ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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 今回の話、タマヤ与太郎様『【カオ転三次】TS^2ようじょの終末対策』から『転生ようじょ、占拠する。』の所を確認してから読むと状況が分かりやすいかと思います。


名探偵古戸エリカの事件簿01 ~事務課の最も長い一日~

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 その日は、始まりからしてとにかくカッ飛んでいた。

 

 

 月詠学園に通う学生の身でガイア連合事務課に所属する黒札『古戸エリカ』は、そんな事務課の中でも“監察部”なる特殊な部署に勤めている。

 

 その仕事は“身内を疑う事”。

 ガイア連合が割り振った予算を、各部署がそれぞれ本当に申告した通りに使用しているか、という事をチェックする部署だ。不正申告、不正利用、その他諸々各種の不正があればまず上に報告し、その上でやらかしは是正するように勧告し、程度が悪質であるなら“黒杖特捜官”などと通称される処罰担当の黒札に出動を要請する。

 

 おそらく、その活動はあまり褒められたものではないのだろう。恨まれた事も、敵意を向けられた事だって、ある。無論、掲示板では専用のアンチスレにて毎日のように叩かれている。

 

 だが、それはそれとしてエリカにとってこの仕事は天職といえた。覚醒した異能がそちら向けで、人に嫌われる事がそこまで精神的な苦痛にならず、また人の秘密を暴いて貶める事を楽しめる嗜虐趣味者の性質もあり……と三拍子揃って、エリカはこの仕事を楽しんでいた。

 

 

 そうして、最近追い掛けている少しばかり大型の案件をちょうど良く詰めるための最良のタイミングという事もあって、昨晩は可能な限り早く寝て最大限にコンディションを整え、本日の仕事場に向かったのだ。

 

 

 ────最初のアクシデントが起きたのは、その道中。通い慣れたバス停のすぐ傍、山梨第一支部に向かう途中にある、悪魔娼館とも程近い小さな公園。

 

 

 初夏の朝方、晴れた空から降り注ぐ澄み渡った蒼空を見上げ、そこから降り注ぐ柔らかな陽光に手を翳して、道中聞こえてきたメシアン系讃美歌らしき奇妙な歌声に全力で周囲を警戒しつつ歩いてきたエリカは、その光景を目にして深々と溜息を吐き、警戒を解いた。

 

「おっ、何だ嬢ちゃん、やれやれ系かい?」

「やれやれの一言も言いたくなりますわ……この光景を見て、何を言えと?」

「なるほど。例えば……そうだな、『ウホッいい男!』とか」

 

 血液のそれにも似た、しかし決定的に異なるある種の海産物のごとき異様な臭気が、高級ワインの馥郁たる香りと入り混じって立ち込める中、公園の敷地内には司祭服を着たメシアンや、天使などが一人残らず裸の尻を晒したまま、意識を失って倒れ伏している────あるいは、気絶する事さえ許されずひたすら悶絶し痙攣を続けている。

 一様に無様なアヘ顔を晒し、白目を剥いたまま痙攣している彼らの尻の中心、ガバガバに開いた肛門にはそれぞれ、濃厚な血の色をした中身を湛えたガラス製のワインボトルが突き刺さっていた……ワインの銘柄はもちろん『喜劇』である。

 

「あからさまな事後に言ってどうなさいますの! 言うべきタイミングが数ページ分遅過ぎますわ」

「ハハッ、ナイスツッコミだぜ嬢ちゃん」

 

 

 一説には“レイプは魂の殺人”などというが……比喩ではなく本格的にレイプで魂を殺害しようとすればこのような具合になるだろう、というかのごとき凄惨な光景だ。

 

 そして、そんな地獄のごとき光景と化した公園の中心に一人、ダークブルーの作業着を足元に脱ぎ捨て、筋肉質な肉体美を晒したまま佇む全裸の男性。倒れたメシアンの尻を並べて喘ぎ声とケツドラムで讃美歌を演奏するという蛮行に手を染めていた……どうやら、さっきから聞こえていた讃美歌モドキはこの音だったらしい。

 ありとあらゆる方向性に向かって冒涜的な演奏(?)の手を止めた男────通称“くそみそニキ”は、足元に倒れ伏したメシアンの懐を慣れた手つきで探ってやたら高級そうな葉巻を取り出すと、どこからともなく取り出した呪符で葉巻に点火して。

 

「ハバナ産か、こいつらメシアンの中でも結構高ランクのやつだな、思った以上にいい葉っぱ使って……って、これ羽根製剤入りかよ!? ぺっぺっ、ったく秩序属性宗教の信者がヤク吸ってんじゃねえって話だぜ。うー解毒解毒!」

 

 ゆったりと煙を吸い込もうとして、途中で気付いて葉巻を吐き出したくそみそニキは、近くの自動販売機で缶飲料を購入すると、片手でプルタブを開けてその中身を喉に流し込む。

 

「かーっ、口直しはこれに限るねぇ『飲むガイアカレー』! 出資した甲斐があったってもんだぜ!」

 

 気持ち良さそうに溜息を吐く彼を横目で見ながら、公園に漂う異臭に耐えかねたエリカはジャケットの袖口で鼻と口を抑えた。

 

「言うまでもないと思いますが……私は無関係ですからね。薬物とか、性犯罪とか」

「おう、知ってるよ。通勤の途中、たまたまなんだろ。好きに通っていいぜ」

「…………なら、いいのですけど」

 

 一缶を空にしたくそみそニキは開けた缶をゴミ箱に放り込むと、改めて足元に脱ぎ捨ててあった自身のツナギのポケットから普通の紙巻き煙草を取り出し、堂々と裸身を晒したまま優雅に紫煙を吐き出した。朝方の公園に漂う涼やかな────とは言い難い、いささか生臭い空気の中へとゆっくりと拡散していく。

 

「ところで『喜劇』ってどう見ても経口摂取してませんけど、尻から飲ませても有効なんですの?」

「大丈夫だ! 『締まりのいいメシアン尻は実質ヴァギナ・デンタータだから下の口って事で有効』っていう理屈で術式を組んであるからな」

「ワインボトル突っ込んでる時点で、締まりも何もどう考えてもとっくにガバガバになってますけど!?」

 

 そのままエリカの方に視線を向けもしない事に弱冠の苛立ちを抱えたまま、エリカは足元に転がっているメシアンや天使その他諸々の汚物を踏みつけないように注意して、大して広くもない公園の中を歩いていく。そんなエリカの背中に、男は一つ声を投げかけた。

 

「そうそう嬢ちゃん」

「? ……何でしょうか」

「アンタの今日の運勢は紛れもない大凶だが、上手くやればそれなりにいい事があるぜ……例えば、一番大きなヤマが一つ片付く、とかな。ラッキーアイテムはCOMPだ。誰かに助けを求める必要があるなら、躊躇なく人を頼れ。それと、行き先に困ったらまずは元いた場所の事を考える事だ」

 

 口元からニコチン混じりの紫煙を漂わせたくそみそニキは、嫌々振り向いたエリカに向かって意味深な言葉を告げる。

 大凶、などと言われて喜べるような神経はしていないが、しかしそれはそれとして実際問題、目の前の全裸はガイア連合の中でもトップクラスの占術の使い手だ。その託宣を無視して聞かずに済ませるわけにもいかない。渋い表情を浮かべたエリカは、男の言葉を無理矢理飲み下すようにして脳裏の片隅に置く事にした。

 

 

「………………覚えておきますわ」

 

 

 だから、ただそれだけを告げて、古戸エリカは公園を後にした……途中で背後から「いたぞ、ゼンラーだ~~~~~!」との叫び声と一緒にパトカーのサイレン音が聞こえてきたので、巻き込まれないように全力で走って逃げた。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 そうして。

 

 事務課に出勤したエリカは、監察部の権限を見せびらかす事は出来るだけ避けて、にこやかな笑顔と曖昧な説明で周りを黙らせて堂々と他人のデスクに座ると、PCの電源を入れた。同時に、握り拳から親指と人差し指を伸ばして銃を象った左手で自身の額を照準し、引鉄を引くイメージ────ペルソナの召喚。

 

 

《汝は我、我は汝。我は汝の心の裡に住まう者────我は悪意と不正を糾弾し慈悲なき罰を振り撒く者、アンドロマリウス》

 

 

 その頭上に蒼く、暗くマグネタイト光が明滅し、その中から姿を現すエリカのペルソナ────『正義 アンドロマリウス』。黒鋼で形作られた細身の身体の全身に蒼く発光する血管のようなラインを走らせた、特撮ヒーローにも見える細身の体躯。

 しかし、そのアルカナが示す本質は正義を旗印にして秘密を暴き立て、真実という暴力を振るう“正義の逆位置”。慈悲深い神があらゆる罪人に赦しと救いを与えるならば、一切の慈悲なき正義とは神の敵対者たる悪魔の領分────そういった“正義という邪悪”に対する皮肉が込められたペルソナだ。

 

 

 そんな己の醜悪さの象徴とも言えるペルソナを頭上に浮かべたまま、エリカは作業を開始する。事務室の中心で唐突に行われたペルソナ召喚に、周囲の事務員たちの中でも覚醒している者達からは困惑した視線が送られてくるが、そんな事は気にせずに淡々とデスクトップを操作する。

 

 ペルソナとしては例えばP5のネクロノミコンなどと同種の“ナビ型”に分類されるエリカのアンドロマリウスだが、アンドロマリウスは通常のナビ型と異なりある程度の戦闘能力を持つ代わりに、その能力の有効射程が極端に短く……せいぜい視界の中に収まる程度が関の山だ。

 ここまで範囲が狭ければ、ナビ型として求められる異界内でのナビゲーションにおいてもほとんど役に立つ事はない。だが、だからといってエリカは自分の能力を出来損ないだと悲観したりもしなかった。

 

 事実、優秀なのだ。

 

「さあ……早速調査を始めましょうか」

 

 このPCの本来の利用者が今日、有休を取得して出勤してきていないのは既に確認済み。だから今日、この場で自分を邪魔する者はいない。

 モニタが点いたらすぐさま起動画面でF4キーを押してセーフモードで起動させ……普通に電源を入れれば仕込まれていたプログラムが自律的に起動して、PCを初期化してPC内に残っていたデータやログの類を全て、自動的に消し去るようにセットされている。

 

 そんなトラップを回避しつつパスワードを入力。

 

 事務課に対してすら無許可で変更されたパスワードなど事前に調べる事などできなかった情報だが、エリカのペルソナ『アンドロマリウス』は“秘密を知覚し、正答を識る”事ができる。秘密があるなら、それが存在している時点でそれはエリカのもの────端末に設定されたトラップを読み取るなど簡単な事だ。

 打ち込まれた“正解”のパスワードにあっさりとロックは外れ、PCに保存されたプライバシーは完全に無防備な状態となってエリカの眼前に晒される。

 

 

「さて、それでは全部、見せてもらいますわ」

 

 

 調べるべき箇所は、思っていた以上に多かった。

 

 目を付けていた理由となる不正に関しての物的証拠それ自体は存在せず、それは想定通りではある……が、それ以外のあれやこれやに関する証拠はそれこそ山ほど見つかった。それらも手持ちのUSBへとコピーしつつ、ついでに上司である千川ちひろのPCへも送信していく。

 ともあれ証拠となり得るデータの数が多いので、範囲でまとめて指定して送ってしまう。データの中身はまだ見ていないが、ペルソナの感覚に引っ掛かる────初期化によって消そうとしていたファイルとフォルダ、全て。秘密として隠そうとした以上、アンドロマリウスの目からは逃れられない。

 

 結果としてデータの総量は結構なものになった。

 送信にはそれなりの時間が掛かるため、その時間潰しも兼ねて作業中のデータを大雑把に流し見していく。

 

 その結果として考える事は。

 

 

「良い御身分ですわね……他人の異能で、随分と儲けていらしたようで」

 

 

 このPCを日常的に使用していた事務員────『水神氷見子』は、多神連合から大量のリベートを受け取っていた。そういう記録が残っていた。

 

 回数、値段共に結構なもので、総額はそれこそ天文学的という形容がつく一歩手前といえる程。

 それこそ異界深層の最前線で戦っている修羅勢の収入にすら迫るほどの賄賂の源は、彼女が受付を担当していたとある黒札への依頼の斡旋に対する報酬であるようだ。

 

 

 その黒札というのが────。

 

 

 

「人魚ネキ、ですか」

 

 

 

 本名、“水野亜湖”────ガイア連合内における通称を“人魚ネキ”。

 

 

 端的に表現してしまうのであれば、歌唱に特化した能力を持つ修羅勢のデビルシフター、という一言で片付けられる。

 ただその歌声が、本人の望んでいた以上に有用過ぎた、というその一点が問題だった。

 

 とりわけ過剰なストレスから精神を保護する心鎮めの子守唄などはその筆頭としてガイア連合内においても既にインフラ化しつつあり、その反面、その働きの大きさと人魚ネキ本人の希望に見合った報酬が支払われていなかったり、その替えの利かなさから同じく当人の要望に反して修行用異界深層への入場を止められる原因となっていたり、と問題が多々発生していた。

 

 そのことに関しては事務課内部でも度々問題にされており、会議でも幾度か議題に上がっていて────その辺の問題を解決するための担当者として立候補したのが水神氷見子当人だった。

 

 だが人魚ネキ問題の解決担当者という立場を確保した水神は、その度に「検討する」「調整が難しい」「実行には時間が掛かる」などと言を左右にして誤魔化していた。

 その理由については、説明を求めても毎回毎回曖昧で要領を得ない答えしか返ってこず、正確なところは不明だったのが────。

 

 

 【写輪眼】を起動し、【サイコメトリー】でその辺の事情を浚っていけば、生々しくも馬鹿馬鹿しい裏事情に頭が痛くなり、思わず溜息の一つも漏れる。

 

 例えばエリカの友人で人魚ネキに師事した事がある立花アリスなどは「金で解決すればいい。具体的には報酬として魅力がない権利関係諸々、オークションにかけてマッカに換金すれば大体何とかなる」と主張していたもので、エリカ自身も友人として、そしてついでに自分の点数稼ぎのためにその意見を上司である千川ちひろへと伝えた事もあったが、人魚ネキの待遇が変わる事はなかった。

 意思疎通のラインが、事務課と水神の間で完全に遮断されていた。

 

 

「『自分より美人なのが気に食わない』『リベートの中抜き目当てでの自分の要求を雑にあしらわれたのが気に入らなかった』…………理由としては下の下ですわね」

 

 

 今考えれば、話が通らないのも当然だったか。元より担当自身が人魚ネキに悪意を持っていたのだから、人魚ネキの事を思いやった意見が握り潰されるのも残念ながら当然といったところ。

 

「問題解決を託すべき相手を完全に間違えましたわね。……“やりたい者がやる”というガイア連合の体質上、いつか必ず起きるはずだった話ではありますが」

 

 だから大変な事になってしまったと悔やむべきか、この程度の問題で済んだ事を安堵するべきかは、エリカには分からない事だが。

 

 

 

 そして。

 

 人魚ネキの持つもう一つのユニークな能力として、自身を技芸の神格であると定義する事により、楽曲や演劇など人類史上に存在した演目であるならば何であれ再現できるというものがある。

 裏を返せば、歌や舞いが関わっているのであれば失伝した宗教儀式や術式を容易に復旧する事が可能という事でもあり、歴史の経過やメシア教会の手による焚書によって文化的な被害を受けた各地の神々がこれを知った結果、彼女に対し依頼が殺到した。

 

 これを各所に売り出すように斡旋していたのが、事務員として人魚ネキの担当を買って出ていた水神であり、そしてその謝礼として多神連合を中心とした各所から多額のリベートを受け取っていたらしい。

 

「随分と手広く商売されていたようですが────」

 

 この斡旋業をメインの収入源としていた水神だったが、その一方で水神に報酬を支払って依頼を斡旋しても人魚ネキ自身に拒否されて依頼自体が塩漬けになるという事態が多発した結果、その現状が各所に知れ渡ってしまい、収入とついでに商売において必要不可欠な信用が低迷してしまっていたようだ。

 

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 はぁ、と一つ溜息を吐いてPCの表示を確認する。表示の粗いセーフモードの画面に映し出されているウィンドウのインジケーターが示すデータのコピーと送信についての進行度は、いまだ40パーセントがいいところで、まだまだ時間は掛かりそうだ。

 できれば暇潰しが欲しいところだが、休み時間でもないにもかかわらず事務課のデスクで業務に関わらない真似を堂々と始めるのは少々気が引ける。とりあえず、どうするか……そんな風に首を捻った時に、ふと思い出したのは出勤の際に出会ったくそみそニキの忠言だ。

 

 

「確か────“一番大きなヤマが片付くかも”でしたか」

 

 

 直近で一番大きな事件といえば、確か………… “メシア教会過激派が日本国内で起こした連続拉致事件”についてだろうか。

 

 

 過激派メシアンの手による誘拐など、日本にとどまらずどこの国でも普段から起きている話だ。

 にもかかわらず、それが問題とされたのは────その被害者がガイア連合未加入の転生者であったから、だ。

 

 

 現状、過激派メシアンだけでなく穏健派メシアンや多神連合、あるいはそれにすら所属していない悪魔や異能者達であれ、ガイア連合の黒札となる人間が“平行世界の地球から転生してきた元一般人であり同時に高位悪魔の転生体である”という、黒札の正確な出自に関わる情報が洩れている事実は存在しない。

 それを知っているとすれば、それは黒札達の転生に関わった神格達────つまり起死回生を期して転生者の魂をこの世界へと呼び込んだ日本神達、並びに未だその関与が明かされていないとはいえ平行世界の自身と共謀して日本神の企みに便乗したヘブライの唯一神くらいのものだ。

 

 にもかかわらず、この事件で過激派メシアン共はガイア連合未加入の転生者を的確に選んで狙い、拉致する事に成功した。彼らは転生者として非常に高い成長限界という素質こそあれ大半が異能者として覚醒しておらず、あるいは覚醒していても一般人として暮らしており、素質があるだけの普通の一般人と区別する事が不可能であるにも関わらず、だ。

 

 

「ガイア連合内でも、彼らを狙う事ができた理由がまだまだ分かっていないのですわよね……」

 

 

 何の気もなしにデータを手繰りながら、流すようにして適当に目を通していく。

 

 今目を通しているのは、数年前からの古いアクセス履歴だ。

 そこに含まれている履歴の大半は事務課として当たり障りのない事務手続きの記録ばかりだが、時折技術部やシキガミ製造部のデータバンク、あるいは有沢重工の技術データなど、事務課の人員としては少々不自然なデータにアクセスした記録が残されている。

 無論その大半はクリアランスの不足やパスコードの不備、あるいは霊能的に悪意を感知するオカルトセキュリティなどによりアクセスが弾かれているが、中には純粋にデータとしての重要度が低いなどして、セキュリティを通過してしまったものがある。

 

 

「────雀荘“沼”の顧客データリスト? これって、確か無惨ニキの…………」

 

 

 思わず、表情が引き攣った。

 

 雀荘“沼”────表向きには雀荘という形を取っているものの、その実態はガイア連合未加入の転生者を捕捉するための調査機関だ。そのやり口は倫理的に多々問題があるものではあるが、しかし一定の成果を挙げているのは事実。

 もしもこのデータが外部に漏れていたとするならば、過激派メシアンはこれを参考にして連続拉致事件を起こした可能性が高い。

 

「リスト内の人名と被害者の一致率……九割以上。該当しないのは、拉致が実行されるより先にガイア連合に加入していたか、拉致される前に覚醒とレベル上げを済ませて自衛できたか……ごく少数、本当に運良く未覚醒のままで拉致から逃げ切ったケースもありますわね。で、リストの履歴、この日付は…………」

 

 事前に行った調査によれば水神は、この情報にアクセスした半月後に不自然な出張で遠出をしている。出張を名目にした単なる観光旅行だと思っていたし、実際もそんなものだったのだろうが。

 その出張先はといえば。

 

 

「────確か、兵庫県姫路支部」

 

 

 出張があったのはちょうど、問題の姫路支部における支部長が破魔ネキへと交代する直前の話だ。

 姫路支部の先代支部長に関する話は、エリカの所属する監察部が発足した最大にして直接の要因だから、エリカもよく知っている。

 

 

 姫路支部の前支部長の支部運営には多大な問題があったが、あくまでも現支部長である破魔ネキとの交渉の結果として支部長の地位を譲る形で降板したのだ。ガイア連合内部のルールによって裁かれ更迭されたわけではない。

 そもそもガイア連合の各地方支部における支部長の権限は広く、大きく、そして何より明確な規定や違反事項が存在しない。

 

 

 そんな状況になったのも、黒札各員の能力や各地方の状況が違い過ぎるからだ。まあ、それに関しては仕方ない話だが。

 

 現地民の支援に予算を回さないというのも、普通に許される。何なら、その分の予算を支部長個人の嫁シキガミの製作費に全額回してもいい。そのシキガミ一体で現地民の自称霊能者何人分の働きができるか、などと考えるなら、十分以上にプラスを得られる選択肢だ。

 自身が戦場に出ず、霊的業務を現地民に丸投げする。全く問題ない。支部長を任されるのは戦闘能力のある黒札ばかりではなく、非戦闘系の黒札にまで戦闘を強要するなど論外、というか、そもそも本人がやりたがらなければ戦闘向けの異能持ちだろうが戦わせないのがガイア連合の基本方針だ。そうなった時に現地民が戦う事になるのは……まあ支援くらいは寄越すから頑張ってね、と言うだけの話。どうせ相手にとってはプラスなので、それで我慢できないなら来るなという話。

 現地政治家や企業などとの癒着、何一つ問題ない。ガイア連合の支援を行っている現地民の名家との関係はその最たるものだし、それ以外にもある程度の規模を持つ支部は技術開発や生産のために何かしらの企業を抱えている事も多い。

 犯罪組織との癒着、これに関しても問題ない。何なら地元名家など当たり前のように自前で刃物や銃器を隠し持っているし、地元のヤクザ組織の元締めだったりするし、ダークサマナーを処分する時には轢き逃げアタックが常套手段になっているなど、どこかしらで大半が何らかの犯罪に手を染めている。

 銃器密輸や殺人などの直接的な犯罪行為、これらも問題にならない。こちらが異能者であり敵が悪魔であっても武装は必要だし、そもそも殺人を禁止していたらメシアンとの殺し合いなどできない。

 

 

 とはいえそれらが“フルコース”というのはいささか問題があった。

 

 戦闘も自己強化も、それ以外の活動も一切せずにひたすら自身の放蕩に支部の予算を全ツッパしていたのだ。ガイア連合が支部に予算を出している目的は、クズに御小遣いをくれてやりたいからじゃないという話。

 ましてや彼が抱えていた数多い癒着先の中にはメシアン……それも穏健派どころか、明確な敵対組織である過激派までが含まれており、そしてその活動が完全に野放しになっていたのもまた問題だった。

 

 

 過激派メシアンの活動が完全に野放しになっていた当時の姫路に出張したのが、雀荘“沼”の転生者リストにアクセスした半月後。そして連続拉致事件が発生したのは、その数週間から半年ほど経った頃の話だ。

 

「…………まさか、この時期に情報の横流しが行われた?」

 

 手持ちのタブレット端末を取り出し、DDSにアクセスして過去の水神のSNSを確認する。水神が姫路に出張していた時期の履歴を参照すれば、そこには姫路への観光旅行に行ったとの記事が存在し、ちょうど件の出張と日付も一致。

 豪華なホテル付の食事を楽しんだというその記事に掲載されていた画像に写っている接待役のイケメンの顔を、ガイア連合のデータベースから画像検索し。

 

 

「…………ビンゴ、ですわね」

 

 

 その声にわずかな震えが混ざるのを自覚する。

 

 接待役の男達の内、数人の顔が画像検索にヒット────破魔ネキが姫路支部の支部長に就任した直後の、メシア教会の拠点に対する攻撃を行った際に戦闘に参加したデモニカの映像記録。その中で死亡したり逃走したりしたメシアンの構成員に、彼らの顔が含まれていた。

 ついでにその一部が、その後に新潟支部を通して内通しているメシア教会世俗派から提出された世俗派所属の人員リストとも一致していたが…………まあ、それに関してはある意味予想通りではある。

 

「過激派メシアンからの接待…………これは、完全にクロですわね…………」

 

 雀荘“沼”が得た情報を過激派メシアンに流し、その報酬としての接待を受けていた。前姫路支部長がどこまでそこに関与していたかは不明だが、おそらく彼はその事実を感知すらしておらず、ひたすら放置された姫路という土地で、その事件は起きていた。

 

 

 頭が痛い、が、仕方ない。

 

 

 とりあえず関連が確認された情報に片っ端からタグを付けてフォルダにまとめ、別枠で千川ちひろのデスクへと送信する。可能であれば、すぐにでも逮捕するべき案件ではある、が。

 

 

 そこで、ふと気になった。

 

 

 そういえば水神氷見子はどういう系統の異能者だったか。

 

 

「────確か物理よりも魔法寄りの異能者で、得意とする分野は占術系、でしたか」

 

 

 占術系。

 

 朝方遭遇したくそみそニキがそうであるように、未来予知に秀でた能力を持つ相手。

 

 

 おかしい、と直感した。

 

 少なくとも水神氷見子は、有給休暇を取って今日休むまで毎日この事務課に出勤していたのだ。占術で未来を覗き見る事ができる人間が、今自分を追跡しているエリカの存在に気付かず、いつまでも何の準備もせず悠長にしているものだろうか?

 そもそも、どうして今日この日だったのか。

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。

 

 その疑問の答えは、数秒も経たない内にやってきた。

 

 

 

 ────空が墜ちてきた。

 

 

 

 それはまるで天地を丸ごと引っ繰り返したかのような、多少の真実が見える程度の自分などではどうしようもない脅威。ハリケーンの到来と火山噴火が同時に起きたかのような、あまりにも巨大な気配が、手の届かない場所から降り注いでくる。

 

 

「なっ…………────!?」

 

 

 物理的な実体はなく、しかしそれだけでまるで顔面を地面に叩きつけられるかのごとき衝撃。何事か、理解を拒絶しようとする脳をかろうじて回して、それでようやく事態を把握できた。

 

 意味が分からない程に、あまりにも格が違い過ぎる。

 

 周囲を見渡せば、事務所内にいた未覚醒者は事務課のトップである千川ちひろを含めて全員が泡を吹いて意識を失っており、事務課の中では数少ない実戦レベルの異能者も絶望的なまでの格の違いの前に、恐怖で身が竦んでしまっている……それは、エリカ自身にとっても同じ事だ。

 そもそもエリカの専門は情報戦、純粋な戦闘系の格上と正面切って戦えるようなタイプではない。

 

 雷鳴を轟かす積乱雲と溶岩流が入り混じって荒れ狂うかのような理不尽なまでに堂々たる覇気の暴圧。

 頭上から降り注いでくるカタチのないそれを受けて、ただただ巻き込まれないように頭を低くして、どうか早く嵐よ過ぎ去れと念じ続ける以外に、できる事など何もない。

 意識を失わないように気力で繋ぎ止める事が、彼らに許された唯一の抵抗だった。

 

 

「一体、誰が…………っ!?」

 

 

 ただ存在しているだけで頭を押さえ付けられるような絶望的な威圧の前に呼吸すら自由にならず、過呼吸か呼吸困難の二択を強いられる中、唯一自由になる眼球だけを動かして、その覇気の源を辿る。視覚的には普段と何一つ変わらない事務室の中心に佇むのは、ただ一人。

 見た目だけであれば幼い少女だ。身長に至ってはエリカの胸元にすら届かないだろう。

 だが、その全身に纏う膨大なマグネタイトの気配が、否応なしにその正体を理解させる。全身に纏うマグネタイトの輪郭が時折、莫大な内圧に耐えかねるかのように憤怒の気配を伴って揺らぎ、遠雷か地鳴りのような鼓動が響く。

 

 

(これ、間違いなく自然災害系の上位異能者────…………)

 

 

 手加減はされている。

 応接スペースに陣取って気だるげにソファに身体を投げ出した少女は、今でこそ何も言わず手にした袋から淡々とフライドポテトを摘まんでいるだけだが、もしも彼女が本気の殺意を解放すれば、その殺気に触れただけの大気が巨大な暴風雨と化して周囲を蹂躙している事だろう。

 

 その彼女が敵ではない、という事だけは知っている。

 何せ、今回の事件、水神氷見子に関する調査の発端になった人魚ネキに関する待遇、その問題に対して声を上げていた黒札の一人だ。

 

 

 彼女こそ。

 

 

「宮城の、幼女ネキ────どうして、何でこんな時、こんなところに…………」

 

 

 こんな時に。

 

 水神氷見子を引きずり下ろして、人魚ネキの担当を交代させる。それだけでも、待遇改善への展望が大きく開けたはずなのに。

 

 

 否。

 

 

 おそらく、こんな時だからこそ、だ。

 

 人魚ネキ関連の問題で怒り狂った幼女ネキがちょうど事務課を占拠して、その影響で事務課が機能を停止する────水神氷見子はこれを占術で予知していた。

 だからあらかじめ、この日に合わせて有休を取得して、自分が事務課にいない状況を作り出し、それを狙って動く監察部の行動を封じて、自分だけが行動できる猶予を作り出した。

 何なら、追跡者をこうしてこの場に閉じ込めて身動きを取れなくさせる事も、目的の一つだったのかもしれない。

 

 

(このタイミングで、水神氷見子が取る行動────)

 

 

 言うまでもない、逃げるのだろう。

 

 水神一人に、ガイア連合そのものをどうこうするような力はない。ならば自身の所業がバレる前にさっさと逃げ出している可能性が高い────そして彼女がいまだに過激派メシアンとの伝手を保持しているのであれば、丸一日もあれば日本から脱出する事くらい決して不可能ではないはずだ。

 逃げる先はメシア教会か多神連合のどちらか……人魚ネキへの依頼斡旋の不備により多神連合からの信用を失っている以上、多神連合に逃げるのはあり得ない。逃げ先はメシア教会一択、情報漏洩での繋がりを考えるなら、おそらくは過激派。

 

(どうにかして追い掛けたいところですが、逃げ道は……ありませんわね。当然の話ですが…………)

 

 周囲を見回すが、視界に入る範囲のドアや窓、通気口などは全て塞がれている。ゴキブリを擬人化した上で幼児サイズにまで縮めたかのような歪なヒトガタのシキガミ達────幼女ネキの眷属である量産型簡易シキガミ『てらほ君』だが、彼らを突破して脱出するのも、戦闘型ではなくレベルも足りないエリカの能力と性能ではまずもって不可能だ。

 それは常に霊体化して彼女の警護に就いており、今はエリカと同様に身動き一つもできなくなっている二体のシキガミ達を加味しても同じ事で、どうしようもなくレベルと能力が足りていない。

 

 

 まずい。

 

 あまりにも、まずい。

 

 水神氷見子のやらかしたであろう事が大き過ぎて、もう絶対に逃がすわけにはいかないにも関わらず、今の状況においてエリカにできる事が何一つ存在しない。何なら身動きができない現状、席から立ち上がって幼女ネキに事の次第を打ち明ける事すら不可能だ。

 

 

 事務室の中心に陣取って呑気にガチャを回している幼女ネキが事務課に対し突き付けてきた要求は四つ。

 

 

『人魚ネキの待遇改善』

『抜本的な依頼環境の吟味と改善』

『子守唄が必要な人間に対する人魚ネキに依らない安眠技術の開発』

『ナマモノネキを常に監視して何かあればすぐ死ぬ呪いをかけておく』

 

 

 一つ目と三つ目は確かにその通りだし、二つ目も重要だが、エリカからすれば今そんな事をやっている場合ではないと言いたい。

 なお四つ目はおふざけであるらしい。

 

(行動に出るのが一周半ほど遅い……いえ、幼女ネキが早めに動いてくれたとしても、水神の側がそれに合わせて行動するだけですわね。その辺は、仕方ないとはいえ…………)

 

 自分も、幼女ネキも、そしてガイア連合全体も、何もかもが後手に回っている。情報収集特化型の異能者が本気で動いた時の危険性とは、こういうものか。

 

 未だ止まらない幼女ネキからの圧に震えが止まらない奥歯を抑えるように噛み締めながら、エリカは事務室の壁に掛かった時計へと視線を送る。気がつけば無為に時間だけが過ぎており……その時間が経つほどに、水神の優位は強まっていく。

 

 どうにか。

 

 何か。

 

 この状況で、できる事はないか。

 

 

 そんな折だ。

 

 

「────すいませーん、手続きお願いしまーす!!」

 

 場違いに呑気な、しかし銀の鈴を鳴らしたかのように涼やかな声が、水面に拡がる波紋のように空間を塗り替えていった。

 

 幼女ネキから降り注いでくる殺気の暴圧は一切変わらず、しかしそれすらも取り込んで、ただその存在だけで場の空気が変動し、まるでその場がただ一人のためのステージであるかのように世界が輝き始める。

 

 

 ────それは間違いなく、幼女ネキとは別系統の、しかし同じ上澄みの異能者だ。

 

 

 あまりにも可憐なその声に操られるように、動けなかったはずの事務員たちの何人かがふらりと席から立ち上がる。その多くは異能者としても低レベルの者達や、あるいは気絶していたはずの未覚醒者までが混ざっており────魅了や美の領域に向いた性能を持つ異能者がその能力を洗練させていった結果として、何の権能やスキルさえ乗らない容姿や声音だけでさえ耐性の足りていない相手であれば魅了する事ができるようになってしまった、その結果。

 

 事務員達が行動できないのはあくまでも精神的に威圧されているからだ。半ば操られるように魅了されてしまえば、普段通りの仕事をこなす事に何の支障もない。

 

 そんな彼らに幼女ネキはといえば「マジかコイツ!?」といった視線を向けているだけで、別段妨害したりする様子はない────それはある種の線引きなのだろう。

 それは例えば、ただ何もせず威圧を撒くだけで、直接的な暴力を振るったりしないだけ、とでもいうような。

 

 

(あれは…………アリスさん!?)

 

 

 立花アリス────古戸エリカの友人であり、学校のクラスメイトであり、ガイア連合内部でもトップクラスの美少女の一人でもあり、そしてエリカの依頼で動いてくれる知己の中では最上位の異能者だ。一体何をどうやってこの場に入ってきたのかは分からないが、しかしこれは紛れもない僥倖。

 地獄に仏とはこの事、とはいえ………………どうやらエリカの存在に気付いてすらいないらしい。そもそもこの場所それ自体が本来エリカの職場ではないのだ、それは仕方ない。

 

 だが、周囲に謎の美少女オーラで大量のキラキラを振り撒いて事務員達を操り、幼女ネキを完全に放置して自分のための事務手続きを済ませようとしている彼女に、どうにかしてエリカ自身の存在を気付いてもらえば、あるいは。

 

 

(そのために、何かできる事は────)

 

 

 そういえば、と思い出す。

 

 朝方遭遇したくそみそニキが預言のように呟いていた一言────確か、今日のラッキーアイテムはCOMPだとかいうその発言にどれだけの意味があるかは分からないが、役に立つというなら今がそれだろう。

 

 そのCOMPで何ができるか。

 エリカのCOMPはガイア連合ホビー部が呉ロボ研の技術を持ち込んで製造した現行の最新モデル。その特徴は、デモニカの制御に使用される思考トリガーによる操作と、人型兵器の操縦に使用される神経接続を介した視界への直接的な映像投影。

 つまりは指一本動かせない状態であっても、思考だけで操作が可能。恐怖に震える手も、喉も、関係がない。

 

(早く、早く、早く早く早く…………────!!!!)

 

 スカートのポケットの中に収まったCOMP端末を握り締めるように起動すれば、視界の右上にCOMPの画面が表示される────ホログラムを介した光学的な映像投影などではない、視界へと直接映像が映し出す呉の神経接続技術。

 だからこの画面が見えるのはエリカ一人で、COMP操作で周囲に気を遣う必要はなく、つまりは幼女ネキに見咎められる事を恐れる必要もないという事。

 

 

(────スマホ機能の音声設定をミュートからスピーカーへと変更……着信音の試聴モードで、フルボリュームで!!)

 

 

 指先を介さずして視界内に映し出された画面に表示されるシステム設定が目まぐるしく切り替わっていく。それでも最後のトリガーを押し込むには若干の躊躇が必要だったが────。

 

(ですが、これで……!)

 

 気分だけは、拳を叩きつけるように────画面に表示されたYes/No表示に許可を出すと同時に鳴り響くのは、シンプルでいて耳障りな目覚まし時計のベル音だ。必要にして充分にも過ぎる、エリカ自身にとっても想像以上の音量で鳴り響いたその音の存在感に、事務室内にいた全員の視線が集中する。

 

 アリスも。

 そして幼女ネキも。

 

 幼女ネキの注意を惹き付け、その視線の矛先が事により、先程とは比べ物にならない程の圧がエリカへと押し寄せる。それはまるで帯電した灼熱の怒涛にも似て、それに耐え切れず意識が磨り潰されるようにしてブラックアウトしていくにも関わらず、しかし。

 

 

「────あれ、古戸じゃん。ここ、君の職場じゃなかったと思うけど……何でいるの?」

 

 

 アリスの視線が、エリカを捉えていた。

 

 気付いてくれた。

 

 その事実が、エリカの心の裡にわずかに希望の火を灯す。机に崩れ落ちていこうとする身体を気力だけで抑え込み、ゆっくりと途切れていこうとする意識と暗くなっていく視界の中、エリカは肺の中に残ったわずかばかりの空気を絞り出すようにして、アリスに向かって声を掛ける。

 

 

 

「────助けて!!!」

「いいよ」

 

 

 

 刹那、アリスが動く。

 不可視モードになっていた頭上のヘイローに機能の一部として組み込まれていた壷中天を開き、その中から転がり出てきた代物を掴み、そして。

 

「ほい幼女ネキ、パス」

「────っ!!」

 

 ────幼女ネキに向かって放り投げた。緩やかな弧を描くバスケットボールのように投擲されたそれが放つ黄金色の輝きをついつい視線で追った幼女ネキは、転がる毬を追い掛ける子猫のように反射神経で事務机を蹴り、空中に身を躍らせる。

 

 アリスが投げつけたのは“黄金の林檎”だ。以前師事した経験のある人魚ネキからお土産の一つとして受け取っていたそのリンゴは最上の神饌であると共に、ギリシャ神話においては不和の象徴として、多くの神々を魅了し争いを引き起こした曰く付きの代物だ。

 トロイア戦争の原因となった事もそうだし、また数あるギリシャの英雄達の中でも最速のアキレウスに比肩する俊足を誇った女狩人アタランテも、この林檎に魅了され、駆け比べの最中にそれを追い掛けた事で不覚を取り、婚姻とかいう人生の墓場に引きずり込まれたのだとか。

 

 それはギリシャ神話の神格を霊的起源に持つ幼女ネキにとっては視線を引き寄せる最上の釣り餌であり、精神干渉と呪詛を得手とするアリスからすれば最上級のデコイとなる。

 そこに幼女ネキの注意を惹き付けた瞬間、リンゴの影に隠れるように同時に投げられていた『くらましの玉』が強烈な閃光を放つ。

 その発光にタイミングを合わせ足裏に衝撃系魔法を炸裂させる特有の高速機動で間合いに踏み込んだアリスは、そのままエリカの身体を攫って転移魔法を発動、その場から離脱する事に成功する。

 

「…………」

 

 黄金の林檎を口でキャッチして四脚で着地した幼女ネキが振り返った頃には、既にエリカとアリスの二人はその場にはおらず、軽く首を傾げた少女は、何も言わずにそのまま手に入れた林檎を齧り始めた。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 幼女ネキに占拠されて稼働不能になった事務課を取り囲む人垣から少し離れたベンチに力なく腰掛けて、エリカは深々と溜息を吐いた。

 

「やー、災難だったねー。まさか、よりにもよってこんな日に幼女ネキの暴走に巻き込まれるとか……と、はい、これでも飲んで元気出して」

「ありがとうございま────ブフォ!!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるアリスから受け取った缶のプルタブを開け、中身を喉に流し込んだエリカは、思わずその中身を口から噴き出した。混乱しつつも缶の表記を確認すると、そこに記されていたタイトルは『飲むガイアカレー(辛口)』。

 

「────…………カレーは飲み物じゃないと思いますわ!?」

「補給と状態異常の回復、ついでにメンタルの立て直し。三拍子揃って一手で賄えるのって、やっぱりガイアカレーかなって」

 

 太陽のように曇りのないアリスの笑顔に半ば押し切られるように、エリカは液体ガイアカレーを喉に流し込んだ。

 一口目は戸惑ったが要はカレースープだ、最初からそのつもりで飲めばそこまで飲めないものではない……が、同時にケツ穴から特濃のカレースープを噴き出すくそみそニキのくそみそな姿を想像してしまい、思わず吐き出しそうになるのを自制してどうにか飲み下す。

 

「じゃ、はいこれ。口直しのビックリアップルジュース」

「……感謝しますわ」

 

 隣に座るアリスからもう一本の缶を受け取ると、それを喉に流し込んだ。缶を二本持っていたから自分用かと思いきや、そちらもエリカの分だったらしい。

 そっと視線を動かしてアリスの方を伺うと、少し心配そうな表情でこちらを見つめている彼女の眼と視線が合う。目が合った瞬間に感じるのは、思わず意識が吸い込まれそうになる眩暈のような感覚────相変わらずとんでもない美少女だ。

 

「ジークフリート、いますか?」

「ああ、ここにいる」

 

 ベンチから立ち上がったエリカが呼び掛けると、彼女のシキガミが【霊体化】を解いて隣に現れる。大剣を背負う剣士の姿をしたシキガミは耐久力に秀でたエリカの護衛として生み出された存在だが、同時にエリカが最も信頼する愛する相手でもある。

 

「すまない。真っ先にお前を守らなければならない立場のはずなのに、動けなかった。次は必ず守るから、どうか赦して欲しい」

「……じゃあジークフリート、ここに座りなさい」

 

 頭を下げるジークフリートに対して、ベンチから立ち上がったエリカが自分の座っていた場所をぽんぽんと叩いて告げると、ジークフリートは怪訝そうに首を傾げた。

 

「しかし、それではエリカはどこに座るんだ?」

「貴方の膝の上に座るから問題ありませんわ」

「承知した。……しかしこれは、むしろ褒美になってしまうのでは?」

「このままだと、私のメンタルが色々な意味で大変なのですわ。幼女ネキのプレッシャーもありましたし、それに、その……」

 

 エリカが隣から心配そうに覗き込むアリスの姿に視線を走らせると、ジークフリートは納得したように頷き、エリカを自身の膝の上に乗せて抱き寄せる。そうしてほんの少しの間だけ休息を取れば、消耗していた気力が蘇ってくる。

 

 そして同時に、自分のやるべき事がまだまだ残っている事も思い出した。ここで立ち止まっている場合じゃない、水神氷見子を追わなければならない。

 だが先程あんな目に遭った以上、自分だけでは力不足である事は明白。強いとか弱いとかそういう次元ではなく、このままでは水神氷見子の居場所を探り出しても、そこに近づく事すら覚束ない、かもしれない。

 

 そのためにも、アリスの協力は是非欲しい。

 そもそも事務課の機能がストップしている現状、黒杖特捜官の出動申請も受理されないから、代わりの戦力も欲しい。

 

 エリカは横目で視線を飛ばし、自分には見えない仮想モニタで遠方にいる自身のシキガミと通信しているらしいアリスの幸せそうな横顔を見やる。

 COMPから視神経に直接投影される仮想モニタは、専用のアプリや術式で光学投影でもしない限り、基本的に余人に見られる事はない。だからウィンドウに邪魔される事もなく、アリスの顔はよく映えた。

 

 実に法外な美少女っぷりだ。ただベンチに腰掛けているだけでも、まるで中世の名画から切り抜いてきたかのように印象的な風景が演出される。

 よほど意志の強い男でなければ一瞬で目を奪われて、意識を呑まれて、恋に堕ちる。女でも同様。理性を保てるなら上等、最悪ない交ぜになった保護欲と情欲に狂わされて衝動的な行動に出て人生を捨てる羽目になる。

 

 初めて出会った頃からAPP18勢に名を連ねるレベルの途方もない美少女だったのは強烈な印象として残っているが、それはそれとしてここ数年でさらに魅力的になっている。それは異能者としてレベルが上がったせいか、あるいはそれ以上の理由があるのか。

 最近では【ネガ・セイヴァー】とかいうどこぞの人類悪を思い出させるスキルを習得したらしく、その魅力はさらに強力で凶悪なものになりつつある。

 それこそじっと視線を向けていれば心なしか心臓の鼓動が早くなっていくような、胸が苦しくなっていくような感覚を覚えて、エリカは視線を逸らす。

 

 特に、今はやばい。

 本気ではないとはいえ格の違う異能者相手のプレッシャーに晒されて過剰なストレスで一杯一杯だったところを救われたものだから、がら空きになった心のガードの隙間に滑り込んでくる好感度の上がり幅もプラスして、性癖が軋みを上げて捻じ曲がっていくような感覚。

 次のシキガミは小さな女の子にしよう、などと……いささかまずい方向にぐらついてくる自分の感情を、エリカは首を振って頭の中から追い出した

 

「……そういえば、アリスさんはどうしてここに?」

「普通に依頼。探求ネキの依頼で、世界樹系の色んな素材をちょっと多目に納品したんだよ」

「…………世界樹系素材? 生命樹の開発元である探求ネキが、そんなものを外注したのですか?」

 

 こんな事を聞いている場合じゃない、と思っても小さな疑問を感じたらついつい反射的に聞き返してしまうのは、情報関係者の性か。自分の貪欲さ加減に内心で頭を抱えつつ、しかしここで止めるのもよろしくないとエリカは会話を続けていた。

 

「やー、話せば長く……は、そこまではならないけど、最近は世界樹属性のある生成植物とか割と増えてるだろ」

「ええ、確かに。最初の生命樹だけでなく甘露の木に、破魔ネキ製の菓子の木やドラクエ式世界樹等々……アリスさんとフウカさんで作ったグレート・テオブロマもそうですわよね」

「そうそう。だからその辺の世界樹ごとに、同じ素材でどれくらいの違いがあるか比較検討してみたいんだって」

 

 エリカは、アリスが作ったチョコレート色の奇妙な世界樹を思い出す。

 ガイア連合製の世界樹の中でも素材の量産性と扱いやすさに関してなら最も秀でていた、毎日のようにチョコレートが鈴生りになる巨大植物。

 

「うぅん……世界樹系素材ですか。私には手が届かない部類の代物ですわね。能力的にも、金額的にも……────」

 

 

 などと話したところで、我に返ったエリカは盛大に脱線していた話を元に戻した。

 

 

「……いえ、こんな事を話している場合じゃありませんわ! お願いしますアリスさん、どうしても捕まえなければならない相手がいるんです!」

「うーん、ちょっと何かよく分からないけど大変みたいだね。報酬の交渉も後回しにした方がいい?」

「申し訳ありませんが、お願いします。事務課も機能していない今、事が大き過ぎて私一人では報酬額が決められませんので。後日、ショタオジ同伴での話し合いになると思われますから、交渉するならそちらで」

 

 正直、自分でも虫が良過ぎる話ではある、とは思う。

 

 しかし、それはそれとして監察部、あるいは事務課としても放置はできない不祥事だ。エリカ個人の裁量で決定できる範囲を完全に逸脱しているのだが、その辺を考える役割の事務課は、そのトップである千川ちひろを巻き込んで、幼女ネキの襲撃により今現在完全に機能を停止している。

 

 それでも可能な限り誠実に────高位の異能者ともなれば、どれほど鈍い相手であれ研ぎ澄まされた霊感で嘘など容易く見抜かれてしまう。だから自分の危惧など完全にお見通しなのだろうが、それでも。

 

「了解! いいよ、古戸を信用します。何を手伝えばいい?」

「では、私の護衛とサポートをお願いしますわ!」

 

 

 この友人の信頼には、絶対に応えよう。

 

 

 だがそれも、この戦いが終わったらの話だ。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 最大の問題は、現在の水神氷見子がどこにいるか、だが。

 

「さすがに、既に逃げていますわよね。逃げた先も、探す手段は……」

「とかいってもガイア連合を全力で敵に回した以上、結局最終的に逃げる先なんて限られてるでしょ。日本国内から出なきゃ何をどうやっても追い詰められるのは目に見えてるから、国外に出るしかない」

「なるほど。と、なると……」

 

 水神氷見子がデビルシフターやペルソナ使いではない以上、未だ完全な終末が訪れていない今、ターミナルシステムを利用する事はできない。となれば国外に出るには船や飛行機など尋常の手段に頼る必要があるわけだが、半終末期の今、それができる組織は限られている。

 

 ガイア連合を除き、不完全とはいえ唯一それを可能とする組織が────。

 

 

「────メシア教会」

「って事だね」

「情報漏洩での繋がりを考えれば、不自然ではありませんわ。とはいえ、一体どこで合流するつもりなのやら…………あ」

 

 ふと、思い出す。

 

 朝方のくそみそニキが残した“予言”。

 

「確か────行き先に迷ったら原点に戻れ、でしたか。……いえ原点、元いた場所? …………まさか」

 

 ふと、思い出す。

 

 朝方遭遇したくそみそニキは、メシア教会の部隊と戦い、制圧した直後だった。あの部隊は一体どうやって、そして何を目的に山梨に潜入していたのか。

 まさかくそみそニキに尻を差し出して冒涜的な讃美歌を奏でる歌唱器(ゼレーニン)になるためだけに現れたわけでもあるまい、何かしら目的があるはずだ。

 

 

「……まさか、それすらも水神の手引きだった? 水神氷見子の身柄を回収して国外に連れ出すための回収部隊…………いえ、それだけでなく水神にとって直接的には最も目障りな私自身の始末すら目的としていて、だからこそ彼らはあの場に現れて、それを事前に察知したくそみそニキに打倒された?」

「お、何か思いついた?」

「ええ……確証はありませんけれど、ですが……ええ、くそみそニキの行動の何もかもに意味があるとするならば……………………いえ、あの行動に深い意味があるとか正直考えたくはありませんが、それでも今現在他に頼るべきヒントもありませんし、ええ……」

 

 水神の立場から現実的に考えるなら、あの部隊の役割は水神を山梨から脱出させるための回収部隊だ。つまり彼らが離脱するのは水神と合流してから、という事になるはずで、そして水神が行動を開始するのは…………幼女ネキが事務課を占拠したそのタイミングだろう。

 

「今、時間は……」

 

 COMPの神経接続を通して視界の隅に表示された時刻表示へと視線を走らせる。現在、事務課の占拠が始まって約1時間────幼女ネキが事務課の占拠を行ったタイミングで水神が回収部隊との合流を目指し行動を始めたと仮定して、水神当人の予定では既に合流が完了しているはずだったとしてもおかしくはない。

 その後の、合流できなかった場合の水神の行動など、エリカには予想もつかないが。

 

「とにかく時間がありませんわ。公園を目指します……水神の能力を考えると道中に何か仕掛けてある可能性もありますから、気を付けて行きますわ」

「オッケ、了解」

 

 アリスを伴って山梨第一支部を下山していく。

 石造りの見慣れた参道が、しかし普段以上に長く感じる。異能者の体力で走っていけば余裕なのだろうが、予知能力という水神の異能の性質を考慮に入れれば、あらかじめこちらの移動経路を占って道中に罠を張っておく、などというやり口も考えられるから、警戒しながら移動する必要があり、下手な移動手段は使えない。

 だから普通に歩いていくし、全力疾走などできないが、その余裕がもどかしい。

 

 

「……アリスさん、幼女ネキの行動について、どう思いますか?」

 

 じりじりと積もっていく焦りから意識を逸らすようにして、エリカが出した話題がそれだった。

 

「事務課を占拠したあれの事? その事なら……考えるだけならともかく、普通に考えて実際に実行に移すのはアウトだよね。まー、今はやっちゃったものはしょうがないし、ここから反省活かしてどうにかプラスに持ってくしかないとは思ってるけど」

「意外ですね。人魚ネキと親しい方々からはおおむね好印象を得ている様子でしたけど……アリスさんも人魚ネキとはそれなりに交流があったはずですが」

「うん、まあ人魚ネキ関連で出した要求はね、僕もそれはそれでもっともだと思うんだよ。でも問題はそっちじゃなくてね────人魚ネキ本人を交えずに勝手に動いたよね。それは、良くないと思うんだよね」

 

 ある意味突き放したようなアリスの言葉は、エリカにとっても正直意外ではあった、が。

 

「これがさ、人魚ネキ一人で済ませていい問題じゃないから人魚ネキと一緒に抗議しにいくーとか、人魚ネキ一人じゃ言いづらいから間に立って代わりに事務課と交渉するー、とかだったら全然アリだと思うし、むしろ僕だって推奨するし、応援するよ────でもさ、そもそも人魚ネキ本人の問題なんだから、人魚ネキ本人を置いてけぼりにしてその頭越しに勝手に話しを進めるのはダメでしょ。まずは一人で暴走して突っ走らずに、人魚ネキが何をどうしたいか意見を聞かなきゃ」

「……それはそう、ですね」

 

 話ながら石段の参道からアスファルトで舗装された道路に出て、その脇に設けられた歩道を歩いていく。ガイア連合が発足した当時に初期の黒札達が拓いた道路は、幾度かの補修や改修を繰り返しながら少しずつ利用しやすいように改築され、今では車も快適に通行できる立派な道になっている。

 

「まあ、僕は言わないけど」

「……どうしてですの?」

「幼女ネキって、殺して止めなきゃ止まらない人でしょ。だから止めるなら殺さなきゃだけど、同格の敵を殺すって大変じゃんね。まあ上手い事手元に殺す方法も殺す算段も揃ってるし、不意討ちも効きそうだから割と勝てるとは思うけど、殺したら殺したで幼女ネキの周りを全部敵に回しかねないし。仮に殺せてもリスクが大き過ぎるから戦いたくないんだよね。皆に好かれてるからね、あの先輩」

「…………対話でなく、殺して止める事を真っ先に考えているのが一番怖いと思いますけど」

 

 その一方でこの場が星霊神社を中心にした聖域の圏内である事には変わらず、道路から一歩離れて山の中に入れば、そこが強大な霊力の通う異界である事には変わらない。魔界と直結した修行用異界の下層や深層のような凶悪な悪魔が湧く事はないにせよ、その空間や時間の安定性は保証されない。

 

「ねえ古戸、今からでも幼女ネキを殺すべきだと、殺して欲しいと思う?」

「私が弱くて殺せないから代わりに殺してください、そして殺したリスクは貴方が背負ってください……なんて友達に言えるほどに恥知らずではありませんわ」

「……そっか。じゃ、殺さない」

 

 少し怖い相手ではある、が、それでも友人なのだ。

 そんな感情を自覚したエリカは静かに喉を鳴らして笑いをこぼし────刹那。

 

 

「────アリスさん、止まってください」

 

 風景の中に隠蔽された罠に気付く────五寸釘で道端の木に打ち付けられた藁人形。顔面には葡萄の蔓と果実の絵を描いた呪符が貼り付けられたそれに反応して、反射的に【アナライズ】を向ける。見た目こそあからさまな呪術の産物だが、その実態はアガシオンだ。

 そして頸部には一神教系のロザリオが掛かっていて、ペンダントヘッドである十字架部分からはわずかにだが機械の稼働音が漏れている────メシア教会で多用されるロザリオを象ったCOMP、それも稼働状態の、だ。よく見れば、COMPに繋がったセンサーのLEDが稼働状態を示し点灯している。

 

 ここから一歩踏み込んだら最後、ペルソナ『アンドロマリウス』が看破した罠が起動してCOMPに封じられた高位悪魔が解放され、同時にそれを核とした異界化が発動する。

 

「追跡者を確実に始末するための、特大の地雷ですか。厄介ですわね……どうしましょう?」

「普通に突破していくしかないんじゃない? あの程度の敵なら余裕だよ。もしくは迂回して避けてくか」

「ところが、そうも行きませんわ。藁人形の顔面に貼り付いたあの呪符、見てください」

 

 仕掛けた罠が容易く解除される事を予知した水神が罠それ自体に仕掛けたもう一つの罠を、隠し事を確実に暴き出すエリカのペルソナは正確に読み取っていた。

 葡萄の蔓と果実が描かれた呪符。そのベースとなる術式は日本神話に根差すもの────冥府に下ってイザナミと邂逅したイザナギが、イザナミから逃走するために投げ放った三種の植物、すなわちブドウ、タケノコ、モモを基盤とした“三枚の御札”だ。

 

「あのトラップによって発生した異界が攻略される事を、あの術式は“御札が消費された”と定義しています。そして公園までの道中に同じくタケノコ、モモの二種に対応する呪符で作られた異界も存在し、“三枚の呪符が消費される”事によって術式の本命が発動します。つまりは三種の植物、三枚の御札が消費される事により、イザナギの────水神の逃走が確約されますわ」

 

 呪術的逃走、という代物だ。

 

 厳密には“確約される”ほどの効果はなく、せいぜい運命操作のようなバフが掛かるくらいのものだろうが、しかしそれでも発動してしまえば厄介な事に変わりはない。

 少なくとも一旦発動を許してしまえば、エリカの実力と運命力で捕らえる事は不可能だ。

 

「かといって横道や迂回ルートなんてないし、発生する異界を放置しておくわけにもいかない。それ以前に、僕達がこれを放置したとしても他の誰かが攻略してしまうかもしれない……星祭修羅の人達なら、その程度は確実にこなすはずだ。────それで、どうする?」

「それは…………」

 

 異界を処理しなければ先に行けない。

 かといって三つの異界を攻略してしまえば、相手の逃走が成功する。

 

 論理的な矛盾だ。どちらを選んでも、水神に逃げられてしまう。

 

「……あ、マズいねコレ。時限式にもなってるみたいだ」

「どうしたものか……何か方法は…………」

 

 藁人形の掲げるロザリオから揺らめく深海の蒼に似た暗青色のマグネタイト光が溢れ出し、錯綜する思考に流されるまま混乱の淵に沈み掛けたエリカに向かって波濤のように襲い掛かり────壁になるかのようにエリカの前に立ったアリスがそれを遮った。

 エリカよりもずっと小柄で幼い背中だが、しかしその強さはアリスの方が何倍も上回っている。だからこれをどうにかするのはアリスの役割だと、アリス自身はそう割り切って、友人の背中を押した。

 

「僕がこの異界を抑えて、あえて攻略中の状態で封印してやれば、三枚の御札は消費できない。その隙に古戸が公園に行けばいいんだよ。道中発生する残り二つの異界は────ま、ショートカットすればいいよね」

 

 悠然と立つアリスの背後で巨大な熱量が膨張する。灼熱に煽られて空間それ自体が沸騰し、陽炎のように揺らめいて現実感を失いつつ崩壊し、それを内側から喰い破るようにして顕現するのは、塔のごとき巨大な影だ。

 

 

 クルップ社製、総重量約1350t、機体全長42.9m、全高11.6m。

 砲身長32.48m、砲口径80㎝。射程は砲弾により異なり、30-48kmの範囲に及ぶ。

 第二次大戦時に使用された、人類史上最大級の列車砲────通称は“ドーラ列車砲”。

 

 

 それを象った超大型オーバーソウル【極大火砲・狩猟の魔王(デア・フライシュッツェ・ザミエル)】。

 

 

「ま、ウルトラマンと比べれば大したサイズでも何でもないけど────」

 

 ベースとしたペルソナは『女帝 ペレ』。ハワイ神話を代表する強大な神格であり、その権能は火炎、稲妻、舞踏、暴力などと多岐に渡るも、この巨体が司るのは“火山”という単純極まりない形相だ。

 常であれば巨大過ぎるその車体を平面型の魔法陣一枚に圧縮し、砲門のみを限定展開するだけに留めるだけのそれが、今や媒介がハンドガンとは思えない程に巨大なそのカタチを通常空間へと完全に顕現させていた。

 

 

「そ、それで私は何でこんな場所に閉じ込められているんですの────!!!?」

 

 自動車が走りやすいように余裕を持って整備されているとはいえ道幅には限界のある山道を一杯に占拠した巨体が、ゆっくりとその砲塔を旋回させる。その砲塔基部、巨大な砲弾を投入する機関部の薬室へと自らのシキガミごと無造作に取り込まれたエリカは、どうしても感じる嫌な予感に背筋を冷やしながらも、困惑のままに抗議するが。

 

「うん、薬室に物を放り込む理由なんて一つしかないと思うけど…………あ、確かジークフリートって火炎無効で【勇者の精神】持ってたよね。なら貫通オフの火炎属性で発射すればノーダメージで発射できるよね!」

「え!? は!? え!? ちょっ、まさか、待ってください!!? それはちょっと、いくら何でも…………ジークフリート!!!!」

 

 いかに巨大な砲身とはいえ薬室それ自体のサイズはそこまででもなく、エリカを閉じ込めればほぼ一杯だ。その薬室内、彼女の背後にシキガミが顕現し、その背中に腕を回して抱き締める。

 

「……すまない。先程の事務課の時といい、毎回役に立たないシキガミで本当にすまない」

「いえ、悪いのは幼女ネキとアリスさんで…………待って待って待って、こんな無理矢理な移動方法────……………………!!!!」

 

 

 それを準備完了と見たアリスは、DDSから取得した衛星経由のマップデータで目標となる公園までの直線距離を測定。予測着弾点を公園に設定した目標地点の座標データを、トリガーホルダーにセットされた弾道操作術式【バイパー】へと入力し。

 

 

「じゃ、準備はいいよね……答えは聞いてない!! パンツァー・フォー!!!!」

 

 

 領域展開────【焦熱世界・激痛の剣(ムスペルヘイム・レーヴァテイン)】。

 

 アリスが必殺とする三種とは異なる領域展開。

 本来であれば、それはドーラ列車砲の砲身内部に展開する結界内部に敵を押し込み、一切の逃げ場がない世界に超核爆発級の熱量を叩き込み、敵を確実に焼灼するというもの。アリスが得意とする開放型の領域とは異なる、逃げ場のなさに特化した超閉鎖型の領域だ。

 だが今回の発動で拡がる深紅色の領域は、列車砲の砲身の向きに沿って真っ直ぐに伸び、その砲門が指し示す空を一直線に指向する。敵を閉じ込めるための牢獄ではなく純粋な砲身として空間を掌握し、星霊神社の周辺に広がる聖域の木々の合間、あるいはその上空に広がる不安定な時空間をほんの一時、強引に安定させる。

 

 

「お、覚えてらっしゃいませ~~~~~~~~~~────!!!!」

 

 

 かくして。

 

 核爆発級の爆圧を推進力に変換し、腹の底から響く重く鈍い砲撃音と共に、エリカは問答無用で空に向かって発射された。

 

 

 







 くそみそニキ「それも私だ」




 監察部の仕事は各部署の黒札に対する採点なので、周りからは実に煙たがられるお仕事。それでいて必要なので誰も何も言えない。
 つまり……他の黒札に合法的にパワハラを仕掛ける事ができるのだ!!

 そりゃ嫌がられもする。


 エリカの本霊は天魔ヤマなのだが、本人の性格は割と邪悪寄りになっている。



 なおエリカの仕事ぶり↓

1.
 エリカ「はい、合格」
 田舎ニキ「え、俺許された!?」
 エリカ「現状の魚沼支部が影響力を持つ周辺地域に対する最大のセールスポイントは、支部の最大戦力である田舎ニキ本人の傭兵働きです。その戦力強化として専用シキガミの強化のためにスキルカードを調達するのは、支部のためと言い張っても十分通用する範囲です」
 エリカ「ええ、そのスキルカードが【変化(A)】と【房中術】であっても! 実際問題【房中術】があるのとないのとではシキガミの成長率は全く違いますから、将来的にクズリュウ討伐を視野に入れて戦力強化するなら、むしろもっと早い内にやっておくべきだったかと」
 田舎ニキ「え? あっ、ソッスネー…………」
 エリカ「それとも、もしかして全く何一つ考えていなかったとかw?」
 田舎ニキ「ソ、ソンナコトナイヨー……(汗」

2.
 エリカ「ココとココとココとココとココ、それからココからココまで全部と、後はココとココ、不審点がありますので、一週間以内に修正して持ってきてくださいね。それと全体的に字が汚いので、その辺りにも注意していただければ」
 幼女ネキ「お、多い…………多くない!? 何が間違っているというのだ!?」
 エリカ「まず資金の出所、私有財産と派出所の予算の区別が曖昧になっていますから、その辺の区別をきっちりつけてから書き直してくださいな。それと、ここの部分は単純な計算ミスで、こことここ、それからこの部分は計算に入っていないレシートが三枚……財布の中に忘れていますわよ。帳簿の見直し作業は大変だと思いますが、まあ頑張ってくださいw」
 幼女ネキ「そ、そんなー!」
 エリカ「その辺の帳簿の書き方など、呉支部で定期的に講習会を開いているそうですから、一度参加してみてはいかがでしょうか」
 幼女ネキ「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ……」
 エリカ「ああ、それと最近のナマモノネキは呉市内のセーフハウスに潜伏中との事ですので、もし講習に参加するのであればその後、一度そちらを訪ねてみてはいかがでしょうか」
 幼女ネキ「!?」

3.
 エリカ「書き直し。この辺の資金の出所と、それから備品と装備のいくつかが曖昧になっていますので、きちんと記載してくださいませ」
 ホビー部「え~……それはその、ちょっと現地民の異能者に軽くテスターを依頼して……」
 エリカ「お生憎様、内職の件は全部バレてますし、詳細は既にちひろさんに送信済みですので悪しからず。隠したりしなければ来年度の予算減額もなかったでしょうに」
 ホビー部「そ、そんなー! お代官様、どうかお許しを~~~!!」

4.
 地元名家「なぜじゃ!? 何でワシが捕まらねばならん!!? ワシはこの地元を代々守護する○○神社の宮司だぞ!!」
 エリカ「立場の弱い銀・銅の異能者に対し内部規定を誤魔化して報酬のピンハネ、立場を利用しての強制わいせつ、支部予算の私的流用、挙句の果てに仕える神まで欺いて過激派メシアンとの裏取引……異能の存在を知った上で、ガイア連合の目を盗めるとでも思いましたの?」
 エリカ「既に○○神社宮司職の代替者は手配済みですし、後は貴方を捕縛して然るべきところに突き出すだけですわ。と、いうわけで黒杖特捜官の皆様、やっておしまい下さい!!」
 KSJ「「「アラホラサッサ~~~~!!」」」

5.
 エリカ「」
 K「……」
 S「……」
 J「……」
 エリカ「」
 K「……」
 S「……」
 J「……」
 エリカ「……帰ります!!」
 アリス(護衛)「え、でもまだ表札しか見てないよ? もう帰るの?」
 エリカ「知ーりーまーせーんー!! ここはカモフラージュに置いてるだけで実は地中航行艦が本部だとか、蟲毒皿の本当の作り方だとか、捕縛したメシアンをどんな風に活用しているだとか!!」
 エリカ「私は! 何も!! 知りませんから!!! ええ、絶対に!!!!」
 K「グエーそこまでバレてるの!?」
 S「ストップストップ!! ヤバいヤバ過ぎるよこの子!!」
 J「大至急全力で口止めを! 口止め料払いますから、報告だけはどうか!!」
 KSJ「「「出会え出会え、全力で追い掛けて~~~~~!!!」」」

 ……この後、全力で鬼ごっこした。



~割とどうでもいい設定集~



・黒杖特捜官
 アビャゲイル様『【R-18】アビャゲイルの投下所第一支部【カオス転生ごちゃまぜサマナーN次創作】』より。
 黒札を裁く黒札。
 正確には『ガイア連合に対して明確な裏切り行為を働いた黒札を、ショタオジの所まで引っ立てるとかいう面倒事を引き受けてくれる、高い実力と真面目な性格を兼ね備えた黒札』。
 その役割上、その仕事を請け負う黒札は紛れもない強者なのだが、明確な試験や資格条件などがあるかどうかは不明……というかガイア連合の性質上、やってくれる相手にやってもらっているだけな気が……。


・飲むガイアカレー
 ガイア系の自動販売機で買える缶飲料。
 本来のガイアカレー程ではないが、普通に回復効果がある。ガイアカレー0.5食分くらいの回復性能。
 購入にはガイアポイントカードによる認証が必要であり、また調理部により開発されたある種の霊薬であるため認識阻害によって一般人の目からは隠蔽されている。
 ガイア製自動販売機さえあればどこでもスピーディーに回復できるのがミソ。


・正義 アンドロマリウス
 古戸エリカのペルソナ。
 見た目は『BLASSREITER』のアンドロマリウス・ブラスレイター。
 大抵は天使系の正義アルカナであるにもかかわらず堕天使に分類されるだけあって、罪人に対する過剰な加虐行為などといった“正義の邪悪さ”を体現するペルソナ。
 ナビタイプに分類される割に、ナビとしての能力射程が極端に短く、ナビとして期待される役割をほぼほぼ果たせない。
 反面、射程内における【アナライズ】性能は隔絶しており、帳簿の間違いを一目で見抜く事ができたり、対面しただけで相手の隠し事を根こそぎ暴く事ができるし、フェイントやブラフが効かないし、トラップや異界のギミックなども一目で見抜く事ができる。
 特に秘密を見通す能力に関してはレベルに見合わない権能域に達しており、表面上の情報を解析するのではなく、何かしらの隠蔽がなされた時点で、裏にある真実それ自体を知覚するため、通常の隠蔽・偽装が意味をなさない。


・姫路支部の先代支部長
 ディストピア様『【カオ転三次】終末が約束された世界で生き抜きたい』より。
 破魔ネキが就任する前に姫路支部の支部長をやっていた人。
 一言で言うなら“何もやっていなかった”。自身の強化も現地民の支援も何もせず、ただひたすら贅沢するために支部の予算を使い倒しており、過激派メシアンも野放しだった。
 せめてシキガミ遠征くらいやっていたら話は別だったかもしれない。
 ……結果、実態を知った破魔ネキがキレて色々やった結果として、支部長の交代劇が発生した。

 ただ支部長交代に関してはガイア連合内で明確な沙汰が下されたから、というわけでもなく、彼と破魔ネキとの間で交渉(?)の結果としての支部長交代という結果になっている。
 その後で先代支部長が自白した(させられた)色々に関しての沙汰に関してとは、また別問題。

 この事件の結果として、ガイア連合の予算で活動する黒札達を監督する監察部が発足した。


・エリカのCOMP
 見た目は比較的普通のスマホ型だが、呉系の人型兵器に用いられる神経接続を介した視界への直接的な映像投影や思考トリガーによる操作を可能としており、液晶画面がほぼほぼ仕事をしていない。
 裏を返せば、指一本動かせない状態でも問題なく操作可能。

 戦闘用にも耐える高い強度と耐衝撃性を前提に製造された任天堂系の製品であり、戦闘用としてトリガーホルダー機能やアプリを介した仮想デュエルディスク機能、穢教滅閃の爆撃管制アプリなども搭載している。

 アリスのCOMPとの違いは、手持ちの電子端末として所持しているか、ヘイローに仕込んでいるか。


・黄金の林檎
 黒焦げ様『【カオ転三次】 終末に向けての準備するとある転生者の話』より。
 人魚ネキが女神イズンの権能で育てた黄金の林檎。
 イズンの権能が元になっているため基本は北欧系で間違いないのだが、ギリシャ神話においても黄金の林檎にまつわる伝承は多々存在し、神々を誘惑してトロイア戦争の契機になったり、アタランテを目を惹いて彼女を徒競走で敗北させたりと、異様な魅力を持つ果実として語られている。

 アリスはこれを対ギリシャ神用のデコイとして運用し、ギリシャ系の本霊を持つ幼女ネキの気を惹くために使用した。


・ジークフリート
 元ネタは『Fate』。すまないさん。
 エリカの旦那シキガミ。
 物理戦闘型として設計され、何かと人から恨みを買う仕事をしているエリカの護衛を主眼に置いて、高い防御力と【カバーリング】スキルを持つ前衛型のシキガミ。
 普段から護衛としてエリカの傍にいる旦那型。


・ネガ・セイヴァー
 元ネタは『Fate』。
 アリスのスキル。
 聖者・覚者・ヒーローが持つ全スキルと運命力を任意に無効化、魔力ランクA以下の対象への魅了確率300%、自身の手によるバフ効果200%アップ。


・極大火砲・狩猟の魔王
 元ネタは『Dies irae』。
 デア・フライシュッツェ・ザミエル。
 ペルソナ『女帝 ペレ』のオーバーソウル形態であるドーラ列車砲。敵の反撃が届かない超遠距離の広範囲攻撃でから敵を一方的に蹂躙するための形態。
 ハンドガン『アトモスイーター』を媒介として顕現している。
 通常時は巨大過ぎる車体を平面型の魔法陣一枚に圧縮し、砲門だけを限定展開する形で運用されるが、本気を出す時にはその威容を完全展開する。
 逃げ場のない閉鎖結界に敵を押し込んで標的を完全に焼き尽くす領域展開【焦熱世界・激痛の剣】に加え、標的に直撃するまで爆心地が無限に拡大するというもう一つの“必中”を持つ。



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