ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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名探偵古戸エリカの事件簿03 ~

 

 

 

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【メシアンの仲間は死ね】特定個人をアンチするスレ Part.6【天使の同類は死ね】

 

242:★満蒙

 天使人間って半分天使みたいなものだろw

 そんなのを庇うとか普通に有り得ないwww

 

245:名無しの転生者

 普通に皆おかしいよね。

 あいつらは同類だって気付くべき。

 

248:名無しの転生者

 そもそもアイツらがガイア連合のリソースを食い潰してるのはおかしいだろJK

 そんな予算があったら他の俺らに回すべき。

 

251:工場労働者

 完全に同意しかない。

 

253:名無しの転生者

 というかそもそも、ショタオジも甘過ぎると思うんよ。

 

255:名無しの転生者

 天使の同類まで庇い立てするのは普通に有り得ないよな。

 

256:名無しの転生者

 何であんなのが黒札持ってんの?

 天使の同類な時点でそもそも仲間じゃないだろ。

 

258:名無しの転生者

 あんなのが人間面して楽しそうにしてるのとか普通にイラつくし、どうにかして排除したい。

 

262:★満蒙

 全面的に賛成。

 問題は、どうやって警護をすり抜けるかだ。

 

265:名無しの転生者

 あの人形みたいなチビ、肝心なところで妙に運がいいからな。

 肝心なところで強いヤツが割って入ってくるの本当にムカつく。

 

267:名無しの転生者

 それな。

 幼女ネキに始まって黒死ネキとか巻き藁ニキとか、この間はキノネキだっけ。

 毎度毎度何でアイツら、あのチビを庇い立てするんだろうな。

 

269:名無しの転生者

 運命力ってヤツかな。

 主人公力が高いヤツは何かと運を掴みやすいっていうけど。

 

271:名無しの転生者

 隠密系スキル特化のワイなら何とかなるか?

 

273:名無しの転生者

 なお割り込んでくる奴らの性能は星祭修羅が基準……

 

275:名無しの転生者

 あ、これは駄目そうですねw

 

278:★満蒙

 いっそ駄目元でやってみるとか。

 

281:実銃愛好部員

 長距離狙撃でも試してみるか?

 一km先くらいから撃てばさすがに黒死ネキも邪魔できないだろ?

 

283:名無しの転生者

 それも微妙なところだと思うけどな。

 

306:★Alice

 メシアンの元実験体はメシア教会による蛮行の被害者です。

 それをメシア教会過激派の構成員と同列に扱うのは、強姦の被害者を強姦魔と同列に扱って取り締まるのと同様で論外です。

 

308:名無しの転生者

 言われてみると確かにそういう考え方もあるよな。

 

311:名無しの転生者

 アリスニキネキに言われると、それもそうって気になるよな。

 確かメシアン被害者の記憶を追体験した事がトラウマになってるんだっけ。

 

313:工場労働者

 ごめんよアリスニキネキ。

 次のコンサートには絶対行くから!

 

315:名無しの転生者

 というか、よくよく考えたら修羅勢を敵に回してまで子供一人殺すとかリスク高杉なんよなwww

 

318:名無しの転生者

 まあ思考実験とかそれくらいで。

 皆頭に血が昇り過ぎだよ。

 

320:★満蒙

 メシアンのやり口には腹が立つけどな。

 

322:名無しの転生者

 それはそう。

 

325:名無しの転生者

 アイツらに殺された被害者とか見てると、本気で許せんってなるのはそれはそう、って感じだけどな。

 

327:名無しの転生者

 メシアンも天使も全員死んでしまえばいいのになw

 

329:★満蒙

 というか天使人間とか天使とほぼ一緒みたいなものだよなw

 

332:名無しの転生者

 割と本気で死んで欲しい。

 

334:名無しの転生者

 あの餓鬼が楽しそうにしてるのを遠目に見ると、後でそれを思い出して殺意が湧くのがキツイ。

 

337:名無しの転生者

 それな。

 

339:名無しの転生者

 あのチビ自体は割と簡単に殺せそうなんだよな。

 実際、耐久力とか見た目通りなら紙同然だろうし、殺そうとすれば案外あっさりと死ぬだろ。

 

342:名無しの転生者

 いっそ最速で突っ込んで誰かが邪魔しに駆け付ける前にどうにかして仕留めるとか。

 

345:ロボ部員

 士魂号のブースターマシマシ特攻仕様カスタムで突っ込むとか?

 さすがにあの質量の特攻なら殺せるだろ。

 

347:名無しの転生者

 >>345はロボ部か。

 確かにその方法ならアリかもな。

 

349:名無しの転生者

 問題はどうやって逃げるかだろ。

 犯行がバレたらその時点ですぐに撤退しなきゃマズイ。

 

351:★満蒙

 いや、この際捕まるかどうかなんてどうでもいいだろw

 ショタオジがそんな厳しい判決下すわけもないし、そもそもメシアンが普通に俺らの中に混ざってるのが許せないって話だろw

 

353:名無しの転生者

 それはそう。

 

355:名無しの転生者

 本当それな。

 邪魔するヤツとか本気で許せんわ。

 

357:★Alice

 メシアンの元実験体はメシア教会による蛮行の被害者です。

 それをメシア教会過激派の構成員と同列に扱うのは、強姦の被害者を強姦魔と同列に扱って取り締まるのと同様で論外です。

 

359:名無しの転生者

 それもそうだな。

 確かに、頭に血が昇り過ぎてたかもしれない。

 

362:名無しの転生者

 アリスニキネキが言うなら、まあ、はい。

 

365:名無しの転生者

 確かに、メシアンの事は許せないけど、その被害者はちゃんと保護しなきゃだし。

 それが俺らの仲間だったら尚更よ。

 

367:★満蒙

 まあ、それはそれとしてメシアンのやり口は本当に許せないけどな。

 

369:名無しの転生者

 それはそう。

 

372:名無しの転生者

 確かに殺意が湧くよな。

 

375:★満蒙

 同意。

 正直、天使の同類がワイらの仲間面して楽しそうにしてるの、本気で許せんわ。

 

382:★Alice

 メシアンの元実験体はメシア教会による蛮行の被害者です。

 それをメシア教会過激派の構成員と同列に扱うのは、強姦の被害者を強姦魔と同列に扱って取り締まるのと同様で論外です。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 宮城県、仙台市の外れの辺り。

 

 その一角、市街地からはやや遠ざかり、住宅地や田畑が広がる郊外でも外れの位置、ちょうど人里と山林とがその境界すら曖昧になって混じり合うような場所に、その敷地の半ばを林の中に埋めたまま、その民家は埋もれるように佇んでいた。

 その敷地をぐるりと囲む生け垣は、裏の辺りでちょうど林と半ば融け合うようにして、山の中へと溶け込んでいる。

 

 そんな邸宅を少し離れた位置から眺め、神経接続型COMPによって視界の一部を区切るように展開した視界拡大アプリによって疑似的な望遠視力を獲得し、民家の様子を観察して溜息を一つ吐き出して、古戸エリカはその場にいたもう一人へと声を掛けた。

 

「あれだけ辺鄙な家なら、多少の騒ぎになっても何事もなく済むでしょうね。その辺り、どう思われます?」

「田舎の情報伝達力を甘く見過ぎだよ、エリカちゃん。田舎の住人はね、都会の人間ほど他人に無関心じゃないの。それが一番の娯楽だからね」

 

 肩を竦めたのは、喪服のような黒のビジネススーツを着込んだ女性だった。すっきりとしたパンツスーツのデザインはどこにでも有り触れたものだが、しかしエリカとは対照的に溢れんばかりの豊満な肢体を押し込んだ事で浮き彫りになったそのボディラインは、いっそ煽情的ですらある。

 

「なら、目立たないように夜まで待ちましょうか。本音を言えば、一分一秒でも早い内に片付けたかったのですが」

「ほほぅ……ならエリカちゃんがちょぉ~っとサ~~~~~ヴィスしてくれたら、お姉さんが頑張っちゃうんだけどなぁ~~~~~~~! 夜になるまでと言わず朝までしっぽりずっぽりぬっぽりと抱き合って爛れた夜を過ごそうぜハニ~~~~!!」

 

 女の顔が蕩けた。

 この顔こそまさしく作画崩壊、絵の描かれたセルを熱湯に漬けて溶かしたかのような爛れ具合だが、単純に顔が緩んで変態的な表情になっているというだけの話である。パンツスーツの似合うマニッシュで凛々しさすら感じられる数秒前の姿を目にしていた人間が見れば目を疑うような姿だが、あくまでもこの女の平常運転である。

 

 対峙した相手にあからさまに生理的嫌悪感を引き起こしかねないその顔のまま、女────ガイア連合宮城支部に所属する黒札の一人である“先生ネキ”は、両手の指をわきわきと厭らしく蠢かしながらエリカに向かって迫るが。

 

「生憎と私、旦那一筋なので。なのでキングシャーク、先生ネキが朝まで抱き合って過ごしたいそうですわ」

「うん、オデ、頑張る!」

「アチャー! エリカちゃん、超セメント対応!」

 

 エリカのシキガミの一体であるキングシャークが、【霊体化】を解除して先生ネキの前に立ち塞がる。鑢のような鮫肌に覆われた筋骨隆々とした巨体が、先生ネキの身体を熱く抱擁すべく手を伸ばす。

 その腕をまるで全身の肢体が液体になったかのような異様な動きで回避した先生ネキは、そのままキングシャークの腕の届く範囲から逃れると、あっさりと身を離して肩を竦めた。

 

 そうして、それで、と先生ネキは続ける。

 

「エリカちゃんは、あの家の住人についてはどこまで知ってる?」

「本名“別資慎介”、25歳。ガイア連合宮城支部に所属する仙台市在住の黒札の一人で、ガイア連合内における通称は『マンモーニキ』。既に覚醒しており、現在のレベルは12。ペルソナ『隠者 ウラシマタロウ』を持つペルソナ使いで、得意分野は水撃・デバフ系の魔法ですが、戦闘を苦手とするため専門分野は生産にシフトして、アクアストーンやアクエスストーンの製作でマッカやガイアポイントを稼いでいた。家族は既に死去しており、またシキガミもなし、現在は実家で一人暮らしを営んでいる……といった具合ですね」

「色々知ってるなぁ……うん、まあ大体合ってる、かな」

「おや、ご存じで?」

「知り合いって程じゃないけどね。でも使い方によっては割と楽しい使い方ができそうなペルソナだったから、それでちょっとね」

 

 黒札・現地民問わず全体的に構成員のレベルの高い宮城支部にしては珍しく、低レベルに収まっているのは単純に性格が戦闘に向いていなかったためであり、そのため自身の魔法を生かせるストーン制作に注力する事になっていた。

 シキガミを持っていないのは何か特別な考えがあったわけでもなく、覚醒当時は実家を建て替えたばかりで高い買い物のためにローンを組むのを躊躇ったからであり、それでも決してシキガミを諦めたわけではなく、コツコツとストーンの販売・製作を続けながらシキガミの購入資金を貯めており、シキガミの購入が叶ってシキガミの戦闘補助を受けられるようになったら、その時こそ本格的にレベル上げを始めようと、そういうプランを立てて堅実に働いていた。

 

 そんな日本のどこにでもいる一般人の感覚を根強く残した、比較的普通の黒札だった。

 ただ、それだけにコミュニケーションを取る事自体に根強い苦手意識を抱えており、それもあって黒札・現地民共に全体的に士気と実力が高い宮城支部の気風に馴染む事ができず、孤独を抱えていたのではないか、と、エリカは推測しているが。

 

「シキガミが買えたら、それで割とどうにでもなっちゃうような悩みだけどね」

「まあ否定はしません」

 

 それで、と先生ネキが言葉に出した一瞬、その瞳からすっと感情の色が消え失せた。会話の中にどこか薄ら寒い気配がよぎり、エリカの背筋に軽い寒気が走る。

 そして同時にエリカの最初のシキガミであるジークフリートが【霊体化】を解除してエリカの傍らに立ち、キングシャークも先生ネキを鋭い眼を向けて……先生ネキは大きく息を吸って殺気を霧散させる。

 

「……おっと。ごめんね、ちょっと殺気出しちゃったよ。それで、どうしてそんなマンモーニキがターゲットにされてるのよ? 私にこんな“黒杖特捜官”の印章まで寄越してさ」

「まあ、普通に考えてそうなりますわね。では────まず発端は、先日キノネキが対処した件です」

 

 エリカの言葉に一度首を傾げた先生ネキは、軽く記憶を辿ってその一件を思い出す。

 

「それって、セツナちゃんを襲撃したヤツが出てきたヤツ? 確かにキノネキが倒したって聞いたけど」

「ええ、まさに。その件ですわ」

 

 黒札の一人である『セツナ』。

 

 黒札の中でも素直な性格とは裏腹に特殊性が強い手合いであり、 “聖杯”という特異性から戦闘能力が皆無な点など、様々なハンデを持つ彼女は、元は自身の意志によらずメシア教会に実験体にされていた出自から同じ黒札の一部からヘイトを買っており、先日もそんな彼女を敵視する黒札の集団による襲撃を受けたところを、黒札の中でも強者の一人に分類されるキノネキに助けられた。

 

「本当、またなの? って感じだよねぇ。この間の巻き藁の大規模襲撃の時は黒死ネキと巻き藁ニキが間に合ったから良かったものの……また同じような事になるなんて。本当に忙しないって呆れるわ」

「ですが、おかしいとは思いませんか?」

「…………何が?」

 

 違和感。

 それは二つの事件を比較して、初めて感じられたもの。

 

「そもそも巻き藁の人達が行った襲撃とキノネキが対処した襲撃事件、この二つは一見すれば似ているように見えますが明確に別の事件ですわ」

「って言うと?」

 

 肩を竦めたまま、エリカは説明を続ける。

 

「巻き藁衆による襲撃は確かにセツナさんを狙ったものでしたが、その目的はあくまでも幼女ネキに対する復讐。幼女ネキが強過ぎて手出しできないから、その弱味となる、もっと弱いセツナさんを狙う……その点だけ見れば納得はできますし、ある意味合理的とさえ言えますわ」

「……まあ、弱い部分を狙うっていうその点だけは、ね。ダークサマナー畑出身の私としては、そういう“汚い手管”も知ってるから、その点に関しては必ずしも否定はしないよ。それ以外が完全に御粗末だったけど」

 

 でもそれをあまり表立って口にしないようにね……特に宮城支部で、と先生ネキは続け、それに伴って場の空気がわずかに冷える。

 先生ネキの口調が少しだけトーンを下げて、限界まで抑制された静かな殺気が、薄霧のようにその場に立ち込めた。それも含めて警告のつもりだろう、と、エリカには肩をすくめた。どうしても必要でなければ実際にそれを口に出すほど、エリカは間抜けでも命知らずでもないつもりだ……と自分では思っているが。

 

「ま、いいわ。続けて続けて」

「……釈然としませんが、まあいいでしょう。とにかく、キノネキが対処した一件を含めて時折セツナさんを襲撃する人達……これに関しては全く話が違います。巻き藁衆の襲撃に見られた“残念ながら起きて当然”の流れがなく、それでいて明確にセツナさんを最終的な標的にしています」

「メシア教会が嫌いだから襲撃された、っていう話はおかしくないの?」

「それならそれで、似たような出自の熾天使ネキにヘイトが集まっていない理由がありませんわ。確かに熾天使ネキはセツナさんとは違って戦闘力も上澄み級ですから、襲撃しても成功する見込みは極端に低いとはいえ……それを差し引いても彼女をヘイト対象とする発言が上がる事はほとんどありません。改造実験の犠牲者という出自だけで襲撃事件が多発する事が本当に自然なら、熾天使ネキに対してもDDS上でアンチスレの一つも立っていないと不自然でしょう? ────セツナさんだけに、ヘイトが向いているんです」

 

 熾天使ネキ。

 ガイア連合姫路支部に所属する黒札の一人だ。元は平行世界から来訪した、姫路支部の支部長である破魔ネキのもう一つの可能性である存在にして────幼少期にメシア教会に誘拐され、セツナ同様に実験体とされていた過去を持つ。

 

「……言われてみると、確かに妙な話だよねえ」

「いかにも不自然でしょう。ですのでキノネキが対処した人達に【過去視】からの【アナライズ】を行わせていただいたところ、襲撃時点で全員が微弱な混乱状態にあった事が判明しました」

「混乱状態────精神系の状態異常って事?」

「ええ。それも思考を誘導する類……最大の問題は単純な出力や強度よりも、その思考誘導のあまりの自然さ────それも操られた当人はおろか、その周辺人物、それこそ彼らの専用シキガミでさえ気づかない程の、です」

「目の前にいたキノネキが気付かない程っていうなら、間違いなく相当だわ。あの子、銃使いだけあって“目”の良さは結構なものでしょ」

 

 目の良さ。

 つまり霊的な視力。六神通でいえば【天眼通】に分類される、目に関する異能。

 

 確かにキノネキの眼の性質は、眼前の対人解析に特化したエリカとは真逆────空間的にはより遠方を見通す千里眼、時間的には一寸先を確実に見通す先見の目明しという方向の適性である、という事を差し引いても、そこは腐っても修羅勢。

 大抵の局面でショタオジが体現しているように、単純なレベルの暴力は時にそんな適性差さえも捻じ伏せるもの。

 それを誤魔化したというなら、相当なものだ。

 

「私の【過去視】では彼らがどこで混乱状態に感染したか、というところまで追い切れませんでしたが、しかし電脳部に協力してもらって彼らやこれまでの他の襲撃者のCOMPからDDSのアクセス履歴を確認してもらったところ…………そうですね、先生ネキは精神耐性はどれくらい?」

「オフの時でも最低【精神無効】の装備くらいは身に着けるようにしてるわよ。だから大丈夫」

「ですか。なら……こちらのスレを御覧くださいな」

 

 エリカはスマホ型の自分のCOMPを取り出して操作し、一枚の掲示板を表示すると先生ネキに差し出した。思考による操作と視界への直接表示が可能なエリカのCOMPだが、その性質から視界に直接介入する仮想モニタを他者に見せる事はできず、そういう時にはこうしてCOMPの液晶画面が必要になる。

 そうして先生ネキが受け取ったCOMPに表示されていた一枚のスレッド────スレタイは『【メシアンの仲間は死ね】特定個人をアンチするスレ Part.6【天使の同類は死ね】』。

 

 そこに視線を向けた先生ネキの瞳が一瞬だけ掠れるように揺らぎ────次の瞬間、跳ね上がった彼女の右拳が、先生ネキ自身の頬を抉るように打ち抜いていた。動作として全身の動きが伴わない、腰の入らない腕一本分の殴打にどれだけの力が込められていたのか、彼女の鼻先からたらりと赤く濁った血が流れている。

 

 

「っ、私とした事が…………………………何これ?」

 

 

 敵意というよりは、自責。

 COMP画面に表示された掲示板に、先生ネキは凍り付く様な苛立ちの籠った視線を落とす。あらかじめ警告されていたから気付く事ができたが、そうでなければその感情の動きが自然なものだとすら思い込んでしまっていた。

 

 

「油断したわ。まさか私の精神防御まで貫通してくるなんて」

「固有スキル【エコーチェンバー】……系統としては【パニックボイス】の派生となるこれを、掲示板の書き込みに乗せて発信しているようです。やり口としては、よくあるネット回線越しの遠隔呪殺と似たようなものですね」

「呪殺以外にも最近だと色々あるって言ってるもんね。PC越しにうどんの丼を送り込んだりとか」

 

 SNSや掲示板など、似たような意見や思想の持ち主が集まる閉鎖された情報環境の内側で、同じ情報や意見が繰り返し共有される事により、その内部にいた人々がそれを真実であるかのように思い込んでいく────まるで狭い共鳴室の中で一つの音が無数に反響を繰り返して巨大な合唱と化すようなその有様を“エコーチェンバー現象”と呼ぶ。

 

 その名を冠したこのスキル【エコーチェンバー】は通常の【パニックボイス】の効果に加え、スキル効果の乗った声や言葉の届く範囲で誰かがそれに同調すると、その言葉にも同様の【パニックボイス】効果を付与し、さらに同じ効果を繰り返し浴びる事によって、その混乱の効果を増幅し重複させていく。

 

 総じて、大衆を扇動し、混乱を拡大する事に特化したスキル。

 今回の場合は、一つの掲示板の中でその効果が発揮され、アクセスした黒札達を通常ではありえない過激な行動に走らせていた。

 

 

「で、このスレに出てくる“★満蒙”ってヤツの正体がマンモーニキだと目星をつけた?」

「ええ。ガイア連合電脳部や、ラピュタ支部の情報管理型シキガミ群『ヴェリタス』などに協力を依頼してハッキングしてもらって、IPアドレスを特定しましたの。端末、そして現住所────間違いなく彼のものでしたわ」

「そう……そんな技術がある人間には見えなかったけどね。人は見掛けによらない、とは言うけど……ま、いっか。見逃してたものは仕方ない、この反省は後に活かすとして、今は切り替えていきましょう」

 

 この【エコーチェンバー】の主。

 

 静粛性と裏腹に騒乱を引き起こす事に特化したスキルの使い方、そしてそれを最大限に活かした犯行。

 限りなく高い技量と、その割に奇妙に行き当たりばったりの計画性、それでいて不気味な程の悪意を併せ持つ、奇妙な気配。

 

 そんな、一度気付いてしまえば吐き気を催さずにはいられない異様な存在感。

 先生ネキからすれば確かにマンモーニキとはそこまで面識があるわけではないが、しかし、それは先生ネキが知るマンモーニキの人物像に当て嵌まるものではない。

 

「……どうにもまだまだ違和感がある、けど…………ガイア連合側の電脳部は、こんな気持ち悪い効果を垂れ流してるスレを放置してたの?」

「生憎と、このスレは一見ガイア連合の掲示板に見えますが、アドレスもレイアウトもそれらしく偽装しているだけで実態は完全な別サイト、サーバーも海外ですわ」

 

 ガイア連合のメシア教会アンチスレから誘導目的のリンクが定期的に貼られていたが、ガイア連合の掲示板ではない。だから、ガイア連合の電脳部も直接その存在を察知する事は出来なかった。

 

「海外……メシアン?」

「さあ? 確かにメシア系のロビー団体と繋がりがある企業が運営するサーバーでしたが、それ以上の事は分かりませんわ。ただ、今の世界でガイア連合に察知されずに電子的なやり取りをしたければ選択肢は限られますから、その点に関しては、メシア系のサーバーを利用しているかといって必ずしもメシアンの仕業とは限らない、としか言えませんわね」

「……なるほど」

 

 分からない事ばかり。

 事件の全体像ははっきりしているようでいて、しかし一度水面に潜ってみれば、それら全てが穴だらけでロクに何一つ見えていない事がはっきりと分かる。

 

「いやー、お姉さん、こりゃしばらくシリアスモードから戻れそうにないわ。……ねぇエリカちゃん、このスレのスレ主と住人が今すぐに過激な行動を起こす可能性は?」

「ありませんわ。ロシア探索中のアリスさんに依頼して、ネット回線越しに定期的にスレの妨害をしてもらっています。だからスレ民が暴走する事はありませんし、スレ主がスレの保守から手を放せばネットを通じた魅了で今すぐにでもスレ民の制御を奪えますので、スレ主がスレから離れる事もできません」

「あー、この★Aliceってコテハンがアリスニキネキなのね……それはまた、随分と手回しがいい事で。ハッキングでのスレへの攻撃……スレを消す事は?」

「消したらそのまま逃げられますわ。それにスレを残しておけば残った掲示板を媒体にして、ネット回線を介した遠隔呪詛の要領で治癒スキルを飛ばして、これまでのスレに触れた人間をまとめて正気に戻せますし、逆にカキコから縁を辿って【死んでくれる?】を飛ばしてもらう事だってできますからね」

「なるほどね……ま、知りたい事は大体分かったわ」

 

 苛立たしげに大きく息を吐き出した先生ネキは、そのまま深呼吸を繰り返してささくれ立った精神の波を整える。それに伴って、彼女の周囲に霧のように滲んでいたわずかな殺気さえもが消え失せていく────消え失せたわけではなく、しかしただひたすら静かに内面に沈めた殺意を、誰にも知覚できない領域で研ぎ澄ませていく。

 

 そして。

 

「じゃ、現場に凸しましょ。こんなの、さっさと片付けるに限るわ」

「やはり、そういう話になりますのね」

「当然でしょ。DDSの向こうのアリスニキネキにだって、いつ不測の事態が起きるかも分からないもの。いくらロシア探索の大半が暇な移動時間だからって、放置しておけない事態が起きる可能性は普通にある────特に、セツナちゃんは間違いなく“主人公補正”の持ち主、不測の事態なんて起きて当然って思っておかなきゃ」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 そうして。

 

 生け垣に囲われた別資邸の門を潜り、庭先を通って玄関の前に立つ。敷地に仕掛けられた結界はガイア連合製のものだが無改造かつ数年前の型落ち品、かつグレードもそこまで高くない代物であり、黒杖特捜官の印章を掲げればあっさりと無効化する事ができた。

 ドア脇の呼び鈴は無視して、スーツの懐から錠前師が使うようなキーピックを取り出した先生ネキの手を、エリカが押さえた。

 

「ストップ、ですわ。裏口に回りましょう」

「その心は?」

「ドアノブに“釣り針”が仕掛けてありますわ。引っ掛かればドアノブを握った手から体内に侵入して心臓を破壊……間一髪で手指を切り落としても、切り落とした指を釣り上げて遠隔呪詛の媒体にして殺害。釣られた時点でほぼ詰みですわよ」

「あー……マンモーニキだもんね、そういう事もあるか」

 

 マンモーニキのペルソナ『隠者 ウラシマタロウ』の持つ固有スキル【ビーチ・ボーイ】。釣竿を象った装備型のペルソナ体から釣り糸を伸ばし、先端の釣り針を器物に仕掛け、罠として活用するというもの。

 

「遠・中・近距離とオールレンジで攻撃できて、索敵、拷問、仲間の救助、果てはトラップを使った搦め手まで使える……強力なスキルよ。難点は防御手段がない事だけど、それも射程の広さを考えれば何の問題にもならないわね」

「……話を聞くだに、相当に厄介なペルソナですわね。何でそんな人が大してレベルも上げずに燻ってたんです、って聞きたくなりますわね」

「精神的に戦闘に適応できない……黒札あるあるの話よねえ」

 

 建物を回り込んで裏口に回る。さすがの『隠者 ウラシマタロウ』とはいえ釣竿という形状からして、同時に複数の釣り針を垂らすわけにはいかないらしく、そちらには釣り針は存在していなかった。

 

「……代わりに、監視カメラとレーザーセンサーは仕掛けてあるようですが」

「それくらいは私がどうにかするわよ。ちょっと待ってて────」

 

 

 手早く動いた先生ネキが仕掛けられたギミックを外し、音を立てないように静かに裏口の扉を開く。開いたドアの隙間からどこか生臭い淀んだ空気が流れ出す中、一歩中に踏み込んだ別資邸の屋内には、異様な空気が漂っていた。

 わざわざ裏口に回り込んだ事で、この家の大雑把な広さは把握している。だが、その内部空間は外から見た家の大きさと比べても明らかに広く、そして複雑な構造をしていた。

 

 

「何これ、完全に異界化してる……しかも小規模だけど認知異界よね、これ。ペルソナコート、持ってきて良かったわ」

「それにしても随分と不愉快な異界になっていますわね」

 

 その異界のデザイン、基本的な構造はおそらく現実の別資家と同じ……一般的な日本家屋の廊下やリビング、和室、個室、時折トイレやバスルームなどが無作為に接続されたものだ。窓ガラスはどれもこれも分厚いカーテンに閉ざされた上に黒塗りに塗り潰されていて、外を伺う事はできない……異界化している以上、その意味もない。

 だが、それ以上に異界を構成する部屋や廊下のあちらこちらに無作為に転がっているゴミ袋は面倒で厄介。中身こそ一般的なカップ麺やレトルト食品の残骸ばかりと悪臭以外は無害なものだが、視界に入りづらい割に足元を塞ぎ、地味に邪魔で、何より不愉快だ。

 

「多分だけど、異界化する前の現実側がこんな状態だったんじゃないかねえ」

「それはそれで、嫌な話ですわね……」

 

 異界を徘徊するのはぼんやりとした黒い霧を人型に固めたようなシャドウだが、異界の構造を利用してその視線を避け、交戦は最低限に済ませ、どうしても戦わざるを得ない状況では素早く踏み込んで静かに仕留める……基本的に先生ネキの仕事だ。

 そうしてしばらく異界の中を進んでいけば、二人の前にはこれまでの部屋とは明らかに異なる部屋が現れる。そこは作業台と工作道具が並んだその場はある種の工房にも似ているが、しかし卓の上には真っ白な埃が積もっており、置かれた工具も手入れがされていないのか錆が浮いている。

 マンモーニキがアクアストーンを作るのに使っていた工房……に見えるが、随分と長い間放置されている様子だ。

 

 その中央にある作業台の上に置いてあった一本の鍵が、先生ネキの視線の先で鈍く光を反射する。

 

 

「あ、そこ罠ですわ。触ったらテレビが点いてフルボリュームで音楽が鳴って、ついでに画面からシャドウが出てきます」

「で、音が出て他の敵も寄ってくると。警報代わりのトラップって事ね」

「シャドウの構成は足止めに特化した仕様みたいですわ。頑丈で、スキルは状態異常とデバフに特化ですが、破魔呪殺耐性はなさそうですわ。むしろ問題は、この罠が二階への階段の出現条件になっている、という事の方」

「…………あらかじめ罠を丸裸にできるってチートね、本当に」

「不慮の事故は防げませんから、何とも言えませんわよ」

 

 先生ネキは腰の日本刀を素早く振って液晶画面を両断すると、さらに指先サイズのアギストーンを投擲してスピーカー部分を焼いて溶かし、完全に破壊する。その上で作業台上の鍵に手を触れると、真っ二つになった液晶画面から這い出してきたシャドウが実体化する。

 それに対応した先生ネキはスーツのポケットに仕込んだ壷中天から一本のワインボトルを取り出し、そのガラスにマグネタイトを通して強化すると出てきたシャドウを素早く数回殴りつけた。『喜劇』とラベルが貼られたワインボトルは内部を満たす呪酒の効果で呪殺属性を帯び、発動した【黒龍撃】の付帯効果により、数度の殴打を経てシャドウは音もなく即死して、その場に溶けて消滅する。

 

 

「単純で、それでいて面倒な仕掛けですわね。トラップを発動させなければ二階に上がる階段が現れない、なんて」

「ま、ダンジョンアタックじゃ基本だけどね。ささ、早く片付けましょ」

 

 近くのドアの向こうで軽く金属の噛み合う、鍵の開く音が鳴る。そこに向かった二人は、そのままさっきまではそこに存在しなかった階段を上がり、上階へと踏み込んだ。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 異界化していた一階とは対照的に、二階には何もなかった。

 

「異界化、なし。シャドウや悪魔の気配もなし。……二階は普通みたいね」

「居住スペース、という事でしょうか。異界化していないなら、二階の窓から侵入しても良かったかもしれませんわね」

「やー、その辺は道具もないから音も立てずに侵入とか無理無理。さすがに夏場でもないのに窓に鍵掛けてない可能性に期待するのは軽いギャンブルだし、むしろ一階からで正解だったよ」

 

 足音を殺して階段を上がれば、何の変化もない、一般家屋の廊下が広がっているばかり。

 廊下には、元は家族の個室であったらしいいくつかのドアがあったが、その向こうに人の気配はない。マンモーニキの家族は既に死去しているが、あくまでも病気と寿命による自然死であって、そこに不審な点はなく、普通に使っていない部屋というだけの話だろう。

 だから用があるのは、マンモーニキの部屋一つ。唯一その向こうに人の気配がある、廊下の突き当たりの部屋がそれだろう。

 

 音を立てないように静かに廊下を進む。外履きの靴のまま足音を立てずに歩くのには少し気を使うが、それも難しい事ではなく、二人は気付かれる事もなく目的のドアの前に到着した。

 先生ネキが声を出さずにエリカに視線を送るが、罠はないという意味でエリカは首を振り、そのまま親指で扉を指し、次いで殺ってしまえとばかりにその親指で首を掻き切る動作を見せながら、腰のポーチから取り出した袋を先生ネキに手渡してくる。

 

「デビルクローズです。事前の占術だとラッキーアイテムだそうですわ」

「マジか……ひゅう、結構な数ねコレ。さては大人買いしてきたな」

 

 袋を受け取って手早く中を調べ、その中身を確認した後、エリカに頷き一つだけを返し、扉を押し開けた先生ネキは一気に部屋の中へと踏み込んだ。

 

 スーツのポケットに組み込んだ隠し鞘の壷中天から抜き放たれた刀身が、薄暗い室内に銀色の弧を描いた。部屋の隅に置かれていたデスクトップの前に座っていた青年は、居合の一閃に頸椎を斬断され、一息で絶命に至る。

 

 ごろり、と何の感動もなく首が床へと転がり落ちて、残された胴体が崩れ落ちる。頸椎の断面から噴水のように溢れる鮮血を回避して、先生ネキは一歩を脇に踏んで後退った。

 

「マンモーニキ、で間違いありませんわね?」

「そりゃそうよ。顔もそれ以外も間違いなくマンモーニキ。むしろ擬態していた悪魔じゃないのか、私の方こそ確認したいくらいなんだけど」

「いえ、私の目にもきっちりマンモーニキの死体として見えています。隠されている情報も、トラップもありません」

 

 床を汚す血溜まりを避けながら部屋に入ってきたエリカに視線を送りつつも、刀身を振って付着した血を払いながら残心を取る先生ネキは、周囲に油断なく視線を巡らせて部屋の様子を確認する。何の変哲もない、普通の部屋だ。

 部屋の中央には布団が敷かれており、その枕元には仕舞う手間を面倒臭がったのか畳んだままの洗濯物が積んである。本棚には数年前に流行った名作の漫画本と共に、ガイア連合から出版された低レベル向けの魔導書が置かれ、まとめて埃を被っている。

 個室にはほとんど仕事を持ち込んでいないのか、霊的な資材はマンモーニキのレベル帯に合わせた最低限の霊装と、異能者としての武器くらいで、罠の気配もない。

 

 最後の瞬間までマンモーニキが操作していたデスクトップには、直前にエリカが見せた掲示板が表示されており、その書込み用のフォームに残った送信前の書き込みを見ても、コテハン『★満蒙』がマンモーニキであるのは間違いなさそうだ。

 

「……これで終わり? 随分と呆気ないけど」

「まさか。むしろ、ここからが本番ですわ。先生ネキ、戦闘準備をお願いしますわ!」

 

 先生ネキがもう一度武器を構えるのに合わせ、懐のホルスターから愛用の拳銃を取り出したエリカは、その銃口を脇の壁面へと向けた。

 

 そこに掲げられているのは、分厚い布が被せられた一枚の鏡────エリカの銃口から撃ち出された弾頭は大きく拡散し、スプレーのような広範囲に細かい散弾を振り撒きながら放射状に壁面を喰い破り、そして鏡を覆い隠していた布を引き裂いて、漆黒に染まった鏡面を露わにした。

 

「って、まさか霊装の鏡!?」

「ええ、これこそ間違いなくニトクリスの鏡────クトゥルフ神話に登場するアーティファクトの複製品! その効力は“シャドウを封じて持ち運ぶ事”!!」

「要するに、シャドウ用のモンスターボールって事!?」

 

 鏡面が砕けると共に、ニトクリスの鏡はその機能を失い、鏡の内界に潜んでいたシャドウが姿を現した。黒い詰襟のような服を着込んだ人型のシャドウは、道化師の仮面に覆われた顔面を醜悪に歪めると、手にした大鎌を構えて斬り掛かった。

 その姿を思考操作のCOMP経由で【アナライズ】して、該当したデータは一つ。

 

 

「敵名────『シャドウ JOKER』!! 登録元はカヲルニキ!?」

 

 

 エリカが告げる敵の真名。

 “ペルソナ”というシリーズの中で、その名は確かに先生ネキの記憶に残っており────カウンターでの反撃に転じた先生ネキは表情を歪めて声を上げる。

 

「はぁ!? ジョーカーって、ペルソナ5の主人公でしょ!?」

「そっちのジョーカーじゃありません! ペルソナ2に出てくる方、噂システムを使って生み出された邪神の使徒の複製体ですわ! 人間に憑依する“本体を持たない自律行動型ペルソナ”!」

「んなアホな! カヲルニキが狩り残したって事!?」

「邪神が滅んでないんだから、その配下だっていくらでも湧いてきますわよ!!」

「畜生、よりにもよって最悪の邪神事案か!」

 

 敵の攻撃を受け止めようとした先生ネキは、しかし想定外の膂力に由来する攻撃の重さから瞬時に判断を切り替え、攻撃を受け流す。先生ネキが握る太刀の刀身は、柄の長さに比してコンパクトな三日月型の刃と接触すると共に火花を散らし、悲鳴にも似た不快な軋りを上げた。

 受け切れない程の威力でこそないが、奇妙に生物的なデザインをした大鎌の刃からはどうにも嫌な気配がしており、何も考えずに攻撃を受けるのはまずいと直感がひたすらに警鐘を鳴らしており。

 

「それと、その大鎌の攻撃には絶対に当たらないでくださいませ! その鎌の銘は“無慈悲な刈り手(グリム・リーパー)”────何かしらのペルソナをアイテム化した魔晶化武器で、人間からペルソナを引き剥がすための道具ですわ!!」

「私ペルソナ持ってないんだけど!?」

「ペルソナ使いは自分の精神からペルソナを具現化して使役するだけ、表層人格(ペルソナ)それ自体は人間誰しも持っていますわよ! もしも強引に引き剥がされたりなんかしたら…………!!」

「即死って事!?」

「遅かれ早かれ精神崩壊待ったなしですわ!!」

「もっと悪いわ、ふざけんな!」

 

 慌てて距離を取ろうとして、しかし大鎌を振り上げたJOKERの周囲に莫大な呪力が渦を巻いた。強大な魔法の気配────“無慈悲な刈り手(グリム・リーパー)”を装備する事により激増した魔法攻撃力は、単体で合体魔法を発動させる事すら可能とする。

 舌打ちした先生ネキは逆に敵の懐に飛び込むと、ポケットから取り出したデビルクローズを握り込んだ掌底を相手の下顎に押し当てて、そのまま体重移動の要領で相手の頭蓋を真下から撃ち抜きつつ、デビルクローズの効果を発動させる。

 相手の頭部が衝撃で跳ね上がると共に、発動したアイテムの効果で敵が魔封状態になった事で、敵が発動させようとしていた魔法の気配が霧散する。

 

「本当に……厄介! 邪神案件ってこんなんばっかりか!?」

「どうせそんなものですわ! ちなみに私達は行動できませんので悪しからず、ですわ!」

「じゃあ戦うの私だけ!? 畜生案件!!?」

 

 見れば、エリカの隣に佇むシキガミ達、ジークフリートとキングシャークの二体もエリカの盾になるように構えたまま動かない。どうやら本気で戦わないつもりらしいと見て、先生ネキは思わず舌打ちする。

 

「相手の固有スキル対策ですわ……うわ、本当に気色悪い!!」

 

 エリカが答えると同時にJOKERが自らの固有スキル【オールドメイド】を発動させると、エリカの頭上に浮かぶペルソナ『アンドロマリウス』の姿が揺らぎ、その一瞬だけ、エリカのペルソナが先生ネキの眼前で鎌を振るうJOKERと同じ姿へと変容する。

 『ペルソナⅡ罰』で登場したJOKERが持つのと同様のこのスキル【オールドメイド】は、敵対者の中のランダムな誰か一人が降魔したペルソナを一時的にJOKER化させ、その状態で相手が行動しようとすればペルソナが暴走し、敵全体を大ダメージで薙ぎ払う────誰が感染したかが非常に分かりづらい事も含め、ペルソナ使い泣かせの実に俗悪なスキルだ。

 

 逆にいえば、その状態で行動さえしなければペルソナは暴走せず、被害も起こらない。

 

「うわ、本当に面倒臭い…………」

 

 厄介にも程がある。

 JOKERの振るう大鎌を回避しながら、先生ネキは思わず舌打ちして顔を歪める。

 

 だが、思ったよりも状況は悪くない。

 

 JOKERの強味は大きく3つ────『“ペルソナの刈り取り”という近距離戦における埒外の殺傷力』『合体魔法を単体で発動可能な程の絶大な魔法攻撃力』『強力無比な固有スキル』だ。

 

 しかし魔法攻撃は山のように用意されたデビルクローズの魔封で封じられるため脅威にならない。

 厄介な固有スキルである【オールドメイド】はペルソナ使いであるエリカとそのシキガミが行動しなければ脅威にならず、もう一つの【エコーチェンバー】にしたところで掲示板のように大量に人が集まって発言するような環境下にいなければ単に消費が重いだけの【パニックボイス】に過ぎないから、素の精神耐性で無効化できる。

 

 となれば気を付けるべきは近接戦闘、この狭い室内環境で大鎌の射程から逃げるのは中々厳しいが、しかし大振りにならざるを得ない大鎌の斬撃は、先生ネキの技量があれば回避するのはそれほど難しい事ではない。

 

「ギミックボスのギミックを全部潰せば、後は裸の敵が残るだけか。面倒臭いのは耐性がフラットで弱点がないって事だけど……ま、何とでもなる、っか!」

 

 太刀で大鎌を受け流しつつ懐に入り込み、ヒップホルスターに格納していた拳銃をゼロ距離で連射して、ワンマガジンを撃ち尽くすと同時、同じ場所にナイフを突き刺して一歩を離れ、JOKERの脇をすり抜けるようにして背後に回る。

 標的を見失ったJOKERは狂気的な姿とは裏腹に機械のような正確さでエリカを狙って襲い掛かるが、そこに割り込んだジークフリートが大盾を構えてその斬撃を防ぎ止める。それは背後に立つ先生ネキへと無防備に背中を晒す事に他ならない。

 

「隙あり、だね。駄目よ、ダークサマナーを相手にそんな隙を見せちゃ」

 

 見逃すには、あまりに大きな隙だ。

 容赦なく突き込まれる太刀がJOKERの背中を深々と突き立って、さらに捻りを加えて抉り込まれ、無慈悲な刀身が仮想の臓器を蹂躙するように掻き回した。

 

 同時にエリカがCOMPを通じて合図を送れば、遠く離れたロシアの大地からDDS回線越しの【ムドバリオン】が掲示板の書き込みを媒体にJOKERへと送り込まれ、貴重な残機である【食いしばり】【不屈の闘志】をまとめて破壊。

 

 痛覚があるかのように苦鳴を上げたJOKERは焦ったように振り返って大鎌を振り上げようとするが、それより一瞬速く抜き放たれていた予備の小太刀の刀身がその腕を壁に縫い止めて、踏み込んだ先生ネキの手の中には既に、サバイバルナイフの二刀がコンパクトに構えられている。

 交差するように左右から脇を抉る双刃を突き刺して、その柄を膝蹴りで打ってさらに深くを抉り抜き、背後のエリカから投げ渡されたハチェットでその頸椎を断ち落とす、が。

 

「コイツ、まだ……っ!?」

 

 胴体と切り離され、首だけになって、なおJOKERは動く。

 その原動力になっているのは、底なしの悪意────【生還トリック】で生き永らえたわずかな寿命を、逃走ではなく相手を傷つけるために消費しようという殺意の具現。首だけの力で跳躍したJOKERが今まさに発動しようとするのは【自爆】だった。

 狙いは、この場にいる中で最も脆弱で、死にやすい相手────古戸エリカだ。シキガミ達が立ち塞がるが、蛇行するような不規則な軌道で足元を転がるようにすり抜け、隙をついてボールのように飛び跳ねて。

 

 

 そして、止まる。

 

 

 頸のないマンモーニキの遺体の指先から伸びた、今にも切れそうな一筋の細い釣糸────その先端に光る小さな釣針がいつの間にかJOKERの顎へと刺さり、ほんの一瞬だけその動きを空中へと固定していた。

 邪神の使徒の現身に操られながらも死の瞬間、わずかに正気を取り戻したマンモーニキが未熟な【食いしばり】で稼いだほんの一瞬、仕掛けていた【ビーチ・ボーイ】の釣り糸。

 あまりにもか細いそれが稼げた時間は本当に一瞬きりで、しかしそれで十分だった。

 

 エリカの前に割り込んだジークフリートが盾を構えると同時に、追いついた先生ネキによって投擲されたハチェットがJOKERの後頭部へと突き刺さり、その刃の上に振り下ろした踵落としの威力も加えてJOKERの頭蓋を破砕する。

 

 

「────これで本当に、終わりだ!!」

 

 

 それでもまだ原形を保っていたJOKERの頭に、先生ネキが向けたハンドガンの銃口から放たれた最後の一発、虎の子の万能属性弾がJOKERの霊基を完全に焼却し、消滅させる。

 

 そうしてようやく、わずかな後始末を残しこの事件は完全に終結した。

 

 

 

   △    △    △

 

 

 

【メシアンの仲間は死ね】特定個人をアンチするスレ Part.6【天使の同類は死ね】

 

503:名無しの転生者

 おれは しょうきに もどった!

 

505:名無しの転生者

 ワイも。

 

507:実銃愛好部員

 ワイも。

 

509:名無しの転生者

 いや、本当にな。

 ワイもや。

 

512:名無しの転生者

 今になって、ようやく自分がおかしかったことに気が付いたわ。

 正直、何であんなにセツナちゃんを嫌ってたのかよう分からん。

 

515:名無しの転生者

 完全同意。

 正直、ガチでヤバヤバのヤバだった。

 もし自分がセツナちゃんを殺してたらって思うと、正直震えが来る。

 

518:名無しの転生者

 やっぱり客観的に見てどこかおかしかったみたいで、シキガミちゃんからも随分と心配されてたわ。

 

520:工場労働者

 >>518

 いや、シキガミちゃんに心配かけるのは本当にアカンやろJK。

 まあ、そう言うワイも完全に人の事言えへんのやけどな。

 

523:名無しの転生者

 それな。

 

525:★Alice

 メシアンの元実験体はメシア教会による蛮行の被害者です。

 それをメシア教会過激派の構成員と同列に扱うのは、強姦の被害者を強姦魔と同列に扱って取り締まるのと同様で論外です。

 

 

 

 皆、正気に戻ったようで何よりです。

 

528:名無しの転生者

 あ、アリスニキネキ……ログを遡って確認したけど、アリスニキネキが何度か正気に戻してくれてたみたいやな。

 本当に面倒掛けたわ……すまん。

 

531:名無しの転生者

 何か、影で動いた他の黒札が解決してくれたみたいやで。

 

533:名無しの転生者

 あの★満蒙ってヤツが多分黒幕なんよな。

 ソイツは逮捕されたの?

 

535:★Alice

 彼も黒幕に操られていたようですが、最期の一瞬に自力で正気を取り戻して一番いいタイミングで援護を投げてくれたそうです。

 現在はショタオジによる治療も終わり、医療部が蘇生と治療を行っているそうです。

 

537:名無しの転生者

 ヤツも犠牲者だったか……そうか。

 

539:名無しの転生者

 そうか。

 もう情緒とかメチャクチャで、本当に何を言っていいやら……。

 

541:名無しの転生者

 それにしても、セツナちゃんは大丈夫だったんか?

 操られて暴走した俺らの誰かが間違って手ぇ出してたりしてない?

 

543:★Alice

 その前に片が付いたみたいですね。

 何とかなって良かったです。

 

545:名無しの転生者

 無事なら良かった。

 でも、後でセツナちゃんにはちゃんと謝ってこないとな。

 

547:名無しの転生者

 だな。

 それにもう、こんな事が起こらないようにしないと。

 

549:名無しの転生者

 それな。

 

552:★満蒙

 今回、皆さんにも本当にご迷惑をお掛けしました。

 心から謝罪を申し上げます。

 

554:名無しの転生者

 おいおい本人登場かよ……。

 

556:★Alice

 あ、★満蒙さん(本物)だ。

 怪我はもういいの?

 

558:★満蒙

 はい。

 医療部の皆さんのお陰で、明日には退院できるそうです。

 

561:名無しの転生者

 アリスニキネキが普通に話し掛けてるって事は、コイツも普通に被害者枠って事なんだろうなあ……。

 

563:★満蒙

 いえ、普通に記憶が残っているので。

 自分が被害者だなんて、口が裂けても言えませんよ。

 

565:名無しの転生者

 本当それな。

 ぶっちゃけワイ、実際に凸やらかした勢だから本気でヤバかった……正直、今になって思い返して手が震えて吐き気が止まらん。

 キノネキに止められた時には本気で恨んだけど、あの時止めてくれて本当に助かった。もうマジで感謝してるし、北神奈川に足向けて寝られんわ……。

 

567:ロボ部員

 それを言われるとワイも頭が痛い……気が付いたらワイの士魂号、馬鹿みたいな自爆特攻仕様になってるし……これ、ワイがやったんだよな。何の罪もない子を傷つけるためだけにこんなアホな仕様作ったんかワイ……。

 ロボットは正義の味方やろが……何考えとんのや子供は守るもんやろカス……。

 

570:★満蒙

 俺、明日退院したら今回の件で迷惑を掛けた人達一人一人に頭下げてこようと思います。

 

572:工場労働者

 やはり謝罪か……いつ出発する? 私も同行する。

 

574:名無しの転生者

 唐突な花京院で草wwwwww

 

576:名無しの転生者

 草に草生やすな定期wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

578:工場労働者

 言うてワイも色々と申し訳なくて一人じゃセツナちゃんの前に顔なんて出せそうにない。

 滅茶苦茶格好悪いのは分かってるけど、謝らないのはもっと駄目だ。

 だから満蒙に便乗してでも謝罪しにいきたいから、悪いとは思うけど同行させてほしい。

 

580:名無しの転生者

 うーんこの……w

 

582:名無しの転生者

 気持ちも分かるわ。

 ワイも付き合ったるで!

 

584:実銃愛好部員

 俺も行くで。

 まあ本音は、一人じゃ顔も見せられそうにないからやけどな!

 

586:名無しの転生者

 本当それなwwww

 俺も行く。

 

588:名無しの転生者

 ワイも。

 

591:名無しの転生者

 お前にばかりいい格好はさせないぜ俺も行くw

 

593:名無しの転生者

 スピードワゴンはクールに謝罪に行くぜwww

 

595:名無しの転生者

 迷ったけどワイも行くわ。

 このまま謝らんのも絶対にしんどいからな。

 

597:名無しの転生者

 同意。

 

599:名無しの転生者

 ワイも行くで。

 

601:名無しの転生者

 乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 そうして這い寄る混沌の邪神が引き起こした、一つの事件が幕を閉じた。

 

 

「ぬわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん疲れたもぉおおお~~~~~~~~ん!!!!」

 

 

 

 ガイア連合宮城支部の支部長であるレン子ニキに黒杖特捜官の印章を返還した先生ネキは、ガイア連合宮城支部の庭先の地面に転がると、そのまま叫びながら芝生の上を転がって、そして庭の片隅にあった池の中へと転がり落ちた。

 水底に沈んでいった先生ネキの後を追い掛けるように揺らいだ水面にブクブクと白い泡が浮かぶのを淡々と眺めていたレン子ニキは、半ば困惑しながら首を傾げた。

 

「……確かに大変な事件だったのは報告受けたから知ってるけど、叫ぶほどの事?」

「そうだよ~大変だったんだよ~レン子ニキ。ぶっちゃけガチで死を覚悟したぜい」

 

 ざばり、と水草をヅラのように頭に乗せて池から顔を出す先生ネキの姿は、その頭に噛みついてピチピチと尾を振っている鯉の様子もあって、既に新種の河童系UMAにしか見えなかった。服が濡れてスーツのワイシャツが透けていたりするが、そこには一欠片の色気も漂っていない。

 レン子ニキはしばし思案した後、そんな先生ネキの姿をCOMPに搭載されたスマホカメラで撮影した。

 

「そこまで……事後のアナライズデータだけ見ても確かに危険な敵だったのは事実だけど、全部対策済みだったみたいだし問題なく勝てたって話じゃない」

「そーれーはー、そうだけど~~~~~~そんなのより何より、話の流れがガチシリアス過ぎて四六時中シリアスモードを解除できなかったのが一番つらかった。……まあ最近そんな事件ばっかりな気はするけどさ」

「あー…………」

 

 自称、邪神の眷属よりもシリアスムーブで正気度にダメージを受けるナマモノ。

 ぶっちゃけ一生シリアスモードでいて欲しい、という本音は語らずに、レン子ニキはもう少しだけシリアスモード全開で話を続けることにした。

 

「にしても、まさかウチでこんな事になるとはね。所属している黒札が事件に巻き込まれてる事すら気付けなかったとか、私も焼きが回ったものね」

「ま、レン子ニキにはトップとして責任があるからねえ」

「……その辺、アンタは気楽そうね」

「そりゃそうよ。私の仕事はこれで終わりだからね。むしろ事後処理はそっちの仕事、でしょ」

 

 コイツしばいてやろうか、くらいの気持ちを込めてレン子ニキは横目で睨みつけるが、その程度は基本的にいつもの事でもあるので、眼前の池に浮かぶ河童のごとき先生ネキは一切気にしない。そんな繊細な神経を持ったナマモノではない程度の事は、長年の付き合いでよく理解している。

 

「それで結局、何でマンモーニキが狙われたのさ? レン子ニキは何か聞いてない?」

「まず、周囲から孤立しており異変に気付かれ辛かった事。それから彼の身辺を守るシキガミがいなかった事。そして最後に、彼が宮城支部に所属していたから、らしいわよ。そんな感じの分析がスレで上がってたけど、カヲルニキの分析だから間違いないでしょ」

「つまりウチを狙ってたって事、か」

「セツナちゃんの周辺にいる人間をプレイヤーとして想定していたらしいからね。ゲームのプレイヤーが事件を追い掛けるなら、容疑者はゲーム盤の中の、プレイヤーが手の届く範囲にいなきゃゲームが成り立たない、だってさ」

「うっわ、マジでクソ邪神ね。…………マジでブチ殺してえ。セツナちゃんの命をゲームの景品扱いかよ。これが平常運転って……」

 

 舌打ちした先生ネキは頭にくっついた鯉を再び池の中へとリリースすると、そのまま水面から逆立ちするようなポーズで犬神村ごっこを始めている。その姿をカメラに捉えて撮影を続けながら、レン子ニキは話を続けた。

 

「ところで、マンモーニキはこれからどうするって?」

「さすがに、これ以上宮城には居づらいので移住するらしいわよ。私らには止める権利もないし、ね」

「……そう」

 

 レン子ニキはわずかに目を伏せる。

 数日前に宮城支部の支部長として医療部に見舞いに行って、マンモーニキとは一度顔を合わせている。その時にはやはり自責の念からか、今にも首の一つも吊りそうな雰囲気まで感じさせたものだが……時間が過ぎて落ち着いてくれれば最良だが、支部長としてはそれを期待して何もしない事が許される立場ではない。

 

「理由があるとはいえ、支部長が不安がるものじゃないわよ。トップが不安そうだと支部全体の士気に響くでしょ」

「分かってるわよ。皆の前に出る時にはいつも通りの私よ」

 

 全体的にギャグ補正で生きているかのごとき先生ネキにしては珍しく、相手を気遣うような言動を見せる。

 現状の行動それ自体は、どう見ても悪質なジョークにしか見えないが。

 

「それならいいけど……ま、そこまで心配する事はないと思うわよ」

「そう?」

「ええ。だって退院間際にアリスニキネキと顔を合わせて、その後はひたすら『男の娘ってイイよね! イイ!』って呟いてたもの」

「あー……マンモーニキの性癖も壊れちゃったかー…………」

 

 時すでに遅し。

 どうやら、別の意味で大丈夫ではなかったらしい。レン子ネキは無言のまま、空の向こうへと手を合わせた。

 

「ま、それ以外は心配しなくて大丈夫だと思うわよ。何だか友達もできたって話だし、今度こそローン組んでちゃんとシキガミ買うらしいし、それにマンモーニキの移住先は────ペルソナ使いにとっての最前線の一つ、認知異界マヨナカテレビのある八十稲羽市だとか」

「なるほど、スライムニキの所か。ま、彼の所なら間違いはないでしょ。……強くなれるといいわね」

「そう、ね」

 

 話している間に撮影していた河童先生ネキの画像と動画全てを掲示板のスレにアップロードしたレン子ニキは、池の中で見事なシンクロナイズドスイミングを披露する河童系UMAの姿から目を放し、空を見上げて溜息を一つ。レン子ニキの内心とは対照的に、悩み一つもなさそうな白い雲が、碧く晴れ渡った空の上をゆっくりと流れている。

 今日の宮城はそれなりに平和であるらしい────少なくとも、彼らの目の届く範囲では。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 数日後。

 

 ガイア連合山梨第一支部に程近い大通りに建つ喫茶店『ポレポレ』。

 オリエンタルな味と香りを標榜するこの喫茶店は、ガイア連合の料理部の中でも古参の黒札が経営する店であり、ガイアカレーのレシピの設計に携わった実力者が運営する店というだけあって本格的なカレーで有名な、ほぼほぼカレー専門店である。

 

 そこにシキガミであるジークフリートを伴って入店したエリカは、絵本の中から切り出してきたかのようなメルヘンな佇まいの洒落た外観通り、暖色の煉瓦を使って暖かみのあるインテリアで整えられた店内の窓際の席で待っていたもう一人の少女へと声を掛けた。

 

「オフではお久しぶりですわ、キーパーネキ。申し訳ありません、少し遅れましたわ」

「いえ、暇だったので30分前から待っていただけです。時間通りですよ、古戸さん」

 

 振り向いたのは、ショートヘアの黒髪の上に大輪の花束を乗せたかのような特徴的なヘッドドレスの少女────かっちりとしたビジネススーツを着ているにも関わらず中学生にしか見えない容姿の持ち主だが、こんな見た目でも二十歳を越えた大人の女性。

 本名は『初春飾利』、通称は“キーパーネキ”────今回の事件でエリカに協力していたガイア連合電脳部所属の黒札である。キノネキに制止されたセツナ襲撃犯のCOMPからDDSのアクセス履歴を割り出して問題の掲示板を発見し、そこからマンモーニキのIPアドレスを割り出した凄腕ハッカーだ。

 ガイア連合電脳部がそのリソースの大半を電脳異界の開発に割り振っている中、ホワイトハッカーとしてそのメインサーバーの電子セキュリティを担っている数少ない一人が彼女である。

 

「それにしても、今回の事件解決は実に鮮やかでしたね。まさか一人の犠牲者もなし、なんて」

「いえ、犠牲なら出ていますわ…………マンモーニキの性癖が」

「あー……………………仕方ない犠牲ですね!」

「……ですわね!」

 

 そんな事を言い合って、二人は互いに顔を背けながら乾いた笑いを漏らす。

 

「それに、被害の食い止め方が想像以上に水際になってしまいましたから、こちらとしてもあまり笑えませんわ」

 

 ぼそり、と付け加えながら、エリカは席のメニュー表を開いて店の名物カレーを注文した。

 コーヒーよりもカレーが美味いと評判なこの店は、喫茶店という看板とは裏腹にメニューの大半がカレーであり、既にコーヒーの存在感は無に等しい。

 

「まあロボ部員やら実銃愛好会のスナイパーやらが実際に動いたら、止めるにも少々面倒な事になってしまっていましたからね。呉ロボ研の完全機械型ロボならともかく、中枢がシキガミコア制御のカスタム士魂号だと電装系をクラックして多少の邪魔くらいしかやれる事がありませんし、完全ローテクのスナイパーに至ってはお手上げですからね。せいぜい手近な人に緊急依頼を出しつつーの、ラピュタ支部の人工衛星ネットワークに軌道砲撃を申請するくらいしか…………」

「怖い怖い、対処がガチ過ぎて実際コワイですわ! まあ実際それくらいやってくれるのは非常にありがたいのですが」

「さすがに身内でしかも子供がこんなふざけた理由で命を狙われるとか、やってられませんからね。最低限やれる事はやりますよ。……ま、仮にあの時あの状況でそうなったとしても、アリスちゃんが止めたでしょうけどね」

「否定はしませんわ」

 

 それはそうだ、とエリカは頷いた。

 立花アリスは呪殺属性に関してはエキスパートの一人といえる実力者だ、ネットが繋がっていた以上は縁を辿って遠隔呪殺での爆撃など容易い事だし、何なら繋がっていない状態でもネット上の書き込みを辿って攻撃できてもおかしくない。

 

「何にせよ、仮定の話でしかありませんけどね。たらればを語るのは簡単ですけど、それはそれとして被害ゼロで収まったのも事実。それに、あの掲示板に踊らされていた人達も混乱状態による洗脳から復帰して、無事回復済み……操られていただけの人達に対して、あまり責任を追及するものではない、というのがガイア連合側の判断ですし」

「それに関して、否定はしません。セツナさんがメシア教会に囚われた事に彼女の意志が介在していなかったように、掲示板の人達が操られた事に関しても彼らの意志がどれだけ働いていたかは怪しいものですからね。元より、洗脳が解けたら自主的に謝罪に行くような人達ですから」

「…………まあ、それはそれとしてセツナちゃんはえらく困惑していたみたいですけどね」

「彼女の知らないところで、知らない人が事件を片付けていたらしく、知らない野郎共が大勢揃って謝りに来た……………………これ、普通に迷惑案件では?」

「……考えない事にしません?」

「ですわね」

 

 そんな事を言い合っていると、ところで、と初春が思い出したように口を開いた。

 

「分かっていますわよ。ええ、報酬ならこちらに」

「ここで確認しても?」

「もちろん。どうぞ、中身を確かめてくださいな」

 

 エリカがポケットから取り出したのは、飾り気のないUSBメモリだった。

 それを受け取った初春は、卓上に置かれていた自分のラップトップ端末のポートにメモリを挿し込んで、中のデータを確認する。そこに入っていたのは、十数枚程度の画像ファイルだった。

 

「おお……これは、素晴らしいですね……」

 

 画像を順番に開いて確認しながら、初春は感嘆の溜息を吐く。高度な暗号が仕掛けられているでもなし、何か遠大な魔術知識が記されているでもなし、ごく普通の画像データ────しかし初春にとっては、何物にも代えがたいお宝画像だった。

 具体的には────エリカの友人の一人である立花アリスの隠し撮り画像である。

 

「キーパーネキ、鼻血出てますわよ」

「おっと、これは失礼」

 

 取り出したポケットティッシュを鼻孔に詰め込んで、興奮する初春はそのまま画像の閲覧を続けた。途中で荒くなった鼻息で、鼻孔に詰めてあったティッシュが吹き飛ばされてテーブルに落ち、また再びだくだくと流れる鼻血が初春の手元を汚す。

 

「いい……いいですね、実にいい…………恥じらいの表情、自然な笑顔、さりげないあざとさ…………そして…………バニーだとぉ!? は、背徳的にも程がある…………いけません、これはいけません!! うっ、ふぅ……」

「うーんこの」

 

 作画崩壊としか表現しようのない蕩けぶりを見せるその横顔を見て、エリカは不意に先生ネキの顔を思い出していた。ぶっちゃけよく似ている。

 性癖破壊の犠牲者が、ここにも一人。

 

 内心で手を合わせつつ、エリカは何も言わずにカレーを味わうのだった。

 

 

 

 

 




 ……気が付いたらそろそろ5月。
 色々あって投稿が随分と遅れてしまった……。


 夢空様『【カオ転三次】トラウマに苦しみながら向き合う終末への日々』をあらためて確認して、ぶっちゃけこの子妙に命を狙われ過ぎじゃね……? などと思うように。
 で、それならそれで、あえてこういう状況が発生する理由、そしてそれが誰かの意図的なものであるなら、この状況を意図的に発生させるなら何をどうすればいいか……などと逆算していった結果が、こうなった。






~割とどうでもいい設定集~



・セツナ
 夢空様『【カオ転三次】トラウマに苦しみながら向き合う終末への日々』より。
 ガイア連合に所属する黒札の一人。
 メシア教会の非道な人体実験による改造手術を受けた犠牲者の一人である人造聖杯。能力的には完全なる非戦闘員であり、当人の戦闘能力は皆無な上に、聖杯としてのマグネタイト生成能力まで持つため、おそらく黒札の中でも生贄適性が群を抜いて高い。
 ほぼ完全な被害者ポジションであるにもかかわらずモブメシアンアンチ勢からのヘイトが妙に高く、山親父様『【カオ転三次】世界が終わるまでのバイク旅』の『頼れるお姉さんになりたい』の回などで度々命を狙われていた。

・熾天使ネキ
 ディストピア様『【カオ転三次】終末が約束された世界で生き抜きたい』より。
 事故のような偶然により平行世界からやってきた、破魔ネキの平行存在。
 何事もなくヒトとして成長する事ができた破魔ネキとは異なり、幼いころにメシア教会に捕縛され、非道な人体実験により改造され大天使の権能を持つ天使人間とされてしまっていた。

・マンモーニキ
 ガワは『ジョジョの奇妙な冒険』のペッシ。マンモーニなニキ。
 地元が宮城県という事もあり、元々はガイア連合宮城支部に所属する黒札の一人。釣竿の形状を持つ器物型のペルソナ『隠者 ウラシマタロウ』を保有するペルソナ使い。
 本名『別資慎介』。
 能力の傾向としては、やや魔法寄りで幸運が高く、水撃魔法をメインに、氷結・衝撃魔法などに派生する他、バフ系魔法や水泳・漁業適性が非常に高い。特にバフに関しては幸運効果の付与が入る。
 原作の性能をほぼほぼ完全に再現した固有スキル【ビーチ・ボーイ】を持っており、釣針を物体に仕込んで、物体を透過する釣糸で“釣り”を仕掛ける事ができる。遠・中・近距離で間合いを選ばず攻撃が可能で、索敵、拷問、仲間の救助、トラップによる搦め手と、釣竿という形状を生かして多彩な用途に扱える。
 本来の本霊は威霊ヒルコだが、不具の神という特性が強く出過ぎて命に係わるような状態だったために妖魔エビスの殻を被り、そちらに霊基の特性の大部分が依存する形になった。このためヒルコ・エビス双方がマンモーニキの本霊として機能している。この辺の経緯に関しては血涙鬼・彼岸様『凡庸でありふれた転生者達の小話』のガンスミスニキとほぼ同様。

 ガイア連合でもそれほど珍しくもない、戦闘に適応できなかったタイプの黒札であり、そのため全体的に士気の高い宮城支部の気風に馴染めておらず、黒札・現地民問わず周りに仲の良い相手がいなかった。
 またガイア連合加入当初は、その少し前に実家を建て替えたばかりでローンを組むのを躊躇った事もあり、シキガミを購入していなかった。
 それでも腐らず、自身のレベル上げは一旦脇に置いて、アクアストーンやアクエスストーンといったストーン系の作製・販売によりシキガミ購入のためにコツコツと資金を貯め、シキガミ購入が叶ったらその後に本格的にレベル上げを再開する…………はずだった。
 邪神に目を付けられるまでは。

 マンモーニキが目を付けられた理由としては『周囲から孤立していて目立たない事』『身辺の護りであると同時に魂を守護するプロテクトであるシキガミを持たなかった事』『シナリオの主なプレイヤーとして狙いを付けていたガイア連合宮城支部に所属していた事』の3つ。
 邪神側の意図としてはプレイヤーとしての立場ではなく、あくまでもシナリオにおける狂言回し、あるいは大道具の一つという位置付けだったため、ほぼほぼ抵抗の余地など存在しなかっただけに、最後に一矢報いられた事自体が奇跡に近い。

 事件終了後には八十稲羽市に移住し、スライムニキに指導を受けてマヨナカテレビ攻略に従事。
 そしてスライムニキの男の娘ハーレムを見て、自分もスライムニキのように男の娘からモテモテになるべく努力を重ねる事に。

・ニトクリスの鏡
 クトゥルフ神話に登場するアーティファクト。元は古代エジプトの女王ニトクリスが所持していたものであり、その鏡面に異界の光景を映し出すというクトゥルフ神話では比較的よくある性質と共に、条件が揃えば異界からショゴスじみた怪物を召喚するという危険性を持つ。
 作中で登場したものは、厳密にはそのレプリカ。異界の光景が引き起こす宇宙的恐怖により覗き込んだ者の意志を奪う機能と、モンスターボールよろしく鏡面の内側にシャドウを格納する機能を持ち合わせていた。
 邪神がマンモーニキの自宅に仕掛けていたものであり、この中に潜むJOKERがマンモーニキを操り、一連の事件を引き起こしていた。

・シャドウ JOKER
 『ペルソナ2罰』に登場した存在。
 リセットされた平行時空における邪神の使徒を模倣し、噂システムによって生み出された存在であり、人間に憑依して乗っ取る“本体を持たない自律行動型ペルソナ”のごとき存在。何にせよ邪神の眷属である事に間違いはない。
 原作では最初の内は『自分の携帯から自分の携帯にかけ、出た相手に殺して欲しい相手の名前を告げると代わりに殺してくれる』という都市伝説の怪人としての枠に縛られていたものの、噂システムを利用し、噂の変容に従って次々とその枷を外していくと共に凶悪な存在へと変貌していった。

 原作と同様、凶悪な固有スキル【オールドメイド】を持つ。『発動された段階でパーティーの誰かのペルソナがJOKER化し、行動すれば味方全体に大ダメージを与える』とかいう非常に厭らしく、かつ迷惑なスキルだが、これに関しては“その場にいるペルソナ使いが全員行動しない”“ペルソナ使いではないアタッカーを用意しておく”という作戦勝ちで封殺された。
 さらに今回エリカ達が戦った個体は専用の固有スキル【エコーチェンバー】を保有しており、これは【パニックボイス】と同様の性能に加え、スキル効果が乗った言葉が届く範囲で誰かがその言葉に同調すると、その言葉にも同様の精神属性の全体混乱効果が乗り、さらにそれを繰り返す事で混乱効果を増幅・重複させるという、きわめて状況が限定されるものの凶悪な効果を持ち、海外サーバーに開設した掲示板にこのスキルを仕掛ける事で、リンクを辿って掲示板に書き込みをした黒札達に対して扇動と思考誘導を行い、セツナに対する殺害計画を企て“させて”いた。

 なお最大の敗因はおそらく、大層な武器だけ装備させて【大鎌術】【大鎌の心得】のようにきちんと武器を扱えるスキルを組み込んでいなかった事。

 P2の事件で発生した存在はカオ転世界においてはおそらくカヲルニキが対処している。邪神の眷属なので多分邪神の意志でいくらでも復活させられるが、邪神的にはおそらく使い古したネタなので実際に使うかどうかは微妙なところ。P2絡みの因縁の相手なら使うとは思う。

・“無慈悲な刈り手”
 グリム・リーパー。もしくは略してG・R。
 元ネタはP1とP2の間に起きた事件を描いた漫画作品『ペルソナ罪と罰』
 原作における敵組織の構成員であるペルソナ使い達の標準装備。元はとあるペルソナをアイテム化した魔晶武器。
 斬り裂いた敵からペルソナを強引に刈り取って蒐集する事ができ、これにより奪われたペルソナは、それこそフィレモンの権能でもなければまず取り戻せない。対人の近接戦闘においてほとんど確定即死に近い極悪な性能を持つ。
 さらにペルソナに装備させる事でペルソナの魔法攻撃力を極限まで引き上げ、ペルソナ単体で合体魔法を発動可能にするため、総じて遠近双方で隙が無く攻撃力が極まった破滅的な兵装。
 代わりに、これを所持した状態で敗北した使い手は、犠牲者と同様に自らのペルソナを剥ぎ取られる事になる。
 また、使用者がより強大な力を望む事で集合的無意識のダークサイドに接続し、出力をさらに増大させる事ができる…………のだが、これをやった場合は肉体が変異して異形の怪物に成り果てるだけでなく、意識が集合的無意識に飲まれて取り込まれ、自我を保てなくなり逆に弱体化してしまうというデメリットも存在する。

・キーパーネキ
 元ネタは『とある魔術の禁書目録』シリーズ。
 本名『初春飾利』。
 ガイア連合電脳部所属の黒札。大半が電脳異界の構築に携わっているガイア連合電脳部において、珍しく電子セキュリティを専門分野とするホワイトハッカー。
 本霊は『魔人オルフェウス』。言うまでもなく特技は電子戦であり、異能もそちらの方面に偏っている。
 見た目中学生ながら、実際は二十歳を過ぎた大人。
 なお性癖破壊の犠牲者でもある。

・喫茶店『ポレポレ』
 元ネタは『仮面ライダークウガ』。オリエンタルな味と香りの店。
 ガイア連合料理部の中でも古参の黒札が経営する喫茶店……という名前のカレー専門店。
 原作再現のためにメニューにカレーを入れたところ、ガイアカレーのレシピ設計に携わった実力者が運営している事もあって、カレー偏重が行き過ぎた結果、専門店を名乗っても問題ないくらいにカレーの質も高く、種類も充実し過ぎて御覧の有様。なおコーヒーの存在感(ry。
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