風前の陽炎と最弱の蛮神   作:緑川蓮

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「こうすれば、ほら、暖かい」

 

 双子は寄り添い合って手をかざす。

 1つのランプは4つの手の平をオレンジに照らし、火は揺らがず静かに立ちのぼっていた。

 頼りない灯だが、明かりが、仄かな熱が、そしてフォーコにとっては何より兄カラハゼの存在がとても温かい。

 暗室に浮かび上がる、穏やかな彼の笑みと共に生きて居たいと願っていた。

 

「カラハゼ、ずっと一緒に居てね。私が守るから」

「僕もフォーコを守るよ、何があっても」

 

 

 

 

 

 

 ウィリディスの手持ちにあったファイアクリスタルをいくつか砕き、しばらくしてからカラハゼの容態は落ち着き始めた。

 もう夜は明けているハズだが、外の吹雪は風音と共に景色を覆い隠している。

 ランプの淡い熱だけが室内を照らす。フォーコはずっとカラハゼの枕元に寄り添っていた。

 少し距離を置いたところにウィリディスが腰かけている。

 小屋の一角には本棚があり、彼は、そこから取った書物の頁に視線を落としていた。

 

「さっきみたいに私を縛っておかなくて良いの?」

「どうせ俺もアンタらも、この吹雪で出入りは出来ない。でなくてもお前さんはカラハゼを置いて行けないだろ」

「当たり前よ」

 

 カラハゼの正体は蛮神の様なものだった。厳密に言えば蛮神では無い。

 蛮神とは大量のクリスタルを依り代に、エーテル界から魂を呼び出された化け物の総称である。エーテル界から魂を呼び出すためには、それ相応の伝承と信仰が必要だ。

 

 カラハゼは単にフォーコの兄でしかない。

 フォーコの強い願いと、カラハゼの生前に遺された数多の火属性クリスタルが、今のカラハゼを生み出したようだ。

 

「カラハゼが遺した沢山のクリスタルに、奇跡が宿ったの。詳しい事は分からないけれど……私、カラハゼが生き返ってくれたのなら何でも良い」

 

 フォーコはランプに揺れる火を眺めながら静かに語った。

 ウィリディスは、この小屋が何であるかについて思考を巡らせる。手元の書物は、とある術式について書き留められている手記であった。

 その術式とは、いわゆるアシエンと呼ばれる者達が広めている『神降ろしの儀式』だ。

 

 かつて家族を失い住処さえも追いやられたフォーコは、カラハゼの形見である、幾つもの火属性クリスタルを持ってここへと辿り着いたのだろう。

 この小屋が何であるか。それは恐らく異端者と呼ばれる者達が持っていた隠れ家、その一つだとウィリディスは見当を付ける。

 

 あくまでフォーコはカラハゼが生き返ったものと捉えているようだ。ただこの地で二人ささやかに、これまでのように、これからも生きてゆければ、それだけでいいと言葉を紡ぐ。

 その為には、既に手持ちが尽きたクリスタルを新しく調達せねばならなかった。そうでなければカラハゼは身体を維持できない。クルザスに満ちる氷属性の環境エーテルでは、火の属性を持って蘇ったカラハゼの身体を補えない。

 そもそも周囲の自然から充分なエーテルを吸い上げる力すら無いだろう。

 だからクリスタルからエーテルを吸わせるしかない。

 無論フォーコにそれらの細かい知識は無いが、クリスタルが無ければカラハゼは消えてしまうという事だけは理解していた。これがクリスタル窃盗の真相だ。

 

「カラハゼをどうするの?」

「さて、どうしましょうかね」

 

 正味ウィリディスは決めあぐねていた。

 クリスタル窃盗は悪事だが、この際それは一旦置いておくにしても。

 この蛮神と呼ぶにはあまりに儚く、頼りない存在を始末すべきなのかと。

 生かしておく限りフォーコは彼の為にクリスタル強奪を続けるだろう。もしここでウィリディスが二人を見逃しても、いつか捕まるか、カラハゼが呆気なく力を使い果たし消えるだろう。

 

「余計な世話かもしれんが、いずれにせよ、この生活はそう長く続かんぞ」

 

 そう言い放つウィリディスに対して、フォーコは針の様に鋭い視線を向けた。

 

「そも気付いているだろう。それは本当のカラハゼじゃない。お前さんの思い出とエーテルが作り上げた幻影に過ぎない」

 

 カラハゼは戦争の渦中、竜族の襲撃で命を落としたという。

 そして死んだ人間は生き返らない。

 このカラハゼは、フォーコが生前の記憶と思い出から再現した紛い物だ。

 

「でもあなただって、それを言っても無駄なのは分かっているんでしょ?」

「……そうだな」

 

 フォーコは自嘲気味な、枯れたような笑みを浮かべた。

 ウィリディスは天井を仰いで瞑目した。

 

「幻影だとしても、このカラハゼは私にとってどうしようもなく本人なのよ。死んだ人は決して帰って来ないなんて、嫌になる程自分に言い聞かせた。けれどある日……声も、匂いも、笑顔も、温もりも、思い出のままの彼が帰ってきたら」

 

 フォーコの指先がカラハゼの頬を柔らかく撫ぜる。今にもはじけそうな泡沫を壊さないように、けれどせめて触れさせてと祈るような、弱々しい指先で。

 

「どんなに都合のいい奇跡だとしても信じるしかないじゃない」

 

 

 

 

 

 

 結局ウィリディスはキャラバンと合流し、神殿騎士団にフォーコとカラハゼの身柄を引き渡す事にした。二人の事情がどうであれ窃盗は窃盗。裁きを下すのは自分ではない。

 アイメリク・ド・ボーレルという男が教皇代理に就任した今ならば、何らかの温情と便宜を期待できるかもしれない。そんな打算もあった。

 

 ウィリディスが一通り自分の考えを話すと、フォーコとカラハゼは何も言わず追従した。

 吹雪が止んでから、三人はホバー船(※ウィリディスが所有する複数人乗りの移動機械。かつて古代アラグ帝国の遺跡へ赴いた際に発掘し、修繕が施されたもの)で空路を辿った。

 突然な気候の変化に見舞われる事もなく、太陽が真上を差し掛かる頃にはキャラバンが逗留する集落へ到着した。

 あまりに素直過ぎるなと訝しみながら、ウィリディスはキャラバンの代表に報告を急ぐ。

 

 その矢先だった。

 誰も意図した訳ではないが、ただの偶然として、フォーコとカラハゼがキャラバンの面々に監視されながら腰かけた近くにそれらがあった。

 荷台の中に木箱の山、中は麻袋に包まれた大量のクリスタル。

 カラハゼの幻影とフォーコは全く同じ事を思っていた。いや祈っていた。

 

「カラハゼ」

「フォーコ?」

「ごめんなさい、本当は私、あなたが本当のカラハゼじゃないって事は分かっていたの」

 

 フォーコの声は僅かに震えている。

 

「カラハゼが帰ってきてから、私達一度も喧嘩しなくなったもんね」

「……うん」

 

 切実さを湛えた瞳で縋る様に、彼女は隣の彼へと悲しく微笑む。

 

「それでも、一緒に居たいって思うのは、ダメなのかな」

 

 ただ二人で自由に生きたい。一緒に居たい。二人の安寧を脅かされる事なく、慎ましく、平穏な日々の中で、たとえ吹雪にあっても、二人温もりを寄せ合っていたい。

 それを成しえるだけの力が自分にあれば、と。

 

「ダメだとしても、嘘だとしても、諦められないんだ……」

 

 瞬間、迸る閃光。

 間が悪かったという他に無い。

 

 山積みのクリスタルが、カラハゼの幻影と、召喚した主の強い想いに応えてしまった。

 まず熱波が二人を中心に駆け抜け、辺りに火炎を振り撒く。

 瞬間的に膨張したエーテルがウィリディスに全てを悟らせ、彼は奥歯を噛み締めた。

 

「おいおいマジかよ、クソったれ」

 

 それはかつてフォーコが見た、あの日カラハゼを襲った竜族に似ている。何の偶然か、それとも因果なのかは知る由も無い。ただウィリディスは姿を見るなりその名を呟く。

 赤熱した体表に一対の歪んだツノ、鋭利な爪を携えた巨躯の怪物。

 

「――イフリートか!」

 

 焔神イフリート。

 元来ザナラーンのアマルジャ族に信奉されている。名の通り炎を統べ操る魔物だ。

 当然このクルザスで召喚された前例は無い。双子の想いが偶然を経たのか、あるいは炎に対するイメージとして、あれを形作ったのかとウィリディスは考察する。

 だが真相の解明に割くだけの余裕など、今は無い。

 もう、割り切る。

 

「緊急事態です。キャラバンの皆さんは即刻避難。護衛の神殿騎士方は集落の住民を連れ退却してください。出来る限りここから離れてください!」

「冒険者殿は……」

 

 ウィリディスは焦燥に満ちたまま恫喝する。

 

「ウダウダ言うな! さっさとしろ、近付くだけでテンパードにされかねんぞ!」

 

 その一喝で彼らは蜘蛛の子を散らすように退散する。

 ウィリディスは背負う銃剣を抜き、切っ先をカラハゼ、否、イフリートへ向ける。

 後はその腕に抱かれるフォーコのみだが、彼女は声も出せず焦点定まらぬ視線で魔物を見上げている。何が起こったのか飲み込めず、ただ受け止めきれない恐怖に震えていた。最愛の家族だったハズのカラハゼが変わり果てた姿に、ただ慄いている。

 

「ねえ、何が……何が起こったの、ねえ、カラハゼ……どこに行ったの……どこ?」

「目ぇ覚ませ、そいつがカラハゼだ、クリスタルの影響で蛮神になっちまった!」

「嘘……嘘だよね、だってそんな……」

 

 フォーコのか細い声を遮って、無情な咆哮が響いて肌を刺す。鼓膜が破れそうな衝撃に彼女は身を竦めた。

 ウィリディスは銃剣の柄を握り直し臨戦態勢に入る。彼がエーテルを注ぎ込むと、銃剣が黄緑色の闘気を纏う。

 ウィリディスは観念した。たとえ仮初の平穏でも、それがフォーコの生きる道であるなら致し方ないと、出来る限り譲歩をするつもりで居た。それはこの時を以て叶わなくなった。

 

「今からその怪物を仕留めるぞ」

「まって……だって、カラハゼはきっと……こんなの何かの間違いで……」

「よく見ろ、そいつがアンタの愛した家族か!?」

 

 ウィリディスの荒々しい声。イフリートの慟哭。フォーコは交互に目配せする。

 もう何もかも分からなかった。

 ただ今までカラハゼだと信じてきた幻影が、火炎を振り撒き泣き叫んでいるように見えた。

 何もかもから目を逸らすように、彼女は強く目を瞑る。

 それが合図の様にウィリディスは駆け出す。

 

 吐き出される火球。鎬(しのぎ)でいなす。続けての火球。転がり込んで避ける。

 両者間合いに入る。振り下ろされる紅い凶爪。

 銃剣で受けて弾くウィリディス。

 弾いた勢いを利用しつつ。銃剣の引き金を絞り。

 爆ぜたソイルの火力を上乗せし──返す刃を差し込む。

 

 斬り飛ばされたイフリートの腕。つんざく絶叫。

 しかし絶叫は咆哮に変わる。咆哮は膨大な熱となってイフリートの口蓋に蓄積する。

 顔面を振り下ろすように、火炎のブレスが放たれる。

 

 火炎は払い除けられる。

 銃剣の切っ先を前方へ向ける彼が、白緑色の魔法障壁を展開していた。

 生まれた空隙を見逃すまいとウィリディスが銃剣を両手で握りしめる。

 

 引導を渡さんと振りかぶり、その光景を見る。

 イフリートは……カラハゼは残った片腕に抱くフォーコをかばう様に覆っていた。

 

 慙愧に堪えぬ情念を、しかし即座に噛み殺し。

 ウィリディス・フルフィウスは流星の様な一閃で蛮神の首を刈った。

 

 

 

 

 

 

 集落の住居は焼けたものの、死傷者やテンパード化した者は出なかった。

 そもそも個人の祈りから生まれ落ちた蛮神である為、不完全かつ不十分な状態で顕現したのだと考えられる。

 カラハゼとして現れた幻影に憑依する形で、イフリートに酷似した怪物が呼び降ろされたのだ。

 

 他の損害はドラヴァニア雲海に運び込むはずだった火属性のクリスタル全て。

 キャラバンは一度フォーコと共にイシュガルドへ戻ることになった。

 腕を縛られたフォーコはうつむき、視線を落としたまま何も言わない。神殿騎士達とキャラバンの面々に連れられて、ウィリディスが別れ際に言っていた言葉を反芻する。

 

『この封書を持っていけ。罪を償い終えたら、蒼天街で新たに居を構えると良い。竜詩戦争による被災者遺族として各種手当ても下りるだろう。それから……もしも決闘裁判になりかねないなら、ウィリディス・フルフィウスが参じると言えば、悪くは扱われない筈だ』

 

 謝罪も、叱責も、慰めの言葉も無いまま別れた。互いに無用だと分かり切っていたから。

 フォーコは縛られている両腕が自由になったら、自害するかもしれないと思っていた。それだけ巨大な虚無感を背負っている。今は出来るだけ何も考えたく無い。

 ただ変わり果てたカラハゼが事切れ霧散していく瞬間に、声を聴いた気がした。きっとそれすら自分の都合がいい妄想だと、フォーコは自嘲する。

 

『いつまでも見守っているよ。どうか息災で、フォーコ』

 

 そんな優しい言葉、きっと空耳に決まっているのに。

 なのにいつまでも脳裏のシミとなって離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 久方ぶりに帰った拠点のカウンターテーブルで、煙草の穂先から紫煙をくゆらせる。

 もう片手には蒸留酒の瓶を握っている。

 他の面々はめいめいの用事に出向いているようで、今はここにウィリディスしか居ない。それが却って好都合だった。

 後味の悪い仕事を終えた日は、酩酊に意識を沈めたくなる。

 もう何も考えたくないからだ。

 しかし背後の扉を軋ませて、聞き覚えのある声が飛び込む。

 

「あれ、ウィっさん帰ってきてたんだ?」

「ただいま」

「何で私を見るなりげんなりな顔するの。おかえりなさい」

 

 少女は口を尖らせながらウィリディスの隣に腰掛ける。その手に持った酒瓶と煙草を見て、彼に気付かれない程度に、ほんの少しだけ憂いの瞳を向けた。

 

「煙草の臭いは嫌いだよ」

「知ってる」

「じゃあやめてよ」

「やめない」

 

 いつも通りのやり取り、けれどいつもより彼の口数は少ない。

 昏く、互いに想いをなぞる事も出来ない夜が更けていく。

 ただ、ここに遣る瀬なさを共有する隣人同士が居るだけだった。

 

 カウンターテーブルに置かれたランプは、静かに、頼りない灯を宿していた。

 

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