◆ ◆ ◆
とんとんと包丁の音も軽やかに、ネギを刻んでいく。猫の手にした左手で葱束を押さえて、包丁を握る右手をリズミカルに動かして、できるだけ細かくみじん切りに。手を右から左へと動かしていくにつれ、まな板の上には緑色の山が大きくなっていく。
そうしてネギを一本分、刻み終えたらまな板を持ち上げ、溜まった刻みネギを鍋の中に流し込むようにして投入する。
それが終わったら、今度は大根おろしの方だ。二つ切りにした大根を一本、おろし金に押し付けて左右に動かし、作るのは大根おろしだ。おろし金の上で白い根菜が左右に動くたび、しゃっしゃっと小気味のいい音を立てて削れていく大根が、下のボールの中へと溜まっていく。
やがて大根がボール一杯になると、今度はそちらも鍋に投入。野菜の煮えるいい感じの匂いが漂ってくる。
そこまでやったところで、工房のドアがノックされた。
「あー、悪いけど今は手が離せないから、勝手に入ってきてくれ」
「おーう、分かった。邪魔するぞ」
がらり、とドアが開いて、入ってくるのはこのガイア連合大宜味村派出所に所属する異能者の一人『伊差川糸魚』だ。
「おっ、何だメシ作ってんのか? この匂いはネギと大根、って事は鰤大根でも作るのか? 肉も食えよ、肉。筋肉付かないぞ」
「いや肉も好きだけどね、デビルシフターで身体の半分竜属性みたいなものだし……って、違うそうじゃない。これは食べるものじゃないんだよ。あっ、せっかくだからそこにあるバケツ取ってくれるか?」
「はいよ……って、意外に重いな、何入ってるんだコレ」
伊差川が苦労して持ち上げたバケツを受け取ると、その中に入っていた砕けた鉄屑、『銃火暴風怨嗟域』から回収してきた鉄材を、そのまま鍋に────鍋の形のアトリエ式錬金釜へと流し込んでいく。
「待て、ひょっとしてこれ、飯じゃないのか?」
「そうだよ。だからお前を呼び出したんだよ。……呼び出しておいて手が離せなくて済まないな」
「いや、気にすんなって。そっちも仕事なんだろ。でも何作ってるんだ?」
「まあ見てろって」
錬金釜を利用して鉄材から荒廃や風化の概念を剥離させつつの、それを結晶化させ、お玉で掬って隣のタッパーへと放り込み、呪符を貼り付けて封印。『銃火暴風怨嗟域』の素材を利用するにあたって必ず発生してしまう灰汁のような代物だが、これはこれで利用法がない事もないので、とりあえずは保存。
そうして余計な概念を分離して純化された鉄材は、そこそこ強い霊気を帯びており霊装の作成に適しているだけの普通の鉄と化す。
で、さらに別に取っておいた“龍の牙”の生体素材を放り込むと、それを核にして鍋の中の鉄が一緒に煮込んでいたネギと大根────首領パッチソードと魔剣ダイコンブレードから抽出された霊剣・魔剣の属性を取り込みながら急速に固化し、鋭利で強靭な刃を形成していく。
そして固まった刃を火ばさみで鍋から取り出して金床に置き、【ファイアブレス】で着火した炉の炎で炙りながらガンガンとハンマーで叩き、じっくりと成形していく。ある程度形が整ったら霊水に漬けて冷却し、鑢掛けして刃を整えると、その上から防錆効果のあるセラミック粉を散らして仕上げをこなす。
そうやって刃が完成したら、また次の工程だ。
「よし、っと。じゃ伊差川、ちょっと手、出してくれないか」
「おう、これでいいか」
「ああ。じゃ、ちょっと失礼するぞ」
伊差川が差し出してきた手をまず握り、加減を確かめるように数度力を込め、握り方を変えながら手の形を確認する。次いで、伸ばした腕にも触れて感触や形状、長さを確認し、そして肩、背中と全身の筋肉と骨格、そして全身を巡る霊気の流れ方を把握していく。
「いや、何やってんだよ?」
「確認だよ。とりあえず必要な事は確認したから、ちょっと一時間くらい適当に時間潰しててくれ」
「ええ……」
さっき確認した伊差川の体格を思い出しながら、工房の隅で乾燥させていた棒の中から一本、長さや太さがちょうどいいものを選んでグラインダーに掛けて研磨。単なる木の棒というものではなく、BBコーンの房から取った芯材だ。
グルメ食材としての面ばかりクローズアップされがちなBBコーンだが、実はその辺の霊木よりもよほど強い霊力を持つ霊的植物だ。加えて強力な豊穣の属性を持つため、しっかりと調整しながら武器や道具として作り上げれば、物によっては色々な効果が期待できる。
今回の場合は、『銃火暴風怨嗟域』が機能として持つ“飢餓”に対する耐性だ。それ以外にも持久力の向上、疲労回復などの効果も出てきたな。
で、柄が完成したら穂先を嵌め込んで口金で固定、その上から逆環や胴金を嵌めて補強していく。それが完成したら石突側にも同じように鉄球を嵌め込んで固定し、これでようやく槍が完成する。鍛冶というよりはほぼほぼ錬金術だけでの鍛造で、ガイア連合基準だと本格的なアイテム作成とはいえないが、それでも作る側からすれば結構な手間では、ある。
「できたぞ」
「お!? おお、何だ? 何ができた?」
「これ」
と、完成した槍を伊差川に渡すと。
「うおっ!?」
「どうした?」
「いや……柄が手に吸い付いてくるというか、握った瞬間に槍の方から握り返してきたみたいな、妙な感覚が……」
「ああ多分、柄の長さとか太さとか、お前の手とか体格に合わせて作ったからな、そのせいだろ」
槍を手に驚きの声を上げて首を捻った伊差川は、その穂先を不思議そうに眺めている。
「それにしてもすごいな、この槍……こんないい武器、初めて見たぞ。もしかしてお前が使うのか?」
「お前のだよ。お前に合わせて作ったんだから、お前が使わないと意味ないだろ」
「お、お、俺ぇ!? ……いやいやいや、いいのかよ!? こんな凄いの!? いや、普通にとんでもなく有難いし使うけどさ!」
いやまあガイア連合だとそこまで大した武器じゃないから、さすがにそこまで喜ばれるとね……何というか、もにょる。
ガイア連合的には、というか黒札基準だとそこまで高レベルってわけじゃない伊差川に合わせて、扱い切れる範囲に抑えた霊装でもあるからな。そこまで強力な代物は作れない。
「あ、工房の中で振るなよ。やるなら外か、さもなきゃ鍛錬場を使ってくれ」
「おう悪いな。すまん」
「それとこれな。盾」
壁から外した亀甲盾も渡す。これに関しては前日に作っておいたもので、盾裏に象嵌された宝石が盲目無効効果を付与する、それなりに便利な代物だ。この辺に関しては魚沼さんの持つ、濃霧を呼んで視界を潰す盾とのセット運用を主眼に作ってあるからな。
「お、おう……マジか。マジか……これ。本当にすげぇな。軽いのに重い! いや、持つと全然重さを感じないのに、振るとちゃんと重さがある! 重さがあるのに振ろうとした通りに軽々と動くせいで、全然重さを感じない! どうなってんだコレ!?」
「いや、ここで振るなって……」
「す、すまんつい! 悪い、次から気を付ける! 感謝するぜ! 絶対にこの借りは返すからな、どう返していいか全然分かんねえけど!」
興奮気味の伊差川は、衣装や靴その他装身具一式を受け取って、動きたくなる足を抑えられないのかびっくりするくらいの早足で工房を出て、鍛錬場の方へと歩いていった。足音からして途中から全力疾走になっていた様子で、よほど嬉しかったのだろう。……まあ、喜んでくれたのならいいが。
ともあれ道具も綺麗に洗って片付け、掃除を済ませて工房の片付けも一通り完了。
伊差川はまだまだ鍛錬場にいるらしい。まあ新しい装備を貰ってテンションが上がるのは俺自身も気持ちは分かる……少しだけだが。むしろ、装備品があまり意味をなさないデビルシフターの身としては、装備で一喜一憂できるというのが正直羨ましい。
「……さて、今日は根謝銘グスク攻略戦の予定だが…………出稼ぎ来客が来るんだよな」
少し面倒、というのは失礼だろうか。
◆ ◆ ◆
ガイア連合鹿児島支部。
支部長は戦闘中でも比較的話が通じる部類の穏健派修羅勢として定評のある、薩摩示現流の達人ゼンガーニキ。
ここ沖縄から海を隔ててほぼ対岸にある、修羅の国と名高いお隣さんの支部である。
鹿児島と沖縄といえば砂糖の専売に関わる搾取で散々拗れた逸話があるが、それも既に過去の話……というか、より近年のメシア教会のやらかしが酷過ぎて神々の記憶からも印象を薄れさせているとか、いないとか。
さて、山梨の星祭神社とは別の意味で修羅の巣窟と名高い鹿児島支部であるが、そんな鹿児島産の修羅が満足するような高レベル異界が鹿児島県内には中々転がっていないのが、当の修羅たちにとって最大の悩みの種となっているのだそうだ。
そして、鹿児島近隣でそんなハードで攻略レベルの高い異界に安定して挑戦できる支部といえば…………そう、我らが沖縄である。
そんなわけでこの沖縄支部の勢力圏内には、だいたい週一ほどのペースで鹿児島から援軍がやってくるのであるが。
「進めスパルタ! 盾を掲げよ、隊列を崩すな、前線を押し上げろォッ!!」
レオニダスの号令に合わせ鬨の声を上げ、スパルトイの大軍が足並みを揃え進撃する。足並みを揃え、緩やかな助走をつけて踏み込んだスパルトイ達がタイミングを合わせて盾を押し出し、体重を掛けて叩きつけた。その進撃は面で叩きつける破城槌に等しく、大量の土嚢と共に錆び付いた兵器のジャンクが積み上げられた敵陣の壁が崩れ、その後ろにいた多数のゾンビが巻き添えで押し潰され、あるいは物理的な障壁に捕らわれない悪霊が飛び出してきてはスパルトイの槍と盾に叩きつけられて霧散していく。
押し寄せる敵軍は多く、精強だ。
陣地に築かれた塁壁の陰から歩兵銃での射撃を繰り返したと思えば、弾が尽きれば軽戦車と足並みを揃えた悪霊が銃剣突撃を繰り出してくる。あるいは側面に掘られた防空壕からは竹槍を構えたモンペ姿の女学生ゾンビが群で飛び出してきたり、鉄条網の撤去に手を取られている隙に三人がかりで爆弾を抱えた決死隊が自爆攻撃を仕掛けてきたりと、全く油断ができない。
それでも、それなりに有意な拮抗状態を保ったまま、鈍足ながら城壁のごとき防御力を誇るファランクスの基本戦術に忠実に、じわじわと戦線を押し上げていく。普段通りの勝ち筋だ。だからそろそろだ、相手はその劣勢を打破するべく行動に移る。
ギャリギャリと金属の噛み合う音を立てて、小高い丘の向こうから重々しいエンジンの響きを上げ進み出る重金属の巨塊────九七式中戦車“チハ”。かつて太平洋戦争において旧日本軍が運用していた主力戦車だ。髑髏の顔を持つ悪霊の士官が軍刀を振りながら号令を放てば、カーキ色に塗装された分厚い車体の上に乗った砲塔がぐるりと旋回し、こちらに向けられたその砲門の内側にはこの『銃火暴風怨嗟域』に満ちるそれと等しい怨念の業火が燃え滾っていた。
それに立ち向かうべくファランクスのスパルタ兵が盾を掲げて立ち並び、一枚の巨大な壁を作り上げる。矛と盾の戦いは常に攻撃側へと軍配が上がる────そんな軍事の常識を軽く覆すほどの堅牢さを誇る、スパルタ軍の防御陣形は俺が絶対の信頼を寄せる対象だ。
そうして旧日本軍の砲火と古代スパルタ軍の盾────そんな歴史上有り得ない激突が始まろうとした、刹那。
「「「「「初手から全力で仕る──── 一筆奏上!!!!」」」」」
積み上げられた瓦礫が作り出す錆の臭気を漂わせた崖の上から飛び出すように姿を現したのは、まるで同一人物かと思わせるほどに酷似した顔立ちをした五人の男達。切り立った斜面を逆落としに駆け下りながら、その手にて振るわれる専用デバイス『ショドウフォン』が旧型の折り畳み式携帯電話から筆へと変形、その筆先が空中に鮮やかな筆跡を描き、術式刻印として稼働するその印を中心に溢れた装甲護符がマスクを構成、それを基点にして全身を覆っていくスーツはどこか剣道着に似て、余計な装飾のないシンプルなデザインの鮮やかな五色に彩られた展開型デモニカスーツ。
「シンケンレッド、首置いてけニキ!」
「同じくブルー、薩摩ニキ!」
「同じくグリーン、示現流ニキ!」
「同じくイエロー、島津ニキ!」
「同じくピンク、薩人マシーンニキ!」
高々と名乗りを上げる彼らこそ、鹿児島支部からやってきた援軍の修羅勢黒札五人組。戦闘民族薩摩人の血を色濃く宿した、いずれも劣らぬ狂戦士。
その名も。
「「「「「天下御免の侍戦隊────シンケンジャー、参る!!!!」」」」」
目立たないように左右を浮遊する黒子姿のアガシオンが陣太鼓を鳴らし紙吹雪を振り撒く中を駆け抜けつつ、登場の名乗りもそこそこに五色の竜巻と化し突撃する五人は自身の武器型シキガミをそれぞれ色違いの片刃の大剣『烈火大斬刀』へと変形させ、高々と振り上げながら旧日本軍の陣地へと一斉に飛び込んで。
「「「「「キエェエエエエエエエエエエエィイ!!!!!!
【チャージ】、次攻撃時の攻撃力を倍加。
【蜻蛉】、自身の物理攻撃力を限界まで上昇させ、次攻撃時の攻撃力を倍加。
【猿叫】、敵全体の命中・回避率にペナルティを掛け、次攻撃時の攻撃力を倍加。
【チェスト】、次攻撃時の攻撃力を倍加し、敵の物理防御力を無視。
【二ノ太刀不要】、次攻撃時の攻撃力を倍加し、与えた物理属性ダメージが敵HPに比して一定割合を越えていれば確定即死。
火力総計三十二倍────曰く地軸の底まで叩き斬ると伝えられる薩摩伝来、薬丸自顕流の太刀。
最初に前へと飛び出したのはシンケンピンクこと薩人マシーンニキ。五人の中でも最も体格が良く、二メートル越えの巨躯にピンク担当にもかかわらず男性である事をはっきりと示す分厚い体格から繰り出された桃色の烈火大斬刀の切っ先が、丁寧に積み上げられた土嚢の壁を叩き斬り、内側にいた日本兵ゾンビの隊列を文字通り粉砕する。
その背後から襲い掛かってくるのは防災頭巾で顔を覆った悪霊の群れ、物理無効のそれらに向かってブルー担当の薩摩ニキがショドウフォンを振るって水撃属性を付与した青い烈火大斬刀で薙ぎ払い、その肩を蹴って飛び上がったイエロー担当の島津ニキが全身に銃弾を浴びながら突き進み、機銃を構えるゾンビ兵をその銃身ごと両断し。
「っ。敵が割れたぞ、進めスパルタぁッ!!! 進軍、進軍!!!!」
薩摩人に劣らぬ気勢を上げてレオニダスが号令を下し、斬り開かれた敵陣の陣列へとスパルタ兵が雪崩れ込んだ。こうなってしまっては防御陣地も脆いもの、拮抗状態も何もなく隊列の崩れた部分から陣形全体が総崩れとなり、ファランクスのスパルトイ型アガシオンが突き出す銃剣の列から後ろに後ろにと押し込まれていく。
勢いに任せ敵陣を崩していく怒涛の進撃を後方へと置き捨てて、薩摩隼人が突き進んだ。雨霰と降り注ぐ銃弾砲弾を気にも留めずに突き進み、腹に機銃弾を受けながらも陣形を食い破ったグリーン担当、島津ニキの一太刀、今まさに九七式中戦車の砲門から飛び出した砲弾を真っ向から叩き斬り、勢い余って車体とその下の地面まで両断し。
その砲座の上からカーキ色の士官服を翻して飛び出した高位ゾンビが、軍刀を引き抜いて強襲する。よほど高位のゾンビだったのか振るわれる一刀は神道無念流の柔らかくも鋭い達人の斬撃だ。しかし剣を抜き撃とうとした士官ゾンビが見たのはレッド担当、首置いてけニキであり。
「────良か! 大将首だ! 大将首だろう!? なあ大将首だろうおまえ、首置いてけ!! なあ!!!」
砲弾の直撃を受けて割れたマスクの内側から、血に塗れた凶笑が覗く。感情のない屍鬼すら恐慌に落ちたか引き攣った吐息を漏らし、咄嗟に剣先を跳ね上げて自身と敵剣の間へと挟み込むように防ごうとするが────その程度で防げるわけもなく、一刀両断され鮮血のごとく赫々としたマガツヒ光を散らして士官ゾンビが爆散する。
単純に強いというだけじゃなく、連携の精度が高い。
一人が突っ込んでチェストしたら、それによって敵の守りが崩れた隙を的確に狙って他の一人が突っ込んでチェストして、同時に生まれたこちらの隙をカバーするように別の一人がチェストする────その繰り返し。一言で表現するだけなら単純だが、常に流動的に状況が変化する生の戦場において、その連携を一秒も絶やす事なく高精度で絶え間なく続ける事がどれほど難しい事か。
指揮を司っていた士官があっさりと斬殺された事で統率が乱れ、敵陣のあちこちで統制が失われ混乱が広がっていく。スパルタ軍の眼前でそんな醜態を晒していればどうなるかなど自明の理だ、幾枚の盾が織りなす巨大な壁に轢き潰され、後にはファランクスの方形陣が進んだ跡の轍が残るばかり。
その光景を見ながら、俺は思案を巡らせる。
このままスパルタ軍と薩摩軍に任せれば、戦闘には勝てるだろう。だが、それよりも重要なのはこの付近のどこかに隠されているはずの髑髏を回収する事だ。
太平洋戦争の戦死者の遺骸の中でも、爆撃や再開発、米軍基地の建造に巻き込まれて本来であれば弔われなかったはずの人々の遺体を、この『銃火暴風怨嗟域』を抑える神格ニライカナイが呼び込んだもの────これを発見し、回収して供養する事により、この異界の主である怨霊集合体の弱体化が狙えるのだが。
だが問題は、それがどこに隠されているか、という話だ。
「地道に調べていくしかない、か」
とりあえず付け焼刃の素人仕事ではあるが、軽い占術くらいであればどうにかなる。それでどうにかなればいいのだが…………無理か。手っ取り早く地図にダウジングを試してみたものの、雑にこの根謝銘グスク跡周辺という事しか分からなかった。その程度であれば、既に判明しているのだ。
「……ま、しゃーなし。地道に探すしかなかろうよ」
胸ポケットに差した封魔管を引き抜き、中身の悪魔を解放する。出現するのは犬の姿をした悪魔『魔獣イングワー・マジムン』────ぶっちゃけイヌガミの沖縄版である。見た目はどこから沖縄特有の犬種である琉球犬、尻尾を振る仕草だって普通の犬そのものであるが、しかしこれでも立派な悪魔だ、契約していればそれなりに言葉は通じる。
今は、こいつの嗅覚が頼りだ。
「それじゃ、この異界にそぐわない感じの臭い……って具体性が足りないか。死者の臭い────骨に腐臭なんてあるはずもないし、マトモに埋葬されてないなら抹香や線香の匂いも違うだろうな。それ以前に、この異界に出てくる悪魔とか大半ゾンビや悪霊とかいう死者尽くしだし…………いや待てよ、怨念とは異なる感情の臭い、これで行くか。それを探してくれ」
我ながらややこしい注文になったが、召喚に応じた犬の怪異は文句の一つもなしに、周囲の臭いを嗅ぎ回り始め、やがて俺に着いてこいと言わんばかりにこちらを向いて一声鳴くと、そのまま特定の方向に向かって走り出す。
それを追い掛けて、俺もその場を移動する事にした。
◆ ◆ ◆
そうして辿り着いたのは、根謝銘グスクへと向かう丘の中腹、階段脇に置かれた小さな拝所だった。頑張れば軽トラックに乗せられる程度の大きさしかない、石造りの屋根付き構造物。無機質な祠の内側には小さな石碑とも石柱ともつかないオブジェが置かれており、それを中心に小規模な結界が敷かれているようだ。
「……資料通りだな」
太平洋戦争の被害とメシア教会の愚行の合わせ技によって『銃火暴風怨嗟域』が完成し切るよりも少し前、この大宜味村にいた優秀な巫女が構築した小結界らしい。ガイア連合基準でカウントするなら結界の強度はそこまで大したものではないが、しかしこの『銃火暴風怨嗟域』の中で結界が維持できているという時点で、この結界を構築した術者の実力には感嘆の声を漏らさざるを得ない。
「終戦直後というならロクな資材が残っていたはずもないだろうに、大したものだ…………────」
思わず溜息と共に賞賛の意を吐いた俺は、そのまま拝所へと近づいていき……そうして、俺を出迎えたのは大勢の悲鳴だった。
「「「「「「「出たぁ~~~~~~~~~薩摩人だぁ~~~~~~~~~~!!!!」」」」」」」
一様に恐怖に引き攣った顔で絶叫したのは、真っ赤な髪と肌を持つ膝丈サイズの小人たち────沖縄原産の『妖精ブナガヤ』だった。本来は川底に棲みほとんど人と関わらない妖精種の悪魔であるが、どういうわけかそれが五体ほど群れになって、拝所の結界に引き篭もっていたのだった。
あるいはこの結界それ自体が、彼らブナガヤのために建てられたものだったのか……それは分からないが、ともあれ彼らの背後に積み上げられている大量の頭蓋骨、それこそが俺の探していた太平洋戦争の犠牲者達の髑髏であるのは間違いない。
本来であれば異界のその辺に転がっている髑髏だが、この大宜味村周辺ではそのような髑髏がどこにも見当たらず、一体どこにあるかと探していたが、この拝所にまとめて確保されていたようだ。どうにか交渉して持ち帰りたいのだが……生憎と向こうはそれどころではないようで。
「さ、薩摩人だ! 薩摩人だよ~~~~~!!」
「もう駄目だ~~! 殺される~~~!」
「チェストチェストって叫んでどこまでも追い掛けてきて真っ二つにされるんだ~~~!!」
そしてその場にいるのは俺とブナガヤ達、そしてもう一人。見た目中学生くらいに見えるアルビノの女の子だが……【アナライズ】による判定は幽鬼ゴースト、つまりは幽霊だ。半世紀前の太平洋戦争の時代には一般的だったのだろうモンペに防災頭巾という格好である辺り、見た目通り太平洋戦争当時の亡霊なんだろうが。
「さよちゃん逃げて~~! 薩摩人は犬を捕まえて腹にご飯を詰め込んで蒸し焼きにして食べちゃうんだよ~~!」
「危ないよ、 頭から砂糖車に押し込まれて潰されちゃうんだよ~~!」
ブナガヤ達は女の子を逃がそうとしている割に周りを囲んで退路を塞いでいるような気はするが……守るか逃がすか、全体で方針が定まってないんだろう……いや、スパルタ軍じゃあるまいにマトモな指揮系統もない以上、そんなものかもしれん。
「え、えっと皆さん、その人が薩摩の人だと決まったわけじゃないと思いますけど……」
「そうそう。普通に沖縄在住の沖縄県民だから、薩摩人じゃない」
「ほら、本人もそう言ってますから!」
そんなやり取りにブナガヤ達の視線が一斉にこっちを向くので、俺はとりあえず肩越しに背後を指差した。
「で、これが本物の薩摩の侍な」
その指差す先には、積み重なった瓦礫の山を乗り越えて現れる血塗れのシンケンジャー達の姿があった。
「「「「「悪か子はおらんか~~~~~~~!!!?」」」」」
「「「「「「「出た~~~~~~~薩摩者だ~~~~~~~~~~!!!!!!」」」」」」
姿を現すや否や蜻蛉の構えで威嚇する薩摩サムライの姿を目の当たりにして、ブナガヤ達はドミノを倒すかのようにバタバタと一斉に気絶した。
◆ ◆ ◆
とりあえずブナガヤ達が全員気絶したので、ひとまず全員を一括で空の封魔管に詰め込んで確保。『相坂さよ』と名乗った幽霊の少女と一緒に『銃火暴風怨嗟域』から連れ出して、ガイア連合大宜味村派出所へと連れ帰る事になった。
このブナガヤ達は元々、太平洋戦争終戦直後に『銃火暴風怨嗟域』が現在の形で成立する直前まで、ここ大宜味村周辺における妖精郷のような異界で暮らしていたブナガヤ達の生き残りであったらしい。その異界がメシアン達の愚行によって拡大する『銃火暴風怨嗟域』によって吸収された結果、土着の悪魔達はこの地獄のような異界の中へと取り込まれ……そこで自然湧きする悪霊や屍鬼の群れとの生存競争によって追い立てられながら個体数を減らしつつ、異界内の空気から回収できるわずかばかりのマグネタイトを舐めるように啜りながら生き延びて……そして、かつて『銃火暴風怨嗟域』の成立直後に攻略を試みた沖縄の現地異能者の一人であった巫女が拝所に張った結界へと辿り着き、今に至るらしい。
……いや、本当に良く生き延びたものだ。
で、このさよという幽霊の子は、見た目通り太平洋戦争に巻き込まれた死者の一人であるらしい。
『銃火暴風怨嗟域』の成立時、太平洋戦争で埋葬も供養もされなかった犠牲者の髑髏がニライカナイの加護により『銃火暴風怨嗟域』の内界に引き込まれており、それらを供養して弔う事がこの地獄のような異界の主となっている怨念集合体の弱体化ギミックとして機能しているわけだが……その髑髏の内の一つが生前の相坂さよが遺したものであり、その中に生前の彼女の残留思念が残っていて、それが『銃火暴風怨嗟域』の性質とニライカナイの神気に触れて悪魔化したのが、現在の彼女であるようだ。
言い替えるなら────ニライカナイの娘ともいえる。
そういう意味では超重要人物といえるわけだ。ぶっちゃけそれで何ができるか……あるいは何かできる事があるのか、なんて事はさっぱり分からないわけだが。
ともあれブナガヤ達は大宜味村派出所の方で保護区的な専用の異界を作り、そこに住んでもらう事に。
そして、さよに関してはひとまず俺と契約して……その上でどうするかは、これから考えるとしよう。
正直、これから髑髏の供養なんかで色々と忙しくなるからな。
そういえば沖縄のお隣って修羅の国(ガチ)じゃね……? という事で思いついたお話。
示現流は沖縄にも伝来しているらしいので、示現流使いの地元異能者が沖縄にいたりするのかもしれない……。
~割とどうでもいい設定集~
・首領パッチソード&魔剣ダイコンブレード
緋咲虚徹様『【カオ転三次】終末を約束された世界で心のままに生きていく』より。
探求ネキの作った原作再現系幻想植物の中でも、特に初期の作品。
剣の属性を持つネギとダイコンであり、振り回せば実際に刃物として扱う事ができる……どうやって切断しているのかなどは不明。
なお食べようとしても特に口の中がズタズタになったりするなどという事もなく、普通に食べようとすれば普通に食べられる模様。
こちらでは霊剣・魔剣の属性を持つ植物素材として登場。錬金釜に放り込んで剣属性を抽出し、適当な金属類と一緒に煮込むだけでもそこそこの刀剣類が出来上がる。現地民基準ではとんでもない名剣の類だろう。
初期の作品という事もあって取り扱うための要求レベルはかなり低い部類に入り、錬金釜を扱うための基礎を習得するための初心者向けの素材としても優秀。
また、まだまだ初期の作品という事もあって生産・量産のためのハードルも低く、多少の心得さえあれば数を揃える事も容易いため、錬金術のスキルがあれば大量に消費する事により大量の剣属性を抽出・凝縮する事で、レベル帯を問わずレベル相応の剣を錬成できる。
・ガイア連合鹿児島支部
支部長は示現流の達人であるゼンガーニキ。戦闘中でも比較的会話ができる穏健派修羅勢として名高い。
星祭神社とはまた違った意味での修羅の巣窟。もしくは薩摩人の巣窟。所属している人員は黒札・現地民問わず戦闘スタイルは個々人で異なるが結局は薩摩人である事に変わりない。
最大戦力はゼンガーニキが搭乗する呉製のダイゼンガー。
鹿児島産の薩摩人が満足するような高レベル異界がその辺に安定して転がっていないのが悩みの種であり、そのため週一くらいのペースで戦場を求めてお隣の沖縄へと出稼ぎにやってくるwin-winの関係。
・シンケンジャー
ガイア連合鹿児島支部に所属する黒札の五人組。色違いの戦隊系デモニカの使い手。全員が修羅勢にして薩摩人。
レッド担当『首置いてけニキ』、ブルー担当『薩摩ニキ』、グリーン担当『示現流ニキ』、イエロー担当『島津ニキ』、ピンク担当『薩人マシーンニキ』。
原作と異なり、イエローやピンクも含めて全員が男で、専用武器のシキガミも全員が色違いの烈火大斬刀。色の担当決めの際には全員が総当たりでチェスト対決して、殺した数の順番で決めた。
中身の顔が全員『ドリフターズ』の島津豊久なので、五人で勢揃いすると色違いの島津豊久がずらりと横に並んでいるような地獄絵図になる。色以外見分けがつかないという事もなく、とりあえず全員絵師が違うくらいの差異があるが、それはそれとして島津豊久であり薩摩人。
全員が基本的には正統派薩摩人な剣士系物理ファイターであり、メインは薬丸自顕流、サブが示現流の剣の達人……グリーン担当の示現流ニキのみ、逆に示現流がメインであり、その上で全員がハイレベルに連携しつつ一斉にチェストしてくる殺意の高い戦闘スタイルを持つ。
・薬丸自顕流
実在の剣術。別名、野太刀自顕流。薩摩人の代名詞ともいえる示現流の分派だが、中心地が同じ薩摩である事から混同される事も多く、戦闘民族薩摩人のイメージの元はだいたいコレであるとか。
超絶シンプルを極めた“実戦的という言葉を絶望的なまでに極めた喧嘩殺法”。薩摩人と聞いて大雑把にイメージされる初太刀一発ボンバーな剣術であり、同時に初太刀を最大限に活かすための抜刀術なども伝承している。『初太刀はかわせ』と言われるのはコレだが、そもそも受け手がよほどの手練れでない限り回避それ自体が無理難題な上に、一発回避されたら雑魚に成り下がるなんて事もなく、初太刀を回避しても敵が死ぬまでひたすらチェストし続ける連続攻撃を伝承しているとのこと。
なお本家である示現流の方はより技数が多く、習得難易度も高いとか。
シンケンジャー五人組は基本的に薬丸自顕流を使うが、サブとして示現流も習得している……グリーン担当の示現流ニキのみ逆に示現流をメインにしている。
・妖精ブナガヤ
沖縄の妖怪だが、キジムナーと比べてマイナーな存在。山原の森、あるいは川や水辺の精霊。大宜味村のご当地妖怪にしてマスコットでもある。
真っ赤な髪と肌を持つ膝丈サイズの小人。
普段は川底に棲んでおり、保護色で姿を隠しているため人間とはあまり関わらないが、うっかり間違えて踏みつけてしまうとブナガヤ火と呼ばれる炎で反撃してくる。
大宜味村では戦後頃まで、ブナガヤ火が現れるのを夜通し待ち続ける「アラミ」というある種の肝試しのような風習があったという。
また大正時代には砂糖作りに携わる農民に捕獲された事例があり、捕まった個体は砂糖車=サトウキビを圧迫粉砕するためのローラーの圧搾口にブチ込まれた結果、潰れて辺り一面血塗れになったとか……そりゃ、そうなるわ。何でそんな事をしようと思ったのやら、多分人間が一番怖い。
本来は沖縄北部・大宜味村付近の妖精郷的な異界で平和に暮らしていたブナガヤ達だが、太平洋戦争終戦後のメシアンの蛮行により『銃火暴風怨嗟域』が形成された結果として、その住処であった異界が『銃火暴風怨嗟域』へと取り込まれ、その悪夢のような異界の只中に放り出された。
その後しばらくは、加速度的に凶悪化していく『銃火暴風怨嗟域』の中で個体数を減らしながらも異界大気中のマグネタイトだけでどうにか生き延びつつ彷徨った末、現地の巫女が異界内の根謝銘グスクの拝所に張った結界の中に辿り着き、その中で出会ったさよと一緒に肩を寄せ合うように生きてきた。
大宜味村派出所による救出後は、大宜味村周辺に保護区のような小さな異界を構築し、そこで生活していく事になった。
悪魔としてはレベル1~3くらい。決して強くはないが比較的温厚で、妖精としてはそこまで物騒なイタズラをしないため仲魔としても初心者向け。また基本的に火炎系の攻撃スキルと保護色によるステルスを併せ持っているのが特徴で、山野への適性もあってサバイバルにも強い。
・相坂さよ
元ネタは『魔法先生ネギま』。
やたらと存在感の薄い幽鬼ゴースト。
元人間の幽霊であり、沖縄戦の埋葬されざる犠牲者の一人。『銃火暴風怨嗟域』が形成された際、その髑髏が異界へと取り込まれ、髑髏に残っていた残留思念が異界のマグネタイトとニライカナイの神気に触れた結果、一個体の悪魔として成立した存在。
ニライカナイの神気から生まれたという、ある意味ではニライカナイの娘といえる存在。それがどういう意味を持つのかは未知数だが。
現状はジークと契約して、ガイア連合大宜味村派出所で生活する事に。