ファッション無惨様のごちゃサマライフ   作:頓西南北

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……やっとできた。


聖都天草攻略戦、後編

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 握った飛行三鈷杵の先端からビームサーベルのように光刃を形成し、真っ正面から斬り掛かってくる天使の刀を受け止める。同時に正面蹴りで相手の股間を潰し、悲鳴を上げて敵がのけぞると同時、反対側に伸ばした刃で後ろから斬り掛かってきた邪鬼ムーンビーストを両断し、また逆側から刃を出して正面の天使エンジェルの首を刈る。

 そのまま飛行三鈷杵を投擲し、自身を中心に周回させてこちらを包囲する天使を切り裂きながら畳の上を一直線に走り抜け、急停止。足元に靴底を叩きつければ反動で跳ね上がった畳を蹴り上げ、天井裏から飛び降りてくる幽鬼グールが振るう太刀への盾にする。

 同時に数発の衝撃魔法が飛来するが、それは華麗に翻った真紅のマントに弾き返され、視界を遮る畳がその後ろの幽鬼グールごとサイコロ角に斬り刻まれる。魔人マタドールが振るった神速の剣戟、銀色に輝く剣光の軌跡が前方を塞ぐ悪魔共を滅多切り。

 

「っし、オッケー真っ直ぐ行くぞ!」

 

 涎を垂らしながら背後から飛び掛かってくる天使アークエンジェルを蹴り飛ばせば飛来した火炎魔法の盾になって火達磨になり、そのままこちらが放つファイアブレスと合わせ数体の天使を巻き込んで盛大に炎上、そちらに視線をやりもせず、僕は前方に生まれた空間へと走り込み、そのままその先にある階段を駆け上る。

 そこに待ち受けていたのは、純白の着流しに日本刀を携えた天使プリンシパリティ。奇形化の度合いも比較的少なく、腫瘍で覆われた半顔と、その中心にある異様に肥大化した右眼球くらいのものか。笑みの形に歪んだ口元が調子の狂った早口で動き続けており何かの祈りを唱え続けているのは分かるが、その挙動はむしろ落ち着いたもので、こちらに向けられてくる気配も鋭利な殺気に満ちてこそいるが静かで、だからこそ危険性がひしひしと伝わってくる。

 

「ったく、中ボスみたいなものか。こんな時に面倒な……」

 

 彼我の間合いは約三メートル、こちらが三鈷杵の先端から光刃を出して構えると、眼前の天使が先に動いた。床板を歪める強烈な踏み込みからの抜き打ち、袖の中に折り畳まれていた奇形の右腕が蛇腹のように長く伸び、一瞬で鞘走った剣尖の射程は彼我の距離を一瞬で埋め、瞬間移動じみた速度で眼前に刃が迫る。

 

「っ、本当に面倒だよ、クソが……っ!」

 

 掌から飛ばした飛行三鈷杵の光刃を寸前で挟み込んで防御、耳元で鳴り響く甲高い衝突音に顔をしかめながら鉤爪を振るう。左で抜き打った脇差しによる防御と、高速で引き戻される異形の右腕による背後からの奇襲、異形化を生かした攻防一体の敵。だがその程度はこちらも読んでいる。

 

「生憎とマトモな剣士じゃなくてな! マカーブル、マタドール!」

 

 高速召喚した仲魔の剣戟により二本の刃を同時に弾き、懐に入って鉤爪を叩き込む。顔面を抉り抜いた抜き手が脳髄を破壊、それでもなお動こうとする胴体を蹴り倒し、空の封魔管にその霊基を回収しながら前に進む。一斉に斬り掛かってくる天使共に向かって飛行三鈷杵を飛ばし、妖獣形態に変化すると同時に、敵の後背から無数の矢が降り注ぐ。

 銃撃反射耐性により跳ね返された矢が群がった天使を薙ぎ払うと同時に、一気に前に出てマハジオンガで敵の数を減らす。四神相応の強化で上がったステータスの恩恵により大半の雑魚はそれで消し飛ぶが、耐性でも持っていたのかまだ生き残りは数体。

 

「なら、これで終わりだな。やれ」

 

 ネクロマにより封じたばかりのプリンシパリティを召喚、その異形化した右腕から放たれる長射程の居合斬りに僕自身のファイアブレスを上乗せし、炎を帯びた刀身が空間を蹂躙する。さすがに火炎と電撃の二属性耐性を両立した雑魚はいなかったようで、これでその場は一掃できた。

 それでもやはり時間はないか。先を急ごう。懐からガイア製カロリーバーを取り出して口の中へと放り込み、とりあえずの体力を回復する。あと二階層か三階層上がれば、ラスボスと御対面だ。さっきのプリンシパリティに比べれば雑魚ばかりとはいえ新手も近付いてきているし、急いだ方がいいか。

 

 

 

   ○   ○   ○

 

 

 

 階段を降りた先、地下の防備は存外薄かった。あるいは侵入されることを最初から想定していなかったのかもしれない、そう思わせる程にメディアとダ・ヴィンチの前を塞ぐ悪魔の数は少なく、背後から彼女達を追ってきた少数の悪魔も、二人を守る幽鬼クドラクが振るった杭槍を浴びてあっさりとマグネタイトの塵に還っていた。

 左右に襖が並ぶ木造の和風城郭の廊下を辿りながら、二人は慎重に前に進んでいく。時折左右の襖が開いて天使や神話生物が飛び出してくるが、大抵はクドラクが突き出す杭槍の一撃で仕留め切れるのが大半。しかし時にはそれだけで仕留め切れないものも混じっており。

 

「ナスビちゃん!」

「ナ!」

 

 飛び出したアガシオンが掲げた大盾から、巨大な金属塊が衝突したかのような轟音が響く。全長五メートル、腹に突き立った杭槍を意にも介さず突き進み張り手を叩きつけた力士姿の天使プリンシパリティの腕は、大盾に激突してひしゃげて潰れ、その代償としてアガシオンが空中を転がるように回転して吹っ飛ばされていく。

 それを左右に分かれて回避したメディアとダ・ヴィンチの手にした杖から閃光が弾けて放たれた衝撃魔法と光弾が、痛みに悶えながら両腕を振り回した力士天使へと全弾直撃、絶叫を上げた力士天使の頭上に舞い降りたコウモリの群れの中から杭槍が突き出され、ゴリラの脳天を貫通する。マグネタイトの塵に分解して散っていく天使の残滓の中へとコウモリの群れが集合していき、その中から伸びた腕が杭槍を掴み取ると同時に、集った蝙蝠の群れで肩、胴体、両脚と残る身体が形成されていき、完全に元の形を取り戻した幽鬼クドラクは無言のままメディアとダ・ヴィンチを守る立ち位置へと戻る。

 

「じゃあ、先を急ぎましょう。急いでマスターのところに戻らないと」

「そうだね。いつまでもマスター君を一人で戦わせるわけにはいかないし」

 

 その横に、重そうな大盾を担ぎながら飛んできたアガシオンが戻ってくると、二人は通路の先へと進んでいく。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 妖獣形態に変異して天使の頭を噛み砕く。仲魔の剣がグールの首を断ち落とす。範囲魔法を撒き散らして群がる悪魔を薙ぎ払う。時には退いて迂回し、壁を破って背後から奇襲を仕掛け、あるいは別のルートを辿って先を目指す。

 結構なハードワーク。それを単騎でこなせるのは、単純に僕が手札の多いサマナーでもあるからって事で。

 

「これ、もう一人か二人くらい増援を増やして欲しかったところだが……」

 

 まあ贅沢は言えない。今の時点でこの異界に突撃かませるような人材は、さすがのガイア連合とはいえ限りがあるのだ。

 

「タルタロスから離れてくれないし離れられないハム子は無理、ブスジマ君はもっと無理。エヴァンズ夫妻は……どう考えてもやっぱり忙しくて無理。他の心当たりは……あー、まあ難しいか。ショタオジもこれ以上仕事させるのはアレだし、しゃーなし、と」

 

 頭を振って気の迷いと甘さを追い出すと、襖を蹴り破って廊下に飛び出し、大広間の上を抜ける空中回廊を走り抜ける。それに気付いた天使やその他シャンタク鳥やらビヤーキーやら飛行悪魔共がこちらに向かって一斉に群がってくるが、それをさらに頭上に召喚した邪神バフォメットの放つマハジオンガで削りつつ牽制。自分ごと巻き込んで撃たせる電撃魔法は、電撃吸収の耐性を持つ妖獣形態の存在により攻撃と回復を一手で済ませる妙手に変わり、動きが止まったところを下方から打ち上げる同じくマハジオンガで片付ける。

 落ちていく悪魔の中にはまだ生きているのも多いが、いちいちトドメを刺してやる時間も惜しいので無視。その中から適当に目立つ数体を選んで空の封魔管に封印し、走りながら手早く契約を済ませて階段を見つけ、次の階層へ。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 柱の影に潜み、見回りをする天使の視界から身を隠す。そして視線が逸れたタイミングで飛び出して、その喉元に飛行三鈷杵の切っ先を突き立てて一突きに仕留めて終わり、素早く別の物陰へと身を隠す。これを数回繰り返せば、敵の索敵網もそれなりに薄くなる。

 後は動くのみ。簡易式神による偵察で階段の位置も、それを守るボス的な悪魔の位置も把握済みだから、最短で行動して敵を潰し突破する。

 

 数の多い天使の群れにマハムドオンを飛ばして一掃し、残る妖魔ビヤーキーや幽鬼グール、邪鬼ディープワンも一緒くたに全滅している中、残っている妖虫クトーニアンの脳天に、召喚した邪鬼ムーンビーストが長柄の槍を突き立てた。悲鳴を上げるクトーニアンが伸ばした赤熱する触手に巻き込まれてムーンビーストが絶叫する中、飛行三鈷杵を飛ばしてその頭部を抉り穿ち、戻ってきた飛行三鈷杵を掴み取って伸ばした光刃で首を斬り飛ばす。

 後は封魔管にクトーニアンを封印しつつ、その背後にあった襖を蹴り開ける。襖を守る守護結界の要となっていたクトーニアンが消えた今、驚くほどあっさりと襖は開き、向こうに安置されていた一枚の黒い鏡。その表面から溢れ出す不定形の悪魔、外道ショゴスが不気味な咆哮を上げる。

 

「こんな状況で罠とか! ええい面倒臭い、国津罪ノ穢レ!」

 

 先制攻撃で大威力の呪殺を叩き込まれたショゴスが絶叫し、その流動する肉塊のような体躯から無数の触手を開放する。軌道も速度もバラバラな打撃は何もかもがランダムだが、それもペルソナ使いの反応速度なら見切るのは難しい事でもない。

 飛行三鈷杵を投擲して触手の数本を斬り飛ばして数を減らし、開いた空間に身体を滑り込ませるようにして回避。顔の傍を通り抜けていく触手の風切り音が生々しく耳元で響くのを無視して、巨大な鉤爪に変形した両掌に呪力を収束させて電光を散らし。

 

「いい加減に死ね、邪魔だ!」

 

 マハジオンガ一発分の電撃と、マハムドオン一発分の呪詛を一点収束、重ねた両掌から叩き込む『暗黒轟雷』。黒く暗く暗紫色に燃え立つ巨大な雷光が至近距離から巨大な肉塊に叩きつけられる。呪殺と電撃に加え、圧縮増幅された熱量は既に万魔の域にまで到達する極大威力の一撃。生々しく肉が飛び散り、弾け飛んでいく肉の一片一片に小さな口が生まれ鋭利な牙を生やしてこちらに敵意を向けてくる、それさえも焼き尽くし死に誘う死の電光。

 ショゴスの消滅を確認して両袖を叩き、両腕に名残りのように散る紫電を散らしてから、足元に転がっていた黒い鏡を拾い上げる。本物か偽物かは分からないが、それなりの力を宿した霊的遺物の類。これはこれで、これから何かに使える、かもしれない。

 

「クトゥルフ系で、ショゴスらしきものが出てくる、黒い鏡。その名前なんて分かったようなものだが……」

 

 封魔管に外道ショゴスの霊基を回収し、鏡にも封魔の札を貼り付けて簡易に封印をこなしてから懐に入れる。これでよし、さっさと行こう。急ぎその場を立ち去る事にする。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 見つからない。次の階層に上るための階段が、どこにも。

 

 こういう時にメディアが傍にいれば彼女の解析能力であっさり道を見つけ出せるものだが、今メディアは地下の攻略に回っているから、無理。苛立ちを押さえながら階層を駆け回るが、それらしいものはどこにもない。腕時計に表示された時刻を確認して舌打ちを一つ。近くの小部屋に身を隠し、周囲に簡易の結界を展開して、ほんのしばしの、しかし貴重な休憩時間を得た僕は、壁に背中を預けて苛立ちが籠った震え混じりの吐息を肺から絞り出した。

 

「落ち着け。メディアがいないからって焦り過ぎだ。ゲームから思考を引き剥がせ。やり方なんていくらでもある……」

 

 そう、やり方なんていくらでもあるのだ。例えば物理的に天井を抉り抜いていく方法もあれば、窓の外に飛び出して直接天守閣に殴り込んでもいい。補給用のカロリーバーを口の中に押し込みながら、ともすれば堂々巡りしかねない思考を無理矢理に進めていく。短い時間で検討し、再考し、手持ちの手札の中から一番無理のない手段を選び出し、リストアップした戦術を決定する。

 同時進行で僕のペルソナ特有の霊基干渉能力で、封魔管から引きずり出した悪魔共の霊基を組み替え、スキルカードを組み込みながら強引な悪魔合体を行っていく。妖魔ビヤーキーと邪鬼ムーンビーストを組み合わせて龍王ペトスーチに、それをさらに邪鬼ディープワンを組み合わせて邪龍ボクラグが完成する。天使プリンシパリティと凶鳥シャンタクで外道スターヴァンプとなり、さらに妖魔ミ=ゴを加える事で、邪鬼イゴーロナクの出来上がりだ。

 一通りの補給と悪魔合体を終えて、さらに思案。思案できる時間は残り十数秒、それ以上は時間の無駄だ。思い浮かんだ適当な思索に最低限の検討を行って、ギリ行けると判断したら即座にその場を飛び出して状況開始だ。小部屋の扉を蹴り破り、その前に屯していた天使とムーンビーストがこちらに気付いて警戒の声を上げるよりも速く、鉤爪に変えた右手を一振りしてその首を斬り落とす。

 

 後は走るだけだ。今は時間が惜しい、足音を潜めるのもそこそこに全力疾走しながら、廊下を走りながら壁に一枚ずつ呪符を貼り付けていく。

 

 そんな事をしていれば当たり前のように見つかって迎撃に出てきた幽鬼グールや妖魔ミ=ゴを適度に斬り殺し蹴り倒して包囲させずに立ち回り、階層全域を一回りしながら要所要所に呪符を配置。そこから伸びた不可視の魔力のラインを掌に集めながら階層全域を駆け回り。

 木目の浮いた廊下を走り、宴席を蹴散らしながら畳張りの座敷の上を土足で駆け抜け、すれ違いざまにディープワンを切り捨てながら黄金色の霞が漂う渡り廊下の上を疾走して、そして。

 

「ようやく、全部回り終わったな」

 

 一面に聖母子像が描かれた金屏風の前で、荒い息を吐いた。周囲には大量の天使、天使、天使、そして神話生物。エンジェルからガグまで、とにかく大量の悪魔がこちらをぐるりと包囲しながら、武器や捕具を構えてこちらに向け、じわりじわりとにじり寄るように距離を詰めてくる。

 どいつもこいつも口から涎を垂れ流して白目を剥きながら、しかしその割に微塵も油断なく統制の取れた動きでこちらを追い込んでくる辺り、さすがは天守閣一歩手前の守備兵力といったところか。だが。

 

「追い詰めた、と思ってるだろ? でも、違うんだなあ」

 

 余裕なのはこっちの方だ。この期に及んで何を、といったザマだが、生憎とこちらもこちらで詰み手を打ち終わったところなのだ。指を一つ鳴らせば快音一つと共にそこから火花が飛び散り、掌に収束させた不可視のラインから流れ出した電撃魔法が、階層全域に仕掛けられた呪符へと流れ込んで起動する。

 メディアのペルソナが持つスキル『ナイス・ショート』を術式化して組み込んだ呪符は、起動に僕かメディア本人が発した電撃魔法を必要とするが、メディアの助けを借りずに異界のギミックを停止させる事ができる優れモノだ。それを階層全体に仕掛ける事で、階層そのものが持つギミックを強制停止させる。追加で仕込んであったファイアブレスの効果も発動し、放電と共に溢れた火炎が階層全体を炎に包み込んだ。

 

 途端に悪魔共が恐慌状態に陥りながら一斉にこちらに向かって襲い掛かってくるが、生憎と遅い。頭上に向かって呪符を放ちつつ、妖獣ヌエの権能を発動させて黒雲と化してその場から逃れ、さらに頭上の呪符を起爆。階層を隔てる壁としての役割を喪い通常の建造物と大差ない強度と化した天井が盛大に崩落する。

 

 空いた穴を抜けて、僕は最後の階層、大天使ヤズラエルが待ち受ける天守閣へと飛び込んでいた。

 

 

 

   ○   ○   ○

 

 

 

 一本道の廊下を進んだ先にあった観音開きの鉄扉を開けた先にあったのは、今までの城内とは一転して洞窟のような空間だった。冷え切った空気が支配するその空間のあちらこちらには無数の棺桶が並べられている。その大半は半ば朽ち果てて崩れ、中に収められていた白骨化した死体が露出しているものも多かったが、中には真新しい棺桶も混じっているのが見て取れる。

 

 メディアとダ・ヴィンチが踏み込んだのは、そんな場所だった。

 

「納骨堂……地下墳墓だね。こんな施設まであるとは……」

「ええ。人間の反応はこの先……いえ、この辺にもありますね」

 

 岩肌が露出した地下墓地の中に等間隔で置かれた燭台に置かれた蠟燭の明かりが、弱弱しく周囲を照らしている。そんな中をメディアは視線を動かして辺りを探る。朽ちた棺桶が並ぶ列の中に紛れている、あからさまに新しい棺桶が幾つか。人間の生命反応が見られるのは、どれもこれもその中からだった。

 

「……どうする? 開けても嬉しいものが入っているとは思えないけど」

「どうするもこうするもこの場合、開けてみるしかないと思いますよ」

「そうだね……」

 

 嫌な予感がする。生きたまま棺桶に詰め込まれた人間など、ロクなものではないだろう。特にメシア教会の領域では。まあ、天使が狂い果て神話生物が跳梁跋扈する今の【聖都天草】をどこまでメシアの領域と呼んでいいかは微妙なところだが、それでも見て楽しいものが出てくるかどうかは全く別の問題だ。

 杖の先端を梃子のように使って棺桶の蓋を開くと、棺の中に横たわっていたのはメシア教会のテンプルナイトの制服を着た人間、おそらくはメシア教会が連れてきた人員だろう。ただ、その首から上だけが棺の中に存在しない。

 

「……これ、首がないけど生きてるよ。たぶん遺体保存……一神教の系統じゃない、エジプト系の術式が使われてるみたいだね。クトゥルフ神話はエジプトとも深い関りがあるから、ここで使われててもおかしくはないけれど」

「確かに。脈もありますし心臓も動いています。……どうしましょう、これ」

「どうするって…………………………本当にどうしようか。持っていくわけにはいかないし、うん、とりあえず置いていくしかないんじゃないかな」

 

 さすがに、これを運ぶなどどう考えても無理だ。首がない以上は蘇生も無理。それ以前にメシアンだから、蘇生したとしても結局敵だ。不可解過ぎる状況に放置していくのも気が引けるとはいえ、だ。

 

「……って、メディア何してるの!?」

「え? 何か持っていないか確認しているだけですけど」

「あー……うん。でも当たり前の顔で言うのはどうかと思う」

 

 メディアは棺の中に横たわる首なしテンプルナイトの制服を漁って、持ち物であったらしきアイテムを淡々と剥ぎ取っていた。手に入ったのは拳銃が一丁と予備弾倉が二つ、いくつかのストーン類と霊薬、護符、それから運転免許とキャッシュカード、クレジットカードが入った財布。財布には現金も入っているが、それも含めて全部持っていく。

 

「あ、こんな場所にももう一つお財布がありますね。こっちは、ああ、小銭入れですか。少額ですけど物理的に頭がない人が持っていても仕方ありませんし、貰っていきましょう」

「…………うん、もういいから、早く行こうか」

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 踏み込んだ天守閣は、驚く程に静かだった。白く、磨き抜いた白骨のように澄み切った白い世界は、天使の図像を描かれた色鮮やかなステンドグラスによって彩られている。列をなして並べられた長椅子の向こうには大きな祭壇があり、そこに安置された杯の上に、“大天使”が浮かんでいる。

 

「…………いや、冗談だろ? これの、コイツの、この邪神のどこが大天使だ!?」

 

 虹色に輝く無数の球体、それを寄せ集めた集合体。三重になった黄金の円環がその周囲を取り巻きながらゆっくりと回転し、本体にして本質であろう球体群とは全く関係なく、そこから伸びる六枚の機械翼が時計じみたリズムを刻みながら規則正しく蠢いている。

 

「大天使ヤズラエル…………ああ、そうとも確かに天使といえば天使! ジョン・ディーが翻訳した魔導書ネクロノミコン英語版において、既存の神話に無理矢理当て嵌めて解釈されたがために天使として語られた……その実態は邪神ヨグ=ソトース!」

 

 厳密には、その数ある化身の内の一つ、といったところなのだろう。それを大天使として召喚したのは大したものだが、しかし、それをやる意味は分からん。金環に取り巻かれた虹色の球体群はただ、こちらを見透かすように、見定めるようにじっとこちらに静かな視線を送っている。

 その球体群とは対照的にヤズラエルという悪魔を構成する天使としてのパーツ、三本の金環がひとりでに回転し、接続された機械翼が無数の金管楽器を同時に吹き鳴らすような異様な稼働音を上げて敵意を示す。機械的であっても放たれる敵意と悪意は紛れもなく、展開する翼から放射される閃光を回避せずにその身で受ける選択肢などありはしない。

 

「っ、結局戦闘か! これだからメシアンは!」

 

 舌打ち一つ、胸元に直撃する閃光を、手元の三鈷杵を振って弾いて散らす。磨き抜かれた純白の床を蹴って加速、一歩、二歩、額を抉り抜く軌道を奔る光条を身をかがめて潜り抜け、さらに連続して床を蹴りジグザグの軌道を刻んで加速を繰り返す度に、足を殴り付けるような反動が走り抜けていく。

 閃光が描き出す弾幕のムラを最速で見抜き、直撃ルートの攻撃のみ弾きながら突き進む。ゲームじゃないのだから弾幕を上手く隙間を読み切れば全弾躱し切れるなどという温情もなく、絶対回避など許さない詰め将棋にして詰み将棋。だから重要なのは適切な防御と、そして反撃。

 

「マカーブル、マタドール!」

 

 敵の直近に召喚される二体の仲魔が振るった斬撃が銀弧を描いてヤズラエルを取り巻く金環に直撃し、鋭い金属音を二重に鳴らして火花を散らす。即座に反撃の熱線が照射されるものの、その瞬間に既に二体は送還し、封魔管に再格納されている。

 仕方ないとばかりに連射されてくる閃光は全てこちらを狙ったものだが、狙う対象を増やした分だけ連射の勢いは緩く、そして追撃として頭上に召喚されたアンズーの存在を見落としている。叩きつけられる衝撃魔法を食らってその幾何学的な全身を大きく揺らすヤズラエルに向かって、瀝青色のオオトカゲの姿をした邪龍ボクラグが突貫する。

 放たれた大質量を処理するべく放射される電撃魔法を耐えながら突き進んだボクラグの大質量がヤズラエルに直撃し、その重量を受け止めた機械翼が悲鳴のような軋みを上げる。

 

「そこだ、まずは一本!」

 

 ファイアブレスの炎を目くらましに黒雲と化して高速移動、同時に再召喚されたマカーブルが振り落とした大鎌の切っ先が機械翼の根本へと撃ち込まれ、金属が弾け飛ぶ音を立てて、三本の金環の内の一本が弾け飛んだ。内包された虹色の球体群が収縮する心臓のように強烈な脈動を放ち、一回り大きく膨れ上がり、内側から金環を圧迫する。

 金環による制御が一段階外れた事により、ヤズラエル自体の存在強度も一段階跳ね上がり、それに耐えかねるように激しく乱回転を始めた残る二本の金環に引きずられるようにして、そこから生える機械翼が狂ったように回転し、その勢いにギアが乗っていく。第二ラウンドだが、ここまではチュートリアルみたいなもの、本番はここからって事か。

 

「さて、頼むから一筋縄で行かせてくれよ……!」

 

 金環の内側で脈動する球体群から数個の球体が放出され、それをコアにして機械翼から投射された機械部品が高速で組み合わさって頭部や手足を構築、新たな形態を形作る。ヒトやケモノを象ったそれらに一つとして同じ形態を持つものは存在しないが、しかし一様に純白の翼を背に広げ、判で押したように同一の機械的な敵意を向けてくる。

 アナライズで、それぞれの名を読み取れる。ラクダを模した真鍮色の機械仕掛け『天使ゴモリ・ハレル』。ミノタウロスのような巨体の機械兵士『天使ザガン・ハレル』。王冠を被った機械人形『天使シトリ・ハレル』。鉄冠を戴いた赤い機械騎士『天使エリゴル・ハレル』。無秩序に寄せ集めた機械部品の集合体『天使ウアル・ハレル』。

 試しにマハムドオンを放ってみるが、揃って呪殺反射耐性を完備しているらしく即死は効かない。呪殺貫通スキルこそ持ってはいるが、反射耐性を貫通できるような霊格には未だ届かない僕では、コイツらに即死を通すのは無理。

 

「クトゥルフ神話に取り込まれたソロモン七十二柱────ヨグ=ソトースの球体従者! それを天使の姿で呼び出した……だがどうでもいい、まずはオマエから死ね!」

 

 だから機械型の天使共が動き出す前に、真っ先に狙うのは赤の機械騎士エリゴル・ハレル。その眼前に魔人マタドールを高速召喚、真紅のマントが翻り、髑髏顔の闘牛士が神速の剣戟を見舞う。超速での複数行動を可能とする獣の眼光からのチャージ、そしてマタドールの最大奥義である血のアンダルシア。超高速の連続突きを最初は的確な動きで捌いていたエリゴル・ハレルだが、やがてマタドールの剣戟速度に対処しきれなくなり、その半身を深々と抉り取られ。

 同時にそれを援護しようと動いたザガン・ハレルとシトリ・ハレルにはクリス・ザ・カーを召喚して叩きつけ、残るゴモリ・ハレルとウアル・ハレルにはイゴーロナクを召喚して牽制し。

 

「畳み掛けろ、アンズー、バフォメット、ボクラグ!」

 

 そうしてエリゴル・ハレルへと残る攻撃力を集中させる。追加で召喚した悪魔からの魔法による十字砲火で動きを止めたところにボクラグの放ったアイスブレスが直撃、ついにはその装甲を弾け散らして半壊し、露出した虹色の球体へとマタドールがサーベルを突き立てて完全破壊する。

 エリゴル・ハレルのベースになったソロモン七十二柱エリゴールは武勇に優れ、さらには未来視の権能を持つという厄介極まりない相手。何が何でも真っ先に倒しておく必要があった。だが、それもここまで。

 

「残り四!」

 

 空の封魔管にエリゴル・ハレルの霊基を格納すると同時にザガン・ハレルの巨躯に受け止められたクリス・ザ・カーの側面ドアが展開し、そこから溢れ出す外道ショゴス。ネットのように展開した不定形の肉塊により拘束されたザガン・ハレルの右腕が複雑に変形して巨大なチェーンソーが展開、肉塊で編まれた網を引き裂こうとするが、それも既に遅い。

 

「ダブル自爆だ、死ね!」

 

 クリス・ザ・カーと外道ショゴスが揃って自爆。至近距離での二重爆発を総身で受けたザガン・ハレルが半身を失い、抉り取られた断面から火花を散らして悲鳴を上げる。それをバックグラウンドに突撃してくるゴモリ・ハレルを回避し、頭上に陣取って衝撃魔法の爆撃を降らせてくるウアル・ハレルを踏み台にして跳躍。

 追撃してこようとするウアル・ハレルの脳天に突き立った飛行三鈷杵がその刀身から電撃魔法を解放して動きを抑え込むのを背景に妖獣形態に変化、掌に収束させた呪詛と雷撃の塊を叩き付ける暗黒轟雷を傷口から露出したコアに直撃したザガン・ハレルが、半壊したコアから無数の機械部品を脱落させながら分解、消滅する。呪殺と電撃の複合属性の一撃は呪殺・電撃双方の高揚系スキルが乗る割に、双方に耐性がなければ普通に貫通できるようだ。

 

「これはいい事を知った! 残り三!」

 

 その後を追ってゴモリ・ハレルが連射してくる爆炎に邪龍ボクラグと邪神イゴーロナクを盾に防ぎ止め、凶鳥アンズーの背に乗って再び最前線に躍り出る。耐え切れなくなったイゴーロナクが悲鳴を上げて焼け落ちていきながらも放射したテンタラフーで身動きが止まったウアル・ハレル、そこに渾身のファイアブレスを叩き込んで表層の機械部品を散らし、そこに向かってアンズーが衝撃魔法を連射。見た目の割に痛覚があるのか甲高い悲鳴を上げて悶えるウアル・ハレルに圧し掛かるようにし、食いしばりで耐え切った邪龍ボクラグがメガトンプレスを発動する。

 とうとう耐え切れなくなり圧壊していくウアル・ハレルのコアが唐突に赤熱し始めたのに嫌な予感を感じて懐から取り出したマハブフダインストーンを弾いて飛ばす。それが炸裂して極低温の煙霧が振り撒かれるのに一拍遅れ、ウアル・ハレルが自爆を発動。

 

「残り二、さすがはブスジマ製のストーン、いい仕事をしてるな!」

 

 冷気吸収の耐性で回復した分の体力で自爆を耐え抜いた邪龍ボクラグが僕の上げた快哉に応えるように、爆炎を引き裂いて飛び出し、ゴモリ・ハレルへと強烈なアイスブレスを吐き掛けた。半身を低温の霜で覆われ苦悶の声を上げながらもゴモリ・ハレルが放つ反撃の爆炎を受けて、今度こそマグネタイトの粒子に分解し崩れ落ちていくボクラグの巨体を盾に接近したマカーブルが大鎌を振るってその胴体を深々と切り裂いた。

 そこに向かってカバーするように放たれるシトリ・ハレルのザンダインを、直前に召喚した妖魔ビヤーキーが盾になって弾け飛び、庇われた事にも構わず転進したマカーブルはゴモリ・ハレルに向かって大鎌を振り下ろす。その一撃で遂に露出したコアに向かって、妖虫クトーニアンが触手を伸ばして喰らいついた。

残っていた下半身を変形させて腕を再構築したゴモリ・ハレルがそこからの爆炎を放射するが、生憎とクトーニアンは火炎吸収耐性持ち、回復はしても傷は負わず、悲鳴を上げるゴモリ・ハレルのコアが潰れていく。そこに向かってシトリ・ハレルが巨大な鉤爪を伸ばした両腕を振るおうとするが、そこに召喚したマタドールが縦横に振るったサーベルがその連撃を受け流し。

 

「残り一!」

 

 背後でゴモリ・ハレルのコアが砕け散る甲高い破砕音を聞きながら妖獣形態に変化、シトリ・ハレルへと飛び掛かる。王冠を被った人型人形であるシトリ・ハレルは自身の胸元に手を突っ込んでそこから無数の歯車を繋げたような異様な形状の長剣を引き抜き、こちらに斬り掛かってくる。チェーンソーのような駆動音を上げて回転する歯車群で構成された刀身を飛行三鈷杵の光刃で下に叩きつければ、床と接触した歯車の刀身は案の定チェーンソー同様の切れ味で床を抉り斬り、無数の破片を散らしながら深々と食い込んでいく。

 そうやって武器を押さえている間に一直線に駆けた魔人マタドールのサーベルがシトリ・ハレルの体躯に無数の斬線を走らせ、露出したコアにアンズーの放つ衝撃魔法が直撃、砕け散ったコアと共に最後の球体従者が消滅していった。

 

「最後!」

 

 自身を守る配下を全滅させられたヤズラエル本体を囲う金環に向かって飛行三鈷杵を叩きつけると、残る片方の金環が弾け飛んで、同時に環の内側、虹色の球体群が大きく膨らんで鼓動を鳴らす。膨れ上がる球体群に圧迫され、弾け飛びそうになりながらも回転軸を乱雑に揺り動かしながら乱回転する金環が軋り狂うような耳障りな稼働音と共に機械翼を広げ、その下から無数の触手が溢れ出して蠢き始める。

 ヤズラエルから溢れ出した魔力の圧に耐え切れず天守閣大聖堂は内側から吹き飛び、砕けた天蓋から大天使ヤズラエルは【聖都天草】の空へとゆっくりと浮かび上がると、砕けた機械翼から溢れた泥のような粘液を垂れ流し、それが足元で集合して、大雑把なヒトガタを作り出す。

 まるで粘塊の巨人。その粘液の体表の下には無数の触手が蠢きながら筋肉の代わりを果たし、最後の形態ともいえる毒々しい姿と化した大天使ヤズラエルは、膨れ上がる球体群を最後の金環で辛うじて押さえつけながらも攻撃態勢を取り、霧笛のような咆哮を上げた。

 

 

 

   ○   ○   ○

 

 

 

 地下墳墓全域に鈍い震動が走り、天井から散った砂埃が落ちて一拍遅れ、墳墓の薄暗い空間全てを揺り動かすような絶大な爆音が響き渡る。万魔の域にまで到達した極光が巨大な光の柱となって地下墳墓を薙ぎ払い、地形を半ば抉り取って突き抜ける。

 戦闘の中でメディアが習得していた魔法『メギド』は彼女の成長の結果その位階を一段階引き上げ、『メギドラ』へと向上していた。その効果は単純な破壊力の上昇、飛躍的に跳ね上がった万能属性の一撃は絶大な破壊力でもって、戦っていたメシア教の神父の身体を吹き飛ばしていた。

 

「っ、ちょっとちょっと、やり過ぎだって! やり過ぎ! あっぶないなー、もー!」

 

 そんな様を見やり、巻き添えで散々埃を被る羽目になったダ・ヴィンチの腕には、間一髪で確保したワークステーションの筐体が抱えられていた。その外装にはあちこち大きく亀裂が入り、高熱に晒されて一部は融解すら始めているものの、まだまだハードディスクは無事であるらしく小さく不安定な、しかしはっきりとした稼働音が聞こえてくる。

 舞い上がった埃を吸い込んでゲホゲホと咳き込んだダ・ヴィンチ本人はほぼ無事だが、戦闘中の神父の攻撃を浴びて背負ったランドセルから伸びる機械腕は片方が根元からへし折れ、もう片方も装甲の一部が深々と抉り取られ、内部構造が剥き出しになっている。

 やれやれ、と肩をすくめたダ・ヴィンチが半壊した機械腕をパージすると、ランドセルから切り離された機械腕は重々しい音を立てて床に落ちた。式神用のコアを組み込まれたこの機械腕はそれ自体がダ・ヴィンチの意志で稼働する式神のような代物で、コアはランドセルの側にあるから修復は可能だが、兵装としての機能の大部分はアームそのものに集約されているからダ・ヴィンチの戦力低下は否めないし、修理の手間や費用だって相応に掛かる。

 

「マスター君とちょっと別行動しただけでこれかあ……今の私じゃこれが限界、と。仕方ないけど、修理が大変だなあ……」

 

 アームを犠牲にしなければ代わりに胴体と頭が抉り取られていたところだが、それを理解していてもぼやかずにはいられない。だが、それをしただけの価値はあったと思いたい。見れば、戦っていた相手も死に体だ。ワークステーションを利用して召喚しようとして失敗した元大天使のスライムと半ば融合した事で獲得した巨体はその体積の半分を抉り取られ、残る半身には無数の杭槍が突き立って、その身からマグネタイトを搾取し続けている。

 もう一体の大型戦力だった邪神ハイドラはといえば、その粘体状の巨体に接続していたテンプルナイトたちの生首を根こそぎ潰され、生きたままの彼らの脳髄に電極を繋いでいたワークステーションを引き剥がされた事で実体化する力を失い、半ばスライムと化しながらその身をマグネタイトの塵へと分解させつつある。

 

『ア……アァ…………カミ、よぉおおおおおお……かみ、よ……ナ、ゼ』

 

 ずりずりと地下墳墓の地面を這いずりながら逃走しようとする神父だったモノだが、その速度は虚しい程に遅い。ドロドロに溶けた金色の流体から無秩序に生え出した無数の翼が乱雑に蠢くが、最初の内は無数の刃と化して荒れ狂ったそれらも攻撃手段としての力を失い、最早まともに動く事もない。ダメージよりも何よりも、マグネタイトが致命的に足りていない。

 

「終わりですよ、これで」

 

 メディアがリカームを発動させて、戦闘中に自身を庇って戦闘不能になったアガシオンを蘇生させる。治癒の燐光の中から飛び出してきた紫色のアガシオンは、足元から突き出した杭槍の一本を引き抜くと、それを十字架型の大盾に仕込まれた大型弾倉の中に装填し、神父だったものの粘体状の体表に人間性の名残のように残っていた顔へと突き付ける。

 

『オオォオオオオオオっ、聖なルカナ、カみ、かミヨ、おおおぉおおおおおおオ、かみ、の名ヲ、たタえヨぉおオおおおおおお! ヰグナヰイ! いぐないゐ! いあ、イア、ハレルヤァアアアアアアアアアアア!! エイメン! えイめん! エぇええええいめぇえええええええええぇええええん!!』

「ナスビちゃん、黙らせてあげてください」

「……ナ!」

 

 重々しく砲声が響き、撃ち出されたパイルバンカーが神父だったものに唯一残されていた人間の脳髄を撃ち抜くと、存在の要を破砕された天使モドキのスライムはそのまま力なく崩壊し、マグネタイトの塵と化して完全に消滅した。杭の装填機能はダ・ヴィンチによる迷宮攻略中の即席の改造だが、思いの外強力だ。

 同時に、これまでの戦闘の余波に地下墳墓の構造が耐え切れなくなったか、墳墓全体に響き続けていた地震のような細かい震動がとうとう本格的になり始める。頭上から細かい砂のような塵が散り落ち始めて、いよいよ崩落も間近といったところか。

 

「はぁ……とりあえずこのワークステーションを確保したから最低限の仕事はしたといえるけど……近くにファイルとか紙の資料なんかは…………」

「ダ・ヴィンチ、それより早く脱出しましょう!」

「ああ待って、お願いせめてそこのデスクの残骸だけでも調べさせて!」

「もう! あまり時間は掛けられませんよ!」

 

 半壊したデスクからはみ出したファイルやメモ用紙の束を適当に引っ張り出し、アームをパージした事で開いたランドセルの空きに大急ぎで詰め込んでいく。どれがどんな資料とか、資料の中身や順番はこの際無視するしかないが、それは仕方ない。床に落ちている分も、大半は捨て置くしかないだろう。

 

「もう限界です、行きますよ! ナスビちゃん、お願い!」

「ナ!」

「待って待って、せめてそこの紙一枚!」

 

 背中からメディアに抱き上げられたダ・ヴィンチが手足をばたつかせて悲鳴を上げるのに一拍遅れて、アガシオンが逃走用のトラフーリを発動する。転移魔法を数回連打して、仲魔を引き連れたアガシオンは最小の時間で地下墳墓から撤退を開始した。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 【聖都天草】の天守閣が崩壊していく。それより先にメディア達は脱出したようだから大丈夫だろうが、問題は目の前だ。浮遊する虹色の球体群と、それを締め付けるように拘束する金環。あれは本来の神格を拘束して『大天使』という型に嵌めるための型枠のような代物であり、拘束されたヨグ=ソトースの霊格が持つ意志とは関係なく稼働する……要するにあの金環そのものが“大天使ヤズラエル”であるともいえる。

 そんな三つあった金環の内の二つが砕けた結果、拘束が緩んで本来の神格に近付きつつあるのだ。結果、レベルが跳ね上がり、本来なら“大天使”の状態では使えなかったスキルや権能をガンガン使ってくるようになる。具体的には、だ。

 

「っ────ええい、洒落にならない!」

 

 たとえば水面に小石を撒き散らして無数の波紋が生まれるように、虹色に輝く光輪が幾重にも連なって展開、内側に無数の星々を抱いた闇を垣間見せる光輪の内側から、玉虫色の輝きを撒き散らしながら無数の触手が溢れ出してくる。

 もはや大瀑布の決壊にも等しい勢いで流れ出してくる『狂乱の触手』を、アンズーの背中に乗って高速機動で振り切りながら反撃を叩き込む。僕からはジオンガ、マハジオンガ、ファイアブレス、頭上に浮かべたペルソナからは拡散閃影殺、時折ネクロマで蘇生させたクリス・ザ・カーを落下させてそのままメガトンプレスからの自爆。加えて随伴させたバフォメットからもテンタラフーやマハラギを飛ばし、アンズーからもザンマやジオンガを撃ち込ませ。

 

 それでも届かない。

 

「触手の密度が高過ぎる! しかも近づけないとか!」

 

 アホみたいなクソゲーだ。弾幕ゲーの敵弾の一発一発に当たり判定があって、攻撃が敵まで届かない。その上で乱射されてくる攻撃にはある程度の誘導性能があって、多少有利な位置を取った程度では回避できない。前後左右上下とにかくありとあらゆる方向に連鎖的に出現する光輪から次から次へと触手が溢れ出し、こちらを捕えようと襲い掛かってくる。しかも時折濃密な触手の幕を貫いて飛んでくる白銀の極光は極大威力の万能属性『時の車輪』、触れれば必滅必至の時空崩壊攻撃は、メギドラオンの倍以上にも及ぶ出力を誇る単純極まりない超火力砲撃だ。

 

「ちょっと最終形態だけインフレし過ぎじゃないですかねえ! もうちょっとゲームバランス考えろってのクソゲーが!」

 

 触手の幕を突き抜けてくる時の車輪、極太の極光を回避し、濃密な弾幕にその一瞬だけ開いた孔に向かって暗黒轟雷、収束させた呪詛と雷撃のミックスを叩き込むが、ほとんど効いている様子がない。習得仕立てでまだまだ収束が甘い一撃は、やはり至近距離から叩き込まなければ火力不足だ。

 しかも中央の球体群に何度もぶち当たりながらその度に軌道を変え乱回転を続けるヤズラエルの金環に無数の電光が散り、粒子加速器のように膨大なエネルギーを流動させながら、ところどころ火を噴き掛けた機械翼へキチガイじみた量のマグネタイトを収束、投射される一撃は空間すら歪曲させ襲い掛かる万能即死『マルチディメンジョン』。

 加えて頭上から襲い来る膨大な量の隕石の乱打『アステロイドボム』までが追加されるとなれば洒落にならない。トラフーリを発動して空域から一旦離脱しようとするも、空間操作の権能で抑えられているらしく転移ができない。

 

「時間に加えて空間まで好き放題に操るか! まあ当然と言っちゃ当然か!」

 

 なら。

 

 手持ちの札でどうにかするなら、どうするか。

 

「そりゃ、追加で覚醒イベント行っとくしかないよなぁ!」

 

 覚醒、と言えるほどのものかどうかも分からないけど、理論だけは存在していて、しかし試した事のない技。その力、その術を求めて、全速でアンズーの翼を羽ばたかせながらも自身の魂の裡の深奥へとさらに深く深く潜り込んでいく。

 

「デビルシフト────さらに、その上にデビルシフトだ!」

 

 妖獣ヌエの霊基に宿る“正体不明”という権能を拡大解釈、そのカタチを泥のように溶融・塑造させ、そこに新たな霊基を叩き込む事で、ヌエの性質の上にさらなる悪魔の特性を発動する。おそらく相性の良い悪いはあるけれど、しかし。

 

「相性のいい悪魔なら、最初っから手持ちにいるからな! なあ、アンズー!」

 

 妖獣ヌエと、凶鳥アンズー。猿虎狸蛇、そして獅子と猛禽。二つのキメラが溶け合って絡み合い、妖獣ヌエというカタチの上に新たな形態を作り出す。背中には猛禽の翼、猿の頭部の横にはさらにもう一つ、獅子の頭部。凶鳥の翼を得た妖獣の姿となって、僕はさらなる自由度を得た飛翔能力で触手の合間を突き進んでいく。

 空間それ自体を押し潰すように圧倒的な物量で溢れる触手を回避回避回避、加速を繰り返して空を突き抜ける。空中を地上と同様に駆ける事ができる権能がヌエの飛行原理なら、嵐や雷雲そのものを象徴する凶鳥の翼は空に在り、空を駆けるという概念そのもの。その翼が生み出す加速は慣性や空力特性などといった物理法則を完全に無視した暴風そのものと化す権能、そこに時折ヌエの四肢で空を蹴っての急激な方向転換を加え、空間を突き進んでいく、が。

 

「マズった!?」

 

 一ミス。脇腹の下を突き抜けていく触手を避けてわずかに上昇した一瞬の隙、左右から挟み込むように襲い来る触手を躱し切れない。単純極まりない圧倒的な物量は緻密な計算などなくとも狂気的な回数の回避をこちらに強要し、たった一度のミスが被弾に繋がり、それが次の回避を不可能にして、絶望的なまでの多段攻撃で押し潰す絶命必至。

 それを防ぎ止めたのは一発の弾丸だ。既に存在すら忘れていた味方、【聖都天草】南方を治める結界塔、その最上階に陣取った少女が巨大な狙撃銃を構えて撃ち込んだ一弾、安定脚代わりに銃口下部に展開した大鎌の刃と、その両脇から広がる安定翼代わりの深紅の翼が超精密な狙撃を可能とし、一本の触手に大威力の弾丸が着弾、その衝撃にズレた軌道が生み出したわずかな隙間に翼を滑り込ませ、次の回避を可能とする。

 

「あれはシノアか……そうか、そうだな! 一人で戦ってるとか、俺一人が世界を救えるだとか、そういうアホな勘違いは論外だ!」

 

 先程を上回る勢いで溢れ出す触手の渦はさらに激しさを増し、さらにその中心に坐するヤズラエル本体は既に次の大技のチャージを始めているが、最早焦りは存在しない。襲い来る触手の渦に、僕の後方から撃ち込まれる魔法の連射、火炎、衝撃、氷結、電撃、四属性バランスよくしかも的確にこれだけの距離を撃ち込んでくるのは鈴木さんの仕業、多数の触手に確実に当ててくるのは多分、回避不能の呪詛に属性魔法を上乗せするとかそういうインチキだ。着弾する魔法の連打はヤズラエルそのものに対するダメージにはなり得ないが、その衝撃で触手を吹き飛ばし、その軌道を逸らす事で回避を容易にしてくれる。

 そしてヤズラエルのチャージが完了、渦巻く触手の弾幕を引き裂くようにして凶悪極まりない万魔の極光、時の車輪による砲撃が放たれる。その一瞬を狙っていたのが、東塔で構えていた霊視ニキだ。遥か彼方の的に狙いを定めて強弓のように背中まで引き絞られた剛拳の上には、彼の式神である鎧姿の少女が器用にバランスを取って立っており。

 

「じゃ、行ってくるぜ相棒!」

「おう、派手にやってきな!」

 

 大気を穿つ爆音、余波で結界塔の壁半分が吹っ飛ぶ馬鹿馬鹿しいまでの威力の巨拳をカタパルト代わりにして、式神の少女が撃ち出された。突き出される拳の一撃に合わせ、タイミングよく発射台と化した拳を蹴り飛ばして爆発的な初速を獲得、そのままロケットのように飛翔しながら、さらに後方から龍神セイリュウに化身したヤンが放つ衝撃魔法を足場代わりに空中を駆け抜け、時の車輪が引き裂いた弾幕の隙間を一直線に突き進み、ついでで左右の触手を滅多切りにしながら突き進んだ式神モードレットは赤雷を放つ長剣の一撃を叩き込む。

 

「おら、盛大に暴れに来たぜ。歓迎しな!」

「待ってました! この場合、霊視ニキとモードレットのどっちを褒めるべきかな」

「へっ、両方だろ迷ってんじゃねえよ」

 

 斬撃というよりは衝撃、ヤズラエル本体を中心に周回する金環全体に激しい衝撃が走り、甲高い軋りを上げて回転速度を増した金環に剣そのものは限界を迎えて刀身が砕け散るものの、それにも怯まずに凶暴な笑みを浮かべたモードレットは握り締めた拳を叩きつける。

 悲鳴のような駆動音を上げて機械翼を振り回したヤズラエルに軽く吹き飛ばされるものの、その時には既に背後から飛来した謎の凶器、長い棒の先に肉球グローブが取り付けられた形容しがたい槍っぽい武器を装備し直したモードレットは再び攻撃態勢に入っており。

 

「行くぞオラァ!」

「はいよ了解!」

 

 ここまで近づければこっちのものだ。狙いが二分された事で弾幕の密度も半減、敵本体も攻撃圏内。なら倒せない道理なんざ存在しない。渦巻き襲い掛かる触手の合間を縫って飛びながら、魔法魔法射撃魔法、突っ込んで暗黒轟雷、それから牙爪。

 同様に、こちらは相手の触手それ自体を足場に跳躍を繰り返しながらモードレットも謎凶器を振り回して斬撃斬撃拳斬撃、時折離脱に合わせて蹴り、そして再び距離を詰めての斬撃斬撃。全方位に放出される熱線を回避して一歩下がったタイミングでヤズラエルの金環に膨大な魔力が収束し、しかし同時に遠方から放たれた鈴木さんの魔法が着弾、今度は四属性どころか万能属性、多分メギドの一撃で金環の一点にわずかな罅が入り、乱回転する金環が金切り声を上げて触手を振り回すものの。

 そこに向かって降り注ぐのは無数の槍モドキ。北の結界塔の屋上に腕を組んで立つ藤村さんの背後にずらりと並んだ虎のキグルミ達が、相変わらずの変な肉球槍を一斉投擲して、荒れ狂う触手の乱打を相殺していく。彼らは元より南米神話のジャガーマン、投槍の扱いは大の得意だ。自身も渾身の力で槍を投げ放った藤村さんがこちらに向かって得意げに親指を立てると同時、機械翼の一本に藤村さんの槍が着弾、その動きを一瞬停止させ、その隙を突いてモードレットが自身の肉球槍を一閃。

 

「まずは一枚、いただくぜ!」

 

 瞬間的に火花が弾け、砕けた機械翼の破片が飛び散った。モードレットが凶暴な笑みを浮かべて金環を蹴り飛ばし、それと同時進行で地上から閃光が走る。可変型機構盾『オルテナウス』を狙撃砲に変形させたアガシオン『ナスビ』が、触手の隙間を縫ってヤブサメショットを叩き込んだのだ。それを可能にしたのはメディアのペルソナ『ナコティック』による精密測距と、ダ・ヴィンチの演算能力による弾道計算。驚いた事にその弾丸は幽鬼クドラクが使っていた杭槍であるようで、超音速で放たれた規格外の弾頭は鈴木さんの魔法によって入った金環の亀裂へと直撃、そこから根元を抉り抜かれ、激しい火花を上げて二枚目の機械翼が耐久の限界を迎え吹き飛んだ。

 悲鳴を上げたヤズラエルの金環が僕の頭上に光輪を広げ、その内側から大量の触手が溢れ出すものの、そこに彼方から飛来した大鎌の刃が一閃、二閃、あるいは数え切れない程に。一呼吸の合間に放たれる超高速の連撃でもって触手を刈り払ったのは、足元への口寄せを連続で繰り返したアガシオンを足場にして空を駆けてきたシノアの振るう大鎌式神スペシネフ。

 

「可愛い後輩が助けに来ましたよ、先輩! 感謝してくださいね」

「ああ、後で返すさ!」

 

 語尾にハートが飛びそうな甘ったるい声音で告げる少女の言葉に手短に返し、敵の一手を潰して彼女が稼いだたった数瞬を、一直線に駆け抜けてチェックメイトを取りに行く。妖獣の脚と凶鳥の翼、その双方を全力で動かしながら、さらに重ねて悪魔変身を上乗せする。

 追加するのは外道クリス・ザ・カー、妖獣形態の全身が鋼鉄の装甲に覆われ、それを持って我が身それ自体を砲弾として叩き込む。その突撃に耐え切れず、最後の金環が激しくひしゃげた。その上からマタドールとマカーブルを追加召喚して斬撃を叩き込み、駄目押しをくれてやり。

 

「これで、最後だ!」

 

 妖獣形態を維持し切れなくなり、怪物的なまでに肥大化していた巨体がマグネタイトの塵に溶けて解けていく。その中から一直線に飛び出し、その手に握り締めた飛行三鈷杵に最後の全力を叩き込む。振り下ろした三鈷杵の鉤爪が金環へと叩きつけられ、今度こそそれに耐え切れず、最後の金環が砕け散る。

 落下していく自分の身体を、口寄せスキルで自分の傍へと引き寄せたメディアが抱き締めるように確保。そのままメディアは同様に口寄せされたアガシオンを足場にして飛び降り、そのまま地上に着地する。その後を追ってモードレットとシノアも地面に降りてくる。

 

「……これで、終わりですか?」

「ああ、終わりだ。もうあの元ヤズラエルに、僕達と戦う理由も、この異界にこだわる理由も、地上に留まる理由も存在しない」

 

 最後の金環を喪った事で本来の霊格を取り戻した『邪神ヨグ=ソトース』。浮遊する虹色の球体群が溢れる光を振り撒きながらその形態を変容させる。異界の空を大きく区切るようにして出現するのは、表面に底知れない闇を貼り付け、その中に数知れない星々を散らした巨大な扉だ。それが音もなくゆっくりと開くと、認識できないその向こう側に無言のまま佇んでいるのは分厚い衣で全身を覆った人型のナニカ。

 

「ヨグ=ソトースの化身────あらゆる時間・空間に通じる窮極の門と、その門番にして導き手タウィル・アト=ウムル、か」

 

 それが手を開くと、そこに生まれた虹色の球体が一つ、シャボン玉のように空中を漂いながらこちらへと流れてくる。メディアに肩を支えられ立ち上がった僕が反射的に手を伸ばして掴むと同時、扉は閉ざされ、そして跡形も残さず空気に溶けるようにして完全に消滅した。

 それとほとんどタイミングを合わせるようにして、四神相応の結界が異界のリソースを喰い尽くしたようで、異界そのものがゆっくりと消えていく。

 

「時間、か。本当にギリギリだったな。とりあえずさっさと脱出しよう」

「そうですね。確か脱出用のトラエストーンは確かこっちのポケットに入れていたはずですけど……あ、やば! 壊れてますよコレ!」

 

 腰のポーチからストーンを取り出そうとしたシノアが、慌てたように声を上げる。懐から取り出したストーンは、どう見ても見事に砕けて使い物にならなくない。

 

「おい、どう考えてもヤバいだろ、それ! どうする、こっから走って間に合うか!?」

「私の足で皆を引っ張れば、どうにか一人くらい……」

 

 思わず顔を蒼褪めさせるシノアの頭をぽんぽんと叩き、大丈夫だと一言告げる。メディアのペルソナであれば、レーダーで捕捉している限りの全員を即座にまとめて外に転移させる事ができる。

 

「じゃあ、普通に脱出できるって事ですか!? メディアちゃん有能!?」

「ま、そういう事。メディア、他の面子はレーダーには?」

「はい、皆様全員を捕捉済みです。心配しなくても、確実に脱出できますよ」

 

 だからといって、メディアが死ぬ危険性を考慮すれば予備の脱出アイテムを持ち歩かない理由にはならないのだが。ともあれ、メディアの頭上に円盤型のペルソナ『ナコティック』を浮かべ、その力を発動させると、その場にいた全員が、そしておそらくはレーダーに捕捉されている遠方の他の味方も、薄青いマグネタイト光に包まれる。

 

「じゃあメディア、任せたよ」

「はい、マスター。お疲れさまでした」

 

 そうやって転移が発動する直前、僕は崩壊していこうとする【聖都天草】を仰ぎ見た。総じて死ぬほど大変だった一仕事だが収穫はあったし、それなりに思うところもあった。だが、それもこれで終わりだ。そんな感慨を残して、僕達は眩しい転移光に包まれた。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 空が、青い。

 

 最初に目に入ったのは、その事実だった。異界から解放されて仰ぎ見る外の世界は、驚くほどに静かだ。少し耳を澄ませれば、遠くからは町の生活音に紛れて海から来る潮騒が響いてくる。頬を撫でていく穏やかな微風が心地よい。

 異界【聖都天草】から脱出した僕達は、聖都異界の起点になっていた原城址にいた。人間も式神も等しく疲労困憊、体力を使い果たして、思い思いの姿勢で体を休めている。それは僕自身も同じ事で、近くの木陰に背中を預けたメディアの膝を借りる形で地面に直接寝っ転がっている。

 

「皆さん、全員揃っていますね!? アルベド、ちゃんといるな! 誰か欠けていたりはしませんか!?」

「あー鈴木君、それっていない人は返事できないパターンだにゃー……」

 

 悪魔変身を解除してビジネススーツ姿の鈴木さんの声を受けて、足りない相手がいないか周囲を見回してみる。僕の隣にメディア。そこに寄り添うようにしてダ・ヴィンチ。その隣にシノアもおり、ぐったりと地面に伏せている。すぐ近くにはルビー、ワイス、ブレイク、ヤンと式神たちは全員揃っているようだ。鈴木さんとそのパートナーのアルベド、藤村さん、霊視ニキとモードレット。

 よし、突入メンバーは全員揃っている。問題ない。

 

「あー……もう一歩も動きたくねえ」

「同感です。しばらく、このままで……」

 

 地面にべったりと座り込んだモードレットと、上体を起こしたシノアが互いに背中を預け合うような格好でぼやき声を上げる。どちらも最終戦で大天使ヤズラエルと相対したメンバーだ。その疲労度は推して知るべしだろう。

 精魂尽き果てている二人の様子を見て、とりあえず僕は腰に付けた多機能ポーチの中を漁る。良かった、目的のブツはまだ残っているようだ。

 

「カロリーバー、まだ一パック残ってるけど、二人とも食べるか?」

「おう、サンキュ。じゃ、頂くぜ」

「ええ、ありがとうございます。いただきます」

 

 余っていたガイア製カロリーバーを二人に手渡す。一パック二袋、一袋につき中身は二本。味と回復効率は毎度お馴染みガイアカレーに劣るものの、曲がりなりにもその原型になった回復食品だ。何もないのに比べれば遥かにマシだろう。

 カロリーバーを齧っている二人を横目に周囲を見渡す。今の原城址はあの【聖都天草】の礎になっていたとは思えない、観光地、と呼ぶ事すら憚られる単なる公園だ。かつて4万人に迫る数の一揆勢が立て籠もったとされる大城も、今や苔むした石垣の名残を残すのみ。

 

「……本当に、何もねえんだな。ただの公園じゃねえか」

 

 煙草を片手に霊視ニキが、呟くようにそんな事を漏らした。少し離れた辺りには、休日のハイキングにでも来たらしい地元の老人たちが集団で歩いているのが見える。本当に平和な光景だが、【聖都天草】をあのまま放っておいたら、こんな日常も崩壊していた、なんていう裏の事実が嘘のようだ。

 

「兵どもが夢のあと、っていう事ですね。まあ、今回は本気で夢の跡になってくれないと困るんですが」

 

 スマホを片手に山梨支部という名の本部と連絡を取りながら、鈴木さんがそんな事を言う。【聖都天草】の変動に合わせて湧いた近傍の天使異界も、もうしばらくしたら掃討を担当する人員が送り込まれてくるだろう。そうすれば【聖都天草】の名残も消滅し、残るはいつも通りの日常を過ごす一般人が暮らす平和な町だけだ。

 メシア教会の精鋭?が最新技術を抱えて突撃してテロどころじゃない大量破壊どころか終末案件に繋がりかねない大惨事を引き起こした結果がコレ、とか、もはや笑うしかないんじゃないかな。

 

「って、今そろそろ12時だよ! ごはん時だ!」

「ちょっとルビー、こんな時に何言ってるの!」

「でもワイス、今そういう時間なんだって! 私イタリアンが食べたい!」

 

 何気に高い食事を要求しているルビーが声を上げて指さした先に目線を動かすと、公園に備え付けの時計が示すのはなるほど確かに12時だ。厳密にはそれより10分ほど早い時間だが、大差ない。言われてみれば、そういう時間だったか。

 

「イタリアンよりも何よりも、まずは肉よ、肉」

「もう、ブレイクまで!」

「ワイスも、そうカリカリしないの。仕事終わった後くらい、楽しんでもいいでしょう」

 

 食事の話題になって飛び起きるように上体を起こしたブレイクの頭上では、特徴的な猫耳がピンと立っている。期待の目をこっちに向けるブレイクとは対照的に、こちらに少し気遣うような視線を向けてから彼女を嗜めるワイスを、今度はヤンが落ち着かせる。

 

「お、悪くねえな。おい相棒、焼肉食いに行こうぜ! 連れてけ!」

「落ち着けモードレット。でも焼肉ってのは悪くねえな」

「肉! それなら私も大賛成……ん? ちょい待ち、何か聞こえニャーい?」

 

 と、どうやら焼肉と相成りそうな流れで、やいのやいのと騒いでいると、ふと風に乗って聞こえてきた声に藤村さんが顔を上げた。変身状態のキグルミの耳をピクつかせるという地味に器用な真似をしているが、それと同様に僕にも誰かが近づいてくる気配を感じていた。といっても、特に敵が迫っているとかいう差し迫った状態ではなく、向こうからすれば割と本気で命懸けな状況ではあるのだろうが。

 

「確かに。メディア、レーダーは?」

「ええ、マスターの予想通りだと思いますよ」

 

 困ったような笑みを浮かべたメディアと顔を見合わせる。鈴木さんと霊視ニキも似たような顔をしている一方、モードレットは割とどうでも良さそうな表情を浮かべて肉はまだかとせっついている。そうこうしている内に、走ってくる誰かの声が聞こえ始めた。

 

「────拙僧も参りますぞ! もしも未だ戦いが続いているというのなら、拙僧にもまだやるべき事があるはず! かすり傷の一つでも治癒できればよし、そうでなくとも拙僧の命と引き換えに悪党共の気を引いて援護の一つでもできればそれで十分で御座りまする!」

「落ち着け僧侶殿。いささか気が逸り過ぎだ。大事の前の小事とは言わん、俺も気持ちは分かる。だがそのように捨て鉢な心持ちでは無為に命を捨てに行くようなもの。一旦落ち着いて、最善の行動が何かを常に考えながら冷静に行動するのだ」

「むむ、ジヘイ殿が仰るなら仕方ありませぬ、拙僧、気を引き締めて参りますぞ!」

「まあ、既に決着が着いている可能性もあるのだがな……しかし楽観し過ぎは………………………………おや」

 

 うん、やたらと聞き覚えのある声が聞こえてくる。褐色の僧服姿の仏僧と、その隣にはリアルニンジャの英傑。御成さんと英傑キンツバジヘイだな。あの二人は確か、救出した子供を根願寺の福岡支部に預けに行ったきり分かれたはずだが……。

 

「……遅ぇよ」

 

 モードレットが呟いた欠伸混じりの一言が、全てを物語っている。まあ、戦力的に考えればそれで良かったとは思うのだが。僕はようやくその場に到着した二人の騒ぎ立てる声から意識を逸らして、掌を開ける。大天使ヤズラエルを撃破した直後、その場に顕現したタウィル=アト・ウムルから渡された“ナニカ”。

 それを掴んだ掌の中には、いつの間にか小さな銀細工の鍵が残っていた。掌に収まるような小さなものだが、そこに籠った魔力は非常に強大だ。

 

「ヨグ=ソトースの祝福、時空を跳躍し、異界を渡る銀の鍵────」

 

 触れた感触では、無制限にトラフーリやトラエスト、トラポートができる、というような力であるようだ。それだけでも十分以上に便利な力だが……もっとも、この鍵の中に込められた力の規模からすると、多分たったそれだけのアイテムではないんだろうな、とは思う。

 ヨグ=ソトースが何を考えて僕にこれを寄越したのか。まあ、彼を“ヤズラエル”という不本意な枠から解放した褒美のようなものなんだろうが。これをどう処するか、とかその辺はまあ、ショタオジに相談するしかない、か。

 

 これからの事をつらつらと考えていると、唐突に肩を叩かれる。振り向くと御成さんが笑顔で小さな包みを差し出していた。

 

「握り飯ですぞ。こんなものしかありませぬが、腹ごしらえにはなりますからな。全員分を用意して参りましたので、どうぞよろしければ」

「おお、ありがとうございます」

 

 何となくその場の流れで受け取って包みを開けると、驚いた事にコンビニ製とかそういうのではなく、手作りであるようだ。シンプルな梅のオニギリだが、塩気が効いていて割と美味い。食べていると、難しい事を考えるのも面倒臭くなってくる。

 どうやら全員分を用意していたようで、見れば二刀流で両手に握り飯を装備したモードレットを筆頭に全員が握り飯で昼食にする構えであるようだ。その後で二次会で焼肉とか言っているが、結構体力あるな皆。でもまあ、せっかく一仕事終えた後なのだ、とりあえず面倒な事を考えるのは後で十分、今くらいは解放感に浸るのも許されるだろうさ。

 

 

 




やっと終わった。今回は割と難産。まさか天草編だけでこれだけ掛かるとか思わなかった。



~割とどうでもいい設定集~

・大天使ヤズラエル
 クトゥルフ神話TRPGの追加ルールブックの中に『キーパーコンパニオン』っていうのがあって、要するに魔導書とか呪文とかアーティファクトの類のデータが色々載ってるヤツなんだが。
 その中に掲載されてるジョン・ディー翻訳のネクロノミコン英語版に載っている呪文《ヨグ=ソトースの招来/退散》がこの本だと《大天使ヤズラエルの招来》って題名になっていたりする。

 本家様のところでメシア教が作った天使召喚プログラムと、それに便乗して作られたニャル製の神話生物召喚プログラムを初めて見た時に、コイツの存在を思い出したので、両者の間を繋ぐ過渡期的な代物として出してみた。
 要するに「最終パッチ(試作版)」の試験起動、というかそこに至るためのデータ収集的な実験の産物。天使召喚プログラムで神話生物、特に邪神を強引に召喚する、という感じの実験で。

 限りなく強引な召喚であり、ヨグ=ソトース本人の意志とは別途に『ヤズラエル』という枠が天使としての意志を持ち勝手に稼働している。
 これを象徴しているのが本編中に主人公が壊していた金環であり、邪神を大天使の形に押し込めている型枠であるが、これはヨグ=ソトースに対する拘束具にもなっており、破壊すればするだけ本来の霊格が戻り、レベルやスキルが強化されていく。最終的にはラスボス級の性能とスキルラインナップになっていたりして。

・ヨグ=ソトースの球体従者
 ソロモン七十二柱のクトゥルフ神話における一側面を、さらに天使という雛形に当て嵌めて強引に召喚する、という無茶ぶりの産物。
 なのでバアル・アバターが召喚したオセやフラウロスと同様、名前の末尾に「ハレル」が付いてる。

・飛行三鈷杵
 『真・女神転生』に登場する武器の一つ『飛行三鈷』。レベル的にはたぶん中盤くらいに使う感じの。ゲーム中の性能的にはどう見ても微妙。
 真言密教の伝説において、空海が中国で修行してから日本に変える時にブン投げたら、投げた三鈷杵が日本海を越えて飛んでいき、後で高野山で見つかったとか何とか。
 今作中ではビームサーベルのように刃を出した上で、念を込めてファンネルのように飛ばせる武器。元はどっかの地方霊能組織における秘伝の霊装だった。
 手を使わずに扱えるので妖獣形態でも使えて便利、って感じで主人公が妙に愛用していたが、元々は主人公が仲間にスキルカードをトレードするシーンを出したら、このキャラの性格上、何もなしに黙ってアイテムだけ貰うとかなさそうだよな、という事で対価としてちょうど良さそうなアイテム、って感じでメガテンシリーズの武器一覧を漁ったらこれが出てきたから採用しただけだったので、この出世は作者的にも実は意外だったりする。

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