ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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偽りの魚沼市、後半戦。


魚沼TSV ~転生者バリエーション~ 04

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 メシア教過激派、拠点。

 

 大聖堂。

 

 その司祭席に座していた異形の女、ベアトリーチェが祭壇の前へと倒れ伏す。その脳天に開いた貫通孔からは脳漿混じりの鮮血が流れ出し、この建物が市民体育館だった頃そのままの木の床を赤く穢しながらその面積を広げていく。

 

「……一体、何が!?」

 

 その中枢たる祭壇に拘束された少女『御坂美琴』は、混乱しつつも祭壇の上から状況を見下ろしていた。どうせ手足もない状態で拘束されている以上、できる事などありもしない。

 

 わずかな身動ぎしか許されない己が身体の不自由さに歯噛みしながら、唯一自由になる視線をわずかに動かすと、通信機器に接続されたモニターの向こうでは銀髪の男によるメシア教会内での粛清劇が始まっているらしい。

 剣舞のように優美な動きでも、鈍い銀色に輝く刀身が振るわれる度に刎ね飛ばされる人間の首や手足は紛れもなく現実で、美しくあり、そして小気味良くもあれど、それ以上に恐ろしい。

 

「おーうおう、盛大にやってるねぇ。おっとお嬢ちゃん、ちょっと待ってな、すぐ降ろしてやるからよ」

「はぁ、アンタ、一体何やって……!?」

 

 忠臣面をしてベアトリーチェに付き従っていた時とは打って変わって伝法な口調で話し掛けた修道服の男は混乱する美琴をひとまず放置して、倒れたベアトリーチェに冷たい目を向ける。

 

「やーれやれ、生きておりますかベアトリーチェ司教様? 追加ボーナスの事もあるから、きっちり死んでいてくれると助かるんだけどねぇ」

 

 脳髄を撃ち抜いたとしても油断はできない。相手は数十体の天使をその身に取り込み融合した、メシア教会製天使人間としても規格外の存在────体内の臓器が常人と同じ配置をしているかどうか、それどころかそもそも生命と思考の維持を脳と心臓に依存しているかどうかすら怪しいものだ。

 

 羽織っていた修道服を乱雑に脱ぎ捨てた男は、倒れ伏した異形の女の背中に油断なく数発の銃弾を撃ち込んでとりあえず死んでいる事を確認してから、手早く祭壇に歩み寄る。そうして美琴の身体を固定している拘束具を掴んで二度、三度と軽く揺らして具合を確かめ、肩をすくめた。

 

「思ったより固定が硬いな。まあ当然っちゃ当然だが、それ以上にこの手足が厄介だな。ナマの天使を直接体に融合、ってか。信者も異教徒も天使様もまとめて素材、っと……ま、いつものメシアンのやり方だわな」

「な、何よ……!」

「降ろしてやるっつっただろ。ほら、ちょっと痛いだろうが、我慢しな……っと、ったく、こりゃどうなってんだ? どっからどの辺が人間の部分なのかさっぱり分かりゃあしねえ、いっそ多少大きめに切り落としとくか?」

 

 警戒して身を強張らせた美琴の身体に向かって、男は修道服の下に固定してあったホルスターから鍔元にバルブを組み込んだ機械的な刃物を引き抜いた。効率的に人体を引き裂くための波打つようなエッジに室内照明の鈍い光を反射させながら、その切っ先が迷ったように美琴の四肢の付け根を撫でる。

 一見、まだ健常な手足を、翼と人面を生やした肉塊型の天使に呑み込まれているように見える。だが、美琴の手足は既にクローンを生み出す素材として切り落とされて既に存在せず、既に何の役にも立たない切り株のような手足の痕跡に、天使の組織を直接的に接合させる事で異能の制御装置とされている。

 その接合部となる縫い目の向こう側、天使の肉の部分から伸びた血管のような筋が、境界となった縫い目を越えて少女の肉に食い込み、白い肌を侵食している。このまま一週間も放置しておけば、天使の肉が少女の身体を完全に侵食し切り、少女の血肉は外部制御で異能を引き出されるだけの冒涜的な機械に成り果てていただろうが。

 

「根元から切り落とすと、止血の手間がなぁ~ディア系は得意じゃねぇんだが……ったく、メシアンの連中も面倒な事やりやがって。まあ仕方ねえ────」

『なら手伝ってやろう。ほら』

 

 通信の向こうで、銀髪の男が指を鳴らす。打ち鳴らされた鋭いフィンガースナップに合わせ、少女の身体に癒着していた天使は針で突いた風船のように破裂して、生体マグネタイトの残滓を散らして溶けて消える。縫合跡を侵食していた組織も、跡形もなく消えていた。

 

「っと、コイツぁ……セフィロスニキか。恩に着るぜ、これで大分仕事がやりやすくなった」

『気にするな、この程度は余技の部類だ。……それに、治せるものなら治した方がいいだろう』

「生憎、俺にそんな技術はないがね。まっ、安心しな。とりあえず魚沼まで持ってけば治癒魔法なりシキガミパーツなり、治す方法はいくらでもあるからな」

 

 手足を喪ったままの少女の身体を覆っているのは、局部を隠すだけのきわどい水着のような布切れだけだ。男は脱ぎ捨てた修道服を拾い上げ、それで少女の身体を包むと、肩に担ぐように抱え上げてその場を立ち去ろうとして。

 

「ちょっと待って! まだ私、助けなきゃいけない子達が……!」

「おいおい嬢ちゃん、お前さん今、手足全部取れてんだぞ。他人の心配してる場合じゃねぇだろうがよ」

「知らないわよ。無理なら這いずってでも行ってやるわ!」

 

 もがく美琴の抵抗は、それこそ身の程を弁えていないと言ってしまえばそれまでだが……男としては決して嫌悪するものではなく。

 

 どうしても無理なら、殴ってでも連れ帰るだけの話だが、それをする必要も今はなく。

 

「心配すんなよ、お嬢ちゃん。その位なら、仲間が片付けているさ」

「え?」

 

 ぴたり、と美琴が身動きを止めると共に、聖堂の左右にあった扉が同時に開き、現れるのは鏡に映したようにそっくりな顔の双子の青年だった。

 

「心配ゴム用! 研究施設と生産施設に捕らえられていた子供達なら、既に俺が確保してトラックに乗せた! ついでに施設に残っていた資料も全部この通り!」

「流石兄者! そして俺もしっかりと仕事はこなしたぞ! 事務室と司教の部屋に残っていた聖堂の管理記録、日記から裏帳簿の類まで全部見つけ出して確保済み!」

「やるな、流石弟者!」

 

 見た目の挙動と進行方向が一致しない謎の歩法で歩み寄った二人は、祭壇の前でハイタッチを交わすと、二人揃って謎のポージングを一発キメて、再びハイタッチ。

 

「流石兄者!」

「流石弟者!」

 

 互いを褒め称えつつ、またハイタッチしてポーズをキメて。

 

 その身動きこそ奇矯ではあるが、しかし。

 

 見れば見る程、奇妙な双子だ。双子の上に妙に仰々しいリアクションもあって、見る者に与える印象は異様に強い……強いのだが、それでいて、その顔を“覚えられない”。全く特徴がないというわけでもなく、むしろ鏡で映したかのようにそっくりな顔立ちに糸目が初見で強い印象を与えるにもかかわらず、その顔を見続けていると“糸目だった”という以外の印象が頭から抜け落ちていく。

 

 潜入・情報収集に特化した黒札、通称────『流石兄弟』。その真骨頂だ。

 

「んじゃ後はずらかるだけだな。さすがは流石兄弟、いい手際だぜ」

「流石兄者」

「流石弟者」

 

 揃ってドヤ顔で親指を立てる二人を見ていると、どうにもツッコミを入れたくなる美琴だが、ともあれ今は時間が惜しい。

 

「じゃあ二人とも、お嬢ちゃんを頼むぜぇ」

「お任せあれ!」

「完璧に送り届けてみせるで御座る!」

「流石兄者!」

「流石弟者!」

 

 和やかに手を振る男は、身動きの取れない美琴の身体を流石兄弟へと預け、そうして────その背後から、凶爪が走る。

 

「っ、────後ろ!!」

 

 その動きにいち早く気付いた少女の声より先に、男が既に背中に回していた機械剣の刀身が、その一撃を受け止めた。甲高い衝突音が響き、視線を向けもせず攻撃を弾いた男は異様に隙のない独特の動きで地面を滑るように素早く後退り、距離を取って振り返る。

 そこに立っていたのは、異形の女。額と背中に開いた銃創から止め処なく濁った血を垂れ流しながら、その顔面から生える無数の羽根が怒りを表すように震えている。

 

「“まさか…………まサかお前が裏切り者だッたなドとは……ゲイリー・ビアッジ! 信用でキる傭兵ダと思ってイたのに……えエ、残念デす! 残念でス! 実に、そウ実に!! 残念デす!!」

「おう、やっぱ生きてたか。さっすが、半終末前から生きている古株の改造天使人間ってだけの事はある。これも年の功ってヤツかい、お婆ちゃん」

 

 異形の女が生きていた事に驚き一つ見せる事なく、男は調子を崩さず、いっそ親しげな調子で声を掛ける。

 【食いしばり】など珍しくもないスキルだし、何より撃った後の数分以上も未だに出血が続いていた時点で、それは女の体内で失った血液が補填されており────つまりは再生活動が続いているという事。最初から、この展開は予想していた。

 

「ゲいリー……そレが本性でスか……!!」

「おぉっと、ゲイリー? 誰の事だい、俺様にはアリー・アル・サーシェスっていうちゃんとした名前があってね」

 

 顔面の羽根を波打たせながら怨嗟の声を上げるベアトリーチェを前に臆面もなく適当な偽名を名乗った男、本名『焼野原博史』────通称“サーシェスニキ”が取り出したのはフルボトル────ミカやサオリが使うものとは異なり、鎌首をもたげる毒蛇の刻印が施されたそれを手にした拳銃『トランスチームガン』の機関部に装填し、引鉄を引き絞る。

 

〔MIST-MACH────Cobra,Co-Cobra!!〕

 

 トランスチームガンの銃口から噴き出した濃密な蒸気が男の姿を隠していき、立ち込める蒸気の内側で赤雷が幾度も瞬いて内側のシルエットを映し出す。暗雲のような蒸気の中で形成された暗赤色のスーツアーマーが男の全身に装着され、頭部のバイザーと毒蛇を象った胸甲が妖光を放つ。

 

「じゃあ軽く一曲踊ってやるよ、婆さん! せいぜい楽しもうじゃねえか、なぁ」

 

〔Fire────!〕

 

 最後に、頭部に備わった煙突型の排気筒から放出された余剰マグネタイトが花火のようなスパークを散らしながら周囲に漂う蒸気の名残を吹き散らし、完成した展開型デモニカ『ブラッドスターク』の姿を現した焼野原は、鍔元にバルブを備えた機構剣『スチームブレード』を延長銃身としてトランスチームガンに接続したライフルモードの銃口を向ける。

 ベアトリーチェは耳まで裂けた口で獣じみた威嚇の声を上げ、その体躯を大きく膨れ上がらせた。

 

「気をつけて、アイツ化け物になる……変身するわよ!」

「知ってるよ嬢ちゃん。黙って見てなァ!」

 

 流石兄弟に担がれて遠ざかっていく少女の精一杯の警告通りに人型を外れて少しずつその体躯を膨張させていくベアトリーチェが振り上げた鉤爪を、蛇が這いうねるような独特の体術で回避し、自ら殿を受け持ったブラッドスタークは。

 

「もしもしハニー、俺だ。一発デカいの、頼むぜぇ!」

 

 ベアトリーチェに向かって片手持ちのトランスチームガンで反撃を加えながら、手にした携帯端末でどこかに通信を送る。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 新潟県、県境。

 

 三国峠付近の山中にて、生い茂る木々の中、一本の高架道路が緩やかに蛇行しながら伸びている────そんな風景を背後に置き、森林の木々に埋もれるようにして駐機している鋼の機械。

 

 その操縦席のハッチを開き、その上に腰掛けて、木々の合間を吹き抜けていく微風を楽しみながら、気怠げな表情のまま文庫本のページを捲っている少女が一人。ロングストレートの赤い髪を腰まで伸ばし、無造作に背中に流した頭の上に乗せていた軍人のような制帽が、風に煽られてわずかに揺れる。

 

 退屈だ、と、倦怠に呆けた頭で少女は考える。ここ数分の間、小説の中身も頭に入っておらず、文章を辿る視線はしばらく前から同じページばかりを辿って彷徨うばかり。

 

「……暇ね」

 

 文庫本から目を放し、少女は頭上の空を見上げた。長い冬が終わったばかりの空は青く、この色だけは終末前と何一つ変わっていない────その事実に何かしらの郷愁を抱くような育ち方はしていない、が。

 

 と、少女の耳に、外して首に掛けていたヘッドセットから響く微かなノイズが鼓膜を震わせた。

 

『もしもしハニー、俺だ。一発デカいの、頼むぜぇ!』

 

 素早く付け直したヘッドセットのスピーカーから響く通信と同時に、少女は狭苦しい操縦席へと身体を滑り込ませ、その後を追い掛けるようにしてハッチが閉じ、機体のエンジンが稼働音を立て、操縦席の各所に備わったモニタやキーボードのLSDへと順番に光が点っていく。

 複座式になっている操縦席の片側は空だ。本来の乗り手の片割れを欠いた状態で、この機体の全力を引き出すには足りない、が。

 

「面倒だけど仕方ないわね。行きますか」

 

 偽装用の迷彩シートを剥ぎ捨て、少女を乗せた異形の機械巨人は暗赤色のマグネタイト光を放出しながら、木々の中から立ち上がり、その全身を露わにする。

 

 機体名『アルケーガンダム』────魚沼ロボ部によって進められた『F90ファステストフォーミュラ計画』に連なる機体だ。F90の最大の売りであるミッションパック交換機能をある程度維持しながらも、全身の外装の8割を交換し、異様に長く巨大な手足と、対照的に細い胴体、頭部には四基のカメラアイを備え、全身の増加装甲も相まってベースとなったF90とは掛け離れた、蟲を思わせる異様なシルエットを作り出している。

 

「ビーコンからの信号受信、よし。標的の座標を確認、弾道計算開始。兵装は────ミッションパックL型のロングレンジライフル」

 

 傍らに置かれたコンテナから大口径のロングレンジライフルを掴み上げ、折り畳み式の砲身を展開。氷結属性の実体弾を収めた弾倉を接続し、直径120㎜にも及ぶ大口径の砲門を露わに、視界すら通らない山越しの標的を照準する。

 コクピットのコンソールを素早く叩いて計算に必要な諸元数値を入力したら、弾道計算は演算ユニット任せに、照準はコンテナ側に搭載された大型センサー群とAIの支援で。

 

「演算完了次第に即発射、と」

 

 タイミングを計る事もなく、ほぼ一瞬でトリガーを押し込んだ。

 

 異界化技術を応用して空間圧縮された砲身の中を刹那の瞬間に走り抜けた弾頭は遮蔽となる山脈の頭上を抜けて空を穿つように一直線に飛翔し、そこで弾頭後端に搭載されたバーニア・ペレットを起爆させ反動で方向転換、急旋回した弾頭が鋭い放物線を描き、距離十数キロメートルを一呼吸で縮め、標的へと喰らい付く。

 

 その着弾を確認する事もなく血色の機体はロングレンジライフルを突っ込むようにしてコンテナへと戻すと、重力の軛から外れるように空中へと浮かび上がった。その出力の高まりに合わせ、背部からは暗赤色に輝く粒子状のマグネタイト光を放出し、アルケーは音速超過の領域にまで一気に加速して山中の空を駆け抜ける。

 

「さーて、パパ。貴方の嫁が今行くわよ! ……ちょっと恥ずかしいわね、これ」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 偽りの魚沼市、別方面。

 

 浸透突破を狙おうとメシアンの一部隊が、木々の生い茂る山間を抜ける林道の中を進んでいく。アスファルトに舗装された山間の道を兵員輸送用の装甲車両が進み、その両脇に召喚された天使が固め、空から周辺を哨戒する。

 メシアン特有の傲岸さはあれ、軍隊仕込みのその動きは統制の取れたものだ。

 

 その行軍の最中、指揮官である女が声を張り上げる。

 

「この先にあるのは、穢れた魔女共が外法によって築き上げた、呪われた土地! 黒魔術によって毒薬を醸造するため、邪悪な悪魔に縋って作り上げた薬草園です! これを焼き払い、悪魔の力によって汚染された自然を浄化する事こそ、我等の正義を示す事になるのです! そう────青き清浄なる世界の為に!」

 

 足回りの良い軽装の装輪装甲車に搭乗し、随行する兵員や天使達に向かって大音量のスピーカーを介して、彼女がメシア教会に入信する以前に所属していた環境保護団体のキャッチフレーズまで使って演説する様子は、傍から見ていれば選挙カーのウグイス嬢そのものだ。正義の戦いを前に気分を昂揚させている女に向かって、後部座席にて護衛の任に着いていた下級天使が話し掛ける。

 

「本当に必要なのですか? いくらこの異界が魚沼市を模しているからとはいえ、この先にあるのはあくまでも偽物。焼いたところでそれほどの痛痒にはならないと思われますが」

 

 装甲車に同乗するのは、女が直々に顔を合わせて選んだメシアンや下級天使だ。従順で、実力もあり、特に破魔属性に優れた能力を示した者達。そして同時に、容姿にも優れている。全員、メシア教会の新時代を築く聖人となる己に相応しい優秀な部下達、と女は自負していた。

 

「意義はあります! 邪悪の象徴であるこの地を浄化し、我等メシア教会の旗を打ち立てる事こそ正義! その為には実利など些事と思いなさい!」

「……畏まりました」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 などという大音量の演説は、それこそ森中に響き渡る程に響いていた────当然、それを森に潜む者達が聞き逃す事もなかった。

 

 白魔女の中でもある程度戦える者達、十数名。

 黒札とそのシキガミが一名。

 小学生、一名。

 

「ちょっと、あの方々少し頭が可笑しいのではありませんの?」

 

 肩書にどう考えても違和感がある最後の一人は、森の陰に身を潜めながら小声のまま、呆れの感情を表明する。見た目は普通の小学生、染めた金髪をショートヘアにした『北条沙都子』────現在の魚沼シェルターにおける豪農黒札『北条悟志』の妹である金札サマナーであり、この場においても立派な戦力の一つ。

 

「それはそう。狂信者ですから、まあ頭に“狂”って書いてありますし、そういう事もあるでしょう」

 

 同じように木立の物陰に身を隠している“わたし”は肩をすくめた。出身地である欧州から命からがら逃げ出してきた白魔女集団の頭目────言い替えるなら過激派メシアンに追われながら、欧州から日本まで生きて辿り着いたサバイバーの身の上だ。

 メシアンのこういう反応については割と慣れっこだ。

 

「異教徒っていう括りで一緒なんでしょうけど、訂正を要求したいところですね。ウチのケルヌンノス様はいわゆる堕天使とは別物ですし、白魔女と黒魔術師は完全に別物です」

「向こう様からすれば全て一緒なんでしょうけれど」

「それはそう」

 

 当たり前のように沙都子に話を合わせている“わたし”は、何の違和感もなく少女と話を合わせている。それは直接言葉に出さなくとも、見た目だけならどこからどう見ても普通の小学生以上には見えず、実際普段は魚沼の一般小学生として暮らしている沙都子を一端の戦力として認めている証であったが。

 

「ねぇ魔理沙、あの子どう見ても小学生なんだけど、本当に大丈夫? 今からでも護衛付きで外に連れ戻した方がいいんじゃないの?」

「いや、でもなぁうーん…………まぁアタシからしても見ていて不安なのは分かるけどよ、一応、白魔女でも古参の面子ほどアイツの事を認めているっぽいしな。アタシにはよく分からんが」

 

 魔理沙が白魔女の集団に加わったのは、彼らが魚沼に引っ越してきてからだ。彼らの故郷である欧州で、彼らがどのようにして生き延びてきたのか、伝聞でしか知らない。

 裏を返せば、魔理沙以外の白魔女達にこそ見えているものがある、という事。

 

 それを裏付けるかのように話し掛けてくるのは、後ろで銃器の手入れをしていた白魔女の一人である青年『ンフィーレア・バレアレ』。視線を遮るように長く伸ばした前髪でその表情は伺えないが、穏和で人当たりの良い性格の好青年だ。

 

「大丈夫だよ。むしろ下手に連携が取れない部隊よりよっぽど心強いくらいさ。彼女は、強いよ」

「あー、ンフィさんがそう言うなら、信じていいかな……とりあえず、今はそれでいいか」

 

 そんな風に二人が納得したところで、沙都子が腕に巻いたデジタルウォッチ型の小型COMPの表示を確認。その画面には、ちょうど山道の一直線に伸びた辺りに差し掛かったメシアン達の隊列を見張る妖精ピクシーの視界が映し出されている。

 【隠密】に【霊体化】、二つの汎用スキルに加え、最低限の存在強度しか持たないピクシーの気配は限りなく薄く、敵の警戒を完全に潜り抜け、沙都子にその視覚情報を送り届けていた。

 

「さて、そろそろ目標地点ですわね。それじゃ皆様、始めますわよ」

 

 音頭を取った沙都子の言葉に、その場にいた誰もが言葉なく同意を返す。それに頷き一つ返して、沙都子は手にした起爆スイッチを親指で押し込んだ。

 

 

「ぴたごら~! ですわ!」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 それに気づいたのは、最前列で前方を警戒する哨戒担当の天使だった。前方から転がってくる直径数メートルの岩石を発見し、後方へと警告を送る。一つではなく、数個まとめて、だ。当然、出る指示は決まりきっており。

 

「受け止めなさい! 邪悪に対して一歩も退かないと、その身で我等の矜持を示しなさい! 青き清浄なる世界の為に!」

 

 指揮官の女の命令に従い、前に出るのはメシア教会の制服を着た巨漢、二名。天使の名の下に祝福されたステロイド剤の継続投与によって強化された筋骨は既に生物としてのバランスすら欠いており、異形の怪物のように歪んだシルエットを作り上げている。

 そんな怪物のごとき戦士二名が、重厚な筋肉を膨張させ、上官の指示に何一つ疑問を抱く事もなく転がってくる岩石を受け止めた。岩石を荒く削り出したかのように重厚な胸板はその衝突を遺憾なく受け止め、しかし岩石の側面に括りつけられていたダイナマイトと蟲毒皿の爆発に巻き込まれ、あっさりと爆死した。

 

 飛び散った破片と炎、何より砕けた路面に阻まれて、これ以上車両を使った前進は困難。当然、無敵の信仰を持っていようが関係なく車を止めざるを得なくなったメシアンの隊列はその場で立ち往生する事になる。

 

 そこに向かって、木立の中から飛び出してくる丸太。丸木を組み合わせた絡繰り仕掛けのトラップなど異能者にとっては大した脅威も持たない代物ではある、が。そちらに目を引かれた瞬間に投げ込まれた煙幕弾が、たった数秒、メシアン達の視界を塞いでいた。

 

「このままでは的にされるぞ、散開せよ! 散開!」

「待て、散らばり過ぎると危険だ! 冷静に、まとまって森に退避せ……よバっ!」

 

 的確に指示を出そうとしていた士官の額が遠間からの狙撃で撃ち抜かれ、吹き出した脳漿混じりの血潮が指揮官の女の顔に降り掛かる。それに怒りの声を上げた女は、すぐ近くにいた人間が斃れた事実に甲高い悲鳴を上げる。

 

「ひ、ひぃえぇえええええええぇッ!! 散開、散開! とにかく私! 私を守りなさい! 早く!!」

 

 自分の位置を喧伝するかのように金切り声を上げながら盲目的に走り出す。そんな女の指示ともいえるかどうかも怪しい悲鳴に従うべきか混乱が広がりつつ、脊髄反射的に従った数人の兵士だけを引き連れて女の姿は森の中へと消えていく。

 特殊部隊よろしくギリースーツを被ったその身を物陰に隠しつつ、その様子を確認したンフィーレアは、愛用のドラグノフ狙撃銃の銃身を下ろす。短縮銃身と折り畳み型の銃床を備えた特殊部隊用の軽量モデルの銃は、決して優れた狙撃手とはいえないンフィーレアの腕前でも、地母神ダイアナの祝福込みなら百発百中の命中精度を発揮できる。

 

「よし、ここまでは作戦通りだ」

 

 小声で呟き、素早く移動して次のポイントへと身を潜め、敵に捕捉されていない事を確認し、そこでようやく行動に移る。迂遠ですらある動きだが。

 

「あの様子なら、そこまで慎重にならなくてもこっちには気付かないんじゃないの?」

「多分ね。でも絶対じゃない。本当なら向こうの方が強いんだ、慎重にいこう」

 

 岩陰から突き出した手鏡越しに敵陣の様子を観測する。当初は整然と続いていた陣形も混乱によって乱れ、道路を中心に散布され、その数を増やしながら風船爆弾の領域が少しずつ拡大していくのに押し出されるようにして、メシアンの兵士達は少しずつ森の中へと散開していく。

 遠間から全体を俯瞰して、上空に陣取った『ケット・クー・ミコケル』から送られてくる観測情報と合わせ、冷静さを保っているメシアンから順番に一つ一つ、丁寧に照準してはその脳天を撃ち抜いていく。

 

「うん、いいよいいよ。あ、次、北側。装甲車から距離三メートルの兵士ね」

「了解。じゃあ、次撃ったら移動する」

 

 ンフィーレアの傍でサポートを行うのは彼の仲魔である地母神ダイアナ────佐渡で孤児院を営む個体と同様、元はかつて人類ママ活計画なる胡乱な計画を行ったダイアナの遺した一欠片。この森林環境下でのゲリラ戦など、狩猟の女神にとってはホームグラウンドのようなものだ。

 ガイア連合基準で1レベル程度にも満たない今の彼女が直接戦うのは難しいが、狙撃を補助する観測手としては十分以上に有能だ。

 

「よし、行こう」

 

 一発撃ったら後ろに下がり、次の遮蔽物を求めて木陰へと転がり込む。

 

「この辺でそろそろ、沙都子ちゃんの作ったトラップゾーンだ。引っ掛からないように、細心の注意を払って」

「ナビは任せて、狩猟の女神がしっかりと見ているからね」

「ああ、頼りにしてるよ」

 

 彼ら白魔女達と行動を共にしている北条沙都子は、トラップの作成と設置に異様なまでの適性を持っていた。黒札である北条悟志の妹としての縁で金札の身分を得ている彼女だが、COMPを介して契約した妖精や地霊と協力する事でプロの罠師でも簡単には作れない、実に悪質な罠を森中に仕掛けて回っていた。

 メシア教会の弾圧から逃れて日本に逃げ延びてくるまでに相応の戦闘経験を積んだンフィーレア達白魔女でも背筋が寒くなる程の代物だ。正直、敵に回したくない。

 

 少し離れた場所で金属の弾ける音が響く。誰か……おそらくはメシアンの兵士が、トラップを踏んだらしい。

 

「くくり罠を踏んだわね」

 

 ダイアナが短く呟いた。シカやイノシシを捉えるのに多用される罠の一種────設置場所を踏み込めばバネが弾け、踏んだ敵の足を絡め取り、動きを封じる代物だ。

 

「沙都子ちゃんの仕掛けたトラップでくくり罠っていえば……」

「ええ、あれね」

 

 樹上に吊り上げられる無様を晒したメシアン兵士に、ンフィーレアは躊躇なく銃弾を撃ち込んだ。メシアン兵の背中で真っ赤な血が弾け、兵士が悲鳴を上げるが、素早くカバーに入った他の兵士からの銃撃が飛んでくるのを回避し、ンフィーレアは思い切りよく敵の命を諦めて物陰へと身を隠す。

 こちらを追い払った敵兵は悪態をつきながら、吊り上げられていた味方兵士を拘束していたワイヤーをナイフで切断して救助し────その瞬間、ワイヤーと繋がっていたグレネードが起爆して、二人まとめて物言わぬ肉塊と化す。

 最初に捕らえた敵の身柄を餌にして、救助しに来た人員ごと爆殺する悪質なトラップだ。

 

「あんなものを平然と作る小学生って……」

「子供って怖いわよね」

 

 その隣では、分かり易い落とし穴を迂回した別のメシアン兵士が、狙い澄ました位置に埋まっていた対人地雷を踏みつけて結局落とし穴に転がり落ち、中に植え込まれていたスパイクに串刺しにされ悲鳴を上げる。木の枝を削って尖らせただけのスパイクだが、ノロイ酒を混ぜた油脂に呪鉄製の鉄粉を練り込んだ特別製の塗料が塗りたくられており、呪殺属性と弱い即死効果を帯びている致死性の代物だ。

 穴に落ちたメシアン兵をヘッドショットで撃ち抜いてからゆっくりと後退し、落ち着いて全体を見下ろせる高台へと陣取ったンフィーレアは、狙撃銃のスコープ越しに敵兵の様子を観察する。

 

 無造作に転がった宝石をブービートラップと見破ったメシアン兵は、それを回避して踏み込んだ物陰に仕掛けられたトラバサミに引っ掛かり、悲鳴を上げたところを他の白魔女から狙撃されて処理された。

 森の中に落ちていたグラビア雑誌を拾い上げた天使は、そこに括りつけられたワイヤーグレネードと蟲毒皿で数人の味方を巻き込んで爆死。

 結ばれていた草に足を引っ掛け、転んだメシアン兵士が手を突いた場所にはちょうど対人地雷が仕掛けられており、悲鳴を上げた味方へと駆け寄ったメシアン兵の脳天を落ちてきた丸太が粉砕した。

 頭上から落ちてきたトゲ付き丸太を回避した位置には、ちょうど足首が嵌まるサイズの小さな落とし穴が仕込まれており、その奥に垂直に固定されていた弾丸が圧力で点火され、足首を撃ち抜かれて転がったメシアン兵の首を、立ち木の間に張り渡されていたワイヤーが切断する。

 

 そんな具合の地獄絵図が、森の一帯で展開していた。罠から生き残った敵を、白魔女達は物陰から的確に銃弾を撃ち込んで処理していく。

 

「ガイア連合の子供って、全部あんな感じになるのかな?」

「だったら怖過ぎるわね……」

 

 さすがにそれは、沙都子が例外だと思いたい。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

「お~っほっほっほ! 上手い具合に嵌まってくれましたわね! ……それでは、後はお任せしますわ!」

「待ってました! 行くぜお前ら!」

 

 得意げに高笑いする沙都子の指示を聞いた魔理沙は、これまでの退屈を振り払うかのように手にした箒をバトンのように回転させると、空中に浮かんだ箒の上に飛び乗って跨った。その隣で手にした剣型霊装『ラウズマカジャリバー』の切っ先を地面に突き立てた“わたし”は、その柄尻に組み込まれたカードリーダーへと二枚のカードを認証させていた。

 

《Absorb QUEEN.》

《Evolution KING.》

 

 一枚は、白魔女の信仰とも縁深い地母神ダイアナのカード────そして要となるもう一枚『死神ケルヌンノス』。白魔女達のレベルでも扱えるよう、普段は豊穣神としての側面を主としてダウングレードさせて顕現しているケルヌンノスの、自ら切り離した権能群を集約した悪魔カードは、今は“わたし”に対して預けられており。

 

 それに地母神ダイアナの月の権能を併せ、獣神としての力を引き出す事で起動する白魔女達の最終決戦霊装『ケット・クー・ミコケル』。

 

 空へと浮かび上がったその姿、直径はおよそ十メートル。その姿は最初、メシアン達の目には白い風船か何かのように見えた。それをよくよく観察してみれば、その風船のように丸く膨らんだ体躯の表面が分厚い毛皮に覆われている事に気付き、そして。

 

「────な、何だアレは!?」

「気球か!?」

「分からん、警戒しろ!」

 

 ケルヌンノスの姿を模した直径十メートルにも及ぶ巨大なキグルミの、その頭から顔だけを出した不格好な姿。そんな格好で支えるものもなく空中に浮かんでいるのが、今の“わたし”の姿────決戦霊装『ケット・クー・ミコケル』の全容だった。

 

「何でも構いません、どうせ邪教の悪魔か何かです! 撃ち落としなさい!」

 

 戸惑うメシアン達の動揺に、鋭敏なのか雑なのかは微妙なところだが存外に的確な結論を出した指揮官の女の指示が飛ぶ。その指揮に従って天使が飛び立ち、一斉に放たれた銃撃や魔法が宙に浮かぶ巨体へと殺到するが。

 

「────全然、遅ぇ!」

 

 風船のような巨体の正面、箒に跨って空に浮かんでいた魔理沙は、箒でサーフィンするようにその持ち手を踏んで箒の上に飛び乗ると、エプロンドレスのポケットから一枚のカードを引き抜いた。複雑な術式を刻まれた呪符にマグネタイトを流す事で術式を起動、発動するのは。

 

「────【彗星・ブレイジングスター】!」

 

 箒の後端が爆ぜ、【アギダイン】の噴射炎を曳いて魔理沙の箒が彗星と化し、背後に無数の光弾を散らしながら飛翔する。その箒に舫綱で繋がれていた『ケット・クー・ミコケル』を牽引しながら。

 

「来るぞ、迎撃しろ!」

「遅ぇ!」

 

 それ自体では大した移動能力を持たない毛玉風船を引きずるように、箒の後端に浮かぶ八卦型の小型五行炉から【マハラギオン】の炎を噴いて加速した魔理沙の箒は一瞬で音速超過。ついでとばかりに無数の光弾を撒き散らしながら、爆速で戦場を縦断する。

 それに合わせて魔理沙の箒から弾けるように散らばる光弾の雨はメシアン達にも降り注ぐが、それ以上にその大半はロープで箒と接続された決戦霊装『ケット・クー・ミコケル』に……それを身に纏う“わたし”へと直撃しており。

 

「痛っ! 痛、痛たたたたたたっ! 痛い痛い痛いですってぇ────ふぎゃっ!」

「我慢しな! 始めっからそういう約束だったろ!」

 

 バチバチと光弾がその真ん丸な巨体に当たって爆ぜて“わたし”が悲鳴を上げるたびに、巨大な浮遊ケルヌンノスの毛皮の下からカラフルな色合いの無数の風船が解き放たれ、空中へと浮かび、気流に乗って辺りを浮遊し始める。それらは『ケット・クー・ミコケル』を狙うメシアン達の銃弾や魔法の迎撃へと晒され、脆く弾けてそのまま爆炎を上げて破裂する。

 

 その正体────“わたし”が所有する風船爆弾の武装錬金『バブルケイジ』。『ケット・クー・ミコケル』を構成するキグルミそれ自体の中身はほぼハリボテであり、大きく広がったその中に包み込まれた内容積の大半、目一杯に詰め込まれたバブルケイジの風船爆弾。

 

「っ、爆弾か! 全員防御を────」

 

 威力で行けば、せいぜいマハザンストーン一個分。ただし数が多く、そして。

 

 破裂する度、数が増える。加えて、衝撃属性の爆発に伴って発動する【ラクンダ】【スクンダ】効果は単発なら些少なものだが、数が多ければ話は別だ。瞬く間に増殖したバブルケイジの風船爆弾が多重かつ連鎖的に起爆しながら数を増していく事により、その弱体化は決して無視できない域に到達する。

 

 そうして、メシアン側の反撃と魔理沙の攻撃の巻き添えをマトモに浴びて悲鳴を上げながら、HP補正の【三分の活泉】に加え、敵の攻撃に合わせて起爆する風船爆弾の威力を【衝撃吸収】で回復に変える事で耐久し、『ケット・クー・ミコケル』はメシアン達の隊列の上空を一気に横切る事に成功し。

 

 その牽引役である魔理沙は巨大な毛玉風船を牽引するロープを切り離すと、箒の高度を上げて浮遊する『ケット・クー・ミコケル』の頭上へと位置を取り、腰のホルダーからもう一枚のカードを引き抜いて封入された術式を解凍、最大出力で稼働し唸りを上げる五行炉を構えて、無数の風船爆弾が浮遊する背後の空間へと向ける。

 

「じゃあ本気の一発、盛大に行くぜ────【恋符・マスタースパーク】!!」

 

 極光とも見紛う閃光が、巨大な柱と化して戦場を走り抜けた。五行炉の出力を魔法薬による強化で底上げし、ありったけの魔力を一撃へと注ぎ込んで、そこに加えて霊装の補助まで加えて限界まで引き上げられたその破壊力は、魔理沙のレベル帯で普通に出せるような領域を遥かに越えている。

 それこそレベル30でしか出せないような大出力の魔力砲撃は、異界ギミックの影響でレベルを低下させていたメシアン達に防げるようなものではなく戦場を一気に横断し、そして戦場に漂う無数の風船爆弾を起爆する事で甚大な被害を叩き出す。

 

「今の一発だけで御値段……えーと、いくらになるんでしたっけ?」

「うっせぇ! 火力の為には必要な投資なんだぜ!」

 

 隊列が密集していた道路を薙ぎ払った一撃はメシアン兵の大半には回避されたものの、巻き込まれた車両群は根こそぎ吹き飛び、アスファルトの路面は融解し、地面にも大きな亀裂が走る。隊列は大混乱だ。

 

「散開! 散開しろ! このままでは的になるぞ!」

 

 まだまだたくさん生き残っているメシアン側の兵力が森の中へと散開していく。そんな様子を見て満面の笑顔を浮かべた魔理沙は、肩からぶら下げていた大型のボストンバッグから引き抜いた霊薬入りペットボトルの蓋を器用に片手で外し、ラッパ飲みにして呑み下す。

 

「どーよ、アタシの魔法! スパークだぜスパーク! 素敵で派手で格好いいだろ! やっぱ弾幕はパワーだな!」

 

 ほとんど一瞬で枯渇状態になっていた霊力が半分程度まで回復していくのを感じながら、掌の上の五行炉を再起動させようとするが。

 

「ありゃりゃ……オーバーヒートしてるなコレ。ええと、こういう時には斜め四十五度からチョップすれば……」

「それで直るのは古い電化製品だけですよ魔理沙。ガイア連合の霊装がそんな雑な造りをしてるわけないでしょう」

「いや、修復術式の起動スイッチとか言ってたぜ」

 

 熱を帯びた小型五行炉は火傷しそうなほどに熱く、八卦陣を象った外装の継ぎ目から黒い煙を吹いて、魔理沙の制御を受け付けない。そんな少女達を狙って飛来するのは、メシア教会の代名詞といえる航空戦力の天使共だ。

 

「のんびりしてる場合じゃありませんね。こっちも応戦しますけど、その前に────鈴雄さん、お願いしますね!」

「ああ、もちろん。そこは任せて!」

 

 飛行スキルを組み込んだ移動用シキガミ『フライングアーマー』────その背に立った桜咲鈴雄は右手に装備した『ヤンマーニの腕輪』がフルボリュームでBGMを奏でる中、揃えた両腕を大きく回すような変身ポーズと共に、向かい風に翻ったジャケットの裾から覗く腰のベルトバックルを稼働させる。

 

「ドッコイダー、変身────!」

 

 変身プロセスそのものは単純だ。展開型デモニカの中枢COMPである変身ベルトを起動し、キーワードと共に特定のポーズを取れば装甲が展開し、変身が完了する。ただし変身ポーズの振り付けを間違えると普通にやり直しだったりするのだが。

 

 ともあれ。

 

 全身を覆う薄蒼の鋼と、頭部に輝くエナジーボンボン型ヘイロー。アンティーク玩具のブリキのロボットを、そのままデフォルメしてぬいぐるみに仕立てたような立ち姿。装甲の強度とは裏腹に、丸みを帯びた柔らかそうな輪郭はどこかファンシーで、強そうには見えないが、親しみは持てる、そんなビジュアルで。

 

「風と大地と天が呼ぶ! 私はガイア連合ロボ部製造、超特殊汎用デモニカ『ドッコイダー』! 燃える炎の熱血α波は、誰にも負けない!」

 

 森林地帯の上空、大気を引き裂くような凶暴な機動でフライングアーマーが全力で飛翔する。その上に立つドッコイダーそのものはどうにもバランスが取れておらず、姿勢も微妙にグラついているが、ともあれ。

 

「────【本郷さん直伝岩をも砕いて発泡スチロールキック】!!」

 

 フライングアーマーの背を蹴って跳躍し、【物理ガードキル】に特殊な【石化追加】を上乗せした【飛び蹴り】が大気を貫いて一直線に迸り、先頭を飛んでいた天使の腹へと突き刺さる。接触した物体・霊体を元素変換する錬金術系の術式作用で限りなく脆くなった天使の腹部が、白い発泡スチロール片を撒き散らして弾け飛び。

 

「ブリキ人形ごときがぁッ!!」

「そういうアンタは手羽先のくせに!」

 

 そのまま全身を回転させるように身を翻し、放たれた【回し蹴り】が天使の頸椎を刈り取り、まずは一体。

 それに息吐く間もなく生成した長剣『ドッコイソード』の刀身を跳ね上げ、後続の天使が振り下ろしてきた斧を弾いて反撃の拳を叩き込んだ。

 

 それに動きが止まった敵を蹴り飛ばし、その向こうから投射されてくる魔法を受け止める壁とする。飛来する魔法は破魔が三つに衝撃一発、その大半は破魔無効の天使に対する牽制にもならないが、最後の衝撃魔法には体を揺らし、味方の魔法を背中に受けた天使は流石に体勢を崩す。その顔面にドッコイソードの切っ先を叩き込んだ。

 力を失って落下しながらマグネタイトへと分解していく天使の向こうから現れるのは、都合数十体を越える数の天使の群れだ。

 

 その中心で翼を広げる異様な天使────身体は翼を生やした普通の人型ながら、その頭部は赤を中心に無数の色をマーブル模様に混ぜ合わせたような、前衛芸術のごとき異形の球体だ。

 

「行くぞ、どこからでも掛かってこい! ……でもこう、何というか、ちょっとだけ手を抜いてくれちゃったりなんかすると嬉しいような……」

 

 空の半ばを埋め尽くすほどに溢れる白い羽根が樹冠のように陽光を遮る中、その物量に冷や汗をかきながらも、桜咲鈴雄は動揺を極力表に出さず、大見得を切る。微妙に情けない蛇足が付いているのには黙殺するとして。

 

「こういう時は~……まとめて大技で! 【デルデルデルネールアボガドントロピカルオチャノコパイパイドッコイダーエレキバンゴールデン洋画劇場ドラゴンアタ「喰らえ【ジオ】!」あべし!」

 

 大出力の電撃系スキルを繰り出そうとして、失敗。長過ぎる技名を一字一句腹の底から叫ばなければならない上、技名に合わせた振り付けモーションまでやってる内に、あっさり反撃を食らってアウト。もちろん技名を噛んだり、振り付けを間違えたりすれば最初からやり直しである。

 

「だったら、【メタルインザシーホワイトストームウインドツイスターインザ瀬戸内海タイフー「もう一発【ジオ】!」ひでぶ!」

 

 二度目のチャレンジ、失敗。脳天にまた魔法が突き刺さり。

 

「ならせめて【ドッコイダーのラッキーでストライクなスリーセブンでフィーバーしてるからお客さ「今だ、一斉攻撃!!」あはら!」

 

 無論、三度目も失敗である。

 

 容赦のないインターセプトを食らって技が出ないドッコイダーを狙って、多数の天使が四方八方から容赦のない攻撃を撃ち込んだ。距離を取っての包囲から魔法や射撃を撃ち込み、あるいは武器を手に近接攻撃を叩きつけて滅多打ちに打ちのめす。

 妙に装甲が堅く、いまだに有効打は入らないが、それも時間の問題。そう判断した球体顔の天使はスタイリッシュに指を鳴らし、周囲の天使に命令を出してドッコイダーを拘束させると、自ら距離を詰めてドッコイダーの頭部に向かって巨大なメイスを振り下ろす。

 

「ハハハ、何もできまい! そうやって手も足も出ないまま、我が【メガトンプレス】の連打を受けるがいい!」

「っ、マズい、このままでは……って痛! ちょっ、これ、想像以上に痛い! うわぁヘルメットがガンガンいってる!」

 

 繰り返し撃ち下ろされるメイスの打撃によって、心なしかデモニカのヘルメットも歪んできたような気分。いくらレベルダウンで敵のステータスが下がっているとはいえ、こうも一方的に殴られれば危機感も募ろうというもの、だが。

 そんな球体天使の脳天に横合いからの【飛び蹴り】が突き刺さる。球体天使が吹き飛ばされ、そしてドッコイダーを拘束していた天使の間に無数の銀線が走り、高速で振るわれた斬撃が天使を斬り刻んでドッコイダーの拘束を解除、自由になったドッコイダーの襟首を掴んでその場から離脱したのは、鈴雄のシキガミ『こま』である。

 

「ご主人様、そのデモニカ……むしろデバフになってませんかニャ?」

「………………いや、まあそんな事は……ちょっとくらいはないといいなーなんて思ったり思わなかったり。ほら、まあ」

 

 竹箒に偽装していた仕込み刀を納刀したこまは、ドッコイダーの姿のまま曖昧に言葉を濁して視線をそらした己の主人に向かって肩をすくめた。そんな二人に向かって、球体天使がメイスを構えて怒りの声を上げる。

 

「女神イズンの権能を奪い、林檎を司る大天使となったこの私に対しては何もできまい! さあ、終わりだ!」

 

 妨害と、数の暴力。

 

 明らかな欠陥を抱えたドッコイダーにとっては、どちらも処理しがたい状況ではあり。

 そういうあれやこれやに対処するためのこまなのだが、ともあれ。

 

「…………って、ちょっと待て、あの頭ひょっとしてリンゴなの!?」

「気になるのそっちですかニャ!?」

 

 何か臓物色というか、異様にグロいクトゥルフチックな色合いのキモイ球体が頭になってる、くらいの認識だったのだが。

 

 あれがリンゴ、という事なら。

 

 もしかしたら。

 

 微かな閃きを頼りに、逃げるよりも、あるいは防御や回避よりも、ドッコイダーは自ら踏み込み、攻撃を選ぶ。

 

 

「────喰らえ、【アップルカッター】!!」

 

 

 その結末。

 

 交錯の刹那。

 

 自称リンゴを司る大天使の頭部が八つ切りになり、綺麗なウサギさんカットで分解され、皿に盛りつけられてそのまま地面へ落下していった。残った胴体は鮮やかな血の噴水を撒き散らしながら、その血飛沫ごと生体マグネタイトに分解され、消滅していく。

 

「よし! 見たか、これが私の力だ!! ちゃんと効く技があってよかった~……」

 

 基本的にリンゴの皮を綺麗に剥いてカットするだけの技────リンゴ相手にしか通用しない技だ。だからこそ敵がリンゴ型悪魔とかの類なら御覧の通りの殺傷力だ。本当にリンゴと呼べるかどうかも微妙な敵だったから少々不安だったが、上手く当たってくれたようだ。

 

「よし、これで敵が退いてくれれば────」

 

 などと皮算用するが。

 

「おのれ、仲間の仇は私が取ってくれる!」

「私も行くぞ!」

「手を貸してやろう。ヤツを倒すのは私のはずだったのだ!」

 

 予想通りというか何というか、誰一人逃げ出すような相手はいない様子であり。

 

「ですよねー……」

「当然ですニャ」

 

 肩をすくめるこまと二人で、襲い掛かってくる天使を片端から撃破していく。

 

 剣を手に飛び掛かってくる天使の首をこまの抜刀術が刎ね飛ばし。

 白菜に羽根を生やしたような異形の天使が伸ばしてくる蔦のような触手を【草殺しアタック】で枯らし、反撃の【みじん切りエルボー】で斬り刻み。

 バラの花弁を舞い散らしながら【ファイナルヌード】を披露しようとした天使を蹴り飛ばし、その額にこまが投擲した『コックローチメモリ』が突き刺さって、ゴキブリの生体相を強制インストールされたゴキブリ怪人へと成り果てた天使を【ゴキジェットハリケーン】が即死させ。

 その背中を盾に接近してきた魚型の天使をこまの刀が綺麗な三枚おろしに切断し、それでも【食いしばり】で踏みとどまった敵を【裏返しいらずの炭火焼きファイヤー】でこんがりと焼き上げて。

 

 香ばしいサンマの匂いが漂う中で、背中合わせに立つデモニカ変身ヒーローとシキガミ、二人。

 

「本当は効くかどうか微妙だけど……まとめて片を付ける! 喰らえ【カーネルサンダー】! ……って、うわ本当に効いた!?」

 

 周囲の空間を埋め尽くす勢いでドッコイダーの両腕から放たれるのは、高出力の電撃魔法と斬撃による複合攻撃。追加で発生した小麦粉と卵黄に加え、ガーリックパウダーとブラックペッパー、チリペッパーを始めとする各種調味料が高速撹拌、ぶつ切りにされた鶏肉を柔らかくコーティングし、電撃魔法によって発生した電熱に加えて高熱の油が、適切なサイズに斬り刻まれた天使の肉をジューシーに焼き上げる。

 

「最近何やら『穢教鳥』とか呼ばれるようになったせいで、鳥要素が実装されたりしたんじゃないんですかニャ?」

 

 こんがりと調理されて落下していく天使の唐揚げを一つ、掴み取って口に運んだ魔理沙の批評はといえば。

 

「────うん、ケンタッキーの味だな」

 

 ガイア連合調理部謹製、対鳥類スキル。ドッコイダーに搭載されている日常密着系スキルの中では、まだしも対象が広く、扱いやすい部類に入る技である。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 ちょうど市街と山中との境界付近、関越自動車道がトンネルへと吸い込まれていくその間際の位置にジープを停め、高架から眼下の戦場を見下ろしている男達、三人。高速道路のド真ん中に停車してのんびりとくつろぐなど普通なら交通マナー違反もいいところだが、一般市民などいるはずもない偽りの魚沼市においては誰かに咎められるものでもなし。

 

 その傍らには、メシアン兵の制服を着た人間が身動き一つする事なく寝かされ、丁寧に並べられている。呼吸もあり、時折その身を震わせるように身動きする事で、意識を失っているとはいえ彼らが生きていると視覚的にも分かる────だからこそ異様な光景だ。

 

「とりあえず、これで全員かな?」

「サーシェスニキに送ってもらったリストに載ってる顔は、これで全部だよ。念のため一応、整形やクローンじゃない事も確認済み」

「いくらメシアン洗脳済みって言っても、洗脳されただけの人間を黒札やガイア連合の人員が殺したって非難されるのは、あまりよろしくないからね」

 

 手元のPDAに表示されたリストには顔写真と、そして顔の主の大雑把な来歴が一通り記されている。内容の濃さは履歴書程度の代物だが、意識を失っているだけの兵士達がメシア教会過激派に捕縛され、そして洗脳されて使い捨ての特攻部隊に仕立て上げられるまでの過程が、余計な情を挟まず端的に、しかし分かり易く記述されている。

 

「うっわ……めっちゃ読みやすい」

「傭兵っていうから荒事専門職だと思ってたけど、こういう書類仕事もできるのか。……傭兵として上に行くにも頭が良くなきゃ務まらない、って事か」

「サーシェスニキには感謝しないと。それに、サーシェスニキを紹介してくれたパピヨンニキにもだな」

 

 進行中の仕事の内容に割り込む急な依頼をこちらの事情も聞かずに請けて、それでいて確実に仕事もこなしてくれた傭兵。後ろ暗い部分、表に出せない部分が多い彼らにとっては、非常に有り難い存在だ。

 

「よし……これで今回の仕事も一段落だな」

 

 紛れもなくガイア連合に所属する黒札の一派ではあるが、魚沼支部の所属ではなく、そもそも今回のイベントにおける正規の参加者やスタッフでもない。強いて語るならボランティア────あるいはチートプレイヤーか。仮にも低レベル異能者向けの催し、そこに歴戦のアサシンが踏み入れば経験値泥棒の誹りは免れず、遠慮するくらいの良識は持ち合わせている、のだが。

 

 そんなイベントにおいて“救われない者達”の救出が、男達が本日この偽りの魚沼市へと入り込んだ仕事であった。哀れな被害者ではあるが救出するにはコストとリスクが掛かり過ぎ、通常なら放置するのが合理的……そんな存在ではあるが、腕を錆び付かせないための実地訓練としては都合よい、という“勝手な都合”を嘯いた男達により、こうしてささやかな救助作戦が実施されていた。

 

 そんな救出作戦も、残すは撤退作業のみ。

 

 一仕事終えた男達は高架の上から、絵画らしくデフォルメされていながらも本物に見劣りしないリアリティを備えた偽りの魚沼市の光景を見下ろしていた。魚沼市の辺縁部を走る高架道路からは、戦場となった市街の様子がよく見渡せた。そこまで高い建物がないから、見晴らしもいい。

 だから眼下、偽りの魚沼市、郊外にて、国道上を進軍しようとしたメシアン側の聖歌隊が、炎に包まれる様もよく見える。鳥煮亭総合学園の学生集団による、自動兵器を駆使した“遠方からの安全なメシアン駆除”によるものだ。

 

「うん、録音とはいえ、さすがは人魚ネキの歌声だ。ここから聞いていても頭がクラクラする」

「精神耐性もしっかり入れてるはずなんだけど……確かあの人、【精神貫通】も権能レベルに鍛えてたっけ?」

「ちょっと分からないけど、どっちかっていうと【歌唱貫通】とか【音楽貫通】、【芸事貫通】とかその辺じゃないかな? 歌声なら衝撃神経破魔呪殺属性とかまとめて全部貫通してきそうな」

「あー、ありそうありそう」

 

 体内の生体マグネタイトの循環を加速させ、一時的に状態異常耐性を高めながら語り合う。嵌まってしまえば壊滅あるのみの精神耐性は破魔呪殺と並んで基本中の基本、当然男達も普段から相応の耐性装備を揃えてはいるのだが、それらもあまり機能していないのは、機械再生された音源である高位異能者の力量によるものか。

 

「【子守唄】搭載ドローンによる足止めからの、パンジャンドラムを使った爆撃で大型標的を撃破。後は後続の掃討部隊が……うん、来たみたいだな。やっぱりデモニカで編成した部隊か」

「ゲテモノ兵器ばかり使っている割には、使い方が理に適ってるな。道具の特徴をよく掴んでいる。結構優秀な指揮官がいるみたいだね。魚沼シェルターの未来は明るいな」

 

 パンジャンドラムの爆発によって破壊された路面をものともせずに進軍してくるのは、デモニカ専用オプションともいえるバイク『ガードチェイサー』に搭乗したデモニカ『G-3マイルド』の集団だ。

 デモニカの火器管制機能でサポートされた的確な狙いでもって手持ちの火器を運用し、擱座した車両を盾に抵抗を続けているメシアンの残兵を駆逐していく。

 

「……おっと、忘れるところだった。早いところ撤収しないとマズいだろ」

「そうだな。画家の目を逃れながら絵の中を動き回るなんて真似、いつまでも続けられるとは思えない。北斎ネキの能力からしても、いつ見つかっても不思議じゃないからな」

 

 地面に直に寝かせていた元洗脳兵達を片っ端から手持ちの空間拡張壷中天バッグへと放り込み、撤収の準備。それが終わったら手持ちの簡易シキガミを呼び出し、【トラポート】の準備を始めようとした、その時。

 

 

「────貴様等、何者だ!?」

 

 

 唐突な誰何の声が響く。三人組にとってこれ以上ないくらいによろしくないタイミングでこの偽りの魚沼市に踏み込んだ声の主────白と青に彩られたメシア教会の修道服を着た修道女の集団、約五十人。

 

 どうやら近接格闘系の異能者で揃えた部隊であるらしく、彼らの手には標準装備のアサルトライフルだけでなく、打撃を強化する目的か、頑強な金属製のリベットが打たれた革のベルトが巻かれている。ちょうど古代ギリシャのボクシングで使われたヒマンテスと呼ばれる代物だが。

 

「否、問うまでもないな。ガイア連合の異能者か。ちょうどいい、手柄が欲しかったところだ。我が聖拳を受ける栄誉をくれてやろう。このヒマンテスは洗礼を受けて無垢になった幼児の革から作り出された特別製でな。“素材”の親だった異教徒共も涙を流して喜んでいた逸品だよ」

 

 無垢に“なった”────その言葉に、男達の視線が険を帯びる。霊装の作成をも得意分野とする彼らの【アナライズ】は、その悲惨な製法や用途が何の偽りもなく間違いなく事実であると告げていた。

 

「なるほど。ただの外道か」

「いつものメシアン」

「なら、考える余地はないな。コイツらが一瞬でも長く息をしているのを許すくらいなら、北斎ネキに見つかって〆られる方が遥かにマシだ」

 

 男三人、肩を並べて前に進み出て、拳を固める修道女と向かい合う。その様は挑戦者の挑発を受けてリングに上がるチャンピオンにも似て、しかしその歩みに染み付いているのは十字架を背負う聖者のような重苦しさか────あるいは、打ち消せない生臭さか。

 

「名乗れ、ガイア連合。我が勝利を飾る敗者として高く掲げてやろうではないか!」

 

 しかし男達の姿に無駄な緊張も、あるいは過度の弛緩もなく、自然体そのものであり。

 

「名乗れだってさ」

「ただのクズが一丁前に大物ぶってさ」

「でも、まあ名乗ってやろうよ、せっかくだから」

 

 

 そうして。

 

 宣告する。

 

 傲岸なる“ただの外道”に、鉄槌を下すかのように。

 

 たとえそれが、正義でなくとも。

 

 

純愛(アガペー)────仮面の聖咎執行人(マスクド・イクスキュレーター)……レイプ」

 

 逞しい筋肉を隆起させた黒覆面の男が堅実にして隙のない拳法の構えを取れば、いつの間にやら火薬でも仕込んでいたのかその背後で赤い爆煙が弾け。

 

純情(ピュア)────仮面の聖咎執行人(マスクド・イクスキュレーター)ファック」

 

 鳥のクチバシにも似た無機的な銀のペストマスクが、感情が伺えないからこそ感じ取れる凄絶な憎悪を漂わせたまま淡々と告げれば、背後で青の爆煙が上がり。

 

情熱(パッション)────仮面の聖咎執行人(マスクド・イクスキュレーター)フェアレッツェン」

 

 騎士兜にも似た面長の仮面をかぶった男が、その仮面の下に隠された憤怒を押さえ込むように冷静に名乗りを上げ、その背に黄色の爆煙を上げ。

 

「「「我ら、仮面の聖咎執行人(マスクド・イクスキュレーター)!!」」」

 

 声を揃えて名乗りを上げた三人が両手の指でハートマークを形作ると同時、再びその背後で三色の爆煙が上がる。

 わざわざ昭和特撮風味の演出などしている辺り、実に余裕だ。

 

 

 

 そうして、修道女の部隊長は。

 

 

「仮面の三人組……知っているぞ、貴様ら────仮面ライダーレイプ!!」

「「「ええっ!? そっちで呼んじゃう!?」」」

 

 

 仮面の聖咎執行人を名乗る三人組は、思わずがっくりと肩を落とした。

 

 

 黒札の中にも多数存在する特撮好きに遠慮して自粛した過去の名乗りであるのだが、どうやらそっちの方で覚えられていたらしい。

 

 語呂がいい方が通りが良く、人の記憶にも残りやすいのは、当然の話だったりなんかして。

 

 

「元より我ら、貴様らのように快楽を武器とする黒札に対抗するため、自らの肉体を改造した身! 我らメシア教会の技術力、思い知るがいい!!」

 

 

 その場で修道服を勢いよく脱ぎ捨てると、全裸に頭巾とブーツというマニアック過ぎる服装で襲い掛かってくる修道女達を前に、微妙にずれた雰囲気のまま戦闘に突入するのだった。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 それとほぼ同じ頃。

 

 山脈一つを隔て、遠く離れてガイア連合霊山同盟支部、その最奥に位置する支部長室。

 

 そこに置かれた執務机の上で、忙しくキーボードを叩きながら次のプレゼンの為の資料を作成していた少年は、ふと顔を上げた。

 

「…………む、これは」

 

 そんな彼に、同じく支部長室に置かれたトレーニングマシンの上で、肩にバーベル二本を担いだ状態でのスクワットを続けていた男性が声を掛ける。

 

「どうした、ハルカ?」

「いえ師匠、ちょっと今、仮面ライダーの名にかけて、何が何でも始末しなければならない相手が現れたような、現れていないような、そもそも敵じゃないような、それはそれとしてとりあえず滅しておきたいような………………そう、具体的には魚沼シェルターの辺りに」

「色々曖昧なのに地名だけいやに具体的だな……一丁占ってみるか」

 

 肩のバーベルをその場に置くと、男は近くの卓の上に置かれていたカードケースを手に取って、取り出したタロットカードを軽くシャッフルして数枚のカードを引き出した。つい先日、お忍びで訪れたばかりの場所でもあり、男自身もそんな事を言われれば、それなりに気になるというものだが。

 

(喪失からの回復を示すカップの6と、正位置の『隠者』が三枚……あぁ、アイツらか。なるほどな、大体分かった。ハルカの運命力が“仮面ライダー”の言霊に感応したか)

 

 声には出さずに結論付けると、さらに数枚のカードを引いて出た目を確認するが、目立った危機が迫っている様子もないようだ。

 

(アイツらには対探知術式の構築が甘い……と言ってやりたいところだが、これは感覚ならぬ運命力による察知……言うなれば仮面ライダーBlackがゴルゴムの仕業に気付いて出てくるようなものだからな、正直どうしようもねぇよ、こりゃ。これも強過ぎる“主人公補正”の弊害ってやつか……BC事件のあれやこれやといい、頭の痛いところだな)

 

「そっちについては問題ない。確かに今の魚沼はちょっとしたイベントの真っ最中だが、現地にも黒札や他の異能者がわんさかいて、今のあそこはソイツらの為の舞台だからな。今のお前が飛んでいったら、そりゃ経験値泥棒になっちまうぜ」

「なるほど。じゃあ僕の……“仮面ライダーギルス”の出番はありませんね。素晴らしい事です」

 

 そうして、少年は普段通りの仕事に戻り。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 遠くから、時間を告げる鐘の音が聞こえてくる。壁に掛かった時計の針が、その音から数秒遅れて正午を指した。

 

「失礼いたします────」

 

 北斎ネキこと葛城北斗が筆を執り、絵画として描き出した“偽りの魚沼市”────その本体である絵が置かれている、鳥煮亭総合学園・体育館の扉を開き、大型のカートを押して歌住桜子が入ってくる。カートに乗せられているのは、体育館に詰めている北斎ネキと彼のシキガミであるルルイエ異本、その傍らでお目付け役を務めている秋葉ほむら、そしてついでに自分用の昼食、四人分だ。

 

 メシア教系統の術を扱う一神教調和派シスターフッドは、対メシア教に特化したクソギミック搭載の偽りの魚沼市とは限りなく相性が悪いため、前線には出られない。そのため今回は裏方に徹しているシスターフッドであるが、そのトップである歌住桜子が今回請け負っている仕事は存外に多い。

 今回のイベントにおける会場の設営や運営、警備なども鳥煮亭総合学園・生徒会と歩調を合わせており、また手薄になった魚沼市内の警邏などもシスターフッドの仕事に含まれていたのだが。

 

「こうして十二時ちょうどに休憩が取れるって事は、想定外の事態もなく、概ね予定通りって事でいいのかな?」

 

 外での昼食の手配などは鳥煮亭総合学園・生徒会が請け負っている。こうして昼食を運んでくる雑用は本来、シスターフッドのトップである桜子が行うような事でもないのだが、それを皮肉るような北斎ネキの言葉にも、桜子は涼しい顔で答えていた。

 

「ええ。皆様、予想以上に優秀なようで。当初警戒されていた通常空間と認知異界の双方からの両面作戦も起きていない様子ですので」

 

 実際は、早朝からろくに休憩していないため、いい加減休めと部下達に追い出されたのだが、桜子はそれをおくびにも出さず、顔色一つ変えていない。本当は貧血気味でもあるのだが。

 

「そりゃそうだ。いくら天使がデフォルトで飛べるからって、何も考えずに魚沼に侵攻したらロボ部の機体に制空権取られてあっという間に潰されて終わりだしね」

「まあ数で攻められたら数相応に討ち漏らしも出るだろうから、外縁の市街……旧スラムなんかに被害が出ても不思議じゃないけれど」

 

 その為のスラム取り込み政策であるから、ある意味成功では、ある。そんな具合に、ほむらは内心で付け足しもした。

 

「で、食事は定番のガイアカレー……じゃないな。カツ丼かな?」

「新潟名物、タレかつ丼です。郷土料理でガイアカレーと同等の効果を再現できた成功作だとか」

 

 トンカツに甘辛いタレをかけ、ご飯の上に乗せた丼ものの料理だ。肉はガイアミートから量産されているデモノイド・デミフリムニルだが、味そのものは終末前の豚肉と比べても遜色ない。

 偽りの魚沼市で戦闘中の戦闘班にも、これと同じものが配給されているとの事。

 

「ちなみに攻め手のメシア教会側は何食べてると思う?」

「普通にパンとブドウ酒……いえ、向こうの組織体質上、下級戦闘員の糧食は限界まで切り詰めていてもおかしくありませんから、アルコールは出ませんね。醸造なんてできる余裕もないでしょうし。聖書の伝統を守るなら、無酵母パンと水で我慢しているのでは?」

 

 それでも終末前────全地球的に地脈が秩序属性に染まっていた半終末期なら略奪でそれ相応に豊かな食生活を送っていたらしいが、かつての有利条件が悉く潰されてしまったこの終末期において、生産性なき残党勢力に成り下がったメシア教会過激派の下っ端に豊かな食生活などあるはずもなく。

 

「……参考までに、上の方は?」

「豪華な年代物のワインと上質なパン、牛や子羊の肉料理に、魚も出るらしいですよ。以前、終末前に過激派の上級司祭が動画配信しているのを見た事があります。確か『【格差社会】上級司祭のワイが、下級兵士の前で上級向けフルコースを食してみた【身分は絶対!】』とかいうタイトルだったかと」

「うーん、身分差別!」

 

 上級司祭も下級兵士も同じものを食べているかと思えば、伝統の中にも上と下では格差があるらしい。ある意味、秩序側の勢力らしいといえばその通りだが。

 

 ともあれ、そんな具合で雑談しながら食事を続けていると。

 

「あ」

 

 何かに気付いた様子の北斎ネキが顔を上げた。

 

「ルルイエ、銃」

「いえす・ますたー」

 

 ルルイエは食事の手を止めて箸を置くと、その身を一丁の銃へと変化させる。武器型シキガミ・ルルイエ異本────魔銃形態『スプラシューター』。緑を基調としたカラフルなカラーリングは、丸みを帯びた寸胴のフォルムと相まって武器とは見えず、銃身上部に接続されたタンクと合わせ、水鉄砲の玩具にしか見えないが。

 それを片手で構えた銃身の指し示す先を、丼を抱えたままのほむらと桜子は凝視するが、しかしその先にあるのは何の変哲もないただの壁。目を瞬かせた二人は再び北斎ネキへと視線を戻し。

 

「シュート!」

 

 躊躇なくトリガーを引き絞った北斎ネキの銃口から射出されたのは、絵具の弾丸だった。壁に着弾して弾けた絵具の塊は壁面の上で蠢いて形を変え、一枚の扉の絵を描き上げる。平面でありながら騙し絵のような立体感を持ったその扉が音を立てて開くと、そこから歩み出てきたのは、実に奇怪な風体の三人組だった。

 

「いやあ、対スケベ部仕様の改造人間は強敵でしたね!」

「まあ外科手術で全身の性感帯を取り払った程度でいい気になられてもね、【ディア】で一発だしね」

「何なら極論、脳神経や魂に直接【ハピルマ】か【マリンカリン】でもオッケーなわけだからね」

 

 筋骨を逞しく発達させた全身を覆うピッチリスーツはまあいいとして、三者三様のデザインで顔を隠した仮面が怪しい。そういう装備だと言い切ってしまえばそれまでだが、それ以上に担いでいる荷物がヤバい。シスターの頭巾をかぶっただけの全裸女を担いでいるのが、一番怪しい。

 

「……って、ここ拠点じゃない!?」

「マジだ! どうなってんの……ってウワァ北斎ネキ!? ヤっバい普通に見つかってた!?」

「マズいぞ、どうする!?」

 

 本当なら拠点に直帰するはずが、全く違う場所に出てしまって冷や汗を流す三人組とは対照的に、ほむらと桜子は無言のまま顔を見合せた。そうして二人は視線を戻し、不審という言葉を映像化したがごとき格好の三人組に向かって問い掛ける。

 

「…………変質者?」

 

 心臓を抉るように容赦ない言葉に思わず胸を押さえた三人は、顔を突き合わせてその場で相談を始める。

 

「違う! 我々は……えーと…………どうしようカズフサニキ、こういう時、どう弁解していいのか分からないぞ!」

「いや、俺に聞かれても……」

「とはいえ、ここは何か言わないと非常にマズいパターンなのは間違いない! 早く何か答えないと……」

「こういうケースは完全に想定外だ。何を言っていいのか全く分からん……!」

「あのー……早く答えてくれませんか?」

「も、もうちょっと待ってくれ! まだ意見がまとまっていなくてだな」

「もう普通に撃ってしまいませんかほむらさん」

「ストップストップこういう時はお互いに冷静にだな」

「冷静に射殺すればいいそうですよほむらさん!」

「桜子さんも少し落ち着きましょう。こういう時はとりあえず仕留めてから考えればいいんです!」

「待って! 本当に待って!」

 

 その場に一旦の沈黙が落ちる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 気まずい沈黙が、生温かい風となってその場にいた面々の間を軽く吹き抜けていく。そんな中、無言のままにほむらと桜子はそれぞれの武器を抜いた。

 

「待て待て待て落ち着けストップストップ! 我々は怪しい者じゃない!」

「それ一度鏡見てから同じ事言えます!?」

「何一つ言い返せる要素がない!」

 

 銃と刀を手にじりじりと距離を詰めてくる二人に向かって三人組が弁解するが、二人は足を止める様子はなく。そんな一同の様子を見て、北斎ネキはただ首を傾げた。

 

「いやいや、そうはならないでしょ普通。確かに見た目は不審者っぽいけどガイア製の霊装ならいつもの事だし、別に驚く事でもないじゃん。捕まえてるのだってメシアンのシスターだし、どこからどう見てもガイア連合側の仕事でしょ? そもそもそこの三人、普通に黒札だし」

「「「普通にバラしたぁ!?」」」

 

 常識というものを異界の奥底に投げ捨ててきたがごとき普段の行動からは想像できない程に論理的なツッコミが繰り出され、ほむらは何者だコイツ、と北斎ネキを白い目で睨んだ。そういう真っ当な思考回路があるなら、普段からそれくらいはやっておけ、と言いたいところであり。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 再びの沈黙。互いの間合いと呼吸と距離感と常識を測りながら、二人と三人の間に張り詰めた緊張感で形作られた沈黙が満ちる。

 

「それで、あの……」

「何でしょうか?」

 

 いまだ銃を下ろす事はせず桜子が口火を切り、深く腰を落として不慮の動きにも対応できるように構えを取った覆面の男がそれに答える。互いに油断なく、緊張の糸一つ切れれば殺意の応酬が始まる、そんな空気の中で────北斎ネキは何一つ空気を読まず、口にした。

 

「とりあえず問題ないみたいだし、僕からは何もないから帰っていいよ」

「「「「「え!? いいの!?」」」」」

 

 その一言でほむらと桜子はがっくりと肩を落とす。何か色々と台無しになったグダグダな空気の中、心底疑問に思っています、と全力主張する顔の北斎ネキは首を傾げた。

 

「え、何この空気?」

「「「「「アンタのせいだよ!」」」」」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 すっかり冷めてしまったカツ丼をほむらの火炎魔法で温め直してもらいながら、桜子は重い口を開いた。

 

「……あの三人、本当に帰してよかったのですか?」

「そうだよ。あれ呼んだのは、あのまま出ようとしてたら紙の裏側にこっそり描いてた殺人トラップゾーンに踏み込むところだったからだからね。正規ルート以外で脱出しようとすると嵌まるヤツ。実際に嵌まるかどうかは知らんし、嵌まってもあの三人ならギリ脱出できたかもだけど、まあ一応ね」

 

 ずっと監視していたほむらが見ていた限りそういう素振りは一切なかったが、慌ててキャンバスの裏側に回って紙裏を確認してみれば、なるほど確かにそれらしい絵が描かれている。

 半分くらいはほむらでも読み取れないか、読めても理解できない、あるいは理解しても意味がないような術式ばかりだが、とりあえず自分が踏み込めば死ぬという事実は理解できた。

 

「むしろ帰さなきゃ多分、死にはしないけど厄介っていうか面倒な事になってたよ」

「そう、なのですか?」

 

 カツ丼の残りを口に放り込んで美味そうに食べながら、北斎ネキは首を上下に動かして頷いた。

 

「気配と音を抑えて、環境に溶け込む隠密行動を前提にした歩法が染み付いた歩き方の癖。マグネタイトの塊である悪魔じゃなくて、生態として呼吸をする人間を相手にするための格闘の癖が滲むリズムと間合いの測り方。つまりは、単純に悪魔相手の奇襲攻撃が得意なだけじゃなくて、影から人間を仕留める職人芸を身に着けた黒札だ。あれ、ガイア連合内部の汚れ仕事担当とか、そういう役目の人だよ。下手に邪魔したらロクな事にならない」

 

 邪魔したのはコイツなのだが。

 

「どうしてそういう事は分かるのに、常識という概念を理解できないんでしょうね……」

「あの、私に聞かないでいただけますか……」

 

 遠い目をするほむらから、桜子は視線をそらして明後日の方向を見つめる。今日も空が青い……などと韜晦するには、体育館の窓は小さ過ぎる。

 

「それ以前に、どうして黒札だって分かるんですか? 仮面、着けてましたよね」

「そりゃ知ってる人だったしね。個人研究勢だけど、ロボの開発にも参加してくれてたよ」

「………………どうして、そんな事が分かるんですか? あの仮面、滅茶苦茶高性能の認識阻害霊装でしたよね。直に顔を合わせても個人を表す特徴が仮面のデザインしか認識できないくらいの」

 

 実はさっきの三人組とグルだったのか、と暗に疑念を向けたほむらの視線にもほとんど動揺を示す事はなく。

 

「どうしてって、あれを抜ける人とか、黒札には割といるよ。普通に認識阻害の抵抗を抜いたりとか、過去視や未来視で“まだ偽装してない状態”を見通すとか、結構なレアケースだけど何かしらを隠蔽した時点で“隠された真実”の方を知覚してくる能力者とか。僕の場合はモザイクの掛かり具合から本来のカタチを逆算して。顔隠されてても、まあ骨格の形とか、筋肉の付き方とか、皮膚の張り方とかそんな具合で」

「…………人体を人形とか工業製品みたいに表現されても」

「って言われてもなー、実際問題、人体構造を機能的に解釈していくと結局そういう方向性に行ったりするからねー。デッサンの基本だよ」

「そんな、画家だから当然みたいな事を言われても……」

「実際、画家だからね」

 

 何でもない事のように言い捨てて、北斎ネキは肩をすくめる。

 

「何にせよ、田舎ニキなんかは知ってると思うよ。支部長だからね、暗部とかそういう部署の人が動く以上、支部長格には話の一つも通してあるでしょ。その上でほむらに話が行ってないって事は、そういう事なんじゃないかな」

「……なるほど」

 

 実際には、そういう事でも何でもないのだが。

 

 実のところ“仮面の聖咎執行人”の正体はガイア連合の正式な部署でも何でもなく、KSJ研が独自に運営し、過激派・穏健派問わずメシア教会に対する隠密裏の内部破壊活動を行う個人経営の独立部隊────ある種のボランティア団体である。

 一部秘密裏に他の黒札幹部からの支援を受けたりもしているが、それはそれとしてガイア連合そのものからのバックアップもないし、何ならその活動に対して何かしらの収益が発生する事もない。

 

 この事が元で、実際には何も知らなかった田舎ニキが後になってほむらに問い詰められて困惑する事になるのは、また別の話である。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 歪んだ形で召喚され、大天使として顕現したアイホートの体表で、炎塊が弾け、業火を散らす。ささくれ立った金属塊を擦り合わせたように耳障りな悲鳴がホールに木霊し、その残響を引き裂くような銃声と共に銃弾がアイホートの甲殻へと突き刺さった。

 翼を生やした無数の天使を一塊に無理矢理押し固め、出来上がったような異様な姿。その節脚は蟲のそれというよりは、天使の翼を細く捩り合わせて引き延ばしたようにも見えて、その先端は槍のように鋭利に尖っている。それを武器のように振り回すアイホートの【暴れまくり】を潜り抜けたアツコは、全方位に照射される【放電】と【テンタラフー】に距離を取って回避しながら牽制の銃弾を撃ち込んでいく。

 

 そんなアツコを追い掛けるように多脚を振り回すアイホートだが、そちらに気を取られていれば。

 

「せーの!」

 

 ミカの上げた掛け声と共に床から噴き出す白い奔流は、噴水のように見えてその実ダイヤモンドに酷似した【水晶の壁】だ。仮面ライダービルド・ゴリラモンドフォームの機能により展開した結晶壁でアイホートの移動範囲を限定しながら、着実にその余力を削っていけば。

 

「そろそろ来るんじゃないですかねー!」

「ああ、分かっている。ミサキ、任せた!」

 

 限定的な未来視を使っていたヒヨリの上げた警告に従って、ミサキは肩に担いだロケットランチャーの引鉄を引く。笛を吹き鳴らすような風切り音を上げ、亜音速の砲弾が射出されるのに一拍遅れ、アイホートがその全身から無数の落とし子を放出する。

 一瞬だけ膨れ上がったように見えたその巨体から流れ落ちるようにして迫るアイホートの落とし子の群れはまるで波濤にも似て、捕らわれれば数に任せた捕食によって数秒で物言わぬ白骨に成り果てるような代物だが、先手を打って撃ち出された砲弾がその只中に着弾し、その爆炎で一帯を炎上させる。

 

 単純に火炎属性を弱点とし、さらに数が多い分、その体躯は小さく、体力もない。だから単純にまとめて焼き払ってしまえばいい。対処を間違えなければ、そこまでの脅威にはならず。

 

「そして、これで終わりだ────!」

 

 仮面ライダービルド・ラビットタンクフォームに変身したサオリがビルドドライバーのクランクハンドルを廻すこと数度、ドライバーにチャージされた生体マグネタイトが両脚部へと収束されると共に、畳み込まれていた装甲護符がドライバー内部から多重展開し、緩やかに波打つ曲線を描いた関数グラフを象って、暴れ狂うアイホートを拘束する。

 

〔Ready GO! ──── Vor-TEC FINISH!!〕

 

 装甲グラフの上を滑走しながら加速し、飛び蹴りの体勢で射出された仮面ライダービルド・ラビットタンクフォームの【雷霆蹴り】がアイホートの甲殻を貫通し、反対側へと突き抜けて────【食いしばり】で耐えたアイホートが複数の節脚を螺旋状に束ね、槍のように突き出す【地獄突き】を放とうとする刹那。

 

「後は任せたよ!」

「任された!」

 

 ミカが再度展開した【水晶の壁】にて反射した【雷霆蹴り】が節脚の槍先を潜り抜け、アイホートの巨体へと再び着弾。その霊基がガラスのように砕けていくと共に、白く塗り潰されていた精神の迷宮にも無数の亀裂が走っていく。

 

「……終わったか」

「みたいだね。大きい癖に、案外大した事はなかったね」

 

 ミカとサオリが過熱したドライバーからフルボトルを抜き取ると、余剰の生体マグネタイトがドライバーから排気され、全身を覆う装甲が細かく分解されてドライバーの内側へと格納されていく。放熱が終わるまで、しばらくビルドドライバーは使えないが、これで自身の役割は完遂した。

 少女達を強引に結びつける事で構成されていた精神の迷宮は崩壊し、完全にそのカタチが無くなると共に、中にいたアリウススクワッドやミカも異界の外へと放り出される、はずだ。

 

「ねぇ貴方、これってどうなるの? 普通に魚沼市に帰れる?」

 

 通信の媒体になっている異界が崩壊していっているせいでノイズ混じりになっている通信越しに、ミカはオペレーターを担当している夫へと声を掛ける。通信強度は今にも途切れそうな程に頼りなく、いまだに意味のある言葉を送れている事そのものがガイア連合の技術力の高さを表していた。

 

『……いや、外に出るなら、このメメントスもどきの異界の中心にされていた子のところだと思う。空間的な位置は……魚沼シェルターの外になってしまいそうだ。迎えを手配しておくけど、気をつけてな』

「うん、お願いね」

『本当に、気を付けてくれよ。向こうで何が起きているのかも分からないんだから』

「大丈夫だって! 心配しないで待ってて。ちゃんと帰るから」

 

 それだけを告げて、ミカは口元のマイクに柔らかく触れた。言うべき事だけを伝えて、それで通信が切れた。

 

「皆、そういう事だから!」

 

 アリウススクワッドは既に全員が通信の内容を把握しており、次の戦闘に備えて思い思いに準備を始めている。

 

 主武器に簡単な整備を施し、サブアームの残弾を確認。

 防具の破損具合を確かめ、壊れた部分には簡易補修用の強化テープで応急処置。

 細かい負傷や状態異常を確認し、重傷はないのでメディカルキットや【ディア】で手早く治癒を行っていく。

 

「って、いう事は、敵の本拠地に出るって事ですね。連戦かぁ……まあ、そういうのも人生って事ですよね……え、えへへ」

「ああ。もう一戦……って事だよね。とりあえず私は問題ないよ。ランチャーはフォルマ弾倉だから弾数の回復に残り三分は欲しいけど」

 

 顔を引き攣らせるヒヨリと、淡々と報告するミサキ、表情だけは対照的だが、ヒヨリの方も結局普段通りの顔なので大差はない。

 

「いいでしょ。こんなふざけた事を企んだ奴らを殴り飛ばしにいけるんだから、むしろご褒美って事で」

「ふ、違いない」

 

 朗らかな声を上げるミカに、サオリは楽しそうに口元を吊り上げる。連戦の合間にでも、そんな表情を浮かべられるようになったのは、いつ頃からだろうか。

 

「そろそろ異界が保たない。皆、備えて!」

 

 アツコが上げた警告の声と共に、異界が完全に崩れ────眩く目を灼く白い光が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




 ようやくここまで。
 次話も鋭意執筆中。後は決着つけるだけ。


 なお、初期案だとバーベル二本持ちだけでなくケツにダンベル突っ込んだ状態で登場する案があったくそみそニキ。
 尻にダンベル突っ込んだまま最強賢者ムーブしても全く違和感を抱かないキャラ付けとは(ry。







~割とどうでもいい設定集~

・御坂美琴
 元ネタは『とある魔術の禁書目録』シリーズ。
 今回の被害者。
 ミサカクローンズのオリジナルであり、精神世界に大天使アイホートを突っ込まれてメメントスモドキ認知異界の基点にされていた。
 終末時にメシアン穏健派系統のシェルターに避難して生き残った元一般人の現地民異能者。ペルソナ使い。
 現地民異能者としては相当に強い部類。電撃使い。
 メシアン系シェルターの住民だったが、特に信者というわけでもない。元が強かったから洗礼やら加護やら無くてもそこまで問題にならなかったし、シェルターの上がメシアンの中でもかなり真っ当な上澄みの部類だったので信仰を強要される事もなかった(からこそベアトリーチェ一派に売り飛ばされた)。
 ベアトリーチェ一派によってシェルターが占拠された際にはベアトリーチェと真っ向から戦ってかなりの重傷を負わせるも、住民を人質にされたためあっさり捕まった。
 その後は手足を切り落とされてミサカクローンの素材、及び魚沼侵攻の拠点となる認知異界の発生源とされる。


・焼野原博史
 元ネタは『ガンダム00』。アリー・アル・サーシェス。
 通称はサーシェスニキ。外見はこれ以上ないくらいにサーシェスだが、何だかんだ言って中身俺らなので、そこはまあ、俺ら。
 魚沼を拠点とする独立傭兵系黒札。単純な戦闘や破壊活動などの他、潜入からの暗殺のようなダーティな仕事まで難なくこなす実力派。割と面倒見がいいので護衛や指揮、はたまた教導のような仕事も得意なコミュ強。
 専用デモニカ『ブラッドスターク』と『ガンダムアルケー』を保有する。
 シキガミは『アネモネ』。
 今回はガイアミートからの調査依頼によってベアトリーチェ一派の拠点に潜入しつつも、同時にKSJ研からの情報提供依頼を受けてそっちにも情報を流していた。

・流石兄弟
 ボンコッツ様『霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である。』より。
 情報収集に優れた双子の黒札異能者。
 今回はサーシェスニキと共にベアトリーチェ一派の拠点への潜入を行っていた。

・北条沙都子
 元ネタは『ひぐらしがなく頃に』。トラップワーカー。
 サトシニキの妹。金札異能者の小学生。金札をもらっているのは黒札の家族であるためだが、専門分野であれば実際にゴールドのランクに相応しいだけの能力は持ち合わせている。
 COMPを使った召喚使役で多数の妖精・地霊系悪魔を使役し、悪辣なトラップゾーンを作り上げるトラップの匠。

・ンフィーレア・バレアレ
 元ネタは『オーバーロード』。調薬に長けた現地民。
 白魔女一派のメンバー。“わたし”と一緒に海外から亡命してきた古参兵の白魔女現地民。
 得意分野は調薬。元々才能があり、本人の嗜好にも合っていたために大成した。白魔女の技術だけでなく、錬金術なども齧っている。
 ゲリラ兵として経験相応の実力を持つが、本人的にはできれば戦場とか出たくないし、ずっと後方で薬だけ作ってたい。
 最近は園芸も趣味にしている。

・決戦霊装『ケット・クー・ミコケル』
 元ネタは『Fate』シリーズ。
 ケルヌンノスの力を宿した白魔女達の最終決戦霊装。気球。
 作成者は宮城の先生ネキ・ウェルニキの二人。
 見た目は空中に浮かぶ直径十メートルのケルヌンノスだが、その質量の大半は毛皮の内側に包み込んだ風船爆弾の武装錬金『バブルケイジ』であり、巨体の割に内実はほぼハリボテで、格闘能力はほぼゼロ。
 自由に伸びる毛皮部分で、ほぼ水着の本体と大量の風船爆弾を包み込んだ気球。
 攻撃を受けると風船爆弾を放出するカウンタータイプの爆撃兵器。浮かんでいるだけで推進力もないため、爆撃機というよりは爆弾倉。飛ぶためには何かしらで牽引してやる必要がある。
 【衝撃サバイバ】【衝撃吸収】と、バブルケイジとの連携に特化したスキルを内蔵している。

・風船爆弾の武装錬金『バブルケイジ』
 元ネタは『武装錬金』シリーズ。
 宮城製、展開型霊装武装錬金シリーズの一つ、現地民仕様。
 爆発すると【マハザン】相当の爆発を引き起こす風船爆弾。
 炸裂と同時に数が倍増するアニメ版の仕様はほぼ完全に再現されているが、攻撃を受けた相手を縮小化する原作漫画版の効果が再現できず、それを【スクンダ】【ラクンダ】で補っている。

・ドッコイダー
 元ネタは『住めば都のコスモス荘』。
 桜咲鈴雄が保有する専用デモニカ。原作再現型の武装。
 108種にも及ぶ大量のスキルを内蔵してはいるものの、長い技名を叫びつつ振り付けも間違えずにこなさなければ技が発動しない縛りがあり、搭載スキルの大半が『強力だが技名長過ぎで実用性皆無』か『使いやすいし強力だが対象が限られ過ぎて使いづらい』の二択。
 ぶっちゃけデバフの類。
 ビジュアル的には小説挿絵版の方なので、アニメ版と比べれば多少はスマート。運動性能や重心バランスが悪いとか、そういう事もないので格闘性能はそれなりで、原作と比べればかなりマシな部類。

・仮面ライダーレイプ/仮面の聖咎執行人
 アビャゲイル様『【R-18】アビャゲイルの投下所【カオス転生ごちゃまぜサマナーN次創作】』より。
 KSJ研の正体。
 穏健派・過激派問わないメシア教会に対して隠密裏の攻撃を行う復讐者同好会。徹底的にガイア連合本体と直接的に関わらないように運営されている集団。
 直接的に利益を求める営利団体ではないため、実質的にボランティア。
 なお復讐といいつつ現在は本人達も彼らなりの本懐を遂げた後、自身の子供やその子孫が生きる未来のためと目的がシフトしている模様であり、それを果たして復讐と呼ぶのかどうか。

・対スケベ部仕様改造人間
 幸子 → メトフィエス → 過激派 とかいう負の伝言ゲームによってスケベ部の存在を断片的に聞いていたメシアン過激派が作り出した改造人間。
 全身の性感帯を外科的に切除した上で肉体を強化し、その上でレスリング的な意味での寝技により標的を絞殺するコンセプトの近接格闘型人体改造。
 なお、最初の伝言ゲームの段階から、幸子の誤情報(悪意あり)と唐変木メトフィエスの微妙な解釈違いが含まれており、実際の有効性には疑問が残るレベル。

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