TS銀髪美少女の異世界生活   作:赤石透

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第4話

 迫りくる岩亀。それはまるで、壁のようだった。

 

「やっぱ無理! た、退避ぃっ!?」

 

 壁を相手に短剣など歯が立つはずもない。やっぱり無理! 言葉もなくとも心を一つにした私とレンドは、後方に向かって全速前進した。逃げなくては。亀だから、さすがに人間の走る速度については来られまい。

 

 そう思った私が馬鹿だった。

 

 岩を背負った亀。その外見に見合わず、その巨体が私たちとの距離を狭めてくる。木の間を縫って逃げても、軽やかな横移動で難なく避けてしまう。逆に森での移動になれない私たちは不利に陥った。

 

「速っ!? 馬鹿速い! なんで、亀なのに!?」

 

「何言ってんだよ!? 亀だって別に走る速度は遅くはねぇよ!」

 

 隣を並走するレンドが説明をしてくれた。地球と違って、異世界の亀は速い。予想もしていなかった事態に見舞われ、私は身を以て体験した。地球での知識を異世界に活かそうとすると危険だということがわかった。

 

「なんで亀なんて名前がついているんですかぁあ!?」

 

「はぁ!? 亀は亀だからだろ!」

 

 そんなふうに言い合っていた私たちへ、徐々に近づいてきていた岩亀。

 

 その口が大きく開き、鳴き声を上げた。

 

 地を這うような低音。それを聞いた直後のことだった。

 

「うえっ!? お、俺の足がっ!?」

 

「お、重いっ!」

 

 突如として、足に負荷がかかる。重りをつけて走っている気分だ。走ることはできているが、さっきよりもだいぶ遅い。これは、もしかして。

 

 背後を見れば、そこには速度の変わらない岩亀。私たちとの距離がどんどん狭くなっていく。あと数秒。それだけであの巨体に跳ねられる。そう思うと、足が竦みそうになる。

 

 怯えを見せた私は、亀にとっていい獲物に映ったのだろう。

 

 岩亀の視線が明確に私に向く。しっかりと私の背後につく。

 

 そして、その巨体が強く地面に沈み込み、跳躍と共に鋭い突進を放った。

 

 一瞬、亀の姿が前世で私の命を奪った自動車と重なる。

 

 質量と速度は車と同じくらいだろう。激突されれば、一溜りもない。

 

 私は、死を覚悟した。

 

 そして、私の脳裏に走馬灯が過ぎった。それは、この世界で目を覚ましてから、今に至るまでの記憶。

 

 本当に短い二度目の人生だったけど、思い返すだけの思い入れはあったらしい。新しい生活をスタートしたばかりだから余計に想いは強く、それをもう手放してしまうことに、私は強い後悔を覚えた。

 

 これで終わり? どうにもならないのか?

 

 でも、どうしようもない。横に逃げても木を壁にしても、この素早く巨大な亀相手では。

 

「え……」

 

 亀の丸い額が私に接触しようかというところで、私は別の衝撃を横から受けた。

 

 咄嗟に横を見れば、そこにはタックルを仕掛けてきたレンド。

 

 必死な形相で、だけど、私を亀の進路から逸らすことができて、浮かびかけた笑顔。

 

 そのレンドを、横から弾き飛ばそうとする岩亀。

 

 守ってもらったのだと、理解した。

 

 守ってくれたレンドが、このままでは死んでしまうのだと、理解した。

 

 迂闊な私のために、まだ出会ったばかりの少年が。

 

 嫌だ。

 

 強い想いが溢れる。緩やかに流れる時間の中で、心に熱が灯る。

 

 嫌だ!

 

 突き抜ける私の想いは、状況に変化をもたらした。

 

 私の手に握っていた杖の先に、眩い光が出現する。小さな球状になったそれは、目にも留まらぬ速さで亀に射出された。

 

 光の球が亀にぶつかる。

 

 弱弱しい球が当たったところで、あの亀は止まらない。

 

 そんな予想をした私の前で、光の球は大きく膨張し、光の本流となって亀を呑みこんだ。

 

 柱だ。いや、塔だ。青い天にも届くほどの大質量の光。

 

 私とレンドはそれぞれ地面を転がり、地に塗れながらも難を逃れ、その光景をただ眺めた。

 

 光があった場所に、岩亀はいなかった。

 

 光が徐々に弱まって、何事もなかったかのように収まっても、誰の姿もない。

 

 代わりにそこにあったのは、光とは対照的な黒い魔石だった。

 

「す、げぇ魔法……」

 

 いつの間にそうなったのか、私を突き飛ばしてくれたレンドは、でんぐり返しの途中のような格好で地面に転がっていた。天と地がひっくり返った体勢で向けられたその驚愕の眼差しの先には、レンドと同じく地面で横になる私。

 

 いや、今のは私じゃないけど。

 

 そう言おうとして、驚きすぎて言葉も出ない私は、地面に転がる木の杖を視界に入れた。

 

 この杖だ。店主から渡された、見た目はただの木製の杖。

 

 魔法具の作成に長けた店主から渡されたものが、普通の武器なわけがなかった。

 

 もしかして、もっと早く気がついていれば、あの亀も普通に倒すことができた?

 

 試しに杖を握って、私は誰もいない場所目掛けて、攻撃の意思を抱いて軽く振った。

 

「え、ちょ、うわぁああああ!?」

 

「れ、レンドぉお!?」

 

 光の塔、再臨。発生させた場所が少し悪かったようで、出現に伴った衝撃がレンドを襲い、遠くへと吹き飛ばしていった。タンブルウィードのようにころころと転がって遠ざかっていくレンドを追いかけながら、私は手の中にある杖をできるだけ慎重に扱った。

 

 途轍もない魔法具を、何の説明も受けず、渡されてしまった。

 

 帰ったら絶対に、あのうっかり属性でコミュニケーションに難のある不審者店主に文句を言ってやる。さすがにブチ切れつつ、とりあえずは無事に帰ることを目標にしようと思い、私は恩人であるレンドの救出に向かった。


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