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大宜味村。
沖縄県の沖縄本島北部に位置する小さな地方自治体の一つであり、場所は名護市の隣、行政区分としては国頭郡に属している。売りといえば「長寿日本一」を宣言している“長寿の里”であるらしいが……裏を返せば若者がいない過疎村、という事でもある。
実際、森林に覆われた急傾斜地が海岸部まで迫っている地勢のせいもあり、人が住める……あるいは住みやすい土地が少ないのだ。そもそも生活したいだけならお隣の名護市の方が色々と便利だし。
主要産業は山地でのシークワーサーやマンゴー、シイタケの栽培。他にも蕎麦やコーヒー、大根に茶葉。後は、シマバショウの繊維で作った芭蕉布を始めとして、木工、陶芸、漆芸、染織やら、様々な伝統工芸が伝わっているとか、どうとか。
そんな海沿いの集落から少し離れた位置に『六軸板金工業』の看板を掲げた『ガイア連合大宜味村派出所』はひっそりと営業している。大抵はジュネスを隠れ蓑にしているガイア連合支部であるが、ぶっちゃけこの辺ジュネスとかあっても客が来ないし……ついでに父の実家でもあるので、ドイツ人である祖父が病死して工場の経営権が父に移ったのを機に、父である六軸ゴルドルフ二世と一緒に大宜味村に戻り、ガイア連合の派出所を開いたわけだが。
「うーん、変わり映えのしない毎日!」
それが不満ってわけじゃないのだが。
「あらあら、どうしたのジークさん? 欲求不満?」
「ユウユウさん……いやまあ、早くシキガミ(2人目)が欲しいってのはありますけどね」
とりあえず女の子型かつ戦闘タイプって事だけは確定として、他はどうするか。ファランクスを率いるレオニダスに対して、素早く、高い機動力を持つ……猟犬のようなタイプ、か?
「まあ色々と考えても結局マッカがないと何もできませんからね、今は焦らず金策に集中しますよっと」
「そうね、それが一番。頑張ってね」
さて。
昨晩遅くまでジャパリバスの整備を頑張っていた父は、どうやらまだ寝ているらしい。毎日そんな具合で夜型の生活をしているから、六軸板金工業の朝は割と遅いのだ……シキガミ組は早起きだし、ユウユウさんが作業用アガシオンを起動するから工場の稼働そのものは早いのだが。
ともあれ。
ユウユウさんが用意してくれていたバゲットをトースターで焼いて、マーガリンを塗って食べる。食べ物にはとにかくこだわる父が厳選して買ってきたパンとマーガリンなので、実は結構いい御値段の朝食で、そして張った値段相応に美味。
残りを紅茶で流し込んで食べ終わったら、全部ユウユウさんにばかり任せておくわけには行かないので片付けは自分でやって、後は自分の仕事に入る時間だ。
「ジークさん、それで今日はどうするの?」
「裏の畑を見てくるよ。俺の担当だし」
これでも農耕に深く関わる神格を本霊に持つ身だ。だから農業関連は基本的に俺の担当……大半は簡易シキガミ任せだが、俺にしかできない仕事も当然あるわけで。
「そっか。確かそろそろ、コーンの方も収穫なのよね」
「ああ、収穫できる分は収穫して、いつでも出品できるようにしておくよ」
「そう、頑張ってね」
……とりあえず、嫁シキガミの存在が羨ましいのは仕方ない。
ともあれ気を取り直して、仕事をしよう。
「うん、あれは……」
工場の裏手に併設されている道場から、打ち合う音が聞こえてくる。多分レオニダスだろうな。小窓からちらっと覗いてみると、道場……とは割と名ばかりの、がらんとした板張りの床の上で、二人の男性が激しく打ち合っている。双方、共に得物は槍と盾ながら、その扱いは正対照といっていい程に掛け離れている。
片や、俺のシキガミであるレオニダス一世。スパルタ式の長槍に、大型の円型盾をどっしりと構えて半身を隠す防御主体の構えにて対手を迎え撃つ。
片や、現地霊能力者の束ねである『魚沼宇水』。琉球武術特有の亀甲盾に、片手でも扱いやすい短槍を手に、ゆっくりと重心をずらしながらレオニダスの隙を伺っている。
近接戦闘型のシキガミと、武術系の異能者。どちらも武術に関しては達人といってもいい領域の存在であるが、単純なレベルとステータスではレオニダスの方が圧倒的に上回り、だから相応に加減はしているはずだ。だが、それを差し引いても優勢なのは魚沼の方であるようだ。
リーチの差を恐れもせずにレオニダスの間合いの内側に踏み込んで、手首の返しを生かして巧みに捌いて短槍を操り、鉄球のついた石突での打撃を槍穂の刺突と巧みに切り替えては手数の多さでアドバンテージを取りに来ている。
「うーん、相性の問題かな」
レオニダスの槍術・盾術はあくまでもファランクス戦術を前提とした“多人数で戦うための戦闘技術”。そのため個人戦闘という面ではあまり向いておらず、対人レベルでの戦闘に秀でた琉球武術に押されるのも、まあ仕方ないといえるか。
魚沼の方も『銃火暴風怨嗟域』に単身突入して生き残り、両眼を失っても心眼を体得して自力で帰還してきたという地元現地民の中でもトップクラスの猛者というだけの事はあるか。とりわけ今はその心眼を強化するシキガミパーツを眼窩に埋め込んでいる事もあって、格上のレオニダスにレスポンスで追随できる程に強い。
────なお、魚沼は魚沼でも新潟県にあるガイア連合支部には関係ない模様。
……ともあれ、それはそれとして単純な問題として地力、特にタフネスにどうしようもない差がある上に、魚沼側から一気に勝負を決められるだけの決定力がない以上、最終的にどちらが勝つかは決まり切っている、か。予想通り、レオニダスが魚沼の握る短槍を撃ち落として試合は終了した。
がっしりと握手を交わして試合を終える二人を見送って、俺は工場の裏手を抜けて裏庭へと向かう。
「……おい、お前はやってかないのかよ」
「ああ、アンタは」
背後からかけられた声に振り返ると、立っていたのは魚沼と一緒に付いてきたのだろう現地霊能力者の一人である褐色肌の青年『伊差川糸魚』だった。背中には短槍を収めた竹刀袋と小ぶりな亀甲盾が下がっており、さっきの魚沼氏と同様の武術系異能者である事が伺える。
「……俺はまあ、武術には向いてないからな」
本音を言えばちょっと憧れがない訳でもなし、義勇さんのシキガミであるカナエさんがやっていた剣術道場で多少の心得はある。でもまあ悪魔変身してしまえば、身体の構造とかその辺からして意味が無くなってしまうからな。
頭の痛い話だったりするんだが、その辺他のデビルシフター連中はどうしてるんだろうな。
「ふん、どうだかな。そんなんで戦えるのかよ?」
「それなり程度にはね。それに、これから裏の畑で作業もあるし、サボるのは良くないからな」
「ったく、覚醒者で黒札ともあろう者が鍬握って農業かよ……そんなんで本当に大丈夫なのか?」
ちょっと偏見がある気がするが、非戦闘系でもすごい人は本当にすごいのだ。農業部とか料理部とか……後はスケベ部とかな。その道に特化した能力者がヤバいのは必然だが。
「まあ、その辺は、それなりにかな。何なら見ていくか? 一応機密もあるから外で喋られるのは困るけど」
見るだけで簡単に模倣できるような作業でもないので、見学を許可。なお、伊差川当人には分らないようにこっそりと足元にルーンを描いて契約術を使っているので最悪、下手に言いふらそうとすれば頭がパァンしてあの世行きだが。
「じゃあ行くか。こっちだよ」
「…………ふん、なら黒札の仕事とやら、見学させてもらおうじゃねえか」
そんなわけで、伊差川を伴って向かうのは裏庭の庭先に設置された小さな鳥居だ。そこを潜ると、そこにはそこそこの規模がある異界が広がっている。空に輝く太陽と南洋の空気は変わらずとも、地下深くから汲み上げられる霊脈に合わせて最大限に拡張された異界には濃密な豊穣の気が溢れ、既に外界とは異なる世界と化している。
その前庭ともいえるカカオ農園では【農業】スキルを組み込まれた一反木綿型の簡易シキガミ達が忙しく動き回り、黄褐色のカカオの実を収穫している一方で、その奥────トウモロコシ畑に関しては俺だけの領分だ。
「……って待てぃ! 何だこりゃぁ!?」
中に踏み込んだ瞬間、伊差川は飛び上がるように目を剥いてツッコミを入れた。急に叫び声を上げた伊差川に周囲にいた簡易シキガミ達の視線が集中するが、すぐ傍に俺がいる事に気付くとすぐさまどうでも良さそうに視線が外され、何事もなかったかのように作業が再開される。
「見れば分かるだろ、畑だよ」
「いやいやいやいや、畑っていうかこりゃもう異界だろ!? こんな場所あったのかよ!?」
まあ異界で間違いはない。実際、異界だ。
「作るのにはそれなりに苦労したけど、霊脈は悪くなかったからね。むしろ『銃火暴風怨嗟域』から流れてくる荒廃属性を打ち消して農業向けの霊地に仕上げるのが……って、悪い。あんまり興味なかったかな」
「ああ、いや、俺はちょっとその辺の術とはよく分からなくてだな……」
普段通りに異界内の農道を歩いていけば、伊差川は両脇に植わったカカオの樹から収穫中の簡易シキガミ達を横目で見ながら、恐々と後をついてくる。
「…………って、ここ作ったのお前かよ!? 異界づくりなんて神様の領分だろうが! 作れるのかよ、これ!?」
「いや、ここみたいに本格的なのを作ろうと思えば結構手間も掛かるし、素材も用意するのは大変になるからね」
まあ俺の場合、竜種の肉体素材を自前で用意できるから、相性のいい異界であればそこまで難しくはない。そもそも元々の霊能そのものが異界作成にも相性がいいからな。
「……もう何も突っ込まねえぞ。何で異界の中なんぞに農園作ってんのかワケ分かんねえけどよ」
「いや、これくらいガイア連合だと普通だよ。農業部だともっとデカい空間作ってる人も割といるし」
「…………マジか。って、さっきからどっち向かってんだよ。そっちは森だぞ」
「いや、畑で合ってる。ほら、あれ。あれがトウモロコシだよ」
俺が目指す先、カカオ農園を過ぎた向こう側にあるのは、畑というよりは一面の密林に見えて、絡まり合った無数の木々が青々と生い茂っている。そして何より特徴的なのは、その中からトーテムポールのように突き出した鮮やかな山吹色の円柱だ。
よくよく見れば、それはトウモロコシの房────しかし縮尺はおかしく、高さ40メートルは越えているそれが十数本、等間隔で森の樹冠の合間から大きく突き出している。実のサイズであれば、小さいものでもバスケットボールより大きいだろうか。
そう、あれこそが探求ネキが開発したトリコ再現食材の一つ────『BBコーン』だ。
「トウモロ……コシ………………いや待て待て待て待て縮尺がおかしいだろ!? どう見てもビルよりデカいぞアレ! どうやって収穫するんだよあんなモン!」
「普通に、手で」
「はぁ!? 何言ってんのオメー」
曰く『強力な火力で煎って弾けさせたポップコーンは、一粒で百人前程にもなり、圧倒的な香ばしさとコクを持ち、一口食べれば食べるのを止められなくなるほどの食欲増進効果に優れる』という話だが、その収穫をしようと思えば、立ち塞がるのは途轍もなく大きな壁だ。
────早い話が、とんでもなく大きいのだ。
BBコーンのたった一房で、高さだけでも20階建てのビルを軽く超える、といえば理解できるだろうか。ぶっちゃけガンダムよりデカい。
それだけの質量を、房に損傷を与えず綺麗に切り倒せる異能者なんて滅多にいるものじゃないし、あるいは俺の知ってる物理系異能者の何人かなら居合抜きの一刀でBBコーンを切り倒せるとは思うが、だからといってその後、ビル倒壊級の衝撃でもって地面へと倒れ込む巨大トウモロコシに傷が付かないように押さえ込めるかという話になってくれば、難易度はさらに上昇する。そしてそれができる異能者は普通、農業部には入らない。
何ならその後にもビルに匹敵するサイズのコーンをどうやって処理するか、なんて問題も追加でやってくる。どう考えても、処理できる設備がない。
「じゃ、危ないからちょっと離れてて」
「危ないって、どうするんだよ?」
「うん、ちょっと変身する」
「はい?」
うっかり巻き込みで押し潰してしまわないように伊差川から十分に距離を取ってから、悪魔変身を発動。邪龍カドモス……ブラキオサウルス・ドーパントの姿に変身する。
大きく息を吸って吐いて、右腕に精神を集中、その内側にあるマグネタイトの流れを意識して、呼吸のリズムに合わせ、ゆっくりとその形を変えていく。そうやって腕から伸びるようにして形成されていくのは、鉈を象った生体マグネタイトの刃だ。
元は人魚ネキが使っていたのを遠目に見ただけの技術であり、俺にはそれを戦闘に使う程の練度はないが、しかしこうやって道具代わりに扱う分には問題ない。さらにその刃に属性変換で【マグナ】系統の地変属性を付与した上で、五行相生の性質を応用した属性転換に父さん譲りの錬金術の術式を上乗せ────マグネタイトの鉈刃を金属化すると、大きく伸びたブレードを一振りして、高層ビルにも匹敵するBBコーンの房を根元から切り倒した。
「な、何じゃそりゃぁああああ~~~~~~!!!?」
宇宙猫のごとき顔で叫ぶ伊差川はとりあえずスルーして、俺は倒れていこうとする巨大トウモロコシの房を担いで肩に担ぎ上げる。BBコーンの房は全長30m超過のブラキオサウルス・ドーパントの巨体よりもまだまだ大きな巨塔ではあるが、しかしこのくらいのサイズ差であればパワー型の異能者にとってはそこまで負担となるものではない。
持ち上げたBBコーンの房を近くに停車していた大型トレーラーの荷台に置くと、運転席に座る簡易シキガミがそれを異界の片隅に立っている大型処理施設へと運んでいく。後の作業は、基本的にシキガミ任せだ。
「うーん、こういうの作るんなら、もう少し収穫しやすい仕様が良かったかな……」
だからこそ、独占市場みたいなレベルで高額取引がされているわけだから痛し痒しだが。溜息一つ、俺は畑という名の密林に立ち並ぶアホみたいに巨大なコーンの柱を切り倒していく。ここで焦ってはいけない……乱暴に置いたりするとトレーラーが潰れるからな、そうっと、そうっと、優しくだ。
計15本のBBコーンを刈り終わると、次は次の栽培と収穫に備えて種蒔きと、その準備だ。
「んじゃ、さっそく次々、っと」
悪魔変身形態をカドモスからワイバーンへと切り替えて、モンハンシリーズのリオレウスにしか見えない翼長20m超過の赤鱗の飛竜へと変身した俺はそのまま空へと舞い上がる。口腔から放つ【ファイアブレス】に両翼の【羽ばたき】を合わせ、溢れる炎を広範囲へと拡散させて、コーンの柱がなければ単なる密林でしかないコーン畑を焼き払っていく。
要は焼き畑農業だ。BBコーンの一部として同化していた密林はその滋養の大半をコーンの穂に集中させてしまっているが、それでも内包する養分は下手な肥料よりは余程に上だ。それを豊穣の権能を重ねた炎で焼いて灰にして畑に撒く事で、次の収穫に向けての準備とする。
密林が綺麗に灰になったのを確認したら、今度は変身形態をキョダイマックスしたカメックス以外の何物でもない龍神ゲンブの姿に変化、移動要塞のごとき甲羅の背中から突き出した無数の砲門から噴き出した水気が雲となり、そこから降り注ぐ雨で火を消しつつ、焼けた畑を潤していく。
そして十分に火が消えたら、次はモンハンの沙海竜バーラーハーラに見える邪龍ワームに変身し、その全身をドリルのように回転させて地面を掘り進み、土と水と灰を撹拌して丁寧に耕してやる。
灰と水が染みた地面が程よく耕せたら邪龍カドモス────ブラキオサウルス・ドーパントの姿に戻り、最後の仕上げとして、戻ってきたトレーラーが運んできたBBコーンの種を等間隔に埋めていく。この種も軽く大型冷蔵庫くらいにはサイズがあるから、やっぱり悪魔変身状態での作業になる。
それを済ませたら、最後の仕上げとして結界を張り直し、それでようやく作業終了だ。
「さて、これで作業終了、っと……あ」
気がつけば、伊差川が泡を吹いて気絶していた。地面に倒れている伊差川の身体を抱え上げて肩に担ぐと、俺はその場を後にした。
◆ ◆ ◆
魚沼・伊差川コンビがお土産のカカオの実を抱えて帰っていった後、ようやく起きてきた父さんと一緒に昼食を取る。
「ジャパリバスの整備だがね、もう少し待ちなさい。ちょっと大事な部品を交換しなきゃならんからな。……ああ、運転車両の方だけなら大丈夫だ、普通に乗れるから、異界に潜らない分には問題ない」
「分かった。じゃあそういう事だし、使わせてもらうよ」
午後も、またちょっと用事があるのだ。
と、いうわけでレオニダスを伴い、後部トレーラーを切り離したジャパリバスに乗ってお出かけの時間。普段は山盛りに盛ってある増加装甲も取り外されているので、いつもと比べて随分とカジュアルな印象だ……まあ、これが本来のデフォルトなんだが。
ともあれ道なりに車を走らせながら浜辺に出て、そしてそのままアクセルを踏み込んで車を前に出す。水上や水中を走れるように【水上航行】【水中潜行】スキルが積んであるのは原作再現、何ならオプションのバルーンとプロペラを展開すれば空も飛べる……予定で、現在開発中だ。
そうして水上を走るジャパリバスに揺られる事せいぜい5分と少しか、水平線の上に薄っすらと見えていた島影がはっきりと近付いてくる。
宮城島。
沖縄本島の北側、東シナ海に面した海岸線のすぐ近くに浮かぶ小さな島だ。塩屋大橋、宮城橋という二つの橋によって沖縄本島と接続され、大宜味村中心部と名護市を繋ぐ交通の要所でもある。そんな宮城島を横目で見ながら、塩屋大橋の橋脚の間を水上航行中のジャパリバスで潜り抜け、島を迂回してジャパリバスに海上を走らせる。
二本の橋を結ぶ道路の傍こそ小さな集落になっているものの、東シナ海に面した島の反対側は鬱蒼と茂った木々に覆われていて、ほぼ無人島と変わらない、事になっている。
……なおガイア連合宮城支部とは何も関係ない。
そんな宮城島の背面、島の半分ほどを包む空間を結界が覆っている。それ相応に霊視力を鍛えた異能者でもなければ視認できないその結界は、ガイア連合沖縄支部と縁が深い四国の隠れ里『初音郷』の結界をベースに設計されたガイア連合製の結界だ。
メシア教会による異教徒狩りに際して遥々ニュージーランドから木造のカヌーで海を渡ってきたマオリ系の異能者達が暮らすこの隠れ里は現在ガイア連合沖縄支部の庇護下にあり、そして後にエジプト神のやらかしを引き金にメシア教会との決戦で敗走した多神連合の神々やその信徒達を受け入れる事になる“出島”の原型になるのだが……まあ、それは別の話。
悪意や害意、メシア教会への信仰を持つ危険な存在を退ける性質を持つ結界の内側へとジャパリバスを走らせると、結界は何の抵抗もなく俺とジャパリバスを受け入れて中へと招き入れた。そんな結界の中に広がっているのは茅葺屋根の木造家屋が並ぶ南洋風の小集落だ。
ガイア連合沖縄支部が管轄するこの隠れ里の定期視察、それが今回の俺の仕事だ。
海岸から伸びた木造の桟橋へとジャパリバスを横付けすると、穏やかに波立つ海面から飛沫が上がり、中から大雑把に人型をした影が飛び出してくる。腹に大きな渦巻きを描く円型の胴体に、人に似た手足を生やしたそれは、ポケモンのニョロボンを象ったシキガミボディに霊基を宿したこの集落の守護神である『妖魔キワ』────マオリ神話における海神だ。
ニュージーランド北島東海岸という非常に狭くマイナーな範囲、そしてマオリ神話という括りでも主流から外れたマイナーな神格ではあるが、マオリ語で太平洋を「キワの大海」などと表現するように、太平洋の海域内ではそこそこ強い力を振るう事ができる……だいたいレベル15くらい。
まあ素のレベルが8なので、倍近いブーストではあるか。もっとも、この宮城島は太平洋に面していないので、ブースト抜きの8レベルなのだが。
「で、調子はどう? 漁業は軌道に乗ってる?」
「もち、バッチリいい感じに進んでるっす! いやー、それもこれもガイア連合の皆さんのお陰っすわー」
海上で漁をしている木造カヌーを示して、キワはぐっと親指を立ててくる。言葉遣いこそチャラいが、これでもそこそこまとまった数の氏子達をメシア教の異教徒狩りから逃がして、木造のカヌーだけで海渡って日本まで逃がしてきたという実績はあるのだ。その辺の雑魚と同列に扱う事はできないし、すべきじゃない。
……まあ、言動は割とその辺のチャラい兄ちゃんなのだが。
「でもやっぱり、今一番アツいのはウニっすね」
マオリの海神であるキワは、海の女神と交わって眷属である10の子供を生み出したとされる。そのため海産物の育成に関わる権能を持ち、それを利用して始めたのがウニの養殖だ。
餌も通常のキャベツではなく、探求ネキが生み出したトリコ再現食材の一つであるアーモンドキャベツを使用しており、アーモンドキャベツが結構な高カロリー食材という事もあって丸々と大きく肥え太ったウニは、トゲを除いた中心の殻だけでも直径十センチを越える程のサイズにまで育っていた。
「ああ、やっぱりウニか。餌が良かったからかな」
「そっすね。アーモンドキャベツって聞いた事ないですけど、あんな野菜一体どこで取れたんスか?」
「ガイア連合のオリジナルだよ。うちの畑で栽培してる」
キャベツウニ────元々は神奈川県あたりで研究されていた、キャベツを飼料とする養殖ウニだ。元々は2000年代から海底に自生する海藻が著しく減少する磯焼けが発生し、それに伴ってやたらと身入りの乏しいウニの駆除作業が困難という事で開発が始まった技術、らしい。
魚の切れ端やパンの耳、大根、白菜、ホウレン草などなど様々な飼料を与えた結果、ウニが最も好んだのが都合のいい事に、ちょうど当時の神奈川県で規格外品や傷物が大量に廃棄されていたキャベツだったとの事。
何なら天然もののウニですら本来の食性である海藻よりもキャベツを好む傾向があるらしく、また一般的な昆布で育てる養殖ウニは与え続ければその内にウニが昆布の味に飽きるため途中で他の餌に切り替えるらしいのだが、キャベツで育てたウニは一向にキャベツの味に飽きる様子がなかったという話だ。
そしてキャベツで育てたムラサキウニは市販されている通常のウニ類に比して甘味や旨味が濃厚な味わいになっており、しかも苦味や臭みが薄く食べやすいと、もういい事づくめだったとか。
そのキャベツウニを、ガイア連合の技術で育てた結果がこちら、というわけだ。
「……ふむ、いいね」
「っスよね! いいっスよね!」
中々の出来だ。どっしりと身の詰まった卵巣にはウニの甘味や旨味が凝縮されており、それに加えてアーモンドキャベツが持つアーモンドにも似た風味が肉身に染みていてすっきりとした味わいが特徴的。これなら黒札相手に売り出しても問題がないくらいの味に仕上がっていると思う。
「よし、この出来なら調理部に出荷してもよさそうだな。今日中にでもアポイントメントを取って、ウニの実食を試してもらうとしようかな」
「うっし、最高っスね!」
ウニで成功したら、次も新しい事業を試してみる予定だ。キワの眷属はウニだけではなく他にも数多く存在するのだ、それでも似たような事ができないか、試してみる価値はあるだろう。
そんな具合で、ガイア連合大宜味村派出所は今日も平和である。
鉄工所を開いている割に、実は農業適性の方が高い大宜味村派出所。
~割とどうでもいい設定集~
・魚沼宇水
元ネタは『るろうに剣心』。
現地民。大宜味村在住の異能者。
眼力琉球武術を継承する武術系の異能者で、琉球武術における伝統的な武器であるティンベーとローチンをメインウェポンとする。
元々はメシア教会に対する怨み辛みを抱いて戦っていたものの、現在では恨みよりは誇りを原動力にしている人。
かつて『銃火暴風怨嗟域』に単身突入した上で生き残り、視力を失うも心眼に覚醒した上で自力で出口を見つけて生きて帰ってきたとかいう地元現地民の中でもトップクラスの実力者。なお、どこに出入り口が開くか分からない『銃火暴風怨嗟域』の特性上、辿り着ける範囲に出口が開いていた辺りリアルラックもある。
・伊差川糸魚
元ネタは『るろうに剣心』。
現地民。大宜味村在住の異能者。
武術系の異能者で、魚沼宇水とは先輩後輩の間柄にある眼力琉球武術の使い手。やはりティンベーとローチンの使い手。
・BBコーン
緋咲虚徹様『【カオ転三次】終末を約束された世界で心のままに生きていく』より。
探求ネキ製、トリコ再現グルメ食材。その中でも、特に人気の高い作品。
巨大なトウモロコシ。ただしサイズ的に20階建てのビルに匹敵するため、皆一体どうやって収穫しているのか。
とりあえずブラキオニキよろしく普通に伐り倒すよりも、側面から粒を一つ一つ剥がしていくやり方が一番賢いとは思われる。
大宜味村派出所における最大の財源。
・宮城島
沖縄県大宜味村の海上に浮かぶ小島。一応人が住んでいる。
沖縄本島には背を向けた東シナ海側に、妖魔キワとその信者が暮らす隠れ里が存在する。主産業は漁業、さらにキワの権能を生かした魚介類の養殖。
・妖魔キワ
マオリ神話の海神。
ニョロボン型のシキガミボディに入っている。
ニュージーランドから信者を引き連れて木製のカヌーだけで海を渡ってきた。航海の加護も与えられ、海神だけに天候にも悩まされず、航海の権能もあるから海上で方角を見失う事もなく、食料はその辺の海から取れるし、海と川それぞれの女神を妻とするだけに淡水も生み出す事ができるため水にも困らない、と海上サバイバルに必要な能力を一柱だけでだいたい揃えていたために成功した事。
海の女神との間に多数の海棲生物の祖を生み出した逸話を持ち、このため多くの海産物に対して豊穣と支配の力を発揮できる。現在ではそれを生かしてウニを手始めに多彩な海産物の養殖に取り組んでいる。
・ガイア式キャベツウニ
ガイア連合大宜味村派出所で研究されている食材。
探求ネキ製トリコ食材の一つである『アーモンドキャベツ』を餌に養殖したウニ。立派な霊的食材。
通常のウニよりも身が詰まっており、甘味や旨味が強く、またわずかにアーモンドの風味が肉身に染みておりすっきりとした味わいが特徴的。