私は負けた。目の前の黒い小さな娘が先頭でゴールした。彼女に何か話しかけなければならないと思った。何故かは分からないがそんな気がした。
「やあ君はサンデーサイレンスだっけ。素晴らしいレースだったよ。次もいいレースにしようよ」
「お前負けた癖によく笑いながら話せるな。正気か?」
そう返された時私は一瞬狼狽えた。そうだ、何故私は負かされた相手に笑って話せるんだ、しかしそう考えながらも口に出ていた言葉は違っていた。
「最高のライバルとの戦いは負けたとしても素晴らしいものだからね」
BCジュベナイルで負けた時確かに悔しい感情はあったはずだ。負けたくないと思い滅茶苦茶な練習を行いトレーナーに酷く怒られた。何故かこの感情が湧かない。その答えは
「君もこの後のパーティーに行くだろう?その時話さないかい?」
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隣にくっつき甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているウマ娘は大人気のイージゴアだ。流石は人気者、メディア関係者、他のトレセン学園の関係者、世界各地のレース関係者が挨拶に来る。俺もケンタッキーダービーを勝利しただけあってそれなりの数は来るがイージゴアのそれは遥かに上回っている。
「次のプリークネスステークスで巻き返せる様祈っています」
「イージゴアさん負けて強しのいいレースでしたね」
「負けたとはいえビッグレッドらしい迫力あるレースでした」
「君のところに来る人あんまりいないね。せっかく今日の主役なのに…。何かごめんね」
「まあ俺はメディア対応とかあんまり上手く無いから逆にホッとしてるよ」
「サンデーサイレンスさん、今日はおめでとうございます。素晴らしいレースでしたね」
「善照さんじゃないですか。お久しぶりです。隣が有名なイージーゴアだよ」
「イージーゴアさんもこんにちは。サンデーさん、今日は日本からURAの理事長とトレセン学園の理事長に来て頂いたんですよ。素晴らしい走りだと絶賛されてましてね。ぜひいつか日本のレースも見に行きませんか?」
「いやーありがたいですけどまあ今シーズンが終わって落ち着いたら考えようかな」
「考えて下さるだけでも嬉しいです。お二人とも三冠レースも残り2戦。頑張ってください」
「ありがとう!じゃあね」
「ありがとうございます。頑張ります」
「さっきの人は誰だい?」
「あの人は善照さん。日本のウマ娘のレース関係者なんだって。うちの近所でよく遊んでもらったんだあ」
「そうなのか。なぁサンデー。あ、いやサンデーサイレンスさん。このままアメリカに残ってくれるよね。日本に行ったりしないよね」
「どうしたんだよイージゴア。俺のことはサンデーでいいよ。それにずっとアメリカにいる」
「本当か!実は君と友達になりたいんだ。いいかな?」
「いいよ。よろしくね!でも面と向かって言われると恥ずかしいなこれ」
「ハハ。私も少し恥ずかしかったよ。次のプリークネスステークスでは負けないからな!覚悟しろ!」
「俺がまた勝つから諦めろって!」
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「なんだか嬉しそうだなイージゴア。負けたのに。俺は色んなところで質問攻めで胃が痛いよ。しかしこんなに嬉しそうな表情をしている君は見たことないな」
「私にな。初めて本気で語り合える友人ができたんだ。黒くて小さくて、でも負けん気は強いんだ」
「まさかサンデーサイレンスか!」
「トレーナーには分かってしまったか。とっても楽しいやつなんだ。次のレースもいいものにしたいな」
「そ、そうかまぁうんあれだ、うん」
「やはりライバル同士だと不味いかな」
「いやまあ。次のレースサンデーサイレンスのためにも負けられないな」
「?あぁ、そうだな。」
私は嫌な予感がしてきた。イージゴアとサンデーの友情はイージゴアにとっていい方向に行くとは思えなかったからだ。微妙に胸につっかえを残したままピムリコに向かう私の表情はイージゴアと対照的に硬いものとなっていただろう。