風前の陽炎と最弱の蛮神   作:緑川蓮

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 とある戦争と氷雪の国では、本格的に復興事業が進んでいる。

 教皇トールダン7世の崩御に続き、邪竜ニーズヘッグとの決着を経た皇都イシュガルド。2つの大きな転換点を迎えてから、国内のみならず国外に対しても風通しが良くなった。エオルゼア各地から参集した冒険者たちが復興共同作業に精を出す姿は、かつての閉鎖的な空気を塗り替えつつある。

 とりわけ舗装整備に注力されているニューネスト居住区の一角で、ウィリディス・フルフィウスは神殿騎士団の使いに呼び止められていた。

 

「捜査ですか。これを言っちゃ何ですが、俺じゃなくとも良いのでは? 冒険者なら丁度そこらで駆け回っているでしょう」

「頻発しているクリスタル盗難事件との関連が疑われています」

 

 イシュガルドにはグランドカンパニーも無いのに、どうやってウィリディスの事を嗅ぎ付けたのか。彼はまだ片付けられていない瓦礫に腰を下ろし、取り出した煙草を咥える。手持ちのファイアシャードから小ぶりなものを選び出し、砕くと先端が橙に灯った。

 煙を吸い込みながら曇天を見やる。吐き出した煙が鈍色に溶けていく。

 

「蛮神かもしれない、と?」

「左様でございます。仮にそうならば我々神殿騎士も、一介の冒険者でも手に負えない」

 

 テンパード(※信徒化。蛮神のエーテルに当てられた人間が、意のまま操られる現象)にされかねないからだ。ただし『超える力』を持ち、かつハイデリンによって『光の加護』を得ている人間はその限りでない。

 ウィリディスは十中八九蛮神絡みだろうなと見当を立てていた。自分に白羽の矢が立つとすれば大抵はそういう厄介事だから。

 

 ただ今回は些か毛色が違う。

 神殿騎士団の男が言うに、現場はクルザス西部高地の、更に奥まった僻地であるらしい。蛮族の集落は無い。村と呼ぶには貧相な集落がぽつぽつと点在するだけ。クリスタル盗難の理由が蛮神召喚だとしても「誰が何の為に?」という理由が不明である。

 しかし放置しようにも銀世界クルザスでは、蛮神召喚による環境エーテル枯渇の影響も分かりにくい。つまり初動が遅れやすい。最悪、蛮神による皇都イシュガルド奇襲という大事件さえあり得た。

 

「まさか今になって異端者が?」

「まだ何とも。かの邪竜が操っていた異端者は一掃されましたが、自ら竜を信奉する集団が居ないとも限りません」

「やはりシヴァ辺りのセンが濃いですね。まあ、あくまで蛮神ならですが」

 

 重い腰を上げる事にした。ただし今回はあくまで調査なので、ネアまで連れて行く必要は無いだろう。まずクリスタル盗難の動機と犯人を特定しよう。蛮神絡みでなければそれで良し。蛮神絡みであっても問題無し。

 既に召喚されていたとしたら、それを考えるのは後でも良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 西部クルザスには未だ竜族との死闘の痕が深く刻まれている。

 問題の集落は険しい山嶺と山嶺の狭間にあり、それゆえ戦禍を逃れ永らえていた。近頃はイシュガルドを経由してアバラシア雲海へ向かう雪原キャラバンの中継地にされているようだ。盗難されたクリスタルはその積み荷である。

 

 キャラバンに同行して現地へ向かう事にした。一足先に空路で行く事も考えたが、何分クルザスの気候は移ろいやすい。視界の見えない吹雪で立ち往生することを恐れた。

 只でさえ方向音痴だと度々ネアに揶揄されているから。彼自身も自覚はあった。

 

 しかし特に目立った問題もなく一行は目的の集落へ着く。古ぼけた民家が数件あるだけの集落に人の気配は無い。聞けば一応の住人は居るが、いずれもかなりの高齢だという。もう日が暮れていたので、おそらく明日になれば生活用品なり食料なりを買い付けに出てくるだろうとの話だ。

 ひとまずは他の面々と同じ様に、ウィリディスも荷台の中で毛布に包まって睡眠を取るつもりだった。夜更けにテントの布を揺らして這い出た理由は、人の気配を感じたからだ。

 

 出たところ、頭からローブですっぽり覆った人物と鉢合わせる。手に他の荷台から持ち出したと思しき荷袋が握られていた。

 背丈は低い。だがララフェル族程ではない。どうやら女子供である。意外に思いながらウィリディスは馴染みの大剣を掴む。その所作を見るまでもなく人影は踵を返す。そして駆け出す。しかしウィリディスに背を向けるという行為は悪手だった。

 踏み込む。一息で回り込む。柄で水月を強かに打つ。

 女は、悲鳴も上げずに崩れ気絶した。女だと分かったのはローブが脱げ落ちたからだ。

 

 

 

 

 

 

 ファイアシャードを砕いて簡素なランプに火を灯す。風が凪いでいるといえ、クルザスの夜は恐ろしく冷え込んでいた。手を縛られた女は、ランプの有る辺りに視線を落としたまま口を噤んでいる。

 騒ぎに目を覚ましたキャラバンの面々が問い質しても、女はウンともスンとも言わない。

 

「もう神殿騎士団に引き渡しちまった方が早いさ」

「何も聞き出せて無いだろう、ひょっとしたら仲間が居るかも」

「それを考えるのは、そこの冒険者さんの仕事だろうがよ」

 

 ウィリディスは何も言わず思案していた。かつて耳にした『氷の巫女』や『憑依型蛮神』といった単語を頭で反芻している。

 氷の巫女は、その身に蛮神シヴァを呼び降ろす事が出来たという。彼女もそのつもりでクリスタルを持ち出そうとしたのだろうか。しかし氷の巫女はエレゼン族の女性だったという話も聞いた。目の前の彼女は、ウィリディスと同じヒューラン族らしい丸みを帯びた耳である。流れるような銀髪では無いし、肩の辺りで切りそろえた栗色の髪だ。

 強大な蛮神をその身に呼び降ろすなどという行為は誰にでも出来る事じゃない。とても彼女がそんな特例だとは思えないし、おそらく氷の巫女が生き延びていた、という訳でも無いだろう。

 

「まあ十中八九、他にも誰か居るでしょうな」

 

 ようやくウィリディスが口を開いた、まさにその時であった。

 荷台の一角から火の手が上がる。みるみる内に勢いを上げる。

 驚き慄く商人たち。しかしすぐ消化をせねば、と思い立つ。

 分厚い毛布とウォーターシャードを取り出しに向かう。

 

 誰もが火の手に視線を奪われる中、ウィリディスだけが捕縛された女に視線を戻す。

 彼女を連れ戻しに来た仲間の襲撃か、とすぐに思い当たった。案の定、荷車のテントを突き破り突入してくる人影があった。

 横合いからの突入。乱入者は炎をまとっていた。

 更に襲い掛かる炎。ウィリディスは大剣でこれを払う。

 

 乱入者は女と同じ年頃の青年だった。栗色の髪も女と同じだ。

 炎に包まれながら彼は囚われの彼女を抱き上げる。不思議とその炎が、彼と彼女を焼くことは無かった。

 青年は女の無事を確認してからウィリディスを睨み付ける。荷台を蹂躙しながら逃走を始める。ウィリディスも考えるより先に後を追う。

 

 複雑な高低差と迷路のような地形が連続する中で、地の利は青年にあった。

 それでもウィリディスは近すぎず、離れすぎず一定の距離を保ちながら二人を追跡した。敢えて向こうからは悟られないよう距離を置いたのは、彼らの拠点を突き止める為。

 しかし彼らが辿り着いた先はウィリディスの想像と異なり、ささやかな民家であった。いや民家というより小屋と呼ぶべき質素なものだ。

 徒党を組んだ異端者のアジトにしては小さすぎる。

 

 青年は注意深く辺りを観察し、ウィリディスの姿が(少なくとも彼から見える範囲には)無い事を確認してから、音を立てぬ様そろりと屋内へ入った。

 扉の閉まる音がした後に、青年は深いため息をついて床に崩れ落ちる。それから寝床に彼女を優しく横たわらせ、腕の縛りを解き始めた。

 

「フォーコ、大丈夫かい? 怪我はしなかった?」

「大丈夫よ、ありがとう。ごめんね、私の為に無茶をさせてしまって」

 

 女性の表情と声色が、クルザスの雲間に差す陽光の様に柔らかく綻ぶ。

 青年も改めて女性の無事を確認すると、慈しむような眼差しを細める。

 

「無茶をしたのは君の方だろう。僕の事は大丈夫だから、こんな危険を冒さないでくれ」

「でもクリスタルが無いと、カラハゼ、あなたは……」

「……――無いと、どうなるんだ?」

 

 二人にはその声と、扉の開く軋んだ音が、酷く無情に聞こえた。

 入り込む寒気と共にウィリディス・フルフィウスが立っている。長い前髪の間から緑色の右眼が覗いている。エーテルを纏ったその淡い輝きが、恐ろしく無機質に思えた。

 

「お前は撒いたハズだぞ!」

「経験の差だよ。あとはちょっとだけズルをね。それよりもお前さん、カラハゼって名前なのか。そんでそっちのお嬢さんがフォーコね」

 

 カラハゼはフォーコを守るように抱き締め、歯噛みしてウィリディスを睨む。フォーコもまた、カラハゼに危害を加えようものなら許さないといった形相で見ている。

 無造作に歩み寄ると二人は後ずさる。カラハゼは炎を出そうとしない。ウィリディスは確信した。

 

「やっぱりここはアンタらの家か。お互い無駄に荒らすのも嫌だろう。大人しく話しちゃくれないか、クリスタルを盗んでいる理由」

「それ以上近づけば関係無い。この小屋ごとお前も焼くぞ」

「そいつは怖いな」

 

 言いながらウィリディスは更に距離を詰めた。カラハゼが腕を振り抜く。小型の火球が飛んで直撃する。小規模な爆発がウィリディスの顔面を焼いたハズだった。

 暗緑色の小さな魔法障壁がそれを阻んでいた。顔には傷ひとつ無い。

 どうやら話し合い通じる手合いでは無いらしいと判じる。何にせよ窃盗未遂は事実だし、こうなれば早々にふん縛って神殿騎士団に引き渡そう、とウィリディスは決めた。

 

 決めたが、しかし。

 カラハゼの容態がおかしい。肩で息をしており、周りに光の、エーテルの粒子が僅かに舞っている。フォーコを抱く腕が緩み、倒れるカラハゼを、今度は彼女が逆に抱き止める。

 

「カラハゼ、しっかりして!」

「くそっ……。炎を、使いすぎたかな……」

 

 ウィリディスは呆気に取られていた。脳内の疑問を線で結んでいく。クリスタルを盗む理由に、フォーコとカラハゼだけを燃やさない炎。

 そして僅かにエーテルが霧散する中で横たわるカラハゼの姿に、ウィリディスは幾度も見覚えがあった。まるで蛮神を追い詰めた瞬間と同じなのだ。

 

「まさかとは思うが……そいつが、カラハゼが蛮神なのか?」

 

 クルザス西部の山嶺が吹雪き始める。

 重い鉛色を帯びた曇天が、まだ夜明けを覆い隠していた。

 

 

 

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