものであるかのように巨大な影だった。果て知れぬ時を経て自然が削り出した巌のような、あるいは苔むした巨木のような存在感を持つ歳経た巨体は、遠目にはゆっくりと行進しているようでいて、しかし巨体が踏み出す一歩は大きく、その歩幅の遠さの分だけ、矮小な人の想像以上に速い。
輪郭は爬虫類にも似て、巨大な尾を引きずりながら歩行する巨影は、かつての記憶に思いを馳せる。
かつて、この大森林が今とは比べ物にならないほどに狭かった頃。
かつて、自身が今とは比べ物にならぬほどに幼かった頃。
この異界が生み出された頃。
主が迎えに来ると言って去っていった約束の刻限まで、まだ千年は残っている。かつてとは比べ物にならない程に強化され、かつての面影すら定かではなくなった現在も変わらず機能する、霊基に刻まれた計測機能が告げる。
千年。
たった千年。
もう、それだけしか残っていない。
刻限までの時間で、主が満足できるだけの己として成長できているだろうか。
僅かに思い悩んだ“彼”に、時間計測の機能が時を告げる。戦いの時間だ。異界の機能によって召喚されるのは巨大悪魔────今回は巨大昆虫のような敵であるらしい、が。
何が来ようと同じ事だ。全て斃すのみ。
高々と咆哮を上げた“彼”は、現れた敵に向かって躊躇なく挑み掛かった。
◆ ◆ ◆
僅かに時を巻き戻し、半終末が過ぎ、邪神クトゥルーが米国に現れてしばらくの時が経ち、そろそろ終末の足音が近づいてきた頃の話。
◇ ◇ ◇
佐渡島、佐渡金山異界。
終末後には強制労働施設として稼働する事になっている区画から、分厚い地盤を挟んで数百メートルの距離を離した大深度。そんな地下深くを刳り貫いて作り上げられた大空洞には、奇怪な光景が広がっていた。
森だ。
直径一kmにも及ぶ大空洞をほぼ丸ごと埋め尽くし、一様に高さ五十メートルにも及ぶ木々は、セコイアに酷似した針葉樹。しかしこんな地下深くで枝葉を広げる木々が尋常の植物では有り得るはずもなく、その幹といい枝葉といい真っ当な植物では有り得ない金属光沢を放っている。
剥き出しの岩盤で構成された天井近くを伝う金属製の足場と、そこから吊るされた人工太陽灯の列から投げ掛けられた光は緑の樹冠で半ば遮られ、地面に奇妙な木漏れ日模様を描き出すのとは対照的に、ギラギラとした金属特有の輝きを頭上に向かって照り返していた。
合金樹、あるいはその廉価版といえる金属樹────ガイア連合に所属する個人研究勢の一人、通称『探求ネキ』がセコイアをベースに既存の植物を改造して作り上げた“金属の性質を併せ持つ植物”。ガイア連合の各所で期待の新素材として注目を浴びている。
ガイア連合佐渡島支部・支部長である蝶野光爵────『パピヨンニキ』は、その活用よりも生産の方に目を向け、それを研究するための実験施設を佐渡島金山の地下に構築し、開発に取り組んでいたのだが。
「想像以上に、全然駄目…………」
パピヨンニキの直下でガイア連合佐渡島支部を実質的に切り盛りする七体のシキガミ“七陰”の一人であり、技術開発を担当する『イータ』は、金属臭の染み付いた地面にべったりと転がったまま泣き言を漏らした。その言葉に、イータの隣に並んで転がったその道のスペシャリスト二名も口々に似たような事を言う。
「無理。これを量産とか、絶対無理!」
「さすがにちょっと、これ以上はなー……無理があるのー……」
片や、ラフな冒険者風の服装をしたエルフ耳の美少女。佐渡島でも最上の格を持つ“一宮”こと渡津神社の祭神であり、林業を司る神格を持つ『五十猛神』。シキガミボディの銘は『妖精弓手』。
片や、ドリルと揶揄される巻き髪を左右に垂らし、巨大な戦斧を背負った幼い少女。金山繁栄を願って建立された金刀比羅神社の祭神であり、鉱山を司る『金屋子神=金毘羅権現』。シキガミボディの銘は『ユーミル』。
それぞれエルフとドワーフという対照的なモチーフのシキガミボディに神格を封じた二柱は、しかしイータと並んで、揃ってその場にひっくり返っていた。
「生育まではね、完全に順調だったのに……」
「むしろ上手く行き過ぎていた事をこそ、訝しむべきじゃったのー……」
まず最初に目を付けたのが“金属を土中から吸収して蓄積する”という性質。環境汚染によくある生物濃縮のごとき形質だが、しかし合金樹は吸収した重金属による害を受けず、むしろ一種類ずつ純化した形で葉に蓄積し、収穫を可能とする。
これを応用し、育成段階の最初に、あえて一種類だけの金属を吸収させてから、それ以降は佐渡金山という大規模鉱山が帯びる五行の金の属性を持つマグネタイトを、五行器に通し純化してから流し込む事でひたすら金属としての性質を強めてやれば、合金樹そのものが最初に吸収させた金属の性質を帯びながら育成し、最終的には金や鉄、あるいは各種レアメタルやオカルト金属といった様々な稀少素材も好き放題に収穫できるようになる……見通しだった。
それで育成までは上手くいったのだ。木気を剋するという金行の性質により合金樹が自家中毒を起こして枯れてしまわないため、五行器を通じて細心の調整を行って手法を確立する必要こそあったが、その段階も無事に過ぎて、後は収穫するのみ。
何なら、致命的な地質・水質汚染を引き起こす鉱業廃水をそのまま金属樹プラントへと流し込んで金属樹へと吸収させる事により、鉱山の運営における重要な課題である廃水処理という手間を生物学的に進めるプロセスの開発ができたのも僥倖だった。何なら重度の金属汚染を受けた土地の環境浄化などにも応用できる画期的な技術になるかもしれない。
────そんな、順風満帆にも思われた状況で立ち塞がった壁が、あまりにも高かった。
そう。
その壁とは。
「伐採が、できない! 加工も、できない!」
跳ね起きた五十猛神が目を血走らせ、拳を突き上げて悲痛な叫びを上げた。
◇ ◇ ◇
そんな報告を聞いて、“七陰”経済担当のガンマは、怜悧な印象を与える切れ長の目を反射的に瞬かせた。
「…………つまり、どういう事ですか?」
「言った通りよ。今の技術で作れる装備だと、合金樹の伐採は無理」
林業の神である五十猛神が皮肉気に肩をすくめた。その顔に浮かんだ半笑いの表情は、嘲笑というよりはむしろ、もうどうにでもなれ、とでもいうような焼けっぱちが具現化したものだ。
「育成は順調だ、と報告は受けていましたが?」
「順調だったわよ、間違いなくね! 育成はね! 何なら目玉商品のアダマントス合金樹もしっかりと根付いてくれたわよ。でもね……どれだけ木が上手く育ってくれても、切り倒せなきゃ意味ないのよ!」
元々認知異界の素材を使い、死の属性に特化したアダマントス合金の性質を持つ合金樹は、死の属性を帯びており、認知異界にも近い性質に調整された佐渡金山異界には適合していたようで、本来の想定以上に簡単に育成する事ができた、のだが。
「切り倒せないって……既に素材としての実用が始まっているくらいですよ?」
「そりゃ、そやつらどうせ高レベルの黒札じゃろ? ワシ等より一回りも二回りも高レベルの異能者じゃし、そもそもワンオフ前提で量産なぞ考える必要もない連中の話じゃから。ワシらの旦那様がやろうとしてるのは、そういう事じゃないと思うんじゃがなぁ」
製造よりも、生産。
あるいは量産。
大量に作り、大量に売り捌いてシェアを獲得し、利益を得る。食肉だろうと材木だろうと、そして金属素材だろうと何も変わらず、佐渡島支部の大方針だ。
「そういうわけで既存の道具は全部試してみたけど、結果は御覧の通りよ。全然駄目ね」
五十猛神が指差した先には、使い物にならなくなった伐採用具が積み上げられ、ちょっとした山を作り上げていた。近代的な伝導鋸から前時代的な斧まで様々だが、どれもこれも一様に刃が潰れたり割れたりで、既に刃物としては使い物にならないガラクタだ。
金屋子神はその山の中から刃の潰れた斧を引っ張り出すと、その刃を軽く指で弾いて鍛冶神としての権能で再鍛造。数秒を掛けて刀身を再生した斧を振り上げると、ちょうど手前に生えていた金属樹に向かって叩き付けた。
「金属樹は夢の素材じゃぁ。金属の硬さに材木の柔軟さが合わさって、普通の金属の何倍も頑丈になる。それを無理に伐り倒そうとすると……っ、こうなる!」
がつん、と、およそ木材が出すものとは思えない鋼の打ち合う音が響く。芯を捉えた正確な一振りが直撃し、金属樹の幹の表皮を食い破った斧の刃がその幹に食い込んで傷跡を残し────しかしその代償であるかのように、鋼の刃は見る影もなく歪み、潰れていた。
「斧では一振りする度にこの様。今斧当てたの普通の金属樹で、中身は普通の鉄材じゃよ。そして鋸は鋸で難しくてな、手動でも電動でも木材用の鋸では切るより早く刃の方が駄目になってしまう。見よ、全部ボロボロじゃ」
「これは……確かに、実用的とは言い難いですわね」
転がる斧や鋸の潰れた刃を確認して、ガンマは深々と溜息を吐き出した。金属樹の育成そのものは順調に進んで、快調だと喜んでいたところに、これだ。
「とりあえず伐採用具を新規作成した方が良さそうですわね」
それも可能な限り安価に、だ。
佐渡島支部が目論んでいるのは合金樹・金属樹の素材生産ラインのプランテーション化。多数の人手を安く使って、数多く売り捌くのが本分だ。その為には、製品の質を維持したまま可能な限り生産コストを安価に抑える必要がある。
そんなわけで、伐採用品の開発がスタートしたのだった。
◇ ◇ ◇
では、何から試すか。
まずは安直に、金属用の鋸を試してみる。電動の回転鋸それ自体は最初に金属樹を切断しようとして失敗したものだが、モーターで回転する刃部分を金属加工用の専用刃に換装しており、最初に用意した木工用の刃と比べればそれなりの有効性が期待できる。
「よし、試してみるから少し離れておれ」
鋸のトリガースイッチを入れて動き出した回転刃を金属樹の側面に押し付けると、甲高い摩擦音が上がり火花が散って、少しずつ……本当に少しずつ、回転する刃が鉄材の樹皮へと食い込んでいく。そんな有様を見て、五十猛神は諦めたように肩をすくめた。
「うーん、予想通りといえばそれまでだけど、駄目ね。林業の専門家として言わせてもらうけど、普通に全然切れてないって断言していいレベルよ、これ。普通ならもう少しスムーズに切れるもの」
五十猛神のダメ出しに、金毘羅権現は電動鋸の回転を止め、わずか数ミリの切れ込みを残した鋼の樹皮と、それとは対照的に数秒で驚くほどに擦り減った回転刃を見比べて嘆息する。
「こちらも金属加工の専門家として言わせてもらうが、五十猛神の言う通り、これは駄目じゃな。刃の損耗が早過ぎる。この様では本格的な作業には絶対に使い物にならん」
「本当、それね」
今回の試験で使われているのは、失敗に終わった最初の試験伐採でも使われた電動鋸の刃を換装したもの。その本体は基本的に木工用に設計されたものであり、根本的に金属を加工するのには向いていない。だが本格的な金属加工用のチップソーの事を考えるなら、チップソーも無理だろうと結論付けるしかない。
「……まあ仕方ない。これに関しては最初から、あまり期待していない」
元々は木工用の本体を半ば無理矢理転用しているだけの代物だから、作業の質が落ちるのは当然といえば当然だ。
だが、それ以上に。
「元々、金属の切断加工といえば鉄板や鉄パイプを切るものじゃからな。こんな中身までみっちり詰まったメートル単位の巨大な塊を切断するような作業は想定しておらん」
「本当、それね……」
セコイアは大きい。風雨の強い日本では風土的な影響もあってせいぜい30m程度にしか成長しないものの、最大にまで成長すればその高さは最終的に100mを越え、胴回りも直径3~9mに及ぶ巨木となる。その質量がそっくりそのまま重金属に置き換わったと考えれば、伐採がどれだけ大変な作業かはお察しである。
なお参考までにガンダムの身長はおおむね15~20m強、ナイトメアフレームであれば4.5m前後、ウルトラマンの身長は約40m。
……大き過ぎでは?
「せめて若木の状態で伐採したいところだけど、それも難しいのよね」
「元々の合金樹からして花や種子の段階では金属的性質を帯びていない。金属樹も同じ。成長に伴って金属化していくから、最低でもある程度は育てなきゃ無意味」
さもあらん。
◇ ◇ ◇
さて。
ここからが本番である。
イータがまず真っ先に思い付いたのは、金属樹の持つ金属性質の無効化だった。それさえできれば普通の材木と同じように、何も困らず伐採できるのだ。
「そういうわけで作成したのが、火炎属性の伐採用具。何パターンか用意したから、一つずつ試してみて欲しい」
「ほうほう、じゃあこれから行ってみようかの」
ユーミルが真っ先に手を伸ばしたのは、形状自体は有り触れた何の変哲もない斧。しかし赤みがかった奇妙な金属で作られたその斧刃は、自ら発熱し、その表面に陽炎のような熱の揺らぎを漂わせている。破砕したアギストーンの粉末を素材に混ぜ込む事により、簡易的な火炎属性を付与した道具。
ドリルと揶揄される巻いたツインテールを一振りし、金屋子神が振り上げた赤斧は、赤く揺らめく弧を引いて金属樹の幹へと叩きつけられて。
「おおっ!」
「これは……!」
真鉄の金属樹は斧の一振りで伐り倒され、樹高40mにも及ぶ巨大な金属塊が地響きを上げて地面に倒れ込んだ。その迫力に周囲で見ていた他の面子から口々に感嘆の声が上がるが、実際に斧を振るった金屋子神はその手応えに違和感を覚えて首を傾げた。
その理由に勘付いて肩をすくめた金屋子神は、軽く溜息を吐きながら倒れた金属樹へと歩み寄ると、その枝の一本を掴んで引っ張った。金属樹が当然備えているべき金属の質感もなく、木の脆さそのままに悪魔の膂力に負け、枝は容易くへし折れてしまう。
「これは……うん、駄目じゃな。見てみぃ」
「あー、本当だ。駄目ね、これ。普通の木みたいになってる。金属の性質が消えかけてスカスカになってるわよコレ」
「……明らかな失敗」
「これは……一体どういう事でしょう?」
五十猛神に手渡された枝の断面を確認して、イータは同様に肩をすくめ、ガンマは首を傾げる。
「多分、火剋金になってる。今回は五行の火の力で金属性質を弱めて、それで金属樹を普通の木と同じように切断しようとした。結果として火の力で金属性質が弱まって、金属樹の金属成分が劣化した」
簡単に切り倒せはするが、金属として劣化してしまえば意味がない。この方法は失敗だ。
「じゃあ、あれ? 熱を使う系の切断作業はやめた方がいいって事?」
「基本的には、そうなる。特に覚醒者にやらせるのは、避けた方がいい」
「それじゃ、ガス切断にレーザー切断、プラズマ切断も諦めた方が賢明じゃな。……これで用意していた伐採法の半分くらいが没になったわけじゃが」
◇ ◇ ◇
「……次はこれ」
イータが取り出したのは、銃か消防用のウォーターガンを思わせるノズル型の装備だった。その後端から伸びる軟質のパイプで、接続された大型のタンクを支えるローラーをゴロゴロと引きずりながら運んでくる。
「消防用のインパルス放水銃を、伐採用に再設計した携行型ウォータージェット切断機。機関部には小型のアクアストーンを使用し、タンクの水を消費する事で使用者の負荷を抑えている……スキル的には【アクア】の変形だから、覚醒者専用装備になりそう」
「アクアストーンなら、瀬戸組の組員の一部が小遣い稼ぎに作っていたものがあったはずじゃな。これは悪くないかもしれんぞ……」
限界まで超高圧の水を放射し、その圧力で標的を切断する装備だ。熱を発さず、通常の摩擦や熱による切断では加工困難な素材を扱うために、工業用としても使用されているウォータージェット切断の原理を伐採仕様に転用した試作装備。
五行的にも水の性質を持つこれなら、金属樹に対しても金生水となり、金属が結露によって水を生み出すように水の力を生成するため、金属に対して優位でありながら金属の性質を損なわず、伐採手段としても期待大。
「工業用の切断機をベースにしなかった理由は?」
「その手の機材は基本的に切断対象を大型の台座に固定して使うものだから、伐採作業には基本的に使えない」
「なるほど……」
たっぷりと水が詰まったタンクを持ち上げて背中に背負った金屋子神は、身体に巻いたハーネスでタンクを固定すると、見た目の第一印象よりも重量がある放水銃のノズルを構え、手近な金属樹へと向けた。金属樹としての性質は一般的な鉄材で、特に何か特殊な性質を帯びている訳でもない。
「では、行くぞ」
宣言した金屋子神が放水銃のトリガースイッチを押すと、レーザーのように細く絞り込まれた高圧水流がその先端から噴き出した。一見すると軽く地味に見える放水銃だが、その反動は見た目以上に強烈だ。それを幼い見た目に似合わない悪魔の膂力で押さえつけながら、水流は金属樹の樹皮をゆっくりと削っていく。
そして。
「ぬわっひゃい!?」
バク転でもするかのようにブリッジして仰け反って、五十猛神は流れ弾の高圧水流を回避した。その見事なアクロバット回避に、様子を見守っていたガンマとイータが思わず拍手を送る。
「って、そうじゃないでしょ!」
「……あらすみません、つい」
反射的に手を振って拍手に応えてしまった五十猛神のノリツッコミにガンマは微笑み、イータは表情一つ変えずに視線をそらす。
「はぁ、もういいわよ………………これは悪くないけど、ちょっと危ないわね」
「飛ばした水がどこに飛んでいくか分からんものな。いっそ銃として使った方がマシですらある」
そんなわけで、とりあえずこのウォータージェット伐採法は他の候補を試してみるまでは棚上げと相成った。
◇ ◇ ◇
「……次」
気を取り直したイータが合図をすると、鋼の駆動音を立てて現れる巨大な影────ナイトメアフレーム『グラスゴー』だ。ガイア連合呉支部で量産されたものを現地改修という形で無人機化し、作業用の機械として使っているものの一機だ。
作業用である事を示す明るいイエローに塗装されたグラスゴーは、背中に装着されたハードポイントから一本の剣を引き抜き、構える。
「終末前に呉で開発されたMVS……メーザーバイブレーションソード。要するに高周波震動ブレード」
システムを起動すれば、その刀身からは微かに高音の唸りが聞こえてくる。超高周波振動によって刃に絶大な切れ味を与える、科学の産物だ。元々ナイトメアフレームの兵装として設計された代物であり、人間用のサイズは売っていなかったため、ナイトメアフレームに持たせての試験となったわけだが。
全長四メートル超過の鋼の機体が金属樹の大きく育った幹の半ばにMVSの刀身を当てると、当初の頑強さが嘘であるかのように幹に切れ込みが入り、やがて十数秒で完全に切断された金属樹は地面へと落下し、軽い地響きを鳴らして土埃を巻き上げた。
「うん、悪くないんじゃない?」
「そうじゃの、これなら普通に伐採で使えるんじゃないかのう?」
「そうでもない」
イータは手元のPDAに表示されたMVSの状態を確認し、渋い顔を見せる。PDAのモニターに表示されている仮想刀身は、ちょうど金属樹の幹に接触した部分を中心に薄っすらと黄色く染まっている。刀身への金属疲労を分かり易く図にしたものだが。
「想像以上に刀身の劣化が早い。このペースで行くと、普通の鉄材金属樹を三十本切り倒したくらいからレッドゾーン。それ以降はいつ折れてもおかしくない」
「ちょっ、……それは困りますわ!」
イータの指摘に、顔色を変えた経済担当のガンマが真っ先に声を上げる。
「しかし、この切れ味は魅力的じゃぞ。何か問題あるのか?」
「問題も何も、このMVS、鉄材金属樹1本で採取できる鉄素材に換算して、金属樹500本分の価格ですのよ! どう考えても費用対効果が釣り合いませんわ!」
こまめにメンテを行えばいい、という次元ではない。武器としては問題ないが、作業機械としては大問題だ。
「うーむ、難しいの。……どうしたものか」
「とにかく、刀身への負担が大きいのが問題」
そんなわけで、とイータが取り出したのは全長一メートル半ほどの大型の直剣だ。
「半終末前のかなり早い時期に開発された高周波ブレードのデータを基に設計してみた。こっちならもう少し安く作れる、予定。とりあえず試してみて欲しい」
「相分かった。うーむ……大丈夫かのー」
力仕事担当の金屋子神はイータに渡された大型剣を持ち上げると、ノコギリを扱うようにその刀身を金属樹に当てる。こちらはMVSより機能が洗練されていないのか、MVSと比べると切断速度は鈍足ながら、それなりの速度で切断できている。
「悪くない、長く使い続ける事を考えても、刀身の負担は大問題。けどやっぱり再設計が必要。必要なのは武器じゃなくて伐採器具だから、当然」
長期間使い続ける事を考えれば、当然だろう。縦横に振り回す必要のある武器とは異なり、長時間同じ体勢で力を入れ続ける事が必要な伐採器具とでは、必要とされる重量バランスが異なってくる。それを考えて設計するのもイータの仕事だ。
「うむうむ、頑張るんじゃぞー」
「まあ、大変だろうけど」
「期待していますよ、イータ」
他にも山ほど仕事があるというのに面倒事を丸投げしてくる他三者の姿に顔を引き攣らせながら、イータは小さく溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
そんなわけで、身内内部でのコンペで勝利したのは高周波ブレードだった。ウォーターカッターも悪くはなかったのだが、やはり発射した水がどこに飛んでいくか分からないのでは事故が怖い。
そんな高周波ブレードの再設計に時間を取られ、金属樹植林計画はそれなりに遅延する事になったのだが、しかし佐渡島金山異界が本格的に鉱山として稼働を始める終末までには、地下に建設した金属樹プラントを稼働状態に持っていく事には無事成功した。
「……とはいえ、まだまだ問題点はあるけどな」
金、銀、鉄にアルミニウム、様々な金属の性質を宿した金属樹プラントを見下ろした俺、『蝶野光爵』は小さく溜息を吐いた。金山異界から産出される金属資源の半ばは、ここで生産された金属樹が元になっており、その中にはオリハルコンやヒヒイロカネ、呪鉄のようなオカルト金属の金属樹も含まれているのだが。
「まだ伐採技術が確立されていないアダマントス合金樹、とかな」
アダマンタイト・タナトス合金────略してアダマントス。金属樹の元になった合金樹と同時期に生み出された特殊合金であり、非常に優れた強度と、そして強力な死の属性を持つ。強度が高過ぎて安価に伐採する事ができず、強大な異能を持つ個人による伐採のみが行われている。
七陰の中から暇な時間のデルタを動員し、生産数は一日一本以下……これでも頑張っている方、か。まあ、量産を前提として生み出された金属ではないので、仕方ないが。
全くもって、難しい話であるが。
「どうしたんですか~、そんな難しい顔をして」
「いや、何事も簡単にはいかないな、と思って」
いっそ間延びしているかのようにのんびりとした口調で聞いてくる対面の女性は『地母神ガイア』。見た目からして女子高生にしか見えない容姿であるが、これでもギリシャ神話の系統では、解釈によっては主神であるゼウスよりも格式高い地位にある大神だ。
とりわけ“ガイア”連合が半ば世界を支配しているような終末環境の状況下では、ガイアの名前繋がりで膨大な信仰MAGを獲得しつつある彼女の力は強大だ。
「そういえば、ハーブの生産にも成功したみたいだな」
「はいー、今日のハーブティーもそれで作ったんですよー」
ハーブティーの入ったマグカップを抱えるように両手で握った彼女は、何が嬉しいのかニコニコと微笑みながらこちらの顔をじっと見ている。
「……? どうした?」
「いえいえー、プロメテウスちゃんは色々と難しい目に遭った子ですから、こうして幸せそうにしてくれてると、ついつい嬉しくなってしまってー」
「そう、か」
だから俺はプロメテウス本人ではない……かどうかは、また微妙な話だな。前世は普通の人間であれ、“俺ら”の前々世は高位悪魔である疑いが濃厚……その場合、俺の霊能の根幹がプロメテウスである可能性は高い、というわけで……まあ大した問題ではないのだが。
「それで、今日は何か私に用事ですか~? 余裕があるとはいえ決して暇ではないプロメテウスちゃんが私のところに来るなら、何か必要があっても不思議じゃないですからー」
「……まあ、事実だな。一年ほど、預かって欲しいものがある」
俺が取り出したのは岩石を削って作られた壺。中身は合金樹と同じ作者によって開発された技術で製造した壷中天で、内部時間を20倍加速……耐久性に極振りして作ったとはいえ、本家の壷中天と比べれば随分と格を落としている。
だが。
「なるほどー。それは、地下神殿の電算施設に関係があるものですかー?」
「ああ。これを収めるためだけに建設した電脳異界だからな」
それを聞いたガイアは。
「はいー、任せてくださいー」
ほとんど何も聞かず、それを受け入れた。
◆ ◆ ◆
オネイロイ三神達と同様、佐渡における地母神ガイアの本拠は、佐渡島シェルターの結界基点を兼ねた沖合に存在する出島だ。だが佐渡金山異界の奥底、ちょうど地下数千メートルの位置には、その出島の神殿から勧請された分社が建立されている。
本格稼働は終末後を予定しているこの施設、当初は小さな祠として建造された大理石の神殿であるが、増設を繰り返した末に現在ではそれなりの────小さな市民会館くらいの規模にまで成長していた。その片隅に設置されているのは魚沼で開発された『三宝荒神式浄炎発電機』……をベースに設計した『ガイア式地熱発電機』だ。
設計そのものは浄炎発電機と変わらないがガイアとの相性を鑑みて、通常なら三宝荒神の性質に依存した術式が組み込まれているところを同種の炉の神であるヘパイストスへと組み替え、さらに地下から地熱のエネルギーを引き込んで動力に変えるシステム。
ベースになった浄炎発電機とは異なり設置型の設備にしか使えないが、地母神ガイアの神殿においてはそれ以上の出力と何より安定性が期待できる代物だ。
そこで生成された電力の消費先が、併設された大型の電算設備だ。設備を動かすための電力や、冷却に必要な空調システム、あるいは設備を維持するための簡易シキガミ群、それら全てを維持するための電力が、地上と一切繋がる事なく、ここで生成されている。
マントル層の下限近くにまで達する地下深くにて、地脈と直結してまで生成される膨大な熱量は全て、大型のスーパーコンピューターを複数直結させて生成される電脳異界の維持へと注ぎ込まれていた。
その電脳異界。
規模としては最小限、小部屋一つ分の面積しかない病室のように真っ白な空間。
「狭い代わりに、時間速度は現状の技術で加速できる上限の1000倍、か」
「これを一年間預かれば、中では2万年が経過するんですねー」
狭苦しい電脳異界の中心に置かれた台座の上で、壷中天である石壺の蓋を開封し、俺はガイアと共にその内側へと踏み込んだ。
壷中天────壺の中の天地。容器の内側に異界を生み出し、携帯型のアイテムボックスのように扱う技術。今回はそれを長期間維持するため、耐久性には可能な限り気を遣い、素材も時間経過に強い石素材を使用。そんな技術だから、やはりこの石壺の内部には異界が広がっている。
「まあ、まだそこまで広くはない、が」
直径数百メートル程度の小さな異界は、畑のような様相を呈していた。あるいは植林時の、まだ森林として出来上がる前の場所。
畑のように作られた畝の間に、高さ一メートルほどの苗木が等間隔で植えられている。
全て金属樹であり、形質として宿す金属は『アダマス』。神話級の強度と硬度を併せ持ち、熱にも強く、そして神殺しの性質すら併せ持つ強力なオカルト素材。
「そっかー、私があげたアダマス、こうやって増やすんですねー。クロノスちゃんやゼウスちゃんにあげるとその場で全部使い切ってしまうのにー、やっぱり頭のいい子は違いますねー、流石ですー」
そして、それらを管理するために配置されたシキガミ『ゴジラベビー』。
神樹ガオケレナの全身フォルマをベースにしたデモノイドベースのシキガミボディに、外道ショゴスの劣化分霊スライムを素体にしたコアを組み込み、長期間運用に備えて耐久性全振りのステータスを持つ。最大の特徴はその霊基に、生物学におけるDNAの水平伝播と同種の現象を引き起こす特性を組み込んだ事。
「それが2万年という時間の中で、どこまで上手く働くか、だが」
「私の加護もあげてありますからねー、きっと大丈夫ですよー」
ニコニコと笑うガイアだが、彼女の大丈夫は高位悪魔の大丈夫だからな、逆に不安になってくるのだが。ゴジラベビーはそんな心配も知った事ではないとばかりに、嬉しそうに頭を撫でられている。
「内部時間で約2万年────正確な時間を言ってやれないのが無念だが……この異界の管理、任せたぞ」
「!」
任せろ、と言わんばかりに嬉しそうに尻尾を振るゴジラベビーに、頼もしさよりも申し訳なさの方が先に立つ。二万年────果てしないとすら言える時間、彼を孤独のまま放り出す事になる。
だが、必要な事だ。
これから先、何が起きるか分からないのだから。
どんな敵が現れるのか分からないのだから。
「よろしくな」
この異界はアダマス金属樹の育成場であると共に、ゴジラベビーの為の修行場だ。壷中天と電脳異界の合わせ技により2万倍に加速した時間。
ゴジラベビー自身と連動し、規模を拡張し、そしてそのレベルに合わせた敵を召喚し続ける異界。
外から見れば1年、しかし内側では2万年の間、彼は孤独のまま戦い続ける事になる。
◆ ◆ ◆
そうして。
二万年の時が経過した。
「おかえり、ゴジラベビー」
いや、既に“ベビー”とは呼べないか。
300mを越える巨体へと成長した彼を見て、そんな風に結論を出す。地下深く“ガイア”の胎である異界にて成長した彼を呼ぶのであれば、そう。
「『ゴジラ・アース』とでも呼ぶべき、かもな」
その身体をパーツ単位で分解し、シキガミコアを摘出する。
彼と共に成長した樹齢二万年のアダマス金属樹を素材にして、骨格と装甲を形作る。
彼の元のシキガミボディをフォルマ化し、人工筋肉と強殖生物を生成する。
アザトースとクトゥグァという特級の炉心を格納するために必要だった特級の素体。それを生み出すために二万年という時間を掛けた。
そして。
完成した機体へとコアを封入し、新たに組み上げられる鋼の巨獣────デスザウラー。ガイア連合佐渡島支部の最大戦力である。
鉱山神と林業神を揃って抱えているなら、やらないわけがないという話。
~割とどうでもいい設定集~
・合金樹
緋咲虎徹様『【カオ転三次】終末を約束された世界で心のままに生きていく』より。
曰く『セコイア種の樹木を元に金属との融和性を組み込んだ幻想植物』。
植物として成長する金属資源。花や種子までは金属的な性質を持たないものの、幹は金属材、樹皮は金属繊維、葉は接着剤、根は顔料と捨てるところがない。
探求ネキの作品であるため食べられるかどうかは気になるところだが、多分体に悪い。
・金属樹
名無しのレイ様『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』より。
合金樹の廉価版。合金ではなく単体の金属として作り出されている。
取り扱いの難易度は合金樹がLv30、金属樹がLv10と大きく下がっており、また内包される金属の種類も限定されているため色々な方面で扱いやすい。
・合金樹・金属樹育成プラント
佐渡島金山異界の奥深くに建設されたプラント。
鉱山という立地と、鉱業神・林業神の双方を擁している事から比較的簡単に育成を行えた。
異界化により時間加速を行い、五行器により五行のバランスを安定させつつ金行の気を供給し、さらに重金属を多量に含んだ鉱山廃水を流し込んで合金樹・金属樹を高速で育成する。
呪鉄やオルハリコンのようなオカルト金属の金属樹も多数育成中。
特に死属性を帯び、さらに認知異界にも近いという性質からアダマントス合金樹が非常によく根付いた。
・地母神ガイア
名無しのレイ様『【カオ転三次】故郷防衛を頑張る俺たち』より。
ビジュアルは『ブルーアーカイブ』から『十六夜ノノミ』。
元は“人類ママ活計画”を目論み、田舎ニキに倒された地母神ダイアナの残存マグネタイトから降臨した。
パピヨンニキに対しては孫に接するお婆ちゃんくらいの感覚で接しており、極めて甘い。
・ゴジラベビー → ゴジラ・アース → デスザウラー/デストルドス
シキガミ。
電脳異界と壷中天地の合わせ技により外界時間では1年、内部時間では2万年掛け、異界内部に出現する悪魔を倒し続けて『ゴジラ・アース』と呼べるまでに強化された。
そのボディを分解して素材にした機体にシキガミコアを封入する事でデスザウラーが完成した。