「何でも頼んでいいよ」
「あ、はい……えぇっと……」
オレンジぷらねっとの制服を着た短い銀髪が特徴の女性。彼女の紙袋を私がキャッチした縁か、彼女に誘われ近くの喫茶店にやってきていました。席はオープンテラス。外を行き交うウンディーネさんや、観光客の人達がこちらを眺める視線を何だか感じるような……私の意識過剰かなぁ。そんな感じで緊張しながらメニューを眺める。
「……」
「……」
無言の間が私たちの間に満ちる。前の女性は私の言葉を待っているようで、私の事を「ジトー」なんて音が聞こえそうな目で見つめている。……な、何か疑われてる? いや、ただ興味があるだけかも。アリシアさんとか灯里ちゃんの知り合いみたいだし。
「えぇっと、じゃあオレンジジュース……」
「うん。わかった」
私の注文を聞き、女性は呼び鈴を鳴らす。直ぐ店の中から店員さんがやってくる。
「オレンジジュースを二つ」
「かしこまりました」
彼女は私と同じものを注文する。店員さんはうやうやしく頭を下げると、直ぐに店の中に入ってしまった。
「……」
「……」
そうなるとまた私たちの間に静寂が訪れる。……い、居心地が悪い。で、でも色々聞きたいなぁ。あの歌とか。と、とりあえずまずは話しかけないと……。
「あ、あの」
「は、はい!」
私が色々と悩んでいるうちに女性の方から声を掛けられて驚いてしまいます。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「あ、えぇっと……大丈夫です」
私の驚きっぷりに女性の方も少し驚いている様子……うう、恥ずかしい。
「……そうだ、まだ挨拶してなかったね。私はアテナ・グローリィ。オレンジぷらねっとで水先案内人をしているの」
「あ、はい。えっと南ことりです」
女性……アテナさんに自己紹介され、頭を下げる。
「うん、よろしくね。ことりちゃん」
落ち着きのない私にアテナさんは優しく微笑む。それになんかミステリアス……とでもいえば良いのかな? なんかアリシアさんとは違った独特な綺麗さがあります。
「お待たせしました。オレンジジュースになります」
アテナさんにちょっと緊張しながら自己紹介を終えた時、店員さんが私たちの前にやってきて、注文したオレンジジュースが入ったグラスが置かれる。アテナさんはグラスに刺さったストローを摘まもうとして……
「あ」
指がグラスにぶつかり、テーブルに勢いよく倒れます。勿論、中の橙色の液体はグラスから飛び出し、テーブルの上を一気に侵食していき……。
「って、あ、あぁ……」
何か体に冷たい感触が広がっていきます。情けない声を上げながら見下ろすと、テーブルを越えて進んできたオレンジジュースが私の来ている制服にじんわりと染み込んでいました。
「あ、ご、ごめんなさい。ことりちゃん。す、すぐに拭くから」
アテナさんは慌てて、椅子から立ち上がり、ハンカチを持って、私に近寄ろうとしてくる。瞬間、煉瓦の地面の微妙な凹凸にでも引っ掛かったのか、勢いよく姿勢を崩します。
「あ、アテナさん!?」
私は席から咄嗟に立ち上がり、アテナさんを支えようとする。けれど、そんなことを中々しない私の体は言う事を聞かず、アテナさんと一緒に転んでしまいます。
この後、カフェから大きな倒れる音が辺りに響いてしまいました。
「ご、ごめんなさい。ことりちゃん」
「だ、大丈夫です。大丈夫。それよりもアテナさんも大丈夫ですか」
「うん、私はいつもの事だからね」
私達が転んだ後、アテナさんが慌てて起き上がろうとして、更に頭をぶつけたり……なんか色々あった後、落ち着きを取り戻しました。
その時に気付いたのだけれども……アテナさんって凄いうっかりさんです。とってもしっかりしているように見えたのだけれど、意外というか何というか……最初見た時の歌っている時の印象とは大違い。
そんなことを私は思っていると、アテナさんはオレンジジュースをストローで一口飲んだ後、私の服を「ジーッ」って感じで見つめてきます。
「……聞きたいんだけど、ちょっと良いかな?」
「あ、はい」
「ことりちゃんってARIAカンパニーの新人さん?」
アテナさんはそう確認するように尋ねてきました。それを聞いた私はちょっと驚いてしまいます。この質問はアテナさんの紙袋をキャッチした時にも聞かれましたが、なんて答えたら良いのかまだ悩んでいて、言葉に詰まってしまいます。
ちゃんと自分の今の状況を説明するべきか……でも、アテナさんは灯里ちゃんや、アリシアさんとどんな関係なんだろうか? もしかしたらちょっとした知り合い程度の可能性もある。そんな人に私の今の状況を説明しても信じてもらえるかどうか……。
「う、ううん……なんて言ったら良いか……」
「あ」
私が言葉に詰まっていると、アテナさんがポロっと言葉を零しました。アテナさんを見ると、アテナさんは私の背後を見つめているみたい……なんというか私の後ろに誰かが居るみたいに。
「……何してるんですか。アテナ先輩、ことりさん」
驚きに満ちた声が後ろから聞こえてきました。後ろを向くと、昨日とは違う学校の制服みたいな恰好のアリスちゃんが立っていました。
「成程、つまり、アテナ先輩のいつものうっかりをした所にことりさんが鉢合わせたんですね」
「う、うん」
「あはは……」
私達の出会った経緯を聞き、アリスちゃんが呆れたようにアテナさんを見る。アテナさんはその視線に気まずそうにしながらオレンジジュースを飲んでいます。
「でも、凄い偶然だね。アテナさんとアリスちゃん、お知り合いだったんだ」
「はい、アテナ先輩は私と同室です。むしろアテナ先輩とことりさんがカフェしてることの方がすっごい偶然で、驚きです」
確かに、昨日会ったばかりの知り合いが自分と同室の先輩と喋ってたらアリスちゃんにとっては結構びっくりする出来事だろう。でもアリスちゃんが通りかかってくれて色々助かりました。彼女は私の事情も知ってるし、アテナさんとも仲が良いおかげで、ちょっと不思議な緊張感のあった空間がほぐされていくのが分かります。
「アリスちゃん。ことりちゃんとは……」
「あぁ、ことりさんは……」
アリスちゃんはアテナさんに質問され、一回私の方に目配せしてきます。私が首を縦に振ると、アリスちゃんも軽く首を縦に振って返してきてくれました。
「昨日、私と先輩方との練習に付き合ってくれたんです。ことりさんはちょっと……色々あってARIAカンパニーに泊まっているんです」
「……そうなんだ」
アリスちゃんの説明を聞いたアテナさんは少し動きを止めた後、首を縦に振る。……色々聞きたいのが顔に出ているけれど、私に事情があると察して質問を止めたみたいです。
私がオレンジジュースを飲んでいると、アテナさんが「あ」と声を出した。
「ということは灯里ちゃんと泊まってるの?」
「え? あぁ、はい」
アテナさんの質問に答えます。こういう質問が出るってことはアテナさんはやっぱり灯里ちゃんとは知り合いみたいです。でもどんな関係なのか知らないので尋ねてみる事にしました。
「アテナさん、ARIAカンパニーについて詳しいですね……気になってたんですけど灯里ちゃん達の知り合いなんですか?」
「うん、アリスちゃんが寮に泊めにきたりしてるから。それにアリシアちゃんは昔からの仲なの」
「へぇ……」
アテナさんの言葉を聞き、アリシアさんの姿を頭に浮かべる。荒唐無稽な私の言葉を信じてくれた優しい人。それにアリスちゃんの先輩のアテナさん。二人共、今の私には遠い遠いお星様の輝きの様に見えました。
「ことりちゃん? どうしたの?」
気が付くと、前に座るアテナさんが心配そうに眺めていました。