◇ ◇ ◇
「────さて」
眼前で甲高い稼働音を上げるメシアン製COMPに向けて、アリスは鋭い視線を向けた。渦巻くマグネタイトが、周囲に異界を展開していく。星霊神社を取り巻く山々の生命に溢れる気配が遠ざかっていき、代わりに辺り一面を侵略していくのは、息が詰まるほどの“法”の領域。
異界の規模そのものはそこまで大きなものではなく、しかし特筆すべきは空間の規模を絞る事を代償に内部を束縛するその異界法則の強固さだ。
「この術式は知ってるな。セツニキゼミの資料で見た事がある────トラピスチヌ修道院でカス子ネキが遭遇したっていうタイプだよね」
かつてメシア教会の支配下にあった時代のトラピスチヌ修道院の中枢に敷かれていた異界法則は、異界のそれに適合するLAW-LIGHTの属性に該当しない存在のレベルを半減するというもの。
当然アリスの属性は善でも秩序でもないから対象内で、しかもその当時とは異なり終末が目前に迫ったこの時代ではGPも技術もかつてとは比べ物にならず、相性の良い土地に入念な陣地作成を伴ってようやく半減止まりだった過去のそれとは異なり、携行可能なCOMPを媒体にしてすら当時とは桁が違う10分の1以下というさらに強力なレベル制限を可能としている。
「基本的にこの場に僕がいる限り意味ないけどね。まあどうでもいいし、さっさと終わらせよう」
異界それ自体を潰してはならない。
異界の主を滅ぼしてはならない。
“三枚の御札”を使い切らせてはならない。
「ショタオジに連絡して最低限の事情説明だけは済ませたから、他の二ヶ所も多分、他の人達がどうにかするよね。星祭神社の人らとか…………潰しも滅ぼしもしちゃいけない制圧戦に最適解の人魚ネキが修行用異界に大絶賛突入中で不在なのが気になるところだけど、まあ誰かしらジェネリック人魚ネキ的な誰かくらい、探せば見つかるでしょ。っていうか見つけてもらわんと困る」
そのジェネリック人魚ネキ相当で真っ先に駆り出される第一候補が誰かといえば、おそらくは現場にいるアリス当人なのだが。
ばさり、と羽音が響く。
聖堂を象った異界から溢れるマグネタイトの圧が膨れ上がり、相応のレベルを持つ大天使が顕現する。
強固なレベル制限の枷があれば、それこそ修羅勢にすら絶望的……とは限らないが、しかし決して楽な戦いにはならない事は想像がつく。
『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神なる主、万軍の統率者、万物の王、かつて来たり、常におられ、後に来られる方────仲間を逃がし、先に進ませる。その献身、見事なり。あるいは聖母に相応しいかもしれぬ』
大天使の言葉にアリスが返したのは失笑だった。
普段通りの戦闘態勢を整えながら、煽るように肩をすくめる。
「聖母ねぇ…………いやいや、誰にそれを言ってるつもりなのやら」
『諦めよ。悔い改めよ。此処、此の場では我ら天使と敬虔なる信徒を除き、常の力を発揮する事は許されぬ。それは例え修羅と呼ばれる者共であろうと同じ事。抵抗に意味はなく、ただ従順と信仰のみが汝を救済すると────!!!?』
「“聖母の慈悲は無限なり”────聖母とかいうワードを話題に出すくらいなら、寛容と赦しの概念くらいは頭に入れておくべきだと思うけど」
天使が敷いた異界の法はアリスに対して一切の効果を発揮せず、天使の言葉などには耳を貸さないアリスはただただ淡々と自身の力を解放した。悪魔変身したアリスの背中から広がる九本の狐尾、その一本が青く、蒼く、碧く凍てついたマグネタイト光を放出する。
「お前らごときに使ってやるのはもったいないけど、どうせ尻尾一本で片付くし、まあちょうどいいから仕方ない。天昇せよ、我が守護星───鋼の恒星を掲げるがため」
詠唱と共に力が溢れる。
マグネタイトが膨れ上がる。
アリスの背中から伸びる狐の尾────否、既に尾とすら言えぬ巨大な氷塊の連なりから放出される膨大な冷気が、空間を席巻し、塗り潰し、凍結させていく。
「散りばめられた星々は銀河を彩る天の河。巨躯へ煌めく威光を纏い、無謬の宇宙を従えよう。
ならばこそ、大地の穢れが目に余るのだ。醜怪なるかな国津の民よ。賎陋たるその姿、生きているのも苦痛であろう。
燦爛な我が身と比べ、憐れでならぬ。直視に堪えん。
ゆえに奈落へ追放しよう────雨の恵みは凍てついた」
溢れ出すのは凍気。
アリスの足元から白く凍える冷気が溢れ、水面に広がる波紋のように白く凍える霜の領域を拡げていく。
気温が冷え込んでいくのに伴って低下する気圧に反応し、渦を巻く空気の中に冷え切った粉雪が混じり始める。
聖堂を構成する床や壁が白く凍り付き、足元にも深く、白く、分厚い積雪に覆われ始める。
『やめろ、待て! 何をしている、貴様一体────!!? 止せ、やめろと言っている!!!』
足元を覆う積雪から無数の樹氷が突き出し、吹き荒ぶ氷嵐の中に水晶の刃にも似て鋭い枝葉を広げて成長していく。
大天使から放たれた魔法それ自体が空間ごと凍結され、中が見えない程に分厚い氷塊に呑み込まれて落下し、床にうず高く積もった霜雪の下へと沈んでいく。
慌てて前進しようとした大天使の行く手を遮るように分厚い氷壁が生み出され、その射線と進路が塞がれる。
天井から伸びる氷柱が、四方から生い茂る樹氷の枝が、足元から深くなっていく積雪が、暴れる大天使を檻のように押し込めて、その隙間から吹き荒ぶ零下の冷風に乗って剃刀のように鋭利な雪嵐がその甲殻に無数の傷を刻んでいく。
「巡れ、昼光の女神。巡れ、闇夜の女王。爛漫と、咲き誇れよ結晶華。これぞ天上楽土なり。
そして最終的に、白く分厚い氷で覆われ閉ざされた聖堂異界に敷かれていた遵守と忍従の法理それ自体が凍結し、その意味を、機能を喪っていく。元々意味をなしていなかったレベル制限が消え失せた事に、分厚い氷の下で大天使が絶望の声を上げる中、アリスはふと思い出したように呟いた。
「────自分が飛んでいくでもなく、古戸一人を飛ばす事を選んだな。まあ展開する異界を放っておくわけにもいかないから、これはこれで正しいんだけど……主人公補正ってこういう事だよね」
ヒロイン枠として強引に割り込めない事もなさそうだが、それはそれでエリカの性癖が廃絶するので、多分これが一番正しいのだと結論付けたアリスは、COMPの通信越しに星霊神社に状況を報告すると、氷漬けにした大天使をそのままに、氷の上に腰掛けた。
頭上を見上げてもそこには分厚い霜に覆われたフレスコ画の天井があるばかりで、空など見えはしないが、しかしその向こうに飛ばされていった友人の事を思う。
「……古戸、頑張ってね」
これでアリスは事件からリタイアする事になるが、追加の戦闘要員は紹介済みだ。後は、彼らに任せるだけの話だ。
◇ ◇ ◇
同刻。
黒髪の青年が一人、町中を走り回っていた。
「どうして…………、どうしてこんな事になってしまったんだ!!?」
「そりゃ全裸で走り回ってる方が悪いに決まってるだろ!!」
間髪入れずにツッコミを飛ばしてくるのは、息を切らして追走する警察官だ。その額には溢れんばかりの憤怒を示す青筋が浮かんでおり、こんな下らない事で苦労を強いられる公僕という仕事の悲哀を全力で表現していた。
「そんな! 俺の恰好のどこが不適切な服装だって言うんだよ!!?」
「全裸は人として不適切だろうが!!!」
青年としては当たり前の真実を口に出すと、後ろから追い掛けてくる警官が人として当たり前の真実で殴り返してくる。
彼としては、大して特別な……普段と異なる事をしていたわけではない。ただ普段通りに周りに迷惑が掛からない人気のない場所で日課のヌーディストウォーキングを楽しむべく外出したところ、この周辺で全くの別人が全裸で出歩いて通報され逃走したせいでこの辺一帯に警官が網を張っており、そこに運悪く引っ掛かってしまったというだけである。
そんな理不尽に抗うかのように、後に底辺ニキと呼ばれる青年『利世管雄』は地を蹴る両足の回転速度を一段階引き上げた。
「くそッ、まだ速くなるのか!?」
「フフフ、悔しかったら追いついて御覧~~~~!」
爆速で走る彼に向かって、警察官は無言のまま腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、容赦なく引鉄を引いた。山梨の住宅街から少し離れた路上に小さな破裂音めいた銃声が響き、飛来する銃弾に対し青年は全身をくねらせるような奇怪な動作で回避する。
「ちょっ!? ここ日本だろ、銃刀法はどうしたんだよ!!?」
「警官にそんなの関係あるか!」
「それはそう!」
「キモい動きで避けやがって! 次は外さねえぞコラぁッ!」
二発、三発、躊躇なく次の銃撃を撃ち放つ警官の挙動は、一発撃つだけで始末書を書かされる日本の警察官であれば当然のようにライン越えとなる類のものであるが。
「テメエ異能者ってヤツだろ。知ってるか、今の警察じゃあな……異能者相手にはいくら撃っても始末書を書かされる事ぁないんだよ!!」
「なっ、そんな!? ……でもそのリボルバー、五発か六発しか撃てないヤツだろ? もうそろそろ弾切れなんじゃね?」
「残念だったな、今の俺にはこれがあるんだよ────『無限バンダナ』!! 星大祭のブラックマーケットとかいう妙な催しで買った便利な代物でなぁ……何発撃っても弾切れしない便利な代物さ! コイツでテメエの大事なゴールデンボールをハチの巣以下のミンチにしてやるぜェ!!」
「ばんなそかな!!」
────などというコントもどきのやり取りで二人が走り去った場所から少しばかり離れること、数百メートルほど。
山梨第一支部へと続く道中にある自然公園の一角に、褪せた金色に染めたショートヘアと、鼻筋にある大きな黒子、そして白目がちな鋭い目つきが特徴的な中年女性────水神氷見子が姿を現した。
公園に踏み込んだ水神は、その公園内に漂う奇妙な臭気に顔をしかめる。知っているようで思い出せない……まるで栗の花のような、あるいは烏賊のような、そんな絶妙に生臭く、不快感を煽る臭いだ。
大体くそみそニキのせいである。
内心の不安を示すように忙しく視線を左右に動かして周囲を見回した彼女は、探していた相手がいない事に気付くと、苛立ったように溜息を吐いた。
そもそも最初の時点で、水神の逃走を助けるために派遣された過激派メシアンの確保部隊と合流するための合流地点は保険として複数用意されていた。
だが第一、第二、第三と一通り巡っても確保部隊が現れる様子はなく────彼らは既にくそみそニキによって始末されていたのだから当然だが、しかし最後の地点でも合流が叶わなかった彼女は、何かの間違いでもあったのかと疑い、最初に設定した合流地点であるこの公園へと戻ってきたのだ。
端的に言って、水神は焦っていた。
その焦りを加速させているのが、町中に響くパトカーのサイレン音だ。その実態は単純に警察から逃走するゼンラーを確保するための出動でしかなく、水神氷見子の存在は全く関係ないのだが、ガイア連合からの追手を警戒する水神の目には、町中を巡回する警官すら自身を追い立てる猟犬のように映っていた。
(……拳銃は置いてきた方が良かったかしら)
水神が小脇に抱えるハンドバッグには自身の通帳や財布、あるいは簡易に使える霊装などといった必要なもの一式が入っている。その中には、ガイア連合の実銃同好会から購入した銃器も入っており……警官に中身を検められれば間違いなく銃刀法違反で逮捕され、その身柄はあっさりとガイア連合に引き渡されるだろう。
そんな馬鹿馬鹿しい理由で捕まりたくはない。
(とにかく、今はメシアンの部隊と合流しなければ…………)
苛立ったように重苦しい溜息を吐き出し、右手に嵌めた銀色のブレスレットを指先で軽く撫でる。朝方の軽い占いで導き出したラッキーカラーが銀色だったから付けてきた霊装、麻痺と睡眠に完全耐性を得る代物だが、どこまで役に立つものやら……少なくとも、この状況を打開する役には立たないだろう。
どうしたものか、と考えを巡らせながら落ち着かない様子で歩き回り、自分の焦りと苛立ちに気付いて心を落ち着けるべく深呼吸。すぐ近くにあった自動販売機にコインを投入し、目に付いたボタンを適当に押して缶飲料を購入し────。
「────ブフォァ!!」
口の中に広がるカレー味に、思わず咳き込んで口の中身を吐き出した。缶のラベルを確認すれば『飲むガイアカレー』。
「ここでもガイアかよ!?」
思わず飲み掛けのガイアカレーを叩きつけるようにして地面に放り投げれば、飲み口から零れた液体カレーがお気に入りの靴の爪先に撥ねて黄色いカレーの染みを付ける。
耐え難い苛立ちを吐き出すように自動販売機の下面を蹴りつけると、水神の足先で鉄板の弾力で跳ねるような鈍い音を響かせた。
「────すみません、少しお話を伺いたいのですが」
話し掛けてきた男性の声に振り向くと、短くとはいえ叫んで騒いだせいで注意を惹いてしまったのだろう、そこに立っていたのはちょうど水神が一番出くわしたくなかった人種────折り目正しく制服を着た警官だ。
思わず、水神の喉が鳴った。
ちょうど警戒心が最大限に高まっていた頃合いだ。ついつい反射的に拳銃を収めたハンドバッグを庇うように抱えて後退ってしまう。
それが良くなかった。
警官からすれば単に逃走するゼンラーの影でも見なかったかどうか聞く程度の話であったのだが、この明らかな不審者ムーブだ。
あからさまな不審の表情を浮かべた警官の顔を見ても、この状況がまずいのは明らかだ。失敗を自覚した水神の背筋に一筋、冷たい汗が流れ落ちる。
どうするか。
逡巡しても何も思いつかず、ただ意識は混乱するばかりであって。
「あの、どうしました? そのバッグが、何か?」
「っ、まずい…………!」
そうして、ついつい。
パニック状態の中を迷走する思考を振り払うように警官へと向けられた掌の先から、【ブフーラ】を発動してしまう。
撃ち出された一抱えもある氷の柱が警官に突き刺さり、勢い余って近くの木をへし折って、その向こうにあった岩に轟音を上げて衝突し、その表面に巨大な亀裂を刻みながら無数の氷片を散らす。
それがこれ以上ない程に最悪の失態であるという事くらいは、一目瞭然に理解できた。
胴体と大差ない太さの氷柱が腹部に突き刺さってほとんど真っ二つになった警官は、誰がどう見ても死んでいる。常人なら確実に死んでいるし、悪魔や異能者であっても相当高位の相手でなければ、放置しておけば確実に死ぬ傷だ。
警官を、殺した。
しかもその時には、既に大きな音を立てている。
それを聞きつけてやってくるガイア連合の人員か、警察か、あるいは単なる一般人か、それは分からないが発見されることそれ自体が致命的であり、しかしこの場所が見つかるのも、時間の問題だ。
速やかにこの場を立ち去る必要があるが、死体が残っていればそれを手掛かりに足取りを辿られる可能性がある。
「まずい、まずい、まずいまずいまずいまずい!!!! いや、確か……確かこの中に!!」
震える手でハンドバッグを探り、出てきたのは六角柱型の水晶にも似た茶褐色の結晶体────『マグナスストーン』。地変属性の中位魔法を発動させる消費アイテムを起動させて地面を掘り返し、警官の死体ごと地面の下へと埋めてしまう。
それは確かに雑な隠蔽であったが、まともに掘り起こそうとすればちょっとした重機が必要になるくらいには深く埋めてしまったから、遺体が発見されるにしても少なくとも一日は掛かるはず。それだけの時間が稼げれば、逃げるには十分だ。
そんな風に腹を括ると、水神は冷や汗を掻きつつもその場からの逃走を選択した。
◇ ◇ ◇
「あああああああああ~~~~~~!!!!」
悲鳴を上げながら落下してくるエリカの身体を、ジークフリートが姫抱きに抱えて着地する。着地の瞬間、両脚に強烈な衝撃が走り、膝から足首にかけての関節が嫌な音を立てるが、しかし脚は砕ける事なくシキガミは落下の衝撃から主を完全に守り切っていた。
「ぜーはー…………キツかった……ですわ! ……でも、無事に辿り着いたみたいですわね」
「そうだな。無事か、マスター?」
「ええ。……貴方のお陰ですわねジークフリート」
ジークフリートの胸板に顔を埋めてしばらく深呼吸を繰り返し、そうして落ち着いて気力を取り戻したエリカは自身の足で立ち上がり、COMPのストレージから取り出した魔石を砕いてジークフリートの足を回復させる。
「……あまりのんびりはできませんわね。ここから、どうやって水神を探したものか………………よし!」
近くに自動販売機があるのを見つけて駆け寄ると、ここが星霊神社のお膝元の山梨であるという事もあってか、やはりガイア系の自販機だ。
その自販機の端末部分にガイアポイントカードを翳して認証を行うと同時に、COMPにインストールされているアプリ『カンドロイド』を思考トリガーで起動。自販機の投入口に数枚のマッカを放り込みつつ、思考操作でアプリのメニューを開き、中から項目を選択して取引を決済。
「タカカンドロイドを10体レンタルで……決済!」
内蔵されたターミナル機能を通じて転送されてくるのは、ダ・ヴィンチラボで開発されたレンタル式の量産型シキガミシリーズ『カンドロイド』、その中でも飛行能力と索敵・偵察能力に特化したタカカンドロイドだ。
自販機の取り出し口から飛び出した缶型のボディが空中で展開し、翼を広げた鳥を象った飛行タイプのシキガミに変形して合計10体、エリカの周囲を滞空する。
「偵察をお願いします! この周りで、この画像の女の姿かその痕跡になりそうなものを見つけたら教えてくださいませ!!」
エリカの指示に応じてタカカンドロイド達が一斉に上空へと舞い上がり、周囲を飛び回って空からの偵察を開始。
同時、周辺一帯を偵察するカンドロイド達の視界からの映像や、カンドロイドのセンサーを通じて観測された周辺の地形情報を表示したウインドウが、COMPの視覚介入によってエリカの視界の隅へと展開される。
空中偵察という手段を取ったのは正解だった。カンドロイド達が手掛かりを見つけてくるまでに掛かった時間は、せいぜい3分もいいところ────上空を飛行するタカカンドロイドの一体が空中から俯瞰する視界を映し出したウインドウが、エリカの視界の隅からポップアップしてくる。
ウインドウに表示されていたのは────裂けた木々、砕けた岩、掘り返されて埋め戻された地面。
おそらく何かしらの異能者か悪魔が暴れた痕跡で、そして周辺と明らかに色が異なる地面の状態から、この原因となった小さな事件が起きてから大した時間が経っていない事も見て取れた。
そこに何かが隠されているのであれば、“隠された真実”それ自体を知覚する『正義 アンドロマリウス』の目からは逃れられない。
“地面の下に埋められた、殺された警官”というその存在を、エリカのペルソナは一瞬で読み取っていた。
「土の様子からして、この人が殺されて埋められたのはついさっき……これなら、行けますわね」
両眼に仕込んだ【写輪眼】を起動し、【過去視】にて公園から逃げ去る十数分ほど前の水神の背中を捕捉する。十数分前というタイムラグは、本来その気になればいくらでも逃げたり身を隠したりできるだけの余裕として機能する────相手が情報系の異能者でなければ、だが。
思考トリガーで操作するCOMPから悪魔召喚アプリを起動し、召喚するのは浦野牧産の妖獣バイコーン。二本の角を持つ黒馬の背中に飛び乗り、ジークフリートに手綱を任せて自分はひたすら【過去視】の視界に集中し、馬腹を蹴って乗騎を加速させるジークフリートをナビゲートする。
並走するのは同じく召喚した妖獣ティンダロス。同様に過去視が可能で、しかも追跡能力に優れた猟犬は、元はイヌガミが悪魔変化した忠実な配下だ。
追い掛けるのは過去の水神の背中、周囲を気にしながら逃げ場を求めて移動する水神の過去を倍速で再生しながら、彼女の辿った足取りを追い掛けて現在の彼女の元へとひた走る。
異能者らしく二本の足だけでも結構な速度で移動しているが、バイコーンの足なら追いつける。街中で堂々と悪魔召喚など、後で上司やショタオジに大目玉を食らうのは目に見えているが、しかし水神を逃がすわけには行かない。
相手が人目を避けて、人気のない場所を移動していてくれるのが不幸中の幸いだ。
そうして移動を続ければ、田畑の間を通る農道から果樹園の脇を抜け、やがて辿り着くのは山中に放置されている廃工場だ。どうやら元は自動車の解体工場だったらしく、建屋やガレージの外には解体途中の車体やタイヤなどのジャンクが積み重なり、迷路のような空間を作り上げている。
「……特撮番組の撮影にでも使われそうな場所ですわね。アマゾンズでも似たような光景を見ましたわ」
「マスター、俺の背中から離れるなよ。必ず守り切ってみせる」
「ええ。信じてますわ」
エリカの足元で、ティンダロスが唸りを上げる。敵が近い。
それを理解して、エリカはCOMPから新たな悪魔を召喚する。空中に展開する魔法陣から召喚されるのはネズミかキツネに酷似した、掌に乗るほどの小さな獣────『怪異コックリさん』。可愛らしい幼獣ではなく、成獣の体躯を掌サイズに縮尺したその姿は、どこか違和感を覚えさせる。
「さあコックリさんコックリさん、水神さんの所在はあの建物の中という事で合っていますわね?」
『ソウダヨー!』
嬉しそうに肯定を返すコックリさんの答えに頷きを一つ、その小さな頭を指先でそっと撫でたエリカは仲魔を引き連れ、入り組んだ廃工場の建屋へと踏み込んだ。
突貫工事で仕掛けられたと思しきいくつかのトラップをあっさり見破って回避し、あるいは破壊して進む。真実の権能を過去視と併用して進めば、罠を見破るのは難しい事ではない。
過去の水神を追い掛けて進むエリカは、やがて放置された建屋の二階で現在の水神に追いついた。
「────見つけましたわよ、水神さん。久しぶりですわね」
「っ、古戸エリカぁ……!!」
盾となって先行するジークフリートの後について現れたエリカの姿を見て、強い怒気の籠った唸り声を上げる水神氷見子の姿は、追い詰められた手負いの獣によく似ていた。
「あら、覚えてらしたのですね。ええ、ええ。かつて事務課職員最年少で幸原派閥の解体に関わった、古戸エリカで間違いありませんわ」
「っ、アンタが、アンタがぁ…………ッ!!!」
「まあ怖い怖い。でも水神さんも悪いんですのよ。そんなに睨むのなら、あんな事になる前に水神さんが幸原さんの御乱行を止めてくれれば良かったのに。ああ、でも無理ですわね。貴方は確か、自分が幸原派閥とは無関係だと立証するために手一杯になっていらっしゃいましたから。千川さんに土下座するの、楽しかったですか?」
「っ……あああああああッ!!!!」
怒気が弾ける。悪人面を真っ赤に染めた水神が、煽りに耐えられず脳髄を沸騰させる憤怒のままに魔法の力を叩きつけた。放つのは全力の【マハブフダイン】、しかしそれより一手先にジークフリートが発動させた【炎の壁】が、荒れ狂う氷雪のミキサーを完全に防ぎ切る。
「チッ、やっぱり効きが悪いねぇ。アンタ達、出てきな!!」
水神の号令に従って【霊体化】を解除して姿を現すのは、彼女が従える専属シキガミ達、合わせて10体。全て『刀剣乱舞』の刀剣男子型。
白髪に白い肌、和風の白装束と全身を白色で揃えた少年、鶴丸国永。
深青を基調に三日月の意匠を取り込んだ公家装束の青年、三日月宗近。
黒地に鮮やかな赤の差し色が印象的な軍装の少年、加州清光。
着崩したスーツの上から要所に甲冑の装甲で守った蓬髪の青年、燭台切光忠。
袴に簡素な胴鎧の上から新選組のそれを模した浅葱色のダンダラ模様の羽織を着込んだ柔らかな表情の少年、大和守安定。
紫紺色の洋装の上から甲冑を着込んだ堅苦しい青年、へし切長谷部。
華やかな儀礼用の軍服に肩掛けのマントを羽織った涼やかな青年、一期一振。
半ズボンの軍服が印象的な、幼さを多分に残した顔立ちの少年、薬研藤四郎。
ブレザーの学生服に似たジャケットの上から襤褸のマントを被って顔を隠した金髪碧眼の少年、山姥切国広。
10人の中で最も幼く小柄で、それでいて体格に見合わない大太刀を背負った少年、蛍丸。
それぞれ見目麗しい美青年や美少年の姿をした彼らは、それぞれが腰に差した日本刀を抜き放ち、構える。
ジークフリートとは異なり愛情を注がれていないのかそれぞれ明確に感情を備えた自我はない様子だが、しかしそのレベルと性能だけであればジークフリートと大差なし。
加えて水神の左右を守るようにアガシオンも4体。
イヌガミやトウビョウを扱うような技量はないのか、幸いにもそれ以上の仲魔はいないようだが、しかしそれでも十分以上に脅威だ。
さらに水神自身も懐から取り出したスマホ型のCOMPをタップして、それを腰に巻き付けたベルトに装填し────しかしベルトがその時点で火花を散らし、弾けるようにして水神の腰から弾け飛んで廃工場の床に落下する。
「展開型デモニカ────霊山同盟傘下、スマートブレイン製の終末環境対応型次世代モデル、ネクストカイザギアですわね。何か不具合でも?」
「ちっ、別にコレがなくてもアンタ一人ごとき、どうにだってなるんだよ! アンタら!」
水神の声に応えて、居並ぶ刀剣男子のシキガミ達がずいと前に出る。
数の暴力は、ただ並べるだけでも十分な威圧だ。事実、水神の言う通りシキガミとアガシオンに水神自身も含めれば都合15対1という数の暴力を前にジークフリート一人で抑えるのは難しい、が。
「防いでみせるさ!」
「信じてますわよ!!」
真正面から踏み込んでくる刀剣男子、二騎。燭台切光忠が先陣を切り、その背後に続く蛍丸。微妙にタイミングをずらしながら間合いへと踏み込んだ二人に向かって、ジークフリートは背に負っていた大剣を鞘ごと振り下ろして迎え撃つ。
光忠と蛍丸、二人がタイミングを合わせ突き出した太刀の交点に、ジークフリートが振り下ろした大剣が直撃。爆撃じみた轟音が鳴り響き、衝撃で周囲の床から微細な塵が舞い上がって、薄汚れた床上に煙るようにわずかな陰影を作り出す。
競り勝ったのはジークフリートだ。
二人が手にした太刀は、スキル【近接武器装備】によって具現化されたもの、対してジークフリートが振るう霊装『ルドウイークの聖剣』は、彼の強化のためエリカが資金を積んで購入した業物だ。どちらが強いかといえば、明確に実体を持つ霊装として装備しているジークフリートの大剣が、スキル一つで維持されている刀剣男子達の剣に勝るのは自明。
逆に突き飛ばされた光忠と蛍丸の二人がたたらを踏んで一歩後ろに下がり、代わりに後列から飛び出した大和守安定とへし切長谷部が挟み込むようにして左右から繰り出す斬撃を、大剣の刀身を盾のように縦に構えたジークフリートが受け止める。水神の周囲に常に二体以上の防衛戦力を残しつつ、二体一組の刀剣男子が代わる代わる同時攻撃を繰り返し、反撃の隙を与えず攻め立てる。
数の暴力で押し切れば、少々の武器の差などゴリ押しで突破できる────相手が本当に一人ならば、だが。
「私もいる事、忘れないでくださいな!」
タイミングを合わせジークフリートの脇の下から突き出したエリカの手にマグネタイトが収束し、COMP内蔵のトリガーホルダーに刻まれた術式に従って固化・金属化していく生体マグネタイトが武装を形成する。構築されるのは一挺の拳銃────奇妙に寸胴で不格好なデザインのリボルバー『MILサンダー5』。
その異様に太く長い回転弾倉を指先で弾けば、COMP内部の電脳異界化壷中天ストレージに組み込まれたフォルマ弾倉化済み専用フォルダに格納された弾丸が5発入りの回転弾倉へと順次装填され、発射準備が完了する。
トリガーを引けばダブルアクションの機関部が稼働、持ち上がった撃鉄が弾倉後部へと叩き込まれ、詰め込まれた炸薬を撃発。
弾殻に刻まれた術式により見た目以上の容積を持つ空間拡張型ショットシェルは、銃口から飛び出した瞬間に内包した504発の神経弾・スタンショット混成ペレットを爆ぜ散らかした。元より多数の子弾を詰め込んだ事と引き換えに打撃力の低いバードショット、さらに巨大な弾倉とバランスを取るように短く小さな銃身と刻まれたライフリングにより散弾の拡散率は極端に広く、火力には一切期待できないが、スプレーのように吹き拡がった弾薬の殺傷範囲は逃げ場の無さなら折り紙付きだ。
広範囲に飛び散った散弾は駄目押しでトリガーホルダーに内蔵された炸裂術式【メテオラ】で起爆し、攻撃範囲を拡大する────徹底的に“とにかく当てる事”を重視した銃撃。
それだけに威力こそ頼りないものの、その弾頭は神経弾とスタンショットの混合。睡眠と麻痺の二種を織り交ぜた散弾は、着弾した対象を行動停止させる事のみを追求し、敵の動きが止まったところで。
「ジークフリート、回避」
「承知!」
ジークフリートが足元に煙幕代わりのマハラギストーンを叩きつけて炎の壁を作り敵の間合いから離脱。そこにタイミングを合わせ、エリカは思考トリガーだけでCOMP内のアプリの一つを起動────穢教滅閃・爆撃管制アプリ。
連続召喚されるのは“かつて天使だったモノ達”────ガイア連合の中でもとりわけ凶の方向に技術を振り向けた者達が製造に携わった殺意の産物『穢教滅閃』、原形を留めない怨嗟と悲嘆の塊へと存在を捻じ曲げられた凶念の塊10体は、管制アプリの照準に従い狙い撃つのは、シキガミ達の後方に控えていた水神だ。
それを庇うようにして六体のシキガミ達が盾となり────それが狙いだ。庇うべき対象をこれ見よがしに狙い撃つ事で、回避という選択肢を取らせない。万能属性の爆炎が十重に連なって弾け散り、前線に立っていたものから順に重傷を負って斃れていく。身動きできないまでの損傷を負ったのは一体、二体……三体目の薬研藤四郎は【食いしばり】にて踏みとどまるも。
「それで打ち止めみたいだねぇ! やりなさいアンタ達!!」
「誰がシキガミ一体だけだと言いましたか!! キングシャーク!!」
『■■■■■■■■■────!!』
エリカの号令に従って【影潜行】を解き足元の影から飛び出してくるのは、凶悪なホオジロザメの頭部を持つ獣人型のシキガミ『キングシャーク』だ。巨大なサメの顎を大きく開き、両腕で捕まえた薬研藤四郎を口の中に押し込むようにして放り込み、そのまま噛み砕いてトドメを刺した。
高い戦闘力と引き換えに知能や整備性を犠牲にしたタイプのシキガミだ。だがそれだけに攻撃性能は高く、耐久性もまた高い。
「これで残り7体……降参する理由としては十分過ぎるとは思いませんか? 今なら……ええ、もしかしたら、ひょっとして、何か不思議な事が起こって、奇跡的に、ちょっとした罰を受ける程度で許してもらえるかもしれませんわよ。だって貴方、自分は大して悪い事なんてやっていないとか思ってるでしょう?」
「ぐっ……そうは行かないよ! アンタ達!」
水神の指示に応じて、三日月宗近、燭台切光忠、一期一振────刀剣男子の内でも魔法が使える数体がキングシャークに向かって火箭を集中させた。防御態勢を取ったキングシャークの体表で多様な属性の魔法が火炎、電撃、破魔と色とりどりの閃光を弾けさせ、その光に紛れて剣を構えた刀剣男子達が走る。
数体がかりでキングシャークを惹き付けて、二体がジークフリートの進路を塞ぎ、COMPから緊急召喚され盾となったバイコーンを斬り捨てて最後の一体がエリカの頸を狙う。それをサンダー5の銃弾で迎撃しようと試みるものの相手は【銃撃無効】を積んだシキガミだ。
長身の刀剣男子が振り上げた大太刀の刀身がぎらりと光を反射しながらエリカの首筋へと迫り。
「終わりじゃぁ死ねぇええええええ~~~~~!! っ─────!!?」
快哉を上げて殺意を吠えた水神が、しかし背筋を凍らせる嫌な予感に反射的に顔を上げる。
────そして。
刹那。
まず真っ先に予知能力持ちの水神が跳ねるように顔を上げ、アガシオンの一体を抱えて飛び込むようにして部屋の隅へと退避。
「そろそろ宜しいかと思いますわよ、材木座さん」
『どぉれ、でゴザル』
腹に響く轟音と共に、天井が崩れる。
それに一拍遅れて、その刀身に纏ったマグネタイトを虹色に燃やす鮮やかな白熱光がエリカの眼前へと走った。
虚空を走る大斬撃は刀剣男子達が放ったものではなく、その軌道上にあった大太刀の刀身を何の抵抗もなく溶断して尚止まらず、廃工場の建屋を斜め一直線に灼き切って、それに一拍遅れて空間に走る灼熱の破壊光が崩れゆく建造物を薙ぎ払い、ついでにエリカに向けて迫る刀剣男子達を巻き込んで吹き飛ばす。
万能属性の灼熱光に引き裂かれて半壊した廃工場の床に、マギジェットスラスタの噴射光を曳き、地響きを立てて着地する人型の機体────展開型デモニカ『ULTRAMAN SUIT ORB』。
顔面を覆う銀色の仮面こそ仮面ライダーに似通っているものの、黒を基調にした重厚な全身装甲は和風の大鎧に近く、背面のバックウェポンシステムに備わる左右のサブアームに懸架された蛇腹型の大盾が大袖を象っているのと相まって、その全体的なデザインは重厚な鎧武者を思わせる。
開発こそ北神奈川支部で行われた機体ながら、宮城ロボ部に由来する技術の解析と転用を主目的に製作された鋼の全身装甲は、ULTRAMANSUITSでありながら真打劔冑の系譜に連なっており、その機体デザインもそれに由来するものだ。
「何事だい!? アンタ何を隠してやがった!?」
「そちらのシキガミの頭数と戦力なんて最初から調査済みですので、それに対応できるだけのカードくらい用意してくるのは当然でしょう。こちらにだって切り札の一つくらいは用意しているのですわ」
この廃工場に向かう道中、罠として仕掛けられた天使異界を前にして自分が脱落せざるを得ないと判断したアリスは、ショタオジに報告を済ませると共に、十分な戦闘力があり自分が親しい三人の黒札の名前をエリカに伝えていた。
『材木座義輝』『有田春雪』『平野コータ』の三名の中で、ちょうどタイミングよく連絡が付いたのは材木座一人だけだったが────今のエリカにとってはそれだけでも十分過ぎる程に得難い助力だ。
『切り札扱いなんて、少々背筋がムズ痒くなり申すでゴザルが……ま、せいぜい光栄だと言っておくでゴザルよ』
片膝を廃工場の床へとめり込ませた姿勢で降着したORB SUITは、肩のウェポンラックに固定された大剣『オーブカリバー』の柄を掴み、立ち上がる。
崩れた天井から降り注いだ砂埃がその肩から零れ落ちると共に、生まれたわずかな隙を狙った刀剣男子が走る。シキガミの銘は大和守安定────元となった刀はかつて新選組一番隊隊長の沖田総司が振るったとされる内の一振りで、それを示すかのように装束も水色のダンダラ模様が刻まれた羽織袴だ。
【縮地】による高速移動から繰り出すのは必殺の【無明三段突き】、同一時間・同一座標に完全同時三撃を繰り出す事で事象飽和・空間崩壊を引き起こす防御不能の必殺攻撃────ならば回避は可能。
ただ一歩を右側に踏み【無明三段突き】の切っ先を回避、同時に懐深くに踏み込んで突き出すのは、その刀身を肩に乗せたままのオーブカリバーの柄先だ。
自らの【縮地】の勢いをカウンターに乗せる形になった大和守安定がその胴体をくの字に曲げて吹き飛び、後続のへし切長谷部を巻き込んで床に転がった。
その後ろから飛び出してくる地を蹴って跳ねるように迫る三番手、白装束の鶴丸国永は二人を回避するために隙の多い跳躍動作を強要される。逃げ場のない空中から打刀の切っ先を突き出した鶴丸国永の一刀は側面にオーブカリバーの鍔を当てて狙いを逸らし、逆に反動でその鍔元に備わる円盤型のセレクターを回転させてシステムを起動。
五種の魔法を内蔵されたセレクターに搭載された五行炉が唸りを上げて稼働を始める中、鶴丸国永の膝を足払いで崩しながら、同時に逆方向から攻めてくる燭台切光忠の肘に左掌を入れて刃を弾き、ガードが跳ね上がったところで腕を掴み、全身で振り向くように左肩だけで放つ変則背負い投げ。
投げ飛ばされた燭台切光忠の身体は、ちょうど【トラフーリ】で背後に転移して大太刀を振り下ろそうとした蛍丸への盾となって【デスバウンド】を受け、全身を切り裂かれて噴血する。
オーブの鎧を纏う材木座は、ウェポンラックへと固定していたオーブカリバーの刀身の拘束をそこで初めて解除する。
勢いよく床に突き立てられた刀身を起点に、黄金色に燃える燐光が円を描いて波紋のように拡散。床から溢れた【オーブグランドカリバー】が放つ地変属性の爆光が5体のシキガミを薙ぎ払った。
『これがガチャで引いた当たり装備の力、でゴザルよ!』
「なんて言いながら装備の力なんてほとんど使っていないでしょうに」
軽口を叩いて肩をすくめたエリカと材木座に、眼光をぎらつかせた水神は荒い鼻息を吹いて舌打ちを一つ。
「っ、たった一人で何が変わるっていうんだい! えぇいアガシオン、仕事おし!!」
『おっ、時代劇に出てきそうな典型的な悪役ゼリフ、いただきでゴザルな』
苛立ちが多分に含まれた水神がその手に掴んだアガシオンを床に叩きつけると同時に、その身体の半ばを護っていた護法の壺と一緒にアガシオンが無数のマグネタイト片に砕けて飛び散り、発動する【リカームドラ】。術者であるアガシオンがその身を犠牲にする代償と引き換えに味方全体への蘇生と完全回復を行い、半壊していた刀剣男子達をただ一手で蘇生させる。
さらに駄目押しとばかりに水神がハンドバッグから取り出したのは、明らかにガイア連合製のものではなさそうな新しい十字架型のCOMPだった。メシアンから譲渡されたか貸し出されたか、そこから召喚される天使は二体。
火炎を纏った光輪を背負う人型、天使ケルプ。天使のヒエラルキー九階級の中でも上位三隊に位置する高位天使であり、そのレベルは下手な大天使のそれを上回る。
翼を生やした白磁の壺から、縦並びになった三つの頭部を生やした無生物型、天使ドミニオン。九階級の中では上位にこそ届かないものの、中位三隊の中では最上位に位置する上位天使。
「あらあら、その天使────どこから調達したのでしょうか? またまた、捕まってはならない理由が積み上がりましたわね」
「うっ、うるさい! ここでアンタを仕留めれば、後はどうにだってなるのよ!」
「どうでしょうか? むしろ、この状況で逃げられるとでも? これだけ大量の天使をガイア連合の本部のすぐ傍で召喚しておいて、ガイア連合が気付かないと? いえ……そもそも逃げたとして、その後の行き場があるとでも?」
「アンタだって逃がしやしないよ! ここでブチ殺してやる! アンタ達、やりな!」
相手も焦っている。
いくら事務課がその機能を停止している今とはいえ、ガイア連合それ自体が完全な機能停止に陥ったというわけでもなく、その手から無事に逃げ切るためにはガイア連合の機能が回復するまでの時間との勝負に勝つ必要がある。
猶予はせいぜい一日程度、それまでに逃げ切れなければ、何をどうしようと逃げ切れない強者に追われて捕まるのは目に見えている。
このまま捕まってたまるものか、と額に冷や汗を浮かべた水神の命令に応じて、悪魔達が動き出す。
【マハラギダイン】を発動させたケルプが腕を振り払い、そこから噴き上がる火炎が波濤のように渦を巻いて迫る。
ドミニオンが発動させた【サバトマ】によって多数の下位天使が召喚され、【スクカジャオート】【タルカジャオート】の支援効果を受けながら数の暴力で迫り来る。
降り注ぐ炎の雨と飛び交う天使、そんな地獄絵図のような光景の下、大和守安定が、加州清光が、刃を構えた刀剣男子のシキガミ達が迫る。
足元に転がったゴミを蹴り上げ大和守安定の視界を奪って再度の【無明三段突き】を不発させ、水撃属性の【オーブウォーターカリバー】で加州清光が振るってきた【火竜撃】を受け止め相殺。
刀身を取り巻く水流が瞬間的に沸騰し蒸発、溢れた蒸気が周囲を白く染める中、重心をわずかに崩して加州清光の刀身を滑らせると、その足元を蹴り払って相手が転倒したところに、その頸椎を踏み折りながら【圏境(極)】の歩法で気配を消しつつ踏み込み、攻撃のタイミングを逃した大和守安定が放つ苦し紛れの斬撃を弾き、その切っ先を顔面へと突き入れて脳天を貫いた。
上空から迫る天使の群れは【オーブウインドカリバー】の竜巻で巻き上げて吹き飛ばし、司令塔である天使ドミニオンを縦一直線に斬断し、ついでとばかりに三日月宗近の頸を刎ねて落としたところで、燭台切光忠、鶴丸国永、山姥切国広が同時三方の半包囲から一斉に斬り掛かるが。
『生憎と、拙者こちらのカタナが専門で御座るので』
《Revolve ON.》
《Avenge.》
床面を蹴り、突き立てたオーブカリバーを始点に倒立するような曲芸じみた動作で三方からの斬撃を回避すると同時、墨で塗り潰したかのように黒く暗いマグネタイト光が溢れ出す中、毒々しく緑青色に燃える鬼火を圧縮して固めたような両手を象ったエフェクトが周囲に展開する漆黒の増加装甲を掴み、ORB SUITの左右からその全身へと着装する。
飄々と吹き鳴らされる尺八と、小刻みに打ち鳴らされる小太鼓────和風のシステムサウンドが場を彩る中、その顔面を覆い隠すように装着されたバイザーの隙間から漏れる赤の妖光が禍々しく明滅する。
《BLACK GENERAL────BUZIN SWORD!!》
《READY,FIGHT!》
拡張武装『武刃』を納めた鞘の鍔元を、鞘を握る左手の親指で押し上げる。何の抵抗もなくするりと抜き放たれる長刀は、その柄を握る材木座の手の捻りに合わせて鋭く翻り、踏み込みと同時に三閃。禍々しく墨色に煙る黒雲のエフェクトが流れる中、銀色の斬光が三度閃いて、三体のシキガミが倒れ伏す。
炯々と暗い光を放つバイザー越しに睨まれた水神は思わず息を呑んで数歩を後退り、触れれば斬り落とされそうなその視線を遮るかのように残るシキガミが自身の剣を手に立ち塞がるも。
「ついでにこんなのもあるでゴザル」
《エレキ・オン》
ORB SUITの黒の装甲が一瞬で鮮やかな金色に染まり、一気呵成に踏み込んでくる薬研藤四郎の剣戟を右腕に装着された専用装備『ビリーザロッド』の側面で受け止める。金色のロッドから放出される放電がシキガミを感電させて動きを止めると同時、逆手で握った『武刃』の刀身を翻してORB SUITは鮮やかに敵を斬り倒していた。
デモニカに内蔵されたトリガーホルダーのスロット3つ────ブジンソードに2つ、エレキスイッチに1つを使って装備された追加装備による強化形態『ULTRAMAN SUIT ORB ブジンソード・エレキステイツ』。
『ヌっハハハハハ!! やはりこの組み合わせが最善でゴザルな! 二刀流は最高で御座る! ヒテンミツルギスターイル!!!』
敵の攻撃は右のロッドで的確に捌き、伴う放電で硬直した敵を左の武刃で的確に斬り倒していく。
あるいは左の武刃で受け流し、右のロッドから伸びる電撃で仕留めていく。
時には足払いや柄打ち、肘打ちでの牽制も不規則に織り交ぜて、こちらの挙動を予測させない。
なお飛天御剣流は何一つ関係ない。
「……何というか雑に強いですわね、この人」
エリカのように特殊な能力に偏っているでもなく、ただひたすら順当に強い。当人は剣撃中心の近接物理に特化しているものの、それを複数本所持している属性武器で補い、多彩な属性を使いこなして攻撃範囲を拡大し、的確に敵を圧倒している。
デモニカの性能頼みでもなく、技量それ自体も圧倒的に高い。間合いの内側であれば、剣すら使わず敵を捌けるのがその証左だ。
だが、敵が崩れない。
材木座が単騎で踏み込むたびに陣容が半壊し、しかしそれで磨り潰されないのは、彼に陣形を轢き潰されるたびに水神の周囲に浮遊する四体のアガシオンの【リカームドラ】で復活しているためだ。
一体が【リカームドラ】の代償で沈んでも、別の一体が再度【リカームドラ】を発動させる事で同時に復活し、全体蘇生を繰り返して集団を維持している。
「さながらギミックボス、というところでしょうか……」
既に何回死んだか分からない一期一振が放つ【氷竜撃】、三日月宗近の【白龍撃】、それに合わせ降り注ぐ天使の一斉射撃。
攻撃は止まず、敵は止まらず、ゆっくりと廃工場が崩れていく。
「だったら────一瞬でよろしいので一旦、敵を全滅させて下さいませ!」
『ふぅむ、なるほど承知した! 何をするのか知りませんが、任されたで御座るよ!』
材木座が軽く手を引けば、エレキステイツを解除して装甲色を元通りの黒に戻したORB SUITの空になった右手に、放置されていたオーブカリバーが飛来して戻ってくる。ゴムとガムの性質を付与した念糸はアリスが得意としている技であるが、どうやら彼も習得していたようだ。
背後から斬り掛かってくる鶴丸国永の太刀を背中に回した長刀で受け止めると共に、脇腹の下を通して突き出したオーブカリバーの柄先で鶴丸国永の鳩尾を潰す。同時にオーブカリバーの鍔元の円盤を自身の脇腹に当てて回転させつつ、振り返る動作で鶴丸国永を一息に斬り捨て、再度振り返ってオーブカリバーを一閃。
発動する属性は四つの中でも最も攻撃範囲の広い風────疾風属性の【オーブウインドカリバー】だ。荒れ狂う竜巻がシキガミと天使の群れを巻き上げ、上空高く空の上へと吹き飛ばしていく。
『後はこれでトドメで御座るな!』
空ごと焼き払うかのような【オーブフレイムカリバー】で強烈な爆炎を打ち上げ、空に吹き飛んだ敵を焼き払った。爆炎の余韻が火の粉となって埃塗れの空気を焦がす中を突っ切り、エリカが走る。
ジークフリートとキングシャーク、二体のシキガミが彼女を護り、その身を挺して盾となって進ませる。代わりにキングシャークが沈み、ジークフリートが【不屈の闘志】と【食いしばり】を使い切ったが、しかし確実に距離を詰めていく。
その動きを一瞬速く察知した水神が【ブフダイン】を放とうとその掌を向けるも、物陰から飛び出した妖獣ティンダロスへと狙いを変えざるを得ず、その直撃を受けたティンダロスがマグネタイトの塵と化して送還されるのと同時、コックリさんの念動で自身を飛ばしたエリカは、前に立ち塞がろうとしたへし切長谷部の脇を擦り抜けて、敵の懐へと飛び込んでいた。
アガシオンに【リカームドラ】を使わせるか、眼前のエリカを優先するか────二択を迷った水神が逡巡した隙を突き、構えるのはMILサンダー5、狙いは大雑把に、しかし飛び散る散弾は広範囲に飛び散るから、半分素人のエリカでも当てるだけは不可能ではなく。
「ジャックポット、ですわ!」
装填されているのは神経弾。空間拡張ショットシェルに詰め込まれた504発の神経弾ペレットが、銃身に刻まれたライフリングに導かれて飛散し、その脆弱な、しかし広範囲の殺傷半径にアガシオンと水神と、さらに盾になるべく飛び込んだ燭台切光忠を巻き込んだ。
攻撃力は必要なく、ただ当たる事のみを重視した銃撃は見事に敵を捕らえ、アガシオンのスキル発動を阻害し、さらに銃撃に巻き込まれた水神が悲鳴を上げて吹き飛び、廃工場の外へと転がっていく。
それよりわずかに遅れて燭台切光忠が【道具の智慧・癒】で『崖っ縁粉末』を使いアガシオンに代わって全体蘇生を発動させ、死亡した燭台切も三日月宗近が発動させた【リカーム】と【ディアラマ】で戦線復帰を果たすものの────水神が戦場を離脱した以上、これ以上の戦線の立て直しは起きない。
少なくとも、この戦場では。
『拙者がいればここは十分にゴザル! 余計な敵は通さぬゆえ、そちらは早いところ標的の確保を頼むでゴザルよ!!』
「分かっておりますわ。お先に!」
偶然か、それとも予知によるものか────戦場から逃れ出た水神の後を追って廃工場を飛び出し、エリカは瓦礫の脇を器用に通り抜けて敷地を走った。
過去視を使う【写輪眼】の視界に映る数秒前の水神は、廃工場の正門へと真っ直ぐに走っていく。予知と占術に特化した魔法型ゆえに異能者としてもそれほど速くなく、苛立ち紛れに周囲の瓦礫を蹴散らしたりしているせいで余計に足が遅くなっているが、しかし傷は傷薬か何かで治したらしくその足取りは安定しており、想像以上に速い。
とはいえ水神自身に既に大した移動手段は残っておらず、追う事自体はそれほど難しくない。トラップを回避できるのは水神の専売特許ではなく、情報型異能者であるエリカもまた視界に映るトラップを確実に見通して、水神の後を追い掛けていく。
「っ……逃がしませんわよ!」
背後に浮かぶ『正義 アンドロマリウス』が警告の声を上げると同時、崩れ落ちてくる瓦礫の山を脊髄反射で横に跳んで回避。氷結魔法で作られた簡易的なトラップでエリカの目を欺くのは不可能だが、しかし回避に余計な手間を踏む事になり、一手分の時間を稼ぐだけに終わる、が。
捕縛か捕殺は時間の問題だ。一手を稼いだ程度で最終的に逃げられるものではなく、悪足掻きにしかならないという事実を、未来を読める異能者は誰よりも賢明に見通せるはず────そんな人間が、そうそう無駄な一手を取るものか。
その事実に思い当たった刹那、ペルソナ『正義 アンドロマリウス』────相手の隠し事を読み取る異質なナビ型ペルソナが警告の声を上げる。
「もう、半端な事をしている暇すらもったいない……道を開いて、ジークフリート!!」
「承知────薙ぎ払う!」
隣に並走するのは、最も信頼するシキガミ。全身に火炎を纏い、自身の霊能を火炎属性に特化する【火の神依】を発動、次いで手にしたルドウイークの聖剣の刀身を覆う鞘を解放し、鮮やかな銀色に輝く刀身に魔力を収束させていく。
その刀身からほのかなオレンジに輝く魔力が陽炎のように立ち昇り、その中に火の粉が舞い散り始めれば、涼やかな銀色の刀身が鮮やかな灼熱のオレンジへと染まっていき、やがては渦巻く轟炎を強制的に収束させた巨大な刀身を形成。刀身の形に収束させた【アギダイン】が、立ち並ぶトラップやその間に作られた雑なトラップ諸共、行く手を薙ぎ払う爆炎の渦として解き放たれる。
「ああもう、しつこい! 来な!」
身を低くして瓦礫の陰に逃れ、炎の渦を回避した水神の呼び声に応じ、搭載されたスキル【口寄せ】を発動させて転移してきたのは、少し離れた戦場で未だ他のシキガミ達と共に材木座と交戦中だった白髪白衣のシキガミ、鶴丸国永。水神の護衛として設計され製造された、水神にとっての最初のシキガミだ。
完成し、シキガミとして稼働を始めて数年、いまだに自我を発露させていない虚ろな表情のまま、しかし組み込まれた戦闘スキルと、そして何よりシキガミ遠征によって積み上げてきた戦闘経験は正真正銘の本物。
立ち塞がるジークフリートの大剣と真正面からぶつかり合い、激しい剣戟の音を立てて切り結ぶ。
速度と手数では鶴丸国永が上、しかし膂力とタフネスはジークフリートが上、そして日本刀と大剣という得物の差によりリーチでも軍配が上がるのはジークフリートの側ながら、彼はそれに頼らず、素材に竜鱗を組み込んだ防御力に物を言わせて積極的に間合いを詰めて、鶴丸国永を押し込んでいく。
鶴丸国永の勝利条件は水神氷見子を守り切る事。
そしてエリカにとっての勝利条件は、水神氷見子の捕縛もしくは捕殺の障害の排除────剣戟で勝つ事が必ずしも勝利ではなく、ジークフリートの戦術目標はエリカのための道を開く事。
その役割に忠実に、忠実な騎士として在り続けるシキガミは主人のための道を開く。
「マスター、行け!」
「ええ、そちらは……頼みましたわよ!!」
その脇を擦り抜けて水神へと追い縋るエリカの耳に、小さな音が届いた。そう大きな音ではない、むしろ極々小さく軽い、それこそ軽量のスクーター一台程度のものであり、メシアンが逃走用に用意したものとも思えない────だからこそ、まずい。
メシアンではなく、そしてガイア連合ですらないのであれば、それはつまり何の罪もない一般市民が戦場に紛れ込もうとしているという事。
「っ、待ちなさい────!!」
手にした拳銃のトリガーを引き絞るが、それに合わせここぞとばかりに水神が発動した最後の【氷の壁】、生み出された氷塊へと着弾し、その表面を多少削り取りながらも、貫通力の足りないエリカの銃では撃ち抜けない。
その隙に瓦礫の山を駆け上がり、大きく踏み切って一際大きな瓦礫の鉄塊を踏み台に跳躍した水神の視界の中、道路の向こう側から走ってくるのは、何の変哲もない紺色のスクーター。
乗っているのは初老の女性、フロントのバスケットには中身の詰まった買い物かごを乗せて、明らかにその辺のスーパーでの買い物帰りの風情。
飛び出すようにして空中に躍り出て、そのまま廃工場の敷地の外へと飛び出した水神の足元へと、何も気づかない老婆が乗ったスクーターは滑り込むようにして、会心の笑みを満面に浮かべた水神の足元へと走り込んでいく。
その機を逃さずスクーターの荷台へと飛び降りた異能者の膂力に任せ、乗っていた女性を引きずり上げるように運転席からどかすと、突然の事態に困惑の悲鳴を上げる老婆の首筋を掴んで、片腕一本で振り回すようにしてエリカに向かって投げ飛ばした。
乱雑な放物線を描いて、老婆がこちらへと飛んでくる。それを受け止めるように、エリカは反射的に動いた────動いてしまった。
「ダヒャヒャヒャヒャ~~~~~~これがアタシの逃走経路だ、残念だったなお嬢ちゃん!!」
「っ、この……!」
舌打ちしながらも飛んできた女性を受け止めたエリカだが、そこで打ち止めだ────本当なら、見捨てるべきだった。女性は地面に叩きつけられて重傷を負うだろうが後からいくらでも治療や蘇生が効く。にもかかわらず水神を追うための最後の一手を、そこで使い切ってしまった。
老婆と入れ替わるようにしてスクーターのサドルへと跨った水神は、揺れたスクーターのハンドルをそのたっぷりと肉の詰まった大振りな手で握り締めると、器用にスクーターのバランスを取り戻し、グリップを捻りギアを入れて加速。
一般家庭用に流通するスクーターながら、終末環境での稼働と異能者による運用を想定し、異能者の生体マグネタイトで加速する隠し機能を搭載された、ガイアモーターズ製の終末対応モデルだ。ニトロでも入れたかのように限界まで一瞬で加速したスクーターに乗った水神の背が、一気に遠ざかっていく。
こうなる事まで、相手が予知し切っていた────情報系異能者としての、完全な敗北だった。
握り締めた拳を近くの壁に叩きつけると、その反動がじんわりとした痛みとなって広がっていく。
「誰か────お願いだから誰か、そのバイクを止めて!!!!」
◇ ◇ ◇
同刻。
「はぁ……」
ガイア連合山梨第一支部に程近く、少し離れた第二支部に向かって伸びる道路上を比較的ゆったりとした速度で走っていた車の運転席で、愛清フウカは溜息を吐いた。
当然ながら無免許運転で、それなりに身長はあるものの童顔で見た目学生以外の何物でもないフウカが車を走らせて警察に見つかれば職質待ったなし……ではあるものの、運転席周りにミーム遮断と認識阻害を組み込んであるため覚醒者ならざる一般警官であれば気にする事もないし、何ならカメラなど機械の目すら誤魔化せる代物だから、フウカでも気にせず一般道を走らせる事ができる。
ある程度の自己判断能力を持つシキガミ車両は、フウカがハンドルを握っていなくても目的地さえ定まっていれば自身の知識やマップ情報に従って進路を選び、周囲の交通状態を見ながらオートで目的地へと走ってくれるから、運転免許の必要性もあまりない。
本来であれば今日はガイア連合料理部員としての修行先である『膳王飯店』で、普段通りに料理の腕を振るっている頃合い、なのだが────どうも今日に限っては調子が悪く、いまいち作業に身が入っていない状態で、それを見かねた上司である炒飯ネキこと朱城ルミの指示により、気分転換を兼ねて出前にでも出てくるように言い付けられてしまったのだった。
出前の行き先はガイア連合第二支部。何やらスケベ部の会合があるとかいう話で、ちょっとした宴会が開ける程の量を注文されており、車の荷台で山積みになっているケースの中には大量の料理が詰まっていて、フウカが乗る運転席にもその匂いが微かに届いている。
「唐揚げの匂い……アリスの大好物ですね」
フウカの想い人である彼────いや彼女か? 正直どう判定しようとしても判定基準と判定者がバグるその人物は、酒池肉林の妖獣チェフェイのデビルシフターだ。
悪魔変身能力者の味覚は基本的に、変身悪魔の影響を多分に受けるものであり、立花アリスもその例外ではなく、見た目に反してスイーツよりも肉類が好物だったりする。
そんな相手の事を思い浮かべて、また一つ溜息を吐く。
そもそもフウカが出前の仕事を言いつけられた不調の原因────どうしようもなく私情であり私事であるのが仕事場の面子に対して非常に申し訳ない話ではあるが。
「はぁ────ライブ、行きたかったな」
ガイア連合内で特別に組まれたとある臨時バンドのライブ。
規模に比して桁の違う人気が殺到したためチケットの販売が抽選式となり、そしてそれに応募したフウカが、あっさりと落選した。倍率はざっと3万分の1程度だったので、まあ仕方ない話であり。
言うなれば、それだけの話だ。
落選を告げるCOMPの通知画面を思い出し、また溜息。
低調な気分に合わせてに合わせるかのように車の外を、見慣れた山梨の田舎道がゆったりと流れていく。もう少しすれば都市部や住宅地を通る事になるので少しは気分が変わるのかもしれないが、ともあれ。
別にアイドルの追っかけが趣味というわけではないフウカだが、今回のライブは少々特殊だった。
数ヶ月前、北欧でとある事件が起きた。
北欧のとある場所に“界剣”と呼ばれるアーティファクトが落着したのが観測され、ガイア連合の黒札によって構成された回収班が向かったものの、彼らが問題のアーティファクトを中心にした一定範囲の領域へと踏み込んだ瞬間、“界剣”を中心に常時展開されていた精神干渉により全員が抵抗すらできず発狂した────回収班の全員が修羅勢に分類される高位異能者だったにもかかわらず、だ。
発狂した元修羅勢達は、元の人間性など関係なく与えられた仕事を機械的にこなし、仕事がない時は虚ろな目で周囲を徘徊しながら仕事を求めてさ迷い歩くという不気味な社畜ゾンビのような状態に陥ったまま、そんな得体の知れない危険物への感染者を山梨に引き入れる事はできず、神奈川支部へと収容され、そこで何かに操られる操り人形のように黙々と仕事を続けている、との事だが。
これはガイア連合にとって、文面から想像される以上の大問題だった。
そもそも彼ら被害者達の大半は本来、星祭神社に所属して山梨の修行用異界の下層・深層で日々湧き潰し作業に従事する修羅勢である。
そんな彼らが数十人と半廃人と化し、修羅勢としての活動ができなくなればどうなるか。
────決まっている。ショタオジにダイレクトに負担が行くのだ。
これが、被害に遭ったのが上層を浚うだけの低レベル黒札に限られていたのであれば、まだしも量産型シキガミの追加発注などでリカバリーできた。だが下層・深層で戦う修羅勢の代わりになる存在など、そうそう見つかるものではない。
そもそも修羅勢自体、黒札の中では少数派なのだ。ましてやそれが一度に数十人も使い物にならなくなるとなれば、その影響は限りなく大きい。
かといって、いくら仕事はできるからといって“界剣”の影響が宇宙的狂気と深い関りがあると診断されている以上、全世界を跳梁跋扈している名前を呼ぶべきではない無貌の邪神の影響を考えるなら、ガイア連合の中核施設の一つといえる修行用異界に何の対策もなく彼らを迎え入れる事も難しい。
このため被害者達は山梨からそれなりに近く、しかし近過ぎもせず、また戦略上においてもそこまで重要ではない支部、かつ“界剣”発生のやらかしを行った張本人である某追放者と深い縁のある神奈川支部へと移籍するという形で収容され、現地の霊的治安を維持する一般的な異能者としての活動に従事させられていた。
だが当たり前だがガイア連合としても、これをこの状態のまま放置しておく事は戦略上よろしくない。
修羅勢は貴重だ。
またこの顛末は見方によっては、事件の直接的な原因となった追放者が一方的に得をした、とすら見られる形だ。放っておけば内外にも示しがつかない。
そして同時にガイア連合や星祭神社も、仲間がこんな状態になって放置されているのを放っておけるほど薄情な集団でもなく、むしろ仲間内での結束は非常に強い。
隣の北神奈川支部から監視を続けていたキノネキからの歎願もあり、狂気治療のため精力的に研究を続けていた。
そんなわけで、“界剣”事件で脱落した修羅勢たちの復帰のため、治療法の確立が急がれていた。
意外な事にその辺は料理部における非戦闘員のフウカにとっても決して無関係の話ではなく、この事件を契機に探求ネキが開発を始めた、狂気耐性を鍛える各種クトゥルフ系食材の調理レシピの開発にはがっつりと関わっていたのだが、それはさておき。
そうやって研究された各種の治療法の中でも最も有力視されていたアプローチが、歌唱・音楽系異能による精神干渉を利用した精神治療である、が、その研究は存外に難航していた。
歌声による精神干渉といえば人魚ネキ、といえる程度には専門分野の黒札がいたからこそ頭一つ抜けたペースで進んでいた研究だったが、人魚ネキの精神干渉は【子守唄】による睡眠付与を基盤としたものであり、睡眠による狂気の鎮静化こそ可能だったが、同時に宇宙的狂気の中に埋もれた被害者達の精神を引きずり出すという干渉には鎮静化とは異なる技をさらに同時に重ねる必要があった。
つまるところ、混乱や狂化、そして魅了といった躁状態の状態異常────人魚ネキにとっては“できなくはないが、専門外”の分野であり、“界剣”の犠牲者達を正気に戻す域にはまだまだ足りず、魅了や混乱の付与を得意とするもう一人の歌い手が必要だった。
そこで、当の人魚ネキの推薦により白羽の矢が立ったのが────フウカの想い人である立花アリスである。歌い手としては人魚ネキのそれと似て、しかし【キャンディボイス】を基盤とした魅了の広域散布を得意とするアリスは、このために最適な人選だった。
ここに星祭修羅勢の中でも歌と舞によるバフを得意とする喜美ネキを加えた三人で臨時ユニットを組んで練習を繰り返し、数人の被害者を実験台に、ショタオジに太鼓判を貰える域の治療を成功させた上で、星祭神社と芸能界プロデューサー系“俺ら”が全力でバックアップして盛り上げる今回のライブと相成ったわけだ。
最重要の客は“界剣”事件の被害者である元修羅勢達だが、社畜ゾンビだけでライブが盛り上がるわけもない、というプロデューサー勢の判断により、それ以外の客も呼び込む事になった。無論、下手な相手を呼び込むわけにもいかないため客は黒札限定だが…………黒札だけでもそれなりの数に上る。
ましてや音楽系黒札の中でも最上位に近い使い手として知られる人魚ネキと、絶大な支持を受けて美少女ランキングにランクインしていながらも芸能関係にほぼほぼ顔を出さないアリスの出演という二重の話題性である。抽選式と相成ったチケットの購入権争いは過酷なものとなり────そして順当に落選したフウカであった。
「はぁ……」
溜息、三度目。
どんよりと沈んだ気分のまま、運転席のシートに背中を預けて嘆息する。
そんな折だった。
『誰か────お願いだから誰か、そのバイクを止めて!!!!』
誰かの叫びがフウカの耳元へと届く。憂鬱に沈んだフウカはその叫びの意味を理解する事こそなかったものの、はっと我に返ってハンドルを握り直した。ぼんやりしているのは良くない……そんな単純な事実くらいには思い当たり、車両のシキガミコアに丸投げしていた運転のコントロールを自分の手で掌握し直す。
それとほとんど同時に交差点の横合いから一台のバイクが飛び出し、フウカの乗った車両の鼻先を抜けていこうとする。見た目はごく普通な紺色のスクーターバイクだが、まるで高速道路を全開で走っているかのように随分な速度を出している。
その車両を目にした刹那。
────いつも通りの脊髄反射で愛清フウカはアクセルペダルを全力で踏み込んでいた。
いつもの癖で。
つまり普段のレベル上げのための異界攻略で、装甲キッチンカーを乗り回して大量の悪魔を轢殺して回っている、そんないつもと同じ調子で。
急発進した世紀末仕様マッドマックス風シキガミキッチンカー『ザイダベック』のバンパーが、水神氷見子の乗ったスクーターを問答無用で撥ね飛ばした。
他の車両を前にして減速ではなく衝突を仕掛けてくる凶悪なキッチンカーの存在に困惑と驚愕の表情を浮かべたまま、唐突な衝突事故に水神氷見子は撥ね飛ばされ、アスファルトの上を数回バウンドして転がり、地面に叩きつけられた。
◇ ◇ ◇
逃げようとした水神が車に撥ねられて吹っ飛んでいったその光景を目にして、エリカは思わず快哉を上げていた。唐突な人身事故を起こしたのは、エリカ自身も見覚えのあるいかにも凶悪な世紀末風味の装飾が施された実に凶悪かつ凶暴なデザインのキッチンカー。
その運転席のドアを開けて出てきた少女は、その額に冷や汗を浮かべながら周りを伺ったり、路上に転がった水神の様子を微妙に離れた位置から観察していたりしているが、やがて意を決したようにそろりそろりと水神に向かって近づいていく。
「フウカさん、お手柄ですわよ!!!!」
「って、ちょっ……エリカ!?」
ぎょっとして振り向いたフウカの視線の先で、エリカは深々と安堵の溜息を吐いた。
「本当に助かりましたわ! その女、機密漏洩の罪で指名手配中のクズですので、治療は不要です。むしろこのまま重傷状態で放置しておくのが望ましいですわ」
「いや、何それどういう状況……!? 怖いんですけど!?」
倒れ伏す水神のところに辿り着いたエリカは、うつ伏せになったその背中へと拳銃を突き付けると容赦なく発砲した。散弾の飛散半径がやたらと広いエリカの愛銃MILサンダー5だが、こうして至近距離で撃つ分には問題ない。
ほぼゼロ距離から射出された散弾が水神の背中一面へと無数の傷を穿ち、そこから逸れた子弾の一部が周囲のアスファルトを微細に砕いて黒い破片を散らす。弾頭は神経弾とスタンショットを織り交ぜた混合弾、余程の事がない限り大抵の相手は一発で行動不能だ。
「それで、フウカさんはどうしてここに?」
「出前の仕事です。まあその辺は色々ありまして……」
視線を泳がせて答えるフウカだが、言い淀んでいる内容が“隠し事が分かる異能”で大体分かってしまうのはエリカにとっても少々悩ましい事ではあった。特にこういう、罪のない嘘に関しては。
「とりあえずさっさと拘束、それから……どうせ事務課は今機能停止状態で受付してもらえませんから、ショタオジに直接連絡ですわね。はぁ、こういう時こそ事務課が必要ですのに」
「よく分からないけど、何だか大変みたいですね。……あ、そうだ。確か、今朝方焼いたカレーパンがありますから…………」
フウカが助手席に置いてあったバッグを探り、エリカは腰のポーチから倒れている水神を簡易的にでも拘束するためにジップロックを数本ほど取り出し、その手首を掴み上げて────倒れて身動きしていなかった水神の指先が、わずかに震えるように動いた刹那。
横合いから唐突に響いた大声に何事かと振り向いた二人は、思わずその場で思考停止し硬直した。
全裸が走ってくる。
「助けてください! 銃を持った変態に追われてるんです!!!」
「全裸の変態に言われたくねぇ~~~~~!!!! とっとと死ねや変態!!」
背後から撃ち込まれてくる銃弾を回避するべく、響く銃声に合わせて左右に不規則なステップを踏みながら路上を爆走する全裸。
そして何故か、それを追い掛ける側も警官の制帽で股間こそ隠しているものの、それ以外は額に巻いたバンダナのみという、ほぼほぼ全裸の変態だった。
まず先頭を走る全裸がエリカとフウカの間を駆け抜けていき、それを見送った二人は左右に分かれて道を開けると、再度視線を移動させ、拳銃を乱射する全裸を見る────全裸を追う全裸という異様な構図。
「…………」
「…………」
あまりの光景に二人が何も言えず黙り込んだ、その刹那────事態が一斉に動いた。
まず、真っ先に跳ね起きたのは倒れていた水神だった。
装備していた霊装の耐性で睡眠・麻痺を回避し、最後に残った【食いしばり】で耐え切った水神は、ダメージによる朦朧状態からようやく回復し、自分が未だ拘束されていない事に気付くと、この機を逃さず起死回生の【アトミックブフーラ】を両手の間に渦巻かせ、渾身の霊力を注ぎ込んで一息に解き放とうとする。
そう何発も撃てるものではない全身全霊の一撃だ、その攻撃範囲はこの場にいる全員を巻き込んで余りあり、巻き込んで致死に至らなくとも凍結効果で動きを止められれば良し。溢れ出すブリザードでその場の全員を薙ぎ払うべく、その両手を振り翳す。
「全員、凍ってお終いじゃぁあああああ~~~~~~~~~~~!!!!」
同時。
水神が必殺の【アトミックブフーラ】を放射するよりも一瞬速く。
「乱射魔の変態なんかに逮捕されてたまるものか! 食らえ、ゼンラーフラッシュ!!!」
エリカとフウカの間を爆走していった全裸の変態────底辺ニキはその場でクルリと振り向くと、走りながらチャージした霊力を【ライトマ】を発動。底辺ニキの股間から強烈なストロボライトのような発光が迸り、彼の姿を視界で捉えていた全員の目を灼いた。
終末後の彼であれば無駄に向上したスキル練度により発光範囲に巻き込んでさえいれば例外なく脱がす事ができる底辺ニキの【ライトマ】だが、今の彼は未だその域までの修練と経験を積んではおらず、その効果の有効範囲は【ライトマ】による発光を視認した者にのみ限定されており────そして、エリカとフウカの視線はちょうどその瞬間、底辺ニキを追い掛けていたもう一人の全裸の変態へと注がれていて、その反対側にいた一人目の変態は完全に視界の外へと置かれていた。
結果、強制脱衣効果が付随する【ライトマ】の発光を視認したのは、自らも全裸になりつつも彼を追い掛けていた拳銃乱射魔の警官と、そして────水神氷見子だった。
乾坤一擲のチャンスを掴んで飛び起きた水神が手にした起死回生の手番は、そのスカートとタイツをパンツごと脱ぎ捨てる事に虚しく費やされ、必殺の【アトミックブフーラ】は何の効き目も現さないまま意味もなく霧散する。脱ぐのに手を取られて顔を覆う事も出来なかった水神は、全裸の発光現象によりその両目を焼かれ、視界を塞がれて豚のような悲鳴を上げた。
そして最後に、底辺ニキを追い掛けていた全裸の警官。
底辺ニキの【ライトマ】に幾度も被弾していたため自身も脱衣効果を食らいながら、しかし諦めずに底辺ニキを追い掛け続けていた警官は、既にほぼほぼ裸になっていたために【ライトマ】の強制脱衣効果を食らいながらも、その効き目は股間を覆う警察の制帽を投げ捨てるだけに終わり、ゆえにこのいささか混沌としているにも程がある状況下においていささかの遅滞もなく、その行動に淀みなく。
「その技はもう見飽きてるんだよ! 死ね、変態!!!」
視界を潰す【ライトマ】の発光に両目を焼かれながら、それだけは意地でも死守した右手の拳銃を、底辺ニキがいるであろう方向に向けてそのトリガーを引き絞る。何の変哲もない警察の制式拳銃は『無限バンダナ』の効果によって弾切れもなく、トリガーを引き絞るたびに弾丸を吐き出すこと数十発────その全弾が、ちょうど彼と底辺ニキとの間で唐突に立ち上がった水神の背中へと直撃していた。
この上なく理不尽な理由で重傷を負い、余力も手札も尽き果てた水神は、無念に顔を歪めながら道路のアスファルトへとゆっくりと倒れ伏す。
「…………」
水神を盾にして銃弾を回避した底辺ニキは気が付くと既にその場から走り去っており、残された水神の身体から噴き出した血液がアスファルトの路面へと広がっていく中、肺の奥から絞り出すような重苦しい溜息を吐き出したエリカは、とりあえずの事後処理作業に取り掛かる事にした。
ひとまず、これでこの事件は一件落着といったところか。この後、さらに面倒な事後処理が待っているのだが……それは未来の自分に期待するとしよう。
もっとも。
「……………………こんな理不尽な終わり方、納得いきませんわよ!!!?」
「それはそう」
女子二人はそう言って、深々と溜息を吐いたのだった。
◇ ◇ ◇
数日後。
ガイア連合山梨支部、それも第二よりも第一に程近い場所にある、警察署の奥まった一室────留置場。そこに拘留されていた一人の男性と、古戸エリカは無機質な鉄格子を挟んで対面していた。
「────お久しぶりですが、お元気そうで何よりですわ、くそみそニキ様。その節は、大変お世話になりました」
あの日の早朝、エリカに助言をした後に通行人に全裸を見られて通報されたくそみそニキだが、どうやら無事に逮捕されていたらしい。
エリカがやってきたのは、その身元引受のためだ。
「いやいや、これで結構参ってるんだぜ。ここの待遇は悪くないんだが、生憎とやる事がないってのに関してはどうしようもなくてね。知ってるかお嬢ちゃん、退屈は神々さえ殺すんだぜ」
「そんな減らず口を叩けるようなら、問題はありませんわね。これでも私、事務課の混乱や事件の事後処理などもあって忙しいので……釈放手続きは後日で構いませんわね」
実際問題、事務課はまだまだ混乱していた。
幼女ネキが起こした事務課占拠騒動、その後始末がまだ終わっていないのだ。事務課の人員の半数、幼女ネキの圧に当てられて昏倒していた未覚醒者達は事後のメディカルチェックもまだ完全に終わっていないし、その中から今回の事件で覚醒した者のリストアップも必要だ。
全裸でしょっ引かれたアホの身元引受……こんなアホな案件に関わっているくらいなら、さっさと他の仕事を済ませたいところだった。
「待て待て待て、悪かった悪かった。だから置いてかないでくれ、頼むから」
そんなやり取りをしていると、エリカの隣に立っていた同行者────ガイア連合霊山同盟支部の支部長にして、くそみそニキの弟子、そして仮面ライダーギルスである鷹村ハルカだ。
一見すると美少女とも見紛う秀麗な顔立ちとは裏腹に、その骨格は確かに男性のものであり、肩や胸元などにはしっかりとした筋肉が付いているのが見て取れる。
「古戸さん、置いていきましょう」
「えぇ……?」
キラキラと爽やかな笑みを浮かべているハルカだが、全く笑っていないその目には無感情という名の絶対零度が宿っていた。
感情の起伏を限界まで抑え込んだ平坦な口調からしても、ハルカの内心では爆発寸前のストレスで胃袋が煮えくり返りそうになっている事が察せられる。人を煽るのも嫌いではないエリカであっても、刺激するのは避けるべきだと判断するレベルだ。
だが。
「すみません申し訳ありませんが引き取ってください」
「え?」
留置場を管理しているらしい制服警官に横合いから声を掛けられて、ハルカは思わず顔を引き攣らせた。
淡々とハルカを制止した警察官の両目はそれこそハルカ以上に虚ろで、明らかに過度のストレスを患っている様子だった。その原因など、言うまでもないだろう。
「引き取ってください。これ以上この男を警察に置いておけませんので」
「何をやったんですか……この野郎は?」
「まず最初に取り調べをしようとしたら『じゃあまずは持ち物検査だな!』とか言っていきなり脱ぎ出してケツ穴を開いたんです。そして『俺に乱暴する気なんだろ、エロ同人みたいに!』とか言い出して自分から服を脱ぎ出して……! キレて殴り掛かった同僚もいたのですが、この野郎はそれをケツの穴で受け止めた挙句『真っ先にフィストファ○クとは……やるな!』などと言い出して……その同僚は、今も自宅に引きこもって休職中です……」
かろうじて人間らしい表情を維持していたハルカの顔から、すっと温度が失せていく。
これまで周囲の人間を気遣って押し殺していた怒りが、ついに限界を振り切ってフルスロットルになった証だ。
エリカは何も言わず、巻き添えを警戒してハルカから一歩距離を取った。
「真面目に働いてる警察の人に、何やってんだアンタは……!!」
「あべし!」
警官が留置場の内と外を隔てる鉄格子の扉を開けると同時に、ハルカが床を蹴って跳躍した。空中で前転気味に体を捻り、そのまま回転の勢いを殺さないまま踵を振り下ろす斧脚の一撃────本来であれば本性ともいえるシキガミ体である仮面ライダーギルスの姿で放つ、足首から伸びる刃を撃ち下ろすための技【ギルスヒールクロウ】だ。
変身していないとはいえわざわざその技を出すあたり、ハルカの堪忍袋の緒が臨界点間近である事は間違いない。エキセントリックな師匠に毎度毎度振り回されているハルカであるが、全裸徘徊にて警察に逮捕とかいう今回の一件は彼からしてもライン越えのやらかしであったらしい
めしゃり、と何かが陥没する嫌な音を立ててくそみそニキがその場に倒れ込んだ。
まあ、彼も準修羅勢にカウントされる立派な高位異能者だ。頭蓋陥没程度は軽傷の部類だろうから、心配するだけ無駄だろう。
留置場の房に背を向けたエリカは、開きっぱなしになっている鉄格子の向こうで繰り広げられている心温まる師弟のやり取りから意識を逸らすと、くそみそニキの釈放手続きを淡々と進めながら、今回の事件の顛末へと思考を巡らせた。
……人、それを現実逃避という。
結果的に、事件は完全に終息した。
ともあれ……捕縛され、ガイア連合へと強制連行された水神氷見子は、幼女ネキによる事務課占拠が片付いた後、ショタオジ同伴での取り調べが行われたそうだ。取り調べには、殺害した対象の情報を完全に吸い取る事ができる黒死ネキまで動員しての事情確認だったとか。
そうして情報を余さず吸い出した後にあえての蘇生が行われた後、あらためて魂まで完全に破砕・消滅させられる形での処刑が行われたらしい。“カンザキランコの刑”とかいう温情措置を取ってもらえる程に、情状酌量の余地はなかったようだ……当然の話だが。
なお水神が保有していた10体にも及ぶ専用シキガミは一旦シキガミコアを初期化した後に凍結封印が施され、今後の扱いは要検討…………今回の事件での協力者達に対する報酬の一環として、コア初期化の後に譲渡される事も検討されているとか。
その後、水神がやらかした情報漏洩やその他諸々の悪事への事後対応に関しては────最悪な事に幼女ネキの事務課襲撃により多くの職員が人事不省に陥っており、まだまだ完全復帰に時間が掛かる者も多く、事務課の作業効率は普段よりも大幅に落ちている。
その上で事務課の機能停止中に溜まっていた仕事なども多く、今も事務課はその処理に追われている。
人魚ネキ問題における人魚ネキの待遇改善に関しても、この調子ではそれなりに時間が掛かるだろう。最大の邪魔者であった水神が消えたから多少はマシになったろうが、それはそれとして事務課それ自体のタスクが多過ぎて、しばらくは手が回らない。
そんな状態で水神のやらかしが発覚したせいで、当然だがエリカの所属する監察部に流れてきた仕事も洒落にならない量があり、黒死ネキが吸い出した各種情報の裏取りや精査などで、エリカもしばらくは休みなしで働く事になりそうだ。
「…………あの幼女、本当に何で許されているんでしょうね?」
そして。
事件中に殺された警官や、ゼンラーの汚名を着る事になった警官、バイクを壊された老婆などといった巻き添えの現地民に対してもガイア連合から保証が行われる事になった。一部、水神は全く関係ない件が混ざっている気はするが、とりあえず気にしない事にする。
事件の解決に手を貸してくれた仲間達…………立花アリスや愛清フウカ、材木座義輝、それに割とどうでもいいが底辺ニキ。
彼らに関する報酬の支払い交渉も、ショタオジを間に挟んだせいか大して揉める事もなくあっさりと完了した。
特に今回は色々な意味で事務課のやらかしであったため、誠意も兼ねて事務課からかなり多額の報酬が支払われた。
フウカなどはくそみそニキ名義で何やらライブのチケットが贈られたらしく、ここしばらくは浮かない顔だったのが一発で完治した上、ライブ当日から数日の間は心ここにあらず、随分と浮かれポンチな様子で、傍から見ていても砂糖を吐きそうなくらい甘々しい雰囲気を漂わせていた。
そのライブも無事成功し、社畜ゾンビと化していた修羅勢たちも無事に完治して星祭神社に帰還したらしい。それに伴ってガイア連合神奈川支部の戦力は一気に落ち込んだらしいが……その辺は神奈川支部の現支部長代理である相馬小次郎氏の努力に期待する限りだ。
東京の厄災から山梨を守る盾であるキノネキが率いる北神奈川支部の、その背後を守る大事な仕事だ。彼には是非頑張ってもらいたい。
……エリカ本人にとっては、あまり関わりのない話であるが。
はぁ、と溜息を吐くと、背後の現実から目を逸らすべくエリカは、COMPが視界内に表示する映像の方に注意を振り向ける。
長方形の仮想ウインドウに表示されているのは、DDSネットワークを通じて脳缶ニキが幼女ネキとコラボで送っている動画配信の様子だ。
必ずしも仕事と無関係というわけでもなく、先日の事件以来、最大級の危険人物として事務課に認定された幼女ネキの動向監視という意味で、決して仕事をサボっている訳ではない。
ともあれ今日の動画の内容はゲーム配信であるようだ。
アレは確か、アリスがラスボス役の声優に抜擢された作品のはずだ、と、その辺の界隈にはそこまで興味のないエリカは、朧げな記憶を辿って思い出す。確か、フウカが興奮しながら色々と解説していたのを聞いた事があるが、その記憶が正しいとするなら────。
配信画面ではちょうど、公園のベンチで黄昏ている主人公の隣にシスター服の美少女が親しげに話し掛けてきたところ。ちょうどアリスが声優をやっているキャラだ。
何やら主人公の悩みを聞いてくれるらしく、一枚絵のスチルが映し出された下には、『幼馴染との関係』『師匠との鍛錬が大変な事』『友人の実家のラーメン店の経営難について』『全部』と、いくつかの選択肢が表示されている。
フウカの話によればこの美少女は一見誠実に悩みを聞いてくれるようでいて、実は邪教による最初の犠牲者を決める罠選択肢であるとかいう話で、ここで一定の条件を満たしていると『何も語らない』という選択肢が出て犠牲を未然に防ぐ事ができるらしいが、初回プレイであるらしい今回は表示されていないようだ。
とりあえず『その美少女は作中のキーパーソンだから、スチル回収の為にも積極的に話しておくといいですよ』と送信し、さらにコメントが目立つように赤スパチャも付けてやる。
もちろん嘘など何も言っていない。ただスチルはスチルでも尊厳破壊スチルであるというだけの話だ。
幼女ネキと脳缶ニキが『全部』を選択するのを見届けると、エリカはウインドウを畳んで視界の隅に最小化して背後を振り返った。
「待てハルカ、さすがに金的はタンマ……っ!!」
「ザッケンナコラー! 一遍オトコやめて反省しろ馬鹿野郎!」
「アッ────!!!」
鷹村ハルカがヤクザスラングを吐いてまで取り乱す時といえば、それこそ支部総出で力を合わせて倒したはずのラスボスその1のマザーハーロットが、翌日になると何食わぬ顔で支部の求人に応募してきた時くらいのもので、そう考えると今回くそみそニキが露出徘徊で逮捕された件は、余程に腹に据えかねたようだ。
触らぬ神に祟りなし、と、肩をすくめたエリカは不干渉を決め込み、窓の外へと視線をそらした。窓の外に見える空は腹立たしい程に綺麗に青く晴れ渡っており、溜息を吐くには本当にちょうどいい天気だ。
ともあれ、色々な意味でエリカの正気度に多大な被害を与えた大事件は、あちらこちらに波紋を広げながらも、こうして一応の終わりを迎えたのだった。
戦闘シーンの大半を二回繰り返し書き直すのは手間だった……。
今回くそみそニキがやった事。
1.水神氷見子と合流予定の回収部隊をあらかじめ仕留める。 → 水神の退路を断つと共に、エリカが狙われる事を防ぐ。
2.そのついでに全裸になって通報され、逃走。 → 警察が動く事で水神の警戒心を圧迫すると共に、底辺ニキと被害者警官を水神のための狩場に追い込む。
3.『飲むガイアカレー』への出資。 → 自動販売機から購入した水神にストレスを与え、結果的に声を上げて警官に職質される原因を作り、警官を殺してエリカに捕捉される原因となった。
4.スケベ部の会合の日程調整。 → アリスが事務課受付を訪れる理由を作り、エリカと合流させる。また会合の場所に出前に送り出された妖怪轢き逃げ女が公園近くを通った事で、水神に轢き逃げアタックが直撃する。
5.ネクストカイザギアの不具合 → 戦力調整。
~割とどうでもいい設定集~
・水神氷見子
元ネタは『SKET DANCE』。
ガイア連合の黒札であり裏切り者。幸原みずき派閥における、色々な意味で最後の生き残り。
覚醒済みであり、異能者としての適性は氷結属性と占術。攻撃と補助が揃っていてバランスは結構いい。
本霊は鬼女ロウヒ。
多数の専用シキガミを従えており、シキガミ遠征によりレベルそのものは高いのだが、戦闘技術となるとほぼほぼ素人。
なおシキガミ達は『刀剣乱舞』の刀剣男子人気ランキング1~10位。全員美形の美青年・美少年であるが、特に愛情を注がれていたりしなかったため、最初のシキガミである鶴丸国永を含め、固有の意志や感情を得るには至っていなかった。
人魚ネキの能力に目を付け、事務員としての立場を利用して一儲けしてやろうと乗り出し、一時は100%ピンハネした紹介料でボロ儲けしたものの、肝心の人魚ネキがそもそも何一つ言う事を聞いてくれず、商売相手だった多神連合からの信用を失って大損。
挙句、やめときゃいいのに損失を補填しようと足掻いた末、メシア教会過激派と繋がりを持つが、そのせいでやらかした色々が露見しそうになった末、占術による未来予知を駆使して、幼女ネキの事務課占拠に便乗してガイア連合からの離脱を図るも、より高位の占術使いだったくそみそニキの介入によるピタゴラスイッチを食らい、轢き逃げアタックからの銃撃を食らって斃れる。
なお、過激派メシアンの支配地域まで無事に逃げられたとしても苗床逝きになる可能性はほぼほぼ確定で詰んでいたため、そこからさらに途中下車して逃走&サバイバルする羽目になっていた。
それで生き残れるかどうかは、また別の問題。多分、結局詰み。
・【美醜の憂鬱、気紛れなるは天空神】
グレイシャル・ピリオド。
元ネタは『シルヴァリオ』シリーズ。
立花アリスのスキル。
領域展開とは似て非なる技。自身の領域を展開するのではなく、自身の法則で異界や固有領域を塗り潰す技。
アリスが自身の悪魔変身形態である妖獣チェフェイの尾の一本に組み込んだ能力。
原理的には氷結属性による大規模凍結なのだが、それに加えて『法則凍結』という概念・権能域の特性を持つ。具体的には、異界や領域に設定された特有の法則を凍結停止させ、無効化する。
なお、発動する際に氷や冬の神性に由来する通常の冷気の権能とは異なり、副次効果として急激な気圧低下を引き起こす性質を持つ。
・無限バンダナ
元ネタは『METAL GEAR』。最初はバイオハザードが元だと思っていたが違ったらしい。
銃を持った変態()が所有していた霊装。
周辺空間からマグネタイトを収集し、装備している銃器の弾倉内に装填された状態で直接弾丸を生成、これにより弾切れの心配なしに途切れなく銃を連射する事が可能。
要するに、あらゆる銃に外付け可能なフォルマ弾倉みたいなもので実際便利。
低レベル用を想定した装備という事もあり、対応しているのは通常弾のみであり、氷結弾などの特殊弾を生成するまでの機能は搭載していない。
星大祭ブラックマーケットで売りに出されていた代物であり、地味に探求ネキ製の霊装だったりする。
・カンドロイド
元ネタは『仮面ライダーOOO』。
ダ・ヴィンチラボで開発されたレンタル式量産型シキガミ。
同名のCOMPアプリを通じて支払い決済し、ガイア製の自販機にガイアポイントカードを認証させマッカを投入する事でレンタルが可能となり、自販機に内蔵されたターミナル機能を通じて、自販機がある場所ならどこでも使役が可能。
自販機に投入するマッカはあくまでもシキガミを稼働させるための燃料であり、レンタル料の支払いはアプリを通じてマッカかガイアポイントによって行われる。
飛行偵察を得意とするタカカンドロイドを始め、監視・偵察を得意とするバッタなどが人気。
・妖獣バイコーン
・妖獣ティンダロス
・怪異コックリさん
エリカの仲魔達。
騎乗用のバイコーン、戦闘・暗殺用のティンダロス、占術・戦闘補助担当のコックリさん。
コックリさんは都市伝説系の怪異ながら簡単に行える召喚儀式が定められているので、それで召喚すれば割と簡単にゲットできる。
バイコーンは通常、人目のある場所で乗り回しているとショタオジに叱られる。残当である。
なおバイコーンは浦野牧出身。
・シキガミ キングシャーク
元ネタはアメコミ、主に『スーサイド・スクワッド』。特にアニメ『異世界スーサイド・スクワッド』。
エリカのシキガミ、二体目。
サメ獣人みたいな見た目のシキガミ。旦那型とかそういうのは無しで、とにかく戦闘能力に特化した、攻撃全振りの性能を持つ。
ジークフリートがエリカを守っている間にキングシャークが暴れて、ジークフリートの負担を少しでも減らすための構成であり、エリカにとってはこれでも最大戦力なのだが、信頼しているのはファーストシキガミであり旦那であるジークフリートの方だったりする。
なおプルータス様『ガイア連合武器密輸課職員の日常』でイナバニキの連れているジョーズマンの兄弟機でもある。
・ネクストカイザギア
元ネタは『仮面ライダー555』。特にVシネマ版。
霊山同盟傘下、スマートブレイン社製で開発されたファイズギアやカイザギアに連なる、展開型デモニカの終末環境対応型次世代モデル。
コアデバイスとなる携帯電話型がガラケーからスマホ型に変更されている他、加速能力や未来予測機能を搭載し、武装や重武装の専用バイクを召喚展開する事も可能な、至れり尽くせりの装備。
普通に使われていたら戦力的に厄介な代物だった。
・MILサンダー5
実在の銃器。
エリカの愛銃。実は拳銃カテゴリではなく散弾銃カテゴリの銃型トリガーとして、トリガーホルダーに組み込んで使われている。
実銃としては、ガンマニア担当のキノネキに見せたらどんな顔をするか分からないマニア向けの変態銃の一種であり、その最大の特徴はショットガン用の散弾を装填可能な点。
どちらかといえばリボルバー弾倉に装填して、銃身内部にライフリング加工を施す事で強引に拳銃としての規格を満たし、法律的にハンドガン扱いで売りに出せるようにしただけのショットガン。
リボルバーとしては異様に大きな回転弾倉と、それとは裏腹に極端に短くほぼほぼ存在しない銃身が特徴的な、かなり不格好な見た目をしている。
エリカの場合、COMP内部の電脳異界化壷中天ストレージにフォルマ弾倉化済みの専用フォルダに格納された弾丸を、弾倉に刻まれた転送術式により一発発射ごとに順次転送し、自動給弾がされるため、弾切れを起こさないギミックが組み込まれているが、逆にいえばそれ以上の仕掛けはなく、むしろ特殊なのは使用している銃弾の方。
使用する弾薬は分類上、細かい子弾を大量に詰め込んだバードショットと呼ばれる代物で、威力や貫通性を犠牲にとにかく大量の子弾を撒いて、空を飛ぶ鳥を撃ち落とすための弾。弾殻に空間拡張術式を組み込む事で見た目以上の内容積を持つ空間拡張型ショットシェルに504発の子弾を詰め込んだ神経弾・スタンショット混成ペレット。
元々子弾の威力の低いバードショットの上、下手なソードオフショットガン以上の短銃身にプラスして銃身内部のライフリングまで加わって散弾の拡散率が極端に低いため、対単体の威力には期待できない反面、トリガーホルダーの【メテオラ】で炸裂弾になっている事まで加味して、これを回避するのは極端に難しい。
ましてや通常のポンプアクションショットガンなどとは異なりリボルバーであるためトリガーを連続で引くだけで連射可能だし、それもフォルマ弾倉と直結しているので連射に徹すればそれこそ弾幕に等しい密度の連射ができる。
こんなアホみたいなセッティングの銃を使っているのは単純に、クソエイムが大雑把に撃ってもスピード型の異能者や悪魔に弾を当てられるとかいう都合のいい銃を欲したため。
威力には期待せず、ただ状態異常で睡眠と麻痺を叩き込んだら、後はキングシャークが暴れて片付ければいいという発想。
・ULTRAMAN SUIT ORB
元ネタは漫画版『ULTRAMAN』及び『ウルトラマンオーブ』。
北神奈川支部で作られているULTRAMANSUITS系展開型デモニカのシリーズの一部として、ウルトラマンオーブをモチーフに開発されたもの。
材木座が使っているのは黒札仕様の豪華版デモニカ。ガチャで入手した当たり景品。
宮城系の技術を導入・転用する事を主目的に開発された機体であり、このため機体それ自体の基礎設計は真打劔冑のそれに連なるもので、それ以外にもトイボックスから採用されたマギジェットスラスタや、シルエットナイトのバックウェポンシステム、トリガーホルダーなど、宮城支部で開発・実用化された技術が多数盛り込まれている。
真打劔冑をベースにデザインされた機体形状は重装甲かつ近接戦闘に向いたものながら、背部に搭載された大推力のマギジェットスラスタにより高い機動性を発揮する。
一方で、高い推力を持つものの旋回性は低いため回避性能はそこまでではない。
バックウェポンシステムには和鎧の大袖に似た追加装甲が備わっており、防御力を強化する他、高速飛行の際には補助翼兼バランサーとしても機能する。
主兵装である大剣オーブカリバーは火炎・水撃・疾風・地変・万能という5属性を操る事が可能な万能武器だが、攻撃手段の大半をオーブカリバーに頼ってしまっているのも弱点の一つ……とはいえ、これに関してはトリガーホルダーの拡張性を利用すれば割とどうにでもなる部類であり、必要とあらば割とあっさりその辺に投げ捨てられる。
・ブジンソード
塵塚怪翁様『【カオ転三次】『俺たち』閑話集』より。
剣杖ニキがお忍びモードの時に使用する、仮面ライダータイクーンブジンソードを模したデモニカ『仮面ライダーブジンソード』の装備。なお剣杖ニキが活動する際は名前に『タイクーン』はつかないので注意。
専用の長刀型拡張武装『武刃』を使う。
トリガーホルダーのスロット2つ分を使って、ブジンソードバックルをORB SUITに追加装備として搭載していた。なお、このブジンソードバックルもガチャで引いたもの。
剣杖ニキが使う仮面ライダーブジンソードとの違いは、基本オーブカリバーとの二刀流になる事と、背部マギジェットスラスタとの兼ね合いからマントが展開されない事。
同時搭載されたエレキスイッチでエレキステイツに強化変身する事も可能。
・アトミックブフーラ
『ペルソナ2』のスキル。噂魔法とか、噂スキルとかいうのの一つ。
全MPを注ぎ込んで、超高威力な氷結属性の全体魔法攻撃を放つ。
一発撃つだけで根こそぎMPを使い切るため、後先考えなくていい場面でしか使えない、使いどころに困る部類の必殺技だった。