TS銀髪美少女の異世界生活 作:赤石透
タイトルは仮です。いずれ変える予定です。
「いらっしゃいませ。魔法具店に寄っていきませんか?」
店主に命じられた私が、店の外で客引きを行うこと数分。薄汚れた裏通りに居を構えているせいで閑古鳥が鳴いていた魔法具店の店内は今、珍しく来客で混み合っていた。ゲテモノも含まれているが、まともな商品の品質はかなりに高いこともあって、ただの冷やかしでは終わらずに購入を決める者も多い。
「お買い上げありがとうございます」
少しも笑わず、平淡な声で言っただけなのに、男性客は頬を赤らめて笑った。
「また来るよ」
去り際に片手を上げ、満員御礼な店を出ていく。本当に来そうだな、と思っていると、会計を待っていた次の客が商品を受付用のテーブルに置いた。ちらりと客の顔を一瞥すると、二十代くらいの男性だった。
先ほどの客と同様に、私を見る目に妙な熱が籠っている。
この世界の住人には伝わらないだろうが、まるでアイドルの握手会か何かのようだ。応対中の客の後ろには他の客も並んでいて、長い列ができている。立地は悪いが無駄に広いこの店内でも手狭に感じる程度の密集具合。
早く客を捌いてしまおう。
「1500エルです」
私は店主に作ってもらった魔法具『マジックレジスター』、通称マジレジを操作した。
九割男性、一割女性という比率で、いずれも私の容姿をまじまじと見つめてきた客の対応を終え、どうにか店内は落ち着いてきた。客の数は三人。店の商品を手に取って、矯めつ眇めつ眺めていた。
「なんだよ、これ……! どれもA級の品じゃないか……!」
「なんでこんなに安いの……!?」
「こんな店があったとは……」
女性一人、男性二人。いずれも普通の客とは違う。私に対する興味は確かにあるようだが、それ以上に店の商品に対して興味を示している。「学園で独占……」とか「ギルドと提携を……」とか呟いているから、何かしらの権力を持つ方々なのかもしれない。
このまま待っていると、新人の私に根掘り葉掘り聞いてきそうだったので、引き上げることにした。
「店主」
店の奥、実験室の様相を呈している薄暗い工房を訪れた私は、部屋の中心に立っていた店主に声を掛けた。しかし、聞こえていないみたいだ。床に描いた魔法陣の上に複数の触媒、獣の骨や植物の種、謎の液体が注がれた瓶に黒い手袋を嵌めた両手を翳し、ピクリとも動かない全身黒ローブの怪しい人。ただの不審者にしか見えないが、この人はれっきとしたこの店の主だ。
そして、行き場のない私を拾ってくれた人でもある。
「店主」
『何事だ? ノア』
改めて呼び掛けると、女性なのか男性なのか、老人なのか若者なのか判断に迷う声が返ってきた。自作の魔法具を通じて変声しているらしいその声は、確かに店主から発せられたものだ。だが、顔を上げないところを見ると、まだ忙しいようだ。
端的に述べておこう。
「たくさんの商品が売れました。それと、何やら権力者らしき方々が今、店内に」
『素晴らしい。君を雇って正解だったよ』
ようやく顔を上げた店主は魔法具生成の儀式の手を止め、立ち上がった。背丈は私と同じくらい。私にとって馴染みの深い単位で言えば、約160センチ。しかし、店主は常に地面から数センチ浮いているため、少し目線が高い。
『これは販路拡大のいい機会だ。私が行こう』
「え、行くんですか」
『無論』
スイーッ、といった具合に床と平行移動し、客の下へ出向く全身黒ローブの店主。唯一ローブに隠れていないはずの顔は、どういう仕組みか闇に覆われていて視認できない。中には肉体はあるようだが、普通の人が見ればローブが勝手に浮いて動いているようにも見える。
そんな怪しさ満点の店主が赴けばどうなるか。
「うわぁああ!?」
男女の驚く声と、店の扉につけたベルの騒がしい音が聞こえてきた。
『逃げなくてもよくない? こんなに格好いい姿なのに』
少し気落ちした様子で引き返してきた店主の言葉。
「うーん」
目に見えていた結末を止められず、私は唸ることしかできなかった。
『これから先、客の応対はノアに任せよう』
「いいんですか? 私、雇われてまだ初日ですけど。この世界歴二日目ですけど」
『君に教えることは全て教えた』
「教えること少な……」
『あとは自ら体験し、辛酸を嘗めて学んでいくことだ』
「人はそれを行き当たりばったりと言う」
マニュアル欲しいな。元の世界でもマニュアルのない仕事場とか多かったけど、ここほどではないよ? まあ、接客のアルバイトの経験も少しあるし、何とかなると思うけど。最悪の場合は、工房にいる店主に聞きに戻ればいいか。
『作業に戻る』
「私はまた呼び込みに行ってきます」
『うむ』
頷き、店主は自分の世界に引き籠るように魔法具作成に戻ってしまった。それを尻目に、私も売り場へと戻ることにした。
その途中、扉近くの壁に掛けられた縦長の楕円形の姿見が目に入り、鏡に映る少女の姿を眺めた。
肩まで届く毛先に軽いウェーブの掛かった、銀色の髪。薄暗い工房では無理だが、陽光を浴びれば眩しく輝く。肌も白く、眦がツンと吊り上がった形のいい目の内側で、紫色の瞳が見る者を吸い込むような魅力を宿していた。
それと、店の制服だと言われて店主に渡されたミニスカートのメイド服を身につける体はスタイルが良く、メリハリがしっかりとしている。豊かな胸の谷間が覗けるように胸元が開いた構造で、顔の次に男性客の視線を感じた場所だ。
控え目に言えば美少女。大袈裟に言えば女神。
外見年齢十五、六歳の少女は、私の挙動に合わせて頬に手を当てた。
「美しい……」
『自分で言うか……』
「ん?」
声が聞こえたほうを振り向くと、店主は作業に没頭していた。気のせいか。
気を取り直して、私は鏡を見詰め、ため息を吐く。
「美少女になってしまったな」
改めて、自分の身に起こったこととは思えず、私は思い返す。
二日前の『俺』は、どこにでもいる平凡な会社勤めの男だった。勤めている会社はブラック企業で、しかし、業界全体で見れば、まあマシなほうと呼べる職場。アラサーを迎えてそろそろ転職をしようか、でも、転職をした先が今より酷い会社だったらどうしようという狭間に揺れつつ、決心もつかずに流されるまま働き続けた日々。
仕事のストレスで昔のような明るさを失い、笑顔を失い、乾ききった日々。
恋人、いや、せめて愚痴を言える家族や友人がいれば少しは違ったのかもしれない。
だが、ないものを求めても無駄だ。俺には何もなかった。
ないなりに頑張ってきたのだが、そんな俺でも、失うものは当然あった。
簡単に言うと、交通事故に遭いました。
何でそうなったのかはわからないが、帰宅途中、俺しかいない歩道に向かって自動車が突っ込んできた。たまには流行の曲でも聞きながら帰るかと、慣れないことをしていたせいもあって、俺は直前になるまで車の接近に気がつかなかった。
「宝くじ――」
買ったままどこかにしまっていた宝くじのことを何故か思い出し、俺の意識は跳ね飛ばされた。
俺の人生なんてそんなものだった。死の間際ですら、ろくに思い返すこともない。
もう少し、何とかならなかっただろうか。せめて、両親に愛情を注がれて生きることができていれば。夢中になれる趣味でもあれば。笑い合える友人がいれば。思い切って自分を取り巻く環境を変えようという勇気さえあれば。
何かが変わったかもしれない。
そんな後悔を、俺は見るはずのない夢の中で抱き、『私』として目覚めた。
銀髪の美少女ノア。それが、私に強制的に与えられた新しい環境だった。年齢も、性別も、容姿も、世界も違う。店主曰く、魔法具作成で徹夜明けの店主の頭に、天よりメテオストライクの如く全裸で降り注いで脳天直撃したという私は、文字通り生まれたばかりなのだろう。
衣服もなく、ノアとしての記憶もなく、全ての生き物が有するはずの『魔力』を持たずに現れたらしい私。
記憶にあるのは自分に与えられたノアという名前と、この世界におけるわずか知識。
何故、私がノアになったのか。いったい誰の仕業なのか。
わからないけど、ここから全てを始めてみるのもいいかもしれない。
この異世界『ノワール』で、私は新たな第一歩を踏み出すことにした。