◆ ◆ ◆
沖縄県、名護市辺野古近辺。
米軍基地の建設に反対して年単位での座り込み運動が続けられている、基地周辺のフェンス前。その活動家たちが並ぶ座り込みの列を、いつものジャパリバスの車窓から眺めながら、俺は大きく溜息を吐いた。
ジャパリバスの窓越しに見える基地前の路上では、左翼活動家たちが声を張り上げて平和へのメッセージを声高に叫び、フェンスの向こう側から冷めた目でその活動を米兵達が監視する────いわゆる“いつもの光景”という代物だが、異能者の眼でその様子を観察してみれば、米兵達の背後にも、抗議を行う活動家達の肩の上にも、等しく白い影のような天使ホーリーゴーストが浮かんでいるのが見える。
悪魔を視認できる覚醒者であれば大抵は、その肩に乗る小天使の存在だけで活動家たちに対する信用度がマイナス20割引きされるところだ。
「毎日毎日よくやるよ。よくもまあ飽きないよな、本当に」
肩を竦めると、その言葉に応える声があった。
「それな。あのまま周りに迷惑掛けずに身内同士で潰し合ってくれれば、俺らとしても万々歳なんだけどさ」
「どうせヤツら身内同士だし、いつものマッチポンプで終わるだろ」
「それはそう」
軽口を交わしつつ手にした双眼鏡を覗き込むのは、ガイア連合沖縄支部の幹部である六人の黒札の一人であるガンスミスニキだ。その傍らの座席にはライフルが収められたケースが立て掛けてあるが、とりあえずそれを使う様子はないらしい。
一見すれば美少女のようにすら見えてしまう可憐な容姿のガンスミスニキは溜息を吐くと、その隣に置いてあった一回り小さなライフルケースを手に取り、中から一丁のエアライフルを取り出した。
射撃に炸薬を使わないエアガンとはいえ、狩猟用の実用品だ。火薬式の実銃では過剰過ぎる威力の標的……例えばリスやアライグマなどの中小型獣を撃つための代物で、それだけなら悪魔や異能者相手には心細い代物だ。
しかし内蔵されたエアシリンダーから供給される大気圧の数百倍にも及ぶガス圧によって射出されるのは、呪殺属性が付与された有機プラスチック製のBB弾。
人間相手にすら有効打になるかは怪しい代物だが、呪殺弱点のホーリーゴースト相手には十分過ぎる効き目を発揮し、その直撃を受けた小型天使は小さな悲鳴を上げて跡形もなく消滅していた。
「ナイスショット」
「ま、撃ち抜いても楽しい獲物じゃないけどな。いっその事、バルサン焚くみたいにして一掃できないものか……」
「なるほど、いいアイデアだな。今度研究してみよう」
「頼むよ……まあ俺の方でも研究はするけどさ」
正式に洗礼を受けてメシア教会穏健派の所属になっている米兵達とは異なり、平和活動家グループの構成員たちの多くは何も知らない一般人だ。
メシア教会は二つ三つほどのダミー企業を経由して活動家グループへと資金や物資などの援助を行いつつ、名目上メシア教会とは関係ない使い捨ての手駒として利用しているだけ。
自然、活動家たちに憑依しているホーリーゴースト共も、名目上は過激派・穏健派問わずメシア教会とは一切関係ないその辺から勝手に生えてきただけの野良天使に過ぎない。
だからメシア教会としても沖縄に対して干渉していないという建前を維持する事ができているし、逆に見掛けたらこうして悪・即・斬のノリで即処分しても問題ない、という一面もあるのだが。
……もっとも、そのホーリーゴーストを肩に乗せていた平和活動家は、肩から囁き掛ける天使が消えたにもかかわらず何の変化も見られない。
意識を失ったり、急に正気を取り戻したりといった目に見える変化は一切なく、血走った目をガンギマらせてメガホン越しに過激な言動を叫びながら、元気よく唾を飛ばしている。
既に手の施しようがなかったのか、それとも元からアレなのか……どちらにせよコントローラーであるホーリーゴーストを潰したというだけで満足するしかない、と。
「………………はぁ、クッソ面倒臭いし虚しい。何だこの作業」
「まあ、気持ちは分かる」
天使とかいう不快性と有害性を併せ持つ最悪の害虫だから始末しないという選択肢はないが、憑依中と解除後の様子があそこまで一切変化がないと、自分は一体何をやっているのかと晴れ渡った青空に問い掛けたくなる気持ちも分かるというものだ。
表情というものが抜け落ちた虚無顔のまま、ガンスミスニキは手にしたエアライフルを連射して視界に映るホーリーゴーストを片っ端から撃ち抜いていく……が、やはり人間側に変化は見られない。
がっくりと肩を落として銃を仕舞うガンスミスニキの様子に、その隣に座っていた少女『座備ニャアン』が話題を逸らそうと声を上げた。
「えっと、その……さっき平和活動家と米軍が身内同士って言ってたけど、身内ってどういう意味? 誰と誰が?」
「身内は身内さ。あいつらどっちも同じメシアン系の団体なんよ」
「うん? じゃあメシアンが同じメシアンの基地に抗議活動してるって事? 仲間割れ?」
隣に座るガンスミスニキがその容姿だけで常人の域から一歩外に踏み出している部類の、APP18勢などと呼ばれる人種であるため今は目立たないが、それはそれとして実際に溌溂とした魅力に溢れた紛れもない美少女である彼女は、沖縄支部に所属している海外難民出身の新人異能者だそうだ。
ベトナム系アメリカ人であるニャアンは、この春アメリカから難民として沖縄へと移り住み、沖縄の地元霊能名家の一つである座備家の女性に引き取られて養女の立場を得て、ガイア連合沖縄支部に参加したそうだ。
「そういう事だ。過激派穏健派というだけでなく、同じ穏健派の連中の中ですら派閥争いはある。メシア教会とて決して一枚岩ではない、という事だ」
「基地内のメシアンはアメリカ系、トールマン派閥の割とライトな穏健派で、この国に元からいたメシアン派閥との繋がりは浅い。対して活動家側は……同じ穏健派でも日本に元からいるメシア教会穏健派や、そこに寄生する世俗派とも繋がりが深くて、さらには韓国系キリスト教組織を乗っ取った過激派とも繋がってるカオス状態。ちょっとよく分からないんだが、命令系統が違うらしいんだよな」
などと肩を竦めるのは、同じく座備家の末子であり、少し前に大学として最後の夏休みに世界一周旅行から帰還するついでにメシア教会過激派と一戦交え、聖母()にされかけた恋人を救出し、それと一緒に難民一セットを引き連れてきた『座備賀留真』と、彼のパーティメンバーであり現在はガイア連合沖縄支部所属になっている『ウィリアム・F・ガイル』元米陸軍少佐である。
そんな二人は、ジャパリバスの車窓から沈鬱そうな表情で名護市にある沖縄米軍基地のゲート前の光景を見守っている。
かつて前世、修学旅行で沖縄を訪れた学生を襲ったとある悲劇……ちょうど今ガイア連合沖縄支部が存在する名護市の海で発生した抗議船転覆事故により、『左翼系反戦団体』『ミッション系教育機関』『左翼系リベラル政党』『オールドメディア業界』『大物芸術家』『特定アジア国家からの工作活動』などといった各種団体間の黒い繋がりが明らかになり、SNSを通じて広く拡散された。
だがこの世界ではその反戦活動コネクションから伸びる汚い糸の先にもう一つ『メシア教会』というお先真っ暗闇要素が絡んでおり、沖縄の水面下に巣食う反戦ビジネスシンジケートの闇は、元々真っ黒だったその辺の裏事情がさらに一段も二段もドス黒く染まった地獄のような様相を呈している。
「祖国が、本当に迷惑を……すまない、本当にすまない……」
「いや、迷惑掛けてるのはどっちかといえばクソメシアンの方ですから……本当にもう……」
沈痛そうな表情を見せるガイル少佐を元気づけるように、ガンスミスニキがその肩を叩くも、やはりその顔には憂鬱の色合いが濃い。
今回、俺達がわざわざ米軍基地の前までジャパリバスを回しているのは、ガイア連合沖縄支部に所属する事になった新人異能者達に対する、沖縄の現状をある程度理解させるための研修であり、その研修項目の一つとしての『沖縄におけるメシアン事情』……米軍基地内の米兵と、基地反対運動を掲げる活動家の双方に天使が憑依しているというクソのような現状を直接目で見て学ぶ事で、どちらの勢力に対しても警戒心を維持する事を促す意味があった。
「ちなみに米兵もそれなりに事件を起こしてるけど、実際には活動家側が起こすトラブルの方が数が多い……ふざけた事に平和活動のお題目を掲げてるとメディアが勝手に忖度して報道を控えてくれるんでニュースにならないし、毎回闇から闇に葬られてるけどな」
「まあとにかく過激な連中って事。やってる事のノリがほとんどチンピラや珍走団と変わらないんよ。メシアンの周辺団体は少なくとも表向きにはそれなりに毛並みがいい様子を取り繕ってる事が多いけど、あいつらは別枠って事で、トラブルに巻き込まれないように注意してくれ」
頭にホーリーゴーストキメてたせいか、血の気もトラブルも多い連中だ。何なら、ちょっと近付いただけの無関係の一般人が絡まれて集団でリンチに遭った、なんて話もあるくらいだ。
様子を伺っているのが見つかれば、集団で絡んで異能者vsちょっとだけホーリーゴーストが混ざっているだけの一般人集団の大乱闘に発展……なんていう物理的にはともかく社会的に非常に面倒臭い状況に陥りかねない。
そして、そうなれば自称穏健派の連中も大喜びで恩を売りつけに来るだろう、という予測が立つのが一番面倒臭い。
「そういうのが嫌だからジャパリバスで来てるんだけどな」
「車体に付与した【認識阻害】で全員を隠せるから、連中に絡まれる心配がなくて便利なんだよ」
なお本当はこの後に『銃火暴風怨嗟域』での戦闘を体験するコースになっているが────曲がりなりにも米軍に軍籍を持っていたガイル少佐は『銃火暴風怨嗟域』のギミックトリガーを踏んでしまう可能性があるのでその辺はお休み。
……そして同じく『銃火暴風怨嗟域』での戦闘が危ぶまれるメンバーが、もう一人。
「ねえ、ああいうの……バッサリやっちゃうんじゃダメなの?」
たっぷりのクリームの上から蜂蜜をまぶしたような、甘ったるい声音。背中まで届くロングヘアをワンサイドアップでまとめたその少女は、ガンスミスニキと同じ沖縄支部……そこに所属するフーテンニキからの紹介で大宜味村派出所にやってきた、ウチの派出所の新人『燕結芽』だ。
怨嗟刀を包んだ竹刀袋を脇に抱えた彼女は実際これ以上ない程に優れた才能を持つ剣士だったが、それと同時に致命的な弱点を抱えていたため、直接的に戦場に出る事を前提とした沖縄支部ではなくその後方を支える大宜味村派出所へと回されてきた。
「駄目だ。曲がりなりにも半分以上が一般人だからな、殺すのは概ねアウト……そこが一番悪質なんだが」
「ちぇー、つまんないの」
可愛らしく頬を膨らませる結芽だが、言っている事は物騒極まりない。
そこまで語気も強いものではなく、決して本気で言っている訳ではないのは見て取れるが、冗談めいたその口調には苛立ちの籠った険が紛れている……焦っているのだろう、というのは、何となく分かった。
◆ ◆ ◆
すぱん、と快音が響いて、伊差川の握っていた木槍が撥ね飛ばされて床に転がった。
「っ~~~~~!? やられた!」
悔しげに呻いた伊差川の喉元に突き付けていた木刀の切っ先を引き戻し、手首の先で器用に操ってくるくると回し、結芽は余裕の体で肩をすくめた。これでも結芽と比べて伊差川のレベルは10近く上、そんな相手にあっさりと勝てるのは、それだけ結芽の技量が卓越している事実を端的に表している。
「はーい私の勝ち。ま、こんなものだよね。じゃ、鍛錬とかダルいんで、私はこれで~」
結芽は自分の実力を誇る様子もなくあくまで軽い口調のまま、その場に木刀を放り出し、道場を出て歩き去っていく。そんな結芽の背中を見送って悔しそうな表情を見せる伊差川は、しかし驚く程に冷静な態度を保っていた。
「もう少し、荒れると思っていたな」
「そりゃ悔しいぜ。でも負けたんだから仕方ねえだろうよ。少なくともこの場は、な。今の俺にできる事は、せいぜい次は負けねえように鍛錬を重ねるくらいだ」
「なるほどな……そういう考え方もあるのか」
あるいは武術系の異能者というのは、こういうものなのだろうか。黒札の中で俺の知っている物理特化の武術系といえば、まずは先日遭遇したシンケンジャーだろうが…………いや、あれは頭薩摩過ぎて例外か。とはいえ、アレが一番印象的なのも事実。
そんな風に思っていると、試合の様子を見守っていた魚沼が静かに呟いた。
「……荒れた剣だな」
「そうなのか?」
「うむ。随分と、心に強い憤懣を抱えているように見える。あの娘、本来ならもっと自由闊達に、そして奔放に剣を振るうのだろう。並みの使い手には捉えられまい。だが、今は────」
「そんな心理状態のせいで、実力を発揮し切れていない、と」
「然り。心が揺らげば、剣も揺らぐ」
その辺の、武術の真理のような領域は俺にとっては完全に理解の外……近接戦闘を行う以上、ガイア連合内部でのメジャーな戦闘術の中では一番相性の良かった【岩の呼吸】の触り程度は習得しているが、しかし武術家としてある種の到達点である心眼に届いた彼が言うのであれば、それは真実なのだろう。
そして、と、見えぬ視界の向こうで槍を振り続ける伊差川を見守りながら、魚沼は続ける。
「剣が鈍っている理由は、それだけではない。あの娘、何らかの病を患っているのだろう」
「伝染する類の病気じゃないけどな」
「だが、随分と無理を重ねているように見える。心拍、脈拍、呼吸の波……身体的にかなり無理を重ねていたのは明らかだ。はっきり言っていつ倒れてもおかしくないようにすら見えた。済まないがジーク殿、今すぐにでも後を追ってもらった方が良いかもしれん」
「……そこまで悪いか」
相手の体内の稼働を音響走査して観測できる心眼の持ち主である魚沼宇水────その言葉に俺は、燕結芽という少女に関する情報を思い出す。
沖縄支部に所属する黒札であるフーテンニキの紹介で大宜味村派出所へと配属された彼女についての詳細は、俺自身も一通り確認している。だから同じくフーテンニキの実娘であり結芽とは異腹の姉妹である『大崎未亜』『月守小夜』が琉球ニキに輿入れして沖縄支部の所属になったのとは対照的に、結芽が後方である大宜味村派出所に配属された理由も、知っている。
「……なるほど。心眼持ちの魚沼さんが言うなら間違いない、か。確かにその心配はあるし、一番暇な俺が行くべきか」
「申し訳ない。……私もこの後は用事でな、正直あまり時間がないのだ」
「ああ、確かもう少ししたら、他の名家連と話し合いがあるんだったか。余裕持って出発するとなると、そこまでのんびりはしていられない、か」
なるほどそういう事なら、どれだけ時間が掛かるかも分からない案件に関わるわけにはいかないだろう。
対して俺は、レオニダスに続く二体目の専用シキガミが今日中に届く予定なので、その受け取りのために派出所から離れられないから、今日の予定は空けてある。そういう意味では、俺が適任だろう。
そういうわけで、俺も結芽の後を追い掛けて道場を後にした。
霊視と一口に言っても出来る事に関しては個人差があり、手にした魔眼が顕微鏡になるか、天体望遠鏡になるか、スナイパーライフルと連動したスコープになるか……というのは個人の適性と後天的な努力に依存する部分が多い。
その辺は半終末期に探求ネキが作り出す【写輪眼】術式においても顕著であり、【写輪眼】が成長する事で開眼する【万華鏡写輪眼】の固有能力には特にその辺の性質が強く表れるのだが。
俺の場合はアイテム鑑定や異界分析といった辺りから派生して、数分前の光景を見る程度の軽い過去視くらいならできる。その力で数分前の結芽の背中を追い掛けてみれば、結芽は妙に覚束ない足取りで庭先を抜けていったようだ。
この派出所が建っている大宜味村という土地自体が深い緑に半ば覆われた沖縄の僻地という事もあり、この先はほとんど森しかない。起伏も多い地形は朝方降った雨のせいでまだぬかるんでおり足場も悪く、まだまだ地元名家必殺の轢き逃げアタックなどで普通に殺せば死ぬ10レベル未満の術者であれば、事故を起こす事だってあり得る。
ましてや、ああも具合悪そうにしていれば。
「これは、少しまずいんじゃないか……?」
数分前の結芽が足を滑らせる光景を過去視して背筋に冷たい感覚を覚え、早足で追い掛けてみる事数百メートル……案の定そこには木の根元に座り込んだ結芽の姿があった。
その額には脂汗が浮かび、苦しげに胸元を押さえている。道中で一度転んだせいで服は泥だらけだ。
「……大丈夫か?」
「放っておいてよ。こんなの、少し休んでいれば治るから」
「いや、それ……そういうレベルの調子悪さじゃないだろ。放っておけない」
燕結芽が沖縄支部ではなく大宜味村派出所に送られた理由────覚醒しても改善しない、重度の虚弱体質と心不全。
生来の天才的な剣才もあって強いには強いが戦闘にしか適性がなく、それでいて前線、とりわけ継戦能力が求められる異界探索には不安がある。特に、内部空間が広大で、出口がどこに開くかも分からず、内部での活動に制約も多い『銃火暴風怨嗟域』では尚更だ。
だからこそ燕結芽は他の姉妹二人のように異界攻略の最前線となり得る沖縄支部の琉球ニキに輿入れするのではなく……戦いたいという当人の希望も最低限考慮に入れた上で、後方である大宜味村派出所の防衛・警備担当として身柄を預けられる事になった。それは必ずしもベストの選択ではなく、他にもっといくらでも賢明なやり方があったのかもしれないが、しかし思いつく限りでは現状、最良の選択肢だったのだろう。
単純に、姉二人と同様にメシア教会が彼女の実力に目を付けて、その身柄を狙い始めていたのも理由だ。そのせいで、純粋に時間がなかった。
しかも奥多摩にある彼女の実家である地方名家が絶賛腐敗の真っ最中で、ガイア連合の支援を受ける立場の当主だった祖父母が不審死したタイミングで地元異界が異常な活性化を始め、同時にメシア教会との内通疑惑のある親戚数名が実家を仕切り始めた時点で、結芽の母が父親であるフーテンニキに助けを求めたのだとか。
そのため今、フーテンニキがそちらに出向いて地元異界を潰して回りながら、同時進行で結芽の母親に掛けられた呪詛を解呪しつつ、さらにメシアンと癒着した名家の掃除、諸悪の根源であるメシアンの始末、という複数の作業をマルチタスクで続けている。そして父さんはそのサポートで出張中なので今は不在。
そんな状態だから、今はとりあえず安全な場所に避難させて問題が解決したら、あらためて当人と相談しながら今後について考えていく……予定なのだが。
シキガミパーツ移植による治療も、現時点では難しい。先天的に障害を持つ人間に対するシキガミパーツ移植に対する知見が少ないのと、純粋に移植用の心臓という特殊性の強い部位のパーツの在庫がないためだ。
「あまり無茶するなよ。死んでなかったら、割と何とでもなるんだから」
「……いいの。私には剣しかないんだから、戦えなかったら生きていてもしょうがないじゃん」
「そういう意味で言ってるんじゃないんだけどな」
結芽の身体を背負って派出所へと戻る。彼女の実年齢が見た目以上に幼い事を考えても、驚く程に軽い。
「虚弱体質も心不全も、ガイア連合なら治る病気だ。生きてれば、何の問題もなく普通に動けるようになる。普通っていうのは、つまり何の問題もなく前線に出て剣を振れるようになる、って意味だ」
「じゃあ、アンタが治してよ」
「言ったな。もしそれで治ったらどうするんだよ」
「……それで本当に治るなら何だってしてあげるよ。命って、それくらいの価値はあるし……剣ですら満足に振れない今の私にもちゃんとそれだけの価値があるって認めてくれるんなら、それでいいんだよ」
そこまで大層なものじゃない、と思うのは、俺が黒札だからだろうか。
ある程度時間があれば、ガイア連合なら金で解決できる程度の話だ。何なら今この瞬間にもフーテンニキがマッカかガイアポイントでシキガミパーツを手配していてもおかしくないし、だから別に俺が解決したからといって胸を張る程度の事でもない。
だが頭の中で自分にできる事、できそうな事をリストアップして考えてみれば……意外にも何とかなりそうな話では、ある。確実では、ないが。
「エドニキや探求ネキくらいの技術力があれば完璧に大丈夫だって保証できたんだろうけどな。試しにやってみるけど、外れても文句言うなよ」
「……やってくれるんだ。意外」
「言っとけ」
……二号シキガミの受け取りを済ませたら、早速取り掛かるとするか。
◆ ◆ ◆
■シキガミ 砂狼シロコ《Lv.1》
ステータス:速重視射撃型
耐性:物理耐性、火炎・衝撃・呪殺耐性、精神無効
[装備]:WHITE FANG465、グロック17、アセイミナイフ、アビドス高校制服
(スキル)
・忠義の銃撃:敵一列に銃撃属性ダメージ。忠誠度が高い程威力が上昇する。
・ディア:味方単体を小回復。
・スクカジャ:味方全体の命中・回避上昇。
・エストマ:一定時間、味方の被発見率を低下させる。
・トラフーリ:短距離転移魔法。緊急退避の手段として扱う他、応用して戦闘用の短距離転移としても扱える。知覚が届く範囲での転移が可能。
・アナライズ:視界に捉えた敵のステータスを開示する。霊視が可能。また他者から借りた視界からもアナライズを使用可能。
・アガシオン召喚:仲魔のアガシオン1体を召喚する。
(パッシブ)
・一分の活泉:最大HPに補正小。
・火器の心得:銃火器による通常攻撃のダメージに補正小。また該当するカテゴリの武器を本能的に取り扱う事が可能。
・食いしばり:戦闘中に1回だけHP1で踏みとどまる。
・道具の智慧(攻・癒):消耗品攻撃・回復アイテムを使用可能。
・逃走加速:逃走成功率上昇。
(汎用スキル):専用装備:WHITE FANG465/アサルトライフル、格闘、射撃、投擲、近代兵器知識、ランニング、パルクール、応急手当、動体視力、千里眼、測距、鋭敏聴覚、鋭敏嗅覚、広域索敵、広域罠感知、水先案内、単独行動、隠密、気配遮断、音響遮断、臭跡遮断、マグネタイト隠蔽、テレパシー、口寄せ、情報リンク、情報分析、視界共有、銀行強盗、釣り、水泳、サバイバル、自転車、会話、内蔵型壷中天(弾薬)、内蔵型壷中天・小(封魔管)、内蔵型壷中天(汎用)、地形適応:砂漠、地形適応:海、地形適応:銃火暴風怨嗟域、助手セット:農業、助手セット:製作、錬金術、簡易製作、汎用スキル詰め合わせパッチ、嫁入りセット一式、房中術
■妖魔アガシオン ドローン《Lv.1》
ステータス:速・運型
耐性:火炎・衝撃・呪殺耐性
(スキル)
・召喚術(穢教滅閃):仲魔を召喚・制御する。穢教滅閃限定。
・マハスクカジャ:広範囲の味方全体の命中・回避上昇。
・アナライズ:標的のステータスを解析する。
・トラエスト:転移魔法。異界への侵入・脱出が可能。
(パッシブ)
・見覚えの成長:戦闘に参加していなくても経験値が得られる。
・食いしばり:死亡時、HP1で踏みとどまる。
・逃走加速:逃走成功率上昇。
・即時行動:召喚直後、即座に行動可能。
(汎用スキル):隠密、光学迷彩、気配遮断、気流鎮静、マグネタイト隠蔽、霊体化、テレパシー、口寄せ、視界共有、情報リンク、並列思考、並列処理、内蔵型壷中天・大(穢教滅閃用封魔管)
◆ ◆ ◆
午後。
密輸課のイナバニキから二号シキガミである『砂狼シロコ』と付属のアガシオンを受け取って受領証にハンコを押し、手早く契約を済ませた俺は、正式に俺のシキガミになったシロコを連れて工房に向かう。
正直、こんな綺麗な子が俺のシキガミになってくれたという事自体が信じられないしテンションも随分と浮ついているのだが、しかしこれから始める作業を考えると、浮かれてばかりもいられない。
索敵とサバイバルに秀でたスカウトとして設計されつつも【銀行強盗】スキルを始めとした原作再現的な遊びを組み込んで生まれたシロコだが、農業と製作をメインとする生産職である俺のサポートができるように【錬金術】や【助手セット:製作】といった最低限の生産スキルを組み込んでいる。これから始める作業にも役立ってくれるはずだ。
「さて……それじゃ作業を始めるけど、ちゃんと手伝ってくれよ」
「ん、問題ない」
無口ではあるものの、最初からある程度の受け答えができるのは【会話】スキルを組み込んだ恩恵か。とはいえ、生まれてからそれなりの期間一緒に戦っているレオニダスとは異なり、どこか無機質な印象があるのは、まだまだ自我の形成が不完全という事だが。
「今は頼りにさせてもらうよ。じゃ、作業を始めようか」
まずは一旦霊水で手を洗ってから工房に併設された冷凍室へと移動し、BBコーンの粒を抱えて戻る。氷結魔法で凍結保存されたBBコーンの粒はバレーボール程と大きく、トウモロコシに分類可能な霊的作物の中では最上級の素材だが、しかしこのまま使用するには少々大き過ぎる。
そのためBBコーンを素材として使う時には、大抵の場合まずは砕いて小さくする必要がある。凍ったままのBBコーンの粒を工房に設置された小型のプレス機に放り込んで破砕、さらにそれをルーンの刻まれた電動石臼へと通し、臼で挽いて完全に粉にしてしまう。
マヤの創造神話において人間はトウモロコシから作られたという。
最初、神々は人類を泥から作り出そうとしたが、泥で作られたヒトガタは脆く、形を保てず崩れてしまい、話す事もできなかった。
次いで木材から作り出された人類は形を保ち、動き、話す事もできたが意志を持たず、猿に成り果てた。
そこで最後に神々は生命の源であるトウモロコシから知恵と感情を持つ人類を作り出したとされる。
俺の本霊は龍神イツァムナー ────人々にトウモロコシの作り方を伝えたとされるマヤ神話の創造神だ。トウモロコシという素材とは限りなく相性が良い。
なお大抵ガイア連合でこういう時に使われる霊的素材は製造も保管も容易い泥なのだが、マヤ系の霊的起源を持つ俺の場合はトウモロコシ粉を使った方がやりやすいし、泥を混ぜるとむしろ質が低下してしまうためトウモロコシ一本だ。
トウモロコシの育成に関する霊才もあり自家生産できるという事もあり、相性は非常に良い。
挽いたトウモロコシ粉を霊水と混ぜ、マグネタイトを注ぎながら練り上げていく。作業の手間自体はパンやお好み焼きを作るような料理の工程とあまり変わらず、そこまで難しいものじゃない。大事なのは、焦らず時間を掛けて作業を進めていく事。
粉を捏ねつつ隣で同じ作業を続けるシロコの様子を横目で確認するが、最初少しだけ手間取ったくらいで、内蔵していたスキルのせいかその手捌きは正確、おかしな部分も見られない。
「それじゃシロコ、粉を混ぜる方は任せるけど……行けるか?」
「ん、大丈夫。スキルは持ってる」
「そうか。なら、頼んだ」
「任せて」
さて……ここからが少し大変だ、と思ったところで、工房のドアが軽くノックされる音が響く。ちょうど日課の鍛錬メニューを終えた所だというレオニダスに頼んで、結芽を呼んできてもらったのだ。
「少々遅くなりましたが、連れてきましたぞマスター」
「ああ、助かる」
レオニダスに続いて工房に入ってきた結芽は物珍しそうに周囲を見回している。純粋な戦闘系の異能者だけに鍛冶場や工房といった設備に縁がなく、こういった光景を見慣れていないのだろう。
八卦炉や錬金釜、さっきも使ったプレス機など、大きめの機械設備などを一つ一つ辿っていったその視線は、そちらに目を向けながらも一切手を止める様子のないシロコがトウモロコシ粉を練っている台へと辿り着いた。
「なぁに? お料理でもしてるの? ピザかお好み焼き?」
「いや、お前の心臓」
「……ふぇ?」
使っているのが小麦粉ではなくトウモロコシ粉なので、料理で言うならトルティーヤかタコスに相当するのだろうが、そもそも食品じゃない。
目をぱちくり瞬かせる結芽を余所にアトリエ式錬金釜に火を入れた大型の給水タンクから汲み出した霊水を注ぐと、シロコが練っていたトウモロコシ粉の塊を放り込んで錬金釜の攪拌を開始する。その辺の工程はひとまずシロコに任せて……さて、大変なのはここからだ。
霊水を染み込ませた布でよく手を拭いてから、深呼吸を数回。水面から蒸気を吹き上げる錬金釜の上に掌を翳して、レオニダスを呼んだ。
「じゃあレオニダス。いつも通り、頼んだ」
「承知しました」
頷いたレオニダスが、工房に備え付けてある黒曜石のナイフを一閃。断ち落とされた手首から先が錬金釜の中へと落下し、小さく熱湯の飛沫を散らして水面下へと沈んでいく。
手を切り落とす様を見ていた結芽が息を呑むが、それどころではなく俺は錬金釜を操作して、切断した手首を生体素材として分解。水面下へと沈んでいった手首はやがて真っ赤な血塊へと溶けて霊水の中へと広がり、霊水を赤く染めていった。
同時に腕を素早く邪龍ワームへと変化させれば、切られた手首はその再生能力により目に見える速度でゆっくりと再生していくが……やはりこの強烈な痛みと喪失感は、何度やっても慣れない。
当たり前にこういう事をする修羅勢のようにはいかない辺りが、俺の限界なのかもしれない。そんな風に思うと、少し気分が沈んでいくのは間違いないが。
「何やってるの!? ちょっと大丈夫なの!!?」
「気にするな。単に生体素材を使うだけだし、もう治りかけてる程度の傷だから心配はいらない」
「心配いらないって…………。だからって簡単に手を切り落とすなんて……どうかしてるよ!」
慌てた結芽が駆け寄ってくるが……いや確かにそれはその通りで、常識的な感覚を持っているなら何の躊躇もなく自分の手首を切り落とすなんて普通に考えてどうかしている。腕の一本くらいなら簡単に治療できる異能が当たり前になっているガイア連合だからこその常識のズレ、と考えると……俺も大概という事か。
「まあ、その辺は色々考えても仕方ないか。もう治ったし、大丈夫だから気にするな」
「……確かに、もう手が生えてる、けど」
生え変わった手を握って開いて具合を確かめ……痛みも消えたし、問題なし。
後は金庫から取り出した霊草やフォルマなど、色々な素材を一つ一つ錬金釜に放り込んでいく。
特に重要なのが夜魔リリムのフォルマだ。
リリムやサキュバスといった代表的な淫魔の母祖である夜魔リリスは、人祖アダムの伴侶として生み出されたイヴの試作品ともいえる存在だ。そんなリリスから生まれた聖書神話における淫魔は、人間の近縁種と呼んでも過言ではない存在。
その性質を利用して、人体への適合率を引き上げる事ができる。一般の表社会における医療の世界で行われている臓器移植の中には、正式な人体移植までの繋ぎとして例えば腎臓などブタの臓器を代替器官として人体に移植して機能を代用するような技術があるが、そんなものは比べ物にならないほどに適合しやすくなる。
それら素材を錬金釜の中で溶かして分解し、そして釜の内側で沸き立つ霊水の中で各素材から必要な概念要素が十分に抽出された辺りで。
「結芽、あらためて君に確認しておきたい。今作っているのは君の心臓だが────これを移植しないっていう手もある。シキガミパーツの移植はまだまだ未知の領域が多い分野で、俺の技術にしてもまだまだ足りない部分は多いから、妙な不備や副作用が出ない保証だって、ない。何ならもう少し待っているだけで、君の父親であるフーテンニキが医療部あたりからもっと性能が良くて副作用もない上等な心臓を調達してくれる可能性だってあるだろう。それを明言した上で…………この心臓を移植するかどうか、君の意志を聞いておきたいんだ」
「私は…………はっきり言って剣を振る事しか知らないし、貴方の言葉の何が正しくて何が間違っているのかも分からない。でも、これを作るために貴方が自分の手を切り落としたのは私の目で見た事実だし、それを疑う気はないよ。それが例え、貴方にとってそこまで大した事のないものだとしてもね。うん、だから………………信じるよ。ちゃんと、治してね」
「分かった。全力で移植を完了させる」
工房の隅に置いてある手術台を中央に引っ張り出し、その場に固定して結芽を寝かせたら、呪符で結界を展開。その内側に範囲を絞った低出力の【マハムド】で簡易的な殺菌を済ませ、さらに【マハンマ】で浄化すれば、それだけで手術の準備は完了する。
昔の医療漫画なら無菌テントみたいなものを用意していたところだが、今のガイア連合なら比較的手軽にこういう事ができる。
「…………最後に一番重要な素材がある」
「何?」
「結芽自身の心臓だ。それを摘出して素材にしてシキガミパーツの心臓を作り、結芽の身体に移植し直す。もちろん心臓を摘出した後も死なないように、手段は用意してある。余裕を見て数時間の猶予は作れるから、その間に心臓を完成させて、あらためて移植する予定だが……大丈夫か?」
「信じるって言ったでしょ。だから、大丈夫だよ」
「……そうか。ありがとう」
少なくとも製作者として信頼されたのであれば、応えたい。
だからまあ、全力を尽くそう。
麻酔代わりの霊薬を注射して眠らせた結芽の服を脱がせると、手にしたメスの刀身に【ハマ】を走らせて浄化して、その切っ先を結芽の胸の中心へと当てる。透き通るように白い肌を切り開き、肋骨を数本切除して露出させた心臓は、まだ彼女が生を諦めていない事を示すかのように繰り返し脈打っている。
……ここからは、時間との勝負だ。
頭の中でオペの手順を反芻しながら数枚の呪符を空中に放ち、あらかじめ構築していた術式を空中に展開。発動した術式に従って空中を霊力のラインが走り、心臓の機能を代用する仮想臓器が構築される。そして封魔管から製作補助用のアガシオンを召喚して仮想臓器の維持を委ね、本格的な作業を開始。
続いて心臓を摘出────心臓を肉体と繋げる重要な血管を素早く切断して仮想臓器へと接続し、肉体と切り離された心臓を錬金釜へと投入した。マグネタイトの塵へと分解されていく結芽の心臓から“心不全”と“心臓”の概念が抽出され、錬金釜の中で融け合っていこうとするのに素早く介入し、“心臓”の概念だけを的確に分離しつつ“心不全”の概念は隔離して呪符へと封印。
後は錬金釜の底に沈めていたトウモロコシ粉の塊を浮上させ、心臓概念を封入すれば、俺の血を吸って真っ赤な血肉の色に染まったトウモロコシ粉の塊は、同時に投入した様々な素材から抽出した概念を吸い上げつつ、心臓としての形を整えていく。
「…………もう少し」
一筋、額から汗が流れる。それを横から手を差し出したシロコが、手術の邪魔をしないようにタオルで拭い取った。
「助かる」
「ん」
集中が解けないように気を払いながら一旦軽く息を整えると、錬金釜の中で心臓の最終調整を行い、完成した心臓を釜の中から引き上げる。それに【アナライズ】を施して一通り不備や失敗がないか確認……後は移植するだけだ。
点滴スタンドに吊るされた輸血パックの中身を新しいものに交換すると、結芽の胸元に繋がる仮想臓器の切り離しを行い、残った血管を縫合代わりに範囲を絞った【ディア】で新しい心臓へと繋げていく。
全ての血管を繋げたら手術に不備がない事を【アナライズ】で確認し、切断した骨を繋いで胸郭を戻したら、切開した後をやはり【ディア】で塞いで再び【アナライズ】。
そしてもう一度全身に【ディアラマ】を掛け、移植したシキガミパーツが心臓として問題なく機能している事を確認し、それでようやく手術を完了する。
「……何とかなったな」
「大変な手術でしたな。お見事でしたぞ、マスター」
念のためにもう一度【アナライズ】を掛けて、まだ結芽が目を覚まさない内に状態悪化がない事を確認し、それでようやく気を抜いた。膝から力が抜けて、立っているのもつらくなり座り込みそうになると、黙って様子を見ていたレオニダスが椅子を引いてくれる。
その一方でシロコは無表情のまま淡々とその場に置かれた手術道具や呪符を片付けており、シキガミとしての成長────感情発達の差が分かりやすい。この子もいずれ、こちらに感情を向けてくれるようになるのだろうか……まあ、それはその内だな。
◆ ◆ ◆
そうして。
すぱん、と鍛錬用の木槍が撥ね飛ばされて床に転がった。
「っ、~~~~~~~! くっそ、また負けたか!」
「あはははははは、また私の勝ち~! ジーク、ちゃんと見てくれてた!?」
悔しげに呻く伊差川とは対照的に、結芽は勝利を誇るようにこちらに向かって手を振っている。それに応えるように手を振り返すと、嬉しそうに笑った結芽はあらためて木刀を一振りして、伊差川に向き直った。
「っ、もう一度だ。今度は負けねえ!」
「ふふっ、またぶっ飛ばしてやるから、覚悟しててよね!」
「上等ォ!」
レベル自体はまだまだ結芽の方が低いが、純粋に技量の差で結芽が圧倒している。
そもそも伊差川とて決して弱くはない、むしろ全体的に優れた武人の多い沖縄においても一線級の猛者の部類に入る武芸者だ。その上で10近くレベルが上の相手を手玉に取れるだけの埒外の剣才は、剣士として隔絶した実力者の多い修羅勢黒札の中にもどれだけいるものか。
二人が動く。
踏み込みの瞬間は素人目にはほぼ同時と見えて、しかしほんの寸毫、結芽の方が早い。
だがそれは伊差川が遅い事を意味しない。眼力琉球武術は元来相手の動きを深く観察し、相手の動きに合わせた正確極まりない後の先を身上とする術理であり、ゆえに敵の動きを着実に読み取る観の目たる心眼を奥義とする────聴覚による感覚代替など余技に過ぎない。
踏み込みながらわずかに剣先を揺らし、あまりにも自然なフェイントを入れながら高速で踏み込む結芽の動きを正確に見切り、踏み込む先に亀甲の盾を置いて静かな一歩を踏む。
その刀身が盾の表面に触れた刹那、亀甲の曲面を利用して刀を弾かれるより先に、結芽は手首を捻りながら体勢を入れ替え、踏み込んだ右足を軸に一回転。摩擦によって小さく白煙を上げ、表面をわずかに焦がした木刀の刀身が亀甲盾の表面に一筋の黒い一線を引いた。
小柄な体格を生かして槍の間合いの内側に踏み込んだ結芽に対しシールドバッシュでの迎撃を選んだ伊差川だが、一旦間合いの中へと入ってしまえば結芽のテリトリーだ。
結芽の修めた天然理心流は現代剣道とは異なる、ある種の総合武術だ。捕縛術や投げ技を含む柔術、長柄に対処する棍術や急所を突く気合術といった様々な技法を組み込み、状況を選ばず泥臭く勝ちを得る事を重視する超実戦重視の技を特徴とする。
手で盾を押さえて木刀の柄で顎をかち上げ、槍を持つ手を捻り上げて背負い投げ、跳ね起きようとする鳩尾に躊躇なく木刀の切っ先を撃ち込まれ、呻いた伊差川は道場の床の上へと倒れ伏す。
「ぐぉ……痛ぅ……」
「よっし二勝目! 連戦してもふらつかないし息も上がらない! 健康体って最高!」
一通り嬉しそうに跳ね回って身体の調子を確かめた結芽は、こちらに向かって駆け寄ると、飛びつくような勢いで抱き着いてくる。それを受け止めて、また随分元気になったものだと俺は小さく溜息を吐いた。
手術も無事に終わり、現在は術後の経過を要監視……ながら、経過は良好で実に元気なものだ。
シキガミパーツとはいえ心臓の移植手術なんていう人の命に係わる大手術を、父さんがいない間に一人で進めた事に関しては、後日出張から帰ってきた父さんに大目玉を食らったが……その辺は仕方ない。
実際問題、叱られても仕方ないレベルのやらかしだとは思うので仕方なし。人の命が関わっている以上、結果良ければ────などと軽い言葉で片付けるわけにはいかない。
まあそこはそれ、蘇生魔法とかもあるせいか、ガイア連合というか異能者界隈全般における人命の重さもかなり軽くなっている気は、しないではないが。
まあ結芽が元気そうで幸せそうなら問題ないのだが……と、思えるのが一番の報酬なのかもしれないな。少なくとも今だけは、そんな風に考えておこう。
賀留真の恋人……原作通りなのか、そうでないのか。
なおニャアンを引き取った義母は普通にキシリア様で、その辺は割と原作通りといえば原作通り。
~割とどうでもいい設定集~
・ガンスミスニキ
血涙鬼・彼岸様『凡庸でありふれた転生者達の小話』より。
沖縄支部を仕切る幹部である六人の黒札の一人。APP18の男の娘。
ヘパイストスとバルバトスを本霊とする穢教滅閃砲の開発者であり、資質もおそらくは生産&銃使い。今回の登場シーンで持っていたライフルは多分狙撃仕様のカスタマイズ穢教滅閃砲。
沖縄支部の六人のデフォで基本的にスケベ部員とは相性が悪い。
・座備ニャアン
元ネタは『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』。
ガイア連合沖縄支部に所属する現地民異能者。現在は銀札。
異能の適性は操縦系及び予知・直感系の異能に偏った高機動パイロット系であり、空間認識能力やマルチタスク能力からファンネル・オールレンジ系兵装の制御などにも才能がある。
元々はベトナム系アメリカ人であり、メシア教会の起こした事件に巻き込まれた際に、賀留真が恋人を救出するのに便乗させてもらってアメリカを無事脱出、そのまま一緒に沖縄へと高飛びした後、賀留真の縁でその姉である座備家の女性に養女として引き取られ、現在はガイア連合沖縄支部所属の異能者として活動しているとかいう途方もなく運の良い子。
将来的には工学系の大学を進路として志望しており、異能者と学生の二足の草鞋を履いて今日も真面目に頑張っている。
ガンスミスニキとは沖縄に移住した後に大体原作のような流れで遭遇し、色々とあった末に色々と重い感情を抱くようになっている。
具体的には一見気楽に付き合える友人のような顔をして近付いてくるが、本音は『都合のいい愛人の一人でもいいから傍にいたい』とかいう、見た目だけは控えめに見えて実態は途方もなく重い湿度限界突破120%の据え膳系ナマモノ。
なお義母などは『座備家単体の事を考えるならメリットも多い話』『沖縄全体の事を考えるならもっと伸びしろのある他の名家の娘の方が優先順位が高い』『何はともあれ当事者たちの意思確認が大事』『それはそれとして義娘には幸せになってほしい』などと色々考えた末に、とりあえず流れに任せる事にした。
ガンスミスニキが外見マチュという事で湧いてきたキャラなので、原作におけるマチュ+シュウジュに対する感情を足して二で割らない感じにするとこうなる。
・座備賀留真
元ネタは『機動戦士ガンダム』。ガルマ・ザビ。
ガイア連合沖縄支部に所属する銀札。
地元名家の一つである座備家の末弟であり、大学最後の夏休みに世界一周旅行でアメリカを訪れ、メシア教会と一戦交えた末に現地で恋人を作り、結構な数の難民と一緒にアメリカを脱出してきた辺りは相当に有能で運にも恵まれている。
異能者としては最底辺の才能しか持たないところを、霊山同盟支部系のスマートブレイン社から購入したファイズギアで戦い抜いた。なお本来の適性は指揮と航空機・航空艦の操縦。
義姉である座備家の女性をニャアンを引き合わせた人物でもあり、元々末っ子なのでずっと弟か妹が欲しかった賀留真本人は「とうとう自分にも妹ができたぞヒャッホウ!」と割と能天気に喜んでいる様子。
・座備家
元ネタは『機動戦士ガンダム』。ザビ家。
沖縄に根を張る地元の霊能名家だが、全体的に他の地方と比べて異能者としての質をハイレベルで維持している沖縄の名家にしては珍しく霊的才能が枯渇しつつあり、戦えるだけの才能の持ち主がほとんどいない事もあって、自分達の才能には早めに見切りをつけて、他名家の社会的・金銭的バックアップに力を注いでいた。
表向きは主にリゾートホテルの経営やシークワーサー農場の運営などで財を成している。
隠居目前の父、劣化版少佐ニキみたいな才能(演説)持ちの長兄、地元メディアに顔が効く次兄、そろそろ娘が生まれそうな三男、ニャアンの養母である長女、末弟の賀留真という家族構成でだいたい原作通り。
当たり前だが内ゲバなんてやってる余裕もない沖縄だったので内輪揉めなんてしてないし、その状態で賀留真も死んでないので家族仲もそこまで悪くなく、その状態でガイア連合沖縄支部が発足したため最近は多少の余裕が出てきたので割と仲の良い家族になっている。
・ウィリアム・F・ガイル
元ネタは『ストリートファイター』シリーズ。原作だと空軍少佐だったが、こっちは陸軍の所属。
ガイア連合沖縄支部に所属する銀札。ただし元米軍所属という出自もあり『銃火暴風怨嗟域』には出禁中。
異能者としては素手格闘系と衝撃属性物理という戦闘特化型でだいたい原作通り。単純に異能者として強いだけでなく、元々は陸軍空挺部隊出身であり、米軍仕込みの戦闘技術まで持ち合わせており銃器やその他兵器の扱いにも詳しい。
賀留真のとは背中を預け合える相棒として、共に難民を守りながら日本に落ち伸びてきた。
元米国陸軍少佐であるが日本に来る際、メシアンに入信して守るべき市民を売り飛ばしていた上司をサマーソルトしてソニックブームするついでに辞表も叩きつけてきたので、現在の軍籍は除隊扱い。
後にトールマンと米軍残党が日本に落ち伸びてきた際にはトールマンの求めで元の所属である米陸軍に復帰し、アメリカ系メシアンに対する監視と牽制を兼ねて在日米軍所属となり、在日米軍内部の非メシアン派閥の中心人物となる。
メシア教徒ではないためトールマン派閥上層部からは煙たがられる一方で下からの人望は厚く、何よりガイア連合沖縄支部含むメシア教会アンチ勢からまともに口をきいてもらえる数少ないアメリカ軍人であるため排除もできないという特大の目の上のたん瘤となる。
多分その状況で彼が死んだときの穏健派は、一瞬だけガッツポーズを決めた後、これからの見通しが一気に暗くなるのに気付いて一気にドン底のお通夜状態が開幕する。
・メシア系左翼活動家
一番面倒臭いナマモノ共。
表向きは沖縄で米軍基地反対運動を続けている平和活動家だが、実際にはメシア教会の末端組織。その実態はあくまでもいつでも切り捨てられるトカゲの尻尾担当であるため、彼らの内の大半は自分がメシア教会に所属しているなどという自覚すらなく、一部事情を知っているまとめ役を除いて、ちらほらホーリーゴースト憑きが混ざっている程度のだいたい一般人の集団。なおメシアンの手先ではあってもコイツら自体に讃美歌やら羽根やらの技術は備わっていないという事もあり、地元住民はほぼほぼいない。
そしてそれだけに統制が取れておらず、平和活動の理念を盾にして現地の一般沖縄県民には普通に迷惑をかけるし、暴走や暴行も日常茶飯事。
何より最大の問題は、そもそも無駄にコネクションが広い上に、メシア教会内における指揮系統がはっきりしていない事。
大抵のメシアンにとってはメシアンお断り県の一つである沖縄に外部から干渉できる数少ないルートという事もあり、裏で指示を出している上位者からしてその時々で『テンプルナイト幸子系の旧来のメシアン穏健派派閥』『ワンチャン商売ルート開拓狙いの世俗派』『韓国系キリスト教会に寄生中の過激派メシアン』『中華戦線前夜の中国内メシアン寄り派閥の工作員』『その辺から適当に生えてきた野良過激派天使』『オカルト界隈とかミリしらの左翼系議員』といった具合の色々な方面から週一くらいの頻度で矛盾した指示がコロコロ飛んできてはそれを忠実に実行しようとする……しかも指示出してるあっちこっちの連中の半分以上が沖縄特有の事情を半分も理解していない……ため、行動原理にも一貫性がなく、普段のメシアンとはまた違った意味で全く信用できない。
それでいて基地反対をお題目を振り翳している部分だけは一貫しているため、同じメシアンである在日米軍内のトールマン派閥とはどうあっても仲良くできない。
この辺、沖縄の状況をある程度把握している座備家の賀留真などもメシアンの内情までは把握しておらず、薄皮一つ剥いた向こう側がここまで酷いとは想像もしていない。というか平和活動と基地反対を免罪符に振り翳す態度のデカさからくるイメージと、そもそもいくらでも切り捨て可能なトカゲの尻尾であるという実態が、外から見て全く嚙み合っていない。
似たような集団はおそらく日本中に存在しているが、通常のメシアンが思うように行動できない沖縄であるためその存在が悪目立ちしている。
なお、太平洋戦争の爪痕とメシア教会由来のガバチャーが生み出した超次元現場猫案件という意味では、ある意味『銃火暴風怨嗟域』の兄弟ともいえる。
・燕結芽
元ネタは『刀使の巫女』。
沖縄支部所属のフーテンニキの何人もいる娘の中の一人であり、彼の紹介で琉球ニキに嫁いだ『大崎未亜』『月守小夜』の異母妹。実家も姉二人とは異なっており、奥多摩の剣術系名家出身。
姉二人とは異なり覚醒しても治癒しない虚弱体質と心不全を患っており、異能者としての能力は剣術特化のガチ戦闘タイプであるにも関わらず、どうしてもある程度の継戦能力が前提となる異界攻略、特に『銃火暴風怨嗟域』との対峙が前提となる沖縄支部への所属が躊躇われ、ついでに実年齢12歳と幼少であり姉二人のように輿入れが躊躇われたため、警備・護衛要員として後方の生産拠点という扱いの大宜味村派出所への出向と相成った。
なお、当人としては死ぬ前に自身の価値を証明する事を望んでおり、そのために自分にできる事が剣しかないと思っているため、最前線から離れた派出所への配属は割と不満。
異能者としては完全な剣術特化。流派としては天然理心流を学んでおり、才能的には剣術特化だが天然理心流の基本として柔術なども混ぜていく何でもありスタイル。ただし根本的に体力がなかったため、天然理心流で鍛錬に使われる巨大木刀は持った事がない。
黒札の直系血族である割にレベル上限は低く、シキガミパーツ抜きだとせいぜい30がいいところであり、姉妹の中でも断トツに低い。また現在レベルも上げられなかったので姉二人より一回り低い。
プラスして虚弱体質・心不全のハンディキャップまでオマケに付いてきていたため、継戦能力が皆無で、戦闘中は気力だけでどうにか動けるが、一度戦闘をこなしたらしばらく安静、もしくは倒れる。原作より酷い状態を覚醒者の体力で誤魔化している状態なので割と酷い。
その反面、剣才という一点に限っては絶大であり、レベルだけなら格上の、それも技量も経験も十分に積んだ異能者相手にハンデを押してでも安定して勝ちを収められるほど。
なおシキガミパーツ移植が大成功した結果として、懸念点の大半が解消されており無事健康体になったため、枷も外れてこれからは堂々と異界攻略に参戦できる。
・【岩の呼吸】
アンナ・D・メタボ様『【カオ転三次】ワイらのデキシーランド・ジャズ』に登場する【全集中の呼吸】の内の一流派。
文字通り岩のごとき堅牢な防御力と、筋力に物を言わせた荒々しい戦闘法が特徴的なパワー系であり、また使い手はどう見ても刀ではない特徴的な武器を選ぶ事も多い。
どっしりと強く足を踏ん張って静止状態からの瞬間的な筋力強化により強烈な一撃を叩き込む剛の剣であり、その関係上どうしても機動力が落ちる弱点がある。
【全集中の呼吸】そのものはガイア連合関西支部高野山出張所に所属する縁壱ニキが創始し、全国を回って指導を行っているため、おそらく日本中かなり多くの場所に使い手がいる、ガイア連合においてはとりわけメジャーな部類の戦闘術。
その要諦は呼吸を介した全身の血流操作であり、習熟度が上がると瞬時の止血や心臓の急停止といった肉体制御、果てはその先の自己再生ができる。霊力(MP)由来ではないため、魔封状態でも問題なく自己治癒ができるのが強味の一つ。
・砂狼シロコ
元ネタは『ブルーアーカイブ』。
ジークのシキガミ2号。記念すべき嫁シキガミながら、購入直後という事もあって、まだまだ自我の発達は薄い。
性能的にはスカウト型の隠密偵察兵であり、さらにアガシオンであるドローンの爆撃管制も可能。
通常スキルは最低限を揃えたのみだが、その一方で汎用スキルは豊富に詰め込まれており、偵察兵としての役割をこなす戦闘・索敵・隠密の三拍子の他、生産や日常生活サポートに加え、【銀行強盗】のようなネタスキルも搭載されている。
相棒であるアガシオンのドローンは穢教滅閃による爆撃タイプ。穢教滅閃専用の【召喚術】を搭載し、内蔵した壷中天に格納した大量の封魔管から【並列処理】で大量の穢教滅閃を連射して視界の届く範囲を焼き払う変則的な砲台特化型。ただしドローン自体には照準・索敵系のスキルが搭載されておらず、その辺の機能はシロコによる管制に依存している。
・トウモロコシを使ったシキガミパーツ製造技術
基本的にはマヤ・アステカなど南米系の術式を使った人体代替パーツ製造法。
聖書神話、エジプト神話、中国神話など様々な神話で、人間は泥から作られたという伝承が残っており、多くの場合は泥がシキガミパーツ素材として選ばれる事が多いが、マヤ神話の場合は人間はトウモロコシの粉から作られたと伝えられている。
また同じ神話内で泥を使っての人類創造に失敗した逸話があるため、邪神ラフムなどが生み出す泥素材とは素材としての相性が最悪に近く、泥が劣化する可能性がある。