○ ○ ○
【聖都天草】に二本目の光柱が出現した。東の結界塔を起点に青く輝く燐光が波紋を描いて広がっていき、それが最初に発生した赤の光柱へと接触すると同時に、二つの結界塔の間に輝くラインが生成される。
「あっちゃー……三位か四位、かー。これはさすがのジャガーさんもマズいかもしれないニャー」
窓の外へと視線を送った藤村大河は手持ちの槍っぽい凶器を一振り、肉球グローブのごときその穂先の鉤爪で頭上から襲い掛かってきた天使の襟首を引っ掛け、床に引きずり倒してその喉笛に追撃のストンピングを落とした。ごきり、と硬いものが砕ける音が響き、頸骨を踏み砕かれた天使はマグネタイトの塵に返る。
同時に背後から来たもう一体の天使に肩口を打ち当て、そのまま片手の変則背負い投げ、受け流しと投げ飛ばしを兼ねた一手で敵の脳天を床に叩きつけた後、その顔面に肉球グローブ槍の穂先を突き込んでトドメ。飛び散った鮮血が大広間の純白の床に飛び散って赤い色彩を広げ、そこから立ち昇るマグネタイトの塵に分解してエメラルドグリーンの光を散らしながら消えていく。
「? 何かマズい事でも?」
「あー、霊視ニキ君と鈴木君とアタシとシノアちゃんで、ちょっと賭けやってんのよ。最下位になったら、この後の打ち上げで全額負担すんの。鈴木君はともかく、残りはアタシも含めて滅茶苦茶食べるからねー、下手しなくてもオサイフの中身がスッカラカンってなもんよ。霊視ニキ君が速いのは納得としても、シノアちゃんが一番乗りだったのは予想外だったわー」
おそらく、結界塔の防備や構造など無視して最短距離で外壁を駆け上ったのだろう、と推測する藤村の言葉に、横合いから突き込まれてきた天使の剣をのけぞって躱したブレイクは首を傾げつつも、背に負っていた小太刀を鞘ごと引き抜いて振るう。大型の鞘の側面にはグリップと大振りのエッジが備わっており、それだけで一本の剣として振るうことができる。その長方形の刀身を間合いに踏み込んできた天使の側頭部へと叩きつけ、半ば断ち切られた顔面を歪めながら吹っ飛んだ天使に視線も送らずに小太刀を抜刀。
「なら、どうして貴方も同じようにやらないの? 走って登れば速いんでしょう?」
「いやいや、ほとんど足場もない塔を駆け上るとかシノアちゃんくらいの無茶苦茶なスピードでもなきゃ無理無茶よー。普通に考えて敵は“そらをとぶ”完備の天使どっさり、足場がなくてマトモに身動きできない壁登りとか普通に考えても大量の天使に集られて死ぬし。それくらいなら、普通に階段使った方が何倍も早い早い」
柄の後端に結ばれたリボンを流星の尾のように引いて一直線に飛翔した小太刀の切っ先が別の天使の顔面を過たずに捕らえて貫通、その後方から飛来する矢の軌道から身を逸らして回避したブレイクは、手元に残ったリボンを手繰って小太刀を引き戻し、もう一方の手に残った鞘刀を縦横に振って続く二の矢、三の矢を叩き落としながら接近、引き戻した小太刀を片手鎌に変形させて敵の喉に一閃。
切り裂かれた喉笛から噴水のように噴き出した鮮血が空中でマグネタイトに分解して消滅していく。ゆっくりと倒れながら消滅していく天使の屍を正面に蹴り飛ばし、後方から飛来する鏑矢に対する盾にすると同時、片手鎌と一体構造の拳銃を連射して弓手の脳天を撃ち抜いた。
拳銃と一体化した小太刀と片手鎌の可変武器。柄後端から伸びたリボンにより鎖鎌のように振り回しての操作も可能。鞘単体でも剣として扱える。多様な形態を自在に扱い切るだけの技量と判断力を必要とされる機構武装が、ブレイクの本体たる可変弾道鎖鎌『ガムボールシュラウド』だ。
「それはいい事を聞いたわ。私、これから一生ギャンブルには手を出さない」
「あっははー、賢明だな猫耳ちゃん、でも食わず嫌いは良くないゾ!」
銃撃を受けた敵が斃れ、その躰を構成していたマグネタイトが分解して飛び散るのとタイミングを合わせるかのように、まだ残っていた弓兵が左右から挟み込むような掃射。それをリボンに引かれた片手鎌を鎖鎌のように振り回して叩き落とし、並行して鞘刀を投擲。それを顔面で受けた敵が脳天を左右に断ち割られて倒れ伏すと同時に、空中で片手鎌へと変形した小太刀を投擲。
その後ろから飛び出したジャガーマン藤村が次から次へと撃ち込まれてくる矢をバトンのように回転させた凶器で弾きながら接近、振るった肉球槍を天使の剣が受け止めるのと同時、ブレイクの可変鎌に仕込まれていた拳銃がリボンを通して撃発、銃声を鳴らして反動で飛び跳ね軌道変更、回転しながら敵の首を刈り落とす。
「ヒュー! 絶対扱い辛いけど、面白い武器よね、ソレ」
「案外、使ってみると楽しいものよ。何せ届かない間合いとかそういうのがないもの」
リボンの尾を引く可変武器を鎖鎌のように振り回し、時に手元に引き戻して小太刀や拳銃として振るいながら黒い旋風と化して走ったブレイクはその途中で床面に突き刺さっていた鞘刀を拾い上げ、二刀流に切り替えながら一直線に。
長柄の先に鉤爪付きの肉球を取り付けた謎の凶器をバトンのように振り回して敵を引き裂いていく藤村は、頭上から飛来する衝撃魔法に向かって腰のポシェットから取り出したアギラオストーンを指で弾いて炸裂する爆炎で相殺、その中から炎の尾を引いて飛び出すと、魔法を放った敵の頭上から肉球槍を一直線に振り下ろし、それを受け止めた天使の横腹に連続蹴りを叩き込んで床に向かって叩き落とし。
その真下に回り込んだブレイクがすれ違いざまにその首を斬り裂いて、マグネタイトの塵の残滓を尾と引きながら鎖鎌を振り回して散らした敵を、黄色と虎縞の暴風と化した藤村が分断された敵を一体ずつ仕留めて回り。
「げっ!?」
と声を上げた藤村の先で、現れたのは明らかに様子が違う天使。アナライズに出た名は間違いなく天使エンジェルで合っているが、その体躯は他の天使の数倍もあるゴリラのような巨体。唸り声を上げたゴリラ天使は、回廊の隅に飾ってあった聖母像を引き抜いて一直線に投擲。
「っ!?」
「ジャガっ!?」
唸りを上げて飛来する聖母像を左右に分かれて回避した二人の背後で、飛んでいった聖母像が轟音を上げて壁に直撃、衝撃に大広間全体が揺れ動き、天井から落ちてくる瓦礫を回避しつつ二人が一気に間合いを詰める。それを迎え撃つかのようにゴリラ天使はドラミングと共に咆哮を上げ、聖母像の隣に飾ってあった天使像を床から強引に引き抜いて棍棒のように装備する。
「ねえ、あれ本当に天使? 最近天使のバリエーション多過ぎじゃない、キャラぶれてない!?」
「知らないわよそんなの! アナライズじゃ間違いなく天使エンジェルよ!」
その背中に広がる純白の翼が打ち振られると同時に噴き上がる炎が収束して放たれるマハラギオン、溢れる炎の渦を跳躍して回避し、華麗なフレスコ画が描かれた大広間の天井を蹴って加速した藤村がゴリラの振り回す天使像を回避して後ろに回り、足元に突き込んだ肉球槍の鉤爪が抉った床が崩れ、ゴリラの足元の床が抜けて沈み込む。
藤村を追ってゴリラの視線が外れた隙に走り寄ったブレイクは小太刀を変形させた鎌を投擲、後端のリボンを使って鎖鎌のように操りゴリラの足に絡めて引き寄せ、藤村が開けた穴へと引きずり落とす。足を取られた天使が怒りの咆哮を上げ、タルカジャで身体機能を強化して棍棒代わりの天使像を振り下ろし。
「部分展開、デビルシフト!」
リボンを引いて手元に戻した鎖鎌がマグネタイト光を放って変容、巨大な亀甲の盾となって攻撃を防ぎつつ、その真下をブレイクの華奢な体がスライディングしながら滑り込み、腰から予備の拳銃を引き抜いた。銃そのものはエアソフトガンだが装備した異能者の力量に比例して威力を増す術式兵装、装填されたBB弾は呪殺属性の即死弾。エアガン特有の軽快な連射音と共にゴリラ天使の表皮が抉れて弾け、そこに引き戻した鎖鎌を銃に変形させて二丁拳銃の構えで連射を叩き込む。
「ジャガー……猫騙し!」
藤村が口から吐いたアイスブレスで顔面を氷で覆われたゴリラ天使が上げる苦鳴と共に、ブレイクが頭上に放り投げた鎖鎌がデビルシフトを発動、蛇の尾を持つ巨大な亀『龍王ゲンブ』へと変容し、一直線に落下するその巨体で発動するメガトンプレスがゴリラ天使を叩き潰す。
デビルシフトを解除してその巨体が消滅する直前に亀甲を蹴って跳んだブレイクの人型躯体が藤村の頭を踏み台にしてさらに跳躍、天井の聖人の彫刻を蹴って反転し。
「もう一発、デビルシフト!」
鎖鎌を手元へと引き戻すと同時に、今度は人型躯体を中心に発動するデビルシフト、ブレイクの身体を中心に溢れたマグネタイト光が暴風と交じり合い、出現するのは白縞の毛皮で覆われた猛虎の体躯から猛禽の翼を生やした妖獣キュウキ。その翼から放たれた疾風魔法が生き残っていた天使達を一掃する。
二重に搭載されたデビルシフト機能により全く異なる形態を切り替える事ができる、これは四姉妹の式神に標準的に搭載されている機能だ。もっとも、四人とも完全に使いこなせているとは言い難いが。
「うーん、便利ね、それ。……それさ、二つ一緒に悪魔変身出来たりしないの?」
「無理よ。レベルが足りないから、制御できない。そういう無茶は、それこそマスターが一緒じゃないとね」
「無惨ニキ君がいると使えるんだ、へー……相変わらずデタラメだわ、あの子」
と、ぼやきながら藤村は足を止めた。目の前には扉、今まで通ってきたものよりも明らかに豪華なそれは、最上階の中枢部屋への入り口となるもの。天使ゴリラの消滅により、扉を守る結界は解除されているが。
「どう見てもボス部屋よねーコレ。とてつもなく おそろしい けはいがする!」
「じゃあ今の内にありったけのカジャを掛けていきましょうか」
鞘に納めた鎌剣を背中のラックに戻して悪魔変身を解除したブレイクが言うと、藤村はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「いやいや、それは基本としても、やれる事は他に一杯あるでしょ。た、と、え、ば~なかまをよぶ~」
藤村の発動したスキルに合わせて周囲に煙が弾け、追加で虎のキグルミが出現する。その正体は藤村が悪魔変身能力によって変じるのと同じく妖鬼ジャガーマン、相変わらずその見た目がどう見てもジャガーではなく虎であるのは変わらないが、キグルミの頭部分から顔を出している藤村本体とは異なり、普通にヌイグルミの虎の顔だ。どう見てもキグルミの虎なので、普通に街中を歩いていても変態扱いはされるだろうが、警察に職質食らったりする事はなさそう、か。
数は四体、藤村の左右に並んで仲良くポーズを取り。
「生まれたナワルは違っていても!」
「共に進む場所は一つ!」
「永遠の絆と共に!」
「我ら────ジャガースクワッド!」
「ジャガーイエロー!」
「ジャガーレモンイエロー!」
「ジャガーライムイエロー!」
「ジャガーサルファイエロー!」
「ジャガーサフランイエロー!」
「「「「「五人揃って、ジャガーマン!」」」」」
ポーズに合わせて、御約束のように背後で謎の爆発が発生する。
「どうやって爆発してるのよ?」
「もち、特殊な撮影」
と、最早理屈にすらなっていない説明未満が飛び出してくるのを、ブレイクはジト目で見送った。
「胡散臭い……」
「そんな! 私はどこからどう見ても清く正しい、キュート&セクスィーなジャガーマン! 胡散臭い部分なんて一つも存在しません!」
「胡散臭いジャガー……」
おっと間違い、虎だった、と内心で訂正しつつ、ブレイクは扉に向かう。とりあえず防御力に秀でた龍王ゲンブに変身しておけば、出合い頭の一撃を防ぐことはできるだろうか。そんなブレイクの背後で、ジャガーがさらに怪しい動きをしていた。
ぎょっとして振り向いたブレイクの視線の先にいたジャガーは、何故か組体操のポーズをしており。
「……いや、何やってるのよ?」
「何って、見ての通り。第一の太陽の力を借りて、今必殺の……ジャガーハリケぇえええええええええン!」
思わず後ずさって道を開けたブレイクの背後でゆっくりと開いた扉の向こうに、組体操ポーズのままのジャガーが一気に突っ込んでいく。それを唖然として見送っていたブレイクの隣で、“藤村が”扉を閉じた。その直後、一拍遅れて閉じた扉の向こうから、四連続の轟音が聞こえてくる。
「……今の?」
「うん、自爆」
「……………………自爆。いや、仲間じゃなかったの!?」
「うん、仲間。ジャガーメイツよ」
「容赦なく自爆させたわよね」
「テヘペロ」
「…………」
鬼畜である。
「それじゃ、二周目行ってみよう! なかまをよぶ~!」
「ちょっ!?」
仲間とは一体何だったのか。そんなブレイクの前で、藤村が先程の焼き直しのように新たなジャガーマンを召喚する。
「ジャガーイエロー!」
「ジャガーレモンイエロー!」
「ジャガーライムイエロー!」
「ジャガーサルファイエロー!」
「ジャガーサフランイエロー!」
「「「「「五人揃って、ジャガーマン!」」」」」
やはり同じポーズに、同じ爆発。そして同じ組体操。今度扉を開けたのは藤村だった。突っ込んでいく四体のジャガーマンを笑顔で見送って扉を閉じる。四つ並んだ虎縞の背中の向こうで、ボロボロになった天使プリンシパリティが半分焦げた顔に浮かべた恐怖と混乱の表情が、藤村が閉じた扉の向こうに消えていく。そして、爆発。
「よし、それじゃーもう一周行ってみよー! はい、ジャガーイエロー!」
「ジャガーレモンイエロー!」
「ジャガーライムイエロー!」
「ジャガーサルファイエロー!」
「ジャガーサフランイエロー!」
「「「「「五人揃って、ジャガーマン!」」」」」
「それはもういいから……」
藤村の号令ひとつでドアの向こうに特攻していくジャガーマン達と、それを見て恐慌状態に陥りながら必死で逃げ場を探す部屋の中の天使を唖然として見送ったブレイクは、頭痛をこらえるように頭を押さえ、扉を閉めた。その背後で、藤村が新たなジャガーマンを召喚している。
「逃げ場のないボス部屋、ドアを開けてもリセットされないボス。仮に回復手段があったとしても、それが尽きるまで特攻を繰り返せばいい。配下もトラップも以下同文。つまり積みって事よ」
「……部屋の中に窓、あったわよ。逃げられるんじゃない?」
「それでこの期に及んで逃げてないって事は、それはできないって事っしょ。それじゃ、またもう一周イクわよーイクイク!」
「何のネタよ……」
その後も、自爆祭りは続いた。
次の特攻では、声を張り上げて何やら口上を述べ始めたプリンシパリティに向かって自爆。
次は異教徒に対して怒りの声を上げ撃ってくる魔法に耐えながら特攻して自爆。
次の周回では汚れた魔女めとこちらを罵るプリンシパリティを無視して自爆。
その次は卑劣な手段に抗議するプリンシパリティを無視して自爆。
さらに引き攣った声を上げながら武器を振り回すプリンシパリティを追い詰めて自爆。
神に助けを求め始めたプリンシパリティを無視して自爆。
一か八かに賭けて逃げ出そうと扉に特攻を掛けたプリンシパリティに向かってジャガーマン達が組み付いて動きを止め、そのまま自爆。
瓦礫の後ろに隠れて震えていたプリンシパリティの首根っこを掴み上げて自爆。
聖書を片手に隣人愛と融和の心を解くプリンシパリティと熱い抱擁を交わしながら自爆。
ついには命乞いを始めたプリンシパリティの声をスルーして自爆。
死体の振りをして横たわっているプリンシパリティを踏みつけて、そのまま自爆。
「悪魔が死んだらマグネタイトに分解して消えるでしょうに。見え見えの演技よねー」
「……キャラが剥がれてきてるわよ」
「え、私ジャガーだから分かんなーい。テヘペロ」
そして最後に、全裸で土下座するプリンシパリティに向かって最後の自爆を敢行し、半死半生のプリンシパリティに向かって、藤村は先端に肉球が付いた謎の凶器を振り下ろし、プリンシパリティを屍に変える。床の赤い染みとなったプリンシパリティの成れの果てを、藤村は冷めた目で見下ろした。
「下手に自爆耐性なんてレアな能力持ってなかったら、楽に死ねたわよね」
「耐性止まりだったのが運の尽きね。本当に同情するわ」
やはり冷徹な目のこっちが本性か、と何となく今までの振る舞いを納得したブレイクは、龍王ゲンブの姿になると結界塔の機能を掌握する。
○ ○ ○
「あー……最下位確定か。まずったな、今月の財布、大丈夫かな?」
窓の外に出現した三本目の光柱を見て、鈴木悟は頭を抱えた。その背後では、巨大な人面の虎────妖獣トウコツに変身した式神ワイスが、天使プリンシパリティを噛み砕いている。本当にタッチの差だったのが、尚更悔しかったりするが。
「まあ仕方ないか。霊視ニキは多少遠慮してくれるけど、藤村さんともう一人の子は本当に遠慮ないからなあ……今月はちょっと節約するか。でもガチャのピックアップが……あ、すまないワイスちゃん、結界塔の掌握を頼めるかな?」
「ええ、もう始めておりますわ」
「ああ、助かるよ」
振り返れば、変身形態を聖獣ビャッコに切り替えたワイスが曼荼羅型の法陣を展開し、結界塔を純白の輝きで侵食している。これで第四の結界塔も掌握が完了した。残るは中枢を叩くのみ。
◆ ◆ ◆
僕の見守る先で、四つの結界塔の間に光のラインが行き渡り、魔法陣が形成される。正方形の中に碁盤の目のように等間隔で梵字や呪印を並べた陰陽道系の魔法陣は、まるで一つの曼陀羅にも似ている。その中心から光のラインが射出され、ダ・ヴィンチが掲げた杖の先端にあしらわれた天球儀へと接続されて術式が完成する。
「名付けて『仮設型四神相応結界・四象・陽ノ型』だってさ」
メディアの強化支援が何倍にもなってほとんど上限もなく発動し続けている状態、か。しかもコレ、おそらくは僕自身と僕がコントロールしている仲魔にしか効果ないタイプの強化だ。なるほど、この強化性能であれば、単騎で敵陣のド真ん中に特攻させられるのも理解できる。悪くない。……が、この状態に慣れ続けてしまうのも、あまりよろしくないかもな。
ともあれ。
「ルビー達に仕込んであった術式は、こういうものか。でも……多分これ、本来の形じゃないな。四神だけで結界が作られてるから四凶の特性が組み込まれてないし、結界の構築からメディアが外されている……本来ならメディアが四凶を組み込んだシステムを担当する……? いや、でもそれを考慮に入れた上でもまだまだパーツが足りな過ぎる。だいたい何で四象を二重に組む? いやそもそも根本的に違うのか? あー、んー、駄目だ、どうにも分からんな」
「それでも、バックアップは完璧でしょ? っていっても、神主さんが組んだパーツを、神主さんが無理矢理組み合わせて結界を組んでるみたいなものだから、あまり私の自慢にはならないかなあ。それでも制御はきっちりやるから、マスター君は心配しないでくれたまえ」
ま、その辺は信頼できるか。ショタオジ作、制御はダ・ヴィンチ。それなら信頼しても問題ないだろ。
「信頼とは、つまりそこに命を預けられるか、それで死んでも文句はないか、という一点に帰結する……ああ、信じてるさ」
信頼の為に笑って死ねれば、それで最高だ。そんな事を嘯いて、ウェンディゴ、ユグドラシル、コープスの三体を過熱しかけた封魔管に戻す。そろそろ限界も近付いていたし、これ以上時間が掛かると正直ヤバかったから、四人が間に合ってくれて本当に助かった。
過大な負担を掛けたこの三体は、当分召喚出来ない。たぶん復帰まで一週間くらいだと思うが、つまり次の一戦では使えないって事。ついでに、悪魔と封魔管そのものに対しても綿密なメンテナンスが必要になる。封魔管に関してはダ・ヴィンチに頼んでも構わないが、悪魔の方は自力で調整する必要がある。その手間を考えると頭が痛くなるが、手間を覚悟するだけのメリットはあるのだからまあ仕方ない。
それよりも問題は、手札三枚落ちで最終決戦に突っ込む必要があるって事か。
「……そのハンデまで含めてショタオジの想定通りなのかは分からんけど、まあどうにかするさ」
“その言葉が聞きたかった”、と、どこかから楽しげなショタオジの口癖が聞こえた気がした。ああ、どうにかしてやるさ。僕の眼前で、本来の守護結界が消滅した事で、その中に潜むナニカの波動が溢れ出し、既に影響下にあったメシアの天使共を侵食しながらその霊基の在り方すら歪めていく。
皮膚が弾ける。血肉が溢れる。骨格が軋みを上げて成長していく。肉体に奇形が出る事などむしろ当然、それどころか種族や、悪魔としての種別までもが書き換えられていくものまで出てくる始末だ。
「メディア、補足できる範囲で天使じゃなくなった連中の種族と名前を適当にピックアップして並べていってくれ。数は……そうだな、十個でいい」
「はい────幽鬼グール、外道ショゴス、妖鬼ガグ、邪鬼ムーンビースト、邪鬼ディープワン、妖魔ビヤーキー、凶鳥シャンタク鳥、龍王ペトスーチ、妖虫クトーニアン、妖樹シャッガイプラント……マスター、これは一体? 一体、何が起こってるんでしょうか?」
「僕に分かるわけがない…………と言いたいけど、そのラインナップだけで微妙に推測できるような、できないような……まあ」
綺麗に全部、クトゥルフ系でまとまっていれば、もうね。多分あの中で召喚されたとかいう大天使ヤズラエルがクトゥルフ系のサムシング…………? クトゥルフ系の大天使とは、一体何のことなのやら。天使という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしているのだが、さて。
「あー……想像したくねー……」
盲目のヒキガエルのような邪鬼ムーンビーストの槍を回避しつつ飛行三鈷杵を普通にビームサーベル的に振るって両断し、その勢いで投擲、飛ばした飛行三鈷杵をファンネルよろしく操って、凶鳥シャンタク鳥と妖魔ビヤーキーのコウモリのような翼をまとめて貫通し、叩き落とす。
地上から向かってくるのは、頭部から赤熱する触手を生やした妖虫クトーニアンと、全身に宝石を埋め込んだ金鱗の巨鰐ペトスーチ。メディアがまとめてメギドを撃ち込んで吹き飛ばし、ダ・ヴィンチが背負ったランドセルから伸びた機械腕が銃火器に変形して掃射してトドメ。
「マカーブル、マタドール!」
大鎌とサーベルを手にした二体の悪魔を解き放ち、死を象徴する二体が放つ文字通りの死の舞踏で、襲い掛かってきた奇形天使の群れを吹き飛ばし、そこに追い討ちのマハムドオン。奇形になっても呪殺弱点は変わらないようで、見苦しさを増しただけの天使共はまとめて呪詛に蝕まれてその霊基を溶かしていく。
「重労働の後に更なる重労働とか本当に笑えないけど、まあ仕方ない。さっさと攻略して、皆で打ち上げと行こうじゃないか」
封魔管から新たな悪魔を召喚する。召喚するのは貴族服を着込み、杭槍を手にした人型悪魔────東欧の吸血鬼『幽鬼クドラク』。白く色褪せた蓬髪と、その奥から熾火のように燃える赤い瞳孔が覗いているのが特徴的だ。聖堂で戦った猛将ヴラドの成れの果て。昨日の内に扱いやすいように霊基を弄って色々と改造していたら、ものの弾みで全然違う悪魔になってしまった。
……まあ、偶にある事だ。例えば妖精トロールがいきなり邪鬼ウェンディゴに成り果てていたりとか、そこまでヘビーなものじゃなくても神樹が妖樹に零落したりとか、割とある事だ。だいたいどんなメガテンでも合体事故とか普通にあるのだから、改造事故が起きたっていい。
「うん、よくあるよくある。問題ない」
割とどうでもいい感じの結論を出して、眼前の聖都を見る。あれだけ呆れるような数がいた天使共は半数以上を狂気に侵食されてその身を別種の悪魔へと変じさせている。その多くが飛行能力を持たないタイプ、という事は、これまでのように地上を移動するには障害が多過ぎて難しい、という事。逆に空を行くのは多少楽になっているだろうが、かといって空を飛べる手合いが完全に居なくなったわけじゃない、か。
「つまり、クリス・ザ・カーを使うのはナシ、と」
僕が指を鳴らすと、幽鬼クドラクはその身をマグネタイトに溶かして黒い霧の渦と化し、その中から新たな姿、甲高く嘶きを上げる黒馬の姿へと変容する。天敵たるクルースニクと戦いながら共に種々様々な姿へと変化する異形の吸血鬼の権能だ。
その黒馬の背中へと飛び乗ると、手綱を引っ張ってメディアとダ・ヴィンチへと手を伸ばす。
「二人とも、掴まれ!」
僕は、メディアとダ・ヴィンチを後ろに乗せて飛ぶように馬を走らせる。大通りを一直線に駆け抜け、跳躍して街灯から街灯へと飛び移り、純白の瓦を敷き詰めた家屋の屋上へと着地、そのまま疾走と跳躍を繰り返して市内を疾走する。それを追い掛けてムーンビーストやディープワンが壁を這い上がってくるが、根本的に速度が違う、無視。屋根の上を一直線に駆け抜け、家並みの間から顔を出してくる巨体の妖鬼ガグが顔を出してくるが。
「ダ・ヴィンチ!」
「オッケー! 狙いを定めてぇ、発射!」
ダ・ヴィンチの背中から展開するロボットアームの銃身から発射されたフロスト弾が、顔面一杯に縦に裂けた口を持つガグの異形の顔を氷結させる。そのまま僕はクドラクの黒馬を走らせ、慌てて顔面を押さえた妖鬼ガグの頭上を踏み台にして、そのままその場を駆け抜けて疾走、城門を飛び越えて聖都中心部に建つ和風城塞の門扉が見えてくる。
さすがにそこは無警戒という訳でもないらしく、番兵らしく醜く肥大化した二体の天使が全長十メートル以上もある身体を気だるげに持ち上げて唸りを上げながら立ち上がろうとするが。
「遅い、クリス・ザ・カー!」
黒のハイエース型悪魔を破城槌代わりに突貫させ、その巨体が番兵の片割れに直撃、直後の自爆攻撃で弾け飛んだ番兵ごと門扉を粉砕し、吹き飛んだ門を走り抜けて僕は城内へと突入した。
◆ ◆ ◆
「……にしても、メシアン共はどこに行ったんだろうな?」
狂気に頭を冒された天使と、冒されきった天使が変容した神話生物共。そこに、人間であるメシアンの姿はどこにもない。悪魔悪魔、何もかも悪魔ばかり。これまで、【聖都天草】で遭遇したのは悪魔ばかりだ。聖母子像が描かれた襖を蹴り破って襲い掛かってくる天使の顎に拳を叩き込み、のけぞった相手を中庭の池に叩き込んで飛行三鈷杵を飛ばしきっちりトドメを刺してから、どうにも理解できないと僕は首を傾げた。
「分かりませんが……いえ、『ナコティック』のレーダーに反応がありました。確認完了、これは……地下ですね。地下に人間の生命反応複数が確認できます」
「マジか!? マジかー……地下か。厄介だな」
飛び掛かってきた天使の腕を取ったメディアが、その関節を捻りながら投げ飛ばして床に叩きつけ、ついでとばかりに腕をへし折りながら追撃の衝撃魔法を叩き込む。その頭上で天井板が外れて飛び降りてくる幽鬼グールを、ダ・ヴィンチが伸ばしたロボットアームで殴り飛ばし、僕の頭上に浮かぶペルソナが拡散閃影殺を叩き込む。
床を突き破って出現した龍王ペトスーチが広げた顎の中に邪鬼ムーンビーストを蹴り込んで、上から突き込まれたクドラクの杭槍から無数の杭を生やしてまとめてハリネズミ状態にしてやってから、メディアが衝撃魔法で吹き飛ばし、後ろにいた天使共ごと圧殺した。
それで周囲にいた悪魔が一通り消えて、少しだけ落ち着ける状況が戻ってくる。戦闘に巻き込まれた周囲は派手に荒れ果てており、破れたり抉れたりした襖や畳、砕けた調度などといった残骸が転がっており、美しかった城内の光景が跡形もない。
「にしても地下かー……どうすっか。ヤズラエルらしき大天使の反応は天守閣なんだよなー。逆だし、逆」
問題はそこだ。その気配は明らかにこちらの存在を捕捉しており、下手に逃げ出したり他を目指すような素振りをこちらが見せれば、最悪自分からこちらに向かってくる可能性すら存在する。できるならタイマンで戦えるのがベスト、余計なオマケ付きでバトルするなんざ御免こうむりたいところ。
ついでに言えば、遠くから大勢が騒ぎ立てるような喧騒が微かに届いており、こちらに少しずつ近づいてくる。その大半は言語の体を成していないものの、中には“侵入者を殺せ”だのといった叫びも混ざっており、あまり悠長に考え事をしている時間はなさそうだ。
「……マスター」
「ああ、分かってるよメディア。多分、それしか方法はないんだろうな。でも、メディアはともかくとしてダ・ヴィンチは大丈夫なのか?」
「もちろん、心配いらないよ。私もここまでの戦いでそれなりにレベルアップしているからね」
…………迷っている時間は、ない。
四神相応結界による強化は絶大だが、【聖都天草】の結界機能を横取りして使用している関係上、この力は聖都のリソースを洒落にならない勢いで使い潰している。無論その消費に見合っただけの絶大な強化量があるのだが、いかに大型異界とはいえ、【聖都天草】のリソースは膨大であっても有限だ。枯渇すれば異界が崩壊し、中にいた悪魔、つまりは大量の狂った天使や神話生物が地上へと解き放たれることになる。それによる“常識の崩壊”は最悪“終末”にすら繋がりかねない規模になるだろう。
「しゃーなし。んじゃ、頼むよ。メディア、ダ・ヴィンチ。二人して地下を攻略してきてくれ。ただし出来る範囲で、命優先に。護衛としてナスビとクドラクを付ける」
……これで手札七枚落ち。そこからの最終決戦とか頭が痛いのだが、地下も放置はしておけないし仕方ない。二人とのリンクは相変わらず継続するから四神相応結界による強化支援は有効だし、メディアのレーダーによる情報支援も続き、さらにここに来るまでに数体の神話生物を仲魔に加えているから僕自身に関してはそこまで問題にはならないのだが、二人だけで地下を攻略し切れるかどうかは気になるところだ。その辺は、四神相応ブーストと、ガイア製アガシオンであるナスビと、元猛将であるクドラクの性能を信用するしかない、か。
「はい、分かりました。行ってきますマスター」
「うん、さっさと片付けてすぐに戻るからね。マスター君も気をつけて」
手近な階段を下りていく二人の背中を見送ると、僕は頭上を振り仰いだ。そこにはただ鮮やかな天使の図像が描かれているだけで、それらしいものは何一つ見えないが、しかしその向こうで大天使らしき何者かがこちらを待ち受けているのがはっきりと分かる。見えない向こうで待ち受ける誰かと視線が合った、確かにそう感じた。
「はぁ……んじゃ、行くか」
行くしかないので。
指を一つ鳴らすと、中庭の池から飛沫を散らして跳ね上がった飛行三鈷杵が掌に収まった。それをポケットに仕舞って歩き出す。行く先は天守閣。
聖都編は続くよどこまでも。
~割とどうでもいい設定集~
・式神ブレイク
元ネタは『RWBY』。
研究所所属の式神四人の一体。次女。研究所では警備の他、情報収集や隠密裏の警護などもできる感じ。というか、ぶっちゃけ四人全員が割と施設管理用と言い張るには無理があるビルドをしていたりする。
本体は可変型小太刀『ガムボールシュラウド』。拳銃と一体化した小太刀の刀身を折り畳む事で片手鎌になり、さらにグリップ後端のリボンを使って振り回す事で鎖鎌としても扱える。鞘自体にもエッジがあり、これだけでも剣として使える。銃撃の反動を利用した軌道変更やら、鎖鎌を利用した変則移動やらと扱い方がややこしく、四人の武装の中で一番扱い辛い。
武器が本体の武装型式神ではあるが、人型躯体スキルにより少女の身体を形成し、本体である武器を振るって戦える。
さらに悪魔変身能力を式神の機能として二重搭載しており、片や四神の一角『龍王ゲンブ』、もう片方は四凶の一柱『妖獣キュウキ』に変身する。この辺、四神の方は武器側が、四凶の方は躯体側が変化する。
この辺、悪魔変身関連の仕様は基本的に他の三人も同じであり、武器側が四神、少女側が四凶への変身能力を持つ。
・仮設型四神相応結界・四象・陽ノ型
異界のシステムを一部乗っ取り、四神への変身能力を持つ四人娘を起点に形成する四方結界。結界の操作は式神ダ・ヴィンチが行う。
結界としての効果はマスターに対する爆発的な強化。異界の機能を強制的に乗っ取り、そのリソースを吸い上げて消費しながら自らの主人とその仲魔に強化を行う。全種類のカジャが際限なく掛かり続ける状態だが、これは異界のリソースを消費しているため、敵陣に消耗を強いるという意味では強力だが、リソース自体は有限であり時間限定の効果である。
・ジャガーフレンズ
藤村大河が召喚するジャガー軍団。どう見ても虎のキグルミ集団だが、アナライズでは何をどうやっても妖鬼ジャガーマンと表示される。不思議。
召喚の為に藤村が使用しているスキルはサバトマや招来の舞踏といった標準的なものではなく、ゲームなら敵専用スキルである『なかまをよぶ』。このためジャガーマンしか召喚出来ないが、封魔管やCOMPを使用する事なく際限なしに召喚する事ができ、いくらでも使い捨てに自爆させる事ができる。
が、実のところ一番面倒で厄介なのはその連携能力。肉球熊手状の変な武器で敵の挙動をことごとく妨害して敵にマトモに身動きを取らせない。このため、火力型の異能者とチームを組むとステータス以上の殺傷効率を誇る。
その辺り、藤村大河の資質はアタッカーよりもサポーター寄りの物理戦闘型異能者といえる。