水の都とことり   作:雹衣

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第18話

 ネオ・ヴェネツィアの橋の上をのんびりと歩いていきます。

 今日は灯里ちゃんもアリシアさんも忙しいみたいで、私は今自由に散歩しています。

 ネオ・ヴェネツィアの名所は灯里ちゃんに教えてもらったけど、私は自らの目では見て回っていませんでした。なので今日は散歩の日。しっかりとネオ・ヴェネツィアを観光したいと思います。

 

 ネオ・ヴェネツィアの石造りの建物の中を歩いていると、今でも異文化感に浸ってしまいます……なんだけど

「最近はなんかこっちに慣れてきちゃったな……」

 水路に目を向けながら思わず言葉が出てしまいます。私が居たのは元々ビルが一杯建っている秋葉原。ここはそこと比べると、人は少なく、車のエンジンなども聞こえない。

 そんな静けさに私は浸ってるのがとっても気持ちよくなってきました。

「というより、この風景が当たり前に感じてきちゃった」

 なんかビルとか車とかより、石造りの建物とか、空を飛ぶエアバイクの方が普通に感じてきてしまっている。そんな私に気付いて何だか苦笑いが一人で浮かんできちゃいました。人間の慣れとは凄いなぁ……。

「うーん、それにしても何処へ行こうかな」

 私は道行く人たちの流れに従いながら思わず呟きます。

 

 暫く人の流れに乗ってサン・マルコ広場まで歩いてきました。サン・マルコ広場はヴェネツィアの中心ともいわれる広場で海の玄関口と言われる場所みたいです。私も灯里ちゃんのゴンドラに乗った時に来たことがありますが、一人で来るのは今回が初めてです。サン・マルコ広場はやはりネオ・ヴェネツィアでも観光名所なのでしょう。沢山の観光客がいて、興味深そうにカメラを持っています。

 私もそんな観光客の仲間入りをして、有翼の獅子が勇ましく立つ柱の近くに立っています。

 ヴェネツィアの守護聖人聖マルコの象徴である有翼の獅子。それを私は思わず口を開けながら眺めます。

 ヴェネツィアは写真でしか見た事はありません。それでも地球の中世……ヴェネツィア共和国の思い出をそのまま火星に残したこの景色に、私でもなんだが感慨深いものを感じてしまいます。今の私はスマホなどは持っていないので、この景色を撮れないのは残念だけどしっかりと目に焼き付けようと思います。

「ママー、あそこにウンディーネさんがいるよ」

「あら、本当ね……あのウンディーネさんとっても可愛いわね」

 柱を見上げていると、後ろからそんな親子の声が聞こえてきます。やっぱり灯里ちゃんとやアリシアさんの水先案内人(ウンディーネ)はとっても人気のお仕事みたい。特にアリシアさん。彼女はその水先案内人(ウンディーネ)の中でも屈指の人気。そう思うと本当に凄いんだなぁなんて感心しちゃいます。

「ねー、ウンディーネさん」

「はい?」

 そんな事を思っていると私の服のスカートが誰かにクイッと引っ張られます。思わず後ろを振り向くとちっちゃい女の子が可愛い笑顔を私に向けていました。

「コラ、アキ。突然そんなことしたらウンディーネさんびっくりしちゃうでしょ」

 その女の子を後ろのお母さんらしき人がメッと窘めます……それはそれとして私が水先案内人(ウンディーネ)? 私は水先案内人(ウンディーネ)ではないと悩んだ直後自分の格好を思い出します。

 今私はアリシアさん達から借りた白に青い模様が特徴的なARIAカンパニーの制服を着ています……これじゃ間違えられてもしょうがないかな。

「ね、ウンディーネさん。私と一緒に写真撮ってー」

「コラ、アキ……ごめんなさいウンディーネさん。娘がどうしてもって……」

 女の子はそんな私にピョンピョンと跳ねながらそう言います。それをお母さんが叱りながら私に対してぺこぺこと頭を下げます。どうやら記念撮影をしたいみたいです。

「う、うーん……」

 それに対して、私は少し戸惑ってしまいます。私は今、水先案内人(ウンディーネ)ではない、ARIAカンパニーにただ居候しているだけ。それが水先案内人(ウンディーネ)のフリなんて……。

 けど

「ウンディーネさん?」

 私を上目遣いで見つめる女の子には逆らえませんでした。こんな子の頼みを私には断れません。

「はい、お任せください」

 私は女の子にとびっきりの笑顔で応えました。

 

「本当にありがとうございます」

 私が女の子と一緒にサン・マルコ寺院の前で記念撮影をした後、お母さんが感謝の言葉と共に頭を下げてきました。

「いえいえ、大したことはしていないですよ」

「アキったら。昨日ウンディーネのゴンドラに乗って以来すっかりウンディーネのファンになっちゃったみたいなんです」

「そうなんですね」

 お母さんと話をしている時もアキちゃんは私の手を握って楽しそうにピョンピョン跳ねています……な、なんか嘘を付いているのが申し訳なくなっちゃいますが、その気持ちはバイト仕込みの笑顔で隠します。

「ウンディーネさん。ウンディーネさん。一緒に行こう! これからヴェネツィアを散歩する予定なの! 素敵な所教えて!」

「こら、アキ。ウンディーネさんは忙しいの」

 私が笑顔でアキちゃんといると、アキちゃんがそんな提案をしてきます。しかし、お母さんがアキちゃんを引き離して私に対して頭を下げながら離れていきました。……うん、正直アキちゃんとまだ一緒にいたら、私が水先案内人(ウンディーネ)じゃないのがバレてアキちゃんをがっかりさせちゃったかもしれないし、お母さんの対応に内心感謝を思わずしちゃいます。

「ばいばーい。ウンディーネさーん」

「ばいばーい」

 アキちゃんはお母さんに手を引かれ、私の元から離れていきますが、その間も手を大きくブンブン振っています。

 私もそれに対して微笑ましさを感じ、私も笑顔で手を振って応えます。

「ばいばーい!」

 最後にアキちゃんが大きな声で別れの挨拶を告げ、彼女たちの姿が見えなくなりました。それに合わせて私も手を降ろします。

「凄いなぁ。水先案内人(ウンディーネ)って」

 あの女の子はすっかりネオ・ヴェネツィアの事……というよりは水先案内人(ウンディーネ)の事が好きになっているみたいです。

 すっかりメロメロな感じ。少しスクールアイドルの事を語る花陽ちゃんを思い出しちゃいます。

 あの子にとって昨日の水先案内人(ウンディーネ)の思い出はとっても印象に残ったみたい……初めて灯里ちゃんのゴンドラに乗った時を少し思い出します。

 灯里ちゃんが連れてきてくれた灯里ちゃんのお気に入りの場所。そこで見たネオ・ヴェネツィア。あの景色は私の中でとっても大事な思い出になりました。

 あの子もきっとあんな綺麗な思い出を貰ったんだろうな。

「……私はウンディーネじゃないけど。少しはあの子の思い出になれたかな?」

 さっきのアキちゃんの笑顔を思い出して私は思わず口元に笑みが浮かんじゃいます。ウンディーネ……それはみんなに笑顔と思い出を作るお仕事。それって言葉だと簡単だけど、きっととっても凄い事。

「私もあんな風に素敵な思い出を与えられたら……」

 そう思った瞬間、私はいつのまにか手を強く握っていました。

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