完敗だった。悔しかった。だがイージーゴアを讃えなければならないと思った。ケンタッキーでお前がそうしたように。プリークネスの時と同じように掲示板を見つめるイージーゴア、
まだ2秒足りない。
勝ちタイム2:26.0、彼女はセクレタリアトのタイムを目指していた、俺のことなど眼中に無いというのか怒る気持ちを抑え、
「サンデーサイレンス、まだ借りは1つある。BCも負けないからな」
イージーゴアに話しかけられた、眼中に無いわけではなさそうだ。
「BCで勝つのは俺だ。首を洗って待っていろよ」
イージーゴアに向けられた大歓声をくぐり検量室に向かった時には悔しさは消えていた。BCで勝たなければならない。
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「ウィッテンガムトレーナー、やはり今回の敗因は距離が長かったことですか」
死ぬほど嫌いな記者会見だが私への質問は3問で終わった。三冠を目の前で逃したからなのだろうか、レース前とは態度が180度違う。
「距離が長い方が得意なウマ娘がいるように、短い方が得意なウマ娘もいます。サンデーサイレンスが得意な距離でなかっただけです」
…………
「三冠レース全てを戦い抜きました。三冠は残念ながら取れませんでしたがイージーゴア他、有力なライバル相手に二冠を達成しました。今の気持ちをお聞かせください」
「私たちは喜んで跳ね回りもしなければ、泣くわけでもありません。骨の折れるレースでした。ベルモントSはいつもこうです。三冠を取れるウマ娘はほとんどいません。私たちは何の言い訳もしません。3つの骨の折れるレースを戦ったのですから、カリフォルニアに戻り一息入れさせたいと思います。彼女はこれからも多くのレースを走ります」
穏やかな雰囲気の記者会見を終える。次はイージーゴアの会見だ。外には俺の記者会見に入ることの出なかった多くの地元記者がいた。ケンタッキーダービーで事前に出された質問内容が余りにも酷かったのか俺の記者会見ではこのように質問できない者が多くいる。
「今回のイージーゴアは圧勝でしたね。これで貴方も彼女が上だと認めるしか無いでしょ!」「イージーゴアからの2冠はまぐれでしたね」「まさにセクレタリアトの再来、貴方も上だと認めるしか無いでしょ」
あまりにも下らなさすぎて返す気にもならない質問を投げかけてくる。ガードマンが記者の群れを割って進んでいく。こんな記者に質問されるイージーゴアを少し気の毒に思った。
「ダービー以来久しぶりだねサンデーサイレンスさん、三冠は残念だったけど良いレースだったよ」
記者もいなくなり関係者くらいしか居ない廊下の中、私の母親と善照さん、そして誰だったかな。
「お久しぶりですサンデーサイレンスさん。私、URAの理事長をさせていただいております吉田 豊吉と申します。そしてこちらがトレセン学園理事長のノーザンテーストです」
「感激!アメリカ二冠ウマ娘に会えるとは!」
そこに二冠ウマ娘とアメリカ最高のトレーナーが合わされば、場に似合わない異様なまでに豪華なメンバーの出来上がり。
「実はさっきお母さんと話させてもらったんだけどね、日本でのトレーナー業に興味はないかな?私は君の走りを日本に広めたいんだ」
善照さんの口癖のようなものだ。日本に興味は無いかといつも言ってくる。
「日本のウマ娘レースのレベルははっきり言って欧米に比べ低いです。去年我々はジャパンカップで日本の総大将、タマモクロスを送り出しましたが結果は敗北です。シンボリルドルフ以降日本の競馬場ですら外国のウマ娘に太刀打ちできない状態です。トゥインクルシリーズはそれでもまだマシです。ドリームシリーズも初の国際招待競争インターナショナルカップを開催。イギリスとアイルランドのウマ娘が出走できないにも関わらず日本のウマ娘は1頭入着がやっとという惨状です。」
「うむ、現役生活が輝かしいものとは言えない私の拙いトレーニングプランですら日本にとっては画期的だった。しかし付いていたトレーナーも私もトップクラスでは無い。どうにか君の力を貸して欲しいんだ」
さらに2人も同調してくる。今日は善照さんのトーンも違う。あまりに一方的な話にトレーナーが口を開く。
「しかしですね日本の皆さん。この成績です。アメリカのトレーニング業界も黙って渡すわけがありません。それに少なくともあと一年サンデーサイレンスには走ってもらいます。先のことはまだ何も分かりません」
「当然分かっています。何年もかけて結論を出すべきことです。ただ、このことを頭の片隅に置いておいておいて欲しいのです。どんなことがあってもURAは貴方を受け入れる準備があること」
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ようやく長い長い記者会見が終わった。ようやく長い旅が終わった。私は三冠競争を一つしか取れなかった。しかし明日から新たな旅が始まる。
「今回勝てて良かったです。トレーナー、また貴方とレースをすることができるんです。今まで言えませんでしたがちょうど節目です、ここまでありがとう貴方と組めて良かったです」
「そうか、僕も君と組むことができて良かったよ」
「トレーナーさん、ニューヨークに行きませんか?私が案内しますよ」
「いやいいよ」
私の誘いは断られてしまった。今回勝ったことで多少雰囲気は良くなった。それが安心だった。
「君をBCに勝たせたい。そのために今日からトレーニングメニューを考えないといけないんだ」
「なら私も一緒にやりますわ」
「嬉しいけど遠慮しておくよ。夜も遅くなるし」
「あら?走るのは私ですよ。それにトレーニングの知識も多少はあります。何も足手まといにはならないでしょう」
「そうか、そうだな。一緒にメニューを考えていこう」